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2014-06-13 10:24 | カテゴリ:ミーティング

 最近、5ーB病棟の一部患者の間で流行っているのが『立体四目並べ』だ。4列×4列に棒が突き刺さった正方形の木板に、穴がくり貫いてある白玉と黒玉をそれぞれ交互に通していき、自分の色で4つ並べて縦横斜めいずれか1列つくれば勝ち、というシンプルなゲームで、康平くんなどは日がな一日対戦相手を求めて彷徨っているときもある。
 僕はこの種のゲームがまるっきり苦手だ。次の一手二手、と先を読むことができない。つくづく戦国武将なんかに生まれなくて良かったと思う。またプレッシャーにも弱く、周囲にギャラリーなんかがいるとたちまち集中力を吸い取られてしまう。
 それでもときどき、奇跡を信じて康平くんや米窪さんの相手をするが、やっぱりほぼ勝った試しがない。


 水曜のビギナーミーティングは3回目を迎えた。新しく入った患者を含め、今日は11人の参加となった。沼畑師長からのテーマは『最近の気分、体調について』。
 このミーティングは他病棟の患者さんも参加しており、師長以外にリハビリ課の作業療法士(OT)さんや、ほかの看護師さんもサポートのため同席する。当たり障りのないテーマのときは患者に混じって発言もするが、連休明けのせいか、気分が乗らないだの体調を崩しただのと告白したのはむしろ病院スタッフのほうだった。人のケアしてる場合か。
 もっとも、ぼんやりとしながらも鬱屈を抱えているのは患者も同じで、ミーティングルームの何となく重く沈んだ空気がそれを示している。僕はその空気をさらに重くすべく、
「気持ちの浮き沈みが最近特に激しいです。日を追うごとにどんどん状態が悪くなってきている気がします」
 と、正直に心境を答えた。

「この季節はなんか、皆さんを憂鬱にさせるみたいですねー」
 師長はすべてを春のせいにしてこの話題を終わらせ、次のテーマを募った。
 麻友美さんから『飲酒欲求はあるか、あるとすればどんなときか』というテーマが挙がった。これについては概ね、飲みたいと思うことはあっても入院中は抑えが利くという人と、病院での生活では飲酒欲求は生じないという人に分かれた。
 ここは社会的生活から一線を引かれた場所で、患者もスタッフも「依存症」という病に理解がある。そうした意味ではストレスははるかに少なく、僕も今のところはお酒を飲みたい衝動に駆られることはない。ただ、ここを出てもとの生活に戻ったときに、お酒に逃げずに自分を維持できるとは、今の時点では到底思えない。僕はまだ、ココロの問題を解決するために何も前へ進めていないのだ。

 ミーティングが終わって部屋を出たところで、同席していた葉山看護師に呼び止められた。先日、僕が詰所に入れず結局何も話せなかったうえ、心配してわざわざ様子を見に来てくれたのに追い返してしまったことを気にかけてくれていたのだろう。
「さっきサトウさんが言ったこと、こないだはそういうことを相談したかったんですか?」
 僕はミーティングで「日を追うごとにどんどん悪くなってきている気がする」と言った。看護師さんにしてみれば、到底看過できない発言かもしれないが、僕は正直にテーマに回答しただけだ。でも、どうして僕はそう感じるのだろう。
 重い疾患を抱えたほかの患者を目の当たりにしたり、話を聴くうちに、いつの間にか僕は、自分の症状はとても軽度で、本来ここにいてはいけないのではないかと思うようになっている。それでもというか、だからこそなのか、孤独感や不安は日増しに強くなっていく。自分の力だけではどうにもならないことを痛感したからこそ、父に負担をかけさせてまで入院したのに、この期におよんでも自分から医師や看護師に打ち明けられないでいる。そして、すべてに後ろめたさを感じている。
 病棟廊下の壁に仲良く並んでもたれかかったまま、僕は自分よりひと回りも歳の若い女性看護師に、思いつく限りの言葉で今の気持ちを伝えた。
 ―― 俺、何やってんだろ。高校生か。
 情けないのはいつものことだが、恥ずかしさはなかった。彼女は僕なんかより、ずっと大人なのだ。
「詰所に来づらいようだけど、看護師のほうから、またお話を訊きに行くのはいいですか?」
 もちろんです、と答えた。本当は時と場合によるのだが、その優しさに思わずそう言った。


 葉山看護師の気遣いは嬉しかったが、いつものようにだんだん申し訳ない気持ちになってきた。僕は面倒な患者だ。
 昼食後も気分が晴れず、散歩に誘われても外へ出る気になれなかった。丸谷さんや米窪さんたちの外出後、喫煙室へ行くと福井さんがいた。
 てっきり一緒に散歩に行ったと思っていたので「散歩、行かなかったんですか」と訊くと、
「あれ、ナンだ。みんな行っちまったか。サトウちゃん行がねのか?」
 逆に訊き返された。
「そういう気分になれなくて、今日はちょっと」
 福井さんは「ンだか…」と呟き、少しの間何か考えたあと、努めて明るく僕に言った。
「だけどまあよォ、気分が晴れねンだば山でも行って、ベンチでぼーっとしてンのもいいぞォ。ベッドでじーっと考え込んでるよりずっといい。今から一緒に行ぐか?」
 外出する気になれないから散歩に出なかったという話をしているのに、気晴らしに山へ誘うというこのパラドックス。一見深いようだが読み違えてはいけない。これは「オレは脳が腐ってる」を自称する福井さんの、純粋な優しさと励ましだ。泣けてくるほど嬉しかったが、同時にまた、親子でもおかしくないくらい歳の離れた相手に気を遣わせていることが申し訳なくなり、何だかんだと理由をつけて、せっかくの誘いを断ってしまった。


 午後になって、野間さんの退院以来空いていた左隣のベッドに新しい患者が入院した。高津さんという50代後半の男性だ。例によってカーテン越しに聞こえる看護師さんとの会話では、過去この病院には6、7回の入院歴があるが、断酒はこの9年ずっと続いているそうだ。今回は「何だかまた飲みたくなった」ので、1クールの入院を希望したという。
 3ヶ月も病院のベッドで過ごす理由が本当にそれだけなら、何ともお気軽な話だが、いろいろ事情があるのかもしれない。看護師やら薬剤師やらソーシャルワーカーやらが入れ替わり出入りするのは、単に入院初日だからなのだろうか。
「あの看護師、名前何つったかなあ…今もおると? 俺が前に入院したときは、まだ看護師なりたてだったっちゃろ」
 九州訛りの物言いが、少し横柄な感じにも聞こえてしまうが、この街に来て25年になるらしい。そんな話も耳に入る。
 点滴なのか採血なのか、小里看護師が針を刺すのにうまくいかず、急いで替え針を取りに戻ったとき、カーテンの向こうから、
「…ここの看護師は相変わらず、注射下手クソやな…」
 と、舌打ち混じりの独り言が聞こえた。


 夕食後のAAは、水曜定例のグループ「ヒナドリ」に参加した。先週、雪絵さんに連れられて、僕がいちばん最初に行ったAAグループだ。前回はメッセンジャーとして夫婦が来られたが、今週は別の男性ふたりが来て、テーマは『無力』。僕のほかに丸谷さん、勝瀬さんと、利根川さんという患者の4人が参加した。52号室の利根川さんは50代前半の男性で、元競輪選手だそうだ。普段は病院外でのAAに出かけて行くことが多く、院内でのAAで僕と一緒になるのは初めてだ。
 AAの院内ミーティングで、例のハンドブックの一節を読んだあと、まずはメッセンジャーの方から自身の体験を話し始めることが多いのだが、今日は最初に発言したグループの男性がのっけから長々と語り、1時間強のミーティングのうち、ひとりで30分ほど喋り続けていた。
 20分を過ぎたあたりから、もうひとりのメッセンジャーの方がさりげなくメモを渡して話をまとめるよう促していたが、それでも終わる気配がない。自分でも話の着地点が分からなくなったのだろう。しまいにはあからさまに肩を叩かれる始末で、僕は笑いをこらえるのに必死だった。自身の生い立ちから半生を語られても、聴く側はただ黙って耐え忍ぶしかない。結局、いよいよ肝心のテーマ『無力』に言及しかかったところで巻きが入り、
「まあ、そんなこんなでいろいろありました、はい」
 と、もの凄い端折られ方で唐突に終わった。
「話すこと」と「聴くこと」。その役割があって、初めてAAが成立している。明日は毎月第2~第5木曜実施のAAグループに初参加する予定だ。


 夜のデイルームでは、男性患者11人がテレビに釘付けになっていた。IBF世界フライ級、ミニマム級タイトルマッチ。
 そんなボクシング好きのみんなをよそに、僕は喫煙室でひとり、不安と孤独感に包まれてタバコを5本、6本と続けざまに吸う。ラウンドの合間にCMが入るたび、一息つこうと誰かが喫煙室の入口を開ける。僕の様子を見て、声をかけてくれる人がいる。入院当初はなかったことだ。
「悩むことで悩むな」と平嶋さんが言う。この街で有名な国立大学の先生の言葉だそうだ。
「何とかなるさ、くらいの気持ちでいかないと」と峰口さんが言う。
 完全治癒することがない進行性の病気の患者が、同じ病気の患者にかける言葉は含蓄も説得力も持たない。だけどそこには、同じ辛さを経験した「共有」と「理解」がある。

 ここにいる限り、少なくとも僕は孤独ではないはずだ。まずは、この場所から始めなくてはいけない。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていすただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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