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2014-08-08 11:44 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※5度目のスリップ翌日)
 昨日の消灯後、喫煙室でひとりタバコを吸っていると、勝瀬さんが入って来た。僕は最初のスリップ以降、2時間散歩で外出してさらに4回お酒を飲んだことを話した。
「2回目からは、飲むことを目的に外出してます。間隔も短くなって、昨日も今日も飲みました」
 僕の唐突な告白に、勝瀬さんは一瞬驚いたような顔をしたが、「そうか…」とだけ言って頷き、それ以上あれこれ訊かれることはなかった。病室にいた米窪さんが、
「声が大きい。全部聞こえてる」
 と注意しに来てくれたので、この話はこれで終わった。土曜の外泊で、飲まずにちゃんと戻って来られたなら、これまでのスリップのことも看護師さんにすべて話すつもりだ。いま喋ってしまうと、週末の外泊を取り消される可能性が高い。ずるいやりかただとは思うけれど、この週末の実家への外泊を成功体験にしたい。1週間も先延ばしにしたくないのだ。僕の中で、ほとんど「飲むつもり」だった外泊という行為のありようが、何か大きく変化していた。
 それにしても、何のための1ヶ月半だったのか。今さら飲酒した後悔が押し寄せる。


 今日午前の回診で、渡辺先生から具合を尋ねられた僕は、不安、無気力、孤独感、苛立ちなどがあると正直に答えた。
「さ、サッカーは、ぐすっ、どうですか? あの、いよいよですが?」
「…興味湧かないですね」
 ワールドカップのブラジル大会は、日本時間で今日の深夜が開会式だが、この時点ではそんなことなど頭になかった。
「し、心理検査の結果も、は、拝見しました。検査結果は、あの、あくまで参考ですが、ぐすっ、やはり鬱傾向が強いようです。サトウさんのお話も合わせると、ぐすっ、少し心配ですね」
「週末に実家に外泊するので、不安なんだと思います」
 僕はそう答えた。診察室で先生のアシスタントについているのは葉山看護師だ。一昨日、小里看護師に「飲むかもしれない」と告白したことがどこまで伝わっているのか分からないが、渡辺先生は「そうですか…」とカルテに細かく書き込みをしながら言い、僕に向き直って、
「お勧めの薬があるんです」
 と、いきなり新しい提案をした。
「エビリファイという錠剤なんですが、ぐすっ、少量なら抑鬱の気分状態を、ひ、引き上げてくれる効果もありますし、ね、眠くなったりも、ぐすっ、しません。実は僕も使ってるんですよ」
「え?」
 先生自ら服用していると聞いて、思わず訊き返した。
「僕は、あの、チック症という、ぐすっ、症状があるんですが、こ、これを飲むと落ち着くんです」
 先生はそう言って説明してくれた。あまり落ち着いているようには見えないが、僕自身が試してみないことには始まらない。お願いします、と即答した。
「では1日1回、朝食後に3㎎出しますから、ぐすっ、い、一緒に飲みましょう」
 最後の誘い文句が何か変だが、とにかく僕は新しい薬を飲むことになった。毎朝1錠ということだが、早速今日から試したいという僕の希望を受けて、今日については昼食後の服用が許可された。必要なときに飲む頓服薬としてのジアゼパムは、これまで通り1日3錠までなら、院外の自助グループへ出かけるときなどに飲んで構わないということになった。
 回診後、丹羽看護師から8日分のエビリファイをまとめて渡された。朝食後に詰所へ行って貰うのではなく、自分で管理して服用するようにとのことだ。なぜそういうことになったのかは知らないが、とにかくそういう指示だった。


 午前10時半からのレクでは、今日もひたすらエアロバイクを漕いだ。負荷のあまりかからない台で、15㎞を30分で走った。
 ミニバレーは4人対4人で行われていたが、ゲーム途中で草刈さんがほかの患者と接触してアゴを切るアクシデントがあり、ちょっとした騒ぎになった。急遽草刈さんのアゴを縫ったのは院長らしい。精神科の専門医でもさすがに傷を縫うくらいはできるんだなと感心したが、泥酔して暴れる血だらけの患者を診るのはよくあることなんじゃないの、と誰かが言っていた。
 草刈さんとぶつかった相手の患者も頭を打ち、バレーはそのまま撤収となった。バレー組が解散してしまったので、レク終了の際にはエアロバイクをしていた僕や中山さん、卓球をしていた勝瀬さんや、様子を見に来た沼畑師長とで、モップがけなど体育館の掃除をした。いつも早めに体育館を出てシャワーを浴びるので、モップがけをするのは初めてだ。師長はいつもの師長らしく、
「あ、もうそんな感じでいいよー」
 と、適当だった。


 昼食後にエビリファイを飲み、明日の料理の買い物に出かけた。雨はほとんど降っていなかったが、いつ本降りになってもおかしくない空模様だったので、行きも帰りも病院バスでの移動となった。買い出し班は僕のほか、料理リーダーの洋子さん、中山さん、中山さんについている実習の学生さんの4人だ。八宝菜の材料と浅漬け用のキュウリ、デザートの杏仁豆腐の材料など、占めて税込み3,211円。11人分で予算3,300円なので、今回も金額はジャストだったが、明日はどんなものが出来上がるか。
 というより、僕がどう関われるか。


 午後3時からのSSTは、牛本主任と一宮OTを含めて13人で行われた。マジックテープのついたピンポン玉を的に当てて点数を競うゲームから始まり、いつもの、重い、結論の出ないミーティングへ続いていく。自然と『淋しさを感じるとき』というテーマになったが、僕は特に発言しなかった。主任から話を振られても「まあ、いろいろです」とだけしか答えなかった。
 SSTは僕が期待していたコミュニケーションのトレーニングとは違い、なんだか行き当たりばったりで少し無理やりなミーティングになっている気がする。議論も発展しないので、これまでも消化不良で終わっていた。先週も思ったのだが、いつまでもこんな感じなら、参加する必要はないかもしれない。
 初めて飲んだエビリファイのせいなのか、料理の買い物のときからずっと眠気に襲われていたこともあって、人の話をちゃんと聴く余裕もなかった。先生は「眠くならない」と言っていたのに、どういうわけだろう。あとで葉山看護師にそれとなく訊いたところ、
「やっぱり初めてのお薬は、どうしても眠くなってしまうこともあるかもしれないかも…」
 と、煮え切らない説明だった。
 午後4時少し前にSSTを抜けて、喫煙室でタバコを吸いながら田村心理士を待った。いつものように白衣の前ボタンをきっちり止めた彼女が迎えに来て、3階の心理面接室でカウンセリングが始まった。


 僕がお酒に依存するのはなぜか。どうして僕はお酒を飲むのか?
 心理検査の結果にもあるように、自分への不確実感、自信のなさが根底にあり、それが集団との関わりへの強い不安に変わり、現実逃避の手段としてお酒に頼ってしまう。自分が傷つきたくないために失敗を怖がり、他人にどう思われるか顔色を伺い、行動する前に考え込んでしまい、自分から積極的になることに躊躇するのだ。
 僕は自分に自信がない。この歳まで、自立した生活が何ひとつできず、両親はじめ周囲の人々に頼りっ放しで、ただお酒と芝居に明け暮れていただけだ。その間に祖父母は亡くなり、母も倒れた。16年ぶりにこの街へ帰っても、風景はすっかり様変わりし、僕が大阪にいる間に両親が老後のために買ったマンションが実家となり、僕には何の思い出もない。ただ居候しているだけの毎日だ。この街で新たに芝居をする気力も体力も失くしてしまった。自分に価値を見出せず、コンプレックスだけが強くなり、卑屈になっていく。
「自分を好きに思えるようになってね」――
 雪絵さんは僕にそう言葉をくれた。僕は自分を好きになるどころか、信じることさえできない。本当にお酒をやめようと、強い信念で臨もうとしているのだろうか。この期におよんでもまだ「断酒ではなく、節酒でイケるのでは」と心のどこかで思っている。
 それでいて僕は、空想の中でだけ、晴れわたる空を仰いでいる。

 田村心理士が求めた『この入院中に僕が具体的に目指すこと』――
 僕は、ARPでまだできていない「ミニバレーに加わること」と、入院生活でできていないこととして「ベッドのカーテンを開けること」のふたつを挙げた。
「サトウさんのなかで、より困難だと思うほうはどちらですか?」
 僕は前者と答えた。バレーに参加することは、失敗を怖がらず、自分から集団に入っていくための手段に過ぎない。参加する行為自体は簡単だが、その結果少しでもミスをしたり、周囲の足を引っ張るようなことがあれば「やっぱりやらなきゃよかった」とヘコむ可能性が高く、何よりそれが怖い。
 カーテンを開けるというのは、自分のプライベートスペースを開放することだ。落ち着かなくはなるが、それでいて僕はデイルーム真向かいのこの53号室を気に入っている。静寂よりも、人が集う賑やかさがそばにあるほうが安心するからだ。
「そうなんですか。私はカーテンのほうが困難とおっしゃるのかと思いましたが…。どうされます? 困難なほうとそうでないほう、退院までにどちらの克服を目指しますか?」
 そう言って彼女は、質問を楽しんでいるような、少し意地の悪い笑顔で僕に訊いた。なんと答えればいいのかは、その表情で理解した。
「どっちも目指します」
「あっ、そうなんですか!?」
 わざとらしく驚いてみせたあと、ふふふと笑った。
「バレー以外に、集団で何かに取り組むことはされていますか?」
 彼女がさらに僕に訊いた。
「まだ3回だけですけど、いちおう料理に参加してます」
「そうなんですか?」
「もっともあれも居場所があったりなかったりで、騙し騙しでやってますが」
「それでも、料理は参加できてバレーに参加できないのはどうしてなんでしょう?」
 そういえば、どうしてだろう。料理はいま、吊り橋を渡るような具合で参加している。自分が放っとかれているような気がして、やっぱり次回からやめようと思うこともしばしばあるが、なんとか踏みとどまってはいる。
 それなのに、ミニバレーに未だに参加できないのは何が違うのだろう。ゲーム中は気持ちを立て直す時間的余裕がなさそうだから。自分の失敗がより浮き彫りになるような気がするから。今日のレクのように、誰かにケガを負わせてしまう危険があるから ――
 どれもピンとこない。同じことは料理にだっていえるだろう。単にバレーが下手クソで恥をかきたくないだけか。でも料理だって下手クソだ。丹羽看護師は先週の料理でなかなかの料理下手ぶりを披露していたが、僕から見れば堂々としたものだ。僕にもそういうマジェスティックな一面が欲しい。

「カーテンのこともそうですが、サトウさんのお話を聴いているととても矛盾したものを抱えているように思えます。仲間に入りたいけど人と距離を置いてしまう。オープンにしたいのに自分だけの空間をつくって安心したくなる。料理とバレーの違いについても少し考えていただくとして、今日はこれくらいにしましょう」
 料理とバレーの違い。それはやっぱり、実際にバレーをやってみなければ分からないか。


 病室に戻り、早出しの夕食を済ませ、午後5時40分の病院バスでスーパー柏ノ丘店前まで行き、徒歩で南町教会のAA「オオタカ」のミーティングへ向かった。利根川さんと優二さんと一緒だ。傘をさすかささないかくらいの中途半端な雨の中の外出だった。
「オオタカ」のミーティングは挙手制のため、僕は今日は発言をせず、参加者の話を聴く側に徹した。土曜の外泊で、飲まずにちゃんと戻って来られたなら、次回はその報告でもしようと思う。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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