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2014-07-26 23:37 | カテゴリ:スリップ
(※スリップから15日目)
 今日もよく晴れた一日だった。久しぶりにラジオ体操に出てみると、6時半を過ぎても誰も来ていなかった。少し待っていたら、最近体調の良くない福井さんがラジオを持って慌てて4階へ駆け降りて来て、ふたりだけでの体操となった。


 午前10時。セカンドミーティングは前回の男性心理士に代わって、田村心理士の担当で行われた。新しい参加者はいなかったが、節子さんが体調不良で欠席した。
 2回目の参加となるセカンドミーティングの今日のチャプターは、第③回『自分を知る』だ。テキストにもあることなのだが、一般的に依存症になりやすい性格として、「真面目」「几帳面」というのがよく挙げられる。
「皆さんは、ご自身の性格についてどう思われますか?」
 近況報告のあと、田村心理士の問いかけから始まった今回のミーティングだが、これについては町坂さんの意見に僕は納得した。
「本当に真面目なら、酒に逃げて仕事を放り出したりしないでしょ」
 僕自身のことを考えてみると、到底真面目なのではなく、失敗が怖いだけなのだと思う。失敗を恐れるあまり、無理にでも完璧を目指そうとするから、予習や下調べ、事前のシミュレーションが欠かせない。ある程度をやり遂げて、周囲から褒められたい願望もある。そういう意味では几帳面というより、病的に神経質なのかもしれない。ただ、メンタルが極端に脆いため、想定通りにいかない些細なことにまで悩み、神経をすり減らしてしまう。そのストレスがぱんぱんに膨らんで押し潰されそうになったときに、アルコールが絶好の逃げ場所になり、それが慢性化して依存になるのではないか。「繊細」だの「優しい」だのとよくフォローされたりもするが、それは単にココロが弱いだけで、空しい慰めにしかならない。
 このあとミーティングは、『飲酒するために嘘をついたり、言い訳をしたことはあるか?』という質問へ移った。これは質問のニュアンスが微妙で、僕には既に飲酒をしたことについての嘘や言い訳は数えきれないほどあるが、飲酒をする口実として他人に嘘をついたり言い訳をしたことはないと思う。ただし自分自身に対しては、「今日で最後」「明日は飲まない」と言い訳を重ねて、ほぼ毎日飲み続けてきた。
 自分への嘘や言い訳は自分に甘いだけで、他人への嘘や言い訳よりもたちが悪い。

 ミーティングの最後に、「なぜお酒を飲んでしまうと思うか」と訊かれた平嶋さんが言った。
「やっぱり時代についていけなくなったっていうか…。昔は多少酒を飲んで車を運転しても、そんなにうるさくなかったでしょ。別に人をはねるほど飲んでるわけじゃないし。昔の漁師なんか、みんな酒臭かったでもんですよ。やっぱり時代だなあ…。正直、酒飲んで車乗って何が悪いって思うとこはあります」
 これは平嶋さんの本音だろう。本音を語るのは自由だが、この発言には怒りが込み上げてきた。いま言ったことを、飲酒運転事故の被害者や遺族の前で言えるのか、と怒鳴りつけたいのを必死でこらえた。
 元肉屋の平嶋さんは、その関連なのかどうか、車で食品の移動販売をする仕事の経験もあるそうだ。それならばなおのこと、人間性を疑ってしまう。実際に病室内での雑談でも、飲酒運転だか信号無視だか、「昔の取締りはよく見逃してくれたのに、今は厳しい」などと文句を言っているのをよく耳にしていた。
 車の運転免許を持っていない僕が話題に入れないコンプレックスは確かにある。でも僕は、アルコール依存症の僕が車を運転することの怖さを自分で理解しているし、平嶋さんの本音には到底共感できない。が、それよりも何よりも、「なぜ飲んでしまうのか」という質問の答えを「時代についていけなくなった」で片付けて、昔がどうのというのは筋違いも甚だしい。まして、どこで生まれ育ったのかは知らないが、漁師はこの際関係ない。「昔はこうだった」というのは、依存症の回復を考えるうえで何の役にも立たない。考えるべきは「アルコールから抜け出せない言い訳を、なぜ『時代についていけなくなった』せいにしてしまうのか」ということではないのか。
 入院以来、こんなに腹が立ったことはなかった。腹が立ったら、無性にお酒が飲みたくなった。


 セカンドミーティングを終えて病棟へ戻ったところで、僕宛てに郵便物が届いていると看護師さんから伝えられ、1階事務局の金丸さんのところへ出向いた。ようやく届いた限度額適用認定証は、間違いなく5月1日からの発効だった。ただし有効期限は7月末日なので、仮に入院が長引けば再度手続きの必要があるので要注意だ。もっとも僕は、8月まで居座るつもりはないけれど。


 昨日退院した峰口さんが、デイケアに来たついでに早速病棟へ姿を見せた。デイケアに使用される体育館や教室の多くは、5ーB病棟のさらに奥、リハビリテーション部の付近に位置するため、デイケア参加者は建物の構造上どうしても5ーB病棟の病室や、デイルーム前の廊下を通らなければならない。退院した患者が顔を見せるいい機会になるのだが、病院暮らしの感覚が抜けず新しい生活に慣れない元患者には、デイルームや喫煙室に入り浸ってしまいやすい環境だ。
 峰口さんにとっては、まだ5ーB病棟のほうが落ち着く場所なのかもしれないが、長い間使っていた52号室のベッドにはもう新しい患者が入り、当たり前だがここは、退院した峰口さんがいつものように帰ってくる場所ではなくなっていた。
 遠巻きに峰口さんを見ていた米窪さんが僕に言った。
「看護師って、何だかんだ言っても退院した人には冷たいもんだね」
 彼が峰口さんと看護師のどんなやり取りを見たのかは知らないが、そういえば前にどの看護師さんだったか「退院しても、元気な顔を見せにいつでも遊びに来てくださいね」と言われたことを思い出した。
 退院して、依存症から回復しつつあるということを大前提とすれば、半分は社交辞令だとしても半分は本音、と理解していいとは思う。けれども翻って考ると、順調に回復するということは、本当はこの病院から物理的にも精神的にも離れていくということになるのではないか。ここはあくまで病院であり、気軽に戻れる場所であってはいけない気が、僕にはするのだ。


 昼食後、午後1時半の病院バスで西町駅前のショッピングモールへひとりで出かけた。以前から1階のパン屋の「量り売り」が気になっていたのだ。
 毎晩、喫煙室が施錠される前に最後のタバコを吸うさらにその前に、朝食で飲まなかった牛乳を飲むのが習慣になっているが、小腹がすいてパンのひとつでも欲しくなるのだ。
 駅前ショッピングモールのパン屋では、ミニサイズのパンが数種類、1g1円からという安いのか高いのか見当がつかない値段で量り売りしている。量り売りといっても、当たり前だがg単位でパンを売っているわけではなく、袋に詰めた重さの合計で販売している。そもそもミニパンが相場1個何gなのかよく分からないうえに、パンの大きさはどれも同じに見えるものだから、1個いくらで売ってくれたほうがはるかに分かりやすいと思うのだが、お店側の編みだした「何らかの策略」にいちど乗ってみたく、初めてこのショッピングモールに来たときからずっと気になっていたのだ。
 ちなみに僕は、ガーリック系やチーズ系のパンが大好きだが、入院中は特にニンニクなど臭いの強い食材をつかったものは食べられないことになっている。院外で飲酒した際、アルコール臭をごまかす材料に使われないためだ。ついでに言うと、食材ではないが消臭タブレット、マウスウォッシユ、香水も厳密には禁止だ。
 僕は4種類のミニパンを8個ほど袋に詰めてレジへ持って行った。会計は500数十円で、入院中の身としては決して安くはないのかも、という結論に終わった。


 さすがに外は少し蒸し暑かったが、徒歩で帰る途中、コンビニで 350mlの缶酎ハイを2本買って、公園で飲んだ。
 飲みながら考えてみた。セカンドミーティングでの平嶋さんの発言は、自分のアルコール依存を「時代の変化」のせいにしていた。
 ―― じゃあ、俺はどうなんだろう。こんな自分に育ったことを家庭環境のせい、父や母のせいにはしていないか。1クールの半分を終えても回復の実感が得られないことを、病院スタッフのせいにはしていないか。僕の被害妄想、強迫観念、集団への恐怖を、自分以外の誰かや世の中のせいにはしていないか。
 何より、今まさに僕は、すべてを平嶋さんのせいにしてスリップしている。


 僕に人のことをとやかく言う資格なんかない。ただ、忘れてはいけない。これは僕の病気だ。こうなったのはほかの誰のせいでもないし、回復へ向けて舵を切るのは僕なのだ。

 スーパー柏ノ丘店へ寄り、消臭タブレットと缶コーヒーという小細工を買い、病院へ戻った。そのまま午後4時からの、料理グループの打ち合わせに参加した。
 今回は平嶋さんが「免許更新」のため外れ、体調不良で最近点滴が欠かせない節子さんも人数から外れた。実習の学生さんが入れ替わりにふたり加わり、彼女たちがそれぞれ受け持ちとしてついている患者のうち、52号室の中山さんという60代の男性が行きがかり上参加することになった。もうひとりの患者、勝瀬さんにも声をかけたが、今月53歳の誕生日を迎える勝瀬さんは、料理当日の金曜は院内で行われる「お誕生日会」に出席するとかで、今週の参加は叶わなかった。
 ここに洋子さんと草刈さんと僕、そして看護師さん2名と一宮OTを加えた9名が今週のメンバーと決まり、予算は2,700円となった。メニューは先週決まった『鶏のグリーンソースがけ』がメインで、これにスープ、デザートはコーヒーゼリー、サラダは適当というラインナップができた。グリーンソースにはホウレン草と空豆を使うらしいが、ぼくにはこのソースが甘いのか苦いのか、さっぱりなのかこってりなのかまるで分からない。僕に分からなくても、節子さんのアドバイスと洋子さんのリードで何とかなりそうな感じだ。明日午後1時の病院バスで、洋子さん、草刈さんと買い出しに向かう。


 夕食後は院内AA「ヒナドリ」のミーティングに参加した。グループからは2名の男性が来て、院外からも男性1名が参加していた。僕は今日のセカンドミーティングでの出来事を通して、自分の飲酒も他人のせいにしているかもしれないと気づいたことを話したが、スリップしたことは口に出さなかった。


 最近、勝瀬さんのベッドの名札に落書きをしたり、米窪さんのベッドのパイプに「エサを与えないでください」などと書いた張り紙をしたりと、3人で子供みたいないたずらや、いい歳をしてくだらないエロ話で盛り上がることが多い。それは単に、退院の日が少しずつ近づいてくることへの焦りや不安をただ紛らわせる遊びなのかもしれない。遊びがエスカレートしていくのと、焦りや不安が増していくのが、まるで反比例しているようだ。

 明日は入院から50日目だ。でも、今日の2度目のスリップで、断酒はまた振り出しに戻った。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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2014-07-06 11:13 | カテゴリ:スリップ
(※スリップから2日目)
 今朝になって、昨日の夜勤だった小里看護師に確認したところ、僕が一昨日の20日に帰院したのは午後2時半頃だったらしい。19日夜から20日の記憶が曖昧だ。僕はまったく覚えていないが、カナちゃんが泥酔して戻って来た僕と話したらしい。4階に連れて行かれた際、シラフじゃない僕は4階の患者さんたちと、大いに談笑していた気がする。

 午前11時半の森岡先生の回診の前に、牛本主任と今回のスリップの件で面談を行った。僕が話した内容は基本的に、葉山看護師に昨日話したことと変わらないが、最初に麻友美さんの部屋に行って戻った18日の夜、僕は夜勤当番だった牛本主任に、彼女の退院について僕の思うところを伝えていた。
「しゅにんさんはいーひとらから、なんれもそーらんするんだよ。ほんれ、わらしのことも、ちゃんといーこといっとけよ。わはは」
 と、へべれけに酔っ払った彼女におかしな約束をさせられたこともあるが、僕は彼女が彼女なりにお酒を断つべく、積極的に自助グループへ行っていたことを知っていた。その彼女に誘われたのがきっかけで、今度は植中さんに声をかけられ、勝瀬さんに声をかけた。つながっていると思った。
 それなのにどうして、そんな麻友美さんがあんなかたちで退院しなければならないのだろうか。
 結果的にお酒を飲んでしまったのは彼女自身だ。退院を決めたのも彼女だ。でも僕は、麻友美さんが入院途中でリタイヤして、またもとのアルコール漬けの生活に戻ってしまったことが残念でならない。
 18日の時点で、僕は自分が近いうちスリップするであろうことを想定しつつ、そういう気持ちを主任へ伝えたのだ。

 僕だって、結局のところは同じだ。僕にいったい、どれだけお酒を断つという強い意思があるのだろうか。僕はアルコール依存症の患者で、弱くて無力で、そして愚かだ。中途半端な同情のすえ、今回のようなことになってしまった。

「病院のスタッフに、憤りのようなものを感じますか?」
 牛本主任に質問された。病院でできることには限界がある。極端な話、例え彼女がこのまま自暴自棄になって自殺したとしても、それはほかの誰のせいでもない。依存症に限らず、病気は患者自身の問題なのだから、仕方のないことなのかもしれない。でも、それではあまりに悲しすぎる。

 以前、牛本主任に尋ねたことがある。
「献身的に看護して、無事1クールを迎えて退院しても、その患者がまたすぐにスリップして戻って来たら、やりきれなくなりませんか?」
「いえ、むしろその逆です。よくぞ生きててくれたって思います。生きているってことは、まだチャンスがあるってことですから」


 主任との面談でレクには参加できなかったが、これは自業自得だ。森岡先生の回診では、「こういう状態で付き合う相手を、よく考えてください」と言われた。実にあっさりしたものだが、それはその通りだ。入院中のアル中患者が、病院を抜け出して別のアル中患者と飲んでどうする。
 すみません、と答えるだけだった。


 明日の料理グループの買い出しは、僕が外出禁止となり、勝瀬さんとカナちゃん、復帰した米窪さんと、新たに参加した山形さんの4人でスーパー柏ノ丘店へ向かった。
 月曜に実家外泊から戻った料理リーダーの康平くんは、実家でウイスキーをほんの少し口にしたことを訊かれてもいないのにうっかり申告し、僕と同じく外出禁止となった。薬物依存症の彼は、アルコールの摂取は問題ないと思い込んでいたらしい。
 買い物は、メインメニューの青椒肉絲(チンジャオロース)、味噌汁、サラダ、デザートの材料合わせて13人分となった。


 午後3時からは、2回目のSSTに参加した。牛本主任が仕切るSSTはこれが初めてとなる。作業療法士の一宮さんのほか、患者は僕を含めて5人の参加だった。ボールを的に当てて射抜く『ストラックアウト』でウォーミングアップをしたあと、「お釣りが間違っていても指摘できない」「第1印象で好き嫌いをはっきりさせてしまう」「挨拶をしたときの反応で線引きをしてしまう」といった、コミュニケーションに関する悩みや考えについて意見が出て、ディスカッションした。僕は挨拶を積極的にすることに萎縮してしまうのだが、そもそも挨拶をなぜ行うか、という話にシフトしたとき、根本的な視点を履き違えてしまっていることに気付かされた。
 結論は簡単に出るものではないが、AAなどとはまた違う、僕にとっては意義のある時間だった。


 今日の最後は、夕食後のAA「ぱはろ」、2回目の参加となるグループだ。テーマは「自分の考えを捨てる」。男性ふたりがメッセンジャーで来られ、うちひとりは初めての方だった。アルコールと薬物依存症で、過去に覚醒剤取締法違反と公務執行妨害で逮捕、実刑を受けており、そこからAAを通してお酒と薬物を断ち続けているという話を手短にしていただいた。
 こういう体験談をじかに聴くと、いろいろと質問したくなるのだが、テーマミーティングではそれができない。かといって、ミーティング後に個人的に質問する行動力も勇気もない。外出禁止の身ではあるが、院外の自助グループに参加して、ディスカッションでもできればいいな、などと思ったりもする。
 

※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-03 06:59 | カテゴリ:スリップ
(※スリップ翌日)
 朝食が運ばれて来たのでいったんは目が覚めたのだろうが、そのまま二度寝してしまったらしい。若い女性看護師さんに再度起こされた。5ーB病棟では見たことのない人だ。
「朝食、召し上がれそうですか?」
「…はい」
 とりあえず、そう答えた。朝食というからには朝なのだろう。二日酔いはないが、喉が渇く。マスク姿の看護師さんに水かお茶をお願いすると「すぐに持って来ますね」と言って出て行った。

 一面が白い壁の個室。10畳くらいのスペースだろうか。病院の壁はたいてい白いが、物が置かれていないので白さが強調されている。よく見るとシミがところどころにあり、あまり清潔な感じはしない。
 部屋にあるのはベッドと、食事トレーなどを置くキャスター付きの台、それから簡易トイレ。いわゆるひとつの「おまる」だ。ベッドの足元に使いかけのトイレットペーパーが無造作に転がっている。窓には鉄格子が組まれ、開けられないことが見ただけで分かる。曲線状にデザインされたフォルムをしているが、鉄格子に変わりはない。
 外は小雨が降っている。もともと山の傾斜に沿って建っているため、窓から外を見ても地面が近く、ここが何階なのかよく分からない。
 天井の隅に監視カメラがついている。エレベーターでよく見る、半球体形状の黒いカメラだ。
 扉は車椅子でも出入り可能な、バリアフリーの大きな引き戸がひとつ。扉を閉めたまま外から中の様子が伺えるよう、パカッと開いて覗ける横長の細窓がついている。

 監禁されているのかと思い、何とはなしに扉を引いてみた。施錠はされていない。右手側から、奥へ伸びる廊下になっている。ここが突き当たりに近い部屋だと分かった。
 奥に詰所があるのだろうか、先ほどの看護師さんがすぐに顔を出し、僕を声で制した。
「出ちゃダメですよー、戻ってください」
 おとなしく部屋に戻る。まもなく、カップに注いだお茶を持って、看護師さんが戻って来た。
「どうですか、気分は。お酒は抜けましたか?」
 酔いは醒めているが、口の中は不快だ。受け取ったお茶を一気に飲み干して、おかわりをお願いした。
「ここはどこの病棟ですか?」
「4階病棟です」
 5ーB病棟へ来る前に他病棟で待機入院したことのある患者の話では、4階がいちばんキツい、と聞いたことがある。重度の精神病患者の専用病棟だとかなんとか言われているが、実際のところ病棟の区分は曖昧でよく分からない。
「僕はいつまでここにいるんですか?」
「とりあえずお酒が抜けるまで、ここにいてもらいます」
「いま何時ですか?」
 時計を持たない僕は、携帯を没収されているので時間が分からない。まだ午前9時前だった。
「僕の私物なんですけど…」
「私物はお渡しできないことになってるんです」
 5ーB病棟にあった『鬼平犯科帳』のコミックを読破していた僕は、最近は路線を転換して山崎豊子の『大地の子』を読み始めていた。私物ではなく借り物だが、せめて読みかけの本くらいはいいでしょ、と思ったところで、それ以上食い下がっても仕方がないので諦めた。
「あの…トイレは、これですか?」
 おまるを指差し、海外旅行のガイドブックみたいなぎこちない質問をしてしまった。大も小もしたかった。
「そうですね」
「あのカメラで見てるんですよね」
「そうですね」
「どうしても、あれですか?」
 再度おまるを指した。マスクの看護師さんは「そうですねえ…」と少し思案したあと、「カメラがどうしてもアレでしたら…」と何か言いかけたが、僕にはもっと残念な提案をされる予感がしたので、
「いや、いいです。我慢します」
 と遮った。彼女は最後に、
「漏らさないでくださいね」
 と余計な一言を残して部屋を出て行った。

 それからの時間は、退屈との闘いだった。何度かうたた寝はしたものの、暇すぎてかえってよく眠れない。どこかの部屋から叫び声や唸り声が聞こえる。
 日勤と思われる、朝とは別の女性看護師さんが体温を測りに来るまで、ずいぶんと長い時間放置されていた気がした。
 トイレのことをもう一度お願いしてみると、部屋を出て左にある個室トイレの使用を許可してくれた。用を足して昼食を摂り、それからさらに時間を持て余したので、とりあえず歌い、『外郎(ういろう)売り』の暗誦をして暇を潰す。歌が下手でも、暗誦がスムーズに出て来なくても、僕の放置は変わらない。
 午後2時を過ぎて、ようやく5階へ戻ることを許された。どうもこの病室に新しい患者が入って来るので、僕には予定より早く出て行ってもらうことになったようだ。
「引き継ぎがあるので、デイルームか喫煙室で待っていてください」
「喫煙室って…ライター没収されてますけど」
「喫煙室に行けば、ぶら下がってますから」

「ぶら下がってます」の意味がよく分からなかったが、それはそのままの意味だった。看護師さんの言った通り、4階病棟の喫煙室には使い捨てライターが1個、壁付近にヒモで固定して吊るされていて、患者個人での所持は禁止されているようだ。喫煙室の中に椅子はなく、4、5人の男女がしゃがみ込んだり、そのまま床に座ってタバコを吸っている。虚ろな目でボーッとしている女性や、しきりに何かにぶつぶつ文句を言う男性がいる。喫煙室の外では、デイルームのテーブルに座った中年の女性が、さっきからずっと僕に手を振っている。コワい。
 詰所、というにはもっと広い、守衛室のようなナースセンターは、見たところおそらく強化ガラス張りで、デイルーム全体を見渡せる間取りになっている。男性職員が多いが、どういうわけか若くて綺麗な看護師さんも目立つ。車椅子の男性が、大声で怒鳴り散らしながらナースセンターのガラスを叩いている。何を言っているのかはよく分からないが、職員はそれがいつものことのように軽くあしらっている。
 なかなかマッドな光景を、僕は暇疲れしたアタマでしばらく漫然と見つめていた。やがて看護師さんに呼ばれ、ナースセンターの中から施錠された通路を通り、5ーB病棟へ戻って来た。


 迎えてくれたのは、葉山看護師だった。
 今回の件のあらましについては、申し送りでひと通り聞いているとのことだったが、面談室で再度詳しい事情を訊かれた。
 僕は改めて経過を説明した。一昨日の19日に2時間外出をした時点で、麻友美さんのところへ行こうが行くまいが飲むつもりだったこと、昨日の一日外出申請をしたのも、彼女と飲む可能性があることを承知で、いわば計画的だったことも申告した。
 すべて僕の、彼女への勝手な同情で、自己満足だった。何の解決にも、誰のためにもならないことも分かっていたし、お互いの傷を広げるだけの結果になる危険が高いと知りながら、ただずるずると流されていった。それは僕自身、彼女とお酒を飲むことで淋しさを癒やしたいという甘えがあったからにほかならない。彼女に申し訳なかった。

 葉山看護師から、いわゆる「反省文」を渡され、今日のうちに書いて提出した。今後1週間は5ーB病棟からの外出禁止となり、3階の大浴場以外は、売店に行くこともラジオ体操の参加もできなくなる。
 病室へ戻ると、53号室の患者をはじめ、みんなが苦笑いで迎えてくれた。米窪さんも戻って来ていた。本当は僕が米窪さんを迎える立場なのに、お互いに「お帰りなさい」と言葉をかけ合う変な再会となってしまった。

 夕食後の院内AA「オリーブ」には足を運んだ。この女性グループは、普段は毎月第1月曜にミーティングを行うのだが、今日は変則日程のようだ。詳しい事情は分からない。
 時間の都合で、僕が発言する機会はなかった。元トラック運転手だったグループメンバーの女性が、度重なる飲酒運転と事故で多くのものを失い、この街にやって来た話をされていたが、みんな彼女の強い東北弁が気になって、とても失礼だとは思いつつも集中できなかったようだ。

 僕は麻友美さんのことが気になり話に集中できなかった。彼女は自分を責めて、今日もお酒を飲んでいるのだろうか。
 彼女からは、僕の体調を気遣う短いメールが届いただけだった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-02 22:37 | カテゴリ:スリップ

 病院に戻ったのは夕方だったと思う。麻友美さんが呼んでくれたタクシーで帰ったはずだが、泥酔してよく覚えていない。4階閉鎖病棟の個室に入れられ、ライター、携帯電話、ベルトを没収された。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-02 17:41 | カテゴリ:スリップ

 午前10時から、3回目の心理検査を行った。ロールシャッハテストとかいう検査で、出題された絵が何に見えるか答えていくものだ。
 11時半までの予定が、僕が回答に悩んだりして、終了したのは12時半近くになっていた。最後には部屋を変え、田村心理士も巻きに入っていた。


 病室へ戻ると、携帯に麻友美さんから連絡が入っていた。午後1時からベッドのシーツ交換があるので、それまでに病室を空けなければならない。大急ぎで昼食を食べて、彼女に電話をした。僕は明日の一日外出届を既に出していて、この時点で明日はお酒を飲むつもりでいたのだ。

 実を言えば、昨日僕は2時間外出でタクシーを飛ばし、麻友美さんのマンションへ行っていた。彼女が退院した日以降、僕は何度か連絡を取っていた。彼女の「淋しい」「死にたい」という、どうしようもないほどの落ち込みに同情していたからだ。そして昨日、彼女の部屋で、彼女が止めるのを聞かずに僕は、彼女の飲んでいた酎ハイとビールに少しだけ口をつけた。そのあとは夕食までに病院へ戻ったが、今日また2時間散歩の時間を使って彼女のところへ行くと約束した。明日の一日外出届は、どうなってもいいという思いで申請しておいたものだ。


 2時からの学習会は『⑩ アルコール依存症と家族』というタイトルで、日程表の⑨番目と入れ違いになって行われた。僕は中盤から後半にかけてほとんど寝ていて、ソーシャルワーカーのレクチャーをろくに聴いていなかった。

 シャワーを浴びて、午後4時の病院バスに乗ろうと外へ出たとき、麻友美さんからのメールに気がついた。「今日はもう来ないほうがいい、自分が飲んでいる隣にいたらダメだ」という内容だった。
 僕はそのままバスに乗り、とりあえず西町駅前まで向かった。既成事実を作ろうと思い、コンビニで 350mlの酎ハイを2本買って飲んだ。
 飲みながら、西町総合公園の近辺をぶらぶらと歩いた。その間、麻友美さんと電話で話すうちに、「やっぱり会おう」ということになり、結局彼女の部屋へ行った。お互いに何をどうすべきなのか、整理も判断もついていなかった。僕は既にアルコールが入っていることを彼女に伝えた。麻友美さんの中でも僕への遠慮が断ち切れたのか、そのあとはただ、ふたりでお酒を飲んだ。

 アル中どうしで慰め合っても、何にもならないことは分かっている。僕が彼女に何かしてあげたいというのは自己満足で、稚拙な同情にすぎない。僕も僕の淋しさを、彼女に癒やして欲しかっただけだ。

 病院に電話をかけて、お酒を飲んだことを告白した。夜勤看護師は千葉さんと長浜さんだった。僕は麻友美さんの名前を出すつもりはなかったが、僕から強引に携帯を奪い取った彼女は、事実を伝えた。

 入院中に院外で飲酒した場合、基本的にその日は帰院できない。強制外泊となる。千葉看護師は、
「今すぐそこを出て、実家なりビジネスホテルなりに泊まってお酒を抜いて、明日のお昼までに戻りなさい」
 と僕に厳命したが、僕には彼女の部屋を離れる気はなく、明日の昼までに戻る約束もできないと答えた。
 結局、明日はできるだけ早く戻るとだけ伝えて電話を切り、今度はいよいよ本格的に買い出しに出た。

 そして、酔い潰れて寝るまで飲んだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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