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2015-02-13 12:25 | カテゴリ:レクリエーション
(※5度目のスリップから8日目)
 昨夜からまた、歯茎が腫れて痛みだした。実家から持って来て冷凍しておいた保冷剤を当てて寝たが、朝になっても痛みは治まらず、ラジオ体操どころではない。詰所で夜勤明けの前上看護師にお願いしてロキソニンを貰い、朝食に挑む。ついでに久しぶりに血を採られた。定期的な採血だ。
 今日の朝食はレンコンの金平とマグロの甘煮。よりによってレンコン。小動物のように前歯で噛みしだき、時間をかけて食べる。この病院の食事は基本的に美味しいのだが、ときどき今日のような「酒のつまみ」を思わせるおかずがかくも挑発的に登場する。僕ら患者はそのおかずを白ごはんと共に、複雑な思いで食べなければならないのだ。

 午前の渡辺先生の回診は10時を回ってから始まったが、月曜にスリップ告白の件で話をしていることもあり、僕は比較的早くに終わった。退院の近い勝瀬さんや米窪さんも、僕と同じく森岡先生から渡辺先生に主治医が変わった患者だ。僕の診察が終わっても、勝瀬さんは「いろいろ相談もあって長くなるだろうから、俺は最後でいいよ」と、デイルームで吾妻ひでおの漫画『アル中病棟』を熱心に読みふけっていた。これは森岡先生が奨めてくれていた、アル中漫画家の入院体験記だ。


 11時半を少し過ぎたが、今日こそとの思いで体育館へ向かう。バレーコートには、丹羽看護師を含めた計7人しかおらず、ちょうどいい具合だ。草刈さんや町坂さんに声をかけられたが、例え前回のように誘いがなくても自分から行くつもりだった。いよいよ初のミニバレーだ。
 僕は草刈さん、町坂さん、植中さんとのチーム、対するは優二さんや小千谷さん、丹羽看護師らのチームだ。ミニバレー用の大きなボールは想像以上に軽く、僕のプレーは決して上手いとはいえなかったが、それなりにレシーブで動き、跳びはね、汗をかいた。3ゲーム、1ー2で敗れたものの、楽しかった。
 何よりも、レク終了後に喫煙室で、みんなとの雑談に加わることができたのが喜びだった。草刈さんには「ナイスファイト」、優二さんからは「次からは欠かせないね」と声をかけてもらったのも嬉しかった。ただそれだけのことだが、僕にとっては価値のある時間だった。


 午後、勝瀬さんと米窪さんの3人で買い物へ出た。病院バスの時間を逃したので、歩いて駅前のショッピングモールへ行き、帰りにスーパー柏ノ丘店へ寄るというコースだ。途中、この週末に再度実家へ一時外泊することを父へ連絡した。父は「うん」とだけ言って了承した。
 駅前のショッピングモールでは、100円ショップで米窪さんから木製クラフトを買うことを勧められた。型を抜いて組み立てる、子供向けの工作キットだ。動物やら乗り物やらいくつかの種類がある。米窪さんは以前この木製クラフトのうち、ティラノサウルス的な恐竜を作っていた。型のサイズがアバウトで、パーツが合わずうまく組み立てられないとぼやいていたが、出来上がったそれは 100円にしてはなかなかのものだった。暇潰しにはちょうどいいかもしれないと思い、僕は比較的簡単そうなものをふたつ、イルカと飛行機のキットを買ってみた。
 店内にいるうち、何だかお腹の調子が悪くなり、猛烈な眠気に襲われ始めた。薬のせいだろうか。今日は朝食と夕食のそれぞれ1時間前にロキソニンを1錠ずつ、朝食後にエビリファイを1錠飲んでいる。エビリファイを飲み始めてから、眠気のほか若干お腹のゆるみは感じていた。ロキソニンを頓服で飲んでいることは、渡辺先生にちゃんと伝わっているのだろうか。それとも薬に関係なく、毎晩ベッドに入るのが遅いため、単に寝不足なだけなのだろうか。
 今日は午後4時からカウンセリングがある。ショッピングモールを出る前に、既に3時を過ぎていたので、僕はスーパー柏ノ丘店には寄らず、ひとりで先に病院へ戻ることにした。なんとか4時直前に病院へ着いたが、病棟の詰所には既に田村心理士が来ていて、おそらく僕のであろう、カルテファイルに目を通していた。
 今日は院内AAが先方の都合で中止になり、僕は南町教会の「オオタカ」へ行くつもりで申請をしていたが、キャンセルすることにした。だからこのカウンセリングが、今日僕がやるべき最後のことになる。


 3階の、いつもの心理面接室で、2回目のカウンセリングが始まった。僕はまず、火曜日のレクでの失敗と、今日ミニバレーに参加できたこと、ベッドサイドのカーテンを開けることにも特に問題はなかったことを報告した。ただこれは、カウンセリングという時間をつくってもらい、課題を見つけて背中を押してもらったからこそできたことだ。カーテンの件にしても、「カーテンを開ける」という物理的な行為に問題はなかったが、僕の心の中では依然カーテンを閉ざそうとするという問題がある。あくまで、今のところ行動としてクリアできたということに過ぎないのだ。
 僕は先日の部屋ミーティングで車の話題になったときに感じたことを話し、それから、僕が再度スリップを繰り返した経緯と、自分から牛本主任に申告した理由についても話をした。

 途中、「そうなんですか?」と相槌を打ちながら話を聴いてくれた田村心理士が、僕に言った。
「サトウさんは、具体的な課題として挙げたバレーとカーテンの件を行動に移しましたが、それは自分から集団に関わっていくための手段ですよね? 続けていくことにも意味はあると思いますが、バレーとカーテン、どっちを続けますか?」
 先週と同じように少し意地悪そうに訊ねられたが、僕は迷わず「両方」と答えた。
「分かりました。私がサトウさんの話を聴いて思うのは、ご自身で課題をつくって意識的に取り組んでいるのに、バレーでは私が背中を押したから、とか、カーテンの件では心の闇について仰ったり、ご自身の努力をご自身で認めないように聞こえます。どうしてなんでしょうか」
「それはたぶん…自分に自信がないことと、失敗が怖いからだと思います。次にバレーをしたときには嫌なことが起きるかもしれないし、スリップを繰り返したように、些細なことで傷ついて、またすぐにカーテンを閉ざしてしまうかもしれません。それが怖くて、やっぱり次から次へと予防線を引いておくというのか…。もっと図太くなれればいいんですけど」
 指摘されたことはその通りだ。僕は思ったことを正直に言った。
「その割には、なかなか図太いことをされてますよね。スリップにしても大胆ですし、あれだけ悩んでいても、バレーやカーテンの件をいきなり行動に移してしまうし。サトウさんの中に、まったく正反対の面が隣り合わせになっているように思います」
 振り返って、自身でも大胆不敵だったと思うことはある。縁もゆかりもない大阪の大学を受験することを選んだり、そもそもこんな自分が芝居をやっていたことが、大胆極まりない。
「それと、集団では話せないと仰りながら、今はこうやってちゃんと話をされている…というより、話が止まらなくなるくらいですよね。ここにも正反対の面を感じるんですが」
「それは…」
 僕には思い当たることがある。
「自己顕示欲っていうんですか、『自分を見て』っていう思いが強いんだと思います。1対1でこうして話していると、否が応でも僕を見てくれますが、集団になると自分の存在がぼやけてしまうっていうか。ある部分について、僕よりはるかに高い能力を持った人がいれば、『自分を見て』が通じなくなるので、自分から土俵を降りてしまうんです。自分でカーテンを閉じて距離を置く。そういう自分がとても嫌になります」
 僕のこの精神構造は、歪んだコンプレックスが強く関係している。
「なるほど。それでまた、自己否定に向かってしまうんですね」
「だと思います」
「先日、今日の日程をお伝えに病室へお邪魔したとき、カーテンが開いてるのに気づきました。バレーにしてもそうですが、サトウさんが現状を変えようと努力されているのを、私はそれなりに理解しているつもりです。次は、バレーに参加したりカーテンを開けるという『手段を続ける』ことで何を感じるか、その辺りを聴かせてもらえますか?」

 僕がバレーに参加できたことで、先週挙げられた「料理とバレーの違い」については話に上らなかった。実際、僕はすっかりそのことを忘れていた。
 次のレクでもバレーに参加し、カーテンを開け続けること。失敗したと感じたときに、何が見えてくるのだろうか。

 終了間際に、カウンセリングとは直接関係ないが気になっていた質問をしてみた。
「田村さんは、いまどのくらい患者さんを受け持っているんですか?」
 守秘義務に当たるのだろうか。具体的な人数については回答を避けられてしまった。
「さあ…数えたことがありませんから。でも、ドクターが担当される患者さんの数には及びませんよ」


 夜、病室で勝瀬さんから訊ねられた。
「カウンセリングって、1回どのくらいの時間でやるの?」
「週1回で、50分です。だいたいいつも5分くらい押しますけど」
「俺も今、カウンセリング受けたいよ」
 と、米窪さんが割り込んできた。米窪さんはついさっきまで、奥さんと電話で長いこと話をしていた。
 退院が近づくと、家族を交えて病院側と面談が行われる。勝瀬さんも米窪さんも、近々その面談が予定されている。患者サイドとして、自分の意向と家族の意向にズレがないよう、前もって話し合う必要がある。他愛のない話やふざけた話をする中でも、最近ふたりがナーバスになっているのをとても感じている。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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2015-01-29 21:06 | カテゴリ:ミーティング
(※5度目のスリップから7日目)
 朝のラジオ体操は、山形さんとふたりだけになってしまった。福井さんは昨日から外泊らしい。あれだけよく喋っていた福井さんが、最近元気がない。いつも米窪さんを訪ねて53号室にやって来るうえ、外泊なんかするときは必ず知らせに来るだろうに、今回は米窪さんも聞いていないという。もちろんいちいち報告する義務なんかないのだからそれをどうこう言っても仕方がないのだが、普段が普段なだけにやや気にかかるところだ。体調を崩した直後に比べると、咳は比較的治まったようだが、依然として状態は良くないようだ。
「酒やめて、いろんなとご悪ィのが目立ってきだんだろ」
 と、よく分からないことを言って自分で納得していたが、いちおう内科の診察は受けているようだ。米窪さんが言うには、いつだったか、福井さんのあまりの騒々しさに、なんとあの穏やかな中山さんが叱りつけたことがあったという。元気がないのはそれも関係しているのでは、とのことだ。
 いっぽう中山さんは中山さんで、福井さんがすっかり口を利いてくれなくなったと気に病んでいるらしい。ここにいるのは、何だか不器用な人たちばかりだ。

 朝の瞑想の際、セカンドミーティング以降に使用するテキストが新しくなったため、今日のミーティングまでに再購入する旨のお願いが周知された。1部100円。以前にも周知されてはいたが、既にあるテキストと内容がほとんど変わっていないという話は患者の間でとっくに広まっていて、サードミーティングをあと1回残しただけの人などから一部不満の声があがっていた。新しいテキストを既に購入した米窪さんから見せて貰ったが、なるほど確かに大きくは変わっていない。言い回しの順序などが微妙に異なっている。強制的に再購入させられるというのは少し納得いかなかったが、ごねても仕方がないので僕は素直に従うことにした。


 瞑想タイムが終わって全員が席を立とうとしたとき、和代さんが「ちょっといいですか」と手を挙げた。
「私、鬱で入院していましたが、今日の午後から3階の病棟へ移ることになりました。1ヶ月半の間でしたが、皆さんお世話になりました」
 ぱらぱらと、まばらに拍手が起こった。退院の挨拶の場合、ここで拍手が起こるのは普通だが、こういう場合拍手が妥当なのか分からない。僕を含めて患者のほとんど全員が、和代さんが今日から3階へ移ることも、なぜ移るのか概ねの理由も知っていた。

 5ーB病棟で唯一の女子部屋の55号室に新しく入院した、60代半ばくらいの女性の行動が、和代さんを激怒させた。
「だからね、私言ってやったのよ。夜遅いし寝てる人もいるんだし、何やってんのか知らないけど、そんなに引き出しガチャガチャやってたら周りに迷惑でしょって。常識がないの」
 要するに病室での、特に深夜の騒音へのクレームだ。
「あれ、絶対軽いボケ入ってるから。何回同じこと言っても分かんないんだもの。詰所にも言ってんのよ、あの人認知症だから別の病棟に移してくださいって。そうでないとみんながもう、イライラでとてもやってけないから。ホントにあのババア ――」
 喫煙室でもデイルームでも廊下でも、会う人会う人に大声で触れ回っている。ベッドにいても声が届くほどだ。

 以前、既に退院した清水さんが朝から詰所に怒鳴りこんだことがあった。入院したばかりの竹内さんの、深夜にベッドでお菓子を食べる音に腹を立てた件だ。
 後で分かったことだが、摂食障害の竹内さんは3食をほとんど摂ることができず、夜、自分のベッドで『カロリーメイト』を食べていたそうだ。隣人を寝かせないほどの『カロリーメイト』の咀嚼音というのは、僕にはちょっと想像がつかない。果たして詰所に怒鳴りこむほどのことなのだろうか。
 乱暴な言いかたになるが、要するにこれは病気が原因なのだ。ここは精神科の病棟で、依存症と合わせて様々な心の病気を抱えた人が入院している。摂食障害の竹内さんも、物音に過敏で精神的に不安定な清水さんも、そうした患者の一人なのだ。


 和代さんが迷惑しているのは事実だろうけれど、「ボケ」「あの人は認知症」などと吹聴してまわるのは、それが事実かどうかに関係なく僕にはとても不愉快だし、正常な神経とは思えない。それともそんなふうに思うのは、若年性認知症で倒れた母が身近にいる僕だけなのだろうか。
 ただ、この女性の行動について和代さんの指摘は間違いではないようで、同じ病室の患者も和代さんほど騒いではいないが同様の証言をしているし、僕も実際、深夜に彼女が裸足のままふらふらとトイレへ向かうのを目撃した。中山さんが洗濯用に置いておいた洗剤だか柔軟剤だかを、「これは娘が私に買ったもの」と思い込んで勝手に持ち去ってしまい、ちょっとした盗難騒ぎになったこともある。
 もっともこのときも、いちばん騒ぎ立てたのは被害に遭った中山さんではなく和代さんで、僕にはその、気に入らない出来事や相手について、あちこちで喧伝する和代さんもまた、鬱病からくる何かしらの心の病気なんじゃないかと思っている。

 和代さんがいくら主張しようが、患者の入院する病棟を和代さんが決める権限はない。病院側はもう少し様子を見ようとしていたようだ。思い通りにいかないことに業を煮やしたのか、今度は和代さん自ら「私が3階病棟へ行く」と言いだした。
 3階は鬱病患者の病棟で、今さら言うまでもないがこの5ー2病棟は依存症患者の病棟だ。最初は「みんながやっていけない」と病室を代表するような主張をしていたのに、最後は自分だけよそへ移るというのも、ブレている。
 いずれにしても、和代さんは希望通り3階へ移ることになった。5ー2病棟で受けているARPは引き続き参加するという。そして今回の騒動の発端となった女性も、近いうちに適切な専門病棟へ移ると思われる。


 午前10時からのセカンドミーティングは、患者だけで15名の大人数となった。テキストが変わったとはいえ、大まかな内容に変わりはない。今日は最初のチャプターに戻り、第①回『依存症とは』がタイトルだ。
 はじめに、アルコール依存症のセルフチェックとして4項目の質問が挙げられている。
 ①今までに、飲酒を減らさなければいけないと思ったことはあるか?
 ②今までに、飲酒を批判されて腹が立ったことはあるか?
 ③今までに、飲酒に後ろめたい気持ちや罪悪感を持ったことがあるか?
 ④今までに、朝酒や迎え酒を飲んだことがあるか?

 このうち2項目以上に当てはまる場合は要注意ということになるそうだ。今さら確認する必要もないと思うが、僕は②以外はすべて当てはまったので要注意に該当する。
 ちなみにこのときただひとり「ひとつも当てはまらない」と回答したのは和代さんだった。
 僕は正直、この人はアルコール依存症ではないのではないかと思い始めている。「入院依存症」とか「鬱病」は彼女の口から何度も聞いているが、本人が自分でアルコール依存症を認めたような発言を聞いたことがない。信頼する院長が主治医で、入院させて貰えるならもともとどこの病棟でもよかったのではないだろうか。実際、今朝の瞑想でも自分で「鬱病で入院してました」と言っている。
 そんな和代さんに、ミーティングを担当する田村心理士も少し戸惑ったようだったが、「当てはまるから依存症、当てはまらないから依存症じゃない、とただちに決める性質のものではありません」と当たり前のフォローをしていた。
 いずれにしても、この病棟に入院している以上、患者はみんな何かしらの「依存症」であるべきはずで、ここはそのための病棟なのだ。それならそれで、3階の鬱病専門病棟へ移るのは、和代さんにとってもプラスなのだと思い、ちょっと安心な気もするのだ。

 テキストはそのまま、依存症の特徴、アディクション(嗜癖)の種類などについて解説し、依存から脱け出せないメカニズムを竜巻に例えて簡単に説明している。小さな渦から上へと大きく渦を巻いていくというものだ。
 最後に『飲酒についての今の気持ち』と題して、
 ①断酒をする
 ②飲みたい気持ちがある
 ③やめる気持ちがある
 の3つの設問に、0から 100の間で点数をつけて書き込んでいく。
 僕は、自分の中のどこかでまだ節酒でいけるのではという思いがあるため、①については35点とした。②については、飲みたい気持ちというのは些細なことですぐ増減するだろうから不安定要素だけれども、今この瞬間は平穏なため3点。断酒の自信がなく自分で自分を信じられないという理由で設問③を1点とした。

 セカンドミーティングは、田村心理士が全員の回答を聴いてまわったところで時間となり終了した。垂れ流しというのか、いつも何か消化不良な後味の悪さで終わるのがこのミーティングだ。ただ今回は、植中さんの回答が僕の心に引っかかった。
 植中さんは、①を 100点、②と③についてはどちらも50点としたが、僕が気になったのは①と②の理由だ。
 ①について植中さんは、「だって、節酒できて済むなら俺たち依存症じゃないよね?」と明快に答えた。確かにそうだ。僕は自分で依存症と認めている。それなのに節酒で済ませられる可能性を考えているのは、矛盾しているということだ。
 ②については「そりゃあ、全くないって言ったら嘘でしょう」と笑って流していたが、僕には強く引っかかるものがあった。これまで5度のスリップをした僕だが、ひとりで公園で飲んだ2度目以降については、特に強い飲酒願望があったわけではないと思う。ただ、結果としてスリップした事実は否定しようがない。そしてまた、今日この時点では②の設問に対してわずか3点と、一見余裕に飲酒願望を否定している。
 ―― ひょっとして僕は、自分の飲酒願望に気づいてないんじゃないのか?
 そんな疑問が初めて湧き起こった。

 来週から、いよいよサードミーティングだ。


 今日の午後から夕食後の院内AAまでは、することがない。今週は第3週で料理もお休みのため、打ち合わせもない。病室の僕のベッドへ沼畑師長が訪ねて来た。「私、あんまり深く考えないから」と言う師長だが、スリップのことで心配してくれているのだろう。
「私たち看護師が、サトウさんの回復のお手伝いとして出来ることは何ですか?」
「看護師さんや病院スタッフの方には感謝してます」
 答えになっていないが、正直な気持ちだ。
「僕は今、より患者らしくなろうとしてるんですけど、どうですか?」
 話題を変えて、自分の顔を指した。僕は入院以来、髪は伸ばし放題、髭もずいぶん剃っておらず、もともと貧相な顔がさらにみすぼらしくなっているのだ。
「私、髭嫌ーい。ロンゲも。あ、でもキムタクは好き」
「それ、人によるってことでしょ」
「ほかにも患者さんでいるんだよねー。退院まで髭剃らない人。『キモっ』て言ってやったけど」
 いつもの師長の感じになってきた。
「今度のことは、ホントにすみませんでした。もうスリップはしません」
 そう約束した。自分のためにも公言してみた。
「信じてるから。でも、飲みたくなるモヤモヤがあるわけだから、もし次にそういう気持ちの浮き沈みがあったら、私たちにモヤモヤを話して欲しいな」
「でも、ホントにしょうもないことかもしれないですよ」
「うん、『しょうもない』って言っちゃうかもね」
 そう言って笑った。
「でも、そういうことでも話してもらえれば、もっとサトウさんを理解できるかもしれないから」
 やっぱり僕は、なかなか面倒な患者のようだ。
「あ、お箸、ちゃんと洗えてますよ」
「そうだね。いちおうちゃんとできてるな、って見てました。あと、カーテンも」
 カーテンは開けてある。子供みたいだが、ちゃんと見てくれているということが嬉しかった。
「今日はサトウさんと話せて良かった。今日こそ話しに来ようって思っても、なかなか時間が合わなくて」
「忙しいのにすみません」
「時間の管理がなってないだけです。私ずぼらだから」
「そんなずぼらな師長にまで、いろいろ心配かけちゃって」
「また話しに来ますね。でも、私たちも待ってるから」
「来るのは大歓迎です。行くのは…努力します」

 僕の中の闇を、話していかないと前へ進めないのかもしれない。直接解決にならなくても、聴いてもらうことで少しでも前進できるなら、『しょうもない』って思われたって構わないはずだ。
 夕食後にシャワーを浴び、髭を剃った。


 今日の院内AAは、女性グループの『オリーブ』から2名来られた。ひとりは既に2度話を聞いた、あの東北出身の女性だ。今日は最近入院した患者を中心に、全員で14人の盛況ぶりだった。3階病棟からも女性患者が1名、外来の男性患者も1名参加していた。僕は5度にわたるスリップについて、告白した。
 ミーティング終了後、勝瀬さんから「えれぇこと告白したな。俺はそこまで聴いてなかったぞ」と言われた。

 院外AAでも正直に話すことで、僕の禊ぎを済ますことができるかもしれない。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-09-02 16:44 | カテゴリ:ミーティング
(※5度目のスリップから6日目)
 入院から2ヶ月目の朝は、ラジオ体操から始まった。
 朝の瞑想は、たまたまデイルームの席に座ったあの日からずっと同じ席に着いて参加している。瞑想の際にデイルームへ入れず、廊下に丸椅子を置いて参加していた頃と何が変わったかといえば、別に何も変わってはいない。ただ、2ヶ月前にはあんなに不安で仕方がなかったもののひとつが、今はなんの抵抗もなくなったというだけだ。
 先週のカウンセリング以降、ベッドのカーテンも極力開けている。心配したほど不安が増すわけでもなかったが、かといって都合よく何かがふっ切れたわけでもない。こちらも特別なことは何もない。カーテンを開けたほうがベッド周りがはるかに涼しいことに気づいたくらいのものだ。


 朝9時から、月1回の部屋ミーティングが行われた。僕は先月に続いて2回目の参加となる。昨日から、康平くんの退院後ずっと空いていたベッドに新しい患者が入り、53号室は再び満床になった。
 新しく入院した浅尾さんは50代後半の男性で、心臓の疾患でこの街から 200㎞も離れた地元の病院で治療していたが、退院して以降、飲酒の際に記憶をなくす『ブラックアウト』の症状が目立つようになったため、家族の強い勧めで妹さんが暮らすこの街の、柏ノ丘病院に入院して来た。1ヶ月の短期入院の予定で、本人に依存症の自覚はまったくない。初めての精神科入院に、明らかに戸惑っている様子だった。6階の病棟から移って来た丹羽看護師が最初に担当する患者となった。
 心臓疾患で一時心肺停止になったという浅尾さんは、ICD(植込み型除細動器)という装置を体内につけているそうだ。ペースメーカーによく似たものだが、電極を心臓に取り付けて本体とつなぎ、不整脈など心臓の異常が起こった際に電気ショックを与えて突然死を防ぐという、自動のAEDのような働きをするのだそうだ。
 電磁波の影響を受けるため、携帯電話は心臓から20~30㎝くらいは離して使わなければいけないのだという。そのため通話は心臓から遠い右耳のみでしか使えず、不便も多いと教えてくれた。ちなみにペースメーカーに比べてICDの普及率はまだまだ低く、主治医となった院長も「ICDってなんですか?」と、専門外とはいえその存在すら知らなかったらしい。保険が利いて手術費用込みで10万円ほどだったそうだが、実費負担だと浅尾さんいわく「車が1台買える程度」とのことだ。
 声が大きく、ハキハキした物言いをするがとても礼儀正しく腰の低い浅尾さんは、20歳ほど年の離れた僕にも敬語を絶やさず、それでいて話好きだ。失礼な言いかただが、ともすれば親子でもおかしくない年齢差の浅尾さんに、僕が親しみを覚えて打ち解けるのに時間はかからなかった。

 部屋ミーティングでは、掛川看護師の進行でそれぞれの近況報告をひとりずつしたあと、テーマを募った。掛川看護師の、
「先日、長いことやっている弓道の段位取得審査に挑みましたが、あえなく玉砕しました」
 という近況報告を受けて、僕は同室のみんなが若い頃やっていた、あるいは現在もやっているスポーツについて知りたくなり、それを提案した。
 今日こそはレクでミニバレーに参加したいと思い、何か関連のある質問をしたかったこともある。ただ、53号室では38歳の僕がいちばん若い。僕のほかは米窪さんを除く全員が50代以上で、アルコールの影響で何かしらの疾患を抱えている人ばかりだ。でも、そんな人たちが若い頃、まだお酒に蝕まれる前にどんなことに打ち込んでいたのか純粋に知りたくなったのだ。
 還暦間近の黒部さんは、雪の多い小さな町の出身で、子供の頃からスキーが冬の生活手段に欠かせなかったという。また、昔は馬を飼うのが当たり前とかで、鞍なしの馬でも平気で乗っていたそうだ。この人はなかなかの話好きで、喋りだすと長い。実に楽しそうに話す割にはその内容が「もうダメだよー」「やってらんねえよー」と投げやりで、そのギャップが僕のツボだ。
 明日53歳の誕生日だという勝瀬さんは、中学の頃に野球部だったが、すぐに辞めて吹奏楽部に入り『ユーフォニウム』とかいう、聞いたこともなければ想像もつかない元素記号のような名前の管楽器を吹いていたという。
 浅尾さんは現在、激しい運動は当たり前だが止められている。でもかつてはアイスホッケーの選手として長く活躍したそうだ。そのため選手どうしの衝突や、パックやスティックを顔に当てて歯を折ったことは数知れず、今の歯はすべて差し歯かブリッジなのだそうだ。
 小柄だが体格のがっちりした平嶋さんは、高校時代はサッカー部だったが、女の子に海へデートに誘われ練習をサボったことがきっかけで、辞めてしまったそうだ。
 糖尿病と16年来の付き合いがある周さんには、子供の頃に野球やアイススケートで遊んだ思い出があるという。掛川看護師の「健康を取り戻したら何をやりたいですか?」という問いに、
「思いきり、野球がしたいネ」
 と笑顔で答えていた。ちなみにスケートのほうは、数年前に娘さんとリンクへ行って挑戦する機会があったが、立ち上がることすらできなかったらしい。
 高津さんは、早くからお酒や覚醒剤に走って少年院で長く過ごし、スポーツにうち込んだことはなかったそうだが、学生時代のわずかな一時期、柔道をやったという。
「あんときもっと柔道を真剣にやっとったら、オレの人生変わっとっちゃったろねえ」
 と、なんだかしみじみ呟いたのが印象的だった。
 米窪さんは子供の頃から、コーチをしていた父親の厳命でラグビーに打ち込み、大人になってからも実業団で続けていたが、ケガがもとで辞めてしまったそうだ。
 いっぽう僕はというと、小さいときから人と競うことが苦手で、それがスポーツにも勉強にも、大人になってからの仕事にも通じている。どちらかというと、自分のためにひとりでコツコツやるのが好きだった。小学1年のとき、東北の小さな海辺の町へ転校し、そこで友達をつくるため必死に泳ぎを覚えたこと、その後この街に戻って中学を過ごし、やがてスキー場の麓にある高校へ進んだが、そこでは後輩の女の子にモテたい一心で、足の爪がはがれるまでスキー場へ通い、ひとりで練習した思い出を話した。
 あとはまあ、団体競技が苦手なくせに、芝居にのめり込んだこと。これもスポーツといえば似たようなものだ。
 また、掛川看護師は元はバスケット部だったそうだ。弓道を始めたのは「肩こりを治したいから」だったという。弓が肩こりに効くとはもちろん初耳だが、掛川さんの肩こりは今ではすっかり解消したそうだ。
 丹羽看護師はテニスや卓球なんかを広く浅く、前上看護師は元体操部だったそうだ。
 マイケル・ジョーダンに憧れた牛本主任は、バスケットではなくなぜかサッカー部だったという。自転車が趣味だとは以前聞いたが、現在は糖尿でやはり激しい運動は止められている。
 みんなの話を聞いて、スポーツに限らずお酒以外に打ち込めるものを改めて見つける、というより積極的に見つめていくことが必要だと思った。なんとなく、午後のレクでのミニバレーに勇気が湧いてきた。

 話題が少しずれてきた。黒部さんの子供時代、車を崖から落としたというとんでもない悪さの話になり、誰かの無免許での話、飲酒運転の話へと変わり、完全に車の話題になった。僕は車の話が苦手だ。ほとんど苦痛といってもいい。免許を持っていないコンプレックスなのだろうが、話について行けない。
 車好きの高津さんが勢いよく喋りだす。看護師さんに車の絵を描いてプレゼントしている米窪さんも話を合わせる。車の話題になると、途端にみんな生き生きし始めたようにように見え、僕はひとり取り残された気持ちになる。
「みんな、誰でも車で失敗したことはあるっちゃね」と、高津さんが言う。
 ―― 俺は別にないよ。
「じゃあ、この中で飲酒運転したことのある人?」掛川看護師が訊く。
 ―― 俺はないって。免許ないんだから。飲酒運転は犯罪だぞ。
 僕は、僕のついていけない話、聞きたくない話には耳を閉ざす。そして、その話題が終わるのをじっと待つ間、僕の中の闇を膨らませていく。
 ―― 車の運転ができることを前提で話をするなよ。そうか、運転すらできない俺がつまらない奴なのか。ハローワークでも「免許がなければ仕事なんかない」って言われたっけ。俺にはそれだけ価値がないんだ。

 気がつくと、部屋ミーティングは終わっていた。僕はたちまち不安になり、牛本主任に頼んでジアゼパムを1錠貰って飲み、開けていたベッドのカーテンを閉めた。


 それでも午後のレクでは、少し遅れてだが、実家から持って来たスニーカーを手に体育館へ向かった。既に4人対4人のミニバレーで、大田看護師と一宮OTが交代でひとり分を埋めている。
 いつもと違い、今日はエアロバイクをスルーしてバレーコート付近へ進み、ストレッチをして準備をするが、声がかからない。
 自分から「入れて」と言えない。転校初日の小学生みたいだ。自分から動けない。いつもはあれだけ誘われた、その声がかかるのを待っている。結局、空いていた1台のエアロバイクのところへ行ってまたがり、ほとんど負荷がかかっていない状態で17分ほど、10㎞を走った。そのあと、またバレーコート付近で入念なストレッチ。レク終了の時間が近づいてきた。声はかからない。あまりの格好悪さに情けなくなってきた。
 こうして僕なりの「挑戦」は、見事に空回りした。


 レク終了後、友人から電話があり、外出禁止にも関わらず3階玄関から外へ出た。病院バス乗り場の横には喫煙所があるうえ、携帯の電波状況も病棟内よりいいからだ。外は小雨が降っていたが、この喫煙所はバラックになっている。
 友人からの電話はすぐに終わったが、ここで久しぶりに丸谷さんと康平くんに会った。少し遅れてカナちゃんも喫煙所に入って来た。3人ともマトリックス(薬物依存症患者の外来治療プログラム)の帰りで、退院以来となる。丸谷さんの前歯が1本なくなっているのに驚いたが、これは単に折れたか欠けたか抜けたかしたそうで、クスリとは関係ないそうだ。とりあえず、ホッとした。
 康平くんは「今は完全にクスリと縁切ってます」ときっぱり言っていた。
 ふたりは元気そうで、音楽をやろう、仕事を探そうと何やら盛り上がっていたが、カナちゃんは鬱状態で悩んでいるという。これまで担当だった森岡先生が病気になって以降、外来に来ても担当医が毎回変わるため、新しく信頼関係がつくれずストレスにもなっているそうだ。
 僕の主治医でもあった森岡先生には申し訳ないが、僕の場合は正直、渡辺先生に代わって良かったという思いが強い。その一方で、これまで頼りにしてきた主治医がいなくなったことで困っている患者もいるのだ。

「入院してるときと同じような生活をしてます」
「どういうこと?」
「起きる時間とか、ごはんの時間とか、寝る時間とか」
「仕事は?」
「今はしてないです」
「ごはんはちゃんと食べれてるの?」
「はい。食べるようにしてます」
「そっか…」
 それだけだった。僕にはこれ以上、かけられる言葉が何もない。

 ベッドに戻ったら、カーテンを開けよう。なるべくだけど。
 ミニバレーは木曜にリベンジだ。できたらだけど。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-08-10 20:47 | カテゴリ:料理
(※5度目のスリップから2日目)
 午前10時半からの料理は、一宮OTと一緒にデザートの杏仁豆腐を担当した。中華の鉄人・陳健一の顔写真が載った、1箱5人前という市販の杏仁豆腐の素しか売っていなかったので、2箱買っておいたのを11人分にカサ増しする。低脂肪乳を多めに、先週のコーヒーゼリーで余ったフレッシュも投入して熱湯と混ぜ、缶詰の白桃をカットしてトッピングした11個の器に流して冷凍庫へ。本来なら冷蔵庫で2~3時間冷やすらしいが、そんな悠長なことはできないので冷凍する。ゼラチン状にちゃんと固まるか、前回のように上だけ凍ってしまうかはやってみないと分からない。陳さんを信じて待ったら、想像以上にいい具合に出来上がった。
 そのほか八宝菜、中華スープ、春雨サラダ、キュウリではなくなぜか白菜の浅漬けと、どれもすべて美味しく完成した。八宝菜に載せたウズラの卵は、こだわって生卵を茹でてみたものの、殻をむくのが至難の技だったようで、見事なまでにボロボロに崩壊していた。それも愛嬌のうちだ。
 料理は毎月第3週が休みのため、次回は再来週、メニューは王道に戻ってカレーに決まった。今日は最近入院した男性患者がふたり、見学に来ていた。今日で研修最後となる学生さんに合わせて参加していた勝瀬さんと中山さんが次回から抜けるため、また新しいメンバーの獲得が必要だ。


 午後1時半からの創作では、カード入れの表と裏を縫い合わせるための穴あけと、いよいよ染めに入った。一宮OTは「適当にごまかせばいいんですよ」と簡単に言うが、穴は不揃いで色ムラが激しく、なんだか汚い。もう少し巧くできるかと思っていたが、こっちのほうは想像以上に稚拙だ。ここから適当にごまかせるだろうか。
 勝瀬さんは2個目となるキーケースを、平嶋さんはタバコケースを、みんなそれぞれ器用に仕上げている。米窪さんは、駅前でやっていたフリーマーケットで買ったという、米軍イージス艦のプラモデルを作っていた。創作の時間なので、革細工以外に絵を描いてもいいし、別にプラモデルだって構わないのだ。もっとも、横で革細工の模様の刻印を木槌で叩くたびにプラモの細かいパーツが飛び散らかって、とても集中して作れる様子ではなかったのだが。


 午後3時半。久しぶりに柏ノ丘例会に参加した。参加者は迫さんなどの患者を含めて全員で11人。和代さんは欠席していた。米窪さん情報では、彼女は「今日は機嫌が悪い」とか言っていたそうだが、それが何か関係しているのかは分からない。
 僕は父と母のことを簡単に話し、明日、初めての外泊で実家に帰ることを伝えた。
「例えお父さんが飲んでいても、それに影響されず『飲まない』という思いを貫いてください」
 と、北股会長から激励された。


 夕食後は、毎月第2金曜の院内AA「ちかぷ」に出席した。メッセンジャーは男性ひとり、患者は僕と勝瀬さん、米窪さんのほかは、最近入院した人などで7人が参加した。
 申し訳ないが、僕はミーティング中はほとんどうつらうつらしていた。


 明日、いよいよ実家に一時外泊する。牛本主任から昨日、父へ電話で連絡をしたと聞いた。初外泊のときは、担当看護師から外泊先へあらかじめ確認の電話を入れる決まりなのだ。僕からも、夕方くらいまでに着くと直接伝えてある。
 絶対飲まないぞ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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2014-08-03 17:19 | カテゴリ:学習会
(※3度目のスリップから2日目)
 朝のラジオ体操は福井さんと洋子さん、少し遅れた僕の3人だけだった。
 初めて参加した頃に比べると、常連だった峰口さんも丸谷さんも清水さんも退院してしまい、ラジオ体操は淋しくなった。福井さんは体調が良くないうえ、同部屋の話し相手がいなくなってしまったためか、最近は元気がなく、体操後の「よいしょー!」もやらなくなってしまった。僕も寝過ごして休みがちだったので、なんだか盛り下げてしまった罪悪感がある。

 今日は午前11時のバスでスーパー柏ノ丘店前まで行き、そこから徒歩で実家へ顔を出した。実家に届いているはずの携帯料金の払込みハガキを取りに行っただけで、取り立てて両親に報告することもなかったが、久しぶりに仏壇に線香をあげ、久しぶりに実家のコーヒーを飲んだ。
 週末、外泊で戻る予定だと伝えると、日曜に兄が来るかもしれないと言われた。金曜の外泊を考えていたが、土曜日に外泊するほうがよさそうだ。
 父に車で送ってもらい、12時半頃には病院へ戻った。


 午後2時からの学習会は、ついに第1回に戻って院長の担当回になった。『① 慢性アルコール中毒(アル中)とアルコール依存症』というテーマだ。
 院長を知る患者の中には「今日は時間いっぱいまできっちりやるな」「早く終わることはないね」などと開始前から面倒臭そうに言う人もいたが、実際院長のレクチャーは1時間きっかり、しかも話の途中で終わった。院長のレクチャーはあと1回予定されているので、そのときに続きをやるという。ちなみにその回は4週先で、それが僕の最後の学習会になる。
 肝腎の、今日の学習会の内容だが、配られた資料には『アルコール依存症 何を病み、何を治すのか?』という別のタイトルがつけられていた。依存症にはアルコールや薬物、摂食障害などの「物質への依存」、ギャンブルや買い物、インターネットなど「行為への依存」があるが、もうひとつ「関係への依存」というのが挙げられ、恋愛依存やいわゆる共依存がこれに当たるという。なかでも共依存は、例えばギャンブル依存症者の家族が経済的な援助を行うことで、かえって本人の治療を遅らせてしまうような場合も指すことがあるというのだ。
 共依存とは単に、お互いに依存し合うことでしか生きられなくなるケースを指すものだと思っていた僕は、「共依存」のこうした捉えかたを聞いてにわかに怖くなった。今回、僕は父に相当な経済的負担を強いている。このことが、僕や父に新たな依存の種を蒔いていくことにはならないだろうか。
 少なくとも、僕はこの病気をなんとしても回復へ持っていくしかない。僕にできることは、それしかないのだ。

 院長によれば、依存症とは簡単にいうと「必要だけどちょうどよく使えなくて困っている状態」なのだそうだ。依存症者はたいてい「ちょうどよく使えない」ものを「ちょうどよく使える」ようにしようとして、それを治療と考える。アルコール依存症でいえば、飲む時間や量を決めたり、お酒の種類を変えたりすることで対応が可能と思ってしまう。けれども実際は、
「昼は飲まないって決めたけど今日は休みだし、まあいいか」
「明日飲まないから今日はその分飲んでもいいだろう」
 と妥協して、結局アルコールの依存からは脱け出せない。また、不安や怒り、悲しみ、孤独といった気分の落ち込みを変えるためにアルコールを利用し続けても、耐性が上昇して飲酒量が増える一方で、アルコール以外に気分を変える手段を見失ってしまう。その結果、常に飲まずにはいられないココロの状態が形成されるというのだ。
 身体がアルコールを欲する離脱症状は一般的に3~20日ほどで回復するそうだが、ココロがアルコールを欲する問題は、時間では解決できないという。つまり、依存症者が「必要だけどちょうどよく使えない」ものを「ちょうどよく使える」ようにすることは不可能なのだ。そのため、そもそも依存対象を「必要としない」生きかたを考えることが、医師の言うところの「治療」なのだという。

 院長のレクチャーはとても丁寧で、今日はそこで時間切れとなった。
 僕は今週も最前列に座って話を聴いていたが、それでも途中何度も睡魔に襲われた。昨日から薬の服用をやめているので、そっちのせいにはできない。すぐ目の前で話しているのが院長であれ総理大臣であれ、眠いものは眠いのだ。

 僕がアルコールを必要としない生活。それを考えなければならない。
 田村心理士にお願いしていたカウンセリングの1回目は、今週木曜の午後4時から50分間と決まった。1クール終了まであとひと月半。退院までに僕が具体的に目指すことは、今日の学習会で院長が言った命題と密接に関わっている。


 早出しの夕食を摂り、今日も昨日に続いて西町教会のAA「カッコー」へ足を運んだ。今日は利根川さんのほか、勝瀬さんと米窪さんも一緒だ。米窪さんは院外自助グループの参加は初めてで、体調が心配だったが点滴をやめたこともあり、最終的には本人の意思で決めたようだ。
 教会へ向かう途中、デイケアの帰りに駅前のショッピングモールへ買い物へ寄った峰口さんとばったり遭遇した。峰口さんはこの近辺にアパートを借りたそうだ。峰口さんにもAA参加を誘ってみた。ミーティング開始までまだ1時間近くあったので、「いったん帰って、あとで行くかも」ということでその場は別れた。
 今日は昨日より少し多い、10数名でのミーティングとなった。開始までの間は、お酒を断って26年、16年という方へ贈られる寄せ書きに、僕もそれぞれ一筆書かせていただいた。既に3度のスリップをしている僕には、16年だの26年だの、そんな年数におよぶ断酒など到底未知の世界だ。そこまで至っても「アルコール依存症」「アル中」のレッテルが消えないというのは、なんだか不思議な気もする。
 午後7時のミーティング開始から、やや遅れて峰口さんも姿を見せた。峰口さんは退院後のAA参加は2度目だという。保証人である別れた奥さんに迷惑がかからないよう、弁護士に頼んだ債務整理が片付きつつあることを語り、病院内外の人たちへの感謝を口にするとともに「今は幸せです」と短く話した。
 僕も以前一宮OTにアドバイスされたように父と母のことを話し、この週末に初めてとなる実家への外泊をすることを伝えた。

 これから少し、忙しくなりそうだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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