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2014-07-07 15:15 | カテゴリ:病棟の人々
(※スリップから3日目)
 午前9時過ぎ。朝の申し送りで看護師さんが詰所に集まっている時間に、3階へ降りて売店でタバコを買う。自分で撒いた種とはいえ、外出禁止で売店へ行くのもこそこそしなければならないのがなんだか切ない。

 金曜日は忙しい。午前10時半から、料理グループの青椒肉絲(チンジャオロース)作りが始まる。メンバーは僕を含めた患者7人と、担当看護師の大田さんと長浜さん、作業療法士(OT)の一宮さん、それに看護実習の学生さんふたりを加えた12人。ピーマンの苦手な山形さんは体調不良のため、買い出しにまで行かせておいての欠席となった。
 僕は合わせ調味料と中華サラダのタレを担当した。レシピ通りの作業だが、それなりにわいわいやって、前回の埋め合わせはなんとかできたと思う。結果、節子さんのアドバイスのもと、豪快な豚肉の青椒肉絲と中華風春雨サラダ、豆腐となめこの味噌汁が完成した。
 デザートは康平くんオリジナルの「フルーツパンチ」。ネットで少し調べてみると、もともとアルコールの入ったカクテルをいうらしく、これに果実を載せたものが「フルーツポンチ」で、「パンチ」は飲み物、「ポンチ」はデザートみたいな分けかたもできるとかできないとかなのだそうだ。いずれしても康平くんの「パンチ」は、寒天とフルーツにサイダーを使ってシュワッと感を出した、半液状デザートだ。もちろんアルコールは入っていない。
 余ったキュウリは節子さんがピリ辛和えにし、なぜか青椒肉絲に入れるつもりだったらしいカットされた大量の玉ねぎは、みんなの強硬な反対でオニオンサラダにすることになり、冷蔵庫に眠っていたポン酢と青じそドレッシングでそれなりに仕上がった。

 正直に言うと、入院以来食欲に目覚めた僕には、この病院の通常食に対してひとつだけ、不満というか要望がある。
 基本的に、食事はどれも美味しい。おかずにカツオのタタキが出る病院も珍しいのではないだろうか。ただ、関西での生活が長かった僕にとっては、恐ろしく味が濃いものがあるのだ。以前にも触れたが、特に柴漬けと梅干しについては病的なまでに濃い。あくまでサブのおかずであるはずの彼らが、身体に毒なんじゃないかと思うほど自己主張が激しいのだ。僕は間違いなく、箸先でちょっと挟んだ程度でごはん一膳はいける。そんなとき、無論メインのおかずの立場はなくなってしまう。
 ―― もっと白ごはんが欲しい。俺にメシをくれ。
 しかし、270gを超える大盛りは存在しないし、お代わり制度もない。
 そこへもってきて料理グループでは、白ごはんのお代わりは自由だ。別に料理グループで柴漬けや梅干しを作るわけではないが、お代わりができる悦びは小学校の給食以来で、何というか、心が踊るのだ。

 食後、今日で退院する康平くんに代わるリーダーを誰にするか、みんなで話し合いが行われた。カナちゃんは来週水曜の28日に退院するため今回が最初で最後だし、学生さんは実習が終わるため、次回からはまたメンバーが少なくなる。そのなかで活動を継続させる大切なリーダー選びだ。
 点滴が必要な米窪さんなど、欠席を余儀なくされる可能性の高い患者については、長浜看護師から待ったがかかった。僕は集団での共同作業に慣れるリハビリ中で、とてもリーダーなんて引き受けられる状態ではないことを申し出て、一宮OTが同意してくれた。
 必然的に、草刈さんと節子さん、それに今回だけという前提で参加していたはずの勝瀬さんの3人のうち誰か、ということになり、最終的にじゃんけんで節子さんがリーダーに決まった。
 はじめは固辞していた節子さんだったが、プロの調理師としての経験を持つ彼女が適任だと、誰もが思っていたのは確かで、みんなで強引に口説き落として最終的に承諾してもらった。次回からは買い出しなど、僕も率先して手伝わなければならない。まだ自信はないが、トレーニングとしてできるだけのことはやってみようと思った。久しぶりに、ちょっとだけわくわくを感じた。

 酢豚、青椒肉絲と中華メニューが続いたため、次回のメイン料理は和か洋がいいだろうということになり、節子さんから『鱈のミートソースがけ』という提案がされた。男子連中には絶対に思いつかない、家庭料理の発想だ。サブメニューは参加人数がはっきりしたところでおおまかに候補を決め、買い出し係が現場で判断していくことになる。細かい打ち合わせは来週水曜日の予定だ。

 お腹がいっぱいで少し横になりたいところだが、午後1時半からは創作の革細工がある。僕は先週、お腹いっぱいでもないのに寝過ごして欠席してしまったので、今週はなんとしても参加したい。
 …と思っていたら、職場のマネージャーから携帯に連絡が入っていた。東京にある、会社の保険組合に直接連絡して欲しいという、留守番電話の伝言だった。例の入院費の限度額適用の認定証交付の件についてだ。
 早速電話をすると、給付担当の女性が出た。僕は、5月からの適用に間に合わすべく、可能であれば直接病院へ認定証を送って欲しいと付箋にメモを書いて返送していたが、会社の人事経由で手続きすると聞いていたので、どうせ何か面倒なことにでもなっているのかと思った。案の定面倒なことに、返送していた申請書が、保険組合にまだ届いていないという。
 先週13日、父が病院に来た翌日の夕方には、わざわざ病院から坂を下って行った郵便局のポストに間違いなく投函している。今度はこちらからマネージャーへ連絡して経緯を話し、人事のどこで書類が止まっているのか確認をお願いした。

 電話を切ったあと、予定の時刻を過ぎていたが、7階のアトリエに向かった。
 康平くんは本来、先週が退院前の最後の創作参加だったはずなのに寝過ごしたため、今日この時間に仕上げて病院を出るそうだ。
 僕はといえば、絵柄のデザインを決めあぐねているうち、だんだん面倒になってきたので、とりあえず何となくな模様の刻印を、何となく本番用の牛革に打ち込んでみた。思った通り、何となく不細工になった。あとで何となく修正できればいいか。
 僕は所詮、そんな感じだ。
 康平くんは、立派なデザインのキーケースを見事に仕上げ、みんなの賞賛を受けつつ自画自賛していた。確かに立派な出来だった。

 そんな彼も、午後3時の病院バスで退院していった。相変わらず「おめでとう」の言葉はない。
「次に来たときは、数ヶ月かかって本格的なカバンでも作ったら?」
 と、笑えない冗談を言って送り出す。しばらくは外来でマトリックスに通うことになるが、例え途中でそれをやめても、もう誰に何を言われることもない。
 彼が本当に再入院するときは、間違いなく今より事態が悪くなっているときだ。そんなことが絶対にないよう願い、僕は5階病棟の階段で彼と別れた。
 勝瀬さんと米窪さんが、3階玄関のバス乗り場まで見送りに出て行った。


 次は、3時半からの断酒会『柏ノ丘例会』だ。和代さんは「私は強制しないから」と言いつつ、今日も新しく入院した患者へ熱心に参加を勧めている。
 少し時間があったので米窪さんに、転院中に描いたという絵を見せて欲しいとお願いした。「どんな動物を描いてもネコになる」と言っていた米窪さんだが、丸谷さんからいろいろと手ほどきを受けていたらしい。正直、からかってやろうと意地悪な気持ちでスケッチブックを見せてもらった。

 1枚目には、転院先の病室の窓から見える景色が、筆ペンと色鉛筆を使って丁寧に描かれていた。
「向かいにあるビール園に誘惑され続けた」という通り、なるほどすぐ正面にはビール園の大きな煙突と周辺の建物が、繊細で優しいタッチで描写されている。それが心の内を反映しているのかどうかは分からないが、反対に印象的だったのは、空がないことだ。緑の木々は簡略化され、生気がない。まだ春らしい春を迎えきれていないこの街のうすら寒い空気感を捉えていた。
 風景画は最初の1枚だけで、2枚目からは米窪さんが好きだという、たくさんの航空母艦、イージス艦、潜水艦の絵が目白押しだ。こちらは筆ペンだけで色の濃淡を出している。
 からかうどころか、舌を巻いた。看護師も患者も集まって来て、わいわい騒ぎ始めた。


 午後3時半、柏ノ丘例会が始まった。僕は先日のスリップについて告白した。昨日のAA「ぱはろ」でも入院中の飲酒の事実を話したが、これを話しておかないと、次回のミーティングや例会に参加する資格がなくなってしまうような気がしたのだ。
 散会後、北股会長から「行動制限はいつまで?」と訊かれた。次の日曜、年に2回という断酒会の特別行事が院外の会場で催されるため、参加を勧めたかったのだろう。
「1週間は外出禁止です。まあ、自業自得です」
 僕はそれだけ答えて頭を下げた。


 週末は外出や外泊が多く、5ーB病棟は静かだ。福井さんや山形さんは体調を崩し、デイルームにあまり姿を見せない。町坂さんはダイエットと称し、お腹にラップを巻いて病院から2時間のウォーキングに出かけたそうた。外泊で朝から病院を出たきりの周さんは、日曜夜まで戻らない。みんな思い思いの週末を過ごしている。

 夕食にオムライスがでた。思った通り卵は固いが、中がケチャップライスではなかった。チキンスープか何かで炒めたごはんだと思うが、何だろう。米窪さんも勝瀬さんも「味が薄い」とぼやいていたのは、昼の青椒肉絲の出来が良かったことが関係しているのかもしれない。僕は卵の上にマヨネーズをかけたらかなり自分好みの味になった。糖尿食の高津さんだけが、
「いいなあオムライス。オレ食わしてもらえんとね」と、子供のように羨ましがっていた。


 夕食後のAA「はましぎ」。今週は40代くらいの男性ひとりがメッセンジャーとして来られていた。
 先日から53号室に新しく入院した黒部さんという男性と、僕が4階に移されている間に入ったらしい洋子さんという50代の女性も参加していて、人数は10人前後と比較的多かったが、黒部さんと洋子さんは初めてのAAということで発言をせず、体調が芳しくない山形さんと米窪さんも途中退席した。
 黒部さんと洋子さんは今日の柏ノ丘例会にも出席してした。黒部さんは僕のベッドに向かって右隣、転院前に米窪さんが使っていた部屋隅のベッドに入っている。高津さんがひとつ左の窓際へ移ったため、今は米窪さんが僕の左隣になっている。
 僕は黒部さんを60代半ば~後半くらいだと思っていたが、あとで聞いたところまだ50代後半で、高津さんと変わらないそうだ。塗装屋をしていたそうで、職人という仕事柄なのか病気のせいなのか、病棟の患者にはどうも老けて見える人が多い。年輩患者にありがちな、晩酌の延長くらいでまさかアルコール依存症だとは思わなかった、という典型的なケースで、例会の席上でも北股会長から質問され、
「休日に昼間から飲むとか、思い当たる節がないわけじゃないんですが、やっぱり自分が依存症だとは認めてなかったですね」
 と、自身の胸の内を話していた。
 洋子さんは昨日のSSTにも参加していて、割と積極的に何でも入っていく性格のようだ。入院に至った事情はまだあまり話したくないようだが、1クールとはいわずできるだけ早い退院を望んでいるという。料理グループに誘ってみたら、かなりの手応えを感じたところだ。

 今日のAAのテーマは「自分に正直になる」。お酒を飲みたい、と思って飲むのがまさにそれだろ、ということにもなるが、僕の場合、初めて大阪で当時の彼女に付き添われてアルコール外来に行ったとき、医師から直ちに入院を勧められた。けれども仕事のことを含めて経済的な問題があったし、まさか実家に「アル中で入院するからお金を何とかして欲しい」なんて正直に言えるはずもなかった。また正直なところ、自助グループなんて怖そうなところにも行きたくなかった。
 そして結局、僕は何も変えようとしなかった。変わったのは、彼女をはじめ、今まで僕のために親身になってくれた人が離れていったことだった。

 勝瀬さんが現役の美容師で、奥さんとお店を経営しているというのは、以前本人から聴いていた。お客さんのパーマの待ち時間など、仕事中にも焼酎が欠かせなくなり、お店から自宅へ帰る途中にある無人交番に酔っ払って立ち寄ってはパトロールから戻った警察官に絡む常連になっていたという。奥さんから何度も離婚を迫られ、ついには奥さんの母親からも「お願いだから娘と別れてくれ」と涙ながらに懇願されたが、その度に断酒を誓い、それを破った。
 そんな勝瀬さんだったが、奥さんが密かにアラノンのミーティングに参加していたことを知って衝撃を受けたという。
『アラノン(Al-anon)』とは、アルコール依存症者を家族や友人に持つ人たちが集まる自助グループで、世界130ヶ国、日本でもNPO法人の認可を受けて国内各地にミーティング会場を設けている。奥さんがいかに苦しんでいたか、そして自分が苦しめていたかに気付いた勝瀬さんは「情けなくて涙が出た」そうだ。
 こうして今度こそ、これが本当に最後と入院治療することを決意したのはいいが、どうせ最後なら飲み納めにと、外来へ向かう前日に焼酎をラッパ飲みして動けなくなり、挙げ句の果てに自分で救急車を呼んで「柏ノ丘病院までお願いします」と行き先まで告げ、無事入院となったということだ。
 こうなるともう、ある意味感心する。良心の呵責とお酒に対しての執着が、どちらに対しても正直すぎるのではないか。

 とはいえ、勝瀬さんは今、できるだけ多くのARPに参加し、週末には自宅へ戻り、失ったものを取り戻そうとしているのは事実だ。
 ARPに参加すると、あらかじめ患者ひとりひとりに渡された「ARP ・自助グループ参加表」にスタンプかサインを貰う。夏休みのラジオ体操のスタンプカードのようなものだが、必ずしもすべてに参加しなければならないわけではないし、いくつ貰えればどうというわけでもない。無論、退院の時期を直接判断するものでもない。
 これはあくまで、この入院期間内でどれだけ自分の目標に向かって行動したかという「証し」に過ぎない。もちろん、スタンプの数に無理に価値を求める必要なんてない。

 ただ勝瀬さんは、退院後にこの表をファイリングして、自宅の目につくところに置いておきたい、と僕に漏らしてくれた。
 

※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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