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2015-03-24 22:16 | カテゴリ:院内生活
(※断酒30日目/退院まであと13日)
 今日は病院の『夏祭り』の日だ。レクリエーション課とデイケアの参加者が中心となって準備をしていたようで、本来なら駐車場で催される予定だったが、台風の接近に伴い体育館での実施となった。午前中から一宮OTが病室へ来て、神輿を担げだの法被を着ろだのとしきりに煽る。もともと金曜日は外泊で不在の患者が多いのだが、ほかの病室の患者はいつにも増してみんな逃げるように外泊している、ような気がする。
 結局、53号室からは黒部さんと倉持さんが神輿を担ぐことになった。

 夏祭りイベントのため、今日は料理も創作もお休みとなった。料理については本来、第3金曜の来週18日が休みのはずなのだが、今週の中止を受けて次週に振替え実施されることになった。それが僕の最後の料理参加となる。
 午後2時。夏祭りが始まり、5ーB病棟の前を通って体育館へ向かう人でにわかに慌ただしくなった。他病棟の患者やその家族、病院職員、デイケアの参加者や断酒会のお手伝いの人。法被姿でなんだか張りきっている人も多い。
 琉球音楽バンドの演奏があるというので、僕はひとりでふらっと体育館へ向かった。思ったより人が多い。体育館の中央には手作りの櫓(やぐら)が立ててあり、ステージでは既に演奏が始まっている。演奏しているのがどういうグループなのかは知らないが、思った通り「花」「涙そうそう」「ハイサイおじさん」といった定番が披露されていた。
 客席で手拍子している一宮OTの姿がすぐに目に止まり、隣の席にかけた。法被を着せられた利根川さんが向こう隣に座って、何やらエイサーで使うような小さな太鼓で音頭を取っていた。
 テンションの上がる一宮さんに誘われた。
「踊りましょ、サトウさん!」
 踊るか。一宮さんは櫓のそばへひとりで出て行って踊り始めた。左右の手足の動きが変だが、そんなことは気にしていない様子だ。つられてほかの作業療法士さんやら患者やらが数名、もたもたと櫓付近へ歩み出て、いちおうそれなりに盛り上がる。一宮OTの熱心さ、実直さは凄いと思った。
 葉山看護師がやって来て、僕に無理やり法被を着せて隣に座った。
「退院、決まったんだって?」
「うん、おかげさまで」
「1クールちょうど?」
「1クールと1週間。99日目で退院」
 改まって訊かれると、なんだか恥ずかしい。話題をそらした。
「ねえ、去年も夏祭りやったの?」
「やったんだけど、夜勤明けだったから私は出てないの」
「神輿を担ぐなんて、毎年やってるのかな」
 神輿といっても、今週に入ってから段ボールに飾りをつけて急遽作った即席のハリボテだ。今月から53号室の室長でレク係になった平嶋さんが神輿作りに駆り出され、黒部さんも手伝っていたようだ。
 ちなみにこの祭りの準備については、僕は一切関わっていない。昨日も一宮さんから神輿担ぎを再三頼まれたが、頑なに断った。プランがよく見えず、イタい思いをしたくなかった。要するに、恥ずかしかったのだ。
「お神輿は初めてかも。一昨年は確か、ファッションショーみたいなのをやったかな。渡辺先生が女装してた」
「そういえば、先生方の姿がないね」
 祭りの日だって、回診もあれば外来もある。忙しいのだろう。
 …と思ったら、葉山さんが声をあげた。
「あ、院長来てる」
 見ると、院長が金魚すくいをやっていた。

 金魚すくいといっても、金魚はおもちゃで、人工的に作った軽い水流を漂っているのをポイですくうものだ。タダで遊べるので僕も葉山看護師と一緒にさっき挑戦して何匹かをゲットし、景品の駄菓子を貰ったばかりだった。
 やがてメインイベントの神輿が登場し、そのまま強引に盆踊りへと突入していった。
 何でもやればできるものだと感心した。ぐだぐだの展開ではあるけれど、それなりにカタチにはなっている。何よりも、みんな笑顔で楽しそうだった。この病院には保育園が隣接しているため、もともと子供を預けている職員も多く、今日は小さな子供たちの姿もある。
 これでいいのだ。
 最後に院長がステージに上がり、閉会の挨拶に立った。
「みんな、楽しんでますかあー!?」
 歓声と拍手が起こる。
「今日はどうもありがとおー!!」
 再び歓声と拍手。院長は清志郎みたいに叫んで手を振った。


 祭りが終わり、僕は 100円で買わされた駄菓子の詰め合わせを、外出中の米窪さんのベッドに置いて柏ノ丘例会の会場へ向かった。米窪さんは午前中に迎えに来た奥さんと一緒に、以前一時転院していた街の病院へ検査に出かけていた。
 奥さんとしては、もうしばらく夫に入院していて欲しいようで、内科設備の整った街の病院でしっかりとした検査を受けたうえで「まだ働くのはムリ」と医師から釘をさしてもらいたかったらしい。CTやMRIの検査も希望する奥さんと「予約もしないでそんな検査はできない」と言う米窪さんの意見とは折り合いがつかず平行線だったが、結局は米窪さんが「それで気が済むなら」ということで折れて、一日外出届を出して検査に行くだけ行ったということだ。
 かつてお酒に酔って日本刀を振り回した亭主は、今さら何を言っても奥さんの反感を買う状態になってしまっている。
 酔っ払いの業は、それだけ深い。

 祭りの後片付けの影響で、今日の柏ノ丘例会は予定時刻の3時半を過ぎて始まった。断酒会から祭りのお手伝いに参加していた方たちは、少し遅れての出席となった。
 僕は今月24日の退院を報告した。今日は同室の木下さんが参加していた。僕と同じくアルコールでの入院は初めてという木下さんは、北股会長に指名されてもあまり自身のことを語らず、挨拶程度に話を留めたが、
「39歳、あなたの年齢前後でアルコール依存症と診断される人はとても多く、断酒をするには最もいいタイミングです」
 という会長のアドバイスは、僕がこの例会に最初に参加したときに貰った言葉とまったく同じものだった。

 夜のAAは、一昨日に続いて「アウル」に出かけた。会場は松ノ宮町の福音キリスト教会で、外出先から別のAAに向かった優二さんではなく、利根川さんと一緒に足を運んだ。
 会場には週明けまで外泊中の植中さんと、そのほかにグループメンバーの方が3人、計6人でのミーティングとなった。今日は『AA 12のステップ』という書籍を使い、中でも『傷つけた人への埋め合わせをする』という項目についてのミーティングで、テーマがテーマだけに重苦しい空気になった。
 僕にとっての埋め合わせとは、何だろうか。まずは自立すること、と僕は話したが、本当のところはまだ分かっていない。


 帰院後、外出から戻っていた米窪さんに喫煙室で話を聴いた。
 米窪さんの検査は血液検査だけで、結果は良好とはいかないものの、奥さんが期待していた仕事についてのはっきりしたドクターストップはされなかったそうだ。
「無理をしないに越したことはありませんが、患者さん個々の問題になるので、仕事をしろともするなとも言えません」
 という医師からの回答は、極めて常識的かつ無難なものだった。
 米窪さんの退院は予定通り今月22日で変更はない。僕の退院の2日前だ。53号室ではほかにも平嶋さんが17日に退院、浅尾さんももう間もなくその日が決まる。
 今日のお昼は、久しぶりに奥さんと外食したのだと米窪さんが言った。
「万が一CTでもあったら困るから、ホントに軽くだけどね」
「でも、奥さんと一緒に食事したんですよね?」
「うん。ずっと無言でね」

 …酔っ払いの業は、やっぱり深いのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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