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2015-03-28 12:05 | カテゴリ:AA
(※断酒34日目/退院まであと9日)
 今日から看護実習の学生さんが3人、5ーB病棟にやって来た。先日まで小児科で実習をして、今度は精神科での実習となったのだという。20歳、21歳、26歳の女性で、午前中に牛本主任に伴われて各病室を回り挨拶をしていた。
 53号室にも4人で現れたが、この時点ではまだどの学生さんが黒部さんの担当になるかは決まっていなかった。病室に3人分の椅子を置いて学生さんを座らせると、主任は「あとはよろしく」とばかりに出て行ってしまった。フェローシップというのか、僕を含めて病室にいた患者とまんべんなく世間話をさせられ、短い時間話しては主任が呼びに来て席を替わらせ学生さんをチェンジするという、なんだかキャバクラみたいな状態だった。
 黒部さんは平静を装ってはいるものの、明らかに落ち着かない様子で、僕は米窪さんと遠巻きにその姿を眺めては面白がるという、悪い趣味に興じた。
 午後のレクでは3人ともミニバレーに参加してもらい、蒸し暑い体育館で一緒に汗をかいた。最終的に、桑田さんという26歳の学生さんが黒部さんを担当することに決まった。実習生は金曜の料理にも参加するのだが、黒部さんは「オレはやらねえよ」と早速素直じゃないところを見せていた。

 昼食は、昨日話してあった通り、地元へ一時帰宅する浅尾さんの分をまるまる一膳、「本人直々の頼み」でいただくことになった。メニューは、鰆のアーモンドフライに麻婆豆腐、丼ごはんと味噌汁、デザートのバナナ。これを自分の分と合わせて2膳とは豪勢なランチだ。米窪さんが、
「あなたの食欲もたいしたもんだねえ。たくさん食べるのはいいことだけど」
 と、半ば呆れていた。自分でも驚いたが、お酒を飲まない僕は大食漢のようだ。
 僕に昼食を託した浅尾さんは、昼前に迎えに来た妹さんと病院をあとにした。
「面白いから浅尾さん、ベロベロに酔って帰って来てください」
 僕が悪態をつくと、
「サトウさん、やめてください。それはないですから」
 と浅尾さんは苦笑していた。


 週末から外泊していたはずの植中さんが、帰院したと思ったら詰所で何やらバタバタしている。誰かが「植中さん、急遽退院することになったみたい」と言っていた。実は前から決まっていたのか、本当に突然退院になったのか、僕らには何も言わずに荷物を背負ってふらっと出て行ってしまった。それはそれでまた、植中さんらしいのだが。
 山形さんも、退院が来月6日に決まったそうだ。しばらくはデイケアに通いながら生活保護を続け、ハローワークで仕事を探すという。眠剤の飲み過ぎが心配だが、なんとか仕事が見つかることを願うばかりだ。


 夕方、AA「ちかぷ」のミーティングへひとりで出かけた。先日の合同バースデーもひとりで向かったが、AAの通常ミーティングで、病院の患者は誰もおらず、しかも初めての会場へひとりで行くのはこれが本当に初めてだ。
 会場の東町カトリック教会へは電車で最寄り駅まで行き、地図を片手に徒歩で向かう。方向音痴の僕だが、迷うことなく辿り着いた。比較的小綺麗な、教会らしい教会だった。2階にある和室がミーティングの会場で、窓からは吹き抜けになった聖堂が見下ろせる。僕はジアゼパムを飲んでいたし、知った顔もあったとは思うが、落ち着きのなさは隠せなく、終始居心地が悪かった。
 それでもいつものように、簡単な自己紹介と、飲んでいないとうまく集団に交われない自分について話した。今この瞬間も、取って食われるんじゃないかというくらい緊張している、とも話した。

 ミーティングが終わって後片付けを終えると、早々と挨拶をして逃げるように下へ降りた。
 ―― まあ、今日はこんなもんでいいだろう。
 そう自分に言い聞かせて玄関へ出ると、ミーティングに参加していた中年男性がいた。挨拶をして帰ろうとすると、いきなりその男性からこう言われた。
「あんたは、アルコール依存症じゃないよ」
 何と返していいか分からずにいる僕をよそに、男性はそのまま自転車に乗って帰って行った。急に怒りが込み上げてきたが、すぐにやりきれない気持ちになってしまった。
 何でそんなこと、今日初めて会った人に言われなきゃならないのだろう。僕がアルコール依存症じゃないのなら、僕がこれまで必死でやってきたことは、何に対してのものだというのか。あそこで咄嗟に何も言えなかったことも情けなかった。
 なんだかとてもみじめな気分だった。夜の道を駅へ向かって歩きながら、いろいろ頭で考えた。

 無性にお酒が飲みたくなった。それでも堪えた。ここで飲んではいけない。なぜなら僕は、アルコール依存症なのだから。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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2015-03-27 18:31 | カテゴリ:病棟の人々
(※断酒33日目/退院まであと10日)
 朝から蒸し暑い。クーラーのない5ーB病棟では扇風機が頼りだが、どういうわけかみんなつけるのを遠慮する。黒部さんなどは「オレ、扇風機の風ダメなんだ」と嫌がるので余計つけられなくなってしまう。

 昨日の夕方、隣町で飲酒運転による死亡ひき逃げ事件があった。海水浴場で飲酒した31歳の男が、同じ海水浴場から駅へ歩いて帰路に着いていた29~30歳の女性4名をはねて3名が死亡、1名が頸椎骨折の重傷を負ったのだ。被害に遭った女性は高校時代の同級生だったという。
 容疑者の男は前日深夜の居酒屋勤務終わりからビーチで夜通し飲酒していて、事故直後は女性の手当てをせずそのまま逃げ、コンビニでタバコを買い、それから 110番通報したそうだ。何を考えていたのか理解に苦しむ。「事故さえ起こさなければ(飲んでも)大丈夫だと思った」と供述している、と報じられていた。
 僕は運転免許を持っていないが、こういう事件のニュースを、特にこういう病棟にいながらにして耳にすると、やりきれない気持ちになると同時に、自分の飲酒が他人の命を奪ったり、自分自身の人生を破滅させることにつながる闇を感じる。それはとてもリアルな「恐怖」の感情にほかならない。


 今日の学習会は、1クール11回をひと周りして12回目となる。あの理科の教師みたいな男性心理士が『自分の考えを知る』というテーマでレクチャーを行った。4月、僕が2回目に参加した学習会で『私はどんな人?』という問いを記したプリントに回答を書かせて、小グループに分かれて発表し合うという、あの回の焼き直しだ。
 今回は手法を大きく変えて、

Q1:社長と副社長 Q2:時間とお金

 それぞれどちらが好き、または大切だと思うかを選び、小グループ内でその理由を発表し合うという形式だった。
 僕はQ1について、好き嫌いや能力の有無ではなく、単に正があって副があるという理由で〈社長〉を、Q2については万物に平等だと思ったので〈時間〉を選択した。米窪さんや浅尾さん、そして現在2階病棟に入院している峰口さんらと一緒になったグループの中からは「最終的に責任があるから社長」「後ろのポジションだけどそれなりに力のある副社長」だったり「お金がないと生活できない」「時間がなくても自分の作業をお金で人にやらせることができる」「時間は社会のシステムに関係なく存在する」といった意見が出た。根本的な主旨は前回と変わらず、他人の考えを聴いて己の考えを知る、ということなのだろう。
 学習会終了後、元小学校教員の倉持さんは、
「二者択一の設問としては、お題が良くないね」
 とダメを出していた。


「サトウさん、ちょっとお願いがあるんですが…」
 病室で、隣のベッドの浅尾さんから改まって声をかけられた。
「どうしました?」
「明日の昼食、僕の分も貰っていただきたいんです」

 1ヶ月の予定で入院していた浅尾さんは、本当なら今月15日に退院するはずだった。ところが、浅尾さんが経営している樹木伐採の会社の事業バックアップをしてくれている知人から、最低あとひと月は入院を延ばすよう「半ば強制」されているのだという。心臓の病気を患いICD(植込み型除細動器)を体内に取りつけて、入院までは節酒をしていた浅尾さんが、果たして僕らと同じく本当にアルコールに依存しているのか僕には少し疑問なのだが、会社に影響力を持つその知人は、病名が何であれとにかくあとひと月の静養を浅尾さんに迫っていて、さもないと事業から手を引くことを臭わせているそうだ。ご丁寧に、内科の治療入院が必要な場合にこの街で転院できる病院までピックアップしているという。
 この街から遠く 200㎞も離れた浅尾さんの地元には、アルコール依存の専門病院がない。もともと最初にこの柏ノ丘病院へ外来で来た際、院長からは月1回ペースの外来診察を勧められたが妹さんの強い希望で入院となった、という経緯がある。それだけに、浅尾さんの中では早く仕事に復帰したいという思いがあるようだ。
「他人の意見に左右されたくないし、これ以上入院していても、ストレスを溜めるだけですから」
 かといって、事業の支援を打ち切られると会社に大きなマイナスを与えるため、浅尾さんはジレンマに陥っている。担当看護師の丹羽さんはもちろんのこと、親子ほど歳の離れた僕にまで打ち明けるくらいなのだから、よほど悩んでいるのだろう。
 今日の夕方、院長との面談で相談した結果、病院としては本人の希望に沿って退院、その後は遠方からにはなるが通院を勧めるという結論になったそうだ。ただし浅尾さん曰く、その知人は妹さん夫婦を「抱き込んで」おり、最悪浅尾さんは「自分の健康も会社も顧みず、周囲の反対を押し切って退院した」という位置づけにされかねない。知人の顔を立ててあとひと月入院するとすれば、転院しても内科では進展が期待できないため、静養を目的として引き続き柏ノ丘病院で入院延長するほうが、ストレスも少ないだろうということだった。
 浅尾さんは明日、いったん地元の街へ帰り、知人や家族と今後どのようにするか話し合うという。次に病院に戻るのは22日の予定だそうだ。
 ここにもまた違った事情で、入院生活と奮闘している人がいる。

「そういうわけで、明日の昼は迎えに来た妹と食事することになりました。今からキャンセルはできないですし、廃棄になるくらいならサトウさんに食べていただきたいな、と」
 実際僕の食欲は旺盛で、最近は食が細くなったという浅尾さんから、やれバナナだの納豆だのごはん半分だの、いろいろ分けてもらうことが多い。こうして僕は、
「こうなったら、明日妹にいちばん高い昼食を奢らせてやります」
 と子供みたいに息巻く浅尾さんの、明日の昼食をまるまるいただくことになった。

 その浅尾さんが帰院する22日は、米窪さんが退院する。米窪さんも奥さんがもっと入院を希望している中、いろいろあったうえでの退院だ。
 そして、それより少し早い今週木曜には平嶋さんが退院する。このところ胃腸の調子が悪く、予定を1日遅らせての退院となる平嶋さんは、月末に息子さんの結婚式が待っているそうだ。入院当初とは別人のように、最近は院内のAAに通い始め、今後は院外でのAAミーティング参加を真剣に考えているようだ。
 ほかにも53号室では、予定を急遽大幅に繰り上げて、木下さんが今月いっぱいで退院するという。詳しくは訊いていないが仕事の都合らしい。黒部さんも詳細は未定だが、順当にいけば今月で退院の予定だ。相変わらず「オレは入院したら飲むよ」などと豪語しているので、ひょっとしたら家族の反対で退院が延びるかもしれない。
 黒部さんには明日から看護実習の学生さんがつくそうだ。米窪さんが、黒部さんをレクや料理に引きずり出そうとほくそ笑んでいる。


 病院事務局から、先月分の請求書を手渡された。102,000円強。7月の最終請求は退院日の前日にならないと概算が分からないという。夕方、優二さんと山形さんの3人でAA「カッコー」の会場へ行く途中、父にその旨を電話で伝えた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-26 18:26 | カテゴリ:外出・散歩
(※断酒32日目/退院まであと11日)
 先週と同じく、今日も昼食後に米窪さんと散歩に出た。西町総合公園の原生林を通って駅前へ抜けるコースだ。今日はヘビには遭遇しなかったが、途中でまたシマリスを見かけた。スマホで撮影してみたが、小さ過ぎてほとんどよく分からない。


 林を抜けてグラウンドのそばまで来たときに、今度はシマのない別の種類のリスが現れた。僕に気づくと、エサを貰えるとでも思ったのか1mくらいまで一直線に駆け寄って来た。こちらも不用意に動けない。ゆっくり取り出したスマホがエサじゃないと分かると、鼻をひくひくさせながら落ち着きなく走り去って行った。撮影することはできなかった。

 駅前通りは車道を封鎖して、お祭りの出店で賑わっていた。あちこちから肉を焼く香ばしい匂いが漂う中、ビールを手にした人たちが行き交う。浴衣姿の女性もちらほら目につく。僕らはそれ以上は近寄らず、駅前ショッピングモールの中へ避難した。危ないところだ。
 しばらく店内をぶらぶらして、病院バスで戻る米窪さんと別れ、そのまま3時半からのAA「つぐみ」のミーティングに参加するため19丁目教会へ歩いて向かう。狭い会場には外泊して自宅から来た優二さんを含め、20人くらいが集まっていた。
 ちょうど2ヶ月前の5月13日の夜、僕は麻友美さんに誘われて初めて院外AAでこの教会へ来た。あれから身の周りで起きたたくさんの出来事を思い出したが、少しは成長できたのだろうか。間もなく退院することを、僕はこの席でも報告した。
 優二さんはこのあとそのまま「オオタカ」のミーティングが行われる北東教会へハシゴするという。ユウさんから、車で送ると言っていただいたのを遠慮して、駅前まで歩いて戻り病院バスを待った。到着した日曜の最終バスからは、やはり「オオタカ」の会場へ向かう利根川さんと山形さんが降りて来た。みんなそれぞれがそれぞれの判断で、足を運ぶAAを選択している。

 夜。今日は久しぶりに院内のAA「アカゲラ」に参加した。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-26 13:42 | カテゴリ:AA
(※断酒31日目/退院まであと12日)
 毎月第2土曜日はAAの合同バースデーが催される。この街で活動するAAグループが、各グループメンバーの1日、1ヶ月、3ヶ月、半年、そして年単位の断酒をバースデーとして祝う合同イベントなのだそうだ。
 今月は「オオタカ」が仕切りを担当するとかで、優二さんは準備のためひと足先に会場へ向かった。午後6時半から東町の地区会館で行われるというので、僕はひとりで病院をあとにした。
 電車を降りてしばらく歩き、無事会場へ着く。2階の会議ホールには50~60人くらいの参加者が集まっていた。普段のミーティングのようにテーブルを四角く囲んで向かい合うのではなく、前方の司会者席に参加者が相対する形で会議テーブルが何列にも並べられている。司会者席にはカイさんが座り、優二さんら「オオタカ」のメンバーが慌ただしく準備をしていて、声をかける隙もない。
 知った顔はいくつもあり会釈は交わすが、どこへ座っていいか分からない。突っ立っていると、最後列のテーブルに着いていた「タケシ」さんと「シンゴ」さんという顔見知りに声をかけられ、隣に座らせてもらった。僕より少し年上のこのふたりとは「オオタカ」や「つぐみ」のミーティングで何度かご一緒していて、ふたりとも中間施設に入所している。また、その中間施設が運営するAAグループ「ヒナドリ」のメンバーでもある。タケシさんは気さくで話好き、反対にシンゴさんは無口で強面な印象だ。

 会が始まり、カイさんの進行でバースデーを迎えた各AAメンバーの紹介とメダルの贈呈が行われ、スピーチへと移る。年単位の方へは寄せ書きも贈られるため、バースデーを迎えた方がスピーチしている間もひっきりなしにサイン帳だの色紙だのが回って来る。既にAAのミーティングで一筆書かせてもらったものも混じっているため、自分が記入済みかどうか確認するのに忙しく、スピーチを聴くどころではない。バースデーを迎えた方とはまだ何の面識もないからこういうことになるのだが、仕方がない。
 優二さんが、スピーチをする方にマイクを持って行く係で慌ただしく働いている。そんな中で僕を見つけて「よく来たね」と声をかけてくれた。
 途中、僕の前にケーキが回って来た。紙皿に乗ったちょっとしたお菓子はすべてのテーブルに渡るのだが、ケーキはさすがに全員には行き渡らないので、当然バースデーを迎えた方が優先となる。僕は遠慮したかったが、隣でタケシさんとシンゴさんに勧められた。善意なのだが、シンゴさんのTシャツの袖からちらちら覗く派手な刺青が「食え」と威圧している気がしてならない。むげに断れず、ありがたくケーキをいただいた。

「サトゥーさんは、いつもそんなに顔色が悪いの?」
 藪から棒に、タケシさんに訊かれた。
「集団が苦手なんで、緊張してるんです」
「でもそんなんで、役者なんかできるの?」
「それは別なんです」
 AAのミーティングで既に話しているため、僕が芝居をしていたことは多くの人が知っている。ただ、舞台に立つ人間がどうして集団を苦手にしているのかを分かってもらうのは、なかなか容易ではない。

 会の最後は、断酒から30年という、ほとんど伝説のような男性がスピーチに立った。御歳77。30年もお酒から遠ざかっているのに、これでも「アルコール依存症」なのだから、実に厄介な病気なのだと改めて思う。

 午後8時、平和の祈りで合同バースデーは閉会した。僕は後片付けを手伝ったあと、優二さんに挨拶してひとりで会場を出た。行きも帰りもひとりというのは、棒にとって初めての経験だ。
 見事に道に迷い、ひとつ隣の駅からの帰院となった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-24 22:16 | カテゴリ:院内生活
(※断酒30日目/退院まであと13日)
 今日は病院の『夏祭り』の日だ。レクリエーション課とデイケアの参加者が中心となって準備をしていたようで、本来なら駐車場で催される予定だったが、台風の接近に伴い体育館での実施となった。午前中から一宮OTが病室へ来て、神輿を担げだの法被を着ろだのとしきりに煽る。もともと金曜日は外泊で不在の患者が多いのだが、ほかの病室の患者はいつにも増してみんな逃げるように外泊している、ような気がする。
 結局、53号室からは黒部さんと倉持さんが神輿を担ぐことになった。

 夏祭りイベントのため、今日は料理も創作もお休みとなった。料理については本来、第3金曜の来週18日が休みのはずなのだが、今週の中止を受けて次週に振替え実施されることになった。それが僕の最後の料理参加となる。
 午後2時。夏祭りが始まり、5ーB病棟の前を通って体育館へ向かう人でにわかに慌ただしくなった。他病棟の患者やその家族、病院職員、デイケアの参加者や断酒会のお手伝いの人。法被姿でなんだか張りきっている人も多い。
 琉球音楽バンドの演奏があるというので、僕はひとりでふらっと体育館へ向かった。思ったより人が多い。体育館の中央には手作りの櫓(やぐら)が立ててあり、ステージでは既に演奏が始まっている。演奏しているのがどういうグループなのかは知らないが、思った通り「花」「涙そうそう」「ハイサイおじさん」といった定番が披露されていた。
 客席で手拍子している一宮OTの姿がすぐに目に止まり、隣の席にかけた。法被を着せられた利根川さんが向こう隣に座って、何やらエイサーで使うような小さな太鼓で音頭を取っていた。
 テンションの上がる一宮さんに誘われた。
「踊りましょ、サトウさん!」
 踊るか。一宮さんは櫓のそばへひとりで出て行って踊り始めた。左右の手足の動きが変だが、そんなことは気にしていない様子だ。つられてほかの作業療法士さんやら患者やらが数名、もたもたと櫓付近へ歩み出て、いちおうそれなりに盛り上がる。一宮OTの熱心さ、実直さは凄いと思った。
 葉山看護師がやって来て、僕に無理やり法被を着せて隣に座った。
「退院、決まったんだって?」
「うん、おかげさまで」
「1クールちょうど?」
「1クールと1週間。99日目で退院」
 改まって訊かれると、なんだか恥ずかしい。話題をそらした。
「ねえ、去年も夏祭りやったの?」
「やったんだけど、夜勤明けだったから私は出てないの」
「神輿を担ぐなんて、毎年やってるのかな」
 神輿といっても、今週に入ってから段ボールに飾りをつけて急遽作った即席のハリボテだ。今月から53号室の室長でレク係になった平嶋さんが神輿作りに駆り出され、黒部さんも手伝っていたようだ。
 ちなみにこの祭りの準備については、僕は一切関わっていない。昨日も一宮さんから神輿担ぎを再三頼まれたが、頑なに断った。プランがよく見えず、イタい思いをしたくなかった。要するに、恥ずかしかったのだ。
「お神輿は初めてかも。一昨年は確か、ファッションショーみたいなのをやったかな。渡辺先生が女装してた」
「そういえば、先生方の姿がないね」
 祭りの日だって、回診もあれば外来もある。忙しいのだろう。
 …と思ったら、葉山さんが声をあげた。
「あ、院長来てる」
 見ると、院長が金魚すくいをやっていた。

 金魚すくいといっても、金魚はおもちゃで、人工的に作った軽い水流を漂っているのをポイですくうものだ。タダで遊べるので僕も葉山看護師と一緒にさっき挑戦して何匹かをゲットし、景品の駄菓子を貰ったばかりだった。
 やがてメインイベントの神輿が登場し、そのまま強引に盆踊りへと突入していった。
 何でもやればできるものだと感心した。ぐだぐだの展開ではあるけれど、それなりにカタチにはなっている。何よりも、みんな笑顔で楽しそうだった。この病院には保育園が隣接しているため、もともと子供を預けている職員も多く、今日は小さな子供たちの姿もある。
 これでいいのだ。
 最後に院長がステージに上がり、閉会の挨拶に立った。
「みんな、楽しんでますかあー!?」
 歓声と拍手が起こる。
「今日はどうもありがとおー!!」
 再び歓声と拍手。院長は清志郎みたいに叫んで手を振った。


 祭りが終わり、僕は 100円で買わされた駄菓子の詰め合わせを、外出中の米窪さんのベッドに置いて柏ノ丘例会の会場へ向かった。米窪さんは午前中に迎えに来た奥さんと一緒に、以前一時転院していた街の病院へ検査に出かけていた。
 奥さんとしては、もうしばらく夫に入院していて欲しいようで、内科設備の整った街の病院でしっかりとした検査を受けたうえで「まだ働くのはムリ」と医師から釘をさしてもらいたかったらしい。CTやMRIの検査も希望する奥さんと「予約もしないでそんな検査はできない」と言う米窪さんの意見とは折り合いがつかず平行線だったが、結局は米窪さんが「それで気が済むなら」ということで折れて、一日外出届を出して検査に行くだけ行ったということだ。
 かつてお酒に酔って日本刀を振り回した亭主は、今さら何を言っても奥さんの反感を買う状態になってしまっている。
 酔っ払いの業は、それだけ深い。

 祭りの後片付けの影響で、今日の柏ノ丘例会は予定時刻の3時半を過ぎて始まった。断酒会から祭りのお手伝いに参加していた方たちは、少し遅れての出席となった。
 僕は今月24日の退院を報告した。今日は同室の木下さんが参加していた。僕と同じくアルコールでの入院は初めてという木下さんは、北股会長に指名されてもあまり自身のことを語らず、挨拶程度に話を留めたが、
「39歳、あなたの年齢前後でアルコール依存症と診断される人はとても多く、断酒をするには最もいいタイミングです」
 という会長のアドバイスは、僕がこの例会に最初に参加したときに貰った言葉とまったく同じものだった。

 夜のAAは、一昨日に続いて「アウル」に出かけた。会場は松ノ宮町の福音キリスト教会で、外出先から別のAAに向かった優二さんではなく、利根川さんと一緒に足を運んだ。
 会場には週明けまで外泊中の植中さんと、そのほかにグループメンバーの方が3人、計6人でのミーティングとなった。今日は『AA 12のステップ』という書籍を使い、中でも『傷つけた人への埋め合わせをする』という項目についてのミーティングで、テーマがテーマだけに重苦しい空気になった。
 僕にとっての埋め合わせとは、何だろうか。まずは自立すること、と僕は話したが、本当のところはまだ分かっていない。


 帰院後、外出から戻っていた米窪さんに喫煙室で話を聴いた。
 米窪さんの検査は血液検査だけで、結果は良好とはいかないものの、奥さんが期待していた仕事についてのはっきりしたドクターストップはされなかったそうだ。
「無理をしないに越したことはありませんが、患者さん個々の問題になるので、仕事をしろともするなとも言えません」
 という医師からの回答は、極めて常識的かつ無難なものだった。
 米窪さんの退院は予定通り今月22日で変更はない。僕の退院の2日前だ。53号室ではほかにも平嶋さんが17日に退院、浅尾さんももう間もなくその日が決まる。
 今日のお昼は、久しぶりに奥さんと外食したのだと米窪さんが言った。
「万が一CTでもあったら困るから、ホントに軽くだけどね」
「でも、奥さんと一緒に食事したんですよね?」
「うん。ずっと無言でね」

 …酔っ払いの業は、やっぱり深いのだ。


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2015-03-24 16:57 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※断酒29日目/退院まであと14日)
 昨日の晩、12時の看護師巡回が終わるのを待って詰所へ行った。左手中指の付け根あたりに最近また発疹ができて、とても痒い。しばらく治まっていたのだが、退院が近づいて不安が増してきたからなのかもしれない。以前渡されていたオイラックスを使い潰したので、新品を塗ってもらうつもりだった。
 …というのは口実で、本当はお世話になった看護師さんに「一筆」書いてもらうのをお願いしに行ったのだ。寄せ書きというほどのものではないけれど、スーパー柏ノ丘店で買った色紙と、お礼に渡すメッセージカードを用意しておいた。色紙の中央上部には、手書きで大きくこう記した。

『ソラヲアオグ ~もう入院したいなんて言いません~』

 タイトルというか何というか、とにかくそんな感じだ。お酒と距離を置いた新しい生活に向けて、自分を奮い立たせる叱咤激励をカタチにして残しておきたかったのだ。
 とはいえ、多忙な看護師さんにこんな個人的なことをお願いするのは気がひける。勝瀬さんが退院前にやはり似たようなものを看護師さんにお願いして大事に持ち帰っていたが、僕が頼んで断られたらどうしよう、と内心気が気でなかった。
 今日の夜勤当番は小里看護師と高木看護師だった。高木さんは5ーB病棟担当ではいちばん若い女性看護師さんで、何度かレクでミニバレーを一緒に楽しんだ。まだ経験も浅く、夜間勤務もつい最近デビューしたばかりだ。
 僕が色紙を渡してメッセージをお願いすると、ふたりとも快く引き受けてくれた。僕の不安は取り越し苦労だったようだ。
 照れ隠しから、それから少しだけ話をした。小里看護師は僕のスリップについて「ショックでした」と言っていたが、同時に、
「サトウさん、髪の毛切ってずいぶん爽やかになりましたね」
 と褒めてもくれた。髪の長い短いではなくて、この入院生活で生じたココロの変化が表情に現れているのだ、と僕は解釈している。

 朝の申し送りのあと、小里さんから色紙を受け取り、僕はそのお礼に、それぞれへ宛てて前もって書いておいたメッセージカードを小さな封筒に入れてふたりに手渡した。とても喜んでくれた…と思う。色紙はまだ見ていない。5ーB病棟のすべての看護師さんに書いてもらい、退院したあとで読ませていただくつもりだ。


 今日の回診は両親が同席したため、いちばん最後に回してもらった。順番が来るまで別室で、牛本主任から依存症についての一般的な説明と、僕の入院生活や今後の自助グループ参加の意義についてなどを詳しく説明してもらった。父も母も熱心に聴いていた。
 その後の渡辺先生の診察で、僕は今月24日の退院希望を伝え、承諾を得た。先生からも両親へ、依存症についての説明をしてもらった。患者に対する家族の接しかたについても、結果的に依存症を陰で助長する『イネイブラー(世話焼き人)』にならないよう、斎藤学(さとる)という医師が書いた本の抜粋コピーを資料として示し、時間をかけて分かりやすく解説してくれた。斎藤医師は有名な精神科医だそうで、人の嗜癖行動がその人の家族関係や成育歴と密接な関わりを持つことを早くから指摘した偉い先生だという。アルコール依存症についてのみならず「児童虐待」という概念を日本に定着させた人で、その方面でも多くの著書を持っているらしい。
 飲酒欲求を抑制する新薬・レグテクトについても試用を了承してもらい、早速夕食後からの服用が始まった。
 僕のスリップについては、特に父や母から質問されたりしない限り進んで話すことはしないで欲しいと、牛本主任を通してお願いしていたはずだった。それなのに、
「ちょっと飲んでしまいましたが、その際もご自分で正直に申告されたのは勇気のいることだと思います」
 と必要のない褒め言葉が先生の口をついて出てしまった。後ろに同席していた主任の溜め息が聞こえた。父は特に食いつくことはなかったが、間違いなく耳には入っていたはずだ。実際、スリップしたことは事実なので仕方がないのだが。


 両親を1階玄関まで見送って別れたあと、今度は病棟で関根さんを見送った。今日は関根さんの退院の日だ。短い期間ではあったけれど、一緒に通ったAA、特に行き帰りの道すがら聴かせていただいたいろいろな話が印象に残る。今日中に地元へ戻り、明日からまた美容師として仕事に復帰するそうだ。

 昼食後、ついうたた寝をしてしまった。目を覚ましたのは午後2時半頃、それからSSTに参加する。
 今日は葉山看護師が仕切り、主任がアシストして『お酒に変わる趣味』についてあれやこれやの意見交換が行われた。前回のようなロールプレイには至らず、以前のぐだぐだな話し合いに戻ってしまったが、僕はもう不快にはならなかった。
 ―― お酒をやめたら、プラモデルでもやろうかな。

 4時10分。SSTを途中で抜けて始まったカウンセリングでは、田村心理士からも「髪を切って爽やかになりましたね」と言われた。それほど印象が変わったというのは、素直に良いことと捉えることにした。
 僕はAAでもカウンセリングを受けている人に出会ったことなどを話し、来週もう一度、最後のカウンセリングをお願いした。

 夕食後の院外AAに出かける前、病室に訪ねてきた沼畑師長から、僕の血液型がAB型だと知らされた。何を隠そう、今まで検査をしたことも大病もしたことのない僕は、38歳の今日まで自分の血液型を知らなかったのだ。そして昨日、AAに向かう病院バスで一昨日に続いて隣に乗り合わせた師長になんとなくそんな話をしていたので、調べてくれたのだ。入院をすると、こんなこともある。

 今日のAAは南町教会の「オオタカ」だ。雨はそれほど強くなく、行きも帰りも順調だった。今日も、初めてAAに来たという男性を交えてミーティングが行われた。


 夜。僕は詰所へ行って夜勤の前上看護師と東郷看護師に色紙をお願いした。もちろんふたりとも快諾してくれた。


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2015-03-19 00:03 | カテゴリ:院内生活
(※断酒28日目/退院まであと15日)
 退院まで残り約2週間。こうなると、一日一日が惜しい。寝ている時間ももったいなく、今朝は午前5時前に目が覚めた。
 ARPはサードミーティングをあと2回残してすべてやった。AAはまだ行っていない会場やグループがあるけれど、退院までできる限り足を運ぶつもりだ。
 あとは、自分を奮い立たせるもうひとつと、感謝をかたちにすること。

 10時前、勝瀬さんがデイケアにやって来た。昨日高津さんが言っていた通りで、元気そうだった。米窪さんも安心していた。
 その米窪さんは明後日、以前一時転院していた病院で再度内科の診察を受けるそうだ。午後になって奥さんが来て、デイルームでいろいろ話し込んでいた。ずいぶん長い話になっていたようで、僕がサードミーティングを終えたあたりでようやく見送りに出て行った。
 病室に戻った米窪さんは、口では努めて陽気に、
「あんまり人を不愉快にさせること言うもんだから、甘いものが欲しくなっちゃったよ」
 などと言いながらコンビニで買って来た菓子パンを見せびらかしていたが、夫婦間でぎくしゃくした様子は隠せない。他人が口を挟む問題ではないし詳しいことはよく分からないので、僕らはただふざけてバカな話をするだけだ。
 多くの患者が明るく振る舞うその裏には、先行く不安と申し訳なさと苛立ちが複雑に絡み合う。それは僕も同じだ。でも僕には2度目の入院はない。これまでやったことを信じて前へ進むしかない。
 これは、僕の病気だ。

 3時からのサードミーティング。すべてのARPの中で僕がいちばん気の進まないプログラムだが、それも今日を終えてあと1回。とりあえず、やらなければならないことは全部やるだけだ。


 台風の影響なのか雨と風の中、地下鉄を乗り継いで南東町の町民会館で行われるAA「アウル」へ足を運んだ。
 普段は参加者が少ないと聞いていたグループだが、今日は中間施設からも来ており10人以上集まっていた。また、AAのセントラルオフィスに問い合わせて聞いたという60代前半くらいの男性が、奥さんと息子さんを伴って会場にやって来た。この方はCT検査で脳の萎縮が見られ、このまま飲み続ければあと2年しか生きられない、と医師に宣告されてAAを勧められたのだという。
 通常、AAのミーティングは当事者間で行われる『クローズド・ミーティング』と、家族や友人、医療関係者など当事者以外の参加も可能な『オープン・ミーティング』に分けられる。今日はクローズド・ミーティングの日だったが、この男性はAA初参加ということで参加者了承のもとご家族も同席してのミーティングとなった。

 自称「晴れ男」という優二さんのおかげか。帰りは風こそ強かったものの、雨はすっかり止んでいた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-18 17:44 | カテゴリ:病棟の人々
(※断酒27日目/退院まであと16日)
 午前中、米窪さんと福井さんの3人で散歩へ出かけた。福井さんと外出するのは久しぶりだ。坂を上ったところから住宅地を抜け、西町総合公園の原生林を通って駅前のショッピングモールへと歩いた。5月の連休最後に、康平くんも加えて歩いたコースだ。
 外は陽射しがきつかったが、森に入ると一気に涼しくなった。
「この時間なら、ヘビは出ないな」
 米窪さんが知ったようなことを言ったそばから、先頭を歩いていた僕の足元を大きなヘビがしゅるしゅると音を立てて横切っていった。死ぬほどビビって思わず声をあげた。
「俺みたいにひねくれたヘビなんだよ」
 出ないと言ったのに出たことの言い訳がこれだ。
 そのまま先へ進むと、またヘビに遭遇した。脇道にいたところを、向こうから山道散歩に来た男性が見つけて木の枝でやっつけようとしていたが、逃げられたらしい。その男性によると、マムシだそうだ。
 さらに歩いていると、大木の根元に集まるシマリスを何匹も見かけた。ここが原生林なのだと改めて感じた。
 幼稚園の年長組だろうか、子供たちと引率の先生の一行とすれ違い、挨拶を交わした。マムシのことは言わなかったが大丈夫だっただろうか。
 駅前ショッピングモールで少し時間を潰し、病院バスで戻った。


 昼食後のレクでは今日もミニバレーで汗をかき、シャワーを浴びた。体育館は蒸し風呂のような暑さだった。
 その後一息ついていたところへ、室戸薬剤師が訪ねて来た。先日僕が服用を試したいと言った薬『レグテクト』について、メーカーのパンフレットを持って来てくれたのだ。日本では昨年発売されたばかりのこの薬は、頓服薬としてではなく継続して服用するものだが、やはり下痢以外に深刻な副作用は考えにくく、価格も保険適用の3割負担で1日分約 100円、エビリファイなどの安定剤や眠剤との飲み併せも問題ないそうだ。
 脳に作用して、飲酒欲求そのものを抑える薬 ―― 僕に合うか合わないか、今のうちに試してみるべきだと思った。


 迫さんが戻って来た。外泊時に自宅で4回目となる飲酒をしてしまい、いったん任意退院したそうだが、今度の再入院で改めてビギナーから1クールのリスタートとなるそうだ。
 デイルームの喫煙室で、僕は迫さんに退院が決まったこと、来月から職場復帰することを伝えた。
「仕事があるんならそれに越したことはないし、ぜひ退院するべきだよ。オレはすることもないから、いつまで病院にいるかな…」
 その前に迫さんはスリップしないよう気をつけたほうがいいと思ったが、余計なことは言わなかった。
「まあ今度は節酒じゃなくて断酒を目指すけど、次に病院とモメてブチ切れたときは、看護師の目の前で飲んでやるから」
 そう言って不敵な笑みを浮かべた。お酒をやめる気があるのかないのか分からない人だ。モメるとかブチ切れるとか、どうも穏やかでない。

 病院に内緒でパチンコに行って来た高津さんが、市街地の商店街で勝瀬さんに偶然会ったという。
「元気そうで、明日明後日はデイケア来るって言うとったよ。エラい元気やった。酒の臭いはせんかったけど、あんまり近づいとらんかったから、分からん」


 今日のAAは北町12丁目教会の「はましぎ」だ。前回は会場変更になったため、初めての場所になる。優二さんと一緒に出かけたが、駅へ向かう病院バスの中で師長と隣になり、話をした。
 沼畑師長は高校時代、将来は結婚をせずに医者か弁護士を目指していたのだという。進学による経済的負担を考えて看護師志望に転換し、短大へ進んだそうだ。看護師としてデビューしてからはずっとこの柏ノ丘病院で仕事をしている。
「看護師さんも志望の科ってありますよね? 選べないんですか」
「いちおう希望は出せるけど、やっぱり必ずしもなれるわけじゃないかな」
 肛門科を志望した看護師がいたら一度話を聴いてみたいと思っていたが、やはり希望通りにはいかないものかと納得した。
「…精神科って、最初は抵抗なかったですか?」
 看護師さんの本音はどうなのだろう。患者の前ですべて話せるわけではないだろうが、いちおう訊いてみた。
「私は婦人科、精神科、脳外科の順で希望してたから。精神科はもともと興味があったし」
 抵抗はないということらしい。
「もっとも私、血を見るのが苦手なんで。5ーA病棟にいたとき、リストカットで運ばれた患者さんの傷口見たときはショックだったけど。今は仕事だと割り切ってるかな」
 いろいろ突っ込みどころはあるが、なんだかリアルな告白だ。

 病院バスは職員も利用するため、僕らが院外自助へ向かうために乗る最終5時40分のバスには日勤終わりの病院スタッフとも一緒に乗り合わせる。
 今日も僕らの斜め前には小里看護師が座っていたが、彼女に限らずどうもみんなよそよそしい感じがする。患者と近い距離で接する仕事なので、勤務が終わったら完全なオフになりたいのか、僕ら患者に気を遣っているのか分からないが、こちらとしても見慣れない私服姿でプライベートな時間に入ろうとしている病院スタッフに気軽に話しかけるのはためらってしまう。
 そんなことを思うとき、ふと「やっぱり精神科って、抵抗あるのかなあ…」とネガティブだけど妙に共感できる推測をしてしまうのだ。
「あ、私、注射も嫌なの。師長になってからやってないけど」
 なぜか沼畑師長は別だ。
「こないだ何げに笑顔で歩いてたら、同僚に『コワい』って言われちゃったの。これでも私傷つくんですけど」
 最初に師長と話したときの印象は、3ヶ月近く経った今でも変わっていない。ざっくばらんな人だ。ご主人はタクシーの乗務員をされていて、生活の時間が合わないことが夫婦がうまくいくコツ、のようなことを以前言っていた。一見ドライでプライドが高そうな感じがしないでもないが、それはそれとして、情の深い人でもある気がする。
「やっぱり『師長』って、コワい感じとかに見られちゃうのかな?」
「人によるんじゃないかな」
「私はどうなの?」
「さあ、知りません」

 西町駅前で師長と別れ、電車で北町12丁目の教会へ向かう。途中、中央町の駅で乗り換えが必要で、今まで足を運んだ会場の中ではいちばん遠い場所に位置している。
 優二さんは今日の院長の回診で、明日の退院の延期が決まった。退院の日は未定だというが、仕事探しの状況も踏まえての退院になるのではないだろうか。
「予定が二転三転して大変でしたね」
「まあ、仕方ないよ。こればっかりは」
 とは言いつつ、正直ホッとしている様子だった。


 AA「はましぎ」のミーティングは院内を含めると8回目だが、院外では先週土曜に続いてまだ2回目、ホームグラウンドの北町12丁目教会は初めてだ。院外では火、木、土曜にミーティングをしているが、来月から木曜のみ中央町に会場が変わる。実家の近所、通勤途中にある会場なので、退院後も参加しやすい場所になるだろう。正直このグループにはまだ慣れていないが、何度かは行くつもりだ。
 帰りはまた、ユウさんに車で送ってもらい帰院した。

 様々な人と話した日だった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-18 13:22 | カテゴリ:学習会
(※断酒26日目/退院まであと17日)
 スマートホンのマイクロSDカードを壊してしまったので、保存してある写真データをすべて失ってしまった。新たに保存することもできないので、午前中に実家へ一時帰宅して部屋を探してみた。まさかとは思ったが、やっぱり予備のものなんてなかった。仕方がないのでそのまま徒歩でスーパー柏ノ丘店まで行き、いちばん現行のものに近い2GBのカードを買って病院に戻った。


 2時からの学習会はいよいよ今日が11回目となる。僕の退院までにはまだ1回あるが、入院して最初の学習会からこれで一周、1クールの最後ということになる。
 日程表のタイトルは『⑤ アルコールがつくる心の病気 ~その1~』。先月9日の学習会に続いて病院長が担当する。プリントとスライドでのレクチャーだが、冒頭、院長が「私の好きな文言」として以下の言葉を示した。

 初め人 酒を飲み やがて酒 酒を飲み ついには酒 人を呑む

 飲酒のコントロールを失い、お酒を飲むことで更なる飲酒を招いて、やがてお酒に呑まれてしまう。アルコールの危険を言い得た文言で、まさしく僕らのことだ。
 次に院長はスライドを使い、お酒の問題を抱えていたとされる著名人を挙げた。


○美空ひばり
 言わずと知れた国民的歌手の人。1989年に52歳で死去。死因については憶測が飛び交うが、重度の慢性肝炎と『大腿骨頭壊死症』という病気にかかっていたとう。これはアルコールが要因のひとつと考えられ、大腿骨への血流が妨げられて股関節の機能が失われる病気なのだそうだ。院長の意見では、美空ひばりはアルコール依存症が疑われる、との話だ。

○藤沢秀行
 棋聖戦6連覇を成し遂げた囲碁棋士の人。本人曰く「大一番の前には酒を断ち、そのときに現れた化け物に打ち勝つことで、七番勝負に勝つ」。言ってることは完全にアル中の離脱症状だが、結果を出しただけに名言扱いされる。2009年、83歳没。

○寛仁親王
「ヒゲの殿下」で有名。メディアでは三笠宮とも報道される。皇族でありながらアルコール依存症の診断を受けたことを自ら発表、なんとAAにも通ったという。2012年、多臓器不全のため66歳で薨去。院長の話では、ご本人もさることながら「主治医が凄い」。

○エリザベス・テイラー
 英国生まれ、紫色の瞳を持つ美人女優としてハリウッドで活躍した人。8回の結婚と7回の離婚を経験したことでも知られる。2011年に79歳没。アルコール依存症と処方薬乱用のほか、様々な健康問題を抱えていたというけれど、その割に長生きしているなあ、とは思う。

○林葉直子
 元女流棋士。90年代に不倫やら失踪やらヘアヌードやらで世間を騒がせた人。その後自己破産。今年になって、8年前から重度の肝硬変であることをテレビ番組で公表した。46歳とは思えない現在の変貌ぶりには確かに驚く。

○中川昭一
 元自民党衆議院議員。父は元閣僚の政治家・中川一郎。自身も閣僚を歴任したほか、党政調会長を務めた。2009年2月にローマで行われたG7財務相・中央銀行総裁会議の記者会見に酩酊状態で出席、バッシングを浴びて財務大臣を辞任した人。同年10月、自宅寝室で倒れているところを発見されたが死去、56歳。遺族によって発表された死因は急性心筋梗塞。院長曰く、この中川昭一こそが「ACの典型なのでは」とのことだ。


 ACとは『アダルトチルドレン』の略で、AAのミーティングでもこの話題は何度か登ったことがある。両親のうちのどちらか、あるいは両方を依存症者に持ち、自身も同様の依存症者になってしまった患者のことだ。中には幼少期に虐待を受けたりするケースなど、程度の差はあるが、アルコール依存症患者は圧倒的にこのACであることが多い。僕は虐待など受けていないしあまり認めたくはないが、少なからずそのうちのひとりといえる。

 院長によると、ACのケースでは、酒飲みの親に怯えて育った子供が「極端ないい子」になろうとするか、「極端な悪い子」になろうとする傾向があるという。
 中川昭一の場合、大物政治家の2世として生まれた「宿命」に加えて、酒豪でも知られたという父親の影響は何かしらあったのではないだろうか。東大を出て父の地盤を継ぎ、大臣にまで登りつめたが、本当のところは父親のような酒飲みにはなりたくなかったのかもしれない。
 …というはあくまで院長の推測だが、中川昭一という人の辿った人生が、ACの問題と結びついていることは、僕にも疑いのないような気がする。

 僕は今日の学習会を、前から2列目の端の席で聴いていた。最前列中央には和代さんが陣取り、冒頭いきなり院長に「待ってました!」と芝居見物のようなエールを送って熱心に聴いていたようだが、僕はこのあと最後まですっかり熟睡してしまった。
 こうして僕のARP学習会、全11回は終了した。


 夕方の自助グループは、西町教会のAA「カッコー」に参加した。利根川さん、山形さんもミーティングに向かったが、僕は優二さんと一緒に会場へ足を運んでいた。
「まだ時間があるから、ショッピングモールで人間観察していこう」
 らしくないことを提案されたが、言われる通り1階売り場のベンチにふたり並んで腰かけた。優二さんは明日、主治医である院長の回診だ。仕事が決まらない以上、9日に退院するのは不安なのだろう。「退院が延びるかも」と言っていたが、それを望んでいるように僕には思えた。
 沈黙が続いたので、何の気なしに言った。
「…酒飲んでた頃、こうやって人を見ていると、自分以外のすべての人が自分より幸せそうに見えてました」
「そういうことをミーティングで話せばいいんだよ。笑いとろうなんていらないから」
 意外な答えが返ってきた。ミーティングの席で話す際、笑いに執着しているつもりはないのだが、ノープランでだらだら喋ることには抵抗がある。というか、それができない。退屈しているんじゃないか。シラけた雰囲気になったんじゃないか。周囲の反応を気にしてしまうのだ。嘘をついているわけでも、気取っているわけでも、隠したい何かがあるわけでもない。これが今現在の僕なのだ。
 でも、ここで優二さんに反駁しても仕方がない。僕は僕で、今できることをするだけだ。

 AAの場では、少しずつ人の輪に入っていけるようになっているかもしれない。「オオタカ」のナホさんは、ほかのグループのミーティングにも足繁く通っているので顔を合わすことが多い。今日も参加していた彼女に、みんなで帰る道すがら少し話をすることができた。
「ナホさんは今、外来でカウンセリングを受けてるんですよね。僕も院内で受けてるんだけど、なんだか感じがつかめなくて。患者が一方的に喋るカウンセリングでもいいんでしょうか?」
 我ながら、変てこな質問だとは思う。
「私も、自分のことをたくさん喋ってますよ」
 ―― これでいいのか。そりゃそうか、患者は俺なんだ。
 少し安心した。何よりも、こうしてAAで知り合った方と話せることに嬉しさを感じていた。


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2015-03-17 18:50 | カテゴリ:外出・散歩
(※断酒25日目/退院まであと18日)
 昼食後、米窪さんと散歩に出た。坂の上から住宅地を通って、いつものように西町駅前のショッピングモールへ行き、100円ショップでぶらぶらする。
 勝瀬さんがデイケアに来ていない。先日本人から病院に電話が入り、米窪さんに取り継いでもらい話をしたという。
「今どこからかけてるの?」
 と米窪さんが訊くと、
「川原。オレの居場所はない」
 いきなり穏やかでない。
「3ヶ月休んだから、これから3倍働くつもりだったのに、嫁さんに『休んでて』って言われた。飼い犬もオレのとこに寄って来ねえんだ」
 犬のことは知らないが、奥さんがそう言う気持ちは分かる気もする。勝瀬さんは明らかに飲んでいる様子だったそうだ。
 勝瀬さんも奥さんも「やり直したい」という目標は同じだとしても、お互いの気遣いが噛み合わないことだってある。特にこの病気の場合、これまで散々迷惑をかけたにも関わらず、それでもやり直しの機会を与えてくれた奥さんへの感謝と自分への猛省から奮起しても、奥さんにしてみれば「無理をしないで欲しい」と思っただけかもしれない。推測なのでこれ以上は何とも言えないが、僕らには笑って「勝瀬さん、早く病院に戻って来い」などと悪態をつくことしかできない。
「それにしても、ちょっとショックだね」
 米窪さんが言った。僕も同感だった。

 西町にある神社周辺をぶらついて帰院するという米窪さんと別れ、僕はそのまま19丁目教会へ向かった。今日は3時半からAA「つぐみ」のミーティングに参加、ここで優二さんと合流したあと、一緒に夕方6時から北東教会で行われる「オオタカ」へ向かい、AAをハシゴした。
 夕食は移動の間に定食屋でラーメンを食べた。北東教会には、今日も植中さんがユウさんの車に同乗してやって来ていた。
「オオタカ」のミーティングは挙手制で、今日は僕は発言しなかった。昨日のことが頭をよぎっていた。僕にはお酒での失敗の後悔よりも、飲まないことでの生きかたの問題が多過ぎる気がする。
 いちど自分でしっかり整理して、自分自身の棚卸しが必要なのかもしれない。

 帰りは昨日と同じく、ユウさんの車に乗せてもらい帰院した。今日はひと言、ふた言は喋ったぞ。それでいいのだ。
 今月25日は町の花火大会だ、とユウさんから聞いた。僕の退院翌日じゃないか。スリップの誘惑はすぐそこにある。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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