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2014-08-18 18:38 | カテゴリ:スリップ
(※5度目のスリップから5日目)
 久しぶりに朝のラジオ体操に参加した。僕のほかは福井さんと山形さんのふたりだけだ。最後の「よいしょー!」も、やっぱりやらなくなっていた。

 朝の申し送りのあと、日勤の牛本主任が僕のところへやって来た。外泊の結果は既に知っているはずだが、直接僕から感想を訊こうと真っ先に来てくれたのだろう。担当看護師としても、看護師主任としても、気を揉んでいたに違いない。
「お父さんは飲んでましたか?」
「飲んでましたけど、僕はそれで良かったと思います。外泊の日だけ飲まない、なんて特別なことされても意味ないですから」
 僕は僕の思った通りに答えた。牛本主任はホッとしているようだった。でも、今日はこれから大事な申告をしなければならない。
「主任。そのことはいいんですけど、ちょっと話があるんで、あとで時間貰えませんか?」
「え? あ、はい。今でも構わないですが…」
「午前中は買い物に行くんで、午後の学習会の前でもいいですか?」

 買い物に行くのは本当で、スリップの告白を午後にしようと思ったのは、外出制限をされる可能性があるからだ。どれだけの期間外出禁止になるかは分からないが、洗剤やら歯ブラシやら、どうしても今のうちに買っておかなければならないものがあるので、こういう算段になる。
 うっすらと雨の降るなか、11時半の病院バスで買い物に出かけた。薬局で洗剤と替え歯ブラシを、スーパー柏ノ丘店では1本45円の缶コーヒーを6本買い込んだ。

 夏祭りの期間ということで、今日の昼食は赤飯となぜか筑前煮だった。不自然なくらい幸福そうな笑顔で神輿を担ぐ男性のイラストが書かれた名刺大のカード、というかただの紙切れがトレーに載っているのは、こどもの日のときの昼食と同じだ。そういえば、あのときあとから食べようと冷凍しておいたデザートはアイスではなく、何やらゼリーのようなお菓子だった。僕はそれをずいぶん経ってから食べたのだが、凍らせたのが悪かったのかすぐに食べなかったのが悪かったのか、それともその両方だからなのか、何かが分離していて美味しくなかった。
 とにかく僕はまた、ベッドの枕元のパイプにその紙切れを貼りつけた。


 昼食後、毎週月曜のシーツ交換で病室を追い出されている間、牛本主任がやって来て、一緒にミーティングルームへ入った。僕はそこで、あらかじめメモしておいたスリップの詳細を主任に申告した。

② 6/4 昼食後 缶酎ハイ 350ml ×2本
③ 6/7 昼食後  〃   500ml ×2本
④ 6/10 夕食時  〃   500ml ×1本
⑤ 6/11 昼食後  〃   500ml ×2本

 いずれも2時間散歩の届けを出して外出、コンビニで酎ハイを買って公園で飲んだ。10日の「夕食時」というのは、空腹状態で飲みたいがために、先に食事トレーだけ自分のベッドサイドのテーブルに置いておき、外出から戻ったあとに病室へ直行して食事をするという周到ぶりだ。
 スリップの間隔は短くなっていて、散歩の時間に2時間という制約がなければ酒量が増えていくのは間違いない。いずれ1日外出で飲みだすことにならないとも限らない。ここで歯止めをかけなければ、僕は同じことを繰り返し、スリップはエスカレートしていくだろう。それに、例えこのまま隠れてスリップを続けることができたとしても、それで1クールが終わり、退院して何になるのか。回復なんてしていないし、3ヶ月の入院の意味などなかったことになる。このまま自分の中だけに収めておいては後ろめたさだけが残り、これ以上AAには通えなくなる。
 AAのミーティングでも、このことは告白しなければならない。ただそれなら、先に病院に言うのが筋だ。外泊取り消しになるのが嫌だから申告を遅らせたのはずるいとは思うが、でもおかげで外泊を飲まずに乗り切ることができた。言い換えれば、スリップのことを誠意を持って告白するには、この外泊で飲まなかったことが絶対的な条件になるのだ。

「なんというかアレですね…やりやがったな」
 牛本主任はこわばりながらも、笑うしかないという感じで笑った。とりあえず、今日と明日の外出禁止。当然今夜の西町教会でのAA参加も認められない。明後日以降も、僕の外出を送り出す看護師さんの目は厳しくなりそうだが、それは自業自得だ。


 午後2時からの学習会は『② ビデオ(1:アルコール依存症からの回復/2:酒なし生活術)』というタイトル通り、2本のVHSビデオを垂れ流しで観せられた。高津さんいわく、
「15年くらい前に見たのとおんなじやな」
 確かに古いビデオで、当時の厚生省が製作したものらしい。主人公の男性がアルコール依存症の回復のために入院するドラマ仕立てだが、登場するのは鉄格子のついた閉鎖病棟で、刑務所の独居房そのままだった。
 この病院の5ーB病棟とはずいぶん違う。柏ノ丘病院が開放的なだけで、ほかの病院はみんなあんな感じなのだろうか。それともちょっと前まではみんなあんな感じで、今は違うのだろうか。さすがに今はあんな露骨な閉鎖病棟はないような気がするが、本当のところは分からない。
 とにかく僕は、最後まで寝ずにビデオを観ることができた。


 病室へ戻ると間もなく、牛本主任が慌ただしくやって来た。渡辺先生が呼んでいるという。急遽診察室でドクターとの面談が行われ、僕はなぜ一連のスリップを申告したかを再度話した。
 先生は「正直ですね」とは言いながらも、
「厳しいことを言うようですが、ぐすっ、もしまた飲酒するようなことがあれば、病院にいてもらっても困る、ということになりますよ、ぐす」
 と厳重注意をくれた。治療の意思なし、と受け取られて当然ということだ。牛本主任からも、同じことを言われた。
 渡辺先生は「あまり薬に頼ってほしくはないのですが…」と前置きしたうえで、『飲酒欲求を抑える』なんとかという薬の名を挙げた。僕も聞いたことのある薬で、以前ほかの薬と併用したことのある町坂さんが、
「酒どころか何もする気がなくなって、死にたくなった」
 と言っていた。僕はいちおう、
「その薬のことかどうか分かりませんが、ほかに何もする気がなくなるって話を聞いたんですが…」
 と、恐る恐る訊いてみた。いよいよ最後の手段な感じがした。先生は、ドーパミンがどうのと少し難しい説明をしてくれたあと、
「眠気が起こる、というのはあると思います。ぐす、あと、僕が処方した患者さんの中では、ず、頭痛や下痢を伴った例が若干ありましたが、ぐす、鬱を引き起こした例はありませんでした」
 と見解を示した。眠気。それも厄介だ。
「とりあえず、現状は今のままでいかせてください」
 僕はそう希望を伝えた。そのままつい、
「自分では、そんなに飲酒欲求があったとは思えないんですが…」
 と、余計なことを言ってしまった。先生は「あ、これ説明まだでしたね」と誰に確認するでもなく、慣れた手つきでメモ用紙に簡単な人間の頭の絵を描き、脳が3層になっていることを説明し始めた。

「脳幹の部分つまり、の、脳のいちばん核になるところが、ぐす、呼吸をするといった、生きるための最低限の機能を司る『植物脳』です。い、いわゆる植物状態というのは、ぐす、この植物脳しか働いていないということになります。ぐす、その周りを覆うのが『動物脳』です。食べ物があったら食べる、メスを見たら手をつけるといった、ど、動物としての本能を司っているところで、ぐす、ネズミが特に発達しているといわれています。さ、最後にそれを覆ういちばん大きな脳、これは人間特有のもので、これが理性として動物脳をある程度抑制します。ぐすっ。だから食べ物を見てもお金を払わず勝手には食べない、といった行動ができるんです。でも依存症の離脱状態になると、アタマでは飲んではいけないのに、ほ、本能がお酒を要求してくるんです。サトウさんは、そ、その葛藤と闘っている状態にあるんだと思います。ぐす」

 学習会のビデオに出てきた、ドストエフスキーの言葉だ。
 ――神と悪魔が闘っている。そして、その戦場こそは人間の心なのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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