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2015-04-03 17:59 | カテゴリ:入院生活
(※断酒35日目/退院まであと8日)
 だんだんと退院へ向けてココロの照準を合わせていく毎日。同時に、まだやっていないことをひたすらやり、まだ行っていないAAのミーティングへひたすら足を運ぶしかない毎日。やるべきことは決まっているのだ。

 デイルームの喫煙室での顔ぶれも、入院当初と比べて様変わりした。それなのに、なぜか2階病棟に入院しているはずの峰口さんが頻繁にここへやって来る。デイケアに参加するついでに寄ったという口実だが、早朝から顔を出す始末だ。
 先月3日に5ーB病棟を退院した峰口さんだったが、ひと月もしないうちに2階病棟へ再入院となった。なんでも自宅で殺虫剤を撒いていて、中毒で倒れたらしい。この人の話はどこまで本当なのだろうか。
 2階病棟では、というか峰口さん自身がタバコを止められているのか、キャンディの袋にタバコとライターを隠して、5ーB病棟の喫煙室にしれっと紛れ込んで来る。本来、他病棟の患者や部外者の利用は禁止されているので、看護師さんに見つかっては注意されているが、まるでどこ吹く風の様子だ。
 そんな姿を見るにつけ、僕にはなんだか峰口さんが自分の居場所を求めているような気がしてならない。少なくとも、もうここは峰口さんの居場所ではないのに。でも、もちろん僕にはそんなこと言えない。


 午後3時からのサードミーティングで、いちおう参加必須のARPはすべて終了した。利根川さんの重たい告白や黒部さんの開き直りなど、いろいろ発言は出るのだが、それらを丁寧に拾い集めることもなく言わせるだけ言わせておいて、消化不良のまま時間が来て終わるという流れは最後まで変わらなかった。テキストのチャプターもラストまで進めず「あとは各自で読んでおいてください」的な終わりかたになってしまった。
 退院までにもう1回、このミーティングの時間がやって来る。既にサードミーティングの最終日程までを終えた患者は、もう一度セカンドかサードのどちらかを選んで出席しなければならないのだが、テキストを使ったこのミーティングに参加するのは、なんだかとても時間のムダのような気がした。それなら、最初に戻ってビギナーミーティングに参加したい。僕は師長にお願いしてみた。
「うーん。ビギナーミーティングは、あくまで入院して間もない患者さんのためのものだから…」
 渋る師長に食い下がった。
「それは分かります。でも最後の回でビギナーに参加して、もう一度入院当初の気持ちを思い起こしたいんです。ほかの患者さんに支障があるなら、発言しないでただ同席するだけでもいいです。お願いします」
 自分でもよく分からないが、必死で師長に頼み込んだ。師長はしばらく考えたあと、
「分かりました。特別に許可します」
 僕のわがままは受け入れられた。来週の最終回は、僕はビギナーミーティングに参加する。


 4時からはデイルームで料理打ち合わせを行った。料理も今回が最後だ。メニューは王道の炒飯で、節子さんが腕を振るうスタンダード炒飯のほか、カレー、シーフードの3種類を作ることになった。
 実習の学生さんは3人とも参加するのに、結局黒部さんは料理に加わることを拒んだ。頑固親父だなあ、と思ったが、考えてみれば僕だっていろんなことを拒み続けていたわけだから、人のことは言えない。
 買い出しは明日、僕と稲村さん、木下さんの3人で行くことになった。

 打ち合わせに同席していた一宮OTにも、例の色紙を渡して一筆をお願いした。色紙には既にひと通り看護師さんから寄せ書きをいただいていた。看護師さん同様、一宮さんにもずいぶんとお世話になった。彼女からもぜひひと言をいただいて、お礼のメッセージカードを手渡したかった。一宮さんは、
「分かりました。明後日の勤務のときにまたお持ちしますね」
 と、嫌な表情ひとつ見せずに色紙を預かってくれた。


 夕方。早出しの夕方を済ませ、昨日に続いて「ちかぷ」のミーティングに参加するため病院を出た。今日の会場は東町地区会館で、ひとりで病院バスに乗り込む。車内で一緒になった師長に、メッセージカードを手渡した。なんだかひとりひとりにお別れの挨拶をしているみたいだった。
 AA会場へ向かう電車では、一宮さんと途中まで一緒になった。僕は彼女に、いつ頃から作業療法士(OT)になろうと思ったのか尋ねてみた。
「中学の頃には、なりたいと決めてました」
 僕なんか、今回の入院で初めてこういう職業が存在することを知ったというのに。
 作業療法士になるには国家試験資格が必要だ。相当な努力をして進みたい道へ進むことができたのだろう。彼女のようなひた向きなエネルギーを、僕も取り戻すことができるだろうか。
「サトウさん。サトウさんがこれまでの人生でいちばん輝いていたのはいつですか?」
 唐突な質問だった。輝いていた頃。そんなの、僕にあっただろうか。
 大阪で芝居を初めてから、僕は本当に多くの人に出会い、貴重な舞台の経験をさせてもらった。それは普通に会社勤めをしている人にはなかなかできない経験かもしれない。でも、僕の足元はいつも不安定で、当時の僕もそれを感じていた。
 それでも、20代の自分にはまだまだ時間があるような気がして、僕はその不安定さと向き合うことをしなかった。30代になってからは、半ば現実から目をそらすようになっていた。
 そんな僕のどこが「輝いて」いたというのか。
「ええっと…いつだろうなあ。やっぱ大阪で芝居してた頃かなあ」
 本音を言っても虚しくなるだけなので、まるっきりでまかせがこぼれた。一宮さんが笑顔で僕を励ます。
「退院したら、また輝いた毎日を過ごしてくださいね」
 ―― 輝いた毎日か…。
 この街へ帰ってからは、僕はすっかり自信を失い、下を向いて生きていた。輝いた毎日を過ごすためには、あともう少し、空を見上げて歩かないと。


 AA「ちかぷ」では、昨日僕を「あんたは依存症じゃない」と決めつけた例の男性が今日も参加していたため、少し身構えていたが、ミーティングの前にイザワさんからAAの書籍『ビックブック』をいただいた。この本は古いバージョンを優二さんから一冊貰っていたのだが、ミーティングでは改訂版を使うのでページが合わなかったり、記述や構成じたいが異なっているときがあり、改訂版の『ビックブック』をいただいたのは正直ありがたかった。とはいえ、せっかくの優二さんの好意になんだか悪いような気がして、僕が改訂版を持っていることを優二さんには知られないようにしなければ、などとまた余計な心配をしてしまう始末だった。
 会場には参加者の差し入れで豆大福やらバウムクーヘンやら、なかなか豪勢なおやつがたくさん並べられていた。僕が病院から来ているということで、ミーティング後にはそれらをお土産に持って帰るよう皆さんから勧められた。例の男性からも「たくさん持って行きな」と声をかけられた。昨日のようなことは言われなかったが、それでも僕は警戒を解かなかった。

 帰り道。駅でたまたまほかのミーティングへ行っていた優二さん、利根川さんと合流し、一緒に帰院した。
 退院が近い。その実感がいま、僕の背中をゆっくりと押している。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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