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2014-07-11 14:02 | カテゴリ:院内生活
(※スリップから5日目)
 僕が鬱病であろうがなかろうが、鬱屈した気持ちに変わりはない。そしてそれから逃げ出すため、アルコールに依存していることも事実だ。

 今日も寒い日だと、みんなで話している。確かに喫煙室の換気口からは冷風が流れている気もするが、別にどうでもいい。ベッドに転がっているか、喫煙室で意味もなく時間が過ぎるのを待つ。入院当初に戻った感じだ。

 夕食までの時間をベッドでうだうだしていると、若い男性看護師さんに声をかけられた。
「サトウさん、食事どうしますか? 食べられますか?」
 午後6時25分。まもなく院内AA「アカゲラ」のミーティングが始まる。食事の取り置きは衛生上1時間までとなっていて、それ以上過ぎると廃棄される。もちろん、食事代はかかってしまう。
「7時までは詰所に置いとけますけど、どうします?」
 AAに参加すると、終わるのは7時を過ぎるので夕食は廃棄だ。外出禁止のため夜食を買いに行くこともできない。別に食べなくてもいいのだが、棄てられるのは抵抗がある。
「AAに行かないと…」
 半分起きて半分寝ているような状態で、頭が働かない。
「詰所に置いとけるのは7時までですが、どうしますか?」
 同じことを言われた。困っているようなので、食事をいただくことにした。
「先に食べてからAAに行ってもいいんじゃないですか?」
 そう言われて、急いで夕食をかき込んだが、何だかどうでもよくなってきた。結局今日は、AAには行かなかった。


 喫煙室で誰とも喋らずタバコを吸っていると、勝瀬さんと福井さんがAAから戻って来た。
 昨日の朝に外泊で一時帰宅した勝瀬さんは、家事をしながら奥さんの帰りを待っていたが、お店を終えて戻った奥さんは、想像以上にナーバスになっていたという。ちょっとした水の流しっ放しや、テレビを観ながら勝瀬さんが笑い声をあげるたびに辛く当たったそうだ。
 そうなったのもすべて自分のせいだと、勝瀬さんは奥さんの言わせるがままにして黙って聞いていたということだが、一度破綻しかけた関係を修復するのはそれだけ難しいものなのか。勝瀬さんは、
「病院から止められてでも、もっと家に帰ってヨメさんと向き合う時間をつくらねえとダメだな…」
 と話していた。
 福井さんも、おそらくお孫さんに会うためだと思うが、別れた奥さんと電話で連絡をとる際に激しく叱責されるのだという。眠剤の影響で呂律が回らないのを、お酒を飲んだと誤解されているようだ。それほど信用を失っているのだといえば、そういうことになる。

 先日のAAで米窪さんが、転院中に家族が一度も訪ねて来なかったことをぽつりと言った。大学受験を控える長男と中学生の次男を抱え、奥さんひとりで働いて家庭を支えている現状だ。退院後の生活を考えるうえでも、米窪さんは一時帰宅のための外泊を勧められているが、帰りたくないという。隠れて飲んでしまいかねない、飲まずにいられる自信がないとも話していた。
 そして退院したら、そのまま重機をチャーターしてどこかへ出稼ぎに行くつもりだ、と僕に打ち明けてくれた。


 深夜11時~0時の間は、詰所へ出入りする患者が多くなる。11時に喫煙室が施錠されてからベッドへ入る人が多いのと、眠剤の追加服用が0時までと決められているからだ。さらに日付が変わったあとも安定剤などを貰いに、眠れない患者がたびたび詰所へ足を運ぶ。
 僕は0時半になるのを待って、夜勤の千葉看護師のいる詰所へ行った。千葉看護師とは月曜に、麻友美さんの部屋から電話して飲酒を申告したとき以来だ。

 みんな、アルコールで失ったものの根は深い。それに比べて僕はどうか。父と母のことはあるが、僕には自分の家庭がない。深刻な疾病や疾患も今のところはない。幸いなことに、仕事もまだクビになっていない。ただ、やりたいこともやれることもなく、自分に価値を見出だせない。そんな奴が、ここにいていいのだろうか。僕は薬は要らない。そんなもの飲まなくても、明日仕事へ行くプレッシャーがない分、今はよく眠ることができる。そんなもの飲んでも、弱い自分を強くすることなんてできない。
 僕は、強くなりたい。

 千葉看護師は相槌を打ちながら僕の話を聴いてくれたあと、
「この病気は、人と比べるものじゃないから」
 と穏やかに言った。それは分かっている。病院のスタッフに「治してもらう」というものではないことも、自分で解決しなければならないことも分かっている。でも、自分で踏み出すその一歩の方法が分からない。
「サトウさんはもう、一歩踏み出せたじゃない。初めての入院で院外の自助に足を運べる人はなかなかいないのよ」
 確かに僕は、ほかの患者の助けを借りて院外のAAに参加した。でもその結果が、今の混沌だ。院外AAに限らず、人の話を聴くうちに、自分がここにいることがどんどん分からなくなってきた。
 すべては僕の弱さにある。未成熟のまま年齢だけオトナになり、逃げることだけを覚えて、嫌なことや面倒なことに向き合うことを避けてきた。僕が自分の、人間として欠落した部分を修復しない限りは、同じことを繰り返すだけだ。
 決して健康とはいえないが、幸い僕の両親は健在だ。今のうちに、本当に自立できるようにならないといけない。

 残り2ヶ月で、自分自身が完全に生まれ変われるとはもちろん思っていない。でもここにいる間に、僕の歪んだ思考を正常な方向へ導いていく努力をしないと、このままではココロが崩壊してしまう。
 「あの…僕、カウンセリングを受けたいんです」
 かねてから思っていた希望を伝えた。ここは精神科なのだから、もっと気軽にカウンセリングを受けられるものだと思っていたが、千葉看護師は即答しなかった。 
「心理検査の結果はまだ出てないよね?」
「心理士の田村さんは、結果が出るまで時間がかかると言ってました」
「検査結果にもよるけど…基本的にはドクターの判断が必要になります。次の回診で相談してみようか。こちらからも伝えておくから」
「そうですか…」
 患者の誰かがドアをノックしたので、僕は入れ替わりに詰所を出た。

 深夜の誰もいないデイルームの、窓際の席に腰かけて、散りかけの桜を眺めていると、何だか情けなくて涙が溢れてきた。また別の眠れない患者が詰所へ向かう足音が聞こえる。詰所から出てきた誰かが、デイルームの流し台へやって来た。

「眠れないんですか?」
 カナちゃんだった。
「うん、まあ…眠れないわけじゃないけど。寝たくないっていうか」
 この数日がムダに過ぎている気がして、寝るのがもったいない気がしていた。
「カナちゃんは眠れないの?」
 逆に訊き返すと、頷いた。手にはマイカップを持っている。安定剤でも飲んできたのだろう。
「サトウさん、最近元気ないですね。喫煙室でもずっと黙ってるし」
 心配をかけていることが申し訳なくなった。
「ごめんね、暗い顔してて。イヤな気持ちにさせちゃうよね」
 照れ笑いしてごまかした。いつか、雪絵さんにも同じようなことを言ったのを思い出した。僕は話を変えて彼女に訊いた。
「今日は外泊してきたんだよね? やっぱり外のほうがいいでしょ」
「やっぱり外のほうがいいです」
「もうすぐ退院だね」
「あと2日です」
「元気に退院できそう?」
 彼女も最近、鬱がひどく自分のベッドに閉じ籠っていると聞いていた。食事も初めはデイルームでしていたが、今はベッドで食べている。彼女は僕の質問に少し言葉を選んだようだったが、
「元気に、退院します」
 と素直に答えて笑った。

 これ以上付き合わせては悪いので、そろそろ寝ようと立ち上がったとき、彼女が言った。
「サトウさんもいろいろ大変だと思うけど…あんまり悩まないでくださいね」
 21歳の女の子にこんな言葉で気遣ってもらい、申し訳ないのを通り越して恥ずかしくなってきた。
「ありがとう。おやすみ」
「おやすみなさい」
 それだけ言って、それぞれ自分の病室へ戻った。
 ―― カナちゃん、キミは二度と同じことでここへ来ないよう、自分のことだけを考えてくれよ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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