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2014-07-12 15:07 | カテゴリ:院内生活
(※スリップから6日目)
 昨夜、カナちゃんから励まされたにも関わらず、無気力で鬱屈した気分は変わらない。
 昼食後、安定剤のジアゼパムが本当に効いているのか、飲むふりだけしてこっそりベッドへ持ち帰ってみた。ジアゼパムは不安を和らげ、気持ちを落ち着かせる効果があると聞いたが、今の僕は緊張しているわけでも不安なわけでもない。ただ無気力で気分が沈んでいるだけだ。

 午後2時からの月曜学習会。5回目の今日は『⑨ 生活の建て直し』がテーマで、沼畑師長が担当するという。先週と順番が前後しているのは、日程表に記載された予定に変更があったためだろう。

 師長の担当ということで、いちばん前列で受講しようと思って教室へ向かった。いつも前のほうは空席が多く、この日も最前列の中央が空いていたのでそこに座った。
 既にパソコンとプロジェクターの前で開始待ちをしていた師長は僕に、
「サトウさん、大勢の人の前で喋るときって、どこを見てたらいい?」
 と訊いてきた。まったくそうは見えないが、昨日からずっと緊張しているのだという。
「漠然と、遠くを見ながら話すのがいいと思いますよ。聴き手と目が合うと言葉が飛んじゃうことがありますから」
 はばかりながら、僕が芝居で経験して思ったことを答えた。ついでに、
「でも、話のポイントでこっちから相手を睨みつけてやるとメリハリがでます」
 と、余裕のない相手を混乱させる一言を付け加えておいた。
 無気力ではあっても、師長の担当する学習会はきちんと聴いておきたかったのは本当のところで、まだ僕はすべてを投げ出したわけではないんだと、自分で気がついた。

 約30分後。予定の1時間を大幅に巻いて学習会は終わった。「きちんと聴いておきたかった」から最前列中央に座ったはずの僕は、ほとんど睡魔に負けてしまった。

 レクチャーの内容については、おもに次のようなものだ。

○依存症は完治できませんが回復はできます
○離脱期から1年ほどの間にはいろんな症状や気持ちの変化があります
○依存症者の生活建て直しには医師や看護師のほかにソーシャルワーカーや作業療法士(OT)への相談が大切です

 これまで何度も聞いた、ごく一般的な話に終始したため、どこに座っていようが眠たくなる。後ろの席にいた米窪さんの話では、立ち会いの看護師さんの中にも寝ている人がいたらしい。ただしこれは、それだけ依存症が抱える問題に、型通りのレクチャーで簡単に断言できるような答えがないということなのだ、と解釈することもできる。
 沼畑師長はあとで、
「私の話って、何かα波が出てるみたいなのよね」
 と分かるような分からないような言い訳をしていた。


 今日の夕方4時からは、来月の各病室の室長による、患者会の役員選出会議があったようだ。
 通常、月に1回病室ごとに部屋ミーティングというのが行われるが、僕はまだ参加したことがないので、そこで何が話し合われるのか知らない。そもそも米窪さんの転院で、53号室の今月の室長が周さんに代わった、というか押しつけられたことは知っているが、来月の室長がいつ、誰に決まったのかも知らない。

 昼過ぎ。デイルームで米窪さんと雑談していると、平嶋さんがやって来た。
「米窪さん。今日の室長会議、出席頼みますね」
 そう言うと、そのまますーっと立ち去った。
「米窪さん、来月の室長になったんですか?」
「え、聞いてないけど。今日は周さんが出るんじゃないの?」
「でも周さんは今月の室長ですよ。今日は来月の室長が集まって、来月の患者会の会長とかを決めるんでしょ?」
 患者会の役員は、会長、副会長のほか、テレビ係、レク係、食事の座席係などがあるらしい。具体的に何をやるのか僕には見当もつかないが、漏れ伝わる情報によれば、レク係がいちばん楽だ、という話だ。
「6月の室長は、もう決まってないといけないはずですよね。誰か知ってます?」
「いや、知らない」
 どうして平嶋さんは米窪さんにそんなお願いをしたのだろう。たまたま近くを通りかかった周さんに訊いてみた。
「周さん。今日の室長会議は周さんが出るんですか?」
「ボクじゃない。今日、ヒラシマサンが出るって聞いたヨ」
 察するに、牛本主任あたりからなし崩し的に来月の室長を頼まれた平嶋さんが、なし崩し的に米窪さんに室長を押しつけたと思われる。
「何か、たらい回しですね」
「いいよ。面倒なの嫌いだから、俺が室長会議出るよ」
 突然転院したことで、いちど引き受けた患者会の会長を退き、53号室の室長も途中交代した申し訳なさもあったのかもしれないが、こうしてこの瞬間、極めてなし崩し的に、53号室の来月の室長が決まった。
「なし崩し」「たらい回し」。入院に際して病院事務局だの役所だの、各種申請の融通の利かなさや後手に回った対応に、患者が不満を口にするのを何度か聞いたが、偉そうなことは言えない気がした。


 米窪さんや勝瀬さんなど、同じ病室の一部の患者とこうした雑談をすることはあっても、僕は最近、ほかの患者と談笑することがほとんどなくなった。入院当初に戻ったようだ。被害妄想も強く、看護師さんも周囲の患者も僕を素通りしているみたいに思えてしまう。また人が怖くなってきた。
 口を開けば不満や文句を言ってしまいそうで、話をすることに臆病になっている。

 午後6時。夕食のトレーをベッドサイドのテーブルに置いたまま、口をつけず悶々としていた。サンダルを脱ぐのも億劫で横になっていたら、いつの間にか時間が過ぎていた。
 僕が食後の薬を飲みに来ないので、夜勤当番の東郷さんという若い男性看護師が様子を見にやって来た。夕食に口をつけていないことに気付いて「あらら」と漏らし、心配して声をかけてくれた。
「調子悪い? 食欲ないですか?」
「…面倒臭い…」
 と僕は、自分でも困ったと思う答えをした。
「食べるのが面倒臭いの?」
「全部…」
 ますます困った会話になる。
「ここにお薬あるけど、お昼に飲まなかったの?」
 今日も昼食後のジアゼパムを飲まなかった。ベッドサイドのテーブルにそれを放置してあったのを、東郷看護師は見逃さなかった。
「飲んでもちゃんと効いてるのか、飲まないで確かめてみようと思って…」
「で、どうだった? 効いてるか分かった?」
「よく分かりません…飲まないよりはマシだと思うけど…」
「うん、お薬はちゃんと飲んで欲しいなあ。とりあえずこれは回収します。夕食後の薬はいま持って来るから。食欲なかったら無理して食べなくても、薬は飲んでね」
 そう言っていったん戻りかけたが、
「何かあったら詰所へ来てくださいね」
 と気遣ってくれた。僕は申し訳ないと思う反面、それすらもうっとうしくなり、
「行きたくないです」
 と子供が駄々をこねるように拒絶した。東郷看護師はその距離を埋めるように、
「来いよォーっ」
 と、僕の足を揺らして、甲高いこえでヒャハハと笑った。
「夜中の3時になったら行きます」
「望むところです、ヒャハハ」
 そう言って、薬を取りに戻って行った。
 結局僕は、1時間近くかけて夕食を摂り、素直に薬を飲んだ。

 もたもたとトレーを片付けたあと、喫煙室でタバコを吸っていると、峰口さんに声をかけられた。
「トランプやりませんか?」
 柏ノ丘病院にもう1年ほど入院しているという峰口さんはときどき、イタズラにでも付き合わせるように上目遣いではにかみながら、あえて丁寧な言い回しをする。
 僕が加わって盛り上がるとは到底思えなかったが、断る理由も見つからず、その後僕を含めたおっさん5人で1時間近く大富豪をやることになった。

 途中、父から携帯へ連絡が入った。既に午後8時を過ぎていて、父は相変わらず酔っていたが、入院2日目の晩にかかってきたときほどではなかった。例の、入院費の限度額適用認定証の交付を気にしての電話だ。本当はこちらから一報を入れるべきだった。僕は現状を説明し、会社で確認中であることを伝えた。父は了承し、ほかにいるものはないか、所持金は大丈夫かと訊いてきた。
 僕は当面は問題ないが、必要になればこちらから連絡して相談すると答えた。
 実際お金に関して、携帯電話の料金を除けば、入院生活で必然的にかかるのはタバコ代と1回 200円の洗濯代くらいだ。タバコの量は入院してからというもの、確実に増えている。なんとか抑えないといけない。
 母は「いい経験だと思ってゆっくり休みなさい」と、こちらも相変わらず楽天的だが、明るい口調で励ましてくれた。

 オヤジどうしでのトランプと、久しぶりに両親と話したことで、少しは気持ちが晴れたかもしれない。深夜3時に詰所へは、もちろん行くはずなかった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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