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2014-06-20 13:01 | カテゴリ:診察・診断・回診

 丸谷さんが退院した。午前10時半の病院バスで出発するということだったが、僕は10時から2回目の心理検査か入っていたので、10時前に喫煙室でお別れをした。散歩の際やデイルームで聴かせてもらったことは、僕とはまったく違うプロセスを辿った丸谷さんの、貴重な話ばかりだった。


 2回目の心理検査は適性能力を診るということで、図形を並べたり口答の計算をさせられたりと、僕が特に苦手とする数学的な出題が多かった。昨夜は遅くまで日記を書いていて4時間ほどしか寝ていなかったが、たっぷり寝ていたところで結果はあまり変わらない気がする。

 心理士の田村さんから1時間半にわたって様々な出題をされたあと、最後に無地の画用紙と鉛筆を渡され「実のなる木」を描いてください、と言われた。
 僕は根の部分から真っすぐに伸びる高い木を1本描いた。
 牛本看護師主任から聴いた『アディクション・ツリー』が一瞬頭をよぎったが、どうしてもふんだんに実るという光景が浮かばず、木の高いところに伸びた枝にぶら下がる果実をひとつだけ描いた。果実はリンゴでも柿でもドリアンでも何でもいいが、それはとても大切な何かのイメージで、その実を木の下から見上げて立つ人物を加えた。何となく、大事に育てた木に実った柿を見つめるカニ ――
 昔話にあった、そんなシーンを想像した。サルがもっと親切だったなら、自分で木に登れないカニのために、柿の実を摘んであげられたはずなのに。
 僕の描いた木には、親切なサルも意地悪なサルもいない。木の下から果実を仰ぎ見る無機質なタッチの人物は、ただ実が落ちるのをじっと待っているだけだ。


 ひと通り絵を描き終えると、田村心理士が僕に細かい質問をする。
「この木はどれくらいの高さですか?」
「ビルの5階から…10階くらいでしょうか」
「けっこう幅がありますね?」
「具体的な高さは分かりません。でも高い木です」
「幹の太さはどれくらいですか?」
「両手を回して届くほど細くはないですが、それほど太くもないです」
「この人物の身長はどれくらいですか?」
「僕くらいでしょうか」
「木の樹齢はどうですか?」
「せいぜい40年くらい…陽射しと水があればすくすく育ちます」
「ここはどんな場所ですか?」
「周囲にも木はありますが、鬱蒼とした森ではないんです。陽射しが届く、ちょっとした林みたいな」
「地面に草のようなものも描かれていますが、これは何ですか?」
「草でも花でも構いません。ただ、地面にも陽射しが当たってるので、小さな植物も生えてるかなあ、と」

 最後のほうの質問の答えは完全に適当で、単に「陽射し」という言葉が気に入ったから何度も使ってみただけだ。それも含めての心理検査なのだろうか。

「絵はよく描かれるんですか?」
 と、田村心理士に訊かれた。僕と同い年で物言いがとても丁寧だ。思わず訊かれてもいないことまで喋ってしまった。
「小学生の頃は、兄と一緒に絵画教室に通ってました。でも絵は圧倒的に兄のほうが上手くて。先生はきっと、兄の才能を伸ばしたかったんで、僕はついでにくっついて来ただけなんでしょうね。負けたくないというのはあったけど、途中でこりゃ無理だと分かってやめました。それ以来、絵をまともに描いたことはありません」
 中学や高校の美術の授業で、少なからず絵を描くことはあったはずだが、僕にはその記憶がない。あの絵画教室が、僕がまともに絵を描いていた最後だ。
 来週、もう1回検査を行うという。


 あまり寝ていなかったうえ、予想以上に心理検査に脳みそを使ったため、ベッドに戻ると爆睡していた。午後1時半頃、シーツ交換に来たおばちゃんに叩き起こされた。毎週月曜日は1時から、順次すべての病室のシーツ交換があるため、本来この時間はベッドを空けていなければいけないのだ。

 午後2時からは恒例の学習会に参加した。先週は連休でお休みだったため、僕は今日が3回目となる。今回は『⑧ アルコールがつくる身体の病気』がタイトルで、渡辺先生というドクターが担当した。
 5ーB病棟の患者を受け持つ医師は、院長を含めて5名いるが、このうち僕の主治医の森岡先生以外の医師の姿を見たのは初めてだ。40代前半~半ばくらいだろうか、何だか喋りかたに落ち着きがなく、おどおどしているような感じの先生だ。精神科医には見えないが、緊張しているのだろうか。
 いざ学習会に入ると先生はやや落ち着きを取り戻したようで、タイトルの通り、アルコールによる肝臓、膵(すい)臓の疾患や、消化管、神経、循環器系その他、障害のリスクと症状について、スライドや資料を使ってのレクチャーが行われた。
 なかでも、初期段階では無症状のため、俗に「もの言わぬ臓器」と呼ばれる肝臓の疾患のなれの果てが、いわゆる肝硬変で、5年生存率が50%と聞けば到底穏やかでない話だが、直ちに飲酒をやめるとその数字は、なんと85%にまで上がるのだという。
 とは言え、どうも素人相手に数字のデータを持ち出されると、プレゼンする側のやりようでいくらでも説得の材料にできてしまう気がしてならない。要は「コノママデハ死ニマス。デモ今ナラチャンスハアリマス」感が見えすいているのだ。
 そんなふうに思ってしまう僕は、やっぱりひねくれ過ぎているのだろうか。


 僕の気持ちの浮き沈みは相変わらず激しい。
 今日は夜半から雨の予報だったが、降らずに済んだ。雨さえ降らなければ、ベランダ越しの桜はもうあと数日で満開になる。
 この遅咲きの桜が枝いっぱいに咲くのを見たとき、僕は何を思うのだろうか。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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