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2014-05-27 07:42 | カテゴリ:診察・診断・回診

 入院からちょうど1週間。今日は午前10時からフレッシュミーティングに参加した。
 柏ノ丘病院に初めて入院する患者を対象としたプログラムで、それぞれ入院生活の不安や不満、悩みなどを挙げて話し合う。昨日のビギナーミーティングと違って、ほかの患者の発言に対して感想や意見を言っても構わない。4回の参加が必要で、これも沼畑師長が担当する。

 ミーティングルームに集まったのは、見たところ30~60代くらいの患者が6、7人ほどだが、意外だったのは薬物やギャンブル依存症の患者も一緒に参加していることだ。
 アルコールのみならず、複数の依存が絡まって負のスパイラルに陥っている患者もいるようだが、詳しいことはまだよく分からない。
 何にせよ、様々なケースで入院を余儀なくされている人たちが、ここにはいる。

 ミーティングでは、共同生活のストレスから極度の不眠を訴える声や、入院ではなく外来での治療を望む声、また処方薬についての注文など、患者それぞれの思いの丈が率直に語られた。
 どの患者も自分の症状をよく理解していて、どこがフレッシュなんだと思うほど、治療のステップや薬についても詳しかった。
 僕の番になった。特に話すべきこともなかったが、仕方がないので、集団に馴染めず人と距離を置いてしまう自分が、周囲を不快にさせているのではないかという不安を打ち明け、そして詫びた。
「そんなことは、全然ないですけどね」
 同じ53号室の勝瀬さんという、50歳を少し越えたくらいの男性がぽつりと言った。
 康平くんという、やはり同室の若い患者が「そうですよ」と賛同する。
 僕のこういう発言に始まるこういう流れでは、こういう優しいフォローしか返って来ないであろうことはおおよそ分かっている。分かっていても、気持ちは少し軽くなる。
 つまるところ僕は、優しくされたいのだ。

 ミーティングは予定の1時間より10分ほど早く終わった。
「私、いつもミーティング早く終わらせ過ぎちゃうんですよねー」
 と、沼畑師長はよく分からない自慢をして笑っていたが、僕には少し物足りないミーティングのような気がした。

 退席際に、河原さんという男性に声をかけられた。隣の54号室の患者で、僕より少し歳上に見える。彼は入院から4週目ということで、フレッシュミーティングは今日が最後だそうだ。
「11時半まで体育館でレクやってるから。あと40分くらいだけど、行ってみたら?」
「はあ…ありがとうございます」


 僕はその「体育館」がいったいどこにあるのか、まだ知らなかった。すぐに訊けばいいのに、困ったことにそれができない。
 また今度でいいか ―― と思いつつ、喫煙室でひとりタバコを吸っていると、麻友美さんが入って来た。
 患者会の会長を務める彼女は、平日朝の例の瞑想の時間を仕切っているのだが、今朝は開始直前になって看護師詰所からひどい過呼吸状態で飛び出して来ると、そのまま自分の病室に駆け込んで行った。すぐに掛川看護師があとを追いかけて病室へ入って行ったが、デイルーム前の廊下で円椅子に座って瞑想待ちをしていた僕は、その様子をただ唖然として見ているだけだった。
 何だかよく分からないが、みんなそれぞれいろんな事情を抱えている。

 いつもはそんなことないのだが、喫煙室の沈黙に耐えかねて何となく声をかけてみた。
「体育館って、どこにあるんですか?」
 答えはすぐに返ってきた。
「同じ階。一緒に行く?」
「見学だけなら、サンダルのままでも大丈夫ですか?」
「あー全然大丈夫」
 そう言うと彼女は、吸いかけのタバコをせわしなく揉み消して立ち上がった。

 5ーB病棟をさらに奥へ進んだ突き当たりに、体育館はあった。市民センターなんかにありそうな、少し狭いけれど普通の体育館だ。
 入口側にはエアロバイクが数台置いてあり、既に何人かが快調にペダルを漕いでいる。エアロバイクの利用は中高年層の患者が多いようだ。
 体育館奥はステージになっていて、降りている緞帳の向こうからドラムの演奏が聴こえる。緞帳をくぐってステージに上がってみると、上手袖にはドラムセット、下手袖には電子ピアノが置いてあり、自由に弾いて構わないらしい。
 ドラムを叩いているのは康平くんで、僕に気づくとスティックを揃えて差し出し「やりますか?」の合図をくれたが、演奏なんてとてもできない僕はもちろん遠慮した。

 ステージ前にはミニバレーのネットが張られ、6人対6人でゲームをしている最中だった。1ゲームが終わったところで、患者に混じって一緒に参加していた葉山さんという若い女性看護師が、僕に気を遣い「サトウさん、入りませんか?」と交代を持ちかけたが、やっぱり遠慮した。
 ピアノを弾くのにゲームから抜けた丸谷さんという男性患者に代わり、麻友美さんがバレーに加わった。僕はステージサイドから腰を降ろし、次の1ゲームを見守った。必然的に、かつ自動的に、おんぼろの得点スタンドをめくるのは僕の役目になっていた。

 そのゲームが終わったところで僕は、見学はここまでと、ひとり体育館を出た。出た途端、最後までみんなと一緒にいればよかったと後悔した。
 ―― どうせほかにすることもないのだ。見学であれ何であれ、できるだけみんなと一緒にいて、仲間に入る努力をすることが、今の僕には大事なんだ。せっかくいい流れだったじゃないか。
 今さら後悔してみたところで、わざわざ戻って行く気にもなれなかった。


 レクリエーションのすぐあと、木曜日の午前11時半からは、主治医の森岡先生の回診がある。
 病院から貰った資料を見ると、5ーB病棟の入院患者を担当するドクターは合わせて5名おり、この中で患者の担当が決められている。森岡医師が僕を含めた何人の患者の主治医になっているのかは知らないが、とにかく僕は初回診ということで、昨日、一昨日の検査結果について説明があった。

 結果結果によると、心電図は極めて正常、レントゲンも気になるところはなし。期待していた脳のCTは、前頭葉付近にやや萎縮が疑われるという程度で、僕は思いのほか健康だった。
 ただ脳波については、やはり精神的に不安定な傾向にあり、引き続き療養が必要との診断だ。そのあと眠剤やら向精神薬やら『各種取り揃えております』的にそれぞれの効能やリスクについて説明を受けたが、萎縮した僕の前頭葉ではよく分からない。
 要するに、薬物依存を避けるため、できるだけ薬に頼らず経過を見ていくことを奨められている、と僕は理解したのでそれに従うことにした。

 午後からも森岡先生との面談で、改めて主治医の立場からアルコール依存症についての基本的な説明を受けた。
 森岡先生は割と紋切り型の口調が印象的で、有名人の実際の症例や、デンゼル・ワシントンがアル中のパイロットを演じた映画『フライト』の話題などを盛り込みながら、アルコール依存症が治療を要する立派な精神疾患であることを重ねて説明してくれたが、
「僕もこの街の精神科医の中でも指折りの酒好きなんですよ」
 と、患者に言うべきことなのかよく分からないカミングアウトまでされたので、正直なところ戸惑った。
 ただ、今はジム通いにハマっているとかで、他に健全な楽しみを持つことが大切なんだと、独特の口調ではあるが懇切丁寧に説いてくれた。
 僕は先生の話をしおらしく聴きながら、ペンを持つその指が小刻みに震えているのをできるだけ見ないようにしていた。
 ジム通いにハマっても、お酒をやめたわけではないらしい。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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