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2014-06-02 00:40 | カテゴリ:AA

 言うまでもなく、喫煙室は雑談の場になる。タバコへの依存も進んでいるらしく、入院患者のほぼ全員が喫煙者のようだ。
 デイルームの一角に間仕切りで遮蔽されたこのスペースには、暇をもて余した患者が入れ替わり立ち替わりやって来ては雑談を交わす。
 僕は少しずつ、少しだけ、そんな会話にも加わることができるようになってきたものの、相変わらず気持ちの浮き沈みが激しいため、ただ黙ってベランダ越しに見える桜の蕾を眺めていることも多い。もっとも、そういう患者は僕だけではないので、居合わせた相手によってはひたすら沈黙が続くときだってある。

 それでもやっぱり会話を求めてなのか、ただ一服したいだけなのかその両方なのか、喫煙室にはひっきりなしに患者がやって来る。
 高血圧がどうとか末梢神経の痺れがどうとか、自らの疾病遍歴を語る人。まる一日の外出で、孫に会えることを嬉々として話す人。反対に、諸々の事情で家族に会えない辛さを吐露する人。病院食のメニューについて、細かい不満をぶつぶつ口にする人。
 話の内容は、いつもおおよそ決まっている。けれども僕はそんな話を聞くたびに、ここは病院なんだと改めて認識する。そして僕も、その病院で生活する患者のひとりなのだ。


 月曜午後2時の学習会を前に、喫煙室で雪絵さんにAAについてそれとなく訊いてみた。

 AAとは『アルコホーリクス・アノニマス』の略で、直訳すると『無名のアルコール依存症者たち』という意味らしい。アメリカで始まった飲酒問題解決のための相互援助のグループで、日本でもNPO法人を問い合わせ窓口にして、全国各地で多くのAAグループがミーティングを行っている。
 このほか、薬物依存症者のためのNA、ギャンブル依存症者のためのGAがあり、柏ノ丘病院では6つのAAグループと、NAとGAのグループがそれぞれひとつずつ、毎月決まった指定週の曜日にメンバーの方々が足を運んでミーティングを実施しているが、これはあくまで自由参加だ。
 看護師さんやワーカーさんからは、こうした自助グループはおいおい参加していけばいいと言われていたが、そろそろ何かやらないといけない気がしてならない。
 ―― とはいえ、こんなミーティングでお互いに残念な打ち明け話を披露したところ で、本当に成果があるのか。
 現に、今ここに入院している患者の中にはAAや断酒会など自助グループの常連も多く、そういう患者はこの病院のARPについても新人看護師さんなんかよりやたらに詳しい。だけどそれは、単に何度も入退院を繰り返しているからにすぎない。早い話、「お前ら結局、酒やめれてねーし」ということだ。
 好むと好まざるに関わらず、1年の半分を病院のベッドで過ごしている人もいる。もっとツワモノもいるかもしれない。
 ここへ来て以来、多くの患者から「サトウさん、ここの入院は初めて?」とまるで職場の先輩のような口ぶりで訊かれるが、僕はリピーターにはなりたくない。今回が最初で最後のつもりだ。

 いちど、病室の入口横に吊るされた『ようこそAAへ』という小冊子を開いてみたが、何だか宗教の勧誘案内で見かけるような都合のいい挿絵がかえって不自然で、まだ読んでいない。
 正直、僕がひとりで足を運ぶには相当な勇気がいる。6つもあるAAグループの、どれに行けばいいのかも分からない。ただ、ここに3ヶ月もいる以上、何かをしなければ意味がないのは確かだ。

 そんなわけだが、雪絵さんには本当にただそれとなく訊いてみた。
「みんなでそれぞれ、自分の経験とか言い合うんだけど、話したくなければ話さなくていいし、行きたくないと思ったら行かない日があってもいいの。強制じゃないし。どのAAも飛び込みで行っていいんだよ。人の話をただ聴くだけでも、絶対プラスになるから 」

 一見人懐っこく、あははとよく笑う雪絵さんは、多少無理して明るく振るまっているように思えなくもない。それがいいことなのか悪いことなのかは分からないが、僕にAAを勧めるのは、彼女の率直な気持ちだと感じた。
「じゃあ、次のAAは私と一緒に行こうよ。もっと早く言ってくれればよかったのにー」
 そう言うと彼女は、早速デイルームの掲示板に貼られたARPの予定表を確認しに出て行き、手招きして僕を呼んだ。
「今日は月曜だからNAか…。NAに行くのもいいけど、いきなり薬物はちょっと重いかも。明日はGAで…AAは明後日、水曜の午後6時半。53号室だっけ? 呼びに行くから」
 麻友美さんにしてもそうだが、依存症を抱える女性はみんなこう面倒見がいいものなのだろうか。
「雪絵さんは、NAやGAにも参加してるんですか?」
「私? あ、私は全部持ってるから。お酒もクスリもギャンブルも。あははは」
 本当にAAがプラスになるのか、少し心配になった。いずれにせよ、行ってみないことには始まらない。


 2回目の学習会に参加した。今日のテーマは『⑦ 依存症と対人関係』で、男性心理士が担当した。時間ぎりぎりに会場の教室に入った僕は、最後列の席に着いた。
 先週は気がつかなかったが、学習会では何人もの病院スタッフが授業参観みたいに教室の後ろから見学している。若いスタッフが多く、研修の一環なのかもしれない。

 今日の学習会の簡単な説明のあと、『私はどんな人? ~20答法で理解を深める~ 』と題したプリントが参加者に配られた。プリントには20の設問があり、すべて「私は ――」で始まっていて、そのあとがどれもまったく同じく空欄になっている。
「ここに何でもいいので、自分に関することを書けるだけ書いてください。そのあと4、5人のグループに分かれて、書いたことをそれぞれ発表し合ってもらいます。それを聴いた人は、今度はその人のいいところを中心に感想を伝えてください。ただ感想を言うだけじゃダメですよ。いいところを見つけて伝えてあげてくださいね」

 そばにいたスタッフの仕切りで、患者が適当なグループに分けられていく。僕は5人のグループで、優二さんや康平くんなど、たまたま全員が5ーB病棟の患者だった。
 自分に関する事柄について僕は、優柔不断だのお金にだらしないだの意志が弱いだの、思いつくままネガティブな回答ばかりを書いた。いいところなんて見当たらないだろうという、根本的な姿勢がそもそもネガティブなのだ。
 とにかく、言われるがまま空欄を埋め、言われるがままそのいくつかを発表し、言われるがままほかの4人の発表を聴いた。
 みんな自分に関して、多くは自分の好きなものを挙げていた。
「音楽が好き」「ギャンブルが好き」「ラーメンが好き」「女が好き」―― 他人に発表することを前提にしているとはいえ、好きなものを書くというのは、僕にはあまり浮かばない発想だった。それは何だかとても素敵なことのように思えたので、僕はそれを「皆さんのいいところ」に感じる、とそのまま伝えた。

 ただ、実際こういう状況で「いいところ」を言い合うのは無理やり感がありすぎて至難の技だ。最終的に今回のテーマの本質は「自己理解を深めるうえで大切なのは、周囲がどう思っているかを知ることにある」として終了した。
 それならむしろ悪いところも含めて本音で言い合うほうが手っとり早い気がするが、もちろんそんなことをすれば収拾がつかなくなるのでこういう形式になる。
 このとき僕らはひと通り相手の「いいところ」を捻り出したあと、自分がベストだと思う映画やお薦めのラーメン屋について、時間が来るまで脱線した話題に興じていた。
 自己理解もいいが、今の僕には誰かと話すことのほうが有意義だと思った。

 ただひとつ、僕の「いいところ」で意外な指摘をされた。
 52号室の患者で、永塚さんというパチスロ依存症の40代半ば~後半くらいの男性が、僕のネガティブな自己評価に対して、「自分の殻に閉じ籠らず、正直に自分のことを話している」と言った。
 他人が自分をどう思っているかは、程度の差はあれ人間誰しも気になるところだ。永塚さんが僕を評して言ったことは、苦し紛れに捻り出したものかもしれない。けれども、それを直接聴くことは、あれこれ邪推するよりはるかに大きな発見がある。
 僕が閉じ籠っているはずの『殻』とは、いったい何なのだろう。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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