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2015-03-19 00:03 | カテゴリ:院内生活
(※断酒28日目/退院まであと15日)
 退院まで残り約2週間。こうなると、一日一日が惜しい。寝ている時間ももったいなく、今朝は午前5時前に目が覚めた。
 ARPはサードミーティングをあと2回残してすべてやった。AAはまだ行っていない会場やグループがあるけれど、退院までできる限り足を運ぶつもりだ。
 あとは、自分を奮い立たせるもうひとつと、感謝をかたちにすること。

 10時前、勝瀬さんがデイケアにやって来た。昨日高津さんが言っていた通りで、元気そうだった。米窪さんも安心していた。
 その米窪さんは明後日、以前一時転院していた病院で再度内科の診察を受けるそうだ。午後になって奥さんが来て、デイルームでいろいろ話し込んでいた。ずいぶん長い話になっていたようで、僕がサードミーティングを終えたあたりでようやく見送りに出て行った。
 病室に戻った米窪さんは、口では努めて陽気に、
「あんまり人を不愉快にさせること言うもんだから、甘いものが欲しくなっちゃったよ」
 などと言いながらコンビニで買って来た菓子パンを見せびらかしていたが、夫婦間でぎくしゃくした様子は隠せない。他人が口を挟む問題ではないし詳しいことはよく分からないので、僕らはただふざけてバカな話をするだけだ。
 多くの患者が明るく振る舞うその裏には、先行く不安と申し訳なさと苛立ちが複雑に絡み合う。それは僕も同じだ。でも僕には2度目の入院はない。これまでやったことを信じて前へ進むしかない。
 これは、僕の病気だ。

 3時からのサードミーティング。すべてのARPの中で僕がいちばん気の進まないプログラムだが、それも今日を終えてあと1回。とりあえず、やらなければならないことは全部やるだけだ。


 台風の影響なのか雨と風の中、地下鉄を乗り継いで南東町の町民会館で行われるAA「アウル」へ足を運んだ。
 普段は参加者が少ないと聞いていたグループだが、今日は中間施設からも来ており10人以上集まっていた。また、AAのセントラルオフィスに問い合わせて聞いたという60代前半くらいの男性が、奥さんと息子さんを伴って会場にやって来た。この方はCT検査で脳の萎縮が見られ、このまま飲み続ければあと2年しか生きられない、と医師に宣告されてAAを勧められたのだという。
 通常、AAのミーティングは当事者間で行われる『クローズド・ミーティング』と、家族や友人、医療関係者など当事者以外の参加も可能な『オープン・ミーティング』に分けられる。今日はクローズド・ミーティングの日だったが、この男性はAA初参加ということで参加者了承のもとご家族も同席してのミーティングとなった。

 自称「晴れ男」という優二さんのおかげか。帰りは風こそ強かったものの、雨はすっかり止んでいた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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2015-03-16 19:47 | カテゴリ:院内生活
(※断酒23日目/退院まであと20日)
 朝食は実家でひとり、レトルトカレーを食べた。熱いものを食べると、今度は上の歯が痛むようになった。
 昼前、スーパー柏ノ丘店まで父に車で送ってもらい、インスタントコーヒーと砂糖を買って病院バスで帰院した。今週は料理には参加しなかった。

 午後1時半。来週が夏祭りでお休みとなる創作は、退院まで今日を含めてあと2回ということになる。
 猛スピードでカードケースを仕上げた。お世辞にも上出来とはいえないが、一宮OTはしきりに「いい感じですよー」と褒めてくれた。これはこれで、彼女の本心なのだろう。再来週の最後の回では、100円ショップで買ったイルカの木工クラフトを作って遊ぶつもりだ。



 今日は柏ノ丘例会には行かず、夕方の自助参加まで休むことにした。デイルームで薬剤師の室戸さんに、久しぶりに声をかけられた。僕は退院日を伝え、不安ではあるけれど比較的落ち着いている、と近況を話した。
 とはいえ、薬が必要な生活がこの先いつまで続くのかは気になるところだ。エビリファイは前日の効果が残る可能性があるから一度くらい飲み忘れても大きな支障はない、と渡辺先生は言っていたが、退院して仕事に戻ったとき、僕がどんな精神状態でいられるのかは分からない。眠剤も必要になるかもしれない。いずれにせよ、退院後も外来で様子を見なければ何とも言えないというのが実情だ。
 以前先生にも訊いた、飲酒欲求を抑える薬についても尋ねてみた。新しい薬のため臨床データが少なく、不確定な部分も多いそうだが、考えられる副作用は下痢の可能性で、町坂さんが言っていたような「何もしたくなくなる」「死にたくなる」という症例は、少なくとも室戸薬剤師は聞いたことがないという。ほかの薬との併用も問題ないとのことで、頓服薬としての利用が可能かどうかについては調べてくれるそうだ。費用負担についても確認をお願いしたところ、室戸さんは快く引き受けてくれた。

 その後、職場へ連絡して担当マネージャーに退院が決まったことを伝えた。直接の上司にあたるマネージャーからは「おめでとう」という、この病棟ではあまりかけられない言葉をかけてもらった。退院後も今月いっぱいは静養して、8月から復帰ということで了承をとった。
 この3ヶ月で職場のスタッフも20人ほど増えたという。1月から研修を始めて2月から現場についたばかりの仕事のため、まだまだスキルがないうえに、このブランクは不安でお腹いっぱいになる。それでもここまでの入院生活で僕がやってきたことは間違っていないはずだ。自分を信じて、とにかく前へ進むしかない。


 今日は西町のAA「ちかぷ」へ行った。院内AAではメッセンジャーの方が来ているグループなので何度か参加したが、病院外のミーティングへ出向くのは初めてだ。
 知らないメンバーばかりだったが、5月の連休明け、初めてこのグループの院内AAに参加したとき「アサヒの『スーパードライ』が飲みたい」と話してくれたイザワさんがいた。別のAAメンバーの方も来ていた。少しずつ、顔見知りが増えていけばいい。そのためには、とにかく足を運ぶことだ。

 西町教会へは優二さんと向かったが、少し早かったので駅前のショッピングモール3階の喫煙室で時間を潰すことにした。さっきまで病院バスで一緒だった、勤務終わりの沼畑師長がタバコを吸っていた。デイルームの患者用喫煙室では見たことがないが、実はかなりの愛煙家らしい。
 師長が最近ハマっているというスマホのゲームの説明をあれこれ僕にしてくれた。ただ、
「バアーッとやって、ぽんってなったら、すーっといくの」
 と長嶋さんみたいな説明なので、面白さがさっぱり伝わらない。それ以前に僕のポンコツ端末には非対応なので、楽しそうに話す姿で「ああ、面白いんだろうな」と理解するしかなかった。
 いろいろ苦労の多い職場だろうが、それを見せない。「私、短気なの」と呑気に語る。僕とは対照的な人で、なんだか考えさせられる。僕は人に対して壁をつくるが、本当は人が好きだ。
 患者だけではなく、病院のスタッフからも、たくさんの大切な何かを貰っている気がした。

 優二さんが珍しく沈んでいた。退院後の生活のために当てにしていた、作業所での仕事を断られたそうだ。詳しい理由は僕にはよく分からないが、なんでも「デイケアへの通所やAAの参加実績が足りない」らしい。これまで優二さんは、バーテンなどお酒を提供する飲食店での仕事や、やはりお酒を飲む機会が多い技術系の職場にいたため、スキルをうまく活かせられないこともネックのようだ。
「就活なんて3年もしてないし、面接用のスーツ買うカネもないんだよなあ…」
 180㎝の長身では、僕のスーツなんか役に立たない。
 こういうときは、気休めの言葉はかえって傷つけるだけだ。不安で焦る気持ちは、僕には痛いほど分かる。
「でもこうやって、サトウさんにグチ聞いてもらえるだけでも助かるよ」
 普段の素っ気ない優二さんにしては珍しい物言いだ。長い脚でいつもさくさく歩くが、今日はAA会場へ向かう足取りが重いのが如実に伺える。
「試練ですね」
 僕はそれだけ言った。彼がいつも口にする、自分を奮い立たせる言葉だ。
「そうだな。試練だよな」
 自分に言い聞かせるように呟いた。教会へ向かう足が、少し早くなった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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2015-03-07 16:37 | カテゴリ:院内生活
(※5度目のスリップから20日目)
 ベッドを廊下側へ移して最初の朝。寝覚めは良好だ。
 昨日、午前中にベランダに干した洗濯物を取り込むのを忘れていたので、深夜にベランダから出してそのままデイルームで日記を書いて寝たのだが、洗濯物をベッドに持って行くのを忘れてしまった。早朝、喫煙室でタバコを吸っていて、デイルームに見覚えのあるTシャツが放置されているのに気がつき思い出した。
 寝覚めは良くても、こういうところは相変わらずだ。

 今日から7月。今年も半分が過ぎたが、僕はさらにその半分をこの病院で過ごしている。1日が恐ろしいほど速く駆け抜けていく。

 患者会の役員も新しい顔触れになり、新会長の山形さん、副会長の優二さんが今月最初の瞑想タイムを仕切った。
 朝の苦手な優二さんは、毎日早起きの山形さんに起こしてもらうよう頼んでいるそうだが、早朝一発目から山形さんの顔と声というのは、こちらは寝覚めが悪そうだ。


 火曜の午前は院長の回診日だ。院長が主治医の患者には、利根川さん、山形さん、優二さん、植中さん、関根さんなどがいる。
 正午前、昨日に続いて53号室に新しい患者が入った。木下さんという僕よりひとつ歳上の男性で、もちろんベッドは僕が昨日まで使っていたスペースだ。
 院長の回診を終えた優二さんが僕のところへやって来て、急遽退院が来週の水曜になったことを教えてくれた。優二さんは前回1クールの入院をしたが、退院からわずかひと月でスリップして今回の入院となった。院長からは当初、今度は半年はかかると言われて本人もそのつもりでいただけに、寝耳に水の話だったようだ。
「それだけ入院待ちが多いってことだろうなあ。俺は先生に任せているから」
 そうは言うものの、不安は隠せない様子だ。
 あと1週間というのも確かに急だが、とすれば僕の退院もきっかり1クールで間違いないということだろうか。いずれにしても優二さんとは、退院後も連絡を取り合って自助グループに行きたいと思う。

 昼食後のミニバレーに参加することは、だんだん当たり前になってきた。活躍こそしないが、みんなとゲームをしている実感が楽しくて、僕にはレクの時間が待ち遠しくもある。
 不安が完全に消えたわけではないが、バレーに加わるなんて想像もつかなかった入院当初の僕にしてみれば、大きな変化なのだろう。

 午後3時の病院バスでスーパー柏ノ丘店へ行き、文具売り場でいろいろと買い物をした。いくぶん躊躇したが、僕が退院するにあたって、看護師さんへあることをお願いするためだ。かなり恥ずかしいのだが、この際そんなことは言ってられない。あとで後悔しないためにも、とりあえず準備だけはしておこうと思った。


 今日の自助は、西町19丁目の「つぐみ」だ。病院バスに同乗していた利根川さんや山形さんたちがスーパー柏ノ丘店前で途中下車したため、つい一緒に降りてしまった。みんなは南町教会の別のAAグループへ行くという。僕は優二さんと西町駅まで行くのだ。慌てて戻り、再度乗車させてもらった。いつもぼけっとしてみんなの後ろにくっついているだけだと、こういうことになる。バスに戻れたのはラッキーだった。

 AA「つぐみ」はまだ3回目だが、僕のことはある程度覚えてもらえたと思う。先週もこのグループに参加したあと、日曜に北東教会のAA「オオタカ」で再度顔を合わせた人がいたことも大きかった。
 帰り道に優二さんから、やっぱり次の木曜は松ノ宮町ではなく、南町教会へ行こうと言われた。
「予定がコロコロ変わって申し訳ないね」
 退院がいきなり決まったわけだし、事情が変わったのだから予定が変わっておかしいことはない。優二さんが続けた。
「俺、南町の『オオタカ』に正式に入るから」
 もしかすると、入るならこことある程度決めていたのかもしれない。あくまで僕の印象だが、慌てて決めたというよりも、決断するのに何かがふっ切れた、という感じに思えた。

 明日は草刈さんと中央町の断酒会へ足を運ぶ予定だ。1クール終了まで残りわずかだが、まだまだ初めてのことはある。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-07 12:34 | カテゴリ:院内生活
(※5度目のスリップから19日目)
 満床の5ーB病棟では、退院する人と新たに入院する人の入れ替わりが激しい。退院待ちで待機している患者も多いそうだ。
 52号室では、料理でお世話になった中山さんが退院した。定年まで仕事を勤めあげて会社を退職し、現在は独り暮らしという中山さんだが、
「中山さんみたいな人は、もう飲んでもいいんじゃないの?」
 と、米窪さんが元も子もないことを言っていた。
 僕が入る53号室でも、周さんが退院した。外泊から奥さんと帰院して、そのまま荷物をまとめての退院だった。中国語と日本語の混じった会話で、奥さんとふたりで声をあげて笑っていたのが印象的だった。
「中国語で僕らの悪口言ってたりして」
 病室で周さんとお別れの挨拶をして見送ったあと、米窪さんに言った。
「お前らアル中と一緒にすんな、ってか」
 もしそうなら、それはそれで面白い。

 8人部屋の53号室はこの時点で、ベッドにふたつの空きができた。入口から向かって右手前廊下側から奥へ、黒部さん、僕、米窪さん、高津さん。左手奥の窓側が周さんの使っていた空きベッド、順に手前へ平嶋さん、浅尾さん、そして勝瀬さんが使っていた空きベッドという並びだ。
 僕は勝瀬さんの使っていた廊下側のベッドに移りたいと思っていた。この場所は共用ロッカーが置いてあり、その分スペースが多少広い。また、廊下側の左右ふたつのベッドだけ、なぜか個人用クローゼットが観音開きの大きなサイズになっていて、これまたスペースが広くなっている。それはそれでプラスなのだろうが、入口付近のこのベッドはデイルームや詰所に近くて騒々しいということもあり、寝付きの悪い患者には敬遠される場所でもある。
 僕は退院が近くなり、まただんだんと不安や焦りが強くなってきた。騒々しいのも限度はあるが、静か過ぎるのは僕にとってなんだか無性に心細い。気分をリフレッシュする意味もあるので、わがままを承知で金曜の夜に夜勤の牛本主任へ相談したところ、師長に許可を貰うようにとのことだった。

 周さんが病院を出たあと、空いたばかりの窓側のベッドがすぐに新しい患者を迎えるべく整えられた。廊下側の空きベッドはそのままだ。病室に来た前上看護師に訊いてみた。
「今日のお昼までに、すぐに新しい患者さんが入ります。サトウさんが廊下側のベッドに移動したがっているのは主任から聞きましたから、新しい患者さんはこっちの窓際のベッドにお迎えしようと思って。師長はもうすぐ来ますから」
 僕は正直、僕の希望を牛本主任がそこまで気に留めてくれているとは思っていなかったので、その素早い配慮に感謝した。その直後、53号室には新しい患者が入って来た。
 倉持さんという50代後半の男性患者は、小学校の元教員だそうだ。柏ノ丘病院には以前も入院歴があるという。窓側のベッドを案内され、小声で「あ、良かった…」と呟いたのが聞こえた。

 昼食前、沼畑師長が僕のところにやって来た。既に申し送りで聞いているらしく、僕から改めてお願いする前にベッドの移動を許可してくれた。
 僕は入院初日から文字通り寝食を共にしたこのベッドで、最後の食事をした。昼食のメニューは、入院7日目に僕がカルチャーショックを受けたカレー。ビーフではなくチキンカレーだった以外、丼ごはんで出てくる定食スタイルは変わらない。もちろん僕はもう何も驚くことなく、スプーンを駆使して小慣れた要領で、ごはんをカレーで少しずつさらって食べた。僕には少し辛口だったけれど、旨かった。

 移動というのはベッドごと入れ替えるため、厳密に言えば「寝食を共にするベッド」は退院まで変わらない。病室の人たちがわらわらと手伝ってくれてベッドを入れ替え、クローゼットの中の私物を移して引越しは完了した。
 思った以上にベッド周りのスペースが広い。これはいい感じだ。観音開きのクローゼットは、これまでの片開きのそれに比べてさぞかし収納量も倍近いだろう、と思ったら、奥行きがない。これまでのは70㎝ほどはあったのに、こちらのクローゼットはその半分程度だ。ハンガーが真っ直ぐかけられない。間口だけは広いので、ハンガーを斜めにかけることになる。おかしな隙間ができるので、電池やら飴やら剃刀の替え刃やら、こまごましたものをそこへ押し込む。いまいち美しくない。
 食事トレーなどを置く引きテーブルは、クローゼットの幅に合わせて65㎝とほぼ倍近くなったが、あろうことか引き出せる長さが30㎝もなく、トレーがぎりぎり置ける程度だ。それ以上引くと下の引き出しとの境目をつなぐケコミ部分の角材が外れてしまう。どういう設計になっているのか。
 ともあれ、自分から希望した以上文句は言えない。今日からここが僕の空間だ。もうカーテンを閉める必要は ―― たぶんないと思う。


 午後の月曜学習会は『④ 食事と身体』とのタイトルで、管理栄養士によるレクチャーが行われた。この栄養士さんは、米窪さんに肝臓食の説明をしているのを見たことがある女性だ。『肝臓を守る食事』と題されたプリントとスライドで、アルコール性肝障害や肝臓の働き、肝障害に良い食品についての解説を、最後に季節がら食中毒予防について説明があった。
 僕は今日も最前列の窓際に座り、眠気と闘いながら30分ほどの学習会に耐えた。3階病棟へ移った和代さんが、最後の最後に手を挙げてどうでもいい質問をしていたが、どうでもいいのでよく聞いていなかった。
 僕の学習会は来週で最後だ。


 今日の自助は、西町の「カッコー」に参加した。向かったのは優二さん、利根川さん、山形さん、関根さんと僕の5人だ。僕は大阪のテーマパークで夜勤をしていた頃に、酒で失敗して仕事をクビになった話をした。明日は19丁目教会の「つぐみ」へ3回目の参加予定だ。焦らず、徐々に慣れていこう。
 帰りの道すがら、木曜日に松ノ宮町の町民センターで行われる「ホオジロ」というグループのAAに行かないかと、優二さんから誘われた。「ホオジロ」は院内AAにもメッセンジャーを送っていないし、僕は足を運んだことがない。会場となる松ノ宮町の町民センターは、西町駅から電車で数駅行ったところにある。
 僕は木曜は実家に近い南町教会の「オオタカ」へ参加したあと、そのまま実家に外泊しようと考えていたが、「行ったことのないグループは、できるだけ今のうちに行ったほうがいい」と言っていた優二さんの誘いに従うことにした。退院までの残り日数で、どれだけの自助グループへ足を運べるだろうか。


 髪を切ったことで、看護師さんからの「受け」が俄然良くなったような気がする。褒められるのに慣れていない僕は、褒め上手の看護師さんの言葉にいちいちうろたえてしまう。それにしても、今までいかにむさ苦しかったかということだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-04 16:11 | カテゴリ:院内生活
(※5度目のスリップから17日目)
 昨晩は珍しく、牛本主任が夜勤に入った。消灯後の夜12時、看護師巡回が終わるのを待って詰所のドアをノックした。木曜のSSTを中座したことをお詫びし、苦手な話題になったときに心の中でカーテンを閉じてしまう自分について話した。
「お父さんの話題は、やっぱり辛いですか?」
 牛本主任に訊かれた。
「…そうですね。とても卑屈な感情が湧いてきます。何も聞きたくなくなって、その場所からいなくなりたくなってしまいます」
「そうですか…」
 会話が止まってしまったので、話題を変えた。
「あの、あと3週間で1クールも終わりますけど、どうなんでしょう。病院側から退院を延ばしたほうがいいって言われることはあるんでしょうか。そういうのがない限り、3ヶ月きっかりで退院って考えて問題ないのか…いや、最終的に自分で判断するってことは分かってるんですが…」
 今週は回診がなかったためか、退院の時期についてまだ何も言及がないのは不安だった。回りくどい言いかたで尋ねてみた。
「うーん、そうですねえ…」
 僕が答えにくい質問をするからなのか、牛本主任は答える前にいつも言葉を探すような間を空ける。
「基本的には、よっぽどのことがない限り、こちらから退院の延期を提案することはないですね。個人的には…サトウさんはもう少し入院したほうがいいと思いますけど」
 これはなかなかの重大発言だ。即座に訊き返した。
「そう思いますか?」
「だって、今月何回もスリップしやがったでしょ」
 それを言われると辛い。それにしても主任は口が悪い。
「正直、退院はもの凄く不安です。でも、ただずるずる先延ばしするなら、退院するのがもっと怖くなりそうで…経済的なことももちろんあるんですが」
「そうですねえ…それはあると思います」
「いちおう、ARPでできることはやったつもりです。学習会とかサードミーティングとか、まだ残ってることもあるけど、1クール終了までには全部済むと思います。これ以上、何をしたらいいのか分からなくて」

 入院から今日まで、僕は院内・院外合わせて自助グループには40回近く参加した。レク、料理、創作、SSTなどのプログラムにもすべて参加している。最近はサボっているが朝のラジオ体操も、散歩も買い物も筋トレも、ARPに限らず入院中にできることは何でもやった。日記もつけているし外泊もした。カウンセリングをお願いして、カーテンを開けた。ミニバレーをやった。スリップもした。
 それでも不安は拭えない。

「退院が不安なのは当然ですけど、サトウさんはどのプログラムにも積極的ですしねえ…」
 それっきり、牛本主任も言葉が続かなかった。明確な答えなんか貰えるはずがない。これは僕の病気なのだ。僕は田村心理士から提案されたことを主任に訊いてみた。
「いまの話ですが、次のSSTで皆さんに相談してもいいですか?」
「そうですね。いや、全然問題はないです」
「でも、昨日みたいに変な振りかたはダメですよ。一宮さんから聞きました。ノープランで投げつけるのはやめてください」
「サトウさんがいい方法を知ってるっていうんで丸投げしたんですが…。そうなんです。僕はいつもノープランですよ」
 そう断言できることが、なんだか羨ましくさえ思えた。


 土曜日の今日は夕方まで何もせず、先週と同じように夕食を済ませて実家へ戻った。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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