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2014-05-31 13:23 | カテゴリ:病棟の人々

 森岡先生は「どんなに運動で汗をかいても、不眠症の人は寝付けないものです」と言っていたが、病院周辺の坂道を歩き回った疲れからか、昨晩は薬なしでもあっさり寝付くことができた。どうやら僕は不眠症ではないらしい。

 土日はARPのミーティングがほぼ組まれておらず、とりわけ土曜日は外泊する患者も多いうえ、精神科には見舞いに来る人もめったになく、病棟内は静かだ。

 僕は相変わらす『空白のシャワータイム』を見つけては速攻でシャワーを浴び、1回 200円の共用洗濯機も空いている隙を狙って利用している。
 乾燥機は無料で使えるが、一度にたくさん放り込んでも乾かないので、こまめに洗濯する必要がある。天気のいい日はデイルームのベランダで日干しする人も多い。
 入院生活で洗濯が楽しくなったという、僕の右隣のベッドに入る40代前半くらいの米窪さんは当初、洗剤の代わりにボディシャンプーを投入して洗濯機を泡まみれにしたそうだが、今では洗面所でバケツに付け置きしての手洗いに勤しんでいる。

 少しずつ、少しずつではあるが、病棟内の患者さんたちと話す機会は増えてきた。喫煙室は何げない会話をするのに適している。
 それでも依然僕の情緒は不安定なようで、時折猛烈な不安と自己嫌悪に襲われる。ベッドのカーテンは、まだ閉めきったままだ。

 僕のベッドの左隣、野間さんという患者も、同じくカーテンを閉ざしている。たまにタバコを吸いに喫煙室へやって来るが、あまり姿を見かけない。1日中ほとんどベッドに籠り、大きなイビキをかいて寝ているか、ポータブルプレイヤーか何かでDVDを観ているようだ。ARPのミーティングに参加している様子もなく、朝の瞑想にもめったに出て来ない。歳は40代半ば~後半だと思うが、飲酒の影響で何か重い疾病を抱えているらしい。その割に、昼夜を問わずボリボリという何やらお菓子をむさぼり喰う音が、ベッドサイドのカーテン越しに頻繁に聞こえてくる。

 今日もカーテン1枚を隔てた先から、薬をきちんと飲まず、点滴もおとなしく受けようとしない野間さんを心配して、ちょくちょく様子を見に来る担当看護師さんとの会話が、はばかることなく漏れ聞こえてしまう。
 野間さんの担当看護師は、前上さんという僕より少し年上の女性だ。どこか擦れて投げやりな感のある野間さんと真摯に向き合う彼女とのやり取りは、ほとんどが他愛ない世間話なのだが、遠回しな人生相談のようにも聞こえる。
 不安を抱えた患者は卑屈にもなるし、横柄にもなる。自尊心を守るのに精一杯の人もあるかもしれない。そんな患者の話し相手になって、患者の気持ちを少しでも軽くする。
 ―― 患者が話をしづらい人というのは、看護師にはなれないなあ ―― などと考えながら、カーテンの向こうの会話に耳を傾けてみる。

「こないだ貸した『Lの世界』観た?」
「観ましたよー。ジェニファー・ビールスが良かったー」
「明日出勤なの?」
「うん。明日はねえ、夜勤です」
「俺、前上さんに手紙書いたから。後で読んでよ」
「えー嬉しい、ありがとうございますー!」

 看護師とは、ごくごく限定的な面においてキャバ嬢に似ている。真面目にそう思った。
 前上看護師に手紙を書いて渡した野間さんは、今月いっぱいで退院して、この街から 140㎞離れた地元へ帰るということだ。そのあとは、現地の専門内科への転院を勧められているらしい。


 病院内が乾燥しているせいなのか、栄養状態が急激に良くなってカラダが驚いているのか、顔がガサガサになっている。右手の甲には発疹もできて、とても痒い。お酒は断っても、僕にはまだまだ潤いが足りない。
 夜、歯を磨きに洗面所へ行くと、麻友美さんがいた。いつの間にか、背中まであった彼女の長い髪は、肩の辺りまで短くなっていた。
 僕は顔のガサガサや手の甲の発疹について、何気なく話してみた。彼女は僕の手を取って見ると、
「あ、これ結構イッてるねー。ワセリン塗ってもらいなワセリン」
 そのまま洗面所横の看護師詰所へつかつか入って行き、
「すいませーん。彼、なんか蕁麻疹みたいのできちゃってるんですけど」
 と告げるだけ告げて、後ろからおずおずと詰所へ入って来た僕を残してさっさと洗面所へ戻って行った。
 詰所にいた若い男性看護師は、何やら怪しげなチューブからクリーム状の塗り薬を僕の手の甲にぼっとり落とし、すり合わせてよく塗り込むよう指示してくれた。
 こんもりと盛られたクリームをもて余しながら洗面所へ戻ると、麻友美さんが声をかけてきた。
「何塗ってもらった? 顔は? 顔やってもらわなかったの? 顔ちゃんと変えてもらわないと」
 この人はせっかちなのか、ときどき日本語が意味不明になる。それでいて面倒見がよく、今度はもうひとりの夜勤の女性看護師を呼びに行ってくれた。
 すぐに飛んで来てくれたベテランの千葉看護師は、他に発疹が出ているところがないか、女性らしい気配りで僕の首やら背中やらをチェックしてくれた。
 けれども、何やらだんだん話が大袈裟になっていくのが恥ずかしくなってきた僕は、この際だとばかりに歯茎が腫れて痛い、と話題を変えた。

 せめて食事のあいだ、奥歯で穏やかに、レンコンだのタケノコだのを噛みほぐせればありがたい。僕としてはその程度の些細な訴えにすぎないのだが、これについても、夜も眠れずにのたうち回って苦しんでいるようなAクラスの症状を前提にされるものだから、気を抜くとすぐに話が大袈裟になってしまう。医療従事者の性なのだろうか。
 病院に限ったことではないのだが、僕が「ちょっとした相談」が苦手なのは、そういう怖さがあるからだ。

「寝る前のおクスリ」は止まったが、この夜から僕には1日3回、「お食事1時間前のロキソニン」が許された。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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