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2014-06-28 22:35 | カテゴリ:料理

 早朝のラジオ体操からデイルームへ戻ると、和代さんが大声で料理グループの話をしていた。大田看護師からメンバーに誘われたが、どうするか揺れているというのだ。
 実際のところ料理グループは、米窪さんや丸谷さんらが抜けて、現在の正式なメンバーはリーダーの康平くんと節子さんのふたりだけだ。その康平くんも来週の回を最後に退院するため、このままでは活動休止を余儀なくされてしまう。
 僕は前回のリベンジということで再度見学させてもらい、買い出しにも付き合うことを康平くんに伝えていた。カナちゃんも正式に参加したいと言っていたので、そのことを和代さんに話した。
「でも、もっと人数がいないと料理なんてできないし、私迷ってるのよ」
 和代さんが心配しているのは、予算のことだ。料理グループの正式メンバーには、病院で出される通常食1食分に相当する、ひとり300円が割り当てられる。10人いれば予算3,000円でメニューを考えることができるが、3人や4人程度では1,000円前後でしか作れないことになる。ARPの一環として見れば、できるだけ多い人数と予算でそれなりのものに挑戦しなければ、活動の意味がないということだ。ちなみに白米は、予算に含まれずに使い放題なのだそうだ。また、食事制限のある患者もいるため、誰でもいいというわけにもいかない。

 康平くんは昨日、朝の瞑想の時間に料理リーダーとして参加の呼びかけをすると言っていた。が、今朝も7時15分から始まる瞑想に起きて来る気配はなかった。
 平日は毎朝、瞑想10分前になると詰所からの放送でデイルームへ集まるよう周知される。5分前にもなると、前日の夜勤から朝を迎えた看護師さんが病室を回り、まだ寝ている患者に「瞑想ですよー、起きてくださーい」と声をかけるのだが、康平くんはそこでいったん返事をして起きるふりだけを見せ、看護師さんが病室を出て行くと二度寝に入って瞑想をすっぽかす、という技を身につけている。なかには叩き起こして無理やり引きずり出してくる、掛川看護師のような強敵もいるが、そうでもない限りは決して起きない常習犯なのだ。
 節子さんが張り切っているようなので、僕はこのまま料理グループが活動できなくなるのは残念だとは思っていたが、僕自身が今すぐメンバーになって積極的に関わろうというつもりはなかった。前回「やっぱりダメだ」とあっさり逃げ出してしまったため、集団に入って行く勇気と意欲を少しでも持つことができたら、1回の見学で充分だった。
 和代さんは「迷ってる」と言ったが、迷うも何もメンバーが集まらなければ活動できないのだから、それはそれで仕方がない。康平くんに「退院までになんとかしろ」と丸投げするのも無茶な話だ。
 結局、康平くんは起きて来ないまま瞑想の時間が終わろうとしたとき、いきなり和代さんが手を挙げて発言した。
「料理グループの件ですが、メンバーの退院で人数が減っています。今回、ふたり新しく入って、私も誘われてるんですが、3人4人じゃたいしたこともできないので、正直なところどうしようか揺れています。ぜひ皆さん、料理グループへの参加を検討いただけないでしょうか」
 頼まれてもいないのに康平くんに代わって発言する結果になったが、自分が参加を決めかねているからほかの人に参加の検討を促すというのは、なかなか大胆というか正直というか、これはこれでたいしたものだと呑気に感心してしまったが、「ふたり新しく入って」とは誰のことだろう。
 ―― もしかして、俺とカナちゃんのことか? 俺はメンバーになるとは言ってないし、カナちゃんは2週間で退院の予定だから、来週1回しか参加できないのに。

 僕にはよくあることなのだが、自分の意思とは逆に話が進んでしまい、結果として混乱を招いてしまう。もっとも、僕が最初にしっかり意思表示をしないことが問題なのだけれども。
 その後、大田看護師から「とりあえずメンバーになって、作ったものを食べてみましょうよ。やめるのはいつでもできるから」と説得された。優柔不断な人間の背中を押すのは「とりあえず」と「やめるのはいつでも」という、なんとなく都合のいいキーワードだ。行きがかり上、メンバーとしての参加を断れなくなってしまった僕は、それならばと、今度は大田看護師と一緒になってメンバーを募る側に転じた。
 52号室の草刈さんは、僕より少し前にアルコール依存症で入院した50代の男性患者だ。今回で2回目の入院らしい。僕がここへ来た当初、散歩コースに柏山の展望広場を薦めてくれた温厚な人で、毎朝病院周辺の散歩やジョギングを欠かさない。院外SHGでは断酒会に積極的に出向いている。草刈さんを引き込まない手はない。
 甘言を弄してお誘いしたところ、「前にもいちど、やってるんだよなあ…」と、困惑されてしまった。
 草刈さんによると、入院が長期だったり、複数回におよぶ患者のほとんどは、たいていのARPをいちどは経験しているらしい。ほかにすることがないのだから、考えてみればそれはそうだ。いちど参加した人が現在はしていないというのは、それぞれに何かしらの理由があるわけで、そういう人を再び乗り気にさせるのはなかなかハードルが高いということになる。
 とはいえ、患者の顔ぶれは入れ替わるものだ。何も分からない入院ビギナーをただ待っていても始まらない。僕は大田看護師と猛烈なアプローチのすえ、「しょうがねえなあ」と半ば強引に承諾を取りつけた。

 いったん引き受けると、今度は草刈さんが積極的な姿勢を見せた。
「だけど、10人くらいは欲しいな」
 根拠はないが、なんだか頼もしい。
 あとで聞いたところ草刈さんは、とりあえず次回のお試し参加ということで勝瀬さんの勧誘に成功したそうだ。勝瀬さんは柏ノ丘初入院でARPにも積極的、食事制限もない。料理メンバーにはうってつけだと僕も目をつけていたのだが、「オレ、食べ物の好き嫌い激しいよ」という大人しからぬ抵抗に押し切れずにいたところだ。
 料理には大田さんか長浜さんのどちらかが、担当看護師として必ず立ち会う。また、リハビリ課から作業療法士も1名参加する。そうした病院スタッフや、現在看護実習に来ている学生さんも数に入れて構わないということで、患者だけで10人とまではいかなくても、なんとかグループとしての体裁は整いそうだ。場つなぎではあるが、即活動休止になるよりはマシだ。
 ただ、草刈さんがどんな手を使って勝瀬さんを引き入れたのかは、未だに分からない。


 昼寝をしないよう注意はしているが、それでも睡魔はやって来る。
 今日が2回目となるはずの革細工の創作は、昼のまどろみに時間を奪われ参加できなかった。僕はまだ退院まで2ヶ月あるからいいものの、来週退院の康平くんは今日が最後の創作だったが、彼もあえなく寝過ごして不参加となってしまった。もちろん朝の瞑想からずっと寝ていたわけではないようだが、午後1時半からという創作の時間帯は注意が必要だ。昼食後のまったりとした空気が、康平くんをベッドへといざなったのだろう。
 結局彼は最後の仕上げをすることなく、未完成のキーケースをお持ち帰りすることになった。「次に入院するときのために、アトリエで保管する」という選択もあるにはあるが、薬物依存を断つと決意した29歳にとっては笑えない冗談でしかない。


 午後3時半。先週に続いての断酒会『柏ノ丘例会』は、少し寝ただけあってすっきりした頭で参加することができた。
 アルコール依存症者のための自助グループには断酒会とAAのふたつがあるが、ARPで自助グループに参加する患者は、たいていどちらかに特化していく。
 断酒会については、まだ院外の集まりに足を運んでいないのであくまで聞いた話だが、会費負担のある会員制で組織としてのまとまりがかっちりしている反面、縛りがきついと感じる人には敬遠される向きもあるようだ。
 いっぽうAAは、来るも来ないも本人の意思に任せる、といった感じで匿名性も高い。それだけに、かえって断酒に結びつかないという落とし穴も多い気がする。アメリカ発祥だけあって、宗教的な色合いが濃いのも特徴的だ。
 どちらがいいとか悪いとかではない。僕は双方のメンバーの方から、自分に合ったほうを自分で見極めるようアドバイスをいただいた。そして入院中の自助グループ参加は、それを判断する貴重な機会ということになる。
 そうは言っても、最初に足を運んだグループの印象の良し悪しで一方に傾いた人もいる。和代さんは即断で、この街の中央地区で例会を開いている断酒会に正式に入会し、病室から通っている。
 また、今のところ入会はせずに院外の断酒会へ足を運んでいる草刈さんは、最初に行ったAAの印象がたまたま悪かったので、以来AAには行かないことにしたのだそうだ。普段温厚な草刈さんからは想像しにくいが、そのときは椅子を蹴飛ばして帰ってしまったというから、よほどのことがあったのだろう。もちろんAAも断酒会もそれぞれたくさんのグループがあり、たまたまひとつが悪かったからといって、すべてのグループが同じというわけではない。けれどもそこはやっぱり人間なので、第一印象で決まってしまうことがあるのも否めないことだ。
 利根川さんや植中さんなどは、束縛されないAAが性に合うようだ。ふたりとも特定のグループには所属はせず、あちこちのミーティングに出かけている。優二さんも院外AAには積極的だが、院内でのAAに参加しているのは見たことがない。人によって関わりかたも様々なのだ。
 どちらの自助にも参加したうえで「どっちも合わない」という患者もいる。この中には酒をやめる気があるのか疑わしい人もいるが、例えそうではなくても特に年輩の患者にとっては、体力的にも精神的にも自助に積極的になれない人が多いのも事実だ。さらには町坂さんのように「オレは自力で断酒する」と本気だか冗談だか分からないことを口にして、どちらにも参加しない人もいる。
 つまり結局は、人それぞれということだ。僕は退院まで、自分に合った選択をするため、できるだけ両方の集まりに参加するつもりだ。

 今日の柏ノ丘例会では、北股会長含めて14人が参加、入院患者では和代さんのほか、断酒会では珍しく植中さんの姿もあった。
 例会では冒頭、横断幕に掲げられた6項目から成る『断酒の誓(ちかい)』を、全員で起立して唱和するのだか、このうち最後のひとつに次の文言がある。

 一、私たちは断酒の歓びを、酒害に悩む人たちに伝えます。

 僕はこの、「断酒の歓び」というものを知らない。子供の頃、シラフの父と他愛のない会話で笑った記憶がない。舞台に立つシラフの父を「凄いなあ」と思ったことは何度もあるが、それは家での父ではない、別の誰かのようだった。
 中学に入ってお酒を知り、それが仲間を確認し合うことのできる便利な道具だと錯覚した。そして高校を出て実家を離れ、大阪で大学生活を始めた翌年、人間関係の悩みから連続飲酒に走り、38歳の今日まで至った。
 お酒を飲んで本音をぶつけることがコミュニケーションの本質だと信じ、お酒が飲めない人を気の毒だとさえ思っていた。いつしか、お酒がないとあらゆることを楽しめなくなり、不安や孤独や劣等感をすべてお酒でごまかすようになってしまった。
 僕には断酒をすることが、こうしたすべての苦痛を無条件で受け入れて、ただひたすら我慢するだけの、より大きな苦痛に思えて仕方がない。お酒をやめなければとは思いつつも、やめたところで今度はそういう苦痛に押し潰されやしないか。心の平穏が得られることなんて、僕に限ってないのではないか。本音を言えばそれが怖い。「断酒の歓び」など、想像もつかないのだ。
 前回、北股会長から「38歳という年齢は、断酒をするいちばんいいタイミング」と言葉をいただいた。確かに、失った時間や人間関係は取り戻せないが、もういちど生き直すことはできるかもしれない。生き直すに当たって、僕はぜひともこの「断酒の歓び」というものを知りたい。これまで断酒を続けてそれを知った人から、僕自身の歓びにつながるヒントを探したい。

 僕は今日、そんな発言をした。これを受けて、並木さんという60代半ば~後半くらいの男性が、自身の思いを語ってくれた。
「私はお酒のために、これまで夫らしいこと、父親らしいことを何ひとつやってきませんでした。残りの人生、断酒を続けることで、その埋め合わせをひとつずつしていき、失った信頼を少しずつ取り戻していけるよう、努力することが私の歓びです」
 痛切な後悔と反省の気持ちに立った言葉で、並木さんはそう断言した。
 また、50代と覚しい古国さんという男性はこう話す。
「今までは、命を削って飲酒してましたね。いってみれば、命をかけて飲んできたんだから、今後は命をかけて酒を断つんです」
 命をかける価値を見出だせるなら、それは歓びにほかならないはずだ。


 午後6時半から参加した院内AAは、先々週に続いて2回目となる「はましぎ」だ。メッセンジャーは50~60代の女性がひとり、雨の中を来られた。患者は僕を含めて5人が参加した。
 このミーティングで、福井さんの思わぬ発言が飛び出した。
「いや実は最近さ、みんなの話聴いでっと、オレぁアル中じゃねんでねか、って思うようになったンだワ」
 福井さんらしいカミングアウトに、教室は驚きと失笑に包まれたが、本人は至って実直に、自身の感じる疑問を話してくれた。

 アルコール依存症者には、その親もいわゆるアル中で、毎日のように酒に酔う父親や母親の姿を目の当たりにして育った人が多く、虐待を受けていたケースも少なくない。そういう、アルコール依存症者を親に持ったことが成長過程に影響を及ぼし、大人になっても感じかたや考えかたに偏りを抱える人たちのことを『アダルトチルドレン(AC)』という。けれども福井さんの両親はお酒を飲まず、福井さんがお酒を覚えたのも20歳になってからだそうだ。
 アルバイトでバーテンをしていた際、店の売り上げのため、あまり飲めないお酒を半ば強制的に飲まされたが、それでも連続飲酒につながることはなかったという。
 結婚後、晩酌はするようになったが、それでも当初は子供が塾から戻るのを車で迎えに行くのが日課で、帰宅してからお酒をたしなむ程度だった。やがて子供の塾通いがなくなると晩酌は早めになり、次第に酒量が増えたそうだ。2年前に体調を崩して倒れた際、娘さんから「お父さんはアルコール依存症だから病院へ行って」と言われ、初めて専門外来で依存症と診断された。診断書には「重度」と書かれていたという。
 ひと月程度の入院をしたが、断酒は叶わず2回目の入院となった福井さんは、その際も「自分の意思でいつでもやめられる」と依存症を認めなかった。AAや断酒会も拒否し、今度はわずか1週間で退院してしまったそうだ。以前、女性グループ「オリーブ」のミーティングの席で「AAが大嫌い」と言ったのは、このときのことだろう。今回は3度目の入院となった。
「今度で最後にすっぺと思って、1クールちゃんとやろう、ンだば、ちゃんと学習もしねばど思ってよ」
 福井さんは現在、AAに積極的に参加している。ほかの患者の話を聴きながら、福井さんなりに試行錯誤しているのだと思った。その試行錯誤の先に、福井さんが自身の問題を解決していくための何かがある。

 プロセスは人それぞれだ。ここに、解決のための方法を決して絞ることのできない難しさがある。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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