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2014-09-02 16:44 | カテゴリ:ミーティング
(※5度目のスリップから6日目)
 入院から2ヶ月目の朝は、ラジオ体操から始まった。
 朝の瞑想は、たまたまデイルームの席に座ったあの日からずっと同じ席に着いて参加している。瞑想の際にデイルームへ入れず、廊下に丸椅子を置いて参加していた頃と何が変わったかといえば、別に何も変わってはいない。ただ、2ヶ月前にはあんなに不安で仕方がなかったもののひとつが、今はなんの抵抗もなくなったというだけだ。
 先週のカウンセリング以降、ベッドのカーテンも極力開けている。心配したほど不安が増すわけでもなかったが、かといって都合よく何かがふっ切れたわけでもない。こちらも特別なことは何もない。カーテンを開けたほうがベッド周りがはるかに涼しいことに気づいたくらいのものだ。


 朝9時から、月1回の部屋ミーティングが行われた。僕は先月に続いて2回目の参加となる。昨日から、康平くんの退院後ずっと空いていたベッドに新しい患者が入り、53号室は再び満床になった。
 新しく入院した浅尾さんは50代後半の男性で、心臓の疾患でこの街から 200㎞も離れた地元の病院で治療していたが、退院して以降、飲酒の際に記憶をなくす『ブラックアウト』の症状が目立つようになったため、家族の強い勧めで妹さんが暮らすこの街の、柏ノ丘病院に入院して来た。1ヶ月の短期入院の予定で、本人に依存症の自覚はまったくない。初めての精神科入院に、明らかに戸惑っている様子だった。6階の病棟から移って来た丹羽看護師が最初に担当する患者となった。
 心臓疾患で一時心肺停止になったという浅尾さんは、ICD(植込み型除細動器)という装置を体内につけているそうだ。ペースメーカーによく似たものだが、電極を心臓に取り付けて本体とつなぎ、不整脈など心臓の異常が起こった際に電気ショックを与えて突然死を防ぐという、自動のAEDのような働きをするのだそうだ。
 電磁波の影響を受けるため、携帯電話は心臓から20~30㎝くらいは離して使わなければいけないのだという。そのため通話は心臓から遠い右耳のみでしか使えず、不便も多いと教えてくれた。ちなみにペースメーカーに比べてICDの普及率はまだまだ低く、主治医となった院長も「ICDってなんですか?」と、専門外とはいえその存在すら知らなかったらしい。保険が利いて手術費用込みで10万円ほどだったそうだが、実費負担だと浅尾さんいわく「車が1台買える程度」とのことだ。
 声が大きく、ハキハキした物言いをするがとても礼儀正しく腰の低い浅尾さんは、20歳ほど年の離れた僕にも敬語を絶やさず、それでいて話好きだ。失礼な言いかただが、ともすれば親子でもおかしくない年齢差の浅尾さんに、僕が親しみを覚えて打ち解けるのに時間はかからなかった。

 部屋ミーティングでは、掛川看護師の進行でそれぞれの近況報告をひとりずつしたあと、テーマを募った。掛川看護師の、
「先日、長いことやっている弓道の段位取得審査に挑みましたが、あえなく玉砕しました」
 という近況報告を受けて、僕は同室のみんなが若い頃やっていた、あるいは現在もやっているスポーツについて知りたくなり、それを提案した。
 今日こそはレクでミニバレーに参加したいと思い、何か関連のある質問をしたかったこともある。ただ、53号室では38歳の僕がいちばん若い。僕のほかは米窪さんを除く全員が50代以上で、アルコールの影響で何かしらの疾患を抱えている人ばかりだ。でも、そんな人たちが若い頃、まだお酒に蝕まれる前にどんなことに打ち込んでいたのか純粋に知りたくなったのだ。
 還暦間近の黒部さんは、雪の多い小さな町の出身で、子供の頃からスキーが冬の生活手段に欠かせなかったという。また、昔は馬を飼うのが当たり前とかで、鞍なしの馬でも平気で乗っていたそうだ。この人はなかなかの話好きで、喋りだすと長い。実に楽しそうに話す割にはその内容が「もうダメだよー」「やってらんねえよー」と投げやりで、そのギャップが僕のツボだ。
 明日53歳の誕生日だという勝瀬さんは、中学の頃に野球部だったが、すぐに辞めて吹奏楽部に入り『ユーフォニウム』とかいう、聞いたこともなければ想像もつかない元素記号のような名前の管楽器を吹いていたという。
 浅尾さんは現在、激しい運動は当たり前だが止められている。でもかつてはアイスホッケーの選手として長く活躍したそうだ。そのため選手どうしの衝突や、パックやスティックを顔に当てて歯を折ったことは数知れず、今の歯はすべて差し歯かブリッジなのだそうだ。
 小柄だが体格のがっちりした平嶋さんは、高校時代はサッカー部だったが、女の子に海へデートに誘われ練習をサボったことがきっかけで、辞めてしまったそうだ。
 糖尿病と16年来の付き合いがある周さんには、子供の頃に野球やアイススケートで遊んだ思い出があるという。掛川看護師の「健康を取り戻したら何をやりたいですか?」という問いに、
「思いきり、野球がしたいネ」
 と笑顔で答えていた。ちなみにスケートのほうは、数年前に娘さんとリンクへ行って挑戦する機会があったが、立ち上がることすらできなかったらしい。
 高津さんは、早くからお酒や覚醒剤に走って少年院で長く過ごし、スポーツにうち込んだことはなかったそうだが、学生時代のわずかな一時期、柔道をやったという。
「あんときもっと柔道を真剣にやっとったら、オレの人生変わっとっちゃったろねえ」
 と、なんだかしみじみ呟いたのが印象的だった。
 米窪さんは子供の頃から、コーチをしていた父親の厳命でラグビーに打ち込み、大人になってからも実業団で続けていたが、ケガがもとで辞めてしまったそうだ。
 いっぽう僕はというと、小さいときから人と競うことが苦手で、それがスポーツにも勉強にも、大人になってからの仕事にも通じている。どちらかというと、自分のためにひとりでコツコツやるのが好きだった。小学1年のとき、東北の小さな海辺の町へ転校し、そこで友達をつくるため必死に泳ぎを覚えたこと、その後この街に戻って中学を過ごし、やがてスキー場の麓にある高校へ進んだが、そこでは後輩の女の子にモテたい一心で、足の爪がはがれるまでスキー場へ通い、ひとりで練習した思い出を話した。
 あとはまあ、団体競技が苦手なくせに、芝居にのめり込んだこと。これもスポーツといえば似たようなものだ。
 また、掛川看護師は元はバスケット部だったそうだ。弓道を始めたのは「肩こりを治したいから」だったという。弓が肩こりに効くとはもちろん初耳だが、掛川さんの肩こりは今ではすっかり解消したそうだ。
 丹羽看護師はテニスや卓球なんかを広く浅く、前上看護師は元体操部だったそうだ。
 マイケル・ジョーダンに憧れた牛本主任は、バスケットではなくなぜかサッカー部だったという。自転車が趣味だとは以前聞いたが、現在は糖尿でやはり激しい運動は止められている。
 みんなの話を聞いて、スポーツに限らずお酒以外に打ち込めるものを改めて見つける、というより積極的に見つめていくことが必要だと思った。なんとなく、午後のレクでのミニバレーに勇気が湧いてきた。

 話題が少しずれてきた。黒部さんの子供時代、車を崖から落としたというとんでもない悪さの話になり、誰かの無免許での話、飲酒運転の話へと変わり、完全に車の話題になった。僕は車の話が苦手だ。ほとんど苦痛といってもいい。免許を持っていないコンプレックスなのだろうが、話について行けない。
 車好きの高津さんが勢いよく喋りだす。看護師さんに車の絵を描いてプレゼントしている米窪さんも話を合わせる。車の話題になると、途端にみんな生き生きし始めたようにように見え、僕はひとり取り残された気持ちになる。
「みんな、誰でも車で失敗したことはあるっちゃね」と、高津さんが言う。
 ―― 俺は別にないよ。
「じゃあ、この中で飲酒運転したことのある人?」掛川看護師が訊く。
 ―― 俺はないって。免許ないんだから。飲酒運転は犯罪だぞ。
 僕は、僕のついていけない話、聞きたくない話には耳を閉ざす。そして、その話題が終わるのをじっと待つ間、僕の中の闇を膨らませていく。
 ―― 車の運転ができることを前提で話をするなよ。そうか、運転すらできない俺がつまらない奴なのか。ハローワークでも「免許がなければ仕事なんかない」って言われたっけ。俺にはそれだけ価値がないんだ。

 気がつくと、部屋ミーティングは終わっていた。僕はたちまち不安になり、牛本主任に頼んでジアゼパムを1錠貰って飲み、開けていたベッドのカーテンを閉めた。


 それでも午後のレクでは、少し遅れてだが、実家から持って来たスニーカーを手に体育館へ向かった。既に4人対4人のミニバレーで、大田看護師と一宮OTが交代でひとり分を埋めている。
 いつもと違い、今日はエアロバイクをスルーしてバレーコート付近へ進み、ストレッチをして準備をするが、声がかからない。
 自分から「入れて」と言えない。転校初日の小学生みたいだ。自分から動けない。いつもはあれだけ誘われた、その声がかかるのを待っている。結局、空いていた1台のエアロバイクのところへ行ってまたがり、ほとんど負荷がかかっていない状態で17分ほど、10㎞を走った。そのあと、またバレーコート付近で入念なストレッチ。レク終了の時間が近づいてきた。声はかからない。あまりの格好悪さに情けなくなってきた。
 こうして僕なりの「挑戦」は、見事に空回りした。


 レク終了後、友人から電話があり、外出禁止にも関わらず3階玄関から外へ出た。病院バス乗り場の横には喫煙所があるうえ、携帯の電波状況も病棟内よりいいからだ。外は小雨が降っていたが、この喫煙所はバラックになっている。
 友人からの電話はすぐに終わったが、ここで久しぶりに丸谷さんと康平くんに会った。少し遅れてカナちゃんも喫煙所に入って来た。3人ともマトリックス(薬物依存症患者の外来治療プログラム)の帰りで、退院以来となる。丸谷さんの前歯が1本なくなっているのに驚いたが、これは単に折れたか欠けたか抜けたかしたそうで、クスリとは関係ないそうだ。とりあえず、ホッとした。
 康平くんは「今は完全にクスリと縁切ってます」ときっぱり言っていた。
 ふたりは元気そうで、音楽をやろう、仕事を探そうと何やら盛り上がっていたが、カナちゃんは鬱状態で悩んでいるという。これまで担当だった森岡先生が病気になって以降、外来に来ても担当医が毎回変わるため、新しく信頼関係がつくれずストレスにもなっているそうだ。
 僕の主治医でもあった森岡先生には申し訳ないが、僕の場合は正直、渡辺先生に代わって良かったという思いが強い。その一方で、これまで頼りにしてきた主治医がいなくなったことで困っている患者もいるのだ。

「入院してるときと同じような生活をしてます」
「どういうこと?」
「起きる時間とか、ごはんの時間とか、寝る時間とか」
「仕事は?」
「今はしてないです」
「ごはんはちゃんと食べれてるの?」
「はい。食べるようにしてます」
「そっか…」
 それだけだった。僕にはこれ以上、かけられる言葉が何もない。

 ベッドに戻ったら、カーテンを開けよう。なるべくだけど。
 ミニバレーは木曜にリベンジだ。できたらだけど。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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