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2014-07-14 07:45 | カテゴリ:院内生活
(※スリップから7日目)
 入院した当初に比べても、看護師詰所へ入るのに明らかに抵抗を感じるようになってきている。カラダがというより、アタマがだ。
 デイルームに隣接した詰所は、いわゆる「ナースステーション」だが、患者も出入りして点滴を受けたり、分からないことを訊いたり、その他様々な相談が持ち込まれる。もちろん用事がなければ行く必要はないのだが、町坂さんのように頃合いを見て世間話をしに足を運ぶ、看護師さんとのコミュニケーションの場として利用する患者もいる。
 そのため看護師さんも、どんなにしょうもない案件でも聴いてくれるし、何かあれば「詰所へ来てください」と一様に口を揃えて言う。ときどき忘れるがここは精神科で、僕のようにココロが不安定な人も入院している。職員にいつどんな危害がおよぶか分からないため、患者の対応は基本的に詰所の中で行うのだ。と、僕は思っている。

 毎食後に薬を飲むため、僕は1日に少なくとも3回、詰所のドアをノックする必要がある。ただ、狭い室内で常に患者の対応に慌ただしい詰所は、僕にとってはとても落ち着かない場所だ。とっとと薬を飲んで、早急に立ち去らないといけないような気に、勝手になってしまう。だから世間話はおろか、例え相談があってもなかなか切り出せない。
 基本的に、薬は詰所の中で飲んで、薬の入った小袋は返さなければならない。患者が意図的に薬を飲まないことを防ぐためだろうか。そうでなくても毎日同じことを繰り返していると、患者のほうも薬を飲み忘れることは多々あるし、服用の上限も決まっている。ある程度経っても患者が薬を貰いに詰所に現れないときは、看護師さんのほうから呼びに行くことになる。結局、必要な患者全員が薬を飲んだことを確認しないと、看護師さんも自分の食事休憩ができないのだ。

 食事の時間になり、病棟にアナウンスが流れると、4階の配膳室から専用エレベーターで運ばれてきたワゴンの周りに、自分の食事トレーを取りに患者がわらわらと集まって来る。
 僕の場合、そもそもそのわらわらぶりが苦手なこともあり、ひと通り混雑が解消し、みんながデイルームなり病室のベッドなりで食事を始めた頃にワゴンへトレーを取りに行く。せっかちな職員のおばちゃんが、僕がベッドで寝ているのかとわざわざ呼びに来ることもある。
 食べ始めが遅いうえ、だいぶ気にならなくなったとはいえ歯茎の腫れもあるので、食べ終わるのもみんなより遅くなる。せっかちな職員のおばちゃんにワゴンを片付けられてしまうこともあるが、そのときは所定の場所へトレーを返しておけばいい。
 全員が同じくらいのタイミングで食べ終わると、食後の喫煙室が混み合うが、僕が食事を済ませる頃にはそのラッシュも過ぎていて、僕にとっては具合がいい。
 そういうふうに、みんなと歩調をわずかにずらすことで、これまで僕は集団を避けてきた。意識してというよりも、いつの間にかそうなっていたようだ。
 ただ、これについての善し悪しはともかく、混雑を避けて薬を貰いに行くのにはちょうどいいと思っていた。けれども実際は、食事のあとの看護師詰所というところは、僕の想像よりもはるかに忙しい場所だった。
 ひとくちに薬といっても、患者によって種類も量もまったく異なる。かといって、当たり前だが配薬の取り違えはあってはならない。粉薬は飲みにくいし、年輩の患者は特に注意が必要だ。「今日から朝食はパンを頼んだのに、ご飯がでた」などと食べたあとから言ってくる患者もいるし、「味噌汁をこぼした」「お粥が熱すぎる」「グリーンピースが抜かれてない」その他味が濃いだの薄いだの、食事を済ませて外出する患者のチェックだの、挙げればきりがない。
 常に誰かが誰かの対応に追われているピーク時の詰所は、ドアも開けっ放しだが、次第に「たかが俺ごときの薬」のためにそこへ入っていく勇気はなくなっていった。
 そのうち僕は、詰所の前の廊下でひと通り落ち着くまで、マイカップを持ったままじっと待つようになった。まだしばらく時間がかかりそうだと思ったら、喫煙室や自分のベッドで待つこともある。そうすると、薬を飲みに来ないことに気づいた看護師さんが、僕を呼びに来てくれるだろう。
 結果的に、看護師さんの手を煩わせることになっているし、気の遣いかたが間違っていることは分かっている。呼ばれて薬を貰いに行っても、途中でほかの患者が詰所に入って来た途端、大急ぎで出て行かなければいけないような気に追いたてられる。ついには呼ばれても詰所には入らず、ドア前で薬を貰って飲むようになった。
 僕が詰所に入りたがらないことは看護師さんの間には浸透しているようで、オオカミが赤ずきんちゃんをお婆さんの家へ招き入れるように、あの手この手で僕を詰所の中へ入れようと画策している。

 今日の昼食後は、薬を貰うタイミングを完全に見誤った。喫煙室でタバコを吸っていると、小里看護師が呼びに来るのが見えたので、すぐに目で返事をした。水の入ったマイカップは準備していたので、タバコを吸い終えてから詰所へ向かったが、中では患者と看護師さんが何かやり取りしているようだ。普段開いているドアは閉まっている。
 薬を飲むだけなのだし、小里さんが「来い」と呼んだのだから、さっさとドアをノックして、ぱっぱと薬を飲んで、とっとと出て行けばいいだけのことだ。それだけのことなのに、僕には詰所の中の様子が「大変なお取り込み中」に思えて、足がすくんでしまうのだ。
 ―― そうだ、薬を飲むだけだ。飲むだけだから…あとでいいか。
 と、廊下にある靴用のロッカーの上にマイカップを置いたまま、ベッドへ戻ってしまった。
 ―― たかが薬を飲むだけで、何をやってるんだ、俺は。
 健全な思考の人には理解しにくいと思うが、僕の厄介なところは、こういう取るに足らないことでいちいち気分が落ち込んでしまうことだ。都度、ヘコんでしまうのだ。自分でも些細なことだと分かっているのに、なぜだか悲しい、切ない気持ちになってしまう。
 しばらくしてまた、看護師さんが僕を呼ぶ声がした。返事をして、再び詰所へ行ってみると、ドアは閉まったままだがマイカップだけが持ち去られている。
 中の様子は落ち着いているようだが、いつまた突然「取り込み中」になるとも限らない。完全に、ダブルダッチに入るタイミングを見失っているのと一緒だ。
 ―― ええい、入ってしまえ。
 意を決してドアをノックする。ノブを回して押し、わずかな隙間から顔だけそっと覗いてみると、沼畑師長と目が合った。待ってましたとばかりに、
「あら。どーぞいらっしゃい。入って入って」
 と、久しぶりに姿を見せた顔馴染みの客を逃すまいとスナックのママ状態で僕を迎え入れた。すかさず小里看護師が僕のマイカップを差し出して微笑む。
「カップを人質にして待ってました」
 やり手の若いホステスにしか見えない。

 その後、師長に僕の話を聴いてもらった。入院してから、最近特に、ほかの患者とも看護師さんともうまくコミュニケーションが取れなくなっている気がして、詰所へも入りづらいこと。すべては僕のココロの問題に起因していて、それを解決する手段のひとつとしてカウンセリングを受けたいと思っていること。これまで牛本主任や千葉看護師にも話したことを含め、今僕が考えていることを吐き出すように口にした。

 その中で、僕のココロの弱さを示す例として、入院7日目のCT検査の朝の件を師長に話した。検査の事前連絡がなかったため、僕の朝食だけ用意されていなかったことを、病院から「忘れられている」と思い込んだ一件だ。僕はあのとき、自分で確認することを怖がり、朝食は要らないと決めた。主張すべきことを主張せず、朝食を摂るという「目的」を捨てたのだ。

 もうひとつ、最近よくある小さな出来事がある。
 食事のあとはみんなそれぞれ、自分の使った箸やスプーンなど自前の食器をデイルームの流し台で洗う。食べたら即洗う人もいれば、食後のコーヒーなどでくつろいで、『花子とアン』なんかが終わったところで流し台に向かう人もいる。みんな自分のよきところで食器を洗うので、いくら僕が食事を始める時間を遅らせても、どうしても箸を洗うタイミングがぶつかってしまうことが多々ある。
 当然、僕の前に流しを使っている人がいれば順番を待つわけだが、後ろにぴったり張りついて待つのは相手を急かすような気がして悪いので、少し遠巻きに、かつテレビを観ている人の邪魔にならない位置を探して待つことにしている。少なくとも僕は、自分が流しを使うときにすぐ後ろで待たれるとプレッシャーを感じてしまうからだ。
 ただそれが、誰の目からも僕が箸洗いの順番待ちをしているように見えないものだから、前の人が洗い物を終えると、すぐに別の人が横からすっと入って来て、自分の洗い物を始める。これが何度か繰り返され、僕はその光景をマイ箸とマイカップを持ったまま、ただぼーっと眺めることしかできないでいる。
 要するに僕は、「自然な流れに乗れない」のだ。やっぱり、回転するダブルダッチの縄に飛び込めないのと同じだ。そのうち箸を洗うのもどうでもよくなり、薬を飲むのもどうでもよくなり、食事をするのもどうでもよくなる。別にふてくされているわけではない。ただ「どうでもよく」なり、なんとなく悲しくなるだけだ。

「今の話で、まずひとつ間違ってるのは、お箸を洗えないことが『食事をしなくていい』につながっちゃうこと」
 沼畑師長は看護師らしく、まず真っ先に僕の身体を気遣った指摘をしてくれた。それは分かったうえで、僕は誤解がないよう説明をする。
「箸の件がただちに『食事をしない』ということとイコールになるわけじゃありません。ただ、CT検査の日の朝食の件もそうなんですが、そういう、はたから見れば取るに足らないようなことでいちいち悩んで、その積み重ねがあって、短絡的に『もうどうでもいい、メシ食わなきゃいいや』っていう結論につなげちゃうんだと思うんです」
 師長は「うーん、そっか。なるほど」と理解を示したようにいったん引き込んで、すぐに僕の自己否定を排除にかかった。
「でもね、はたから見れば取るに足らないことでも、本人にとってはすごく大問題なんだから、悩むことを気にしちゃダメ」
 あからさまではなく、そのさりげない肯定が嬉しかった。嬉しさついでに、ひとつ本音を漏らした。
「単純に、自分が傷つきたくないから、最初から勝手に防御線を張ってしまうんです。詰所へ行くのに抵抗があるのも、『この忙しいのに、どうでもいいことでいちいち来やがって』って思われたくなくて」
 実際、看護師さんの誰かがそんなふうに思うはずなんかない。分かってるのにネガティブに考えてしまうのは、僕が人を信じられない歪んだ思考の持ち主だからなのか。看護師さんに対してとても失礼なことだと、言ったそばから慌てたが、師長は笑って、
「大丈夫。ホントにどうでもいいことで来る患者さんはいっぱいいるから」
 と受け流し、優しい口調ながらも核心的なことに触れた。
「大切なのはね、ごはんを食べるにしてもお箸を洗うにしても、それが目的でしょ? その目的を捨ててまで守らないといけない価値が本当にあるのか、っていうことだと思う」
「守らないといけない価値」―― それはつまり、自分が傷つきたくないということだ。自分が傷つきたくないがために目的を捨てることに、本当に価値があるのだろうか。

「看護師さんや先生にすべて何とかしてもらおうとは思ってません。昨日の学習会で師長が言ったように、依存症が完治しない病気だってことも理解してます。だいいちこれは、僕の病気ですから。でもこの1クールで皆さんの力を借りて、何かを拾って退院したいんです」
「1クールを終えて退院するとき、サトウさんは何が変わっていればいいかなあ。…お箸がちゃんと洗えるようになるとか」
「さすがにもうちょっと、高い目標にしたいです」
 そう言うと、「だよね」と師長は笑った。


 既に午前11時半を回り、レクの時間を過ぎていたので、僕は師長にお礼を言って詰所を出た。師長に話したことはすべて本心だが、あとひとつだけ、僕には自分で分かっていることがある。あまりに幼くて恥ずかしいので、言わなかった。
 米窪さん、周さん、高津さん、平嶋さん ―― この53号室だけでも、身体に大きな疾病、疾患を抱えた患者がたくさんいる。5ーB病棟全体でもかなりの人数になるはずだ。看護師さんは四六時中、そんな患者の様子を気にして看護を続けている。
 肉体的には健康な僕は、自分がスルーされているような気がしていた。無力感の原因のひとつはそれかもしれない。

 前にも書いたが、僕は優しくされたいのだ。構ってもらいたいのだ。要するに、甘えているのだ。


 体育館へ行くと、相変わらずミニバレー組がへとへとになって、ゲームに夢中になっていた。いつの間にか詰所を出てバレーに加わっていた小里看護師が僕を誘ってくれたが、今回も遠慮した。
 これまで僕が使っていたエアロバイクが故障しているとかで、仕方なく別の台で時間まで汗を流そうと思い、サドルにまたがりペダルを漕ぎ始めた。
 レクにも興味を示していた洋子さんの姿が見えなかったので、隣でバイクに乗っていた作業療法士の一宮さんに尋ねたところ、洋子さんはエアロバイクで軽く運動して、30分ほどで引き上げたという。どうやら行き違いになったようだ。いきなり1時間ぶっ通しで運動するのもキツいだろうから、無理もない。

 ふと、ペダルを漕ぎながら、もう1週間以上シャワーも浴びていないことに気付いた。頭こそ昨日洗ったが、外にも出られず汗もかくこともなかったので着替えもそこそこだ。エアロバイクで汗をかいたら臭うかもしれない、というかもう既に臭っているかもしれない。あらかじめ断っておくのが礼儀と、一宮さんにその旨を伝えた。
「えー? どうしてですか?」
 当然そういう質問になる。
「ここんとこ、何をするのも面倒で…」
 一宮さんは作業療法士(OT)だ。料理や革細工のARPに当たっている。また余計なことを言ったと思った。
「もちろん、こないだの料理は楽しかったです。でも今はあれが精一杯で。集団に入るのが怖くて、バレーもまだ一緒にやる気がしないんです」
 言い訳も精一杯だ。そういうときは口数も増える。
「自分に価値を見出だせないんです。生きづらいなって思います」
「そういう患者さんに、少しずつ活力や自信をつけて貰うための、レクや料理や創作なんですよ」
 その通りだな、と思った。
「サトウさんが思う、生きやすい社会ってどんなのですか?」
「うーん…」
 これは予想外に難しい質問だ。
「世界から、争いが完全になくなった社会ですかね」
 自分でも、何を言っているのか分からなくなってきた。

 気がつくと、20分余りで10㎞を走破していた。負荷が軽いとはいえ、壊れているのはこっちのバイクじゃないかと思わず疑った。
 レクの最後に、片付けをしながら一宮OTが僕に言った。
「この1クールで、いい生き方ができるための何かが見つかるといいですね!」

 僕は、たくさんの人にサポートされている。

 その晩、昨夜と同じメンバー5人で再度大富豪をやった。
『革命返し』が出た。でも勝てなかった。なかなか簡単にはいかないものだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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