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2015-01-29 21:06 | カテゴリ:ミーティング
(※5度目のスリップから7日目)
 朝のラジオ体操は、山形さんとふたりだけになってしまった。福井さんは昨日から外泊らしい。あれだけよく喋っていた福井さんが、最近元気がない。いつも米窪さんを訪ねて53号室にやって来るうえ、外泊なんかするときは必ず知らせに来るだろうに、今回は米窪さんも聞いていないという。もちろんいちいち報告する義務なんかないのだからそれをどうこう言っても仕方がないのだが、普段が普段なだけにやや気にかかるところだ。体調を崩した直後に比べると、咳は比較的治まったようだが、依然として状態は良くないようだ。
「酒やめて、いろんなとご悪ィのが目立ってきだんだろ」
 と、よく分からないことを言って自分で納得していたが、いちおう内科の診察は受けているようだ。米窪さんが言うには、いつだったか、福井さんのあまりの騒々しさに、なんとあの穏やかな中山さんが叱りつけたことがあったという。元気がないのはそれも関係しているのでは、とのことだ。
 いっぽう中山さんは中山さんで、福井さんがすっかり口を利いてくれなくなったと気に病んでいるらしい。ここにいるのは、何だか不器用な人たちばかりだ。

 朝の瞑想の際、セカンドミーティング以降に使用するテキストが新しくなったため、今日のミーティングまでに再購入する旨のお願いが周知された。1部100円。以前にも周知されてはいたが、既にあるテキストと内容がほとんど変わっていないという話は患者の間でとっくに広まっていて、サードミーティングをあと1回残しただけの人などから一部不満の声があがっていた。新しいテキストを既に購入した米窪さんから見せて貰ったが、なるほど確かに大きくは変わっていない。言い回しの順序などが微妙に異なっている。強制的に再購入させられるというのは少し納得いかなかったが、ごねても仕方がないので僕は素直に従うことにした。


 瞑想タイムが終わって全員が席を立とうとしたとき、和代さんが「ちょっといいですか」と手を挙げた。
「私、鬱で入院していましたが、今日の午後から3階の病棟へ移ることになりました。1ヶ月半の間でしたが、皆さんお世話になりました」
 ぱらぱらと、まばらに拍手が起こった。退院の挨拶の場合、ここで拍手が起こるのは普通だが、こういう場合拍手が妥当なのか分からない。僕を含めて患者のほとんど全員が、和代さんが今日から3階へ移ることも、なぜ移るのか概ねの理由も知っていた。

 5ーB病棟で唯一の女子部屋の55号室に新しく入院した、60代半ばくらいの女性の行動が、和代さんを激怒させた。
「だからね、私言ってやったのよ。夜遅いし寝てる人もいるんだし、何やってんのか知らないけど、そんなに引き出しガチャガチャやってたら周りに迷惑でしょって。常識がないの」
 要するに病室での、特に深夜の騒音へのクレームだ。
「あれ、絶対軽いボケ入ってるから。何回同じこと言っても分かんないんだもの。詰所にも言ってんのよ、あの人認知症だから別の病棟に移してくださいって。そうでないとみんながもう、イライラでとてもやってけないから。ホントにあのババア ――」
 喫煙室でもデイルームでも廊下でも、会う人会う人に大声で触れ回っている。ベッドにいても声が届くほどだ。

 以前、既に退院した清水さんが朝から詰所に怒鳴りこんだことがあった。入院したばかりの竹内さんの、深夜にベッドでお菓子を食べる音に腹を立てた件だ。
 後で分かったことだが、摂食障害の竹内さんは3食をほとんど摂ることができず、夜、自分のベッドで『カロリーメイト』を食べていたそうだ。隣人を寝かせないほどの『カロリーメイト』の咀嚼音というのは、僕にはちょっと想像がつかない。果たして詰所に怒鳴りこむほどのことなのだろうか。
 乱暴な言いかたになるが、要するにこれは病気が原因なのだ。ここは精神科の病棟で、依存症と合わせて様々な心の病気を抱えた人が入院している。摂食障害の竹内さんも、物音に過敏で精神的に不安定な清水さんも、そうした患者の一人なのだ。


 和代さんが迷惑しているのは事実だろうけれど、「ボケ」「あの人は認知症」などと吹聴してまわるのは、それが事実かどうかに関係なく僕にはとても不愉快だし、正常な神経とは思えない。それともそんなふうに思うのは、若年性認知症で倒れた母が身近にいる僕だけなのだろうか。
 ただ、この女性の行動について和代さんの指摘は間違いではないようで、同じ病室の患者も和代さんほど騒いではいないが同様の証言をしているし、僕も実際、深夜に彼女が裸足のままふらふらとトイレへ向かうのを目撃した。中山さんが洗濯用に置いておいた洗剤だか柔軟剤だかを、「これは娘が私に買ったもの」と思い込んで勝手に持ち去ってしまい、ちょっとした盗難騒ぎになったこともある。
 もっともこのときも、いちばん騒ぎ立てたのは被害に遭った中山さんではなく和代さんで、僕にはその、気に入らない出来事や相手について、あちこちで喧伝する和代さんもまた、鬱病からくる何かしらの心の病気なんじゃないかと思っている。

 和代さんがいくら主張しようが、患者の入院する病棟を和代さんが決める権限はない。病院側はもう少し様子を見ようとしていたようだ。思い通りにいかないことに業を煮やしたのか、今度は和代さん自ら「私が3階病棟へ行く」と言いだした。
 3階は鬱病患者の病棟で、今さら言うまでもないがこの5ー2病棟は依存症患者の病棟だ。最初は「みんながやっていけない」と病室を代表するような主張をしていたのに、最後は自分だけよそへ移るというのも、ブレている。
 いずれにしても、和代さんは希望通り3階へ移ることになった。5ー2病棟で受けているARPは引き続き参加するという。そして今回の騒動の発端となった女性も、近いうちに適切な専門病棟へ移ると思われる。


 午前10時からのセカンドミーティングは、患者だけで15名の大人数となった。テキストが変わったとはいえ、大まかな内容に変わりはない。今日は最初のチャプターに戻り、第①回『依存症とは』がタイトルだ。
 はじめに、アルコール依存症のセルフチェックとして4項目の質問が挙げられている。
 ①今までに、飲酒を減らさなければいけないと思ったことはあるか?
 ②今までに、飲酒を批判されて腹が立ったことはあるか?
 ③今までに、飲酒に後ろめたい気持ちや罪悪感を持ったことがあるか?
 ④今までに、朝酒や迎え酒を飲んだことがあるか?

 このうち2項目以上に当てはまる場合は要注意ということになるそうだ。今さら確認する必要もないと思うが、僕は②以外はすべて当てはまったので要注意に該当する。
 ちなみにこのときただひとり「ひとつも当てはまらない」と回答したのは和代さんだった。
 僕は正直、この人はアルコール依存症ではないのではないかと思い始めている。「入院依存症」とか「鬱病」は彼女の口から何度も聞いているが、本人が自分でアルコール依存症を認めたような発言を聞いたことがない。信頼する院長が主治医で、入院させて貰えるならもともとどこの病棟でもよかったのではないだろうか。実際、今朝の瞑想でも自分で「鬱病で入院してました」と言っている。
 そんな和代さんに、ミーティングを担当する田村心理士も少し戸惑ったようだったが、「当てはまるから依存症、当てはまらないから依存症じゃない、とただちに決める性質のものではありません」と当たり前のフォローをしていた。
 いずれにしても、この病棟に入院している以上、患者はみんな何かしらの「依存症」であるべきはずで、ここはそのための病棟なのだ。それならそれで、3階の鬱病専門病棟へ移るのは、和代さんにとってもプラスなのだと思い、ちょっと安心な気もするのだ。

 テキストはそのまま、依存症の特徴、アディクション(嗜癖)の種類などについて解説し、依存から脱け出せないメカニズムを竜巻に例えて簡単に説明している。小さな渦から上へと大きく渦を巻いていくというものだ。
 最後に『飲酒についての今の気持ち』と題して、
 ①断酒をする
 ②飲みたい気持ちがある
 ③やめる気持ちがある
 の3つの設問に、0から 100の間で点数をつけて書き込んでいく。
 僕は、自分の中のどこかでまだ節酒でいけるのではという思いがあるため、①については35点とした。②については、飲みたい気持ちというのは些細なことですぐ増減するだろうから不安定要素だけれども、今この瞬間は平穏なため3点。断酒の自信がなく自分で自分を信じられないという理由で設問③を1点とした。

 セカンドミーティングは、田村心理士が全員の回答を聴いてまわったところで時間となり終了した。垂れ流しというのか、いつも何か消化不良な後味の悪さで終わるのがこのミーティングだ。ただ今回は、植中さんの回答が僕の心に引っかかった。
 植中さんは、①を 100点、②と③についてはどちらも50点としたが、僕が気になったのは①と②の理由だ。
 ①について植中さんは、「だって、節酒できて済むなら俺たち依存症じゃないよね?」と明快に答えた。確かにそうだ。僕は自分で依存症と認めている。それなのに節酒で済ませられる可能性を考えているのは、矛盾しているということだ。
 ②については「そりゃあ、全くないって言ったら嘘でしょう」と笑って流していたが、僕には強く引っかかるものがあった。これまで5度のスリップをした僕だが、ひとりで公園で飲んだ2度目以降については、特に強い飲酒願望があったわけではないと思う。ただ、結果としてスリップした事実は否定しようがない。そしてまた、今日この時点では②の設問に対してわずか3点と、一見余裕に飲酒願望を否定している。
 ―― ひょっとして僕は、自分の飲酒願望に気づいてないんじゃないのか?
 そんな疑問が初めて湧き起こった。

 来週から、いよいよサードミーティングだ。


 今日の午後から夕食後の院内AAまでは、することがない。今週は第3週で料理もお休みのため、打ち合わせもない。病室の僕のベッドへ沼畑師長が訪ねて来た。「私、あんまり深く考えないから」と言う師長だが、スリップのことで心配してくれているのだろう。
「私たち看護師が、サトウさんの回復のお手伝いとして出来ることは何ですか?」
「看護師さんや病院スタッフの方には感謝してます」
 答えになっていないが、正直な気持ちだ。
「僕は今、より患者らしくなろうとしてるんですけど、どうですか?」
 話題を変えて、自分の顔を指した。僕は入院以来、髪は伸ばし放題、髭もずいぶん剃っておらず、もともと貧相な顔がさらにみすぼらしくなっているのだ。
「私、髭嫌ーい。ロンゲも。あ、でもキムタクは好き」
「それ、人によるってことでしょ」
「ほかにも患者さんでいるんだよねー。退院まで髭剃らない人。『キモっ』て言ってやったけど」
 いつもの師長の感じになってきた。
「今度のことは、ホントにすみませんでした。もうスリップはしません」
 そう約束した。自分のためにも公言してみた。
「信じてるから。でも、飲みたくなるモヤモヤがあるわけだから、もし次にそういう気持ちの浮き沈みがあったら、私たちにモヤモヤを話して欲しいな」
「でも、ホントにしょうもないことかもしれないですよ」
「うん、『しょうもない』って言っちゃうかもね」
 そう言って笑った。
「でも、そういうことでも話してもらえれば、もっとサトウさんを理解できるかもしれないから」
 やっぱり僕は、なかなか面倒な患者のようだ。
「あ、お箸、ちゃんと洗えてますよ」
「そうだね。いちおうちゃんとできてるな、って見てました。あと、カーテンも」
 カーテンは開けてある。子供みたいだが、ちゃんと見てくれているということが嬉しかった。
「今日はサトウさんと話せて良かった。今日こそ話しに来ようって思っても、なかなか時間が合わなくて」
「忙しいのにすみません」
「時間の管理がなってないだけです。私ずぼらだから」
「そんなずぼらな師長にまで、いろいろ心配かけちゃって」
「また話しに来ますね。でも、私たちも待ってるから」
「来るのは大歓迎です。行くのは…努力します」

 僕の中の闇を、話していかないと前へ進めないのかもしれない。直接解決にならなくても、聴いてもらうことで少しでも前進できるなら、『しょうもない』って思われたって構わないはずだ。
 夕食後にシャワーを浴び、髭を剃った。


 今日の院内AAは、女性グループの『オリーブ』から2名来られた。ひとりは既に2度話を聞いた、あの東北出身の女性だ。今日は最近入院した患者を中心に、全員で14人の盛況ぶりだった。3階病棟からも女性患者が1名、外来の男性患者も1名参加していた。僕は5度にわたるスリップについて、告白した。
 ミーティング終了後、勝瀬さんから「えれぇこと告白したな。俺はそこまで聴いてなかったぞ」と言われた。

 院外AAでも正直に話すことで、僕の禊ぎを済ますことができるかもしれない。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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