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2014-07-18 00:00 | カテゴリ:SST
(※スリップから9日目)
 今日は午前9時半から、月1回の部屋ミーティングが行われた。先月は僕の入院前に行われており、僕はこれが初参加となる。
 勘違いしていたのだが、部屋ミーティングは看護師さんの進行で近況や悩み、その他適当なテーマについて同じ病室の患者どうしで話し、コミュニケーションを図るARPのひとつなのだそうだ。僕はこの部屋ミーティングで室長を決めたり、室長会議で決まったことを周知するのだと思っていたが、患者会の運営とはまったく関係がないという。

 53号室は8人部屋だが、今日現在の入院患者は、来月の室長がなし崩し的に決まった米窪さん、その米窪さんの転院で5月の室長を務めている周さん、断酒歴9年の高津さん、元塗装屋の黒部さん、元肉屋の平嶋さん、それから勝瀬さんと僕の7人だ。

「ひとりでいると飲みそうになるから」と入院してきた高津さんについて、当初僕はそんなふうに気軽に入院できることが不思議というか、お気楽というか、何だか違和感を覚えていた。あとで聴いたことだが、高津さんの奥さんはステージ3の大腸癌の闘病中で、入院や検査などで家を空けることが多くなり、高津さんはその間飲酒に走らないよう自制のために1クールの入院を決めたのだそうだ。
 その他諸事情はあるのだろうが、元「その筋」の人だった高津さんには子供がおらず、年上の奥さんにだけは頭が上がらないようだ。いつも「かあちゃんにバレたらうるさいけんのう」とこぼしつつ、病院と奥さんに内緒で頻繁にパチンコに出かけている。
 強面だが面倒見のいい高津さんは、黒部さんとはひとつ違いで、還暦前とは思えないほど若々しい。とはいえ内科の入院は6回だか7回だかで、C型肝炎をはじめあちこちに重度の疾患を抱えており、医師から「今度飲んだら死ぬよ」と釘を刺されているところは米窪さんと同じだ。

 部屋ミーティングは、53号室担当の牛本看護師主任、前上看護師、細池看護師の3人が入り、前上さんの進行でひとりひとりの近況報告から始まり、周さんのリクエストで『食べ物の好き嫌い』の話題になった。テーマは毎回ざっくばらんなようだ。精神科は間食が比較的自由とはいえ、入院中の食べ物の話題は普段患者が抑えている欲求を後押しする。糖尿病を抱えた主任を含め、あれが食べたいこれが食べたいという雑談に終わった。
 ちなみに柏ノ丘病院の食事は、入院食にしては評判がいい。僕も注文がまったくないわけではないが、毎日美味しくいただいている。


 午前10時半を過ぎて、体育館へレクに向かった。ミニバレーの参加を止められている米窪さんと並んで、今日もエアロバイクで30分、10㎞を走る。滝のように流れる僕の汗に驚いた米窪さんは「無理しないほうがいいよ」と心配してくれた。この病棟には、自分に無理を課す人に限って人の心配をする人が多い。
 レク終了後、優二さんから声をかけられた。
「そろそろバレーできるんじゃないの?」
「まあ、そのうち」
 と、僕は笑って受け流したが、実際僕には明日の料理が心配でバレーどころではないのだ。ちゃんとみんなに協調できるのだろうか。下手をすれば、また集団が怖くなって振り出しに戻りかねない。

 その優二さんは、今日も夕方から植中さんと院外AAへ出かけるそうだ。2週間前、僕が勝瀬さんを誘って参加した南町の「オオタカ」で、今日は『バースデイイベント』の日だという。断酒から1日、1ヶ月、3ヶ月、半年、以降は年単位の節目ごとに、記念のメダルを貰うことができ、それを励みというか支えというか、とにかくお酒を断つんだという自らの誓いを忘れず、さらに次の節目へのステップにつなげていく。AA発祥のアメリカでエミネムとかというヒップホップMCが、自身のユニット曲のPVでAAのメダルをペンダントに加工して身につけていたことで、まだまだAAの存在を知らず、依存症の問題に苦しむ一部の人々の間で話題になったそうだ。
 ちなみに優二さんは、今日が40歳の誕生日だという。これまた偶然今日が45歳の誕生日の植中さんと、文字通りのバースデイイベントということになる。


 すっかり忘れていたレク後の回診は、いつものようにあっさり終わった。先日千葉看護師に相談した、カウンセリングを受けたいという件は、伝わっているのかいないのか、森岡先生のほうから言及はなかった。僕は結局、自分から直接相談することもできなかった。


 昼食後、明日の料理の買い出しに出かけた。草刈さんに急遽、内科のエコー検査が入ったため、洋子さんとふたり、買い出し未経験者どうしでの買い物になったが、料理には参加しないはずの勝瀬さんと米窪さんが「個人的にスーパーへ散歩する」という名目で一緒に病院を出た。洋子さんへの周辺の道案内を兼ねて、病院バスではなく徒歩で坂道を下り、スーパー柏ノ丘店へ向かった。
 さんざん「高い」と決めつけられた鱈は、輸入物とはいえ2切れ250円前後と安く売っていて、節子さんの当初の提案通り『鱈のミートソースがけ』でいくことにした。洋子さんは主婦らしく、次から次へと手際よく8人前の品定めを進めては食材をカゴに放り込み、瞬く間に残すはデザート食材のみとなった。この時点で米窪さんが携帯の電卓機能で試算したところ、予算上限2,400円のうち残り300円ほど余裕があった。そこで、1個100円のフルーツ缶を3個ほどチョイスしていざ会計に向かう。商品がレジを通っていくたびになぜかちょっとどきどきする。
 どこで計算を間違えたのか、合計は2,438円。外税方式は計算がややこしく、38円のオーバーだ。即座に、税抜き1本45円のキュウリ2本のうち、1本を売り場へ戻す。合計、2,390円。完璧な買い出しだった。


 午後3時からのSSTは、『○○といえば?』という質問にみんなで一斉に答えて他人の回答に合わせる、というテレビのバラエティーでもよくある簡単なゲームでウォーミングアップをしたあと、患者がいま抱えている不安や悩みについてディスカッションした。
 参加したのは僕のほか、福井さん、勝瀬さん、米窪さん、町坂さん、周さん、黒部さんの患者7人と、進行役の牛本主任、葉山看護師と作業療法士(OT)の一宮さんの計10人。
 僕以外の患者は、離婚歴のあるなし、子供のあるなしの違いはあっても、それぞれ家庭を持っている。退院後、家庭での自分の居場所や、夫として、父親としてのありかたに不安を抱えているのはどの患者も共通の悩みだ。

「精神科っていうのは、もっとカウンセラーが身近なものだと思ってたんだけど」
 と、町坂さんが発言した。
「カウンセリングをもっと活用したくても、全部ドクターの判断になってしまうし」
 これは僕が抱いていたのと同じ疑問だった。僕もカウンセリングを受けたいという点では町坂さんに同調した。ただ、その理由が僕の考えとは少し違う。
「ミーティングや学習会に出ても、具体的な答えが見えてこないんだよね。レクでバレーやってても、楽しいんだけど、ふと『俺こんなことやってていいのかな』と思ってしまう。やっぱり不安が常にあるんだよなあ…カウンセリングで、もっとバシッと方向を示してもらえればありがたいんだけど」
 町坂さんの言う通り、どの患者も何かしらの不安、特に退院して社会復帰したあとのことを思うと、四六時中不安につきまとわれている。あまり不安に取り憑かれると、心が内向きになって鬱をさらに誘発する。レクや創作、料理などは作業療法である一方、そうした不安から一時的に解放される時間を与える側面があると思う。ただそれがかえって「現実から逃げているだけでは」と余計に不安を煽ってしまうのかもしれない。
 ただ、カウンセリングで患者の進むべき道筋が示され、不安が解消されるとは限らない。むしろ、そんなことはあり得ないのでは、とさえ僕は思う。
 患者に寄り添う側の看護師さんたちも、簡単に答えを導くことができないもどかしさを感じているためか、少し重苦しい雰囲気になってしまった。

 SSTの途中で、患者会の新旧役員業務引き継ぎ会議の時間になったため、現会長の町坂さんをはじめ関係する4人が中座し、僕と勝瀬さん、黒部さんの、53号室の患者3人になってしまったが、もう少しだけ続けようということになった。
 一宮さんが、カウンセリングに過剰に期待するリスクを指摘した。
「カウンセリングって、例え何かの方向性を示されたとしても、それは占いと似たようなもので、それに従っていけばいい結果につながるとは必ずしもならないと思います。簡単ではないですけど、やっぱり方向性は自分で見つけて、不安と向き合っていかないといけないんじゃないでしょうか」
 そのために、彼女のような作業療法士がレクや料理や創作などを通して、患者自身が自分の方向性を見つけていくサポートをしているのだ。一宮OTの言うことは正論だ。
 だが、僕がカウンセリングを受けたい理由は別にあった。
「町坂さんの考えは分かりませんが、僕は自分の方向性を誰かに示してもらえるとは思っていません。ただ、僕はお酒を飲むことであらゆる面倒から逃げることを覚えてしまって、その結果、飲まないと人とのコミュニケーションはおろか、自分に価値を見出だすこともできなくなってしまいました。すぐに『どうでもいいや』と短絡的に考えてしまいます。全部、僕のココロの問題だと思います。この問題が改善できないと、退院してもまた同じことを繰り返すだけです。カウンセリングで、僕のココロの弱さや問題点を洗い直して、改善につなげていく手助けをして貰えるものなら、入院している間にぜひお願いしたいんです」

 これは僕の病気だ。アルコール依存症の患者には医師も看護師も、患者をお酒から遠ざけ、離脱症状や慢性化した疾病の治療に尽くしてくれる。AAや断酒会などでお酒を飲まない誓いを共有するのも大切なことだ。でも、お酒を飲んでしまうに至るココロの問題は、自分で何とか解決策を見出だしていくしかない。そのために、心理士によるカウンセリングというサポートが必要なのだ。

 人は誰でも、何かしらに依存して生きている。でも、大部分の人は健全で、病気ではない。依存症の人とそうでない人の違いについて、牛本主任は以前僕に「生活の破綻」を挙げた。主任や葉山看護師、一宮OTは生活が破綻するほど何かに依存してはいない。大勢の人がそうであるように、『あっち側』の人間だ。同じ空間にいて、『こっち側』との間には明確な線引きがされる。依存症という病気は、回復はできても完全治癒が不可能だ。いちど『こっち側』に来た僕らは二度と『あっち側』に戻ることはできない。
 そうだとしても。
『あっち側』と『こっち側』の境界線の中に、僕自身が回復につなげることのできるヒントがあるような気がする。

 これは、僕のココロの病気なのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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