-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2014-06-10 21:00 | カテゴリ:外出・散歩

 猛烈な孤独感と不安は、ほぼ毎日夜になると襲ってくるが、朝は概ね調子がいい。6時前後に起床して、6時半からのラジオ体操まで喫煙室でタバコを吸うのがここ数日の日課だ。
 洗顔や歯磨きは朝食後にしている。朝の洗面所は混み合っているうえ、どうせこれから食事をするのだからというのが理由だ。

 今朝も喫煙室で体操前の一服をしていると、和代さんに「おはようございます」と挨拶された。彼女は僕より1週間ほど遅れて、アルコール依存症で女子病室の55号室へ入って来た。といっても、この病院への入院は3度目らしい。先週水曜のビギナーミーティングで、既に一緒に参加している患者だ。
「どう、ずいぶん慣れたんじゃない?」
 例の、テンプレをコピー&ペーストしたような質問だ。ほかの患者から訊かれることはさすがになくなってきたが、ときどきまだこうして、何げなしに振られることがある。
「患者さんとはだいぶ話せるようになりましたけど、気持ちの浮き沈みが激しくて…。あまり良くなってる気がしないんですが、詰所にはなかなか言いづらいです」
 返ってくるアドバイスは分かっているのに、まともに答えてしまったことをすぐに後悔した。
「最初はそういうもんだけどねえ、ちゃんと言わないと。言ったほうがいいよ」
「アタマでは分かってるんですけどね…どうにも」
 和代さんは独り暮らしで、娘さんとの関係がうまくいっていないことなどから、鬱病の症状が現れるようになった。孤独感から、普段あまり飲めないお酒に手を出すようになり、短期間でアルコール依存に陥ったという。見るからに話好きで、それでいて我の強そうなおばちゃんだ。最初の入院のときは病院スタッフに対し、ARPの内容にもずいぶん反発したそうだが、現在は主治医である病院長をすっかり信頼している。
 彼女は自らを『入院依存症』と公言してはばからない。お酒への抑制が利かなくなりそうな兆候を感じた今回は、自分で病院に電話をかけ「1クール3ヶ月プラス1ヶ月の入院延長」という、ピザのトッピングみたいな注文を院長へ直接したそうだ。
 僕はこの話を、彼女から既に3回聴いていたが、
「最初はみんなそうなのさ。私もねえ ――」
 と、再び同じ話を始めた。
「AAに行けって言われても、最初は頑として聞かなくてさあ。気に入らないことは何でも私言ったの」
 ―― 何でも言える人は、それでいいじゃないか。

 でも、和代さんは和代さんの辛さを抱えている。
「今はウチにいても独りぼっちだし、ここにいるほうがずっといいんだよね」
 歳を重ねていくほど増していく、どうしようもない淋しさ。話し相手のいる入院生活のほうが安心するというのは、正直な思いなのだろう。
 そういえば、善くも悪くも自己主張が強くて物言いがはっきりしているところは、母に似ていると思った。やはりお酒に依存していた母が若年性認知症を患ったのは、今の和代さんくらいの年齢か、もっと若かったか。そのとき僕は大阪で既に飲んだくれていて、母の異変に必死で奔走する父や兄の、何の力にもならなかった。
 朝から何だか、やりきれない気持ちになったところで、和代さんは勝手に話をまとめに入る。
「まあ、焦らず少しずつ、一緒に頑張りましょう。サトウくんはまだ若いんだから」
「君はまだ若い」というキーワードは格さんの印籠みたいなもので、それを出されるとこちらは俄然弱くなるというものだ。

 トップギアから一気に滅入ってしまったので、ラジオ体操に行く気もすっかり失せてしまった。今日も祝日のため、午後のレクもお休みだ。祝日だろうが、体育館を開放するくらいできるんじゃないの、とも思うが、そういう決まりなので仕方がない。


 昼食後、今日も米窪さんから散歩に誘われた。丸谷さんは調子が悪いとのことで、米窪さんと康平くんとの僕のほか、福井さんを誘って4人で病院を出た。今日は西町の駅周辺へ向かうという。
 初めてひとりで散歩に出たとき、病院から西方向へ坂を上って歩いても、駅までの道は総合公園の外周に沿って続いているため、とても2時間では戻れないと思っていたが、途中の住宅地から公園の中を横切って抜けて行くコースがあることを知った。

 天然記念物指定になっているという、公園内の原生林を30分ほど歩いて行くと、やがて駅前の公園広場に出た。連休最終日とあって、多くの人がバーベキューなどをしながら缶ビールを片手に宴会を楽しんでいる。
 桜はこの地域にしては見頃の咲き映えだったが、ちょうど雨が降り出してきた。次第に強くなっていく雨脚にうろたえる花見客の様子は、山の上を住み処としている今の僕らには何だか『下界の人々』に見えた。

 雨はすぐにやんだ。僕らはそのまま駅周辺をぶらぶら歩き、駅直結のショッピングモールをうろついたあと、病院の専用バスで帰ることにした。柏ノ丘病院と西町駅の間は、スーパー柏ノ丘店経由で病院のマイクロバスが送り迎えしていて、患者や職員、見舞い客が利用している。平日はだいたい30分置きにバスが来るのだが、土日祝日は極端に少ないのが不便なところだ。
 そのうえこのバスが厄介なのは、病院から乗る分にはいいとして、駅前にもスーパー周辺にも、バスに乗るための停留所や案内板が一切見当たらないことだ。いちど乗ってしまえば問題ないのだが、初めて病院に来る人が難なく乗車できる確率は限りなく低いのではないかと思う。

 現役大工の福井さんは、口元から顎にかけてのヒゲ面にサングラスをかけ、なぜか中折れ帽とウインドブレーカーという、たでださえ怪しい格好のうえ、浜言葉の訛りがきつい。この街から南に 200㎞ほど離れた漁業の町の出身だそうで、「そうだ」という返答が「ンだす」になる。大きな声でとてもよく喋る人なので、街中でも異様に目立つ。山道を歩いているときは、植物についていろいろ教えてくれるが、明らかに見聞きかじったような口ぶりで、どこまで本当なのかは分からない。

 ショッピングモールの1階には、箱からおみくじを自由に引ける特設コーナーがあった。桜の花びらの数で運勢が『何分咲き』かを占い、願いごとを書いて脇に立てられた桜の木の枝に結ぶという趣向だ。既に無数のおみくじが結わえられている。
 みんなで1本ずつ引いてみた。僕が引いたのは『五分咲き』。病院を出ても、お酒に逃げない自分になれるかどうかは半々ということか。

 バスの時間が迫っていた。僕は願いごとを書く空欄に「脱却」の2文字を書いて桜の枝に結んだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


関連記事
スポンサーサイト
【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)

管理者のみに表示する

トラックバックURL
→http://nyuin3months.blog.fc2.com/tb.php/20-3a7eedab
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。