-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2014-07-31 10:22 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※再スリップから2日日)
 最近やたらと眠い。日中も眠いが朝もなかなか起きられない。今朝も瞑想タイム直前に看護師さんに起こされた。
 朝食後も眠気に勝てず、10時半からの料理もまた看護師さんに起こされて教室へ向かう始末だ。

 今日の料理『鶏のグリーンソースがけ』だが、レシピもないままの手探り状態だった割には、何とかそれらしいものになった。患者の参加者は洋子さん、草刈さん、中山さんと僕の4人だけだったが、ほかに看護実習の学生さんがふたり、病院スタッフの大田看護師と一宮OT、さらに今週から5ーB病棟担当になった丹羽看護師の総勢9人という、頭数もなんとかそれらしく成立していた。
 丹羽看護師は自ら「食べるほう専門」と断言しており、そういう場合はたいてい作るほうでも意外な活躍を見せるものだが、サラダに使う人参をフライドポテトくらいの千切りにする豪快さを披露していた。
 途中、洋子さんのアバウトさにうまくついて行けなくなってしまった。茹でたホウレン草や空豆を、すり鉢で潰して問題のグリーンソースを作るのだが、何をどうしていいのかよく分からない。こういうときは積極的に訊いていくべきなのだろうが、僕にはそれがスムーズにできない。作業の手を止めさせてしまったり、話の腰を折ってしまう気がして声をかけるのにいちいち悩んでしまうのだ。以前沼畑師長に話した「箸を洗う件」のように、タイミングが図れない。ダブルダッチの大縄に飛び込めず、その場に立ちつくしてしまうのと同じだ。
 ―― やっぱり料理グループは抜けたほうがいい。俺にはムリだ。
 そんな気持ちになったが、なんとか思いとどまった。ここで料理グループを抜けてしまったら、何のトレーニングにもならない。退院して職場に戻っても、同じことで悩んでしまう。

 デザートのコーヒーゼリーこそ、表面だけ凍ったただの苦いアイスコーヒーになってしまったが、酸味の効いたグリーンソース(ドレッシングのようなソースだった)をかけた鶏のソテーとサラダ、それに草刈さん手製のオニオンスープは悪くなかった。ただ、1人前の鶏ムネ肉が大きすぎて食べ残しがでてしまったのが悔やまれる。残った分は看護師さんで分ける、とラップして持って行ったが、それでも食べ切れなかったものについては病院の衛生管理上廃棄せざるを得ない。予算の繰り越しができないため、ぎりぎりいっぱい買い物することにこだわっていたが、次からはできるだけ余らない分量を考えて買い物をするほうがいいと思った。
 こうして3回目の料理は、次回から節子さんに代わり洋子さんがリーダーになることが決まって終了した。次のメニューは八宝菜と杏仁豆腐。『夏の中華祭り』とは、僕が勝手につけたサブタイトルだ。


 午後1時半からの創作。革細工は、コンビニロゴの手彫りまでを終えた。来週は表面の革パーツと裏面の革パーツを縫い合わせるための穴を開けて、いよいよ染めの工程に入る。
 一宮OTが勝瀬さんや米窪さんに、奥さんへ渡す革細工のチョイスやプレゼントの際に添える言葉について、創作の時間が終わったあとも病室まで来て熱心にアドバイスしていた。僕はまた、なんだか自分だけ放っとかれているような被害妄想に陥って淋しくなり、ベッドのカーテンを閉めてしまった。
 自分でも分かっている。僕はまるで子供で、ココロがひねくれている。

 最近、米窪さんの描いた絵が上手いと、病室に出入りする患者も看護師さんもみんながベタ褒めする。
「こんな特技あったんですねー」
「私、絵が苦手なんでホント凄いです」
「こっちの才能で食っていけるんじゃないの?」
 横でカーテン越しに賞賛の声を聞いていると、平静を装いながらもまんざらではない米窪さんの表情が目に浮かぶ。なかには歯の浮くような褒め言葉もあるが、実際上手いのだから仕方がない。仕方がないのだが、大人げない僕はそれが面白くない。気を良くした米窪さんは、しんどい身体に鞭打つように、お世話になっている5ーB病棟の看護師さんひとりひとりにそれぞれの愛車の絵を描いて渡し始めたものだから、なおさらだ。こんなことをされれば、嬉しくないわけがない。車を持っていない看護師さんにはその人のイメージに合った車をチョイスして絵にしたためる気の配りようだ。
 僕は単純に嫉妬する。そして自分が絵も描けない、車の知識もない無学無才な人間なのだとネガティブ思考をミサイルのように噴射して、勝手に孤独感を募らせる。自分でも認めるが、これはもう病気だ。
 子供の頃、兄と一緒に通った絵画教室を思い出す。あのとき感じた兄への嫉妬と劣等感、兄を褒める周囲の大人に対しての「自分も構って欲しい」という淋しさと同じだ。僕は38歳の今でも、何ひとつ成長していないのだ。
 米窪さんは「こっちのほうが集中できる」と、深夜のデイルームでひとり黙々と絵を描くことが多くなった。それがまた、人知れず修練に励むストイックな姿に映る。その甲斐あって完成した絵の枚数も増えていき、また賞賛される。実に不愉快極まりない。ただいちど、退院前のカナちゃんから、
「そんな暗いところでずっと描いてて、飽きませんか?」
 と訊かれたそうだ。悪意がない21歳の素朴な疑問なのだろうが、破壊力は充分だ。
「得意の絶頂から、一気に谷底に突き落とされた」
 と、米窪さんからこれを聞いた僕は、腹がよじれるほど笑った。

 あまりに絵が達者ということで、車好きの高津さんが、
「シボレー描きよる? 1枚描いてくれんちゃのォ」
 と、自分のお気に入りのシボレーの何とかという車の写真を持ってきてリスエストをした。高津さんは街でお笑い芸人などにでも出くわしたら確実に「なんかオモロいことしてくれんちゃのォ」とムチャ振りする人だ。断れずに引き受けてしまった米窪さんは、ときどき進捗を確認する高津さんの頼みをプレッシャーに感じていたようだ。
 ようやくリスエスト分を描きあげると、
「ジムニーも好きやけん。次はジムニー描いてくれんちゃのォ」
 途端に2枚目をリクエストされ、好きに描かせて欲しい、と嘆いていた。
 このままいくと際限なく頼まれるのではないだろうか。米窪さんが可哀想になってきた今日この頃だ。


 午後3時から、消防規定による避難訓練があるという。僕ら患者も何かするのか室長の米窪さんに訊くと、動ける患者は基本的に職員の指示で指定場所へ避難の訓練をするのだそうだ。
 それを聞いて、ちょうどトイレに行きたくなっていた僕は、その時間にまたがってトイレの個室に籠ってみることにした。看護師さんや職員の誰かが、訓練の際に僕を呼びに来るか確かめたくなったのだ。米窪さんにそれを言うと、
「…そこまで熱心にならなくてもいいんじゃないの?」
 と、どこか訝しげだった。僕は別に、熱心なつもりではないのだが。

 5分前くらいからトイレの個室に入り用を足し、そのまま中でじっとしていた。非常ベルが鳴り、2階で火災が発生した想定の旨、院内放送が流れる。外では何やら声や足音がわずかにした程度で、思っていたより静かだった。10分が過ぎても、誰も僕を呼びに来ることはなかった。ひたすら自分を見つけてくれるのを待ち続ける、淋しい隠れんぼのようだった。
 トイレを出てみたが何事もなく、いつもの病棟の様子と変わらなかった。本当に訓練などしたのか疑問に思って、病室に戻り米窪さんに尋ねた。
「ちゃんとやってたよ。すぐ終わったみたいけど」
「じゃあ僕は、逃げ遅れて死亡ですね」
 米窪さんからリアクションはなかった。


 午後4時。田村心理士が先日の心理検査の結果説明のため僕を呼びに来た。既に渡辺先生から、僕がカウンセリングを希望していることを聞いているとのことだった。
 3階の心理面接室で、封筒に入れられた検査報告書を手渡された。中にはB5両面にプリントされた報告書が1枚と、同じく両面にグラフが示された検査票が1枚、クリップで綴じられている。
 田村心理士の説明によれば、検査項目は『能力の傾向』『気分状態』『性格傾向・内面状態・全般的な人格傾向』を知るための3つに大別され、報告書には種目ごとに結果の詳細がまとめられている。概ね「~かもしれません」とぼかした表現で、断定的ではないのだが、要約すると次のような具合だ。

◎能力の傾向を知るための検査
・全般的に能力レベルは平均水準。ただし得意なことと不得意なことに大きな差があり、能力はアンバランスと推測される。
・出力する量や早さは充分だが、入力したことへの理解や判断が事実や適切な範囲からズレてしまう傾向が見られる。
・できないと思うことは、考えたり取り組むこと自体を放棄してしまう傾向がある。

 大きなお世話だという気はするが、心理検査なのでそんなことを思っても仕方がない。できない、分からないと判断した時点で思考を停止してしまうのはその通りで、自分でも癖になっているような気がする。
 先ほどの避難訓練のときのことを話してみた。僕がトイレに閉じ籠ったことに、米窪さんは無反応、というよりどう反応していいか分からない様子だった。僕の避難訓練の捉えかたは、思考がズレているのだろうか。「入力したことへの理解や判断が適切な範囲からズレる」というのは、そういうことなのだろうか。それともこの例え自体が適切な範囲ではないのだろうか。
 田村さんは少し困惑した表情で「あくまで一般的な傾向ですから」と、それ以上の明確な言及はしなかった。

◎気分状態を知るための検査
『POMS』という別紙の検査票に、次の6つの項目が順番に得点化されて並び、折れ線グラフを形成している。
【緊張・不安】T得点:82 【抑鬱】T得点:85+
【怒り・敵意】T得点:40 【活気】T得点:33
【精神疲労】T得点:51 【思考混乱】T得点:74

 POMSとは『気分プロフィール検査(Profile of Mood States)』の略で、T得点はこのPOMS尺度の標準化得点とかいうものらしい。ネットで詳細を検索したがよく分からないので、それ以上調べることを放棄した。
 再び田村心理士の説明によると、T得点の上限が85+、下限は25となっていて、60点以上が準危険域、75点以上が危険域になるそうだ。ただし『活気』の項目についてのみ、40点以下を準危険域とするという。
 僕は6項目のうち『緊張・不安』『抑鬱』が危険域、『活気』『思考混乱』が準危険域という検査検査で、なかでも『抑鬱』はT得点85+という見事な満点だ。少なくともこの検査の結果では、僕は石橋看護師が以前言っていた「ただの恥ずかしがりや」ではないことになる。
 また報告書には、
『気分状態の不安定さに加え、攻撃的感情が非常に低いことが気になります』という、それ自体が気になる補足の一文が添えられていた。

◎性格傾向を知るための検査
『TEGエコグラム・プロフィール』と題した検査票には、人の性格を5項目の心理的領域に分けて得点をパーセンタイルで数値化した結果が、やはり折れ線グラフで示されている。これもネットで調べると、上限を100としたパーセンタイルが75以上、もしくは25以下の項目が特徴を表していて、とりわけ95以上、5以下は特に強く個性を表しているのだという。

*CP(Controlling Parent):厳格な父親
 理想主義の自我状態を表す。CPが高い人は誠実で倫理観があり、高い目標意識と責任感を持つ。規律重視の傾向が強く、独善的で頑固でもある。CPが低い人はその逆で、いい加減、無責任、中途半端、ルーズといえる。
 僕の得点は2、パーセンタイルは5以下で、CPは特に低い。
*NP(Nurturing Parent):養育的な母親
 奉仕主義の自我状態を表す。NPが高い人は思いやりがあり親切、面倒見がよい反面、おせっかいで過保護になりがちでもある。NPが低い人は拒絶的で、他人を気にかけず自らの利益のために利用する傾向がある。
 僕の得点は6、パーセンタイルはかろうじて5を越えたところで、こちらもかなり低い。
*A(Adult ego state):成人度
 合理的な大人の自我状態を表す。この項目が高い人は客観性に優れ、判断力がある。効率よく行動することができるが、打算的で理屈っぽい。この項目が低い人は、物事を深く探求せず、衝動的で行き当たりばったり、計画性がなく、その場の対処能力が弱いといえる。
 僕の得点は12、パーセンタイルは特にどちらともいえない、50をやや下回ったあたりだ。
*FC(Free Child):自由な子供
 純粋な子供の自我状態を表す。FCが高い人は、どんなときも楽しい感情を大切にする人で、開放的で好奇心が強く、チャレンジ精神があり人見知りをしない。いっぽう空気を読めず、自己中心的で調子に乗りやすい要素を持つ。FCが低い人は無気力で表情変化に乏しく、人生やセックスを楽しめないという傾向があるというが、身も蓋もない。
 僕の得点は6、パーセンタイルは25~5の中間で、やはり低いという結果だ。
*AC(Adult Child):従順な子供
 そのまんま、従順な子供の自我状態を表す。ACが高い人は、他人の意見を聞く、協調性が高いという性格が強く、期待に応えようと頑張るため、辛いことも我慢するがストレスを抱え込みやすいという面があり、消極的で主体性がなく、他人に依存しがちだ。ACが低い人は、周囲の意見を聞かずやりたい放題、自己中心的といえる。
「ストレスから生きがいを失いがちになる」という観点などから、この項目には普通~低いほうが望ましいとの見かたもあるようだが、僕の得点は残念ながら満点の20、従ってパーセンタイルも100ということになる。

 田村心理士は5項目についてざっくり説明しただけで、詳細は僕がネットで調べた限りだ。
 僕は従順でありたいなどとは願っていないが、結果として従順になっているのかもしれない。だが、協調性が高いのに集団に入れないのはどういうことだろう。NPに見られる「拒絶的で、他人を気にかけず」というのも、協調性が高いというACと矛盾している。でも、人のココロは一概に分類できるものじゃない。あらゆるところで矛盾を抱えているのも、また確かだ。
 田村心理士からは、『N型(ワーカーホリックタイプ)とAC優位型(依存者タイプ)の混合型』という分析が示された。N型とは、エコグラムの折れ線グラフがアルファベットのNの形になっているためそう呼ぶそうだ。ワーカーホリックとはいわゆる「仕事中毒」を意味するが、僕には縁遠い言葉に思える。
 報告書で示された、この性格傾向検査結果の特徴は以下の通りだ。

・他者からの評価に強い不安を抱き、それが自身での判断や選択を困難にさせ、さらに結果を気にするあまり、何も行動を起こさせない状態にしてしまう。
・外からは無批判で従順、寡黙で、精神的エネルギーが低いと見られがちだが、内面は思い悩むタイプ。爆発的な攻撃的側面を秘めている可能性あり。

 自分でも概ねその通りだとは思うが、最後の一文はなんだかコワい。

◎内面の状態を知るための検査
・劣等感や不確実感から生じる不安に対しての自己防衛のため、空想的になりやすく、行動より思考へ焦点を当てることで、現実回避を計る傾向が強い。

◎全般的な人格傾向を知るための検査
・内面の活動量は平均的だが、完璧主義的で、高い目標ばかりに目を奪われてしまい、目の前の現実的な物事への対処がおざなりになってしまう。
・自分への不確実性が強く、それが社会や他者と関わる際に強い不安に変わる。不安への対処として空想や抽象的思考へ逃避しようとする。飲酒行動もこれと関連している可能性がある。
・他者への生々しい感情に触れること、それによって自分の中に生々しい感情が喚起されることを拒む傾向がある。感情を率直に表現することに抵抗や難しさを感じやすく、特に怒りの感情の処理は複雑で、怒りを感じるものから心理的に距離を置き、それを頭で理解することで怒りを悲しさに変換してしまう傾向がある。
・いずれの傾向も、自分の中に存在する不確実感から自分自身を守ろうとする方法であると考える。

 報告書は最後に総合所見として、既に挙げた所見を抜粋して結んでいた。僕としても、ほぼ反論の余地のない検査結果だった。問題は、この結果をどう捉え、どうやって断酒につなげていくことができるか、だ。

「サトウさんは、退院後も外来でカウンセリングの継続を希望されますか?」
 田村心理士に尋ねられた。以前渡辺先生から聞いた通り、外来でのカウンセリングは1回50分で5,400円だ。僕は経済的な事情を話し、できれば入院期間のカウンセリングでひと区切りつけられる方向でお願いしたいと希望を伝えた。実際にカウンセリングを始めてみて、退院後も僕が必要と感じればその限りではないが、現段階ではなんとも言えない。
 もちろん、退院までの残り期間で実施できるカウンセリングの回数など知れている。いったい何をしろというのだ、と思われても仕方がない。僕の希望を受けて、田村心理士が答えた。
「順調に1クールで退院するとして、実際にカウンセリングができるのは週に1回、全部で5回くらいと想定しています。具体的な日程については次の月曜日にまた伺います。サトウさんは、この入院期間で目指したいことをできるだけ具体的に考えておいてください」
 具体的な目標を挙げて、それを実践できるステップを考えていく。全5回、250分のカウンセリングでできる、いちばん効率的で合理的な方法かもしれない。
「分かりました。ムチャを言ってるのは分かってます。申し訳ないですが、力を貸してください」
 席を立ちながら、僕は頭を下げた。田村さんは「いえいえ、微力ですが」と謙遜しながらも、
「でも相当、ムチャを言ってらっしゃいますよ」
 と言って笑った。

 これは僕の病気だ。その思いは変わらないが、多くの人の助けが必要なこともまた事実だ。僕は笑えず、申し訳なさと感謝でいっぱいになって部屋を出た。


 夕食時、歯茎の腫れがまた痛くなってきた。ロキソニンを貰ったが、飲んですぐ効くわけではないし、6時半からのAAには参加したいが、食事の取り置きは1時間と決まっている。そこで僕は小里看護師に言って、「1時間以上かけて食事する」ことにした。夕食のトレーをベッドサイドに置いたまま、食事の合間にAAに行くという荒技だ。
 院内AA「はましぎ」は、メッセンジャーの男性ふたりが来られていて、患者で参加したのは僕を含めて3人だけだった。僕は父と母のことを話し、退院後の不安について語った。
 最後にグループの男性が言った。
「僕はお酒を断っていますが、今でも飲みたいと思うときがあります。でも、少なくともいまここにいる間は飲まずにいられます。僕は自分が飲まないために、今日ここへ来ているんです」

 ひと月前、雪絵さんが退院したあと、僕が初めてひとりで訪れたAAがこの「はましぎ」で、そのとき同じ言葉を僕は聞いた。
 この男性は自らの信念で、今日も飲まない一日を過ごしている。
 病室へ戻った僕は、そんなことをぼんやり考えながら夕食の続きをいただいた。ロキソニンがちょうどいい具合に効いていた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


スポンサーサイト
【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-07-27 22:11 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※再スリップ翌日)
 昨夜は午前3時まで日記を書いていたため、朝はラジオ体操に起きられなかった。瞑想こそ参加できたものの、夜勤明けの石橋看護師に僕の夜更かしを心配されてしまった。

 今日の回診から、担当主治医が渡辺医師に代わった。この先生が鼻をぐすぐす鳴らし、落ち着きのない喋りかたをするのは『チック症』と呼ばれる一種の障害のせいだそうだ。一般的には子供に多く見られ、自分の意思とは無関係に体を動かしたり、声を発したりするという。人によって症状の違いがあり、先生のように鼻を鳴らす仕草のほかにも、瞬き、首振り、肩や腕をぴくっと動かすといったものがある ―― と、ネットで紹介されていた。
 事前に聞いてはいても、初回診で先生のその仕草をいざ目の前にすると、失礼とは思いつつ口元が緩むのを抑えるのに必死で、慣れるまで少しだけ時間がかかりそうだ。
 ただ、渡辺先生はとても低姿勢で、患者の話をとてもよく聴いてくれる。今日は初回診ということもあってか、いろいろ質問もされた。シラフの状態で集団に入っていけない例として、ひとりで飲食店に入るのにも抵抗があることを申告すると、
「マ、マクドナルドには、ぐすっ、ひとりで行けますか?」
 と即座に質問されて面食らった。僕はマクドナルドにはかろうじて入れるが、スタバやサブウェイにはひとりで入れない。そんな違いを訊いて、何か判るのだろうか。それでも僕の言うことをカルテに細かくメモしていた。
 僕は家庭環境のことや、退院後の生活を考えるうえでカウンセリングを受けたいということを伝え、先生から前向きな支持を貰うことができた。ちなみに外来でカウンセリングを受けた場合、保険適応外のため50分で税込み 5,400円もかかるが、入院患者の場合は無料だそうだ。そのため、入院患者にお試し感覚で安易にカウンセリングを利用されると心理士の対応が間に合わなくなるので、通常病院側からカウンセリングを勧めることはないのだという。僕が最初にカウンセリングを希望したとき、なんとなく慎重な雰囲気があったのはそのせいなのだろう。
 とにかく明日、心理検査の結果について田村心理士から説明がある予定だ。


 渡辺医師担当の患者が一気に増えたことで、回診の順番によっては10時半からのレクに食い込んでしまうのは仕方がない。ちなみに回診は5ーB病棟のある5階診察室で行われるが、待合室に来た順での診察となる。相談などを抱えて少し長引きそうな場合など、ほかの患者に配慮して、わざと待合室に行く時間を遅らせて診察を後回しにする人もいる。
 11時前に回診が終わり、体育館で今日もエアロバイクを漕いだ。しばらく快調に走っていたが、機械をリセットせずにスタートしたことに気づいてやり直し。今日は8㎞走破で良しとした。
 その直後、福井さんと卓球をやってみたが、膝が笑った状態では5分も持たなかった。早々と切り上げ、午後の料理の買い出しに備えてシャワーを浴びた。


 昼食後の午後1時、スーパー柏ノ丘店へ料理の買い物に出た。草刈さんが急遽回診で行けなくなったため、洋子さんとふたりでの買い出しとなった。途中にある郵便局で限度額適用認定証の申請書原本を投函するため、今回も先週と同じように歩いてスーパーへ向かった。
 洋子さんは2男1女の子供がおり、31歳の長女のところには孫もいるそうだ。長男が35歳というから、僕と洋子さんが並んで歩くと親子に見えて不思議じゃない歳の差ということになる。
 スーパーでは、やはり今回も洋子さんのリードでてきぱきと買い物をこなした。トータル2,642円で、2,700円の予算をほぼムダなく使い切ったが、僕にはまだ「グリーンソース」なるものの想像がつかない。パスタに絡めるペースト状のバジルソースを思い浮かべたが、ホウレン草と空豆を使うとのことで、どうもそういう感じでもないらしい。というか、そもそもバジルは買っていない。洋子さんは、
「まあ、あとは明日、あり合わせのものでやりましょう」
 とアバウトに言い放った。主婦の機転でなんとかできるという自負がないと、なかなかこうは言えないものだ。


 午後3時のSSTは、牛本主任の進行のもと、勝瀬さん、米窪さん、周さん、黒部さん、町坂さんと僕、一宮OT、それから最近52号室にギャンブル依存で入院した小千谷さんという40代の男性患者の9人で行われた。
 小千谷さんはパチンコ・パチスロ依存のみならず、FXという、為替レートの変動を見ながら外国の通貨を売買する取り引きにものめり込んでしまったそうだ。デイルームでも、ニュースで為替の値動きが報じられるとつい反応してテレビに見入ってしまう。こうなると、地道に働くことがアホらしくなるのではないだろうか。なんにせよ、依存の世界は本当に根が深い。

 ゲートボールとカーリングをかけ合わせたミニゲームでウォーミングアップをしたあと、SSTは前回のカウンセリングの話題から始まり、綺麗ごとを並べただけに思えるARPへの不満、そして現在患者それぞれが抱える不安の問題と、先週と同じような展開になった。
 米窪さんや町坂さんは「家に帰っても居場所がない」と言う。僕は僕で、退院後の実家での生活、特に父との向き合いかたに不安を感じている。父親として家族との接しかたに悩む米窪さんや町坂さんに、自分の家庭を持たない僕があれこれ言える立場ではない。ただ、米窪さんが自分の父親について、「大酒飲みで世間的には決して合格とはいえないが、父親のことは好きだ」と断言したのは印象的で、なんだかとても羨ましく思えた。
 あらゆる問題の逃げ場をお酒に求め、お酒に溺れた代償はあまりにも大きい。それぞれの家庭についても簡単には乗り越えられない壁はあるのだろう。
 ―― でも、いずれは米窪さんの息子さんも町坂さんの娘さんも「何だかんだいっても、父親のことは好きだ」と心底思えるようになればいいのに。
 何の解決策にもなっていないが、ただそう願わざるを得なかった。

 SSTは本来、欲求の対処やコミュニケーションを図るトレーニングの場であるはずなのだが、どうも僕が参加したこの3回はぼやけたディスカッションに終始している。
「本当はさあ、今のSSTでやってることを院内AAでやればいいんだよ」
 と、町坂さんが再三指摘していた。院内AAはすべて言いっ放しのテーマミーティングのみで、議論の場にはなっていない。町坂さんがAAに一切参加しないのは、そういう理由だからだろうか。
 なんにせよ前回も今回も、SSTを終えると気分が重くなった。結論のでない議論はある意味不毛だが、それはそれで仕方がない。ただ、このままSSTが本来あるべきトレーニングの時間になり得ないのなら、参加することに意義を見出せなくなってしまいそうだ。


 SST終了後、今日は早出しの夕食を摂って、利根川さん、優二さんと南町教会でのミーティングに出かけた。先月15日に勝瀬さんを誘って足を運んだAA「オオタカ」だ。ジアゼパムを1錠飲んで行ったので、気分は比較的落ち着いていたが、開始30分前に到着した今回も、ミーティングが始まるまでの時間が長くて居づらいことに変わりはない。内科の直腸検査のため別の病院へ行っていた植中さんも、病院からまっすぐこの教会へやって来た。
 今日は10年ほど前にこのグループを立ち上げたという男性も久しぶりに来ていたということで、ミーティングでは多くのメンバーがAAの意義について話していた。それは本当にその意義を実感している発言だと思ったが、僕にはとてもまだその実感は何ひとつ湧き上がって来ない。実家から徒歩で通えるこの会場でのミーティングに、僕は退院後も通い続けることができるのだろうか。

 ミーティングを終え、入院患者4人で歩いて病院へ戻った。6月だというのに、日が落ちるとなんとなく肌寒い夜だった。

 
※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-07-26 23:37 | カテゴリ:スリップ
(※スリップから15日目)
 今日もよく晴れた一日だった。久しぶりにラジオ体操に出てみると、6時半を過ぎても誰も来ていなかった。少し待っていたら、最近体調の良くない福井さんがラジオを持って慌てて4階へ駆け降りて来て、ふたりだけでの体操となった。


 午前10時。セカンドミーティングは前回の男性心理士に代わって、田村心理士の担当で行われた。新しい参加者はいなかったが、節子さんが体調不良で欠席した。
 2回目の参加となるセカンドミーティングの今日のチャプターは、第③回『自分を知る』だ。テキストにもあることなのだが、一般的に依存症になりやすい性格として、「真面目」「几帳面」というのがよく挙げられる。
「皆さんは、ご自身の性格についてどう思われますか?」
 近況報告のあと、田村心理士の問いかけから始まった今回のミーティングだが、これについては町坂さんの意見に僕は納得した。
「本当に真面目なら、酒に逃げて仕事を放り出したりしないでしょ」
 僕自身のことを考えてみると、到底真面目なのではなく、失敗が怖いだけなのだと思う。失敗を恐れるあまり、無理にでも完璧を目指そうとするから、予習や下調べ、事前のシミュレーションが欠かせない。ある程度をやり遂げて、周囲から褒められたい願望もある。そういう意味では几帳面というより、病的に神経質なのかもしれない。ただ、メンタルが極端に脆いため、想定通りにいかない些細なことにまで悩み、神経をすり減らしてしまう。そのストレスがぱんぱんに膨らんで押し潰されそうになったときに、アルコールが絶好の逃げ場所になり、それが慢性化して依存になるのではないか。「繊細」だの「優しい」だのとよくフォローされたりもするが、それは単にココロが弱いだけで、空しい慰めにしかならない。
 このあとミーティングは、『飲酒するために嘘をついたり、言い訳をしたことはあるか?』という質問へ移った。これは質問のニュアンスが微妙で、僕には既に飲酒をしたことについての嘘や言い訳は数えきれないほどあるが、飲酒をする口実として他人に嘘をついたり言い訳をしたことはないと思う。ただし自分自身に対しては、「今日で最後」「明日は飲まない」と言い訳を重ねて、ほぼ毎日飲み続けてきた。
 自分への嘘や言い訳は自分に甘いだけで、他人への嘘や言い訳よりもたちが悪い。

 ミーティングの最後に、「なぜお酒を飲んでしまうと思うか」と訊かれた平嶋さんが言った。
「やっぱり時代についていけなくなったっていうか…。昔は多少酒を飲んで車を運転しても、そんなにうるさくなかったでしょ。別に人をはねるほど飲んでるわけじゃないし。昔の漁師なんか、みんな酒臭かったでもんですよ。やっぱり時代だなあ…。正直、酒飲んで車乗って何が悪いって思うとこはあります」
 これは平嶋さんの本音だろう。本音を語るのは自由だが、この発言には怒りが込み上げてきた。いま言ったことを、飲酒運転事故の被害者や遺族の前で言えるのか、と怒鳴りつけたいのを必死でこらえた。
 元肉屋の平嶋さんは、その関連なのかどうか、車で食品の移動販売をする仕事の経験もあるそうだ。それならばなおのこと、人間性を疑ってしまう。実際に病室内での雑談でも、飲酒運転だか信号無視だか、「昔の取締りはよく見逃してくれたのに、今は厳しい」などと文句を言っているのをよく耳にしていた。
 車の運転免許を持っていない僕が話題に入れないコンプレックスは確かにある。でも僕は、アルコール依存症の僕が車を運転することの怖さを自分で理解しているし、平嶋さんの本音には到底共感できない。が、それよりも何よりも、「なぜ飲んでしまうのか」という質問の答えを「時代についていけなくなった」で片付けて、昔がどうのというのは筋違いも甚だしい。まして、どこで生まれ育ったのかは知らないが、漁師はこの際関係ない。「昔はこうだった」というのは、依存症の回復を考えるうえで何の役にも立たない。考えるべきは「アルコールから抜け出せない言い訳を、なぜ『時代についていけなくなった』せいにしてしまうのか」ということではないのか。
 入院以来、こんなに腹が立ったことはなかった。腹が立ったら、無性にお酒が飲みたくなった。


 セカンドミーティングを終えて病棟へ戻ったところで、僕宛てに郵便物が届いていると看護師さんから伝えられ、1階事務局の金丸さんのところへ出向いた。ようやく届いた限度額適用認定証は、間違いなく5月1日からの発効だった。ただし有効期限は7月末日なので、仮に入院が長引けば再度手続きの必要があるので要注意だ。もっとも僕は、8月まで居座るつもりはないけれど。


 昨日退院した峰口さんが、デイケアに来たついでに早速病棟へ姿を見せた。デイケアに使用される体育館や教室の多くは、5ーB病棟のさらに奥、リハビリテーション部の付近に位置するため、デイケア参加者は建物の構造上どうしても5ーB病棟の病室や、デイルーム前の廊下を通らなければならない。退院した患者が顔を見せるいい機会になるのだが、病院暮らしの感覚が抜けず新しい生活に慣れない元患者には、デイルームや喫煙室に入り浸ってしまいやすい環境だ。
 峰口さんにとっては、まだ5ーB病棟のほうが落ち着く場所なのかもしれないが、長い間使っていた52号室のベッドにはもう新しい患者が入り、当たり前だがここは、退院した峰口さんがいつものように帰ってくる場所ではなくなっていた。
 遠巻きに峰口さんを見ていた米窪さんが僕に言った。
「看護師って、何だかんだ言っても退院した人には冷たいもんだね」
 彼が峰口さんと看護師のどんなやり取りを見たのかは知らないが、そういえば前にどの看護師さんだったか「退院しても、元気な顔を見せにいつでも遊びに来てくださいね」と言われたことを思い出した。
 退院して、依存症から回復しつつあるということを大前提とすれば、半分は社交辞令だとしても半分は本音、と理解していいとは思う。けれども翻って考ると、順調に回復するということは、本当はこの病院から物理的にも精神的にも離れていくということになるのではないか。ここはあくまで病院であり、気軽に戻れる場所であってはいけない気が、僕にはするのだ。


 昼食後、午後1時半の病院バスで西町駅前のショッピングモールへひとりで出かけた。以前から1階のパン屋の「量り売り」が気になっていたのだ。
 毎晩、喫煙室が施錠される前に最後のタバコを吸うさらにその前に、朝食で飲まなかった牛乳を飲むのが習慣になっているが、小腹がすいてパンのひとつでも欲しくなるのだ。
 駅前ショッピングモールのパン屋では、ミニサイズのパンが数種類、1g1円からという安いのか高いのか見当がつかない値段で量り売りしている。量り売りといっても、当たり前だがg単位でパンを売っているわけではなく、袋に詰めた重さの合計で販売している。そもそもミニパンが相場1個何gなのかよく分からないうえに、パンの大きさはどれも同じに見えるものだから、1個いくらで売ってくれたほうがはるかに分かりやすいと思うのだが、お店側の編みだした「何らかの策略」にいちど乗ってみたく、初めてこのショッピングモールに来たときからずっと気になっていたのだ。
 ちなみに僕は、ガーリック系やチーズ系のパンが大好きだが、入院中は特にニンニクなど臭いの強い食材をつかったものは食べられないことになっている。院外で飲酒した際、アルコール臭をごまかす材料に使われないためだ。ついでに言うと、食材ではないが消臭タブレット、マウスウォッシユ、香水も厳密には禁止だ。
 僕は4種類のミニパンを8個ほど袋に詰めてレジへ持って行った。会計は500数十円で、入院中の身としては決して安くはないのかも、という結論に終わった。


 さすがに外は少し蒸し暑かったが、徒歩で帰る途中、コンビニで 350mlの缶酎ハイを2本買って、公園で飲んだ。
 飲みながら考えてみた。セカンドミーティングでの平嶋さんの発言は、自分のアルコール依存を「時代の変化」のせいにしていた。
 ―― じゃあ、俺はどうなんだろう。こんな自分に育ったことを家庭環境のせい、父や母のせいにはしていないか。1クールの半分を終えても回復の実感が得られないことを、病院スタッフのせいにはしていないか。僕の被害妄想、強迫観念、集団への恐怖を、自分以外の誰かや世の中のせいにはしていないか。
 何より、今まさに僕は、すべてを平嶋さんのせいにしてスリップしている。


 僕に人のことをとやかく言う資格なんかない。ただ、忘れてはいけない。これは僕の病気だ。こうなったのはほかの誰のせいでもないし、回復へ向けて舵を切るのは僕なのだ。

 スーパー柏ノ丘店へ寄り、消臭タブレットと缶コーヒーという小細工を買い、病院へ戻った。そのまま午後4時からの、料理グループの打ち合わせに参加した。
 今回は平嶋さんが「免許更新」のため外れ、体調不良で最近点滴が欠かせない節子さんも人数から外れた。実習の学生さんが入れ替わりにふたり加わり、彼女たちがそれぞれ受け持ちとしてついている患者のうち、52号室の中山さんという60代の男性が行きがかり上参加することになった。もうひとりの患者、勝瀬さんにも声をかけたが、今月53歳の誕生日を迎える勝瀬さんは、料理当日の金曜は院内で行われる「お誕生日会」に出席するとかで、今週の参加は叶わなかった。
 ここに洋子さんと草刈さんと僕、そして看護師さん2名と一宮OTを加えた9名が今週のメンバーと決まり、予算は2,700円となった。メニューは先週決まった『鶏のグリーンソースがけ』がメインで、これにスープ、デザートはコーヒーゼリー、サラダは適当というラインナップができた。グリーンソースにはホウレン草と空豆を使うらしいが、ぼくにはこのソースが甘いのか苦いのか、さっぱりなのかこってりなのかまるで分からない。僕に分からなくても、節子さんのアドバイスと洋子さんのリードで何とかなりそうな感じだ。明日午後1時の病院バスで、洋子さん、草刈さんと買い出しに向かう。


 夕食後は院内AA「ヒナドリ」のミーティングに参加した。グループからは2名の男性が来て、院外からも男性1名が参加していた。僕は今日のセカンドミーティングでの出来事を通して、自分の飲酒も他人のせいにしているかもしれないと気づいたことを話したが、スリップしたことは口に出さなかった。


 最近、勝瀬さんのベッドの名札に落書きをしたり、米窪さんのベッドのパイプに「エサを与えないでください」などと書いた張り紙をしたりと、3人で子供みたいないたずらや、いい歳をしてくだらないエロ話で盛り上がることが多い。それは単に、退院の日が少しずつ近づいてくることへの焦りや不安をただ紛らわせる遊びなのかもしれない。遊びがエスカレートしていくのと、焦りや不安が増していくのが、まるで反比例しているようだ。

 明日は入院から50日目だ。でも、今日の2度目のスリップで、断酒はまた振り出しに戻った。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-07-26 01:38 | カテゴリ:レクリエーション
(※スリップから14日目)
 米窪さんが早朝から、昨日買ったバリカンで勝瀬さんに髪を切ってもらったそうだ。院内でやると怒られるので、4階玄関から外に出た、福井さんたちがラジオ体操をしている横で、勝手に電源を取って散髪していたらしい。4階玄関前でやろうが看護師さんに見つかれば、こっぴどく怒られるに決まってると思うのだが、いかがなものか。
 僕はラジオ体操にも参加せず、ベッドで爆睡していた。米窪さんから、僕も勝瀬さんに髪を切ってもらうよう勧められたが、プロの美容師にお願いするのは気がひけた。いっそこのまま退院まで、髪もヒゲも伸ばしつづけたほうが「病んでる感」が増していいかもしれない。
 午前7時頃にベッドから起きて、タバコを吸い、喫煙室を出たところで瞑想タイムが始まった。成りゆきではあるけるれど、入院して初めて、廊下ではなくデイルームでの瞑想参加となった。

 1年近くこの病院で寝起きし、現住所も病院としていた峰口さんが、今日退院した。しばらくはデイケアなどで来ることはあるそうだが、
「再入院ですぐに戻って来たらみっともないから、あまり格好いいことは言わない」
 とだけ言い残して病院をあとにした。
 昨晩、峰口さんは長かった入院生活最後の夜を、遅くまで自助グループの会場調べに費やしていたが、そのままデイルームで寝てしまい、夜勤当番の掛川看護師から病室へ戻って休むよう声をかけられていた。
 峰口さんは50代前半~半ばくらいで、あまり身の上を話さない。奥さんとは離婚したと、院内のAAミーティングでいちど聞いたくらいだ。以前どんな仕事をしていたのかも、雪絵さんとはどういう関係で今どうなっているのかも知らないが、1年も病院で暮らしたあとの社会復帰が相当に大変なのは想像にかたくない。なにより、いちばん不安なのは峰口さん本人のはずだ。
 消灯したデイルームで、眠剤が効いたせいなのか疲れなのか、昼間のいたずらっ子のような表情とはまるでかけ離れた様子で、椅子に座ってうなだれたまま静かに眠る峰口さんが、なんだかひどく孤独に見えた。


 火曜日午後のレクは、今日から看護実習に来たふたりの学生さんも交えて、例によってミニバレーで盛り上がっていた。僕は僕でやっぱりエアロバイクを漕いでいたが、いつもと違うマシンで負荷がかからず、あまり汗をかけなかった。バレー禁止の米窪さんは、黒部さんや一宮OTと卓球でそれなりに楽しそうにはしていたが、思いきり身体を動かせないストレスは多少なりとも感じているようだ。内科への不信感を口にした米窪さんを知っている僕には、なんだかそう見えて仕方がない。

 レクの合間に、昨日の学習会で感じた回復のステップについての疑問を、一宮さんに尋ねてみた。
「学習会で示したステップはあくまで一例です。患者さんの環境によっては、第Ⅱ期とⅢ期を同時進行していくことも可能だと思いますよ」
 一宮さんはそう言ったが、対人関係の問題について、ひとりで解決することは容易ではない。僕は退院後、お酒と距離を置くうえで父や母、特に父とどう向き合っていけばいいのだろう。
「院外の自助グループで、そういうお話をされましたか? 共通した悩みや経験を持った方もいらっしゃるかもしれませんよ」
 とても簡単には見つからない答えを、患者の立場になって一緒に探そうとしてくれる一宮さんの気遣いが、嬉しかった。
 これは僕の病気だ。米窪さんは「みんな所詮、仕事でやってるんだ」と言っていた。確かにそうかもしれない。でも、たくさんの人の支えなしではここにはいられないのも事実だ。1クール終了までの残された時間の中で、僕は進んで助けをを請いたい。そのためには、僕自身の努力も必要だ。


 今日は院外のAAにも行かず、散歩もせず、病棟で過ごした。院外のAAはまだまだ植中さんにくっついて行くのが精一杯だから、植中さんがAAを休むときは僕も休むという状態だ。おまけに火曜日は院内のAAミーティングもないため、今日はレクリエーションだけの一日となった。
 パニック障害のため、このところ精神的に落ち込みが激しく、昨日のAA「カッコー」のミーティング参加も直前で取り止めた利根川さんは、あまり気分が乗らないと言いながらも、自らが入所する中間施設が運営するAAグループのミーティングへ出かけて行った。転院先から戻っても体調が芳しくない米窪さんは、内科のドクターから許可がでればぜひ足を運びたいと言っている。そろそろ僕も、自分で判断して動かないといけない。


 女性病室の55号室へ担当が移った細池看護師に代わり、6階病棟から丹羽さんという女性看護師が新たに53号室の担当となった。
 丹羽さんは50代前半くらいの、かなりハキハキした感じの看護師さんで、「なんでも病棟」と呼ばれる6階でもさくさく仕事をしていた様子が想像できる。声も大きく、患者と接するときにはまるで子供に言い聞かせるような話しかたになるのが特徴だ。
 ともあれ今日から、53号室の部屋担当は牛本主任、掛川看護師、前上看護師、丹羽看護師の4人となった。といっても、患者は何かあれば部屋担当など気にせずその日出勤の看護師さんに遠慮なく声をかけるので、部屋担当がどうこうというのは僕らにはまるで関係がないことなのだが。

 明日の午前中は勝瀬さんが、今日から看護実習についた学生さんを連れて、柏山へ散歩に出るそうだ。米窪さんもちゃっかりついて行くようだが、僕は10時からセカンドミーティングがあるため、午前中は外出できない。
 勝瀬さんについた実習生は、学生といっても30代前半の既婚女性で、お子さんもいるそうだ。僕が見立てた「実習生がつく患者の条件」は20代前半の独身女子という、一般的な看護学生を前提にしているため、この条件から外れている勝瀬さんが今回対象患者となったのも頷ける。
 それにしても、子育てをしながら看護師を目指して勉強する学生さんの姿は、半ば人生を諦めてアルコール依存者となった僕にはとても神々しく、光輝いて見えた。
 アルコール病棟は決して掃き溜めではない。患者にせよ病院スタッフにせよ実習生にせよ、ここでは様々な人が行き交い、様々な色を放って見せている。

 今日は30℃を越えたそうだ。病棟のあちこちで扇風機が回りだした。みんな口を開けば「暑い」を連呼するが、湿度が低い分、大阪の夏に慣れた僕にはまだまだ快適だ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-07-25 14:30 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※スリップから13日目)
 入院して初めて、朝の瞑想を寝過ごした。今日から瞑想タイムを仕切る患者会新会長の植中さんの声で目が覚めたが、そのままベッドで耳だけで参加した。ちなみに、患者会の新しい副会長は米窪さんだ。

 このところ散歩にも出ていなかったので、米窪さんと勝瀬さんと僕の3人で、午前中に2時間散歩へ出た。徒歩で坂を下って駅前ショッピングモールの100円ショップへ行き、ベッドに取り付けるLEDライトを買ったが、眩しすぎて使えそうにない。
 そのあとぶらぶら歩きながら来た道を戻り、バリカンを買いたいという米窪さんに付き合いスーパー柏ノ丘店へ立ち寄った。今日は風もなく、気温も30℃近かったようだ。それでも湿度は低く、みんなは暑い暑いと言っていたが、僕は耐えられないほどでもなかった。
 本当に問題なのは、クーラーのないこの病棟で、間もなくやって来る本格的な夏をどう過ごすかだ。業務用の扇風機がデイルームに運ばれていたが、あんなもので暑さを凌げるのだろうか。

 柏ノ丘店で買い物を終えた時点で、2時間散歩のリミットを10分ほど過ぎ、既に昼食の時間になっていた。詰所に心配をかけるのも忍びないので、とりあえず「米窪さんが暑さで少しバテた」ということにして、僕が病院へ電話を入れた。それがかえって心配をかけてしまい、牛本看護師主任が坂を下りて迎えに来る始末だった。
 実際、米窪さんの体調はあまり良いとはいえない。この病院の内科への不信感や反発もあるようだ。アルコール依存症といっても、米窪さんのように身体のあちこちに重い疾病を抱えた患者は多い。この病気に関しては本来、内科の領域とは密接に関わってくるはずだし、精神科の依存症病棟と内科の両方を持った柏ノ丘病院は理想的に思える。けれども米窪さんに言わせれば、
「内科の水準が低くて設備も乏しい。そのうえ精神科との連携もできていない。看護師は残業したくないから、申し送りでもきちんと情報伝達がされない。みんな所詮、仕事だからやってるんだ、ってことが分かってきたよ」
 米窪さんが物事に冷めた見方をしがちだとはいえ、こんなにも辛辣な物言いをするには理由がある。以前、別の病院で内科の診察を受けた米窪さんは、担当医から「あなたは大勢いる患者のひとりでしかないと思ってますから」と言われたことがあるそうだ。その医師の真意は分からないが、この柏ノ丘病院でも、内科があるのに転院せざるを得なくなったり、食事制限の指示があったと思えば、点滴のせいで血糖値が下がったから今度は甘いものを食べろと言われたり、そういう経緯が不信感を募る結果になっているようだ。
 僕にはこれについてあれこれ言えた立場ではないが、どんな病気やケガの場合でもはっきりしているのは、患者が医師や看護師、ひいては病院を信頼できなくなってしまえば医療行為は成り立たない。入院する意味などなくなってしまう。それは患者にとっても病院にとっても不幸なことだ。
 先月初旬、薬物依存症で入院していた丸谷さんが言っていた言葉が思い出される。
「大事なのは、病院のスタッフに『自分を任せることができるか』だと思うよ」――


 午後2時からの学習会は6回目を迎えた。今日は『⑪ 依存症とリハビリテーション』というタイトルで、作業療法士(OT)の一宮さんが担当した。僕は今日も先週と同じく、最前列中央の席に座って学習会に臨んだ。
 内容としては、依存症とはどのような病気か、どのような人が陥りやすい傾向にあるかということを簡単にさらったうえで、ミーティングやレク、SSTなどのARPの重要性や、デイケアや自助グループについて改めて説明したものだ。正直「今さら度」が高く、申し訳ないけれども後半はほとんど寝てしまった。
 ただ、ひとつ気になったのは、回復していくための段階として第Ⅰ期~Ⅳ期に分けて示したところだ。回復へのステップについてはミーティングやAAでも必ず取り上げられるが、それぞれ微妙に内容が異なる。先日のセカンドミーティングのテキストで示されたのは数年周期のプロセスで、何をもって「回復」といえるのかが定かでないため、どう捉えていいのかが分からなくなってしまう。お酒に依存するに至った理由も、患者を取り巻く環境も人によって様々だ。
 退院後、それほど時間も労力もかけずにお酒を断つことに成功する人もいれば、何度もスリップ(再飲酒)を繰り返す人もいる。また、1年でも10年でも断酒が続いていたのに、たった一度飲んでしまったがために、依存がぶり返して振り出しに戻るケースもある。つまり、回復へのステップといっても一概に断定できないのだ。

 今日の学習会で、一宮OTは次のような4段階を示した。

○第Ⅰ期…相談や援助の場に来て、アルコール依存の自分を認める。
○第Ⅱ期…明日のことは考えず、今日一日を飲まないで過ごす。
○第Ⅲ期…なぜ飲酒に頼らざるを得なかったのか、自分を「見つめる」。
→親子、夫婦、職場などの、自分の対人関係を見つめる。
○第Ⅳ期…自分がどう変わりたいかを考える。
→対人関係のパターンを「より生きやすく、楽な関係」へ。人とのつながりの中で、「心地よい体験」や「共感」を重ねる。

 このあと入院中にできることとして、ARPの具体的な説明へと移るのだが、第Ⅰ期とⅡ期が簡潔で分かりやすいのに対し、第Ⅲ期、Ⅳ期が何だか抽象的でいきなりハードルも上がる。対人関係が絡むと、自分ひとりでの解決はほぼ不可能に思える。また、よく「ひとりで悩まないで」とか言われるが、家庭や職場の対人関係の問題に、誰がどこまで踏み込んでくれるというのだろう。
 僕の場合、退院後に順序立てて第Ⅱ期からⅢ期へ移るということはできない気がする。第Ⅲ期で示された『対人関係を見つめる』前に、お酒を飲まずにいられるだろうか。同じことの繰り返しにはならないだろうか。第Ⅱ期とⅢ期のステップを同時に進めていくことは可能なのだろうか。

 いちど湧いた疑問は止まらず、混沌としてきた。一宮さんに質問しても、かえって困らせてしまうだけのような気がして、何も訊けなかった。
 ただ、彼女の患者を見る視線はとても優しい。職務上当たり前といえばそれまでだが、彼女は僕ら依存症者を「精神科にいるココロの病んだ連中」とは決して見ず、僕らと一緒に考え、悩んでくれている。

 誰をもってしても答えなんか出ない。そういう病気だということは間違いない。


 学習会から戻ると、沼畑師長から担当医師の交替が唐突に告げられた。森岡先生が体調を崩したため、5ーB病棟の受け持ち患者は当面すべて渡辺先生という別の医師が担当になるというのだ。
 渡辺先生は5人いる担当医のうちのひとりで、先月12日の学習会『⑧ アルコールがつくる身体の病気』を担当した、落ち着きのない喋りかたをするドクターだ。あとで聞いたのだが、あの落ち着きのなさは『チック症』と呼ばれる一種の障害なのだそうだ。40代前半くらいの若い先生だが、防衛医大出身というからさぞかし優秀なのだろう、とあれこれ詮索したくなる。回診日は森岡先生と同じ木曜だが、午前9時45分からの診察のため、開始時間がこれまでより早くなる。さらに、現在主治医を務めている患者に加えて受け持ちが増えるのだから、回診にかかる全体の時間も大幅に長くなることが予想されるため、10時半からのレクにかかってしまう可能性がある。
 それはそれで仕方がないのだが、それよりも僕は正直、主治医が変わったことに安心を覚えてしまった。渡辺医師は先の学習会で見た程度で、どんな先生なのかは当然知らない。ただ、これまで森岡先生の回診では、相性というのか、僕はどうもものを言いづらい雰囲気を感じていたからだ。

「森岡先生、大丈夫なんですか?」
 話の流れ上、いちおう師長に尋ねた。森岡先生が復帰までどれくらいかかりそうか、さりげなく確認したいこともあった。
「知らなーい。私身内じゃないから」
 そりゃそうだ。


 今日は久しぶりに1時間早い夕食を摂って、植中さんと院外AAのミーティングに足を運んだ。「カッコー」という、院内ではミーティングを開いていないグループで、初めての参加になる。西町駅まで病院バスまで向かい、そこから徒歩で10分ほどの西町カトリック教会が会場だ。午後7時開始なのに、1時間近く前に着いてしまった。ミーティング開始までのこの時間が、雑談で仲間との親睦を深めるフェローシップの意味があるそうだが、親睦も何も、居場所のない今の僕には苦痛でしかない。
 今日はAAのいくつかあるテキストのうち、『どうやって飲まないでいるか』という冊子を使った『リビングソーバー・ミーティング』と呼ばれるミーティングだ。通常どこのAAでも、必要なテキストはグループによって数冊ほど用意されていて、ミーティングに際して僕のように自前のテキストを持っていない参加者にも貸してもらえる。テキスト本文のうち、その日さらうチャプターを輪読したあと、例によってひとりずつ順番に自らの体験談や考え、最近感じたことなどを話していく。本文の内容と直接関係なくても、飲酒に関わることならどんな内容でもOKだ。
「どうやって飲まないでいるか」―― そんなこと、僕には分からない。僕はシラフで集団に交われないこと、そして実家の父と母のことを簡単に話し、退院後にスリップしないかという不安を口にした。「どうやって飲まないでいるか」の答えは、もちん誰からも貰えるものではなかった。


 明日からまた、看護実習の学生さんが2週間ほどやって来るそうだ。学生さんは実習の期間中、それぞれ誰かひとりの患者の受け持ちとなる。師長から要請を受けた患者は、あくまで協力というかたちで、学生さんとできるだけ行動を共にし、話し相手になることで、学生さんが患者に直接接する機会とするのだ。
 対象の患者は、もちろん誰でもいいというわけではない。比較的症状が落ち着いていて、学生の看護実習に理解を示していないといけないだろう。20代の女子学生が多いため、50代後半以上の男性患者に要請される傾向が強い気がする。子供の有無も関係しているのかもしれない。

 そんなことを推測していたが、今回はよりによって学生さんのひとりが、勝瀬さんの受け持ちとなるというのだ。
 勝瀬さんは50代前半で子供はいない。僕が予想する「実習生がつく患者の条件」の対象から外れてしまうが、そんなことよりも、自宅へ外泊するたびに気落ちして戻って来る勝瀬さんは、このところ憔悴しているようにも見える。ストレスからなのか、米窪さんと僕との会話の中では信じられないようなエロ発言が飛び出すこともしばしばだ。「俺につけばいろいろお世話してやるのに」と危険な笑みを浮かべる米窪さんよりははるかにマシだが、それにしても師長のミスチョイスではないのか、心配だ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-07-23 00:34 | カテゴリ:AA
(※スリップから12日目)
 6月が始まった。そんなこととは関係なく、今日こそはどこへも行かず、何もない一日だ。
 夕方、金曜から自宅へ外泊していた勝瀬さんが戻って来たが、「俺の居場所はなかった」と相当な気の落としようだった。
 午後6時からのAA「アカゲラ」のミーティングには参加した勝瀬さんだったが、とても話をする気分ではないと発言を辞退していた。また、米窪さんは体調不良で中座した。点滴の薬が合わず、なんでも血糖値が急低下したらしい。

 そんな今日のAAミーティングのテーマは『最初の1杯』についてだ。僕は自慢じゃないが「今日は1杯でやめておこう」などと思ってお酒を飲んだことなんかない。最初から、終点なんて考えずに飲むのだ。「1杯でやめようと思っても、やめられない」というスーダラ節そのままの、依存症者のスリップとは一見違うようだが、コントロールが利かないことが分かっていて開き直っているだけなので、本質的には何も違いはない。

 僕はテーマから離れて、父と母のことを話した。
 退院後に僕が帰る場所は、両親のいる実家だ。僕が大阪からこの街の両親のもとへ戻ったのは4年前だが、現在の実家は僕が大阪にいる間に父と母が老後のために買って移り住んだマンションで、僕には何の思い出もない。実質的に居候している状態だ。一日も早く実家を出て、近くのワンルームあたりで独り暮らしをしたいが、お酒に依存して経済的にも自立していない僕は、恥ずかしながら当面は今まで通り実家に世話にならなくてないけない。
 父の健康は心配だが、僕のために父がお酒をやめることを強いるのは見当違いだし、父が僕に気を使う必要もない。僕の入院費用を負担してくれているのは父だし、自分が飲んでいても父が僕に「飲むな」と言うことは許されるはずだ。そもそも父もアルコールに依存しているのは間違いない。僕がお酒と距離を置いたからといって、父も簡単にそれに合わせられるものではないだろう。
 ただ、父は父なりに、自分がお酒を飲むことが僕の依存症回復の妨げになるのではないか、と悩んでいるのではないだろうか。

 少しずつ1クールの終了が近づいてきた患者は、退院後の生活の不安が如実になってくる。そんな患者にとっての課題は「いま飲まないこと」ではなく、「退院後にどう飲まずにいられるか」だ。家族の中で、職場の中で、あるいはまったく新しい環境の中で、それが試される。そして残念ながら、多くの人がスリップを繰り返してしまうのが現実だ。
 少なくとも僕の場合は、父と母のいる実家に帰り仕事に復帰して、一見元の生活に戻ったとき、「お酒に依存しない」という新しい生活を始めなければならない。そのためには、僕の弱すぎるココロを少しでも強くしていく鍛練が必要なのだと思う。

 AA終了後、グループの方から声をかけていただいた。
「ご家族がお酒を飲まれるのは大変な環境ですが、頑張ってください」
 改めて思った。やっぱりこれは、僕の問題なのだ。勝瀬さんも米窪さんも、この病棟のすべての患者が、それぞれ自分の問題に悩み、苦しんでいる。麻友美さんもそのひとりだ。
 ひとりで背負い込み過ぎないよう、自助グループで胸の内を吐き出すのは意味があることだけれど、誰も答えを示すことなんかできない。

 でも、悩みを共有することはできる。AAで言うところの『分かち合い』だ。
 ミーティングの最後に、進行役の60歳前後の男性が言った。
「私は酒のことで兄との喧嘩が絶えません。兄は1杯でちゃんとやめられます。ところが私は、その1杯から始まるんです」
 僕も「その1杯」から始まるクチだ。痛いほど理解できる。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-07-22 13:22 | カテゴリ:院内生活
(※スリップから11日目)
 どこにもいかず、何もない一日。今日は特に書くこともないと思っていたら、夕方になって麻友美さんからメールが届いた。

--------------------------------------
From:麻友美さん 17:23
最近はどうですか?
今さらだけど、あの日はごめんね󾌿  淋しいからって、部屋に呼んじゃダメだよね。
本当に申し訳ございませんでした󾍓
--------------------------------------
Re:サトウです  17:56
俺も飲みたいと思ったから行ったんだよ。自分を責めないで。 こっちそ、すっかり酔っ払って面倒かけてごめん󾌯
しんどいときは、俺でよかったら話聴くから󾭠
--------------------------------------
From:麻友美さん 18:00
ありがとう󾌰
--------------------------------------

 僕はもちろんシラフだったが、無性に麻友美さんと話がしたくなった。
 僕がスリップしたことについて、彼女は自分に責任を感じている。メールで返信した通り、あれは僕の意思でもあり、むしろ僕が彼女を巻き込んだことだ。そうでなくても、麻友美さんはまだ、淋しさのどん底にいて苦しんでいる。僕が無力なのは充分すぎるほど分かっているけれど、彼女の淋しさをほんのわずかでも癒やすことができないだろうか。

 …そんな傲(おご)りが、建前にあった。
 本音はもっと単純なもので、ここへ入院して1クールの半分が過ぎたが、彼女があんなかたちで病院を去ってから、入院生活にぽっかり穴が開いたような気持ちが続いている。
 彼女になら、何でも話せそうな気がしていた。僕は彼女に依存することで、先の見えないこれからについて、僕自身が何か安心を得たいと夢見ているにすぎない。

 病院そばのコンビニへ行く用事にかこつけて彼女へ電話をしたが、何度かけても切られてしまった。しばらくして、彼女から再びメールが来た。

--------------------------------------
From:麻友美さん 18:45
ごめん!
--------------------------------------
From:麻友美さん 18:50
今、飲んでしまった󾭛  どした?  電話は、できない…󾭜
--------------------------------------
Re:サトウです  18:57
外に出てきたからちょっと話したかっただけ。 ムリならしょうがないか󾌰
--------------------------------------
From:麻友美さん 19:02
とことん飲んだよ。 今、少しだけ落ち着いた。ごめんね。 入院してたときの私じゃないんだ …。 ごめんね。 意味が分かるかな?
--------------------------------------

 単刀直入に訊かれたが、意味など分からない。僕は彼女の抱えている辛さをすべて受け止める自信もなければ、それを尋ねる勇気すらない。とっくに気付いているのに、こうやってずるずると彼女に依存しようとしている。
 返信に困った僕は、ただ謝ることしかできなかった。

--------------------------------------
Re:サトウです  19:18
解ってあげることなんかできないよね。麻友美さんのこと何も知らないのに。 こっちこそ、偉そうにごめんなさい 。
--------------------------------------

 なんだかふたりでお互いに謝ってばかりだ。僕が病院に戻ると、電話が鳴った。麻友美さんからだった。
 彼女は既に酔っていて、呂律が回っていなかった。少し話をしたが、会話も噛み合わない。ただ、僕だって飲んだときはもっとひどいわけで、問題なのはそこじゃない。
 麻友美さんが今もひどい淋しさの中でアルコール漬けになっているという現実に、僕は無責任なかたちで関わろうとしている。それを分かっていながら、なおも僕は僕自身の不安を拭うために、彼女への依存を続けているのだ。

 僕は不誠実だ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。またメールの文章についても、個人の特定につながる表現を削除し、要約した文言に改めています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-07-20 23:30 | カテゴリ:院内生活
(※スリップから10日目)
 昨日から、入院費の限度額適用認定証の件でバタバタが続いた。料理の買い出しから戻ったあと、病室に忘れたスマホに職場のマネージャーから申請書不備を知らせる留守番電話が入っていたのが発端だった。退院予定日を8月末日にして記入したことが不備の原因らしいが、病院の事務局で5ーB病棟を担当する金丸さんという女性からは、
「退院予定日はあくまで予定日ですが、実際の退院日がこの予定日を過ぎてしまうと再申請が必要になるので、余裕を持った日付にしといてください」
 と聞いていたため、なんだか食い違いがあるようだ。東京本社の人事担当へ直接確認してみることにした。
 さらに金丸さんによると、会社の保険組合で5月分の申請が認定されさえすれば、認定証の病院への提出は6月に食い込んでも大丈夫ということだ。
「もし差し支えなければ、組合や人事担当の方と私で、直接お話させていただいても構いませんよ」
 と、金丸さんにはとても頼もしい言葉をいただいた。これまでこういう諸々の手続きにはまるで無知で、シラフではいつも向き合わず、かといって飲んではどうでもよくなり放っておく、ということを繰り返してきた。今回ばかりは、自分でなんとかしなければならない。
 しかも、5月最後の平日の、今日中にだ。

 今日の午前10時を見計らって、本社の人事窓口へ連絡すると、なんと申請書そのものが届いていないと言われてしまった。これでは金丸さんにもお願いのしようがない。
 途方にくれたものの気を取り直し、再度僕の直属の上司であるマネージャーや、本社の人事に問い合わせ、最終的に保険組合へ直接相談した。FAXで今日中に申請をすれば、週明け月曜には認定証の原本を病院の僕宛に郵送してもらえるという。病院事務局の金丸さんにも、
「6月の1週目くらいまでに原本を提出してもらえれば、5月分の入院費から適用が可能ですよ」
 と確認をして、結局午後になって事務局のFAXでやり取りのうえ、申請を終えた。


 そんなこととは別に、今日は朝からちょっとした「事件」があった。54号室の清水さんが、最近入院したばかりの患者がうるさくて寝られないと、詰所へクレームをつけたのだ。
 54号室に入った竹内さんは、僕よりひとつ上の39歳で、20代の頃にアルコール依存症の診断を受け、早くから自助グループとつながりを持っていたそうだが、今回は実に12年ぶりにスリップしてぶっ倒れ、そのまま緊急搬送されて再入院となったという。
 10年以上もインターバルを置いてのお酒は、もはや毒としか思えない。下手をすれば命に関わる。植中さんなどは、
「やっぱり数年置きに、適度に飲まないとダメですかねえ」
 と、冗談とも本気ともつかない話を誰かとしていたが、断酒も命がけとなると僕も思わず頷きたくなる。
 そんな竹内さんの、夜な夜なお菓子を食べる音が喧しくて寝られないと、清水さんが詰所へ怒鳴り込んだというのだ。
「一般常識がなってねえ、あのガキがっ」
 と、凄い剣幕で看護師にまくし立てる清水さんの姿を、僕を含めたほかの患者は遠巻きに見つめていた。

 その後、この件がどのように収まったのかはよく知らない。この程度の苦情でどちらかが部屋を移ることはないし、せいぜい看護師になだめられて落ち着いたのだろう。
 思えば僕は、共同生活で起こり得るトラブルの典型を、半クールを過ぎてこのとき初めて目の当たりにしたのだ。


 さて、10時半からの料理だが、僕は僕で前述の件であちこちへの問い合わせで忙しく、合い間合い間に顔を出してキュウリを切ったくらいしか参加できなかった。
 節子さんも体調が悪く、平嶋さんも回診が入るなど、一時はどうなるかという状況だったが、結局は当初の予定通り、鱈のミートソースがけ、ワカメの味噌汁、玉ねぎ多めの手作り青じそドレッシングのサラダに、シャーベットふうのフルーツゼリーと、予想以上に美味しい料理が完成した。特に、鶏での代用ではなく鱈を使って完成できたことが何よりだったが、僕としては片手間での参加になってしまったことが残念だった。
 豚、魚という流れで、次回は正面から鶏料理ということになり、これまた節子さんのレシピから『鶏のグリーンソースがけ』に決まった。「ソースがけ」シリーズ第2弾、なんだか知らないがヘルシーな語感で旨そうだ。


 昨日電話で、父が4月分の入院費の支払いのため病院へ来ると言っていた。
午後1時。ロビーで待ち合わせしていたことを思い出し、慌てて降りて行った。
 1階ロビーでは父と母が既に待っていた。この時点でまだ、認定証のFAX申請は終わっていなかったため、父に経緯を説明し、手渡された4月分の入院費を金丸さんに支払った。4月については限度額適用認定の対象外となるが、別の申請で6,000円ほど還付が受けられるという。
 とりあえず、父と母には近況報告をしたが、スリップについては話していない。そろそろ外泊を勧められているが、飲酒欲求の不安があるのでまだ自信がないと伝えると、父も「まだ控えたほうがいいだろう」と答えた。僕だけじゃなくおそらく父も、自分がお酒を飲む手前、僕の外泊をどう受け入れればよいのか分からないのかもしれない。退院後を見据えたトレーニングとして外泊は必要だが、今のところはもう少し様子を見るほうが賢明だ。


 両親を見送り、1時半からのアトリエでの革細工に遅れて足を運んだ。僕が作ろうとしているのは初心者でも比較的簡単なカード入れだが、母がたびたび紛失しては大騒ぎになる、地元のコンビニチェーンのクラブカード専用のケースだ。そのため、店名ロゴデザインを手打ちで入れるつもりだと言うと、作業療法士の一宮さんも、今日の立ち会い看護師の石橋さんも面白がってくれたが、想像以上に地味で細かい作業になりそうだ。

 一宮OTから聞いた作り方の工程は、概ね次の通りだ。

①表面、裏面となる牛革を切り出す。
②各々の牛革に模様を打ち込む。
③染料で塗装し、乾いたらニスを塗る。
④表面と裏面の縁を糊で貼り合わせる。
⑤表面と裏面を革紐で縫うための通し穴を開ける。
⑥革紐で表面と裏面を縫い付ける。
⑦ボタン穴を開け、ボタンを取り付けて完成。

 今はまだ②の段階で、葉っぱや犬などの模様はあらかじめ用意された刻印で打てばいいのだが、オリジナルデザインとなる店名ロゴは釘先のような道具で引っ掻いて溝をつけていく。地味なのはここで、時間もかかる。周りではみんな、革細工らしく木槌で刻印を打ち込む音をゴンゴンと響かせているのに、僕だけひたすらカリカリと、店名ロゴを牛革に刻む作業が続く。
 結局今日は、半分ほどざっくり引っ掻いただけで時間となってしまった。


 今日はもうひとつ。
 先日の心理検査の結果がでたと、田村心理士が僕に伝えに来た。結果報告は来月6日の午後4時からに決まった。僕はカウンセリングを受けたいことを彼女に伝え、次回の回診でドクターに相談することを約束した。


 疲れた。朝も昼も食後の薬を飲むのを忘れ、看護師さんに言われるまで気がつかなかった。柏ノ丘例会もAAも、今日は参加しなかった。
 夕食後、山形さんから誘われた大富豪には応じて、峰口さん、和代さんと4人で何ゲームかを楽しんだ。
 4人だと革命が起きやすい。僕は最後の一番で革命を起こし、貧民から富豪で勝利を飾った。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-07-18 00:00 | カテゴリ:SST
(※スリップから9日目)
 今日は午前9時半から、月1回の部屋ミーティングが行われた。先月は僕の入院前に行われており、僕はこれが初参加となる。
 勘違いしていたのだが、部屋ミーティングは看護師さんの進行で近況や悩み、その他適当なテーマについて同じ病室の患者どうしで話し、コミュニケーションを図るARPのひとつなのだそうだ。僕はこの部屋ミーティングで室長を決めたり、室長会議で決まったことを周知するのだと思っていたが、患者会の運営とはまったく関係がないという。

 53号室は8人部屋だが、今日現在の入院患者は、来月の室長がなし崩し的に決まった米窪さん、その米窪さんの転院で5月の室長を務めている周さん、断酒歴9年の高津さん、元塗装屋の黒部さん、元肉屋の平嶋さん、それから勝瀬さんと僕の7人だ。

「ひとりでいると飲みそうになるから」と入院してきた高津さんについて、当初僕はそんなふうに気軽に入院できることが不思議というか、お気楽というか、何だか違和感を覚えていた。あとで聴いたことだが、高津さんの奥さんはステージ3の大腸癌の闘病中で、入院や検査などで家を空けることが多くなり、高津さんはその間飲酒に走らないよう自制のために1クールの入院を決めたのだそうだ。
 その他諸事情はあるのだろうが、元「その筋」の人だった高津さんには子供がおらず、年上の奥さんにだけは頭が上がらないようだ。いつも「かあちゃんにバレたらうるさいけんのう」とこぼしつつ、病院と奥さんに内緒で頻繁にパチンコに出かけている。
 強面だが面倒見のいい高津さんは、黒部さんとはひとつ違いで、還暦前とは思えないほど若々しい。とはいえ内科の入院は6回だか7回だかで、C型肝炎をはじめあちこちに重度の疾患を抱えており、医師から「今度飲んだら死ぬよ」と釘を刺されているところは米窪さんと同じだ。

 部屋ミーティングは、53号室担当の牛本看護師主任、前上看護師、細池看護師の3人が入り、前上さんの進行でひとりひとりの近況報告から始まり、周さんのリクエストで『食べ物の好き嫌い』の話題になった。テーマは毎回ざっくばらんなようだ。精神科は間食が比較的自由とはいえ、入院中の食べ物の話題は普段患者が抑えている欲求を後押しする。糖尿病を抱えた主任を含め、あれが食べたいこれが食べたいという雑談に終わった。
 ちなみに柏ノ丘病院の食事は、入院食にしては評判がいい。僕も注文がまったくないわけではないが、毎日美味しくいただいている。


 午前10時半を過ぎて、体育館へレクに向かった。ミニバレーの参加を止められている米窪さんと並んで、今日もエアロバイクで30分、10㎞を走る。滝のように流れる僕の汗に驚いた米窪さんは「無理しないほうがいいよ」と心配してくれた。この病棟には、自分に無理を課す人に限って人の心配をする人が多い。
 レク終了後、優二さんから声をかけられた。
「そろそろバレーできるんじゃないの?」
「まあ、そのうち」
 と、僕は笑って受け流したが、実際僕には明日の料理が心配でバレーどころではないのだ。ちゃんとみんなに協調できるのだろうか。下手をすれば、また集団が怖くなって振り出しに戻りかねない。

 その優二さんは、今日も夕方から植中さんと院外AAへ出かけるそうだ。2週間前、僕が勝瀬さんを誘って参加した南町の「オオタカ」で、今日は『バースデイイベント』の日だという。断酒から1日、1ヶ月、3ヶ月、半年、以降は年単位の節目ごとに、記念のメダルを貰うことができ、それを励みというか支えというか、とにかくお酒を断つんだという自らの誓いを忘れず、さらに次の節目へのステップにつなげていく。AA発祥のアメリカでエミネムとかというヒップホップMCが、自身のユニット曲のPVでAAのメダルをペンダントに加工して身につけていたことで、まだまだAAの存在を知らず、依存症の問題に苦しむ一部の人々の間で話題になったそうだ。
 ちなみに優二さんは、今日が40歳の誕生日だという。これまた偶然今日が45歳の誕生日の植中さんと、文字通りのバースデイイベントということになる。


 すっかり忘れていたレク後の回診は、いつものようにあっさり終わった。先日千葉看護師に相談した、カウンセリングを受けたいという件は、伝わっているのかいないのか、森岡先生のほうから言及はなかった。僕は結局、自分から直接相談することもできなかった。


 昼食後、明日の料理の買い出しに出かけた。草刈さんに急遽、内科のエコー検査が入ったため、洋子さんとふたり、買い出し未経験者どうしでの買い物になったが、料理には参加しないはずの勝瀬さんと米窪さんが「個人的にスーパーへ散歩する」という名目で一緒に病院を出た。洋子さんへの周辺の道案内を兼ねて、病院バスではなく徒歩で坂道を下り、スーパー柏ノ丘店へ向かった。
 さんざん「高い」と決めつけられた鱈は、輸入物とはいえ2切れ250円前後と安く売っていて、節子さんの当初の提案通り『鱈のミートソースがけ』でいくことにした。洋子さんは主婦らしく、次から次へと手際よく8人前の品定めを進めては食材をカゴに放り込み、瞬く間に残すはデザート食材のみとなった。この時点で米窪さんが携帯の電卓機能で試算したところ、予算上限2,400円のうち残り300円ほど余裕があった。そこで、1個100円のフルーツ缶を3個ほどチョイスしていざ会計に向かう。商品がレジを通っていくたびになぜかちょっとどきどきする。
 どこで計算を間違えたのか、合計は2,438円。外税方式は計算がややこしく、38円のオーバーだ。即座に、税抜き1本45円のキュウリ2本のうち、1本を売り場へ戻す。合計、2,390円。完璧な買い出しだった。


 午後3時からのSSTは、『○○といえば?』という質問にみんなで一斉に答えて他人の回答に合わせる、というテレビのバラエティーでもよくある簡単なゲームでウォーミングアップをしたあと、患者がいま抱えている不安や悩みについてディスカッションした。
 参加したのは僕のほか、福井さん、勝瀬さん、米窪さん、町坂さん、周さん、黒部さんの患者7人と、進行役の牛本主任、葉山看護師と作業療法士(OT)の一宮さんの計10人。
 僕以外の患者は、離婚歴のあるなし、子供のあるなしの違いはあっても、それぞれ家庭を持っている。退院後、家庭での自分の居場所や、夫として、父親としてのありかたに不安を抱えているのはどの患者も共通の悩みだ。

「精神科っていうのは、もっとカウンセラーが身近なものだと思ってたんだけど」
 と、町坂さんが発言した。
「カウンセリングをもっと活用したくても、全部ドクターの判断になってしまうし」
 これは僕が抱いていたのと同じ疑問だった。僕もカウンセリングを受けたいという点では町坂さんに同調した。ただ、その理由が僕の考えとは少し違う。
「ミーティングや学習会に出ても、具体的な答えが見えてこないんだよね。レクでバレーやってても、楽しいんだけど、ふと『俺こんなことやってていいのかな』と思ってしまう。やっぱり不安が常にあるんだよなあ…カウンセリングで、もっとバシッと方向を示してもらえればありがたいんだけど」
 町坂さんの言う通り、どの患者も何かしらの不安、特に退院して社会復帰したあとのことを思うと、四六時中不安につきまとわれている。あまり不安に取り憑かれると、心が内向きになって鬱をさらに誘発する。レクや創作、料理などは作業療法である一方、そうした不安から一時的に解放される時間を与える側面があると思う。ただそれがかえって「現実から逃げているだけでは」と余計に不安を煽ってしまうのかもしれない。
 ただ、カウンセリングで患者の進むべき道筋が示され、不安が解消されるとは限らない。むしろ、そんなことはあり得ないのでは、とさえ僕は思う。
 患者に寄り添う側の看護師さんたちも、簡単に答えを導くことができないもどかしさを感じているためか、少し重苦しい雰囲気になってしまった。

 SSTの途中で、患者会の新旧役員業務引き継ぎ会議の時間になったため、現会長の町坂さんをはじめ関係する4人が中座し、僕と勝瀬さん、黒部さんの、53号室の患者3人になってしまったが、もう少しだけ続けようということになった。
 一宮さんが、カウンセリングに過剰に期待するリスクを指摘した。
「カウンセリングって、例え何かの方向性を示されたとしても、それは占いと似たようなもので、それに従っていけばいい結果につながるとは必ずしもならないと思います。簡単ではないですけど、やっぱり方向性は自分で見つけて、不安と向き合っていかないといけないんじゃないでしょうか」
 そのために、彼女のような作業療法士がレクや料理や創作などを通して、患者自身が自分の方向性を見つけていくサポートをしているのだ。一宮OTの言うことは正論だ。
 だが、僕がカウンセリングを受けたい理由は別にあった。
「町坂さんの考えは分かりませんが、僕は自分の方向性を誰かに示してもらえるとは思っていません。ただ、僕はお酒を飲むことであらゆる面倒から逃げることを覚えてしまって、その結果、飲まないと人とのコミュニケーションはおろか、自分に価値を見出だすこともできなくなってしまいました。すぐに『どうでもいいや』と短絡的に考えてしまいます。全部、僕のココロの問題だと思います。この問題が改善できないと、退院してもまた同じことを繰り返すだけです。カウンセリングで、僕のココロの弱さや問題点を洗い直して、改善につなげていく手助けをして貰えるものなら、入院している間にぜひお願いしたいんです」

 これは僕の病気だ。アルコール依存症の患者には医師も看護師も、患者をお酒から遠ざけ、離脱症状や慢性化した疾病の治療に尽くしてくれる。AAや断酒会などでお酒を飲まない誓いを共有するのも大切なことだ。でも、お酒を飲んでしまうに至るココロの問題は、自分で何とか解決策を見出だしていくしかない。そのために、心理士によるカウンセリングというサポートが必要なのだ。

 人は誰でも、何かしらに依存して生きている。でも、大部分の人は健全で、病気ではない。依存症の人とそうでない人の違いについて、牛本主任は以前僕に「生活の破綻」を挙げた。主任や葉山看護師、一宮OTは生活が破綻するほど何かに依存してはいない。大勢の人がそうであるように、『あっち側』の人間だ。同じ空間にいて、『こっち側』との間には明確な線引きがされる。依存症という病気は、回復はできても完全治癒が不可能だ。いちど『こっち側』に来た僕らは二度と『あっち側』に戻ることはできない。
 そうだとしても。
『あっち側』と『こっち側』の境界線の中に、僕自身が回復につなげることのできるヒントがあるような気がする。

 これは、僕のココロの病気なのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-07-14 23:16 | カテゴリ:料理
(※スリップから7日目)
 朝6時半、もういいだろうと勝手に判断して、4階玄関前のラジオ体操に久しぶりに参加した。今日で退院するカナちゃんも一緒だった。
 実際、朝食後に詰所で確認したところ、僕の外出制限は飲酒申告のあった先週月曜から1週間ということで、一昨日には解禁になっていたということだ。

 5月14日でビギナーミーティングが終了したため、今日は少し早い10時からセカンドミーティングに参加した。先週は4階に移されていたため、今日が初参加となる。事前に100円で購入したテキストを使ってのミーティングで、第①~⑧回までのチャプターに分かれている。セカンドミーティングでは第①~④回まで、第⑤回以降はサードミーティングで進めていく。
 今日は第②回『回復について』の項で、学習会と同じく第④回の翌週はまた第①回に戻るという仕組みだ。担当は理科の教師みたいな男性心理士で、入院して間もない先月末の学習会で『私はどんな人?』のプリントを書かせた心理士と同じ人だと思われる。
 参加者は10人前後で、一行ずつテキストをを読み上げさせ、淡々と進行していく。タイトル通り回復のステップについて書かれたものだが、このワークブック形式のテキストにはいくつかの質問と回答欄があり、各々に記入させて発表を促し、回復のありかたや具体的な目標について考えていく学習プログラムの様相が強い。無理もないことだが、正直テキストにはごく一般的な内容しか書かれていない。患者の回答も、心理士が発言させて一方的に見解を述べていくような展開で、充実しているとは思えなかった。


 ミーティングが始まる直前、廊下でカナちゃんに会った。これからすぐ退院だという。2週間という短い期間だったが、精神科の病棟で21歳の女の子と寝食を共にする機会はそうそうない。僕が言えた立場ではないが、二度と同じ失敗で戻って来ないで欲しいと思いつつ、それは口には出さずに彼女と別れた。

 昼食後には、勝瀬さん、米窪さんと散歩へ出た。徒歩でスーパー柏ノ丘店まで行き、ふたりの買い物に付き合って戻っただけだが、久しぶりに歩いた外の空気は、もうすっかり初夏の陽気になっていた。


 午後4時。金曜の料理の打ち合わせをデイルームで行った。米窪さんと山形さんは師長から参加ストップがかかり、患者のメンバーは新しくリーダーになった節子さん、今回から加わった洋子さんと、草刈さんに僕、さらに作業療法士の一宮さんが集まった。看護師さんふたりを加えると7人、活動継続が微妙な状況だったが、「じゃあ俺もやるよ」と平嶋さんが加わり総勢8人、予算は2,400円となんとか体裁を保てる格好となった。
 先週の青椒肉絲のあと、節子さんの提案で決まった『鱈のミートソースがけ』だが、鱈が高ければ鮭で代用しようという節子さんに対し平嶋さんが、
「安いのは鶏だよ、鶏にしたらいい」
と言い出した。魚から鶏という、もはや別物の料理の話へ方向転換していった。
 確かに鶏、特にムネ肉なら安いのだろうが、先週のグループメンバーで決めたのは何だったのか。節子さんも、
「もしモモ肉が安かったらモモにして」
 と、早くも当初の魚プランを捨ててしまったようだった。
 それでも最初に決めたことにこだわる僕は食い下がった。
「まあ、もし鱈が安かったら鱈、次の候補は鮭、鶏モモ、ムネの順で一応いきましょうよ」
 平嶋さんはそれでも「魚は高いって」と譲らなかったが、結局は店頭で判断することで押し切り、内科の回診がある平嶋さんと、脚の悪い節子さんを除いた草刈さんと洋子さん、それに僕の3人で買い出しへ行くことになった。
 実際、僕もこの予算で鱈が8人分も買えるとは思っていなかった。ただ、いったんみんなで決めたことを、あとから参加した人があっさり覆そうとするのが気に入らなかったのだ。結果的に鶏になろうがカマボコになろうが構わないのだが、いちおう当初のプランを優先させるのが筋だろうに。店頭で確認もしないで妥協したくなかったのだ。
 正直僕は、自分の判断で買い物をしそうな平嶋さんが買い出しに加わらなくてホッとしてしまった。


 米窪さんは、昨日から肝臓食の制限メニューになっている。転院先の病院での食事はストローで吸えるような重湯程度だったそうだが、柏ノ丘での肝臓食は塩分は抑えられるものの、メニュー自体は通常食と大差はない。それでもあんパンだのカップ麺だの間食は厳禁ということだ。当たり前だが。
 昨日、管理栄養士の女性が米窪さんのベッドを訪ね、肝臓食について説明しているのをカーテン越しに聞いていた。ふと、どんな栄養士さんなのか気になって、さりげなくチラ見してみた。マスクをしていて表情はよく分からなかったが、パッチリした目の美人で、スマートな女性だった。
 ぱんぱんに太ったり、ガリガリに痩せた栄養士なんているのだろうか。米窪さんによると、今までそういう栄養士には会ったことがないそうだが、
「もし会ったら、あんたで大丈夫かって俺は訊くよ」
 と言っていた。


 夕食後の院内AAは『ヒナドリ』グループのミーティングに参加した。男性がふたり来られていて、患者の参加者は僕を含めた7人だったが、このところ体調を崩して咳がひどい福井さんが途中で退席した。
 進行を担当したメッセンジャーの男性は現在63歳と言っていたが、もっと老けて見えた。現在は温和な顔立ちだが、お酒を飲んでの問題行為から刑務所に服役していたそうだ。出所後にこのAAグループを紹介されたがすぐに通わなくなり、お金がないのに飲酒欲求を抑えきれず万引きを繰り返し、挙げ句に警察に突き出された。その際、これは依存症という病気が原因なのだと熱心に説明、擁護してくれたのがAAグループのメンバーだったという。そのおかげで刑務所へ逆戻りすることなく、真剣に断酒と向き合うようになったという話だ。
 また、仕事の面接では開き直った気持ちで、自分がアルコール依存症であることを正直に伝えたところ、面接担当者が「私の姉もアル中で苦しんでいる」と告白され、それが縁で採用に至ったという。
 すべての依存症者がこの男性のようにいくわけではない。この方は最後にこう結んだ。
「同じように酒に溺れたかつての仲間は、みんな亡くなりました。私は奇跡の回復なのだと、私自身そう思っています」


 今日も最後はオヤジどうしで大富豪となった。いつものメンバーのうち、いちばん強かった患者さんが今日退院したため、4人でのゲームになった。
 今夜僕は『革命』を起こし、そして勝った。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。