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2014-08-03 17:19 | カテゴリ:学習会
(※3度目のスリップから2日目)
 朝のラジオ体操は福井さんと洋子さん、少し遅れた僕の3人だけだった。
 初めて参加した頃に比べると、常連だった峰口さんも丸谷さんも清水さんも退院してしまい、ラジオ体操は淋しくなった。福井さんは体調が良くないうえ、同部屋の話し相手がいなくなってしまったためか、最近は元気がなく、体操後の「よいしょー!」もやらなくなってしまった。僕も寝過ごして休みがちだったので、なんだか盛り下げてしまった罪悪感がある。

 今日は午前11時のバスでスーパー柏ノ丘店前まで行き、そこから徒歩で実家へ顔を出した。実家に届いているはずの携帯料金の払込みハガキを取りに行っただけで、取り立てて両親に報告することもなかったが、久しぶりに仏壇に線香をあげ、久しぶりに実家のコーヒーを飲んだ。
 週末、外泊で戻る予定だと伝えると、日曜に兄が来るかもしれないと言われた。金曜の外泊を考えていたが、土曜日に外泊するほうがよさそうだ。
 父に車で送ってもらい、12時半頃には病院へ戻った。


 午後2時からの学習会は、ついに第1回に戻って院長の担当回になった。『① 慢性アルコール中毒(アル中)とアルコール依存症』というテーマだ。
 院長を知る患者の中には「今日は時間いっぱいまできっちりやるな」「早く終わることはないね」などと開始前から面倒臭そうに言う人もいたが、実際院長のレクチャーは1時間きっかり、しかも話の途中で終わった。院長のレクチャーはあと1回予定されているので、そのときに続きをやるという。ちなみにその回は4週先で、それが僕の最後の学習会になる。
 肝腎の、今日の学習会の内容だが、配られた資料には『アルコール依存症 何を病み、何を治すのか?』という別のタイトルがつけられていた。依存症にはアルコールや薬物、摂食障害などの「物質への依存」、ギャンブルや買い物、インターネットなど「行為への依存」があるが、もうひとつ「関係への依存」というのが挙げられ、恋愛依存やいわゆる共依存がこれに当たるという。なかでも共依存は、例えばギャンブル依存症者の家族が経済的な援助を行うことで、かえって本人の治療を遅らせてしまうような場合も指すことがあるというのだ。
 共依存とは単に、お互いに依存し合うことでしか生きられなくなるケースを指すものだと思っていた僕は、「共依存」のこうした捉えかたを聞いてにわかに怖くなった。今回、僕は父に相当な経済的負担を強いている。このことが、僕や父に新たな依存の種を蒔いていくことにはならないだろうか。
 少なくとも、僕はこの病気をなんとしても回復へ持っていくしかない。僕にできることは、それしかないのだ。

 院長によれば、依存症とは簡単にいうと「必要だけどちょうどよく使えなくて困っている状態」なのだそうだ。依存症者はたいてい「ちょうどよく使えない」ものを「ちょうどよく使える」ようにしようとして、それを治療と考える。アルコール依存症でいえば、飲む時間や量を決めたり、お酒の種類を変えたりすることで対応が可能と思ってしまう。けれども実際は、
「昼は飲まないって決めたけど今日は休みだし、まあいいか」
「明日飲まないから今日はその分飲んでもいいだろう」
 と妥協して、結局アルコールの依存からは脱け出せない。また、不安や怒り、悲しみ、孤独といった気分の落ち込みを変えるためにアルコールを利用し続けても、耐性が上昇して飲酒量が増える一方で、アルコール以外に気分を変える手段を見失ってしまう。その結果、常に飲まずにはいられないココロの状態が形成されるというのだ。
 身体がアルコールを欲する離脱症状は一般的に3~20日ほどで回復するそうだが、ココロがアルコールを欲する問題は、時間では解決できないという。つまり、依存症者が「必要だけどちょうどよく使えない」ものを「ちょうどよく使える」ようにすることは不可能なのだ。そのため、そもそも依存対象を「必要としない」生きかたを考えることが、医師の言うところの「治療」なのだという。

 院長のレクチャーはとても丁寧で、今日はそこで時間切れとなった。
 僕は今週も最前列に座って話を聴いていたが、それでも途中何度も睡魔に襲われた。昨日から薬の服用をやめているので、そっちのせいにはできない。すぐ目の前で話しているのが院長であれ総理大臣であれ、眠いものは眠いのだ。

 僕がアルコールを必要としない生活。それを考えなければならない。
 田村心理士にお願いしていたカウンセリングの1回目は、今週木曜の午後4時から50分間と決まった。1クール終了まであとひと月半。退院までに僕が具体的に目指すことは、今日の学習会で院長が言った命題と密接に関わっている。


 早出しの夕食を摂り、今日も昨日に続いて西町教会のAA「カッコー」へ足を運んだ。今日は利根川さんのほか、勝瀬さんと米窪さんも一緒だ。米窪さんは院外自助グループの参加は初めてで、体調が心配だったが点滴をやめたこともあり、最終的には本人の意思で決めたようだ。
 教会へ向かう途中、デイケアの帰りに駅前のショッピングモールへ買い物へ寄った峰口さんとばったり遭遇した。峰口さんはこの近辺にアパートを借りたそうだ。峰口さんにもAA参加を誘ってみた。ミーティング開始までまだ1時間近くあったので、「いったん帰って、あとで行くかも」ということでその場は別れた。
 今日は昨日より少し多い、10数名でのミーティングとなった。開始までの間は、お酒を断って26年、16年という方へ贈られる寄せ書きに、僕もそれぞれ一筆書かせていただいた。既に3度のスリップをしている僕には、16年だの26年だの、そんな年数におよぶ断酒など到底未知の世界だ。そこまで至っても「アルコール依存症」「アル中」のレッテルが消えないというのは、なんだか不思議な気もする。
 午後7時のミーティング開始から、やや遅れて峰口さんも姿を見せた。峰口さんは退院後のAA参加は2度目だという。保証人である別れた奥さんに迷惑がかからないよう、弁護士に頼んだ債務整理が片付きつつあることを語り、病院内外の人たちへの感謝を口にするとともに「今は幸せです」と短く話した。
 僕も以前一宮OTにアドバイスされたように父と母のことを話し、この週末に初めてとなる実家への外泊をすることを伝えた。

 これから少し、忙しくなりそうだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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