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2015-03-24 16:57 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※断酒29日目/退院まであと14日)
 昨日の晩、12時の看護師巡回が終わるのを待って詰所へ行った。左手中指の付け根あたりに最近また発疹ができて、とても痒い。しばらく治まっていたのだが、退院が近づいて不安が増してきたからなのかもしれない。以前渡されていたオイラックスを使い潰したので、新品を塗ってもらうつもりだった。
 …というのは口実で、本当はお世話になった看護師さんに「一筆」書いてもらうのをお願いしに行ったのだ。寄せ書きというほどのものではないけれど、スーパー柏ノ丘店で買った色紙と、お礼に渡すメッセージカードを用意しておいた。色紙の中央上部には、手書きで大きくこう記した。

『ソラヲアオグ ~もう入院したいなんて言いません~』

 タイトルというか何というか、とにかくそんな感じだ。お酒と距離を置いた新しい生活に向けて、自分を奮い立たせる叱咤激励をカタチにして残しておきたかったのだ。
 とはいえ、多忙な看護師さんにこんな個人的なことをお願いするのは気がひける。勝瀬さんが退院前にやはり似たようなものを看護師さんにお願いして大事に持ち帰っていたが、僕が頼んで断られたらどうしよう、と内心気が気でなかった。
 今日の夜勤当番は小里看護師と高木看護師だった。高木さんは5ーB病棟担当ではいちばん若い女性看護師さんで、何度かレクでミニバレーを一緒に楽しんだ。まだ経験も浅く、夜間勤務もつい最近デビューしたばかりだ。
 僕が色紙を渡してメッセージをお願いすると、ふたりとも快く引き受けてくれた。僕の不安は取り越し苦労だったようだ。
 照れ隠しから、それから少しだけ話をした。小里看護師は僕のスリップについて「ショックでした」と言っていたが、同時に、
「サトウさん、髪の毛切ってずいぶん爽やかになりましたね」
 と褒めてもくれた。髪の長い短いではなくて、この入院生活で生じたココロの変化が表情に現れているのだ、と僕は解釈している。

 朝の申し送りのあと、小里さんから色紙を受け取り、僕はそのお礼に、それぞれへ宛てて前もって書いておいたメッセージカードを小さな封筒に入れてふたりに手渡した。とても喜んでくれた…と思う。色紙はまだ見ていない。5ーB病棟のすべての看護師さんに書いてもらい、退院したあとで読ませていただくつもりだ。


 今日の回診は両親が同席したため、いちばん最後に回してもらった。順番が来るまで別室で、牛本主任から依存症についての一般的な説明と、僕の入院生活や今後の自助グループ参加の意義についてなどを詳しく説明してもらった。父も母も熱心に聴いていた。
 その後の渡辺先生の診察で、僕は今月24日の退院希望を伝え、承諾を得た。先生からも両親へ、依存症についての説明をしてもらった。患者に対する家族の接しかたについても、結果的に依存症を陰で助長する『イネイブラー(世話焼き人)』にならないよう、斎藤学(さとる)という医師が書いた本の抜粋コピーを資料として示し、時間をかけて分かりやすく解説してくれた。斎藤医師は有名な精神科医だそうで、人の嗜癖行動がその人の家族関係や成育歴と密接な関わりを持つことを早くから指摘した偉い先生だという。アルコール依存症についてのみならず「児童虐待」という概念を日本に定着させた人で、その方面でも多くの著書を持っているらしい。
 飲酒欲求を抑制する新薬・レグテクトについても試用を了承してもらい、早速夕食後からの服用が始まった。
 僕のスリップについては、特に父や母から質問されたりしない限り進んで話すことはしないで欲しいと、牛本主任を通してお願いしていたはずだった。それなのに、
「ちょっと飲んでしまいましたが、その際もご自分で正直に申告されたのは勇気のいることだと思います」
 と必要のない褒め言葉が先生の口をついて出てしまった。後ろに同席していた主任の溜め息が聞こえた。父は特に食いつくことはなかったが、間違いなく耳には入っていたはずだ。実際、スリップしたことは事実なので仕方がないのだが。


 両親を1階玄関まで見送って別れたあと、今度は病棟で関根さんを見送った。今日は関根さんの退院の日だ。短い期間ではあったけれど、一緒に通ったAA、特に行き帰りの道すがら聴かせていただいたいろいろな話が印象に残る。今日中に地元へ戻り、明日からまた美容師として仕事に復帰するそうだ。

 昼食後、ついうたた寝をしてしまった。目を覚ましたのは午後2時半頃、それからSSTに参加する。
 今日は葉山看護師が仕切り、主任がアシストして『お酒に変わる趣味』についてあれやこれやの意見交換が行われた。前回のようなロールプレイには至らず、以前のぐだぐだな話し合いに戻ってしまったが、僕はもう不快にはならなかった。
 ―― お酒をやめたら、プラモデルでもやろうかな。

 4時10分。SSTを途中で抜けて始まったカウンセリングでは、田村心理士からも「髪を切って爽やかになりましたね」と言われた。それほど印象が変わったというのは、素直に良いことと捉えることにした。
 僕はAAでもカウンセリングを受けている人に出会ったことなどを話し、来週もう一度、最後のカウンセリングをお願いした。

 夕食後の院外AAに出かける前、病室に訪ねてきた沼畑師長から、僕の血液型がAB型だと知らされた。何を隠そう、今まで検査をしたことも大病もしたことのない僕は、38歳の今日まで自分の血液型を知らなかったのだ。そして昨日、AAに向かう病院バスで一昨日に続いて隣に乗り合わせた師長になんとなくそんな話をしていたので、調べてくれたのだ。入院をすると、こんなこともある。

 今日のAAは南町教会の「オオタカ」だ。雨はそれほど強くなく、行きも帰りも順調だった。今日も、初めてAAに来たという男性を交えてミーティングが行われた。


 夜。僕は詰所へ行って夜勤の前上看護師と東郷看護師に色紙をお願いした。もちろんふたりとも快諾してくれた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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