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2014-07-03 06:59 | カテゴリ:スリップ
(※スリップ翌日)
 朝食が運ばれて来たのでいったんは目が覚めたのだろうが、そのまま二度寝してしまったらしい。若い女性看護師さんに再度起こされた。5ーB病棟では見たことのない人だ。
「朝食、召し上がれそうですか?」
「…はい」
 とりあえず、そう答えた。朝食というからには朝なのだろう。二日酔いはないが、喉が渇く。マスク姿の看護師さんに水かお茶をお願いすると「すぐに持って来ますね」と言って出て行った。

 一面が白い壁の個室。10畳くらいのスペースだろうか。病院の壁はたいてい白いが、物が置かれていないので白さが強調されている。よく見るとシミがところどころにあり、あまり清潔な感じはしない。
 部屋にあるのはベッドと、食事トレーなどを置くキャスター付きの台、それから簡易トイレ。いわゆるひとつの「おまる」だ。ベッドの足元に使いかけのトイレットペーパーが無造作に転がっている。窓には鉄格子が組まれ、開けられないことが見ただけで分かる。曲線状にデザインされたフォルムをしているが、鉄格子に変わりはない。
 外は小雨が降っている。もともと山の傾斜に沿って建っているため、窓から外を見ても地面が近く、ここが何階なのかよく分からない。
 天井の隅に監視カメラがついている。エレベーターでよく見る、半球体形状の黒いカメラだ。
 扉は車椅子でも出入り可能な、バリアフリーの大きな引き戸がひとつ。扉を閉めたまま外から中の様子が伺えるよう、パカッと開いて覗ける横長の細窓がついている。

 監禁されているのかと思い、何とはなしに扉を引いてみた。施錠はされていない。右手側から、奥へ伸びる廊下になっている。ここが突き当たりに近い部屋だと分かった。
 奥に詰所があるのだろうか、先ほどの看護師さんがすぐに顔を出し、僕を声で制した。
「出ちゃダメですよー、戻ってください」
 おとなしく部屋に戻る。まもなく、カップに注いだお茶を持って、看護師さんが戻って来た。
「どうですか、気分は。お酒は抜けましたか?」
 酔いは醒めているが、口の中は不快だ。受け取ったお茶を一気に飲み干して、おかわりをお願いした。
「ここはどこの病棟ですか?」
「4階病棟です」
 5ーB病棟へ来る前に他病棟で待機入院したことのある患者の話では、4階がいちばんキツい、と聞いたことがある。重度の精神病患者の専用病棟だとかなんとか言われているが、実際のところ病棟の区分は曖昧でよく分からない。
「僕はいつまでここにいるんですか?」
「とりあえずお酒が抜けるまで、ここにいてもらいます」
「いま何時ですか?」
 時計を持たない僕は、携帯を没収されているので時間が分からない。まだ午前9時前だった。
「僕の私物なんですけど…」
「私物はお渡しできないことになってるんです」
 5ーB病棟にあった『鬼平犯科帳』のコミックを読破していた僕は、最近は路線を転換して山崎豊子の『大地の子』を読み始めていた。私物ではなく借り物だが、せめて読みかけの本くらいはいいでしょ、と思ったところで、それ以上食い下がっても仕方がないので諦めた。
「あの…トイレは、これですか?」
 おまるを指差し、海外旅行のガイドブックみたいなぎこちない質問をしてしまった。大も小もしたかった。
「そうですね」
「あのカメラで見てるんですよね」
「そうですね」
「どうしても、あれですか?」
 再度おまるを指した。マスクの看護師さんは「そうですねえ…」と少し思案したあと、「カメラがどうしてもアレでしたら…」と何か言いかけたが、僕にはもっと残念な提案をされる予感がしたので、
「いや、いいです。我慢します」
 と遮った。彼女は最後に、
「漏らさないでくださいね」
 と余計な一言を残して部屋を出て行った。

 それからの時間は、退屈との闘いだった。何度かうたた寝はしたものの、暇すぎてかえってよく眠れない。どこかの部屋から叫び声や唸り声が聞こえる。
 日勤と思われる、朝とは別の女性看護師さんが体温を測りに来るまで、ずいぶんと長い時間放置されていた気がした。
 トイレのことをもう一度お願いしてみると、部屋を出て左にある個室トイレの使用を許可してくれた。用を足して昼食を摂り、それからさらに時間を持て余したので、とりあえず歌い、『外郎(ういろう)売り』の暗誦をして暇を潰す。歌が下手でも、暗誦がスムーズに出て来なくても、僕の放置は変わらない。
 午後2時を過ぎて、ようやく5階へ戻ることを許された。どうもこの病室に新しい患者が入って来るので、僕には予定より早く出て行ってもらうことになったようだ。
「引き継ぎがあるので、デイルームか喫煙室で待っていてください」
「喫煙室って…ライター没収されてますけど」
「喫煙室に行けば、ぶら下がってますから」

「ぶら下がってます」の意味がよく分からなかったが、それはそのままの意味だった。看護師さんの言った通り、4階病棟の喫煙室には使い捨てライターが1個、壁付近にヒモで固定して吊るされていて、患者個人での所持は禁止されているようだ。喫煙室の中に椅子はなく、4、5人の男女がしゃがみ込んだり、そのまま床に座ってタバコを吸っている。虚ろな目でボーッとしている女性や、しきりに何かにぶつぶつ文句を言う男性がいる。喫煙室の外では、デイルームのテーブルに座った中年の女性が、さっきからずっと僕に手を振っている。コワい。
 詰所、というにはもっと広い、守衛室のようなナースセンターは、見たところおそらく強化ガラス張りで、デイルーム全体を見渡せる間取りになっている。男性職員が多いが、どういうわけか若くて綺麗な看護師さんも目立つ。車椅子の男性が、大声で怒鳴り散らしながらナースセンターのガラスを叩いている。何を言っているのかはよく分からないが、職員はそれがいつものことのように軽くあしらっている。
 なかなかマッドな光景を、僕は暇疲れしたアタマでしばらく漫然と見つめていた。やがて看護師さんに呼ばれ、ナースセンターの中から施錠された通路を通り、5ーB病棟へ戻って来た。


 迎えてくれたのは、葉山看護師だった。
 今回の件のあらましについては、申し送りでひと通り聞いているとのことだったが、面談室で再度詳しい事情を訊かれた。
 僕は改めて経過を説明した。一昨日の19日に2時間外出をした時点で、麻友美さんのところへ行こうが行くまいが飲むつもりだったこと、昨日の一日外出申請をしたのも、彼女と飲む可能性があることを承知で、いわば計画的だったことも申告した。
 すべて僕の、彼女への勝手な同情で、自己満足だった。何の解決にも、誰のためにもならないことも分かっていたし、お互いの傷を広げるだけの結果になる危険が高いと知りながら、ただずるずると流されていった。それは僕自身、彼女とお酒を飲むことで淋しさを癒やしたいという甘えがあったからにほかならない。彼女に申し訳なかった。

 葉山看護師から、いわゆる「反省文」を渡され、今日のうちに書いて提出した。今後1週間は5ーB病棟からの外出禁止となり、3階の大浴場以外は、売店に行くこともラジオ体操の参加もできなくなる。
 病室へ戻ると、53号室の患者をはじめ、みんなが苦笑いで迎えてくれた。米窪さんも戻って来ていた。本当は僕が米窪さんを迎える立場なのに、お互いに「お帰りなさい」と言葉をかけ合う変な再会となってしまった。

 夕食後の院内AA「オリーブ」には足を運んだ。この女性グループは、普段は毎月第1月曜にミーティングを行うのだが、今日は変則日程のようだ。詳しい事情は分からない。
 時間の都合で、僕が発言する機会はなかった。元トラック運転手だったグループメンバーの女性が、度重なる飲酒運転と事故で多くのものを失い、この街にやって来た話をされていたが、みんな彼女の強い東北弁が気になって、とても失礼だとは思いつつも集中できなかったようだ。

 僕は麻友美さんのことが気になり話に集中できなかった。彼女は自分を責めて、今日もお酒を飲んでいるのだろうか。
 彼女からは、僕の体調を気遣う短いメールが届いただけだった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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