-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2014-06-14 11:38 | カテゴリ:SST

 午前9時の送迎バスで、米窪さんが転院のため病院をあとにした。転院先ではしばらく満足な食事は摂れないという。丸谷さんと康平くんと僕の3人で、3階玄関前のバス乗り場まで見送りに出た。10日~2週間後に米窪さんが戻って来たときには、このふたりはもうここを退院しているはずだ。


 僕のフレッシュミーティングは3回目となり、勝瀬さんと永塚さんのほか、節子さんという新しい患者が加わった。
 節子さんは、やはり独り暮らしの淋しさからアルコールに依存し、家族の奨めで先週入院してきた。自分を依存症と認めることができず、精神科への入院に抵抗を示していたものの、比較的自由な5ーB病棟の生活に、現在は落ち着いてきたという。
 あとで聞いた話だが、まだ50代だというのにずいぶんと老けて見える節子さんに、福井さんは「70歳ぐれェですか?」とにわかには信じられない失礼な質問をしたらしい。

 ミーティングについて僕は、参加を続けているうちにだんだん混沌としてきた。確かに人数が少なければ話の密度は濃くなるし、ほかの患者の話を聴くのも興味深い。けれども、自分が話す内容は当然同じものばかりになり、自分で自分の話に飽きてきた。ミーティングそのものが、どれも似たり寄ったりに感じ始めている。
 お酒に依存することで失うものがいかに大きいか。僕が引き返すことのできないところに来てしまったことは充分に分かった。僕が手に入れたいのは、お酒に逃げなくても集団に関わっていける自分、お酒に頼らなくても楽しいことを楽しいと思える自分だ。早く次のステップへ進みたいと、僕は焦っている。

 今週で勝瀬さんと永塚さんがフレッシュミーティングを終了する。永塚さんは来週ここを退院し、中間施設に戻ってまた一からやり直すそうだ。新しい入院ビギナーが入らなければ、次回は節子さんと僕のふたりだけが対象のミーティングになる見通しだ。


 ミーティング後のレクリエーションでは、先週に続いてエアロバイクをひたすら漕いだ。汗だくになりながら、30分で10㎞走破ができた。ミニバレーには当面参加できそうもない。しばらくはひとりで筋力トレーニングに励んでやる。


 木曜午前の森岡先生の回診は、今日も「どうですか調子は?」という質問から始まった。僕はいつものように、食べることと寝ることに問題はないと前置きしつつ、夜になると襲われる孤独感と不安についてと、自分程度の症状ではここにいてはいけないのではという思いが日増しに強くなっていることを、主治医に初めて直接打ち明けた。
「γーGTPが220以上というのは、立派に悪いです。中には2,000を越える人もいるけど、正常値は70以下なんだから」
 それは知っています、とは言えなかった。γーGTPが正常値に戻っても、僕の屈折したココロがまともになるわけではない。
「まあ不安になるのはもっともですが、そういうときは薬を飲んでいいですよ。2~3時間は効き目があります」
 ―― どうせなら、一生効くクスリが欲しい。頭の中だけで、無茶な要求をしてみる。
「焦らずに、しばらくは低空飛行をしてください」
 と先生は、一見分かるようで分かりづらい表現を使って診察を終えた。急激に高度を上げてもバランスを崩して墜落する、という意味だろうか。でも正直、僕は焦っている。呑気に低空を飛んでいては、山に衝突しやしないか。


 昼食後の薬を貰いに詰所へ行ったとき、大田さんという女性看護師から声をかけられた。僕と同じか、もう少し若いくらいの歳に見えるが、米窪さんによると40歳を少し過ぎているとかで、高校3年と2年、それに小学校5年の、3人の男の子の母親なのだそうだ。余計なお世話だが、ちょっとふくよかな看護師さんだ。
 病院スタッフはみんな僕なんかよりはるかにしっかりした大人だ。ちゃんと自立して医療に携わる立派な仕事をしているのだから当たり前なのだが、それにしても看護師さんの年齢は本当に分からない。大田看護師は実年齢より若く見えたが、多くの看護師さんは僕の印象より本当はもっとずっと若いのかもしれない。もっとも僕のような、年齢に中身が伴っていないアル中を基準に年齢が上だの下だの推測しても仕方がないことで、僕が勝手に見た目で判断している年齢はまったくの憶測で、あてにはならない。

「サトウさん。明日の料理グループなんですが、良かったら一緒にどうですか?」
 料理は作業療法のひとつで、第3を除いた毎週金曜午前10時半から、調理器具のある教室で行われている。予算内で入院食に代わる昼食のメニューをあらかじめ決めて、グループメンバーで作って食べる、という自主参加のARPだ。リーダーの康平くんをはじめ、現在のメンバーは丸谷さんら退院の近い人が多く、米窪さんもメンバーのひとりだったが一時転院となったため、このままではグループ存亡の危機なのだそうだ。
 まずは調理師免許を持つ節子さんを顧問的扱いで招き入れることに成功したものの、まだまだ厳しい人数にあるという。
「メンバーになったら、おいしいものがたくさん食べられますよ。まずは見学だけでも、ぜひ来てください」
 愛嬌のある笑顔で、そう誘われた。ちなみに明日のメニューは酢豚だという。康平くんも丸谷さんも、既に一緒に散歩に行って何度も話をしている。
 ―― このメンバーなら。見学程度なら。
 そろそろいろいろ挑戦してみなければと思い始めていた僕は、
「とりあえず、行くだけ行ってみます」
 と気軽に答えた。


 酢豚の材料を買い出しに行くという康平くんらと一緒に、午後2時の病院バスに乗った。バスは西町駅行きだが、途中のスーパー柏ノ丘店前で下車ができる。料理メンバーは少し離れた別の食料品店で買い物をするというので、僕は彼らと別れてひとりで柏ノ丘店で日用品を買い、ついでに夜食用のパンを買った。
 木曜は特売日とのことで、1個108円のパンに絞っていくつか選び、レジへ持って行ったが、合計金額が明らかにおかしく、高かった。
 何も言えずに支払いを済ませて帰ろうとすると、僕の表情でミスに気付いたのか、レジの女性店員が「すみませんお客様、間違えました」と呼び止め、会計をやり直してくれた。
 そのまま徒歩で病院に戻る途中、郵便局のATMへ立ち寄り、100円単位まで残りの預金をすべて引き出した。しめて42,000円程度。入院してからというもの、タバコの消費が異常に激しいので、今後は何とか切り詰めなければならない。
 何たって、先月はろくに出勤していないのだから、これ以降収入の当てなんかないのだ。


 病院へ戻り、少し遅れてSSTに初めて参加した。SSTとは『ソーシャル・スキルズ・トレーニング』の略で、要するに社会技能訓練のことだ。
 社会技能といっても、いわゆる職業訓練のことではない。頼みづらいことを頼んだり、お酒や薬物の誘いを断るといった具体的なシチュエーションを想定して、コミュニケーションを図るうえで苦手な部分を練習する、というARPだ。第3を除く毎週木曜の午後3時から行われている。
 ―― これこそ、俺が参加しないといけないプログラムじゃないか。
 デイルームに貼り出してあった、SST参加を呼びかける手書きポスターを見て、前から気にはなっていたが、看護師さんには「こういうのはおいおいでいいですよ」と、まずはミーティングなどの必須プログラムにきっちり参加するよう言われたため、それ以上特に訊くこともしていなかった。
 普段担当している牛本看護師主任がお休みになったため、今日のSSTがどうなるのかはっきりしていなかったようだが、買い物へ行く前に看護師の細池さんが病室へ周知に回って来た。
「今日のSSTですが、予定通り3時から行います。皆さん参加してくださいね」

 細池さんは5ーB病棟の看護師の中でも特に若い女性看護師だ。控えめで可愛らしく、少しぽっちゃりしているところを町坂さんなどによくからかわれている。
 先日僕がふさぎ込んでベッドに籠っていたとき、用事があってやって来た彼女に不意にカーテンを開けられて、心臓が止まるほど動揺した。神経過敏になっていた僕はつい感情的になり、泣きそうになりながら抗議すると、彼女は「お返事も聞かずに勝手なことをして、本当にすみませんでした」と、何度も僕に頭を下げた。
 そこまでさせてしまったことで、それ以来僕は、細池看護師に何となく後ろめたさを感じていた。

 そんな彼女の呼びかけにも、みんなはあまり関心を示さなかったが、
「主任がお休みなので、今日は小里さんと葉山さんが担当します」
 と伝えられると、途端に食いつきの度合いが変わった。

 少し遅れて会場の教室に入ると、丸谷さん、康平くん、福井さん、和代さん、勝瀬さんなど10人以上の患者が輪を組んで椅子に座っていた。長机は教室の隅に片付けられている。小里さんと葉山さんという、若い女性看護師のツートップが担当するとあって、聞くところの普段の人数より盛況のようだ。
 既に『ウォーミングアップ』なるものが一巡したところで、僕が着席すると、隣で進行を仕切る小里看護師に尋ねられた。
「今、皆さんに伺ってたんですが、今日の気分を色で例えて教えてくれますか?」
 SSTではいつも、本題に入る前にこうしたウォーミングアップでちょっとした遊びをして、緊張をほぐすらしい。僕は思いつくまま「グレー」と答えた。5月の風景がどんなに春を象徴する色を見せても、僕の不安定なアタマではくすんだグレーにしか映らない。

 本題に入り、小里看護師から『お酒を断った入院生活で何を感じるか』とかいった、どこかのミーティングでとっくに聞いたようなテーマが挙がったので、僕は前から訊いてみたかったことを逆に尋ねてみた。
「小里さんは、お酒飲みますか?」
「私ですか? 付き合いではありますけど…家では飲まないですね」
「じゃいつも、家では何してるんですか?」
 小里看護師は「うーん、何してるかなあ…」と、少し考え込んでしまった。
 自分に自信が持てない僕の場合、確かに人とコミュニケーションをとるために飲み、そして酔うために飲む。でもそれだけではなく、例えばレンタルしたDVDを観るときも、たまにカレーでも作るときも、飲めば楽しみを割り増しさせたり、気分を乗せることができる。僕のそんな申告に、勝瀬さんが「それはオレもよく分かる」と同調した。
 ただこれは、言い換えればお酒以外に、楽しいことをより楽しむための方法を知らないだけだ。あるいは、それが楽しいことであると、お酒を飲んで確かめたいのかもしれない。そして気がつくと、お酒がないと何もできず何も楽しめない、ただの病人になってしまった。
 一宮さんという、同席していた若い作業療法士(OT)の女性が、小里さんの代わりに答えてくれた。
「私は仕事が終わって家へ帰ると、とにかく母とよく話をします。他愛のない話でも、何でもです」
 僕は父や母と、飲まずに他愛のない話をしたことがどれだけあるだろうか。

 今日のSSTではほかにも、西尾さんというラジオ体操常連の男性患者から「皆さんに訊きたい」と話題が持ち上がった。
 60代半ばくらいの西尾さんは、好きな晩酌を日課としていたが、やがて周囲から飲み過ぎを指摘されるようになった。そこから入院に至るまでの詳細は聞いていないが、いろいろ紆余曲折があったのだろう。いざ入院となっても、自身のアルコール依存症をどうしても認められなかったという。節子さんと同じケースだ。
 依存症は一般的に『否認の病』といわれていて、自分は人より少し酒好きなだけ、などと考えて依存傾向に気付かない。自覚がないから周囲に相談することもないうえ、そうでなくても元来理解されにくい病気だ。その間も依存は進行し続け、ようやく家族などが気づいたときには、かなり深刻な状況になっていることが多いそうだ。それでも当人は、肉体的な疾患で内科の治療には応じても、ココロの病で精神科治療が必要な依存症とはなかなか認めたがらないという。
「皆さんは、いつ、どうやって依存症を認めるに至ったんでしょうか?」

 西尾さんの問いについて、僕は自分のケースを話した。
 僕は割と早くから、自分がアルコール依存者だということは認識していた。もともと意気地のない性格をフォローするのにお酒が有効と錯覚し、大阪での生活2年目の19歳から連続飲酒が始まって、それからいくらも経たないうちに、お酒がないと何もできなくなってしまったからだ。さっきスーパーでパンの会計を間違えられたのに指摘ができなかったのも「何もできない」ことのひとつだ。自慢にも何にもならないが、自覚だけはあった。6年前、当事の彼女に連れられてアルコール外来に行き、初めて医師から依存症と診断された。それでも僕は、それを放置し続けたのだ。

 ホワイトボードにみんなの意見を要約して書き出していた葉山看護師が言った。
「お酒に頼る理由として、自信がないとか弱いとか指摘できないとか、皆さん悪い部分を挙げてるけど、そういう悪いところも含めて、私はそれでもいいと思うんです」
 ――「それでもいい」とは、どういう意味なんだろう。僕にはよく分からなかった。

 通常SSTは、ウォーミングアップから始まり、課題を選出し、その解決方法について話し合い、ロールプレイを実施してみる、という流れになっているらしい。今日はミーティングに終始したが、西尾さんはこのSSTを「とても爽快で晴れやかになる、楽しみな時間です」と絶賛していた。その西尾さんは退院が近く、今回のSST参加が最後になるそうだ。来週は第3木曜のため次回は再来週、通常通り牛本主任が担当する。西尾さんのようにはいかないかもしれないが、僕は次回ももちろん参加するつもりだ。ミーティングもいいが、このプログラムがトレーニングである以上、僕にとってそれはそれで絶対に必要なものだからだ。


 午後6時半。先週は女性グループ「オリーブ」のAAに参加したが、第2~第5木曜は今日初参加となる「ぱはろ」のミーティングが行われている。といっても今日の参加者は、今日入院したばかりの40代と覚しき男性患者と僕だけで、メッセンジャーにはふたりの男性が来られていた。テーマは『お酒についての無力』。
 ここまでAAに出続けて思ったことだが、断酒という目的が明確である以上、どんなテーマでも全く同じ話でどうとでもこじつけることができる。だからなのか、特に話したいことがあればあまりテーマにこだわらなくて構わないということになっているのだが、今日も僕はいつものミーティングと変わらない話をした。
 例え『お酒とワールドカップ』『断酒と集団的自衛権』などとテーマを出されても、またいつもと同じ話で押し通せるような気がするが、いかがなものか。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


関連記事
スポンサーサイト
【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(1) | トラックバック(0)

管理者のみに表示する

トラックバックURL
→http://nyuin3months.blog.fc2.com/tb.php/22-916169f9
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。