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2014-05-29 00:01 | カテゴリ:外出・散歩

 ごはんが美味しい。
 あんかけ焼きそばもカツ丼もビーフカレーも、何だかんだいって美味しかった。とりわけ、白ごはんが旨い。お酒を断ってから、みるみる食欲が出てきた。
 だが残念なことに、歯が痛い。
 奥歯の歯茎が腫れて、ものを噛むと痛いのだ。せっかくごはんの旨さに気づいたというのに、歯が痛いのは悲惨すぎる。
 憂鬱は、いろんなところからやって来るものだ。


 今日は僕の担当看護師の牛本さんと面談を行った。入院から1週間経過というタイミングで、僕の現在の体調確認と今後の入院生活のあり方について話し合うための面談だ。
 牛本看護師は、ほぼスキンヘッドの坊主頭に眼鏡にヒゲという、似顔絵に描きやすそうな風貌が特徴の長身の男性で、看護師主任を務めている。
 僕よりひとつ下という牛本主任は高校時代、父親が商売に失敗して多額の借金を背負ったため、学費が安いという理由で看護師の道へ進んだという。幼い頃の母親の躾が関係してか、女性に対して深層心理の中でトラウマがあり、まだまだ女性が多い看護師の職場では苦労も少なくないと、僕に打ち明けてくれた。

 身の上を語る看護師と、それを聴く患者。一見立場が逆だが、それは患者が自ら話を切り出すためのひとつの方法なのだろう。というよりむしろ、テッパンなのかもしれない。患者が現在の症状や今後のあり方について、自ら喋らないことには前に進まないのだから、まずは牛本主任自身が率先して自分のことを語り、患者が話しやすい空気をつくっているのではないか。

 ただ僕の場合、今感じている不安ははっきりしている。牛本主任にはそれをそのまま伝えた。
 まず、他の多くの患者さんと違って、僕は肉体的には健康と判った。
 検査でも、γーGTPの値が高いとはいえ内臓は比較的丈夫で、今のところ糖尿でも高血圧でもない。これについてはラッキーというか恵まれているというか、とにかくいいことなのだろう。
 ただ精神的には不安定で、自己否定のネガティブな思考に絶えず陥ってしまう。人と交われず、人と接することに強い不安と抵抗がある。だから自分だけの世界へ逃げてしまう。そしてこの十数年、お酒を飲むことでごまかし続けた結果、アルコールが手放せなくなってしまった。
 ―― この1クール3ヶ月の入院で、例えお酒に頼らない生活を築くことができたとしても、歪んでしまった僕の精神構造も一緒に建て直していかなければ、またアルコールに逃げてしまうんじゃないだろうか。或いは、新たに薬物やギャンブルなんかに手を出してしまうんじゃないだろうか。

 牛本主任いわく、今の僕の精神的な不安定さは、断酒による一種の離脱症状の要素が大きいそうだ。アルコールは脳にも影響を与えるため、深刻なケースでは幻覚や幻聴、自傷行為を引き起こすこともある。そうなるともう、麻薬や覚醒剤と変わりない。
 昨日、森岡医師との面談で言われたことを思い出した。
「これからは、お酒をお酒ではなく、アルコールという薬物だと思ってください」

 離脱症状は一定期間を経て離脱期を越える。だからアルコールを断ってひと月もすれば、精神的にも安定してくるものらしい。
 牛本主任の説明を聞いて、ひと月後に僕もそうなることをただ願った。

 昨日のフレッシュミーティングでは、アルコール依存症のほかにも薬物やギャンブル依存の患者も参加していたが、この病院ではそういった患者も受け入れて、人数こそ少ないがこの5ーB病棟で一緒に入院しているという。
 牛本主任によると、依存症というのは何にでも起こり得るものだそうだ。
「趣味の領域と、依存症の線引きはどこにあるんでしょうか?」
 答えの想像はついたが、何となく訊いてみた。
「一概に線を引くのは難しいんですが、やっぱり生活の破綻でしょう」
 そう言うと、主任はポケットから出した何かの用紙の裏に、1本の木のイラストを描いて説明してくれた。『アディクション・ツリー』という、依存症の構図について分かりやすく示したものらしい。アディクションとは『嗜癖』という意味で、習慣化した嗜好がやめられない状態、まさに依存そのものを指す。

 1本の樹木の、地中に伸びる根の部分はその人のトラウマを、幹は成育過程や家族関係といった、個人特有の環境を表している。そして、生い茂る枝葉には多様な嗜好の果実が生り、これが依存に変わり得るのだという。
 酒、薬物、ギャンブル、買い物、セックス、万引き ―― なかには趣味や嗜好とは言い難いものもあるが、依存症を呼び起こす材料は多岐にわたり、最近ではネットやゲームの依存症も増えているそうだ。

 主任が続ける。
「僕は自転車が趣味なんですが、だからといって自分の収入を越えるほどのお金を自転車に注ぎ込むようになれば、生活は破綻しますよね? それでも抑制が利かなければ、それは依存症ということになります。サトウさんは分かっていてもお酒がやめられないのだから、やっぱり依存症です」
 あっさり指摘されたが、事実なので仕方がない。
「と言っても、病院でサポートできるのは基本的にこの、根っこの部分だけなんです」

 幹の部分、つまり患者の環境面に至っては、家族の理解や協力を病院側で求めることはあっても、限界がある。患者個人の人間関係に踏み込むことは難しいし、ましてやその成育環境を物理的に遡ってただすことなど不可能だ。

「結局、患者さん自身で立ち直るしかないんです。ひとつの依存を断ち切っても、ほかの何かに依存することで逃げることは簡単ですから。そうならないよう、心の回復も大切です」
 ―― 今僕が抱えている不安、まんまじゃん。
 いっそのこと、幹ごと木をスパーッと切り倒したらすっきりしますね、と言いそうになったが、さすがに抑えた。看護師さんはみんな、親身になって支えてくれている。
 しかしこれはあくまで、僕の問題なのだ。

 最後に牛本主任から、意外なことを言われた。
「でもサトウさんには、生きようとする力を感じます」
 生きようとする力。そんなこと、人に言われたのは初めてだ。
「周囲に負担や迷惑をかけるばかりで、自分の力では生活できてませんけど」
「それも含めて、いい意味でも悪い意味でも生命力、タフさを感じます。こんなに自分の状況をきちんと捉えて話せる人は、そうはいませんよ」


 今日からちょっとした外出が認められるようになった。直前に申請すれば、午前と午後、それぞれ2時間以内の外出が可能だ。
 といっても病院周辺に商業施設は皆無なので、病院からもっとも近いが歩けば40分はかかる西町駅とを結ぶ専用バスを利用して駅前で買い物をしたり、病院裏手の柏山を散歩やジョギングする人が多い。2時間を越える遠出や外泊を希望する場合は別の手続きをすればいいのだが、僕についてそっちの申請が解禁になるまではあと1週間必要ということだ。

 午後3時半、入院以来初めて1階正面玄関から外へ出た。柏ノ丘病院に来たのはあの日が最初で、街の中心地から西へ向かった郊外の上り坂の途中にある、という漠然とした位置情報以外、病院周辺の景色の記憶は曖昧だった。
 少しは何かあるだろうと思っていたが、坂をちょっと上ったところにコンビニが1軒、ぽつんとあるだけで、ものの見事にほかは何もなかった。
 仕方がないので、あてもなく坂をひたすら上って行きながら携帯で地図を確認すると、西町のだだっ広い総合公園の西側外周に沿って上り下りの坂道が延々と続いている。間違いなく2時間では戻れないと思い、適当な横道から住宅地を通って今度は坂を下って行った。
 平日の午後だからか、庭の手入れをする暇そうなお年寄りの姿を何度か見かけた。もの凄い急勾配に家が建ち並んでいるが、この人たちはちゃんと生活できているのだろうか。
 余計な心配をしながら坂を下りきると、見知った風景に出た。僕はそこからさらに歩き、大手スーパーマーケットの柏ノ丘店へ辿り着いた。このスーパーは僕の実家からさほど遠くなく、これまでは自転車でしばしば買い物に来ることもあった。お酒はその度に買っていた。
 今日は替え歯ブラシやボディシャンプーなど、入院生活に必要な日用品を購入して病院へ戻ったが、お酒売り場を通ることなく買い物をすることは、街で見かけた知人を無視して素通りするような、何だか妙な感覚だ。


 この日から、僕の「お休み前のおクスリ」が止まった。昨日の森岡先生の診断を受けてのことらしい。看護師さんからは「眠れないようなら薬を出しますから、詰所へ言いに来てくださいね」と言われた。
 睡眠に関しては入院から快調だったが、薬がなくても眠れるだろうか。もとより、眠れないときに僕は、それをはっきり言えるだろうか。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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