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2014-06-06 23:46 | カテゴリ:院内生活

 まだあと2ヶ月半あるといっても、もうあと2ヶ月半しかない。会社は僕をクビにしないでくれた。それに応えるためにも、1クールでしっかり回復して、7月からは職場に戻らなければならない。

 僕は今のところ、歯茎が痛いこと以外は肉体的な不調はない。「寝る前のおクスリ」は止められたが、日中寝ないようにしているためか寝付きは良く、夢はほとんど見なくなった。
 手の甲の発疹についても、新品のオイラックスが僕に直接手渡され、いちいち詰所へ行かなくても自分で好きに塗ることができるようになった。おかげで看護師さんから『ぬりぬり』してもらう機会はなくなったが、発疹はほぼ治りつつある。
 食後の安定剤服用という日課を除いて、僕は看護師詰所へ行くことがほとんどなくなった。食事の1時間前にロキソニンを貰いに行くこともあまりしなくなった。アルコール依存と歯茎の腫れは直接関係ないと思うし、この病棟の看護師さんの本来の仕事ではないような気もする。特にほかの患者の対応で忙しくしているときは、手を煩わすことが忍びない。
 要するに、お願いできないのだ。そのため今、僕が1度の食事にかける時間は、職員がトレーを戻すワゴンを下げてもいいか訊きに来るほど長くなってしまっている。

 僕は自分の思いや考えを、シラフで相手に話すことがうまくできない。正確には、特に相手が集団の場合、タイミングが測れないのだ。そのため言いたいことを伝える自信もなく、せっかく話す機会があっても理解してもらうための言葉を探すのに悩んでしまう。
 もっともお酒を飲んだところで、言いたいことや伝える能力のポテンシャルは変わらないのだが、話すタイミングや相手の気持ちなんてものは考えなくなるので悩むことがない。だから自分の思うまま、好き勝手に喋る。それで相手が「こいつオモロいヤツ」と笑ってくれるうちはいいのだが、多くの場合、僕の暴走で終わってしまう。

 シラフで人とうまく話せないことが、先生や看護師さんに自分の症状や悩みを打ち明けられないことと重なっていっている気がしてならない。
 入院から半月が経ち、共同生活を通して少しずつ、ごく限られた何人かではあるが、5ーB病棟の患者とは話ができるようになってきた。それが看護師さんには『回復の傾向』に映るのか。「サトウさん、最近ずいぶん慣れてきたんじゃないですか?」などと言われても、逆に不安になっていくだけだ。
 ―― 俺は回復なんかしてないよ。このまま放っとかれて3ヶ月が終わっちゃうの? それならいっそのこと、もっと分かりやすく壊れたほうがいいですか?

 牛本看護師主任から渡された、僕のARPの工程表には、回復に向けてのプログラムの流れが項目別にまとめられているが、いちばん上段の『長期目標』と『具体策』という欄には次のような手書きの記載がある。

〇長期目標♯1:断酒
・具体策:お酒のエピソードを話す
〇長期目標♯2:シラフの対人関係に慣れる
・具体策:対人緊張の自分の傾向を話す
〇長期目標♯3:少しずつ自分を肯定する
・具体策:自己否定感の有無と、どういうときになるか

 治療方針に反発するつもりなんて毛頭ないが、これが実践できたとして、僕が望むような自分を取り戻せるのだろうか。いまいち、というか、まったくピンと来ないのが正直なところだ。


 昼食後のまったりとした時間の中で、不覚にもうたた寝をしてしまった。目を覚ますと午後2時を過ぎている。眠っていたのは2時間程度か。不用意に昼寝をすると、夜眠れなくなる恐れがあるから注意が必要だ。

 その後、昨日の4人でまた散歩に出た。
 出かける前には丸谷さんたちが何やら地図を広げてあれこれ言っていたが、いざ外へ出てみると結局昨日と変わらない、また当てのない散歩だ。
 山の地形に沿って曲がりくねった道路は、車こそ通り過ぎて行くが、歩行者の往来はほとんどない。上り坂の途中、ガードレールから山麓に生い茂るみすぼらしい木立を4人で見下ろしていると、斜面の下からおばちゃんが顔を出し、僕らに向かって「ここ私有地だからねー!」と声をあげた。
 おそらくこのおばちゃんは土地の所有者か管理者で、ちょくちょく山菜かキノコでも勝手に持って行かれているのだろう。
 ―― 誰が入るか、こんなとこ。

 昨日に比べて今日は寒く、上り坂を歩いているのに身体は一向に暖まらない。かえって寒さが増すばかりで、おまけに雨までぽつぽつ降ってきたため、引き上げることにした。とはいえ、おっさんどうしのこの無計画な散歩は、僕にとって少しは気持ちが楽になる時間かもしれない。


 夜。また強い不安と孤独感に襲われて、喫煙室の隅っこでひとりタバコを吸っていると、丸谷さんが入って来た。少し話を訊いてみた。
 丸谷さんは20代の頃、いわゆるプータローやアルバイトなどで何となく生活していたが、30歳を前に専門学校へ通って理学療法士の資格を取った。病院に勤めて患者のリハビリをサポートしていたが、薬物とアルコールから脱け出せず、皮肉なことに自身がリハビリを要する側になってしまった。母親もかつて、隣町の病院で看護師をしており、丸谷さんが言うにはこの柏ノ丘病院は、もともとその病院の系列でできた病院なのだそうだ。
 僅かではあっても、丸谷さんにとってそうした『母親とのつながり』は、最終的にこの病院への任意入院を決める大きな要素になったという。
「大事なのは、病院のスタッフに『自分を任せることができるか』だと思うよ」
 僕は先生にも看護師さんにも、何から何までお任せしているつもりだ。言われた通りに薬を飲み、言われた通りに検査を受けている。でも、自分の不安定な状態を訴えることをしないし、気持ちを伝えることをしない。僕は、何かを待っているだけなのかもしれない。
 5ーB病棟のどの患者もみんな、口を揃えて僕に「どんなことでもちゃんと言ったほうがいいよ」とアドバイスしてくれる。
 アタマでは、それは分かっている。分かってはいるが、僕の思考はそれを躊躇させる。

 これは僕の病気だ。
 だけど、自分ひとりの力だけではどうにもならないと思ったからこそ、入院を受け入れたはずだ。それなのに僕はまだ誰にも『自分を任せて』いないのかもしれない。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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