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2014-07-14 23:16 | カテゴリ:料理
(※スリップから7日目)
 朝6時半、もういいだろうと勝手に判断して、4階玄関前のラジオ体操に久しぶりに参加した。今日で退院するカナちゃんも一緒だった。
 実際、朝食後に詰所で確認したところ、僕の外出制限は飲酒申告のあった先週月曜から1週間ということで、一昨日には解禁になっていたということだ。

 5月14日でビギナーミーティングが終了したため、今日は少し早い10時からセカンドミーティングに参加した。先週は4階に移されていたため、今日が初参加となる。事前に100円で購入したテキストを使ってのミーティングで、第①~⑧回までのチャプターに分かれている。セカンドミーティングでは第①~④回まで、第⑤回以降はサードミーティングで進めていく。
 今日は第②回『回復について』の項で、学習会と同じく第④回の翌週はまた第①回に戻るという仕組みだ。担当は理科の教師みたいな男性心理士で、入院して間もない先月末の学習会で『私はどんな人?』のプリントを書かせた心理士と同じ人だと思われる。
 参加者は10人前後で、一行ずつテキストをを読み上げさせ、淡々と進行していく。タイトル通り回復のステップについて書かれたものだが、このワークブック形式のテキストにはいくつかの質問と回答欄があり、各々に記入させて発表を促し、回復のありかたや具体的な目標について考えていく学習プログラムの様相が強い。無理もないことだが、正直テキストにはごく一般的な内容しか書かれていない。患者の回答も、心理士が発言させて一方的に見解を述べていくような展開で、充実しているとは思えなかった。


 ミーティングが始まる直前、廊下でカナちゃんに会った。これからすぐ退院だという。2週間という短い期間だったが、精神科の病棟で21歳の女の子と寝食を共にする機会はそうそうない。僕が言えた立場ではないが、二度と同じ失敗で戻って来ないで欲しいと思いつつ、それは口には出さずに彼女と別れた。

 昼食後には、勝瀬さん、米窪さんと散歩へ出た。徒歩でスーパー柏ノ丘店まで行き、ふたりの買い物に付き合って戻っただけだが、久しぶりに歩いた外の空気は、もうすっかり初夏の陽気になっていた。


 午後4時。金曜の料理の打ち合わせをデイルームで行った。米窪さんと山形さんは師長から参加ストップがかかり、患者のメンバーは新しくリーダーになった節子さん、今回から加わった洋子さんと、草刈さんに僕、さらに作業療法士の一宮さんが集まった。看護師さんふたりを加えると7人、活動継続が微妙な状況だったが、「じゃあ俺もやるよ」と平嶋さんが加わり総勢8人、予算は2,400円となんとか体裁を保てる格好となった。
 先週の青椒肉絲のあと、節子さんの提案で決まった『鱈のミートソースがけ』だが、鱈が高ければ鮭で代用しようという節子さんに対し平嶋さんが、
「安いのは鶏だよ、鶏にしたらいい」
と言い出した。魚から鶏という、もはや別物の料理の話へ方向転換していった。
 確かに鶏、特にムネ肉なら安いのだろうが、先週のグループメンバーで決めたのは何だったのか。節子さんも、
「もしモモ肉が安かったらモモにして」
 と、早くも当初の魚プランを捨ててしまったようだった。
 それでも最初に決めたことにこだわる僕は食い下がった。
「まあ、もし鱈が安かったら鱈、次の候補は鮭、鶏モモ、ムネの順で一応いきましょうよ」
 平嶋さんはそれでも「魚は高いって」と譲らなかったが、結局は店頭で判断することで押し切り、内科の回診がある平嶋さんと、脚の悪い節子さんを除いた草刈さんと洋子さん、それに僕の3人で買い出しへ行くことになった。
 実際、僕もこの予算で鱈が8人分も買えるとは思っていなかった。ただ、いったんみんなで決めたことを、あとから参加した人があっさり覆そうとするのが気に入らなかったのだ。結果的に鶏になろうがカマボコになろうが構わないのだが、いちおう当初のプランを優先させるのが筋だろうに。店頭で確認もしないで妥協したくなかったのだ。
 正直僕は、自分の判断で買い物をしそうな平嶋さんが買い出しに加わらなくてホッとしてしまった。


 米窪さんは、昨日から肝臓食の制限メニューになっている。転院先の病院での食事はストローで吸えるような重湯程度だったそうだが、柏ノ丘での肝臓食は塩分は抑えられるものの、メニュー自体は通常食と大差はない。それでもあんパンだのカップ麺だの間食は厳禁ということだ。当たり前だが。
 昨日、管理栄養士の女性が米窪さんのベッドを訪ね、肝臓食について説明しているのをカーテン越しに聞いていた。ふと、どんな栄養士さんなのか気になって、さりげなくチラ見してみた。マスクをしていて表情はよく分からなかったが、パッチリした目の美人で、スマートな女性だった。
 ぱんぱんに太ったり、ガリガリに痩せた栄養士なんているのだろうか。米窪さんによると、今までそういう栄養士には会ったことがないそうだが、
「もし会ったら、あんたで大丈夫かって俺は訊くよ」
 と言っていた。


 夕食後の院内AAは『ヒナドリ』グループのミーティングに参加した。男性がふたり来られていて、患者の参加者は僕を含めた7人だったが、このところ体調を崩して咳がひどい福井さんが途中で退席した。
 進行を担当したメッセンジャーの男性は現在63歳と言っていたが、もっと老けて見えた。現在は温和な顔立ちだが、お酒を飲んでの問題行為から刑務所に服役していたそうだ。出所後にこのAAグループを紹介されたがすぐに通わなくなり、お金がないのに飲酒欲求を抑えきれず万引きを繰り返し、挙げ句に警察に突き出された。その際、これは依存症という病気が原因なのだと熱心に説明、擁護してくれたのがAAグループのメンバーだったという。そのおかげで刑務所へ逆戻りすることなく、真剣に断酒と向き合うようになったという話だ。
 また、仕事の面接では開き直った気持ちで、自分がアルコール依存症であることを正直に伝えたところ、面接担当者が「私の姉もアル中で苦しんでいる」と告白され、それが縁で採用に至ったという。
 すべての依存症者がこの男性のようにいくわけではない。この方は最後にこう結んだ。
「同じように酒に溺れたかつての仲間は、みんな亡くなりました。私は奇跡の回復なのだと、私自身そう思っています」


 今日も最後はオヤジどうしで大富豪となった。いつものメンバーのうち、いちばん強かった患者さんが今日退院したため、4人でのゲームになった。
 今夜僕は『革命』を起こし、そして勝った。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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