-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2015-02-24 13:53 | カテゴリ:AA
(※5度目のスリップから15日目)
 今日は渡辺先生の回診がお休みのため、午前10時半からのレクまでのんびり過ごした。レクでは今日もミニバレーで汗をかいた。途中、牛本主任や沼畑師長も加わって楽しかったが、ほぼ1時間ぶっ通しでゲームをするのはさすがにしんどい。とはいえ患者の中では僕がいちばん若いのだが。

 昼食前、麻友美さんから連絡があった。いま外来に来ているという。顔を見に1階玄関前まで降りて行くと、やつれた様子の彼女がいた。生活のサイクルが昼夜逆転して、昼間はとても眠いのだという。火曜に予定していた外来も、起きられずに行けなかったそうだ。
 左手首に大きな絆創膏がしてあり、カッターで自傷したのだという。傷痕を見せてくれたが、元の夫と自分、それから息子のイニシャルを彫ろうとしたらしい。太腿にも青アザが至るところにあり、爪で息子の名前を引っかいた、と言っていた。
 元気どころか、どんどん悪くなっているのが素人目にも分かる。一日中引き籠っていて、AAに行く気にはとてもなれないそうだ。
 話を聴いてあげるだけで、何もできないことにもどかしさを感じた。何を言っても、彼女の気持ちを余計に傷つけたり、逆なでしてしまう気がする。僕が彼女にしてあげられることとは何なのだろう。そんなことを考えているうちに、看護師さんが彼女を呼びにやって来た。


 昼食後、1時の病院バスで料理の買い出しに行った。洋子さん、山形さんのほか中山さんも加わって4人での買い物だ。
 今回は患者8人、スタッフ4人の計12人と聞いていたが、洋子さんが大田看護師から渡されたお金は1人300円×11の3,300円だった。会計前にそれに気づいた僕は、念のため5ーB病棟の詰所に電話して確認しようとしたが、洋子さんに「渡されたのはこの金額なんだから、電話なんかしなくていい」と言われ、ムッときてしまった。
 前回の料理の買い出しの際、研修生と一緒にイレギュラーで参加する勝瀬さんの分がカウントされていなかった。今回も、漏れている誰かがいるといけないので確認しようと思っただけなのだが、次第に売り言葉に買い言葉になってきて、「そんなに言うなら電話してよ」「いや、じゃあいいですよ」とこちらもムキになって確認をしなかった。会計はほぼ3,300円で収まったのだが、僕は自分が腹を立てたことで空気を悪くしたことに、すっかり気落ちしてしまった。
 病院に戻ったあとで大田看護師に確認すると、やっぱりひとり分が抜けていたことが分かった。今度は洋子さんが、本来使えるはずだった 300円を「今から買い物に行って来る」と譲らない。僕はそれ以上言うのをやめ、洋子さんに判断を任せた。その後どうなったかは、まだ聞いていない。


 3時からのSSTは、ウォーミングアップでいきなり一宮OTが「演劇のトレーニングで応用できるものがあるみたいです」と口火を切った。嫌な予感がした。先日一宮OTからデイルームで、劇団の基礎トレーニングで行うウォームアップについて質問された。僕はいくつか例を挙げて簡単に説明した。そのとき「SSTに必ずしも応用できるとは限りませんよ」と念押ししたはずだったが、嫌な予感は当たった。
「サトウさんから説明して貰ったほうがいいと思うんですが…」
 一宮OTにしてみれば、場が盛り上がると思ったのか、僕の個性なのか何なのかを活かせると考えてくれたのかもしれない。ただ、僕にとってこんなムチャ振りはない。確かに芝居の基礎トレはいろいろあるが、SSTのウォーミングアップにそのまま使えるわけではない。事前に聞いていないので何がどう使えるかも分からないし、実際にやってみて、かえって雰囲気が悪くなる可能性だってある。そう簡単に「そうですか、分かりました。ではとっておきの ―― 」とはならないのだ。
 僕の必死な拒否ぶりを見かねた牛本主任が、「じゃあ今日は通常バージョンの『お絵描きしりとり』でいきましょう」と拾ってくれた。手汗が噴き出して止まらない。一宮さんからは「無理言ってすみませんでした」と謝られた。
 7、8人が教室にいたが、みんな無言だ。シラけた空気に、ヘコんだ。
 そのあとの本題は相変わらずノープランで進んで行き、先日登った父親の話になった。僕はこの話題が苦手だ。優しい父親、厳しい父親、だらしのない父親、無口な父親。みんなそれぞれの父親について話すが、どれもそれぞれにとっての、懐かしくて感謝の記憶だ。
 僕は自分が苦手な話題、ついていけない話題、嫌な話題になると、途端に孤立する。
 話を振られる前に、僕はSSTを中座した。


 4時からの3回目のカウンセリングで、田村心理士に今日のバレーのこと、買い出しのこと、SSTのことを話した。カウンセリングがなければ、それこそ飲酒欲求に負けていたかもしれない。今日この時間、カウンセリングがあったおかげで僕はスリップせずに済んだ。ミニバレーにしても、このカウンセリングがあったからこそ、僕は自分の背中を押してもらうことができた。
「田村さんにはいろいろ助けられています」
 僕としては本心のつもりだったが、田村さんは心理士らしい見解を言った。
「そうなんですか? 私は別に何もしてませんよ。サトウさんがご自身でできたことや、飲まずにいられたことを、そうやって自分以外の誰かのおかげにしているのも、自信の無さからくる自己防衛なんでしょうか。前回も言いましたが、私はサトウさんの中に凄いギャップを感じます。自分に自信を持てず、他人や集団とうまく交われないことでご自身を責めて自己防衛に走るサトウさんと、あれだけ抵抗のあったバレーやカーテンの件を次の週までにさらっとやってのける、積極的なサトウさんとのギャップです。これは一体、何なのでしょうか」
 何なのだろうか。自分でもそのギャップを感じることがある。いつからこんなふうになったのか、中学、高校の頃か。芝居をしていた大阪でも、自分でも驚くほど積極的にオーディションや入団テスト、稽古場見学に足を運んだこともあった。

「ご自身の、ついていけない話題になるとシャッターを降ろしてしまうというのは、カウンセリングでアドバイスすることはできません。それこそSSTで相談してみたらいかがですか?」
 またひとつ、宿題を貰った。次週のカウンセリングは同じく木曜だが、SSTの終わる時間を考慮して4時10分からにしてもらった。


 カウンセリングから戻ったあと、早出し夕食を済ませて南町教会の「オオタカ」へ向かった。今日は利根川さん、優二さん、植中さん、関根さん、山形さんと僕、6人での参加だ。
 教会に着いて分かったのだが、今日は「ヤマ」さんという60代くらいのAAメンバーの男性が、断酒から4年という節目を祝う「バースデー・ミーティング」だった。このグループでは毎月最終週の木曜がこのミーティングにあたるらしく、最後に飲酒した日からを自己申告で換算した、いわゆる「誕生日」を迎えた人をお祝いするのだ。ヤマさんにはAAメンバーや、今日このミーティングに参加した一同からの寄せ書きと記念メダルが贈られ、僕もお祝いメッセージを一筆書かせてもらった。
 ミーティングでは順番にひとりずつ、ヤマさんへのお祝いや想い出なんかをコメントしていくのだが、当然僕には積もる話などはまだないわけで、ありきたりではあるけれど率直なお祝いの言葉と、これからよろしくお願いしますという挨拶だけを伝えた。
 話が廻るなか、今日改めて抱いた僕の心の歪みが頭から離れない。些細なことでムキになり、直後に自己嫌悪に落ち込む自分。ついていけない話題に勝手に孤独を感じ、自らシャッターを降ろす自分。ヤマさんと旧知のメンバーの方々が、心の込もったコメントや想い出を口にするのを、素直に聴けない。
 僕は身勝手で、孤独だ。AAに来ても、結局何も変わらないのかもしれない ――

 そう思っていたら、グループから突然僕にメダルが贈られた。今日初めて「オオタカ」のミーティングに参加した関根さんに加えて、ヤマさんが「サトウさんもでしょ」と促してくれたのだ。最後のスリップからまだたったの15日の僕だが、初めの一歩という意味で頂いた『1day メダル』。例えこの先またスリップしてしまっても、また1日断酒をすれば、またこのメダルを貰える資格が生まれる。いきなり4年、10年を目指すのではなく、「今日1日」の積み重ねで1週間、1ヶ月、半年…と継続していくのだ。




 その日集まった、メダルを受け取る人を除いたすべての参加者の手にそのメダルを回し、断酒継続の祈りを込めて贈呈するのが習わしだそうだ。フクロウのストラップの副賞も頂いた。フクロウはアイヌ神話では神様の化身だ。お酒との関連はよく知らないけれど。
 小さな、プラスチックのメダルに過ぎないが、嬉しかった。「飲まないこと」を祝って貰えたのは、人生で初めてかもしれない。

 病院へ戻ったあと、優二さんから日曜に北東教会で行われる「オオタカ」のミーティングに誘われた。日曜日のミーティングだけあって、参加者も多いらしい。病院から公共交通機関を利用するため少し遠いが、僕が前から行ってみたいと言っていたところだ。僕はもちろん行くことにした。


 散々な思いもした一日だったけれど、最後に実感できた。僕は孤独なんかじゃない。自分で孤独だなんて思い込むな。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


スポンサーサイト
【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-02-20 13:14 | カテゴリ:ミーティング
(※5度目のスリップから14日目)
 午前5時に起きてサッカーワールドカップをワンセグで観ようと臨んだが、目を覚ましたのは6時過ぎ、日本-コロンビア戦は1対1で後半に入っていた。そこから勝ち越され、結局1対4で完敗。日本代表の1次リーグ敗退の模様を、特に興味もない素振りで観ていた。実際前回大会に比べても、今回のワールドカップにはそれほど関心があるわけではなかった。病院での共同生活の中での自制心もあるが、僕にとってサッカーどころではない、というのが本当のところだ。

 朝の瞑想時、別病棟で何やら工事が行われる旨の周知があった。それに伴い、今日の夜9時から明け方まで水道が止まるという。不眠に悩む患者には一大事だが、仕方がない。

 先日駅前ショッピングモールの 100円ショップで買った木工クラフトのうち、飛行機を作ってみた。本当はもうひとつのイルカと共に、創作の革細工が完成したら余った時間で作ろうと取っておいたのだが、革細工が予想外に時間がかかっているので、この際日中暇なうちに作ってしまおうと思ったのだ。
 飛行機は思ったより簡単に完成した。いわゆる複葉機のデザインで、100円なのでプロペラや車輪が回るなどという気の利いた仕掛けはない。最後にパーツを固定するのに木工用ボンドが必要なのだが、臭いがすると迷惑なのでベッドから出てデイルームで仕上げていたら、たまたまそばにいた洋子さんや節子さん、大田看護師に、
「すごーい」
「私不器用だからできない」
「男の人はそういうの好きだよねー」
 などと話の材料にされ、なんだかんだと関心を向けられた。
 その様子を見ていた米窪さんには、
「そんな作戦を使うとは、ズルいねえ」
 と露骨に言われた。僕は別にみんなの注目を浴びようと思っていたわけではないし、米窪さんもちろん僕をからかってそう言ったのだが、半分は本心のような気がする。米窪さんが絵を描いてみんなの関心を集めたことに、少しだけ反撃した格好になった。ここはそんな小さなことに一喜一憂する、子供のようなオトナばかりだ。
 高津さんは僕の作った複葉機を見て素直に感心して、
「これいいっちゃねー。オレも買って誰かに作ってもらっちゃろ」
 と、またまた他力本願なことを言っていた。僕は「差し上げましょうか」と言いかけたが、やっぱりやめた。これは僕が持ち帰って記念にする。こんなものすら、今までお酒を飲まないと作れなかったのだ。



 午後3時、今日からサードミーティングに入った。参加者は僕を含めて13人、他病棟の患者もいた。ソーシャルワーカーの男性が進行を務め、ほかに丹羽看護師と4階病棟の看護師さん、作業療法士さん、それにワーカーか心理室の研修生がひとり同席していた。
 僕にとって最初のサードミーティングのテーマは、第⑥回『飲酒・薬物使用パターンと対処』。飲酒欲求の引き金を、環境からくる外的要素と、自身の心や身体からくる内的要素に分け、テキストにチェック方式で例が示されている。

〈外的引き金:いつもどのような場所や状況で飲みたくなっていましたか?〉
ひとりで自分の部屋にいるとき/朝起きたとき/仕事の前/仕事をしているとき/仕事が終わったとき/飲み仲間といるとき/家族といるとき/お金が手元にあるとき/異性といるとき/冠婚葬祭/お酒のCMを見たとき/花火やお祭りなどのイベント/スポーツ観戦/風呂上がり/コンビニに行ったとき …etc.

〈内的引き金:あなたにとって「飲みたい気持ち」につながりやすい心や身体の状態はどれですか?〉
空腹/怒り/孤独感/不安/悲しい/淋しい/イライラ/楽しい/恐ろしい/焦り/自信喪失/無力感/落ち込み/妬み/高揚感/不眠/欲求不満/幸福感/プレッシャーを感じる/疎外感/達成感/自暴自棄/周囲の目が気になる/傷ついた …etc.

 チェックが入ったところはもちろん注意が必要だが、チェックが入らなかった箇所に着目することで、飲みたいと思わない場所や状況、飲みたい気持ちにならない心や身体の状態を見つめよう、というのが狙いなのだそうだ。
 けれども残念なことに僕の場合、すべての項目にチェックが入ってしまった。〈外的引き金〉についてはいつもというわけではないが、特に「お酒のCMを見たとき」「コンビニに行ったとき」「仕事が終わったとき」などは〈内的引き金〉の感情とリンクして飲みたい衝動を引き起こす。
 僕の飲酒欲求は、どうやっても避けられないのだろうか。

 次に、『飲酒欲求への対処として、今までにうまくいった方法は?』という設問があった。威張ることではないが、僕にそんなものはない。あったら誰か教えて欲しい。発言を求められ、その通りに答えた。

 最後に、『退院後に飲酒につながりにくい環境をつくるために、どうするか考えてみましょう』という問のもと、以下の項目に〈今まで〉〈これから〉という空欄が設けられ、自分で記入するようになっている。僕は〈今まで〉の欄にだけ、現状を書き込んだ。

*飲みに行ったら?
〈今まで〉:飲んだ。
*家族や職場に依存症であることを伝えるか。
〈今まで〉:家族には伝えた。職場では、直属の上司にだけやんわりと伝えた。
*忘年会などお酒の場に誘われたら?
〈今まで〉:行った。
*昼間過ごす場所は?
〈今まで〉:職場か自室。
*仕事について
〈今まで〉:精神的にしんどい。
*通所する予定の自助グループは?
〈今まで〉:近所のAA。

〈これから〉については、今の時点で僕にはまだ分からない。


 セカンドミーティング以降、このプログラムは毎回消化不良で終わる。前向きな気持ちで臨んでも、結局何もできてない、分かってない、行く道は険しい…、と突き付けられるようで、気分が滅入る。
 そんな中途半端な気持ちで、金曜の料理の打ち合わせを行った。参加者は患者8人、スタッフ4人の計12人。山形さんが加わったほか、中山さんもメンバーに残ってくれた。
 メニューは、シーフードカレーにポテトサラダ。デザートにコーヒーゼリーをリベンジする。カレーにはフライパンで焼いたナスをトッピングしたい、と僕が希望し、洋子さんは白ごはんと併せてチャパティ(インドやパキスタン方面のパン)も作りたい、と提案した。
 買い出しは明日、僕と洋子さんと山形さんの3人で行く。


 勝瀬さんの退院が明後日と聞いた。今日から、退院後に通うデイケアのプログラム体験に入っている。デイケアではミーティングのほか、ヨガや書道、茶道、パソコンなど、様々なメニューから自分でやってみたいことを選択できるらしい。

 午後6時半からは院内AA「ヒナドリ」に参加した。終了後に、退院して昼間はデイケアに通っているはずの峰口さんが入って来た。今週の月曜から、2階病棟に再入院したらしい。
 詳しいことはまだよく分からないが、どんなかたちであれ、ここはリピーターの多い病院だ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-02-18 12:37 | カテゴリ:レクリエーション
(※5度目のスリップから13日目)
 午前中から51号室の山形さんが、髪を切りたいと米窪さんを訪ねて来た。米窪さんが先日バリカンを買ったのを聞いてのことだ。山形さんはそれを使って自分で刈るという。だけど僕に言わせれば、山形さんは今現在立派な坊主頭で、切るも切らないもないように思うのだが、本人曰く「髪が伸びた」そうだ。この人は夏休みの出店で焼きそばでも売っていそうな風貌もさることながら、素行がとてもユニークで、特に以前の入院時から付き合いのある高津さんとの会話は、まるで兄貴と舎弟だ。
 先日も、喫煙室でタバコを吸っている高津さんのもとへ一目散に駆け込んで来たかと思えば、嬉々とした表情で、
「高津さん! オレ、入院20回じゃなかったッス、19回でした!」
 とどうでもいい報告をして、高津さんに、
「まあ、あんまり自慢にはならんなァ」
 と一蹴されていた。そして今日も、米窪さんからバリカンを借りた山形さんに高津さんが割り込み、
「オレが刈っちゃるけん。やらしてくれ」
 と強引に連れ出して行った。

 しばらくして山形さんは、ほぼスキンヘッドになって戻って来た。


 昼食後、午後1時半からのレクでは再びミニバレーに参加した。先週の筋肉痛はほとんど消えていた。今日は優二さん、利根川さん、山形さんのチームに入り、草刈さん、町坂さん、植中さん、そして本来バレーなんかしてはいけないはずの米窪さんのチームと4対4でゲームをした。
 途中で須藤さんと看護師さんがひとり加わって5人対5人になり、5ゲームくらいしただろうか。スコアは忘れてしまったが、僕らが勝った。というより、最終的な勝敗なんかはどうでもいいのだ。
 まだ探り探りだが、僕は確実にレクを楽しんだ。


 夕食前に病室を訪ねて来た一宮OTから、バレーに参加したことをねぎらわれた。なんだかとても照れ臭かった。
 一宮さんは今日のレクに姿を見せなかった黒部さんに声をかけていた。相変わらず気配りを欠かさない人だ。次回の料理のほうでは、作業療法士の研修生がひとり参加したいと言っているという。もちろん大歓迎だ。
 もうひとつ、なんでも来月11日に病院で夏祭りがあるらしい。沖縄三線の演奏や盆踊りがあるそうだ。僕は興味を持ったが、ビールが欲しくなりそうなイベントだ。お酒なしで盛り上がるのだろうか。


 今日も早出しの夕食のあと、院外AAへ向かった。当初は利根川さんと南町教会の「ヒナドリ」へ行くつもりだったが、利根川さんが急遽体調不良を訴えて休むことになったため、迷った末、西町19丁目教会の「つぐみ」へ行くことにした。こちらは優二さん、山形さん、関根さんらと一緒だ。
「つぐみ」は1ヶ月前、僕が初めて院外自助に参加したグループで、それ以来足を運んではいない。頓服のジアゼパムを飲んで出かけて行った。
 会場には10数名が集まり、他のAAで見知った方も来ていたが、それでもまだ2回目のグループということもあって僕は落ち着かず、会場に着いて早々2錠目のジアゼパムを飲んだ。そのせいか、ミーティングが始まると途端に眠気に襲われ、半分くらいは落ちていたようだ。

 慣れることで油断するのは禁物だが、僕には今、この病院でのARPを楽しんでいる実感がある。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-02-17 18:26 | カテゴリ:創作
(※5度目のスリップから12日目)
 月曜午後2持からの学習会も残すところあと3回となった。今日のテーマは『③ 薬について』だ。5ーB病棟担当の室戸薬剤師のレクチャーで『アルコール依存症の薬物治療』と題したプリントが配られ、スライドを併用して実施された。
 内容はおもに、離脱症状の薬物療法について、大量飲酒によるビタミン不足が引き起こす症例や点滴・内服薬の説明と、合併症のひとつである睡眠障害の薬物療法についての解説などで、30分ほどで終了した。今回も当然ながら、基本知識をさらう程度だ。
 冒頭、「退院 4.4年後の死亡率」なるデータが示された。退院後に断酒を継続した場合の死亡率 7.4%に対し、再飲酒した場合のそれは38.5%だという。なかでも肝硬変の死亡倍率は一般人口と比較して26倍と、糖尿病での死亡倍率 4.7倍よりもはるかに高い。
 とはいうものの、退院時の健康状態は患者によって様々だろうし、断酒できても 7.4%の人は5年生きられないというのもかなりヘコむ数字だと思うが、いかがなものか。「退院 4.4年後」という妙な年数もピンと来ない。
 いずれにしてもこのデータによれば、退院後に再飲酒してしまった場合、僕は4割近い確率で次の東京五輪のおもてなしができないということになるわけだ。


 学習会終了後、一宮OTがベッドに訪ねて来た。創作の革細工で僕が作っている、コンビニチェーンのクラブカードケースの件だった。
 僕はカードケースに彫った店名ロゴを白く縁取りたかったのだが、白い染料がないのと、既にニスを塗ってしまったあとだったため、油性のペンで縁取ったらどうかと意外なアドバイスを貰っていた。油性ペンに白なんてあるのだろうか。アトリエにはそんなものあるはずない。もちろん一宮OTは僕の希望に沿えるよう、親切で提案してくれたことなのだが、なんだかかえって残念な出来になるような予感がしたので、僕は白の縁取りを諦めてそのまま仕上げに入ろうと考えていた。
 そんな僕のことを一宮さんはずいぶん気にしてくれていたらしく、革細工キットのメーカーだか染料のメーカーだかへわざわざ問合せて確認してくれたのだという。その結果、白くしたい部分を少し削ってニスを落とし、白い水彩絵の具で縁取りしたあとで再度ニス塗りすれば大丈夫だということを聞いたので、それを伝えに来てくれたのだ。
 不器用な僕にはどうやっても失敗する気がするが、僕のためにここまでしてくれた一宮さんに「もういいです」とは言えない。というより、純粋に嬉しかった。失敗しようが成功しようが、僕もやるだけやるだけやってみようという気持ちになった。

 一宮OTがそこまで気を遣ってくれたのは、このカードケースが認知症の進行する母へのささやかなプレゼントだと、僕が話したからだと思う。僕としてはあまりたいそうに考えていなかったのだが、早くに父親を亡くしている一宮さんは、なんとか手伝いたいと思ってくれたのかもしれない。
 実のところ、母は既に買い物へ外出することもなくなっていた。一昨日から昨日にかけての一時帰宅で母にそれとなく確認してみたところ、肝腎のクラブカードじたいどこへやったか怪しい具合だった。
 それでも、こうなれば最後まで仕上げてやろう。一宮さんの善意を受けてそう思った。この創作には、なんだかとても価値があるような気がした。
 そしてこれが完成して時間が余ったら、今度は米窪さんが 100円ショップで買ってハマっている、あの木工クラフトを作って遊ぼう。例のイルカと飛行機は、まだ手をつけずに置いてある。


 夜は昨日に続いて西町教会のAA「カッコー」へ足を運んだ。利根川さん、優二さん、山形さん、関根さんと僕の5人で向かった。参加者の多くは過去に柏ノ丘病院に入院歴のある人ばかりなので、AA会場での雑談の際は常に昔話になりがちだ。僕は相変わらず話について行けないが、それでも今日は不快ではなかった。

 すべてを前向きに考える。少しずつでいいから、そういう僕でありたい。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-02-17 13:24 | カテゴリ:外出・散歩
(※5度目のスリップから11日目)
 午前中に起きたが、コーヒーを飲んだだけで特に何をするともなく過ごす。
 昼前に、回転寿司を食べに車で出かけた。兄夫婦を交えずに、父と母と僕の3人で食事に行くのは、僕がこの街に戻った当初以来だ。その頃は回転寿司にも行ったが、当時のお店が潰れて無くなっていたので、少し離れた別の寿司店を見つけて入った。いわゆる 100円寿司ではなかったが、日曜の昼ということで店内は混んでいた。父は「高えなあ…」とぼやいていて、僕は食べるのに気が引けてしまった。かといってまったく手をつけないのも不自然なので、マグロやらシメサバやらなるべくスタンダードなネタを待っていたが、いっこうに回って来ない。目の前を過ぎて行くのは派手な色の皿の高級系か、何だかよく分からない創作系ばかりで、なかなか手を伸ばせず苦心した。「高えなあ」のひと言で、身内と回転寿司を食べるのもこんなに神経を使うのだから、やっぱり僕は病んでいるのだとつくづく思う。本当は「俺が連れて来てご馳走するのが筋なのに…」と、さらに卑屈なことまで考えてしまう。
 母は母で、皿の色など気にもせず、積極的に旨そげなネタに手を伸ばしていた。500円の皿なんぞ躊躇なく取ったら父の顔色が変わるのでは、などと僕は肝を冷やして見ていたが、母のチョイスはどれも安めの皿だった。値段を理解して選んでいるはずもないのに、たいしたものだ。僕はなんとか4~5皿をいただいた。

 午後3時過ぎ、父に車で送ってもらい、病院へ戻った。お金のことは言い出せずじまいだった。次の週末に帰るときに改めて相談するつもりだが、今度は早めに切り出そう。僕はいつも言いにくいことを言い出せず、結局ぎりぎりまでずるずるしてしまうのだ。

 ベッドへ戻ると、すぐに葉山看護師が「どうだった?」と様子を尋ねに来た。僕は問題なかったと伝えたが、それだけ看護師さんに心配をかけている、というよりマークされているのだと再認識した。と同時に、やっぱり申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。


 早出しの夕食を終えて、午後5時40分の病院バスで駅へ向かった。西町教会のAA「カッコー」へ行くためだ。先週は院外AAには行っていないため、実に10日ぶりの自助参加だ。バスには植中さんと優二さんも同乗していたが、ふたりは別のAAに向かうという。
 初めて完全に、ひとりで参加する自助。
 と思って教会へ着いたら、利根川さんがいた。1本前のバスで先に到着していたのだという。「背中の痛くない日は自助に行く」などと言っている山形さんと、51号室の関根さんという患者も一緒だった。

 関根さんは2週間ほど前に入院した40代後半の男性で、この街から東に 300㎞以上離れた自然の美しい街で美容師をしているという。アルコール依存症で家庭を失い、かつてこの病院にも入院していたことがあるそうだ。当時はAAに馴染めず、自力で10年ほど断酒を続け、その後再婚もして順調だったのに、今回スリップして連続飲酒が再発し、再び入院となったという。仕事の都合で入院期間は1ヶ月とのことで、お店のお客さんの予約も入っているため、退院翌日から職場復帰しなければならないのだそうだ。
 回復の状況が芳しくなくても、美容師としての仕事は待ってくれない。だから退院までの残り少ない日数で、何としても回復しなければいけないことに「焦っている」という関根さんは、以前は性に合わないと敬遠していたAAや断酒会にも積極的だ。茶色い短髪にお洒落な眼鏡をかけ、左腕にタトゥーを施した容貌は、50歳手前にはとても見えない。

 僕は今日のAAで、今回の入院での5度のスリップ、特に2度目以降について経緯を話した。以前このAAで僕が話した実家の話題には触れなかったが、覚えていてくれたのだろう、進行役の男性メンバーの方から、
「ご実家の外泊では大丈夫だったようですね」
 と声をかけていただいた。

 関根さんだけでなく、勝瀬さんにしても米窪さんにしても、退院までのカウントダウンが始まっている患者は多い。言うまでもなく、僕もそのひとりだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-02-17 11:41 | カテゴリ:外出・散歩
(※5度目のスリップから10日目)
 今週も静かな土曜日だ。勝瀬さんは朝食後に、自宅へ外泊に戻って行った。何を思ってか歩いて帰宅するという。勝瀬さんの自宅のある町までは、3~4時間はかかるのではないだろうか。
 僕はといえば、日中は何もせず、散歩へ出ることもなく病棟で過ごした。

 夕食後、先週に続いて2回目の外泊のため病院を出た。病院バスは午後5時40分で終わるため、こちらは必然的に筋肉痛をおして徒歩での帰宅となる。
 7時過ぎに実家へ着いたとき、父は案の定既に飲んでいた。当然といえば当然で、僕が退院後に仕事に戻ったとき、だいたい帰宅する時間を想定するとこんな具合になる。
 母が冷えたパイナップルを切って出してくれた。僕が何のために入院しているか理解できているのかいないのか、あとはもう、しきりにお酒のつまみになりそうなものを勧めてくる。

 会社から封書が届いていた。5月分の給与から社会保険料の天引きができなかったので、今月中に振り込むよう促す通知だ。およそ19,000円弱。それ以前に、恥ずかしながら残りの所持金が1,000円ちょっとしかない僕は、髪を切りに行くこともできずにいる。先週父から電話で「カネは大丈夫か」と訊かれた際、正直に言えず大丈夫と答えている。
 結局今日も、父には言い出せなかった。

 午後9時にはベッドに入り、ワンセグでTV放送の映画を観ながら寝た。実家で過ごすというのは、そういうものだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-02-15 15:34 | カテゴリ:院内生活
(※5度目のスリップから9日目)
 昨日のバレーで、信じられないほどの筋肉痛になった。米窪さんから「次の日来るよ」と言われてそれなりに覚悟はしていたが、ここまでとは。今朝もラジオ体操どころではなかった。
 それでもサッカーは観る。ワールドカップ1次リーグ、日本-ギリシャ。0対0で試合終了の瞬間、朝のデイルームに溜め息が漏れた。夜勤明けの東郷看護師も、出勤したての長浜看護師も、試合の行方が気が気でならないようだった。

 歯茎の痛みは治まらず、今日も食事の1時間前にロキソニンを貰う。昼食前に詰所へ行ったときは、師長や大田看護師があまりしつこく「入院中に歯医者へ行け」と言うので、ふざけて逆ギレしてみせた。痛み止めでその場しのぎをしても仕方がないことは分かっている。が、入院中に歯の治療はさすがに無理だ。お金がないし、何しろ怖い。退院して仕事に戻り、これまでお酒に使っていた分のお金を節約できたら、次は歯医者だ。
 薬剤師の室戸さんが訪ねて来たので、ロキソニンをイレギュラーで飲んでいることを念のため伝えた。室戸さんは「あ、そうなんですか? いつ頃からですか?」と、明らかに初めて聞くような口振りで逆に訊き返された。ほかの薬との併用に問題がなければそれでいいのだが、ときどき心配になる。
「前に処方されていたデパケンは、歯茎の腫れなどを起こす場合がありますね。もしそれが原因なら、今はデパケンをやめているので症状が治まるかもしれません」
 それはないと僕は思うが、そういうことだそうだ。
 ついでにここ最近、お腹の張りが気になることを申告した。
「寝るのが遅いので、ただの寝不足かもしれないですけど」
「眠れないですか?」
「いえ、寝つきはいいです。眠れないんじゃなくて、ベッドに入るのが遅いんです。ベッドに入っても携帯いじってるときもありますし」
 言葉を選ばないと、すぐに不眠症と取られるから厄介だ。僕は「携帯をいじる」という、昨今のよくある人っぽさを匂わせながら、室戸さんに見解を訊いた。
「お腹の張りは、薬のせいってこともあるんでしょうか?」
「その可能性もありますし、体質のせいかもしれません」
 僕でも言えそうな所見だが、断定しろというのも無理な話だ。彼女は僕の申告を細かくカルテに書き込んで、
「また来週伺いますので、何かあれば教えてください」
 と病室を出て行った。

 午後1時半。牛本主任と明日の外泊について面談を行った。普段わざわざこんなことはしないそうだが、やはり4回の連続スリップがたたったらしい。牛本主任の「ここだけの話」によると、今回のことで病院サイドでも僕を強制退院させたほうがいいのでは、という意見が相当あったということだ。それが誰の意見なのかは知らないが、「ホント大変だったんですよ」と隠しだてなく言う牛本主任の言葉は、「ホントもう、次はアウトですよ」と言っているようで、さすがに申し訳なかった。一昨日、師長がわざわざ病室へ訪ねて来たのは、これがあってのことか。
 僕は明日の外泊では、当然ながら絶対に飲酒しないと約束した。それから先日水曜のセカンドミーティングで思ったこと ―― 依存症と認識しているのに、本音では節酒でいけると思っている矛盾、つまり、僕はどこかで依存症と認めていないのではないかということ、同時に僕は自分の飲酒欲求に気づいていないのではないかということについて話した。
「サトウさんには、やっぱりタフさを感じます。現状を何とかしたいとそこまで考える、そのタフさです。もしも、途中で飲みたくなったり無理だと思ったら、すぐに戻って来てください」


 30分遅れでアトリエへ向かった。今日は浅尾さんも見学に来ていた。
 僕は前回の色塗りが気に入らなかったので、一宮OTのアドバイスのもと、別の色を上塗りし、ニスを施した。完成まで、あともう少しかかりそうだ。来週はフルタイムで参加してやる。

 3時半からの柏ノ丘例会。前回外泊すると公言した僕は、無事飲まずにいられたこと、明日も外泊し、今後トレーニングとしてできるだけ外泊を増やしていきたいという考えを話した。北股会長からは「その積み重ねを大切にして、飲まずにい続けられるようにしてください」とエールをいただいた。
 この日の例会では、ある男性参加者からシアナマイドの話が出た。この男性は入院患者でも断酒会の会員でもなく、現在はフリーという立場で、いわゆる通いでこの病院の例会に参加している。シアナマイドとは抗酒剤の一種で、僕も大阪で当時の彼女に付き添ってもらいアルコール外来に行ったときに飲んだことがある。無色透明、無味無臭の内服薬だが、アルコールの分解を妨げる作用がある。そのため、これを飲んだあとにアルコールを摂取するとひどく苦しくなるので、強制的に断酒せざるを得なくさせる、という恐ろしい薬だ。
 実際僕は、シアナマイドを飲んで帰宅したあと、ひとりになって恐る恐る焼酎を飲んでみた。服用してから時間も経ってるし、1口2口飲んでも平気なので、調子に乗って結局いつものように飲み散らかして寝てしまったが、夜中に猛烈な吐き気に襲われて死ぬほどのたうちまわった。それ以来、僕に処方されたシアナマイドの小さな小瓶は、大阪のマンションを引き払うまで冷蔵庫の奥でずっと放置されることになった。
 結局のところ、この薬は飲まなければ意味がないのだ。要は使い方で、「シアナマイドを飲んだから酒が飲めない」という観念で縛るのではなく、ある程度断酒に成果を挙げている患者が、さらに自分を律するために服用する薬なのだ。毎朝、家族の前でこれを飲んでみせることで、自分を支えてくれる周囲の人を安心させる、という使い方もある。
 もっともこの薬は、お酒を飲まない人にはまったく無害なので、こっそり中身を水に入れ替えて家族の前で飲んだフリをするとか、逆に家族がこっそり食事にシアナマイドを混ぜる、という話はよく聞くのだが。
 いずれにせよ、僕がこの薬をうまく使うには当時はまだ早すぎた。今もそれは変わらない。何せ、あんなに苦しい思いをするくらいなら肝硬変で死んだほうがマシだとさえ思うのだから、どうしようもない。
 そんなことを思い出した。

 例会から戻り夕食までの間、喫煙室でタバコを吸っているとき、一緒に例会に参加していた須藤さんという男性患者に「今回は3ヶ月入院ですか?」と、何気なしに声をかけた。60歳手前の須藤さんは、4年ほど前にこの柏ノ丘病院に入院したことがあるそうだが、そのときは断酒について真剣ではなかったという。酒に酔っては徘徊し、至るところのスーパーで警察の厄介になっては、出入り禁止になっているそうだ。先日のレクで草刈さんと接触して頭を打ったもうひとりの患者とは、この須藤さんだ。幸いたいしたケガではなかったらしい。
 ふた言目には「若い人はいい…」と溜め息混じりに漏らす須藤さんの話は、家族の崩壊や人生の後悔など、何しろ重い。ほとんど独り言のようで、僕と会話をする意図はないようだ。淀んだ空気の中で喋るだけ喋り、最後に「いや、ごめんね」と僕の肩をぽんと叩いて喫煙室を出て行った。
 僕はすっかり気分が落ち込んだが、ロキソニンを貰い忘れていたので詰所へ行ってみた。けれどもほかの患者もわらわらやって来て混み出したので、「あとでいいです」と言い残して病室へ戻ってしまった。相変わらず、詰所に入れない自分。無性に飲みたくなってきた。AAに行く気もしなくなった。これは疑いようのない飲酒欲求だ。必死で堪えた。
 午後6時を過ぎて、夕食のトレーをベッドへ持って来た。今日のおかずは餃子だ。忘れもしない、僕が入院したその日の夕食のメニューだ。あのときは余裕がなかったので考えなかったが、今思うと何てビールが飲みたくなるおかずなのだろう。僕は詰所へロキソニンを貰いに行き、AAから戻ったあとで夕食をいただくことにした。


 毎月第2を除く金曜に行われる、AA「はましぎ」のミーティング参加は5回目となる。いつもの「ユウ」さんという大柄の男性ひとりがメッセンジャーとして来られ、僕のほかは勝瀬さん、米窪さん、浅尾さん、須藤さんらが参加した。珍しく米窪さんが最初に挙手して、自分から話し始めた。
 米窪さんは今日、奥さんが来院して病院側と退院についての面談を行っていた。本人としては今月中の退院を希望していたが、奥さんとしては「退院はまだ早いのでは」という要望だったそうだ。やはりダンナの再飲酒が不安なのだろう。それだけ家族の信頼を失っているという現実と、早く退院して1日も早く失ったものを取り戻したいという思い。だけど、断酒はしたいが完璧な自信はないという葛藤。それらが絡み合って複雑なジレンマを抱えているようだった。
 米窪さんの退院は、来月半ばの予定だという。


 AAから戻ってシャワーを浴びたあと、遅い夕食を摂った。すっかり冷めた餃子は入院初日と同じく固かった。だけど、AAのミーティングの最中も、僕のお腹は鳴っていた。もちろん今日も完食した。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。



【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-02-13 12:25 | カテゴリ:レクリエーション
(※5度目のスリップから8日目)
 昨夜からまた、歯茎が腫れて痛みだした。実家から持って来て冷凍しておいた保冷剤を当てて寝たが、朝になっても痛みは治まらず、ラジオ体操どころではない。詰所で夜勤明けの前上看護師にお願いしてロキソニンを貰い、朝食に挑む。ついでに久しぶりに血を採られた。定期的な採血だ。
 今日の朝食はレンコンの金平とマグロの甘煮。よりによってレンコン。小動物のように前歯で噛みしだき、時間をかけて食べる。この病院の食事は基本的に美味しいのだが、ときどき今日のような「酒のつまみ」を思わせるおかずがかくも挑発的に登場する。僕ら患者はそのおかずを白ごはんと共に、複雑な思いで食べなければならないのだ。

 午前の渡辺先生の回診は10時を回ってから始まったが、月曜にスリップ告白の件で話をしていることもあり、僕は比較的早くに終わった。退院の近い勝瀬さんや米窪さんも、僕と同じく森岡先生から渡辺先生に主治医が変わった患者だ。僕の診察が終わっても、勝瀬さんは「いろいろ相談もあって長くなるだろうから、俺は最後でいいよ」と、デイルームで吾妻ひでおの漫画『アル中病棟』を熱心に読みふけっていた。これは森岡先生が奨めてくれていた、アル中漫画家の入院体験記だ。


 11時半を少し過ぎたが、今日こそとの思いで体育館へ向かう。バレーコートには、丹羽看護師を含めた計7人しかおらず、ちょうどいい具合だ。草刈さんや町坂さんに声をかけられたが、例え前回のように誘いがなくても自分から行くつもりだった。いよいよ初のミニバレーだ。
 僕は草刈さん、町坂さん、植中さんとのチーム、対するは優二さんや小千谷さん、丹羽看護師らのチームだ。ミニバレー用の大きなボールは想像以上に軽く、僕のプレーは決して上手いとはいえなかったが、それなりにレシーブで動き、跳びはね、汗をかいた。3ゲーム、1ー2で敗れたものの、楽しかった。
 何よりも、レク終了後に喫煙室で、みんなとの雑談に加わることができたのが喜びだった。草刈さんには「ナイスファイト」、優二さんからは「次からは欠かせないね」と声をかけてもらったのも嬉しかった。ただそれだけのことだが、僕にとっては価値のある時間だった。


 午後、勝瀬さんと米窪さんの3人で買い物へ出た。病院バスの時間を逃したので、歩いて駅前のショッピングモールへ行き、帰りにスーパー柏ノ丘店へ寄るというコースだ。途中、この週末に再度実家へ一時外泊することを父へ連絡した。父は「うん」とだけ言って了承した。
 駅前のショッピングモールでは、100円ショップで米窪さんから木製クラフトを買うことを勧められた。型を抜いて組み立てる、子供向けの工作キットだ。動物やら乗り物やらいくつかの種類がある。米窪さんは以前この木製クラフトのうち、ティラノサウルス的な恐竜を作っていた。型のサイズがアバウトで、パーツが合わずうまく組み立てられないとぼやいていたが、出来上がったそれは 100円にしてはなかなかのものだった。暇潰しにはちょうどいいかもしれないと思い、僕は比較的簡単そうなものをふたつ、イルカと飛行機のキットを買ってみた。
 店内にいるうち、何だかお腹の調子が悪くなり、猛烈な眠気に襲われ始めた。薬のせいだろうか。今日は朝食と夕食のそれぞれ1時間前にロキソニンを1錠ずつ、朝食後にエビリファイを1錠飲んでいる。エビリファイを飲み始めてから、眠気のほか若干お腹のゆるみは感じていた。ロキソニンを頓服で飲んでいることは、渡辺先生にちゃんと伝わっているのだろうか。それとも薬に関係なく、毎晩ベッドに入るのが遅いため、単に寝不足なだけなのだろうか。
 今日は午後4時からカウンセリングがある。ショッピングモールを出る前に、既に3時を過ぎていたので、僕はスーパー柏ノ丘店には寄らず、ひとりで先に病院へ戻ることにした。なんとか4時直前に病院へ着いたが、病棟の詰所には既に田村心理士が来ていて、おそらく僕のであろう、カルテファイルに目を通していた。
 今日は院内AAが先方の都合で中止になり、僕は南町教会の「オオタカ」へ行くつもりで申請をしていたが、キャンセルすることにした。だからこのカウンセリングが、今日僕がやるべき最後のことになる。


 3階の、いつもの心理面接室で、2回目のカウンセリングが始まった。僕はまず、火曜日のレクでの失敗と、今日ミニバレーに参加できたこと、ベッドサイドのカーテンを開けることにも特に問題はなかったことを報告した。ただこれは、カウンセリングという時間をつくってもらい、課題を見つけて背中を押してもらったからこそできたことだ。カーテンの件にしても、「カーテンを開ける」という物理的な行為に問題はなかったが、僕の心の中では依然カーテンを閉ざそうとするという問題がある。あくまで、今のところ行動としてクリアできたということに過ぎないのだ。
 僕は先日の部屋ミーティングで車の話題になったときに感じたことを話し、それから、僕が再度スリップを繰り返した経緯と、自分から牛本主任に申告した理由についても話をした。

 途中、「そうなんですか?」と相槌を打ちながら話を聴いてくれた田村心理士が、僕に言った。
「サトウさんは、具体的な課題として挙げたバレーとカーテンの件を行動に移しましたが、それは自分から集団に関わっていくための手段ですよね? 続けていくことにも意味はあると思いますが、バレーとカーテン、どっちを続けますか?」
 先週と同じように少し意地悪そうに訊ねられたが、僕は迷わず「両方」と答えた。
「分かりました。私がサトウさんの話を聴いて思うのは、ご自身で課題をつくって意識的に取り組んでいるのに、バレーでは私が背中を押したから、とか、カーテンの件では心の闇について仰ったり、ご自身の努力をご自身で認めないように聞こえます。どうしてなんでしょうか」
「それはたぶん…自分に自信がないことと、失敗が怖いからだと思います。次にバレーをしたときには嫌なことが起きるかもしれないし、スリップを繰り返したように、些細なことで傷ついて、またすぐにカーテンを閉ざしてしまうかもしれません。それが怖くて、やっぱり次から次へと予防線を引いておくというのか…。もっと図太くなれればいいんですけど」
 指摘されたことはその通りだ。僕は思ったことを正直に言った。
「その割には、なかなか図太いことをされてますよね。スリップにしても大胆ですし、あれだけ悩んでいても、バレーやカーテンの件をいきなり行動に移してしまうし。サトウさんの中に、まったく正反対の面が隣り合わせになっているように思います」
 振り返って、自身でも大胆不敵だったと思うことはある。縁もゆかりもない大阪の大学を受験することを選んだり、そもそもこんな自分が芝居をやっていたことが、大胆極まりない。
「それと、集団では話せないと仰りながら、今はこうやってちゃんと話をされている…というより、話が止まらなくなるくらいですよね。ここにも正反対の面を感じるんですが」
「それは…」
 僕には思い当たることがある。
「自己顕示欲っていうんですか、『自分を見て』っていう思いが強いんだと思います。1対1でこうして話していると、否が応でも僕を見てくれますが、集団になると自分の存在がぼやけてしまうっていうか。ある部分について、僕よりはるかに高い能力を持った人がいれば、『自分を見て』が通じなくなるので、自分から土俵を降りてしまうんです。自分でカーテンを閉じて距離を置く。そういう自分がとても嫌になります」
 僕のこの精神構造は、歪んだコンプレックスが強く関係している。
「なるほど。それでまた、自己否定に向かってしまうんですね」
「だと思います」
「先日、今日の日程をお伝えに病室へお邪魔したとき、カーテンが開いてるのに気づきました。バレーにしてもそうですが、サトウさんが現状を変えようと努力されているのを、私はそれなりに理解しているつもりです。次は、バレーに参加したりカーテンを開けるという『手段を続ける』ことで何を感じるか、その辺りを聴かせてもらえますか?」

 僕がバレーに参加できたことで、先週挙げられた「料理とバレーの違い」については話に上らなかった。実際、僕はすっかりそのことを忘れていた。
 次のレクでもバレーに参加し、カーテンを開け続けること。失敗したと感じたときに、何が見えてくるのだろうか。

 終了間際に、カウンセリングとは直接関係ないが気になっていた質問をしてみた。
「田村さんは、いまどのくらい患者さんを受け持っているんですか?」
 守秘義務に当たるのだろうか。具体的な人数については回答を避けられてしまった。
「さあ…数えたことがありませんから。でも、ドクターが担当される患者さんの数には及びませんよ」


 夜、病室で勝瀬さんから訊ねられた。
「カウンセリングって、1回どのくらいの時間でやるの?」
「週1回で、50分です。だいたいいつも5分くらい押しますけど」
「俺も今、カウンセリング受けたいよ」
 と、米窪さんが割り込んできた。米窪さんはついさっきまで、奥さんと電話で長いこと話をしていた。
 退院が近づくと、家族を交えて病院側と面談が行われる。勝瀬さんも米窪さんも、近々その面談が予定されている。患者サイドとして、自分の意向と家族の意向にズレがないよう、前もって話し合う必要がある。他愛のない話やふざけた話をする中でも、最近ふたりがナーバスになっているのをとても感じている。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。