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2014-06-04 22:02 | カテゴリ:病棟の人々

 5ーB病棟の起床は午前6時。平日は7時15分の瞑想まで、みんなそれぞれ朝の時間を思い思いに過ごす。
 午前6時半。NHKのラジオ放送に合わせて毎朝やっている体操に参加してみた。
 といっても、雪絵さんに強引に連れて行かれたのだが、4階玄関前で朝の空気を吸いながら軽く身体をほぐすのも気持ちがいい。5ーB病棟の患者有志で自主的にやっていて、特にARPの一環というわけではないのだが参加者は比較的多く、だいたい10人前後か。日課にしている人もいれば、気が向いたときに足を運ぶ人もいる。
 高校以来やってもいないはずのラジオ体操第一を、意外に身体が覚えていることにも多少驚いた。


 今日から5月。朝の瞑想タイムで、麻友美さんに代わって米窪さんが患者会の新会長となったことが報告された。
 会長は月交代で、各病室から選ばれた室長の中から役員と併せて話合いで決める。
 先月40歳になったばかりの米窪さんは、歳こそ僕とふたつしか違わないが、既に高校生と中学生のふたりの子を持つ父親で、僕なんかよりずっと大人に見える。ラグビーで鍛えた太い腕とふくらはぎが印象的だが、その体つきからは想像できないほど重い肝疾患を抱えていて、朝晩の点滴が欠かせない。高校中退以降、道路の舗装などを請け負う重機操作の業界で働いており、今は病気のため自主退職し、ほかの病院を含めて1年のうち半分は入院しているという話だ。時間もかかり行動が制限される点滴の煩わしさに耐えかねて、薬液をトイレに棄てていたこともあったというが、今回は本気で社会復帰を目指して、点滴スタンドを傍らにAAにも積極的に参加している。
 ちなみにどうでもいいことだが、僕には点滴スタンドをガラガラ伴って歩くその後姿が、どことなく魂の叫びと哀愁を同時に感じさせる。ともすれば片時もスタンドマイクを手放さない矢沢や氷室にさえ見えてくるため、そういう患者を僕は勝手に『点滴ロッカー』と呼ぶことにしている。


 2回目のフレッシュミーティングは、河原さんら数人が規定の4回を終えて、勝瀬さんと永塚さんの3人だけの参加となった。
 沼畑師長からは『今回入院となった経緯』というテーマが出されたが、数あるミーティングの場で毎回同じような身の上話をすることに、勝瀬さんは少し嫌気がさしている様子だった。
 患者の中には、酒を飲んでのかつての暴走ぶりをまるで武勇伝のように語る人もいる。
 勝瀬さんは僕と同じく、アルコール依存症で入院したのは今回が初めてという正真正銘のビギナーで、支えてくれる奥さんのためにも、2度目3度目はないという決意で治療に臨んでいる。だからこそ、治す気があるのかないのか自分の飲酒遍歴を得意げに語り、病院の牢名主を気取る一部の患者に辟易していて、自分自身の失敗については何度もくどくど話したくないのかもしれない。

 僕も勝瀬さんとほぼ同じ気持ちだ。僕は19歳から現在に至るまでの連続飲酒による依存症で、話せば長い。家庭環境のこともあるので正直、話すのが面倒になる。かいつまんでポイントを整理したところで、ただのプレゼンになるだけで、しらけた武勇伝と何も変わらない。
 僕はテーマに沿い、改めて、電車で倒れてたくさんの乗客に迷惑をかけた結果、その日のうちにここへ入院することになった経緯だけを話した。

 パチスロ依存症の永塚さんは、中間施設からこの病院へやって来た人だ。通常1年~1年半におよぶ施設での共同生活を通して社会復帰のための回復訓練を行っていたが、途中で2度にわたりスロットに手を出してしまい、専門医療期間、即ちこの病院への入院措置となってしまった。
 永塚さんにはアルコールや薬物への依存はないが、もともとは鬱病から仕事を失い、家族にハローワークへ行くと行っては1日中パチンコ屋で過ごす生活をしていたという。パチスロのために借金を重ねた挙げ句、離婚届を突きつけられ、鬱病の傷病手当も家を売ったお金も結局スロットに費やして、すべてを失った。
 ここを退院しても、中間施設でまた1日目からやり直しの日々が待っているという話だ。

 少人数でのミーティングでは、必然的に話の内容が濃密になる。一口に依存症といっても、僕のアルコール依存とはまた違う永塚さんの話は、とても興味深いものだった。


 ミーティングルームを出て、喫煙室で一息ついたあと、体育館へ向かった。
 木曜日のレクリエーションは午前10時半~11時半までで、フレッシュミーティングの時間帯とは多少カブっているが、まだ30分ある。スーパー柏ノ丘店で買ったジャージの出番だ。
 サンダル履きのまま体育館へ行くと、ステージ前にセットされたコートでは既にミニバレーで盛り上がっていた。僕に気づくと誰ともなく手招きして誘ってくれた。
 まだみんなの仲間に加わる自信のない僕はそれを遠慮して、1台空いていたエアロバイクにまたがった。エアロバイクのハンドル部分にはディスプレイがついていて、距離やタイムのほかにスピードや消費カロリーなども表示される。
 少し負荷をかけて30分弱、ひたすらペダルを漕ぎ続ける。10㎞走破を目指したが、時間が足りず僅かに届かなかった。それでも汗だくになるには充分な運動で、膝がぱんぱんになり、疲労感が心地よかった。


 11時半からの森岡先生の回診は、待ち時間は長かったものの、診察そのものは1分程度で終わった。病院のそういうところは外来と大差ないものだ。体調はどうかと訊かれ、とりあえず眠剤なしでも眠れてますと答えると、
「この調子で様子を見ましょう。はい、いいですよ」
 それだけだった。ぼくは促されるまま診察室を出た。手の甲の発疹についてなんか、とてもじゃないが言い出せなかった。
 どうもうまくいかない。僕が何とかしたいのは、こういう自分なのに。


 今日から患者会の会長になったばかりの米窪さんは、肝臓に見つかった癌のカテーテル手術を受けるため、急遽10日~半月ほど街の中心部に近い総合病院へ移ることになった。
 やむなく53号室の室長も交代せざるを得なくなり、入院期間の長い順という流れで、周さんという患者が室長になった。
 60代半ばくらいの周さんは、街の中心から少し南にある住宅地で中華料理店を営んでいて、店が暇なのでアルコール依存症になったとの噂だが、果たしてそういうものだろうか。親に連れられて中国から日本に来たのは10歳のとき、と本人からいちど聞いたが、その割には日本語のアクセントが今でも独特だ。失礼とは思いつつも風貌も含め、ゼンジー北京を思い浮かべてしまう。
 血糖値が高くインシュリンが欠かせないようで、病室奥、窓際の周さんのベッドにはいつも看護師さんの出入りがせわしない。室長なんてやらせて大丈夫なのかと、自分が引き受ける気もないのに心配になる。


 夕方6時半。今日も雪絵さんに連れられてAA「オリーブ」のミーティングに参加した。昨日とはまた異なるグループだ。中間施設の所長さんらしい方とその入所者の、合わせて5名が来られていて、全員が女性だ。女性の依存症者を対象としたグループのような感じもするが、僕に分かるはずもない。雪絵さんが確認してくれて、「病院内でのAAは男女合同OK 」とかいうことで、僕も誘われるまま席に着いた。
 ほかの参加者は勝瀬さん、米窪さん、福井さんと、遅れて峰口さんがやって来た。結局雪絵さん以外はみんな男性で、いずれも昨日のAAに参加していた患者だ。11名がそれぞれの経験や思いを順に語った。
 メンバーの女性の中には永塚さんのようなパチスロ依存や、トルエンの依存症の方もいて、その体験談も興味深かったが、とりわけ僕が印象的だったのは、当時まだ幼いふたりの子供の養育費や小遣いを、すべて自分の酒代に充てていた60歳前後の主婦の方の話だ。現在はお酒を断って久しいそうだが、今も「母親失格」という自責の念に苦しんでいる。やりきれない思いがした。

 誤解されるといけないので再度断っておくと、AAや断酒会などの自助グループは「依存症を克服した人たち」がいま現在依存症に苦しむ人たちを支援するグループではない。断酒から何ヶ月、何年経とうが、いちど飲んでしまえばまた振り出しに戻るわけで、依存症者という立場は僕ら入院患者と同じだ。現役の入院患者よりも依存対象から遠ざかっている期間が長いだけで、病気が完治したわけではない。常に欲求と対峙していることに変わりはないのだ。

 ミーティングは続く。5ーB病棟の患者が話す番になると、福井さんが真っ先に手を挙げた。
「俺ァ前の入院ンときにもここに参加して、このAAってのが大嫌いになったんだ」
 いきなり何を言い出すんだと、思わず身構えた。
「だけンども今度の入院で、今度こそ、もう一度最初からって思ってるもんだからアレだけどまあ、シとつお願いします。以上」
 福井さんがこのAAを嫌いになった正確な理由は分からない。何が「今度こそ」で、何で「もう一度最初から」なのか、ついでに言えば「アレだけどまあ」の「アレ」も分かるようでよく分からない。
 けれども、福井さんが現状から脱け出そうとしている必死さは、自分なりの言葉で精一杯伝えようとすることで僕に突き刺さる。おそらく福井さん自身も判断がつかない、正直な気持ちなのだろう。
 だからこそ、それを確かめるため福井さんはAAに参加している。そんな気がした。


 喫煙室は午後11時で施錠される。10時半を過ぎる頃には、就寝前の駆け込みタバコをしようと患者が入れ替わりやって来る。
 僕もそのひとりだが、特に夜10時あたりからひどい孤独感に襲われるため、喫煙室のベランダ際でまだ肌寒い外の空気を少しだけ浴びながら、ただ漫然とタバコを吸う。
 ここに入院している患者の誰もが心に鬱屈を抱えているため、そういう状態にある人に気付いても、敢えて言葉をかけたりはしない。安直な励ましが、かえって相手を傷つけることを知っているからだ。

 それでもこの夜、雪絵さんが僕の様子を心配して声をかけてくれた。彼女は明日、午前のバスで病院を去る。
「眠れないの?」
「いや、この時間はちょっと来ちゃうんで」
 何が「来ちゃう」のかは、わざわざ言わなくても分かってもらえる、精神科ならではの便利な共通言語だ。
「詰所に言ったほうがいいよ。ついてってあげようか?」
 その優しさが何より嬉しかった。大丈夫、と笑顔で返すことができた。
「今度はここじゃなくて、街中あたりでばったり会えたらいいですね」
 僕が話をそらすと、彼女は「そうだねー」と言って笑った。
「ばったり会ったのが飲み屋だったりして」
 冗談のつもりで言ったが、笑いながらも「それはないから」ときっぱり言われてしまった。彼女の強い意志を感じた。

 それから少しの間、他愛もない話をした。この半月で、僕は雪絵さんには気軽に話ができるようになっていた。
「サトウくん、自分を好きに思えるようになってね」
 そう言って彼女はハイタッチを求めた。僕のテンションと開きがあるのは明らかで、やっぱり僕には彼女が無理にでもポジティブになろうとしているように見える。でもそれは僕への激励と同時に、自分自身を奮い立たせるために必要なのかもしれない。ここを出てからが、本当の勝負なのだ。
「絶対に大丈夫だから。いぇーい」
 そう言ってあははと笑う彼女に、精一杯の感謝を込めつつ、僕はぎこちない手つきでハイタッチを返した。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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