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2014-06-03 20:20 | カテゴリ:AA

 野間さんが退院した。隣のベッドとはいえ、結局ほとんど話す機会はなく、カーテン越しにいつも聞こえるのは、お笑いDVDをひとりで観ながら「うへへ」と笑う声か、お菓子をボリボリ喰らう音とゲップ、あとは明らかに眠りの浅さを意味する猛烈なイビキだった。
 依存症病棟では、完治して退院するということがない。3ヶ月の1クールを終えて、依存症からの「回復」が見込めたことによる退院。また、あくまで任意入院のため、時期を問わず本人の希望による退院。そして諸々の事情による転院というのが、この病院を出て行く理由にあたる。
 依存症者には、退院後も常にスリップ(再依存)の危険が隣り合わせとなって付きまとう。すぐに再入院で戻って来るケースは珍しくもない。だから退院に際して「おめでとう」と言葉をかける人は誰もいない。


 午前11時、2回目のビギナーミーティングに参加した。今日は沼畑師長が来られなかったので、小里看護師が担当した。まだ20代だろうか、若い女性看護師だ。
 先週を最後にセカンドミーティングへ進んだ人もいるようだが、僕のあとから入院した50代後半の和代さんという女性と、40代前半くらいの迫さんという男性が新たに加わり、10人弱ほどの患者が参加していた。
 小里看護師からのテーマは『この1週間で春を感じたこと』。患者の生活サイクルはおおかた似たようなものなので、病院周辺の散歩で気づいた桜やフキノトウといった植物についての発言が多く、僕も日曜日に柏山で見た一面のツクシのことを話した。

 もうひとつ、『シラフの自分について』というテーマが挙がった。
 依存症患者にとって、飲酒やギャンブルへの欲求に苦しんでいるときこそが「シラフの自分」にほかならない。まさしく今、欲求と闘いながらこの病棟で生活する毎日はシラフそのものだ。
 入院生活を通して取り戻したい「シラフの自分」がいる。ただそれが、本当の自分になり得るのだろうか。
 お酒に頼るうち、僕は飲んでいるときとそうでないときの、どちらが本当の自分なのか分からなくなってしまった。本当は誰かと話したい自分。飲まないと話せない自分。飲むと勇気が湧き、饒舌になり、そして暴走する。お酒を飲むことがすべての中心で、ほかに何をすべきかを知らない。
 僕と同じ53号室の勝瀬さんがこのとき、
「酒を飲むことに費やしていた時間がなくなって、その使い方が分からない」
 と発言したが、僕もまったく同じ気持ちだった。
 病棟には漫画や文庫本がたくさんあり、僕は『鬼平』もまだすべて読破していない。明日仕事に行くこともないので、今のところ薬を飲まなくても安心して眠れる。携帯で適当に時間を潰すことも簡単にできる。
 ただ問題は、ここを出て、仕事を抱える生活に戻ったときに、僕がどうあるかなのだ。


 夕食後の午後6時半。雪絵さんに連れられ、初めてのAAグループ「ヒナドリ」のミーティングに参加した。普段どういう形式なのかは知らないが、夫婦だというグループのメンバーが来られて、病棟内の教室に集まった自由参加の患者とミーティングを行うというものだ。
 AAでは『テーマミーティング』というそうだが、その日のテーマに沿って参加者ひとりひとりが自分の経験や思いを順に話すという点では、ARPのほかのミーティングと変わりない。ただ大きく違うのは、ミーティングを進行するAAメンバーも、アルコール依存症者のひとりだということだ。
 もちろん今日に至るまで断酒を続けている方々なのだが、完全治癒が不可能なこの病気は、いちど診断された依存症という病名は一生消えない。つまり「元」依存症という人は存在しないのだ。
 AAや断酒会などの自助グループでは、参加者すべてがこの病気を経験として共有している。だから看護師やカウンセラーによるミーティングとは異なり、相互援助の色合いが濃い。会場の教室には、僕と雪絵さんを含めて5ーB病棟の患者7、8人が集まった。

 今日のAAグループで進行を務めた男性は現在50歳で、兄の自殺や両親からのプレッシャーなど原因や経緯は複雑だが、20代の頃にアルコール依存症になったという。18年前から断酒を続けているそうで、同じグループで活動する奥様も今はアルコールを断っている。

 今回のテーマは『自分を知る』。昨日の学習会や今日のビギナーミーティングで挙がったテーマにも通じるものだ。
 僕は飲んでいるときとそうでないときの自分について、どちらが本当の自分なのか分からない。けれども僕は、問題に正面から向き合うとしない自分を知っている。逃げるタイミングを常に窺う自分を知っている。アルコールのみならず、親や友人、恋人に依存する自分を知っている。とてつもないふがいなさと申し訳なさと後悔の中に、僕は今、ただ存在しているだけだ。

 テーマは一応挙げられるものの、参加者はその場で自分の思いを話すため、テーマから逸脱する人もいれば、言いたいことがまとまらない人も多い。
 また、高ぶった感情を涙ながらにそのまま吐き出す人もいる。雪絵さんがまさしくそうで、ちょっとついて行けない部分も正直あったりしたのだが、ただ、彼女の思いは真っすぐでひたむきで、そして何より健気だ。親の暴力から自身も粗暴になってしまったこと、荒れに荒れた男性関係のこと、施設に預けた子供のこと。挙げ句、お酒に薬物、ギャンブルのトリプル依存に陥った。どん底を経験した末、それでもそこから抜け出すべく、ようやく自分自身を好きになりたいと思えるようになったという。

 暗く、辛い告白が続くこうしたミーティングは当然湿っぽくなりがちで、結論なんて出るはずもないし、そもそもテーマミーティングは議論の場ではない。患者の中には傷をなめ合うだけだと敬遠する人も多い。
 それでも、同じアルコール依存による苦しさを知るひとりでも多くの人の話を聴くことは、手探り状態の今の僕が前へ進むための「何か」であることは確かなはずだ。

 1時間ほどでAAが終了したあと、喫煙室へ直行した。雪絵さんが入って来たので、誘ってくれたお礼を言おうとすると、目を赤く腫らした彼女のほうから、
「ありがとう! いい会だったね、ね?」
 となぜか先にお礼を言われた。まだ感情の高ぶりが収まりきっていない様子だ。
 福井さんという、一緒にAAに参加していた60歳手前の男性患者が、
「何かこう、明るくて楽しくなるミーティングねえべかよォ」
 と言い残して喫煙室を出て行った。
 福井さんは「オレの脳は腐ってンだ」というのが口癖だが、レクではよくエアロバイクで汗を流すなど、体は至って健康そうだ。浜言葉独特の強い訛り口調でいつもざっくばらんに喋り、周囲を笑わせている。
「私の話が変な空気にさせちゃったのかな…?」
 福井さんの言葉を気にして、打って変わって心配そうな表情になった雪絵さんが僕に訊いた。
「そんなことはないですよ。福井さんはそういう意味で言ったんじゃないと思います」
 そう思ったから、そう答えた。でも彼女が余計な心配をしてしまう気持ちはよく分かる。僕が彼女なら、やっぱり同じように気にすると思うからだ。
「気にしすぎですよ」
 自分のことは分からないくせに、人のことになると客観的にものが見える。だから厄介だ。
「明日もAAあるからサトウくん、一緒に行こうね」

 雪絵さんは明後日、ここを退院する。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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