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2015-04-03 17:59 | カテゴリ:入院生活
(※断酒35日目/退院まであと8日)
 だんだんと退院へ向けてココロの照準を合わせていく毎日。同時に、まだやっていないことをひたすらやり、まだ行っていないAAのミーティングへひたすら足を運ぶしかない毎日。やるべきことは決まっているのだ。

 デイルームの喫煙室での顔ぶれも、入院当初と比べて様変わりした。それなのに、なぜか2階病棟に入院しているはずの峰口さんが頻繁にここへやって来る。デイケアに参加するついでに寄ったという口実だが、早朝から顔を出す始末だ。
 先月3日に5ーB病棟を退院した峰口さんだったが、ひと月もしないうちに2階病棟へ再入院となった。なんでも自宅で殺虫剤を撒いていて、中毒で倒れたらしい。この人の話はどこまで本当なのだろうか。
 2階病棟では、というか峰口さん自身がタバコを止められているのか、キャンディの袋にタバコとライターを隠して、5ーB病棟の喫煙室にしれっと紛れ込んで来る。本来、他病棟の患者や部外者の利用は禁止されているので、看護師さんに見つかっては注意されているが、まるでどこ吹く風の様子だ。
 そんな姿を見るにつけ、僕にはなんだか峰口さんが自分の居場所を求めているような気がしてならない。少なくとも、もうここは峰口さんの居場所ではないのに。でも、もちろん僕にはそんなこと言えない。


 午後3時からのサードミーティングで、いちおう参加必須のARPはすべて終了した。利根川さんの重たい告白や黒部さんの開き直りなど、いろいろ発言は出るのだが、それらを丁寧に拾い集めることもなく言わせるだけ言わせておいて、消化不良のまま時間が来て終わるという流れは最後まで変わらなかった。テキストのチャプターもラストまで進めず「あとは各自で読んでおいてください」的な終わりかたになってしまった。
 退院までにもう1回、このミーティングの時間がやって来る。既にサードミーティングの最終日程までを終えた患者は、もう一度セカンドかサードのどちらかを選んで出席しなければならないのだが、テキストを使ったこのミーティングに参加するのは、なんだかとても時間のムダのような気がした。それなら、最初に戻ってビギナーミーティングに参加したい。僕は師長にお願いしてみた。
「うーん。ビギナーミーティングは、あくまで入院して間もない患者さんのためのものだから…」
 渋る師長に食い下がった。
「それは分かります。でも最後の回でビギナーに参加して、もう一度入院当初の気持ちを思い起こしたいんです。ほかの患者さんに支障があるなら、発言しないでただ同席するだけでもいいです。お願いします」
 自分でもよく分からないが、必死で師長に頼み込んだ。師長はしばらく考えたあと、
「分かりました。特別に許可します」
 僕のわがままは受け入れられた。来週の最終回は、僕はビギナーミーティングに参加する。


 4時からはデイルームで料理打ち合わせを行った。料理も今回が最後だ。メニューは王道の炒飯で、節子さんが腕を振るうスタンダード炒飯のほか、カレー、シーフードの3種類を作ることになった。
 実習の学生さんは3人とも参加するのに、結局黒部さんは料理に加わることを拒んだ。頑固親父だなあ、と思ったが、考えてみれば僕だっていろんなことを拒み続けていたわけだから、人のことは言えない。
 買い出しは明日、僕と稲村さん、木下さんの3人で行くことになった。

 打ち合わせに同席していた一宮OTにも、例の色紙を渡して一筆をお願いした。色紙には既にひと通り看護師さんから寄せ書きをいただいていた。看護師さん同様、一宮さんにもずいぶんとお世話になった。彼女からもぜひひと言をいただいて、お礼のメッセージカードを手渡したかった。一宮さんは、
「分かりました。明後日の勤務のときにまたお持ちしますね」
 と、嫌な表情ひとつ見せずに色紙を預かってくれた。


 夕方。早出しの夕方を済ませ、昨日に続いて「ちかぷ」のミーティングに参加するため病院を出た。今日の会場は東町地区会館で、ひとりで病院バスに乗り込む。車内で一緒になった師長に、メッセージカードを手渡した。なんだかひとりひとりにお別れの挨拶をしているみたいだった。
 AA会場へ向かう電車では、一宮さんと途中まで一緒になった。僕は彼女に、いつ頃から作業療法士(OT)になろうと思ったのか尋ねてみた。
「中学の頃には、なりたいと決めてました」
 僕なんか、今回の入院で初めてこういう職業が存在することを知ったというのに。
 作業療法士になるには国家試験資格が必要だ。相当な努力をして進みたい道へ進むことができたのだろう。彼女のようなひた向きなエネルギーを、僕も取り戻すことができるだろうか。
「サトウさん。サトウさんがこれまでの人生でいちばん輝いていたのはいつですか?」
 唐突な質問だった。輝いていた頃。そんなの、僕にあっただろうか。
 大阪で芝居を初めてから、僕は本当に多くの人に出会い、貴重な舞台の経験をさせてもらった。それは普通に会社勤めをしている人にはなかなかできない経験かもしれない。でも、僕の足元はいつも不安定で、当時の僕もそれを感じていた。
 それでも、20代の自分にはまだまだ時間があるような気がして、僕はその不安定さと向き合うことをしなかった。30代になってからは、半ば現実から目をそらすようになっていた。
 そんな僕のどこが「輝いて」いたというのか。
「ええっと…いつだろうなあ。やっぱ大阪で芝居してた頃かなあ」
 本音を言っても虚しくなるだけなので、まるっきりでまかせがこぼれた。一宮さんが笑顔で僕を励ます。
「退院したら、また輝いた毎日を過ごしてくださいね」
 ―― 輝いた毎日か…。
 この街へ帰ってからは、僕はすっかり自信を失い、下を向いて生きていた。輝いた毎日を過ごすためには、あともう少し、空を見上げて歩かないと。


 AA「ちかぷ」では、昨日僕を「あんたは依存症じゃない」と決めつけた例の男性が今日も参加していたため、少し身構えていたが、ミーティングの前にイザワさんからAAの書籍『ビックブック』をいただいた。この本は古いバージョンを優二さんから一冊貰っていたのだが、ミーティングでは改訂版を使うのでページが合わなかったり、記述や構成じたいが異なっているときがあり、改訂版の『ビックブック』をいただいたのは正直ありがたかった。とはいえ、せっかくの優二さんの好意になんだか悪いような気がして、僕が改訂版を持っていることを優二さんには知られないようにしなければ、などとまた余計な心配をしてしまう始末だった。
 会場には参加者の差し入れで豆大福やらバウムクーヘンやら、なかなか豪勢なおやつがたくさん並べられていた。僕が病院から来ているということで、ミーティング後にはそれらをお土産に持って帰るよう皆さんから勧められた。例の男性からも「たくさん持って行きな」と声をかけられた。昨日のようなことは言われなかったが、それでも僕は警戒を解かなかった。

 帰り道。駅でたまたまほかのミーティングへ行っていた優二さん、利根川さんと合流し、一緒に帰院した。
 退院が近い。その実感がいま、僕の背中をゆっくりと押している。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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2015-03-28 12:05 | カテゴリ:AA
(※断酒34日目/退院まであと9日)
 今日から看護実習の学生さんが3人、5ーB病棟にやって来た。先日まで小児科で実習をして、今度は精神科での実習となったのだという。20歳、21歳、26歳の女性で、午前中に牛本主任に伴われて各病室を回り挨拶をしていた。
 53号室にも4人で現れたが、この時点ではまだどの学生さんが黒部さんの担当になるかは決まっていなかった。病室に3人分の椅子を置いて学生さんを座らせると、主任は「あとはよろしく」とばかりに出て行ってしまった。フェローシップというのか、僕を含めて病室にいた患者とまんべんなく世間話をさせられ、短い時間話しては主任が呼びに来て席を替わらせ学生さんをチェンジするという、なんだかキャバクラみたいな状態だった。
 黒部さんは平静を装ってはいるものの、明らかに落ち着かない様子で、僕は米窪さんと遠巻きにその姿を眺めては面白がるという、悪い趣味に興じた。
 午後のレクでは3人ともミニバレーに参加してもらい、蒸し暑い体育館で一緒に汗をかいた。最終的に、桑田さんという26歳の学生さんが黒部さんを担当することに決まった。実習生は金曜の料理にも参加するのだが、黒部さんは「オレはやらねえよ」と早速素直じゃないところを見せていた。

 昼食は、昨日話してあった通り、地元へ一時帰宅する浅尾さんの分をまるまる一膳、「本人直々の頼み」でいただくことになった。メニューは、鰆のアーモンドフライに麻婆豆腐、丼ごはんと味噌汁、デザートのバナナ。これを自分の分と合わせて2膳とは豪勢なランチだ。米窪さんが、
「あなたの食欲もたいしたもんだねえ。たくさん食べるのはいいことだけど」
 と、半ば呆れていた。自分でも驚いたが、お酒を飲まない僕は大食漢のようだ。
 僕に昼食を託した浅尾さんは、昼前に迎えに来た妹さんと病院をあとにした。
「面白いから浅尾さん、ベロベロに酔って帰って来てください」
 僕が悪態をつくと、
「サトウさん、やめてください。それはないですから」
 と浅尾さんは苦笑していた。


 週末から外泊していたはずの植中さんが、帰院したと思ったら詰所で何やらバタバタしている。誰かが「植中さん、急遽退院することになったみたい」と言っていた。実は前から決まっていたのか、本当に突然退院になったのか、僕らには何も言わずに荷物を背負ってふらっと出て行ってしまった。それはそれでまた、植中さんらしいのだが。
 山形さんも、退院が来月6日に決まったそうだ。しばらくはデイケアに通いながら生活保護を続け、ハローワークで仕事を探すという。眠剤の飲み過ぎが心配だが、なんとか仕事が見つかることを願うばかりだ。


 夕方、AA「ちかぷ」のミーティングへひとりで出かけた。先日の合同バースデーもひとりで向かったが、AAの通常ミーティングで、病院の患者は誰もおらず、しかも初めての会場へひとりで行くのはこれが本当に初めてだ。
 会場の東町カトリック教会へは電車で最寄り駅まで行き、地図を片手に徒歩で向かう。方向音痴の僕だが、迷うことなく辿り着いた。比較的小綺麗な、教会らしい教会だった。2階にある和室がミーティングの会場で、窓からは吹き抜けになった聖堂が見下ろせる。僕はジアゼパムを飲んでいたし、知った顔もあったとは思うが、落ち着きのなさは隠せなく、終始居心地が悪かった。
 それでもいつものように、簡単な自己紹介と、飲んでいないとうまく集団に交われない自分について話した。今この瞬間も、取って食われるんじゃないかというくらい緊張している、とも話した。

 ミーティングが終わって後片付けを終えると、早々と挨拶をして逃げるように下へ降りた。
 ―― まあ、今日はこんなもんでいいだろう。
 そう自分に言い聞かせて玄関へ出ると、ミーティングに参加していた中年男性がいた。挨拶をして帰ろうとすると、いきなりその男性からこう言われた。
「あんたは、アルコール依存症じゃないよ」
 何と返していいか分からずにいる僕をよそに、男性はそのまま自転車に乗って帰って行った。急に怒りが込み上げてきたが、すぐにやりきれない気持ちになってしまった。
 何でそんなこと、今日初めて会った人に言われなきゃならないのだろう。僕がアルコール依存症じゃないのなら、僕がこれまで必死でやってきたことは、何に対してのものだというのか。あそこで咄嗟に何も言えなかったことも情けなかった。
 なんだかとてもみじめな気分だった。夜の道を駅へ向かって歩きながら、いろいろ頭で考えた。

 無性にお酒が飲みたくなった。それでも堪えた。ここで飲んではいけない。なぜなら僕は、アルコール依存症なのだから。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-27 18:31 | カテゴリ:病棟の人々
(※断酒33日目/退院まであと10日)
 朝から蒸し暑い。クーラーのない5ーB病棟では扇風機が頼りだが、どういうわけかみんなつけるのを遠慮する。黒部さんなどは「オレ、扇風機の風ダメなんだ」と嫌がるので余計つけられなくなってしまう。

 昨日の夕方、隣町で飲酒運転による死亡ひき逃げ事件があった。海水浴場で飲酒した31歳の男が、同じ海水浴場から駅へ歩いて帰路に着いていた29~30歳の女性4名をはねて3名が死亡、1名が頸椎骨折の重傷を負ったのだ。被害に遭った女性は高校時代の同級生だったという。
 容疑者の男は前日深夜の居酒屋勤務終わりからビーチで夜通し飲酒していて、事故直後は女性の手当てをせずそのまま逃げ、コンビニでタバコを買い、それから 110番通報したそうだ。何を考えていたのか理解に苦しむ。「事故さえ起こさなければ(飲んでも)大丈夫だと思った」と供述している、と報じられていた。
 僕は運転免許を持っていないが、こういう事件のニュースを、特にこういう病棟にいながらにして耳にすると、やりきれない気持ちになると同時に、自分の飲酒が他人の命を奪ったり、自分自身の人生を破滅させることにつながる闇を感じる。それはとてもリアルな「恐怖」の感情にほかならない。


 今日の学習会は、1クール11回をひと周りして12回目となる。あの理科の教師みたいな男性心理士が『自分の考えを知る』というテーマでレクチャーを行った。4月、僕が2回目に参加した学習会で『私はどんな人?』という問いを記したプリントに回答を書かせて、小グループに分かれて発表し合うという、あの回の焼き直しだ。
 今回は手法を大きく変えて、

Q1:社長と副社長 Q2:時間とお金

 それぞれどちらが好き、または大切だと思うかを選び、小グループ内でその理由を発表し合うという形式だった。
 僕はQ1について、好き嫌いや能力の有無ではなく、単に正があって副があるという理由で〈社長〉を、Q2については万物に平等だと思ったので〈時間〉を選択した。米窪さんや浅尾さん、そして現在2階病棟に入院している峰口さんらと一緒になったグループの中からは「最終的に責任があるから社長」「後ろのポジションだけどそれなりに力のある副社長」だったり「お金がないと生活できない」「時間がなくても自分の作業をお金で人にやらせることができる」「時間は社会のシステムに関係なく存在する」といった意見が出た。根本的な主旨は前回と変わらず、他人の考えを聴いて己の考えを知る、ということなのだろう。
 学習会終了後、元小学校教員の倉持さんは、
「二者択一の設問としては、お題が良くないね」
 とダメを出していた。


「サトウさん、ちょっとお願いがあるんですが…」
 病室で、隣のベッドの浅尾さんから改まって声をかけられた。
「どうしました?」
「明日の昼食、僕の分も貰っていただきたいんです」

 1ヶ月の予定で入院していた浅尾さんは、本当なら今月15日に退院するはずだった。ところが、浅尾さんが経営している樹木伐採の会社の事業バックアップをしてくれている知人から、最低あとひと月は入院を延ばすよう「半ば強制」されているのだという。心臓の病気を患いICD(植込み型除細動器)を体内に取りつけて、入院までは節酒をしていた浅尾さんが、果たして僕らと同じく本当にアルコールに依存しているのか僕には少し疑問なのだが、会社に影響力を持つその知人は、病名が何であれとにかくあとひと月の静養を浅尾さんに迫っていて、さもないと事業から手を引くことを臭わせているそうだ。ご丁寧に、内科の治療入院が必要な場合にこの街で転院できる病院までピックアップしているという。
 この街から遠く 200㎞も離れた浅尾さんの地元には、アルコール依存の専門病院がない。もともと最初にこの柏ノ丘病院へ外来で来た際、院長からは月1回ペースの外来診察を勧められたが妹さんの強い希望で入院となった、という経緯がある。それだけに、浅尾さんの中では早く仕事に復帰したいという思いがあるようだ。
「他人の意見に左右されたくないし、これ以上入院していても、ストレスを溜めるだけですから」
 かといって、事業の支援を打ち切られると会社に大きなマイナスを与えるため、浅尾さんはジレンマに陥っている。担当看護師の丹羽さんはもちろんのこと、親子ほど歳の離れた僕にまで打ち明けるくらいなのだから、よほど悩んでいるのだろう。
 今日の夕方、院長との面談で相談した結果、病院としては本人の希望に沿って退院、その後は遠方からにはなるが通院を勧めるという結論になったそうだ。ただし浅尾さん曰く、その知人は妹さん夫婦を「抱き込んで」おり、最悪浅尾さんは「自分の健康も会社も顧みず、周囲の反対を押し切って退院した」という位置づけにされかねない。知人の顔を立ててあとひと月入院するとすれば、転院しても内科では進展が期待できないため、静養を目的として引き続き柏ノ丘病院で入院延長するほうが、ストレスも少ないだろうということだった。
 浅尾さんは明日、いったん地元の街へ帰り、知人や家族と今後どのようにするか話し合うという。次に病院に戻るのは22日の予定だそうだ。
 ここにもまた違った事情で、入院生活と奮闘している人がいる。

「そういうわけで、明日の昼は迎えに来た妹と食事することになりました。今からキャンセルはできないですし、廃棄になるくらいならサトウさんに食べていただきたいな、と」
 実際僕の食欲は旺盛で、最近は食が細くなったという浅尾さんから、やれバナナだの納豆だのごはん半分だの、いろいろ分けてもらうことが多い。こうして僕は、
「こうなったら、明日妹にいちばん高い昼食を奢らせてやります」
 と子供みたいに息巻く浅尾さんの、明日の昼食をまるまるいただくことになった。

 その浅尾さんが帰院する22日は、米窪さんが退院する。米窪さんも奥さんがもっと入院を希望している中、いろいろあったうえでの退院だ。
 そして、それより少し早い今週木曜には平嶋さんが退院する。このところ胃腸の調子が悪く、予定を1日遅らせての退院となる平嶋さんは、月末に息子さんの結婚式が待っているそうだ。入院当初とは別人のように、最近は院内のAAに通い始め、今後は院外でのAAミーティング参加を真剣に考えているようだ。
 ほかにも53号室では、予定を急遽大幅に繰り上げて、木下さんが今月いっぱいで退院するという。詳しくは訊いていないが仕事の都合らしい。黒部さんも詳細は未定だが、順当にいけば今月で退院の予定だ。相変わらず「オレは入院したら飲むよ」などと豪語しているので、ひょっとしたら家族の反対で退院が延びるかもしれない。
 黒部さんには明日から看護実習の学生さんがつくそうだ。米窪さんが、黒部さんをレクや料理に引きずり出そうとほくそ笑んでいる。


 病院事務局から、先月分の請求書を手渡された。102,000円強。7月の最終請求は退院日の前日にならないと概算が分からないという。夕方、優二さんと山形さんの3人でAA「カッコー」の会場へ行く途中、父にその旨を電話で伝えた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-26 18:26 | カテゴリ:外出・散歩
(※断酒32日目/退院まであと11日)
 先週と同じく、今日も昼食後に米窪さんと散歩に出た。西町総合公園の原生林を通って駅前へ抜けるコースだ。今日はヘビには遭遇しなかったが、途中でまたシマリスを見かけた。スマホで撮影してみたが、小さ過ぎてほとんどよく分からない。


 林を抜けてグラウンドのそばまで来たときに、今度はシマのない別の種類のリスが現れた。僕に気づくと、エサを貰えるとでも思ったのか1mくらいまで一直線に駆け寄って来た。こちらも不用意に動けない。ゆっくり取り出したスマホがエサじゃないと分かると、鼻をひくひくさせながら落ち着きなく走り去って行った。撮影することはできなかった。

 駅前通りは車道を封鎖して、お祭りの出店で賑わっていた。あちこちから肉を焼く香ばしい匂いが漂う中、ビールを手にした人たちが行き交う。浴衣姿の女性もちらほら目につく。僕らはそれ以上は近寄らず、駅前ショッピングモールの中へ避難した。危ないところだ。
 しばらく店内をぶらぶらして、病院バスで戻る米窪さんと別れ、そのまま3時半からのAA「つぐみ」のミーティングに参加するため19丁目教会へ歩いて向かう。狭い会場には外泊して自宅から来た優二さんを含め、20人くらいが集まっていた。
 ちょうど2ヶ月前の5月13日の夜、僕は麻友美さんに誘われて初めて院外AAでこの教会へ来た。あれから身の周りで起きたたくさんの出来事を思い出したが、少しは成長できたのだろうか。間もなく退院することを、僕はこの席でも報告した。
 優二さんはこのあとそのまま「オオタカ」のミーティングが行われる北東教会へハシゴするという。ユウさんから、車で送ると言っていただいたのを遠慮して、駅前まで歩いて戻り病院バスを待った。到着した日曜の最終バスからは、やはり「オオタカ」の会場へ向かう利根川さんと山形さんが降りて来た。みんなそれぞれがそれぞれの判断で、足を運ぶAAを選択している。

 夜。今日は久しぶりに院内のAA「アカゲラ」に参加した。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-26 13:42 | カテゴリ:AA
(※断酒31日目/退院まであと12日)
 毎月第2土曜日はAAの合同バースデーが催される。この街で活動するAAグループが、各グループメンバーの1日、1ヶ月、3ヶ月、半年、そして年単位の断酒をバースデーとして祝う合同イベントなのだそうだ。
 今月は「オオタカ」が仕切りを担当するとかで、優二さんは準備のためひと足先に会場へ向かった。午後6時半から東町の地区会館で行われるというので、僕はひとりで病院をあとにした。
 電車を降りてしばらく歩き、無事会場へ着く。2階の会議ホールには50~60人くらいの参加者が集まっていた。普段のミーティングのようにテーブルを四角く囲んで向かい合うのではなく、前方の司会者席に参加者が相対する形で会議テーブルが何列にも並べられている。司会者席にはカイさんが座り、優二さんら「オオタカ」のメンバーが慌ただしく準備をしていて、声をかける隙もない。
 知った顔はいくつもあり会釈は交わすが、どこへ座っていいか分からない。突っ立っていると、最後列のテーブルに着いていた「タケシ」さんと「シンゴ」さんという顔見知りに声をかけられ、隣に座らせてもらった。僕より少し年上のこのふたりとは「オオタカ」や「つぐみ」のミーティングで何度かご一緒していて、ふたりとも中間施設に入所している。また、その中間施設が運営するAAグループ「ヒナドリ」のメンバーでもある。タケシさんは気さくで話好き、反対にシンゴさんは無口で強面な印象だ。

 会が始まり、カイさんの進行でバースデーを迎えた各AAメンバーの紹介とメダルの贈呈が行われ、スピーチへと移る。年単位の方へは寄せ書きも贈られるため、バースデーを迎えた方がスピーチしている間もひっきりなしにサイン帳だの色紙だのが回って来る。既にAAのミーティングで一筆書かせてもらったものも混じっているため、自分が記入済みかどうか確認するのに忙しく、スピーチを聴くどころではない。バースデーを迎えた方とはまだ何の面識もないからこういうことになるのだが、仕方がない。
 優二さんが、スピーチをする方にマイクを持って行く係で慌ただしく働いている。そんな中で僕を見つけて「よく来たね」と声をかけてくれた。
 途中、僕の前にケーキが回って来た。紙皿に乗ったちょっとしたお菓子はすべてのテーブルに渡るのだが、ケーキはさすがに全員には行き渡らないので、当然バースデーを迎えた方が優先となる。僕は遠慮したかったが、隣でタケシさんとシンゴさんに勧められた。善意なのだが、シンゴさんのTシャツの袖からちらちら覗く派手な刺青が「食え」と威圧している気がしてならない。むげに断れず、ありがたくケーキをいただいた。

「サトゥーさんは、いつもそんなに顔色が悪いの?」
 藪から棒に、タケシさんに訊かれた。
「集団が苦手なんで、緊張してるんです」
「でもそんなんで、役者なんかできるの?」
「それは別なんです」
 AAのミーティングで既に話しているため、僕が芝居をしていたことは多くの人が知っている。ただ、舞台に立つ人間がどうして集団を苦手にしているのかを分かってもらうのは、なかなか容易ではない。

 会の最後は、断酒から30年という、ほとんど伝説のような男性がスピーチに立った。御歳77。30年もお酒から遠ざかっているのに、これでも「アルコール依存症」なのだから、実に厄介な病気なのだと改めて思う。

 午後8時、平和の祈りで合同バースデーは閉会した。僕は後片付けを手伝ったあと、優二さんに挨拶してひとりで会場を出た。行きも帰りもひとりというのは、棒にとって初めての経験だ。
 見事に道に迷い、ひとつ隣の駅からの帰院となった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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