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2015-02-15 15:34 | カテゴリ:院内生活
(※5度目のスリップから9日目)
 昨日のバレーで、信じられないほどの筋肉痛になった。米窪さんから「次の日来るよ」と言われてそれなりに覚悟はしていたが、ここまでとは。今朝もラジオ体操どころではなかった。
 それでもサッカーは観る。ワールドカップ1次リーグ、日本-ギリシャ。0対0で試合終了の瞬間、朝のデイルームに溜め息が漏れた。夜勤明けの東郷看護師も、出勤したての長浜看護師も、試合の行方が気が気でならないようだった。

 歯茎の痛みは治まらず、今日も食事の1時間前にロキソニンを貰う。昼食前に詰所へ行ったときは、師長や大田看護師があまりしつこく「入院中に歯医者へ行け」と言うので、ふざけて逆ギレしてみせた。痛み止めでその場しのぎをしても仕方がないことは分かっている。が、入院中に歯の治療はさすがに無理だ。お金がないし、何しろ怖い。退院して仕事に戻り、これまでお酒に使っていた分のお金を節約できたら、次は歯医者だ。
 薬剤師の室戸さんが訪ねて来たので、ロキソニンをイレギュラーで飲んでいることを念のため伝えた。室戸さんは「あ、そうなんですか? いつ頃からですか?」と、明らかに初めて聞くような口振りで逆に訊き返された。ほかの薬との併用に問題がなければそれでいいのだが、ときどき心配になる。
「前に処方されていたデパケンは、歯茎の腫れなどを起こす場合がありますね。もしそれが原因なら、今はデパケンをやめているので症状が治まるかもしれません」
 それはないと僕は思うが、そういうことだそうだ。
 ついでにここ最近、お腹の張りが気になることを申告した。
「寝るのが遅いので、ただの寝不足かもしれないですけど」
「眠れないですか?」
「いえ、寝つきはいいです。眠れないんじゃなくて、ベッドに入るのが遅いんです。ベッドに入っても携帯いじってるときもありますし」
 言葉を選ばないと、すぐに不眠症と取られるから厄介だ。僕は「携帯をいじる」という、昨今のよくある人っぽさを匂わせながら、室戸さんに見解を訊いた。
「お腹の張りは、薬のせいってこともあるんでしょうか?」
「その可能性もありますし、体質のせいかもしれません」
 僕でも言えそうな所見だが、断定しろというのも無理な話だ。彼女は僕の申告を細かくカルテに書き込んで、
「また来週伺いますので、何かあれば教えてください」
 と病室を出て行った。

 午後1時半。牛本主任と明日の外泊について面談を行った。普段わざわざこんなことはしないそうだが、やはり4回の連続スリップがたたったらしい。牛本主任の「ここだけの話」によると、今回のことで病院サイドでも僕を強制退院させたほうがいいのでは、という意見が相当あったということだ。それが誰の意見なのかは知らないが、「ホント大変だったんですよ」と隠しだてなく言う牛本主任の言葉は、「ホントもう、次はアウトですよ」と言っているようで、さすがに申し訳なかった。一昨日、師長がわざわざ病室へ訪ねて来たのは、これがあってのことか。
 僕は明日の外泊では、当然ながら絶対に飲酒しないと約束した。それから先日水曜のセカンドミーティングで思ったこと ―― 依存症と認識しているのに、本音では節酒でいけると思っている矛盾、つまり、僕はどこかで依存症と認めていないのではないかということ、同時に僕は自分の飲酒欲求に気づいていないのではないかということについて話した。
「サトウさんには、やっぱりタフさを感じます。現状を何とかしたいとそこまで考える、そのタフさです。もしも、途中で飲みたくなったり無理だと思ったら、すぐに戻って来てください」


 30分遅れでアトリエへ向かった。今日は浅尾さんも見学に来ていた。
 僕は前回の色塗りが気に入らなかったので、一宮OTのアドバイスのもと、別の色を上塗りし、ニスを施した。完成まで、あともう少しかかりそうだ。来週はフルタイムで参加してやる。

 3時半からの柏ノ丘例会。前回外泊すると公言した僕は、無事飲まずにいられたこと、明日も外泊し、今後トレーニングとしてできるだけ外泊を増やしていきたいという考えを話した。北股会長からは「その積み重ねを大切にして、飲まずにい続けられるようにしてください」とエールをいただいた。
 この日の例会では、ある男性参加者からシアナマイドの話が出た。この男性は入院患者でも断酒会の会員でもなく、現在はフリーという立場で、いわゆる通いでこの病院の例会に参加している。シアナマイドとは抗酒剤の一種で、僕も大阪で当時の彼女に付き添ってもらいアルコール外来に行ったときに飲んだことがある。無色透明、無味無臭の内服薬だが、アルコールの分解を妨げる作用がある。そのため、これを飲んだあとにアルコールを摂取するとひどく苦しくなるので、強制的に断酒せざるを得なくさせる、という恐ろしい薬だ。
 実際僕は、シアナマイドを飲んで帰宅したあと、ひとりになって恐る恐る焼酎を飲んでみた。服用してから時間も経ってるし、1口2口飲んでも平気なので、調子に乗って結局いつものように飲み散らかして寝てしまったが、夜中に猛烈な吐き気に襲われて死ぬほどのたうちまわった。それ以来、僕に処方されたシアナマイドの小さな小瓶は、大阪のマンションを引き払うまで冷蔵庫の奥でずっと放置されることになった。
 結局のところ、この薬は飲まなければ意味がないのだ。要は使い方で、「シアナマイドを飲んだから酒が飲めない」という観念で縛るのではなく、ある程度断酒に成果を挙げている患者が、さらに自分を律するために服用する薬なのだ。毎朝、家族の前でこれを飲んでみせることで、自分を支えてくれる周囲の人を安心させる、という使い方もある。
 もっともこの薬は、お酒を飲まない人にはまったく無害なので、こっそり中身を水に入れ替えて家族の前で飲んだフリをするとか、逆に家族がこっそり食事にシアナマイドを混ぜる、という話はよく聞くのだが。
 いずれにせよ、僕がこの薬をうまく使うには当時はまだ早すぎた。今もそれは変わらない。何せ、あんなに苦しい思いをするくらいなら肝硬変で死んだほうがマシだとさえ思うのだから、どうしようもない。
 そんなことを思い出した。

 例会から戻り夕食までの間、喫煙室でタバコを吸っているとき、一緒に例会に参加していた須藤さんという男性患者に「今回は3ヶ月入院ですか?」と、何気なしに声をかけた。60歳手前の須藤さんは、4年ほど前にこの柏ノ丘病院に入院したことがあるそうだが、そのときは断酒について真剣ではなかったという。酒に酔っては徘徊し、至るところのスーパーで警察の厄介になっては、出入り禁止になっているそうだ。先日のレクで草刈さんと接触して頭を打ったもうひとりの患者とは、この須藤さんだ。幸いたいしたケガではなかったらしい。
 ふた言目には「若い人はいい…」と溜め息混じりに漏らす須藤さんの話は、家族の崩壊や人生の後悔など、何しろ重い。ほとんど独り言のようで、僕と会話をする意図はないようだ。淀んだ空気の中で喋るだけ喋り、最後に「いや、ごめんね」と僕の肩をぽんと叩いて喫煙室を出て行った。
 僕はすっかり気分が落ち込んだが、ロキソニンを貰い忘れていたので詰所へ行ってみた。けれどもほかの患者もわらわらやって来て混み出したので、「あとでいいです」と言い残して病室へ戻ってしまった。相変わらず、詰所に入れない自分。無性に飲みたくなってきた。AAに行く気もしなくなった。これは疑いようのない飲酒欲求だ。必死で堪えた。
 午後6時を過ぎて、夕食のトレーをベッドへ持って来た。今日のおかずは餃子だ。忘れもしない、僕が入院したその日の夕食のメニューだ。あのときは余裕がなかったので考えなかったが、今思うと何てビールが飲みたくなるおかずなのだろう。僕は詰所へロキソニンを貰いに行き、AAから戻ったあとで夕食をいただくことにした。


 毎月第2を除く金曜に行われる、AA「はましぎ」のミーティング参加は5回目となる。いつもの「ユウ」さんという大柄の男性ひとりがメッセンジャーとして来られ、僕のほかは勝瀬さん、米窪さん、浅尾さん、須藤さんらが参加した。珍しく米窪さんが最初に挙手して、自分から話し始めた。
 米窪さんは今日、奥さんが来院して病院側と退院についての面談を行っていた。本人としては今月中の退院を希望していたが、奥さんとしては「退院はまだ早いのでは」という要望だったそうだ。やはりダンナの再飲酒が不安なのだろう。それだけ家族の信頼を失っているという現実と、早く退院して1日も早く失ったものを取り戻したいという思い。だけど、断酒はしたいが完璧な自信はないという葛藤。それらが絡み合って複雑なジレンマを抱えているようだった。
 米窪さんの退院は、来月半ばの予定だという。


 AAから戻ってシャワーを浴びたあと、遅い夕食を摂った。すっかり冷めた餃子は入院初日と同じく固かった。だけど、AAのミーティングの最中も、僕のお腹は鳴っていた。もちろん今日も完食した。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。



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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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