-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2015-07-15 18:43 | カテゴリ:病棟の人々
(※断酒38日目/退院まであと5日)
 今日から月曜まで、日中は病棟の水回りが使用できないという。何でも別の病棟の工事とかで、朝の9時から夕方5時までは排水ができないらしい。突然の周知にも困ったものだが、文句を言ったところで始まらない。


 土曜はお休み、と公言していたはずの利根川さんがAA「アカゲラ」のミーティングへ出かけるというので、一緒に行くことにした。日曜の院内AAには何度か参加している「アカゲラ」は毎週月、木、土曜の3回、北町の25丁目教会でミーティングを行っているが、会場が病院から遠いこともあって、まだ院外のミーティングに足を運んだことはなかった。土曜日は午後2時から開始とのことで、昼食後すぐに病院を出た。

 西町駅で、利根川さんが乗車券として使用するプリペイドカードを買うという。利根川さんら生活保護受給者は、申請すれば自助グループ参加のための交通費も全額支給されるのだ。
 いつもは1,000円分とか3,000円分とか、決まった金額のカードが券売機で買えるはずなのだが、どういうわけかそれができなくなっている。駅員さんによると、なんでもチャージ式のICカードに変わりプリペイドカードが廃止になるため、新規の購入はできなくなったらしい。
 ということはその、ICカードを新しく買ってチャージしなければならないのだが、途端に利根川さんが焦り始めた。買い方がよく分からないうえに、僕を待たせていることが申し訳ないと思ったのだろう。AAの開始時間もある。
 使い捨てのプリペイドカードに比べて、チャージ式ICカードの新規購入は名前だの何だのを入力するので、不慣れな人からするとひどく面倒なものかもしれない。カード購入機のタッチパネルを操作する利根川さんの指が震えている。明らかにテンパッているのが分かった。
「あの、サトウさん、す、すいません。先に行っててください」
 声もどこかうわずっている。
 ―― あ、これが利根川さんの症状か。
 そう直感した。

 利根川さんはアルコール依存症と併せて、パニック障害、強迫神経症というココロの病気を抱えている。普通の人なら気にしないような取るに足らない出来事にでも、急に大きな不安に襲われて、極度に混乱してしまうのだ。利根川さんの場合、例えば自宅から外出しても、戸締りはしたか、ガスの栓は閉めたかなど、細かいことが病的に気になって不安に陥るのだそうだ。
 思えば僕も似たようなものだ。もともと過度な心配症ではあったけれども、精神的に不安定なときは特に妄想が顕著になる。道を歩いていても頭上から何かが落ちてくるのではないか、一時停止の車が突然動いて轢かれるのではないか、背後からカラスにでも襲われるのではないか ――
 入院直前の僕はそんな不安に襲われることが多々あった。大阪で生活する自信を失くした頃もそうだった。少なくとも、激しい強迫観念に取り憑かれるという意味では、僕も他人事ではないのだ。

「大丈夫ですよ。僕もICカードの買いかた知りたかったし。ゆっくり行きましょう」
 ひとりで先に行くなんて、できるわけがない。利根川さんを待って、少し遅れてAA会場へと向かった。


 帰り道。西町駅から路線バスで帰院するという利根川さんと別れて、ひとりで歩いて病院へ戻った。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-04-03 17:59 | カテゴリ:入院生活
(※断酒35日目/退院まであと8日)
 だんだんと退院へ向けてココロの照準を合わせていく毎日。同時に、まだやっていないことをひたすらやり、まだ行っていないAAのミーティングへひたすら足を運ぶしかない毎日。やるべきことは決まっているのだ。

 デイルームの喫煙室での顔ぶれも、入院当初と比べて様変わりした。それなのに、なぜか2階病棟に入院しているはずの峰口さんが頻繁にここへやって来る。デイケアに参加するついでに寄ったという口実だが、早朝から顔を出す始末だ。
 先月3日に5ーB病棟を退院した峰口さんだったが、ひと月もしないうちに2階病棟へ再入院となった。なんでも自宅で殺虫剤を撒いていて、中毒で倒れたらしい。この人の話はどこまで本当なのだろうか。
 2階病棟では、というか峰口さん自身がタバコを止められているのか、キャンディの袋にタバコとライターを隠して、5ーB病棟の喫煙室にしれっと紛れ込んで来る。本来、他病棟の患者や部外者の利用は禁止されているので、看護師さんに見つかっては注意されているが、まるでどこ吹く風の様子だ。
 そんな姿を見るにつけ、僕にはなんだか峰口さんが自分の居場所を求めているような気がしてならない。少なくとも、もうここは峰口さんの居場所ではないのに。でも、もちろん僕にはそんなこと言えない。


 午後3時からのサードミーティングで、いちおう参加必須のARPはすべて終了した。利根川さんの重たい告白や黒部さんの開き直りなど、いろいろ発言は出るのだが、それらを丁寧に拾い集めることもなく言わせるだけ言わせておいて、消化不良のまま時間が来て終わるという流れは最後まで変わらなかった。テキストのチャプターもラストまで進めず「あとは各自で読んでおいてください」的な終わりかたになってしまった。
 退院までにもう1回、このミーティングの時間がやって来る。既にサードミーティングの最終日程までを終えた患者は、もう一度セカンドかサードのどちらかを選んで出席しなければならないのだが、テキストを使ったこのミーティングに参加するのは、なんだかとても時間のムダのような気がした。それなら、最初に戻ってビギナーミーティングに参加したい。僕は師長にお願いしてみた。
「うーん。ビギナーミーティングは、あくまで入院して間もない患者さんのためのものだから…」
 渋る師長に食い下がった。
「それは分かります。でも最後の回でビギナーに参加して、もう一度入院当初の気持ちを思い起こしたいんです。ほかの患者さんに支障があるなら、発言しないでただ同席するだけでもいいです。お願いします」
 自分でもよく分からないが、必死で師長に頼み込んだ。師長はしばらく考えたあと、
「分かりました。特別に許可します」
 僕のわがままは受け入れられた。来週の最終回は、僕はビギナーミーティングに参加する。


 4時からはデイルームで料理打ち合わせを行った。料理も今回が最後だ。メニューは王道の炒飯で、節子さんが腕を振るうスタンダード炒飯のほか、カレー、シーフードの3種類を作ることになった。
 実習の学生さんは3人とも参加するのに、結局黒部さんは料理に加わることを拒んだ。頑固親父だなあ、と思ったが、考えてみれば僕だっていろんなことを拒み続けていたわけだから、人のことは言えない。
 買い出しは明日、僕と稲村さん、木下さんの3人で行くことになった。

 打ち合わせに同席していた一宮OTにも、例の色紙を渡して一筆をお願いした。色紙には既にひと通り看護師さんから寄せ書きをいただいていた。看護師さん同様、一宮さんにもずいぶんとお世話になった。彼女からもぜひひと言をいただいて、お礼のメッセージカードを手渡したかった。一宮さんは、
「分かりました。明後日の勤務のときにまたお持ちしますね」
 と、嫌な表情ひとつ見せずに色紙を預かってくれた。


 夕方。早出しの夕方を済ませ、昨日に続いて「ちかぷ」のミーティングに参加するため病院を出た。今日の会場は東町地区会館で、ひとりで病院バスに乗り込む。車内で一緒になった師長に、メッセージカードを手渡した。なんだかひとりひとりにお別れの挨拶をしているみたいだった。
 AA会場へ向かう電車では、一宮さんと途中まで一緒になった。僕は彼女に、いつ頃から作業療法士(OT)になろうと思ったのか尋ねてみた。
「中学の頃には、なりたいと決めてました」
 僕なんか、今回の入院で初めてこういう職業が存在することを知ったというのに。
 作業療法士になるには国家試験資格が必要だ。相当な努力をして進みたい道へ進むことができたのだろう。彼女のようなひた向きなエネルギーを、僕も取り戻すことができるだろうか。
「サトウさん。サトウさんがこれまでの人生でいちばん輝いていたのはいつですか?」
 唐突な質問だった。輝いていた頃。そんなの、僕にあっただろうか。
 大阪で芝居を初めてから、僕は本当に多くの人に出会い、貴重な舞台の経験をさせてもらった。それは普通に会社勤めをしている人にはなかなかできない経験かもしれない。でも、僕の足元はいつも不安定で、当時の僕もそれを感じていた。
 それでも、20代の自分にはまだまだ時間があるような気がして、僕はその不安定さと向き合うことをしなかった。30代になってからは、半ば現実から目をそらすようになっていた。
 そんな僕のどこが「輝いて」いたというのか。
「ええっと…いつだろうなあ。やっぱ大阪で芝居してた頃かなあ」
 本音を言っても虚しくなるだけなので、まるっきりでまかせがこぼれた。一宮さんが笑顔で僕を励ます。
「退院したら、また輝いた毎日を過ごしてくださいね」
 ―― 輝いた毎日か…。
 この街へ帰ってからは、僕はすっかり自信を失い、下を向いて生きていた。輝いた毎日を過ごすためには、あともう少し、空を見上げて歩かないと。


 AA「ちかぷ」では、昨日僕を「あんたは依存症じゃない」と決めつけた例の男性が今日も参加していたため、少し身構えていたが、ミーティングの前にイザワさんからAAの書籍『ビックブック』をいただいた。この本は古いバージョンを優二さんから一冊貰っていたのだが、ミーティングでは改訂版を使うのでページが合わなかったり、記述や構成じたいが異なっているときがあり、改訂版の『ビックブック』をいただいたのは正直ありがたかった。とはいえ、せっかくの優二さんの好意になんだか悪いような気がして、僕が改訂版を持っていることを優二さんには知られないようにしなければ、などとまた余計な心配をしてしまう始末だった。
 会場には参加者の差し入れで豆大福やらバウムクーヘンやら、なかなか豪勢なおやつがたくさん並べられていた。僕が病院から来ているということで、ミーティング後にはそれらをお土産に持って帰るよう皆さんから勧められた。例の男性からも「たくさん持って行きな」と声をかけられた。昨日のようなことは言われなかったが、それでも僕は警戒を解かなかった。

 帰り道。駅でたまたまほかのミーティングへ行っていた優二さん、利根川さんと合流し、一緒に帰院した。
 退院が近い。その実感がいま、僕の背中をゆっくりと押している。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-03-27 18:31 | カテゴリ:病棟の人々
(※断酒33日目/退院まであと10日)
 朝から蒸し暑い。クーラーのない5ーB病棟では扇風機が頼りだが、どういうわけかみんなつけるのを遠慮する。黒部さんなどは「オレ、扇風機の風ダメなんだ」と嫌がるので余計つけられなくなってしまう。

 昨日の夕方、隣町で飲酒運転による死亡ひき逃げ事件があった。海水浴場で飲酒した31歳の男が、同じ海水浴場から駅へ歩いて帰路に着いていた29~30歳の女性4名をはねて3名が死亡、1名が頸椎骨折の重傷を負ったのだ。被害に遭った女性は高校時代の同級生だったという。
 容疑者の男は前日深夜の居酒屋勤務終わりからビーチで夜通し飲酒していて、事故直後は女性の手当てをせずそのまま逃げ、コンビニでタバコを買い、それから 110番通報したそうだ。何を考えていたのか理解に苦しむ。「事故さえ起こさなければ(飲んでも)大丈夫だと思った」と供述している、と報じられていた。
 僕は運転免許を持っていないが、こういう事件のニュースを、特にこういう病棟にいながらにして耳にすると、やりきれない気持ちになると同時に、自分の飲酒が他人の命を奪ったり、自分自身の人生を破滅させることにつながる闇を感じる。それはとてもリアルな「恐怖」の感情にほかならない。


 今日の学習会は、1クール11回をひと周りして12回目となる。あの理科の教師みたいな男性心理士が『自分の考えを知る』というテーマでレクチャーを行った。4月、僕が2回目に参加した学習会で『私はどんな人?』という問いを記したプリントに回答を書かせて、小グループに分かれて発表し合うという、あの回の焼き直しだ。
 今回は手法を大きく変えて、

Q1:社長と副社長 Q2:時間とお金

 それぞれどちらが好き、または大切だと思うかを選び、小グループ内でその理由を発表し合うという形式だった。
 僕はQ1について、好き嫌いや能力の有無ではなく、単に正があって副があるという理由で〈社長〉を、Q2については万物に平等だと思ったので〈時間〉を選択した。米窪さんや浅尾さん、そして現在2階病棟に入院している峰口さんらと一緒になったグループの中からは「最終的に責任があるから社長」「後ろのポジションだけどそれなりに力のある副社長」だったり「お金がないと生活できない」「時間がなくても自分の作業をお金で人にやらせることができる」「時間は社会のシステムに関係なく存在する」といった意見が出た。根本的な主旨は前回と変わらず、他人の考えを聴いて己の考えを知る、ということなのだろう。
 学習会終了後、元小学校教員の倉持さんは、
「二者択一の設問としては、お題が良くないね」
 とダメを出していた。


「サトウさん、ちょっとお願いがあるんですが…」
 病室で、隣のベッドの浅尾さんから改まって声をかけられた。
「どうしました?」
「明日の昼食、僕の分も貰っていただきたいんです」

 1ヶ月の予定で入院していた浅尾さんは、本当なら今月15日に退院するはずだった。ところが、浅尾さんが経営している樹木伐採の会社の事業バックアップをしてくれている知人から、最低あとひと月は入院を延ばすよう「半ば強制」されているのだという。心臓の病気を患いICD(植込み型除細動器)を体内に取りつけて、入院までは節酒をしていた浅尾さんが、果たして僕らと同じく本当にアルコールに依存しているのか僕には少し疑問なのだが、会社に影響力を持つその知人は、病名が何であれとにかくあとひと月の静養を浅尾さんに迫っていて、さもないと事業から手を引くことを臭わせているそうだ。ご丁寧に、内科の治療入院が必要な場合にこの街で転院できる病院までピックアップしているという。
 この街から遠く 200㎞も離れた浅尾さんの地元には、アルコール依存の専門病院がない。もともと最初にこの柏ノ丘病院へ外来で来た際、院長からは月1回ペースの外来診察を勧められたが妹さんの強い希望で入院となった、という経緯がある。それだけに、浅尾さんの中では早く仕事に復帰したいという思いがあるようだ。
「他人の意見に左右されたくないし、これ以上入院していても、ストレスを溜めるだけですから」
 かといって、事業の支援を打ち切られると会社に大きなマイナスを与えるため、浅尾さんはジレンマに陥っている。担当看護師の丹羽さんはもちろんのこと、親子ほど歳の離れた僕にまで打ち明けるくらいなのだから、よほど悩んでいるのだろう。
 今日の夕方、院長との面談で相談した結果、病院としては本人の希望に沿って退院、その後は遠方からにはなるが通院を勧めるという結論になったそうだ。ただし浅尾さん曰く、その知人は妹さん夫婦を「抱き込んで」おり、最悪浅尾さんは「自分の健康も会社も顧みず、周囲の反対を押し切って退院した」という位置づけにされかねない。知人の顔を立ててあとひと月入院するとすれば、転院しても内科では進展が期待できないため、静養を目的として引き続き柏ノ丘病院で入院延長するほうが、ストレスも少ないだろうということだった。
 浅尾さんは明日、いったん地元の街へ帰り、知人や家族と今後どのようにするか話し合うという。次に病院に戻るのは22日の予定だそうだ。
 ここにもまた違った事情で、入院生活と奮闘している人がいる。

「そういうわけで、明日の昼は迎えに来た妹と食事することになりました。今からキャンセルはできないですし、廃棄になるくらいならサトウさんに食べていただきたいな、と」
 実際僕の食欲は旺盛で、最近は食が細くなったという浅尾さんから、やれバナナだの納豆だのごはん半分だの、いろいろ分けてもらうことが多い。こうして僕は、
「こうなったら、明日妹にいちばん高い昼食を奢らせてやります」
 と子供みたいに息巻く浅尾さんの、明日の昼食をまるまるいただくことになった。

 その浅尾さんが帰院する22日は、米窪さんが退院する。米窪さんも奥さんがもっと入院を希望している中、いろいろあったうえでの退院だ。
 そして、それより少し早い今週木曜には平嶋さんが退院する。このところ胃腸の調子が悪く、予定を1日遅らせての退院となる平嶋さんは、月末に息子さんの結婚式が待っているそうだ。入院当初とは別人のように、最近は院内のAAに通い始め、今後は院外でのAAミーティング参加を真剣に考えているようだ。
 ほかにも53号室では、予定を急遽大幅に繰り上げて、木下さんが今月いっぱいで退院するという。詳しくは訊いていないが仕事の都合らしい。黒部さんも詳細は未定だが、順当にいけば今月で退院の予定だ。相変わらず「オレは入院したら飲むよ」などと豪語しているので、ひょっとしたら家族の反対で退院が延びるかもしれない。
 黒部さんには明日から看護実習の学生さんがつくそうだ。米窪さんが、黒部さんをレクや料理に引きずり出そうとほくそ笑んでいる。


 病院事務局から、先月分の請求書を手渡された。102,000円強。7月の最終請求は退院日の前日にならないと概算が分からないという。夕方、優二さんと山形さんの3人でAA「カッコー」の会場へ行く途中、父にその旨を電話で伝えた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-03-26 18:26 | カテゴリ:外出・散歩
(※断酒32日目/退院まであと11日)
 先週と同じく、今日も昼食後に米窪さんと散歩に出た。西町総合公園の原生林を通って駅前へ抜けるコースだ。今日はヘビには遭遇しなかったが、途中でまたシマリスを見かけた。スマホで撮影してみたが、小さ過ぎてほとんどよく分からない。


 林を抜けてグラウンドのそばまで来たときに、今度はシマのない別の種類のリスが現れた。僕に気づくと、エサを貰えるとでも思ったのか1mくらいまで一直線に駆け寄って来た。こちらも不用意に動けない。ゆっくり取り出したスマホがエサじゃないと分かると、鼻をひくひくさせながら落ち着きなく走り去って行った。撮影することはできなかった。

 駅前通りは車道を封鎖して、お祭りの出店で賑わっていた。あちこちから肉を焼く香ばしい匂いが漂う中、ビールを手にした人たちが行き交う。浴衣姿の女性もちらほら目につく。僕らはそれ以上は近寄らず、駅前ショッピングモールの中へ避難した。危ないところだ。
 しばらく店内をぶらぶらして、病院バスで戻る米窪さんと別れ、そのまま3時半からのAA「つぐみ」のミーティングに参加するため19丁目教会へ歩いて向かう。狭い会場には外泊して自宅から来た優二さんを含め、20人くらいが集まっていた。
 ちょうど2ヶ月前の5月13日の夜、僕は麻友美さんに誘われて初めて院外AAでこの教会へ来た。あれから身の周りで起きたたくさんの出来事を思い出したが、少しは成長できたのだろうか。間もなく退院することを、僕はこの席でも報告した。
 優二さんはこのあとそのまま「オオタカ」のミーティングが行われる北東教会へハシゴするという。ユウさんから、車で送ると言っていただいたのを遠慮して、駅前まで歩いて戻り病院バスを待った。到着した日曜の最終バスからは、やはり「オオタカ」の会場へ向かう利根川さんと山形さんが降りて来た。みんなそれぞれがそれぞれの判断で、足を運ぶAAを選択している。

 夜。今日は久しぶりに院内のAA「アカゲラ」に参加した。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-03-24 22:16 | カテゴリ:院内生活
(※断酒30日目/退院まであと13日)
 今日は病院の『夏祭り』の日だ。レクリエーション課とデイケアの参加者が中心となって準備をしていたようで、本来なら駐車場で催される予定だったが、台風の接近に伴い体育館での実施となった。午前中から一宮OTが病室へ来て、神輿を担げだの法被を着ろだのとしきりに煽る。もともと金曜日は外泊で不在の患者が多いのだが、ほかの病室の患者はいつにも増してみんな逃げるように外泊している、ような気がする。
 結局、53号室からは黒部さんと倉持さんが神輿を担ぐことになった。

 夏祭りイベントのため、今日は料理も創作もお休みとなった。料理については本来、第3金曜の来週18日が休みのはずなのだが、今週の中止を受けて次週に振替え実施されることになった。それが僕の最後の料理参加となる。
 午後2時。夏祭りが始まり、5ーB病棟の前を通って体育館へ向かう人でにわかに慌ただしくなった。他病棟の患者やその家族、病院職員、デイケアの参加者や断酒会のお手伝いの人。法被姿でなんだか張りきっている人も多い。
 琉球音楽バンドの演奏があるというので、僕はひとりでふらっと体育館へ向かった。思ったより人が多い。体育館の中央には手作りの櫓(やぐら)が立ててあり、ステージでは既に演奏が始まっている。演奏しているのがどういうグループなのかは知らないが、思った通り「花」「涙そうそう」「ハイサイおじさん」といった定番が披露されていた。
 客席で手拍子している一宮OTの姿がすぐに目に止まり、隣の席にかけた。法被を着せられた利根川さんが向こう隣に座って、何やらエイサーで使うような小さな太鼓で音頭を取っていた。
 テンションの上がる一宮さんに誘われた。
「踊りましょ、サトウさん!」
 踊るか。一宮さんは櫓のそばへひとりで出て行って踊り始めた。左右の手足の動きが変だが、そんなことは気にしていない様子だ。つられてほかの作業療法士さんやら患者やらが数名、もたもたと櫓付近へ歩み出て、いちおうそれなりに盛り上がる。一宮OTの熱心さ、実直さは凄いと思った。
 葉山看護師がやって来て、僕に無理やり法被を着せて隣に座った。
「退院、決まったんだって?」
「うん、おかげさまで」
「1クールちょうど?」
「1クールと1週間。99日目で退院」
 改まって訊かれると、なんだか恥ずかしい。話題をそらした。
「ねえ、去年も夏祭りやったの?」
「やったんだけど、夜勤明けだったから私は出てないの」
「神輿を担ぐなんて、毎年やってるのかな」
 神輿といっても、今週に入ってから段ボールに飾りをつけて急遽作った即席のハリボテだ。今月から53号室の室長でレク係になった平嶋さんが神輿作りに駆り出され、黒部さんも手伝っていたようだ。
 ちなみにこの祭りの準備については、僕は一切関わっていない。昨日も一宮さんから神輿担ぎを再三頼まれたが、頑なに断った。プランがよく見えず、イタい思いをしたくなかった。要するに、恥ずかしかったのだ。
「お神輿は初めてかも。一昨年は確か、ファッションショーみたいなのをやったかな。渡辺先生が女装してた」
「そういえば、先生方の姿がないね」
 祭りの日だって、回診もあれば外来もある。忙しいのだろう。
 …と思ったら、葉山さんが声をあげた。
「あ、院長来てる」
 見ると、院長が金魚すくいをやっていた。

 金魚すくいといっても、金魚はおもちゃで、人工的に作った軽い水流を漂っているのをポイですくうものだ。タダで遊べるので僕も葉山看護師と一緒にさっき挑戦して何匹かをゲットし、景品の駄菓子を貰ったばかりだった。
 やがてメインイベントの神輿が登場し、そのまま強引に盆踊りへと突入していった。
 何でもやればできるものだと感心した。ぐだぐだの展開ではあるけれど、それなりにカタチにはなっている。何よりも、みんな笑顔で楽しそうだった。この病院には保育園が隣接しているため、もともと子供を預けている職員も多く、今日は小さな子供たちの姿もある。
 これでいいのだ。
 最後に院長がステージに上がり、閉会の挨拶に立った。
「みんな、楽しんでますかあー!?」
 歓声と拍手が起こる。
「今日はどうもありがとおー!!」
 再び歓声と拍手。院長は清志郎みたいに叫んで手を振った。


 祭りが終わり、僕は 100円で買わされた駄菓子の詰め合わせを、外出中の米窪さんのベッドに置いて柏ノ丘例会の会場へ向かった。米窪さんは午前中に迎えに来た奥さんと一緒に、以前一時転院していた街の病院へ検査に出かけていた。
 奥さんとしては、もうしばらく夫に入院していて欲しいようで、内科設備の整った街の病院でしっかりとした検査を受けたうえで「まだ働くのはムリ」と医師から釘をさしてもらいたかったらしい。CTやMRIの検査も希望する奥さんと「予約もしないでそんな検査はできない」と言う米窪さんの意見とは折り合いがつかず平行線だったが、結局は米窪さんが「それで気が済むなら」ということで折れて、一日外出届を出して検査に行くだけ行ったということだ。
 かつてお酒に酔って日本刀を振り回した亭主は、今さら何を言っても奥さんの反感を買う状態になってしまっている。
 酔っ払いの業は、それだけ深い。

 祭りの後片付けの影響で、今日の柏ノ丘例会は予定時刻の3時半を過ぎて始まった。断酒会から祭りのお手伝いに参加していた方たちは、少し遅れての出席となった。
 僕は今月24日の退院を報告した。今日は同室の木下さんが参加していた。僕と同じくアルコールでの入院は初めてという木下さんは、北股会長に指名されてもあまり自身のことを語らず、挨拶程度に話を留めたが、
「39歳、あなたの年齢前後でアルコール依存症と診断される人はとても多く、断酒をするには最もいいタイミングです」
 という会長のアドバイスは、僕がこの例会に最初に参加したときに貰った言葉とまったく同じものだった。

 夜のAAは、一昨日に続いて「アウル」に出かけた。会場は松ノ宮町の福音キリスト教会で、外出先から別のAAに向かった優二さんではなく、利根川さんと一緒に足を運んだ。
 会場には週明けまで外泊中の植中さんと、そのほかにグループメンバーの方が3人、計6人でのミーティングとなった。今日は『AA 12のステップ』という書籍を使い、中でも『傷つけた人への埋め合わせをする』という項目についてのミーティングで、テーマがテーマだけに重苦しい空気になった。
 僕にとっての埋め合わせとは、何だろうか。まずは自立すること、と僕は話したが、本当のところはまだ分かっていない。


 帰院後、外出から戻っていた米窪さんに喫煙室で話を聴いた。
 米窪さんの検査は血液検査だけで、結果は良好とはいかないものの、奥さんが期待していた仕事についてのはっきりしたドクターストップはされなかったそうだ。
「無理をしないに越したことはありませんが、患者さん個々の問題になるので、仕事をしろともするなとも言えません」
 という医師からの回答は、極めて常識的かつ無難なものだった。
 米窪さんの退院は予定通り今月22日で変更はない。僕の退院の2日前だ。53号室ではほかにも平嶋さんが17日に退院、浅尾さんももう間もなくその日が決まる。
 今日のお昼は、久しぶりに奥さんと外食したのだと米窪さんが言った。
「万が一CTでもあったら困るから、ホントに軽くだけどね」
「でも、奥さんと一緒に食事したんですよね?」
「うん。ずっと無言でね」

 …酔っ払いの業は、やっぱり深いのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。