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2014-07-14 07:45 | カテゴリ:院内生活
(※スリップから7日目)
 入院した当初に比べても、看護師詰所へ入るのに明らかに抵抗を感じるようになってきている。カラダがというより、アタマがだ。
 デイルームに隣接した詰所は、いわゆる「ナースステーション」だが、患者も出入りして点滴を受けたり、分からないことを訊いたり、その他様々な相談が持ち込まれる。もちろん用事がなければ行く必要はないのだが、町坂さんのように頃合いを見て世間話をしに足を運ぶ、看護師さんとのコミュニケーションの場として利用する患者もいる。
 そのため看護師さんも、どんなにしょうもない案件でも聴いてくれるし、何かあれば「詰所へ来てください」と一様に口を揃えて言う。ときどき忘れるがここは精神科で、僕のようにココロが不安定な人も入院している。職員にいつどんな危害がおよぶか分からないため、患者の対応は基本的に詰所の中で行うのだ。と、僕は思っている。

 毎食後に薬を飲むため、僕は1日に少なくとも3回、詰所のドアをノックする必要がある。ただ、狭い室内で常に患者の対応に慌ただしい詰所は、僕にとってはとても落ち着かない場所だ。とっとと薬を飲んで、早急に立ち去らないといけないような気に、勝手になってしまう。だから世間話はおろか、例え相談があってもなかなか切り出せない。
 基本的に、薬は詰所の中で飲んで、薬の入った小袋は返さなければならない。患者が意図的に薬を飲まないことを防ぐためだろうか。そうでなくても毎日同じことを繰り返していると、患者のほうも薬を飲み忘れることは多々あるし、服用の上限も決まっている。ある程度経っても患者が薬を貰いに詰所に現れないときは、看護師さんのほうから呼びに行くことになる。結局、必要な患者全員が薬を飲んだことを確認しないと、看護師さんも自分の食事休憩ができないのだ。

 食事の時間になり、病棟にアナウンスが流れると、4階の配膳室から専用エレベーターで運ばれてきたワゴンの周りに、自分の食事トレーを取りに患者がわらわらと集まって来る。
 僕の場合、そもそもそのわらわらぶりが苦手なこともあり、ひと通り混雑が解消し、みんながデイルームなり病室のベッドなりで食事を始めた頃にワゴンへトレーを取りに行く。せっかちな職員のおばちゃんが、僕がベッドで寝ているのかとわざわざ呼びに来ることもある。
 食べ始めが遅いうえ、だいぶ気にならなくなったとはいえ歯茎の腫れもあるので、食べ終わるのもみんなより遅くなる。せっかちな職員のおばちゃんにワゴンを片付けられてしまうこともあるが、そのときは所定の場所へトレーを返しておけばいい。
 全員が同じくらいのタイミングで食べ終わると、食後の喫煙室が混み合うが、僕が食事を済ませる頃にはそのラッシュも過ぎていて、僕にとっては具合がいい。
 そういうふうに、みんなと歩調をわずかにずらすことで、これまで僕は集団を避けてきた。意識してというよりも、いつの間にかそうなっていたようだ。
 ただ、これについての善し悪しはともかく、混雑を避けて薬を貰いに行くのにはちょうどいいと思っていた。けれども実際は、食事のあとの看護師詰所というところは、僕の想像よりもはるかに忙しい場所だった。
 ひとくちに薬といっても、患者によって種類も量もまったく異なる。かといって、当たり前だが配薬の取り違えはあってはならない。粉薬は飲みにくいし、年輩の患者は特に注意が必要だ。「今日から朝食はパンを頼んだのに、ご飯がでた」などと食べたあとから言ってくる患者もいるし、「味噌汁をこぼした」「お粥が熱すぎる」「グリーンピースが抜かれてない」その他味が濃いだの薄いだの、食事を済ませて外出する患者のチェックだの、挙げればきりがない。
 常に誰かが誰かの対応に追われているピーク時の詰所は、ドアも開けっ放しだが、次第に「たかが俺ごときの薬」のためにそこへ入っていく勇気はなくなっていった。
 そのうち僕は、詰所の前の廊下でひと通り落ち着くまで、マイカップを持ったままじっと待つようになった。まだしばらく時間がかかりそうだと思ったら、喫煙室や自分のベッドで待つこともある。そうすると、薬を飲みに来ないことに気づいた看護師さんが、僕を呼びに来てくれるだろう。
 結果的に、看護師さんの手を煩わせることになっているし、気の遣いかたが間違っていることは分かっている。呼ばれて薬を貰いに行っても、途中でほかの患者が詰所に入って来た途端、大急ぎで出て行かなければいけないような気に追いたてられる。ついには呼ばれても詰所には入らず、ドア前で薬を貰って飲むようになった。
 僕が詰所に入りたがらないことは看護師さんの間には浸透しているようで、オオカミが赤ずきんちゃんをお婆さんの家へ招き入れるように、あの手この手で僕を詰所の中へ入れようと画策している。

 今日の昼食後は、薬を貰うタイミングを完全に見誤った。喫煙室でタバコを吸っていると、小里看護師が呼びに来るのが見えたので、すぐに目で返事をした。水の入ったマイカップは準備していたので、タバコを吸い終えてから詰所へ向かったが、中では患者と看護師さんが何かやり取りしているようだ。普段開いているドアは閉まっている。
 薬を飲むだけなのだし、小里さんが「来い」と呼んだのだから、さっさとドアをノックして、ぱっぱと薬を飲んで、とっとと出て行けばいいだけのことだ。それだけのことなのに、僕には詰所の中の様子が「大変なお取り込み中」に思えて、足がすくんでしまうのだ。
 ―― そうだ、薬を飲むだけだ。飲むだけだから…あとでいいか。
 と、廊下にある靴用のロッカーの上にマイカップを置いたまま、ベッドへ戻ってしまった。
 ―― たかが薬を飲むだけで、何をやってるんだ、俺は。
 健全な思考の人には理解しにくいと思うが、僕の厄介なところは、こういう取るに足らないことでいちいち気分が落ち込んでしまうことだ。都度、ヘコんでしまうのだ。自分でも些細なことだと分かっているのに、なぜだか悲しい、切ない気持ちになってしまう。
 しばらくしてまた、看護師さんが僕を呼ぶ声がした。返事をして、再び詰所へ行ってみると、ドアは閉まったままだがマイカップだけが持ち去られている。
 中の様子は落ち着いているようだが、いつまた突然「取り込み中」になるとも限らない。完全に、ダブルダッチに入るタイミングを見失っているのと一緒だ。
 ―― ええい、入ってしまえ。
 意を決してドアをノックする。ノブを回して押し、わずかな隙間から顔だけそっと覗いてみると、沼畑師長と目が合った。待ってましたとばかりに、
「あら。どーぞいらっしゃい。入って入って」
 と、久しぶりに姿を見せた顔馴染みの客を逃すまいとスナックのママ状態で僕を迎え入れた。すかさず小里看護師が僕のマイカップを差し出して微笑む。
「カップを人質にして待ってました」
 やり手の若いホステスにしか見えない。

 その後、師長に僕の話を聴いてもらった。入院してから、最近特に、ほかの患者とも看護師さんともうまくコミュニケーションが取れなくなっている気がして、詰所へも入りづらいこと。すべては僕のココロの問題に起因していて、それを解決する手段のひとつとしてカウンセリングを受けたいと思っていること。これまで牛本主任や千葉看護師にも話したことを含め、今僕が考えていることを吐き出すように口にした。

 その中で、僕のココロの弱さを示す例として、入院7日目のCT検査の朝の件を師長に話した。検査の事前連絡がなかったため、僕の朝食だけ用意されていなかったことを、病院から「忘れられている」と思い込んだ一件だ。僕はあのとき、自分で確認することを怖がり、朝食は要らないと決めた。主張すべきことを主張せず、朝食を摂るという「目的」を捨てたのだ。

 もうひとつ、最近よくある小さな出来事がある。
 食事のあとはみんなそれぞれ、自分の使った箸やスプーンなど自前の食器をデイルームの流し台で洗う。食べたら即洗う人もいれば、食後のコーヒーなどでくつろいで、『花子とアン』なんかが終わったところで流し台に向かう人もいる。みんな自分のよきところで食器を洗うので、いくら僕が食事を始める時間を遅らせても、どうしても箸を洗うタイミングがぶつかってしまうことが多々ある。
 当然、僕の前に流しを使っている人がいれば順番を待つわけだが、後ろにぴったり張りついて待つのは相手を急かすような気がして悪いので、少し遠巻きに、かつテレビを観ている人の邪魔にならない位置を探して待つことにしている。少なくとも僕は、自分が流しを使うときにすぐ後ろで待たれるとプレッシャーを感じてしまうからだ。
 ただそれが、誰の目からも僕が箸洗いの順番待ちをしているように見えないものだから、前の人が洗い物を終えると、すぐに別の人が横からすっと入って来て、自分の洗い物を始める。これが何度か繰り返され、僕はその光景をマイ箸とマイカップを持ったまま、ただぼーっと眺めることしかできないでいる。
 要するに僕は、「自然な流れに乗れない」のだ。やっぱり、回転するダブルダッチの縄に飛び込めないのと同じだ。そのうち箸を洗うのもどうでもよくなり、薬を飲むのもどうでもよくなり、食事をするのもどうでもよくなる。別にふてくされているわけではない。ただ「どうでもよく」なり、なんとなく悲しくなるだけだ。

「今の話で、まずひとつ間違ってるのは、お箸を洗えないことが『食事をしなくていい』につながっちゃうこと」
 沼畑師長は看護師らしく、まず真っ先に僕の身体を気遣った指摘をしてくれた。それは分かったうえで、僕は誤解がないよう説明をする。
「箸の件がただちに『食事をしない』ということとイコールになるわけじゃありません。ただ、CT検査の日の朝食の件もそうなんですが、そういう、はたから見れば取るに足らないようなことでいちいち悩んで、その積み重ねがあって、短絡的に『もうどうでもいい、メシ食わなきゃいいや』っていう結論につなげちゃうんだと思うんです」
 師長は「うーん、そっか。なるほど」と理解を示したようにいったん引き込んで、すぐに僕の自己否定を排除にかかった。
「でもね、はたから見れば取るに足らないことでも、本人にとってはすごく大問題なんだから、悩むことを気にしちゃダメ」
 あからさまではなく、そのさりげない肯定が嬉しかった。嬉しさついでに、ひとつ本音を漏らした。
「単純に、自分が傷つきたくないから、最初から勝手に防御線を張ってしまうんです。詰所へ行くのに抵抗があるのも、『この忙しいのに、どうでもいいことでいちいち来やがって』って思われたくなくて」
 実際、看護師さんの誰かがそんなふうに思うはずなんかない。分かってるのにネガティブに考えてしまうのは、僕が人を信じられない歪んだ思考の持ち主だからなのか。看護師さんに対してとても失礼なことだと、言ったそばから慌てたが、師長は笑って、
「大丈夫。ホントにどうでもいいことで来る患者さんはいっぱいいるから」
 と受け流し、優しい口調ながらも核心的なことに触れた。
「大切なのはね、ごはんを食べるにしてもお箸を洗うにしても、それが目的でしょ? その目的を捨ててまで守らないといけない価値が本当にあるのか、っていうことだと思う」
「守らないといけない価値」―― それはつまり、自分が傷つきたくないということだ。自分が傷つきたくないがために目的を捨てることに、本当に価値があるのだろうか。

「看護師さんや先生にすべて何とかしてもらおうとは思ってません。昨日の学習会で師長が言ったように、依存症が完治しない病気だってことも理解してます。だいいちこれは、僕の病気ですから。でもこの1クールで皆さんの力を借りて、何かを拾って退院したいんです」
「1クールを終えて退院するとき、サトウさんは何が変わっていればいいかなあ。…お箸がちゃんと洗えるようになるとか」
「さすがにもうちょっと、高い目標にしたいです」
 そう言うと、「だよね」と師長は笑った。


 既に午前11時半を回り、レクの時間を過ぎていたので、僕は師長にお礼を言って詰所を出た。師長に話したことはすべて本心だが、あとひとつだけ、僕には自分で分かっていることがある。あまりに幼くて恥ずかしいので、言わなかった。
 米窪さん、周さん、高津さん、平嶋さん ―― この53号室だけでも、身体に大きな疾病、疾患を抱えた患者がたくさんいる。5ーB病棟全体でもかなりの人数になるはずだ。看護師さんは四六時中、そんな患者の様子を気にして看護を続けている。
 肉体的には健康な僕は、自分がスルーされているような気がしていた。無力感の原因のひとつはそれかもしれない。

 前にも書いたが、僕は優しくされたいのだ。構ってもらいたいのだ。要するに、甘えているのだ。


 体育館へ行くと、相変わらずミニバレー組がへとへとになって、ゲームに夢中になっていた。いつの間にか詰所を出てバレーに加わっていた小里看護師が僕を誘ってくれたが、今回も遠慮した。
 これまで僕が使っていたエアロバイクが故障しているとかで、仕方なく別の台で時間まで汗を流そうと思い、サドルにまたがりペダルを漕ぎ始めた。
 レクにも興味を示していた洋子さんの姿が見えなかったので、隣でバイクに乗っていた作業療法士の一宮さんに尋ねたところ、洋子さんはエアロバイクで軽く運動して、30分ほどで引き上げたという。どうやら行き違いになったようだ。いきなり1時間ぶっ通しで運動するのもキツいだろうから、無理もない。

 ふと、ペダルを漕ぎながら、もう1週間以上シャワーも浴びていないことに気付いた。頭こそ昨日洗ったが、外にも出られず汗もかくこともなかったので着替えもそこそこだ。エアロバイクで汗をかいたら臭うかもしれない、というかもう既に臭っているかもしれない。あらかじめ断っておくのが礼儀と、一宮さんにその旨を伝えた。
「えー? どうしてですか?」
 当然そういう質問になる。
「ここんとこ、何をするのも面倒で…」
 一宮さんは作業療法士(OT)だ。料理や革細工のARPに当たっている。また余計なことを言ったと思った。
「もちろん、こないだの料理は楽しかったです。でも今はあれが精一杯で。集団に入るのが怖くて、バレーもまだ一緒にやる気がしないんです」
 言い訳も精一杯だ。そういうときは口数も増える。
「自分に価値を見出だせないんです。生きづらいなって思います」
「そういう患者さんに、少しずつ活力や自信をつけて貰うための、レクや料理や創作なんですよ」
 その通りだな、と思った。
「サトウさんが思う、生きやすい社会ってどんなのですか?」
「うーん…」
 これは予想外に難しい質問だ。
「世界から、争いが完全になくなった社会ですかね」
 自分でも、何を言っているのか分からなくなってきた。

 気がつくと、20分余りで10㎞を走破していた。負荷が軽いとはいえ、壊れているのはこっちのバイクじゃないかと思わず疑った。
 レクの最後に、片付けをしながら一宮OTが僕に言った。
「この1クールで、いい生き方ができるための何かが見つかるといいですね!」

 僕は、たくさんの人にサポートされている。

 その晩、昨夜と同じメンバー5人で再度大富豪をやった。
『革命返し』が出た。でも勝てなかった。なかなか簡単にはいかないものだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-12 15:07 | カテゴリ:院内生活
(※スリップから6日目)
 昨夜、カナちゃんから励まされたにも関わらず、無気力で鬱屈した気分は変わらない。
 昼食後、安定剤のジアゼパムが本当に効いているのか、飲むふりだけしてこっそりベッドへ持ち帰ってみた。ジアゼパムは不安を和らげ、気持ちを落ち着かせる効果があると聞いたが、今の僕は緊張しているわけでも不安なわけでもない。ただ無気力で気分が沈んでいるだけだ。

 午後2時からの月曜学習会。5回目の今日は『⑨ 生活の建て直し』がテーマで、沼畑師長が担当するという。先週と順番が前後しているのは、日程表に記載された予定に変更があったためだろう。

 師長の担当ということで、いちばん前列で受講しようと思って教室へ向かった。いつも前のほうは空席が多く、この日も最前列の中央が空いていたのでそこに座った。
 既にパソコンとプロジェクターの前で開始待ちをしていた師長は僕に、
「サトウさん、大勢の人の前で喋るときって、どこを見てたらいい?」
 と訊いてきた。まったくそうは見えないが、昨日からずっと緊張しているのだという。
「漠然と、遠くを見ながら話すのがいいと思いますよ。聴き手と目が合うと言葉が飛んじゃうことがありますから」
 はばかりながら、僕が芝居で経験して思ったことを答えた。ついでに、
「でも、話のポイントでこっちから相手を睨みつけてやるとメリハリがでます」
 と、余裕のない相手を混乱させる一言を付け加えておいた。
 無気力ではあっても、師長の担当する学習会はきちんと聴いておきたかったのは本当のところで、まだ僕はすべてを投げ出したわけではないんだと、自分で気がついた。

 約30分後。予定の1時間を大幅に巻いて学習会は終わった。「きちんと聴いておきたかった」から最前列中央に座ったはずの僕は、ほとんど睡魔に負けてしまった。

 レクチャーの内容については、おもに次のようなものだ。

○依存症は完治できませんが回復はできます
○離脱期から1年ほどの間にはいろんな症状や気持ちの変化があります
○依存症者の生活建て直しには医師や看護師のほかにソーシャルワーカーや作業療法士(OT)への相談が大切です

 これまで何度も聞いた、ごく一般的な話に終始したため、どこに座っていようが眠たくなる。後ろの席にいた米窪さんの話では、立ち会いの看護師さんの中にも寝ている人がいたらしい。ただしこれは、それだけ依存症が抱える問題に、型通りのレクチャーで簡単に断言できるような答えがないということなのだ、と解釈することもできる。
 沼畑師長はあとで、
「私の話って、何かα波が出てるみたいなのよね」
 と分かるような分からないような言い訳をしていた。


 今日の夕方4時からは、来月の各病室の室長による、患者会の役員選出会議があったようだ。
 通常、月に1回病室ごとに部屋ミーティングというのが行われるが、僕はまだ参加したことがないので、そこで何が話し合われるのか知らない。そもそも米窪さんの転院で、53号室の今月の室長が周さんに代わった、というか押しつけられたことは知っているが、来月の室長がいつ、誰に決まったのかも知らない。

 昼過ぎ。デイルームで米窪さんと雑談していると、平嶋さんがやって来た。
「米窪さん。今日の室長会議、出席頼みますね」
 そう言うと、そのまますーっと立ち去った。
「米窪さん、来月の室長になったんですか?」
「え、聞いてないけど。今日は周さんが出るんじゃないの?」
「でも周さんは今月の室長ですよ。今日は来月の室長が集まって、来月の患者会の会長とかを決めるんでしょ?」
 患者会の役員は、会長、副会長のほか、テレビ係、レク係、食事の座席係などがあるらしい。具体的に何をやるのか僕には見当もつかないが、漏れ伝わる情報によれば、レク係がいちばん楽だ、という話だ。
「6月の室長は、もう決まってないといけないはずですよね。誰か知ってます?」
「いや、知らない」
 どうして平嶋さんは米窪さんにそんなお願いをしたのだろう。たまたま近くを通りかかった周さんに訊いてみた。
「周さん。今日の室長会議は周さんが出るんですか?」
「ボクじゃない。今日、ヒラシマサンが出るって聞いたヨ」
 察するに、牛本主任あたりからなし崩し的に来月の室長を頼まれた平嶋さんが、なし崩し的に米窪さんに室長を押しつけたと思われる。
「何か、たらい回しですね」
「いいよ。面倒なの嫌いだから、俺が室長会議出るよ」
 突然転院したことで、いちど引き受けた患者会の会長を退き、53号室の室長も途中交代した申し訳なさもあったのかもしれないが、こうしてこの瞬間、極めてなし崩し的に、53号室の来月の室長が決まった。
「なし崩し」「たらい回し」。入院に際して病院事務局だの役所だの、各種申請の融通の利かなさや後手に回った対応に、患者が不満を口にするのを何度か聞いたが、偉そうなことは言えない気がした。


 米窪さんや勝瀬さんなど、同じ病室の一部の患者とこうした雑談をすることはあっても、僕は最近、ほかの患者と談笑することがほとんどなくなった。入院当初に戻ったようだ。被害妄想も強く、看護師さんも周囲の患者も僕を素通りしているみたいに思えてしまう。また人が怖くなってきた。
 口を開けば不満や文句を言ってしまいそうで、話をすることに臆病になっている。

 午後6時。夕食のトレーをベッドサイドのテーブルに置いたまま、口をつけず悶々としていた。サンダルを脱ぐのも億劫で横になっていたら、いつの間にか時間が過ぎていた。
 僕が食後の薬を飲みに来ないので、夜勤当番の東郷さんという若い男性看護師が様子を見にやって来た。夕食に口をつけていないことに気付いて「あらら」と漏らし、心配して声をかけてくれた。
「調子悪い? 食欲ないですか?」
「…面倒臭い…」
 と僕は、自分でも困ったと思う答えをした。
「食べるのが面倒臭いの?」
「全部…」
 ますます困った会話になる。
「ここにお薬あるけど、お昼に飲まなかったの?」
 今日も昼食後のジアゼパムを飲まなかった。ベッドサイドのテーブルにそれを放置してあったのを、東郷看護師は見逃さなかった。
「飲んでもちゃんと効いてるのか、飲まないで確かめてみようと思って…」
「で、どうだった? 効いてるか分かった?」
「よく分かりません…飲まないよりはマシだと思うけど…」
「うん、お薬はちゃんと飲んで欲しいなあ。とりあえずこれは回収します。夕食後の薬はいま持って来るから。食欲なかったら無理して食べなくても、薬は飲んでね」
 そう言っていったん戻りかけたが、
「何かあったら詰所へ来てくださいね」
 と気遣ってくれた。僕は申し訳ないと思う反面、それすらもうっとうしくなり、
「行きたくないです」
 と子供が駄々をこねるように拒絶した。東郷看護師はその距離を埋めるように、
「来いよォーっ」
 と、僕の足を揺らして、甲高いこえでヒャハハと笑った。
「夜中の3時になったら行きます」
「望むところです、ヒャハハ」
 そう言って、薬を取りに戻って行った。
 結局僕は、1時間近くかけて夕食を摂り、素直に薬を飲んだ。

 もたもたとトレーを片付けたあと、喫煙室でタバコを吸っていると、峰口さんに声をかけられた。
「トランプやりませんか?」
 柏ノ丘病院にもう1年ほど入院しているという峰口さんはときどき、イタズラにでも付き合わせるように上目遣いではにかみながら、あえて丁寧な言い回しをする。
 僕が加わって盛り上がるとは到底思えなかったが、断る理由も見つからず、その後僕を含めたおっさん5人で1時間近く大富豪をやることになった。

 途中、父から携帯へ連絡が入った。既に午後8時を過ぎていて、父は相変わらず酔っていたが、入院2日目の晩にかかってきたときほどではなかった。例の、入院費の限度額適用認定証の交付を気にしての電話だ。本当はこちらから一報を入れるべきだった。僕は現状を説明し、会社で確認中であることを伝えた。父は了承し、ほかにいるものはないか、所持金は大丈夫かと訊いてきた。
 僕は当面は問題ないが、必要になればこちらから連絡して相談すると答えた。
 実際お金に関して、携帯電話の料金を除けば、入院生活で必然的にかかるのはタバコ代と1回 200円の洗濯代くらいだ。タバコの量は入院してからというもの、確実に増えている。なんとか抑えないといけない。
 母は「いい経験だと思ってゆっくり休みなさい」と、こちらも相変わらず楽天的だが、明るい口調で励ましてくれた。

 オヤジどうしでのトランプと、久しぶりに両親と話したことで、少しは気持ちが晴れたかもしれない。深夜3時に詰所へは、もちろん行くはずなかった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-11 14:02 | カテゴリ:院内生活
(※スリップから5日目)
 僕が鬱病であろうがなかろうが、鬱屈した気持ちに変わりはない。そしてそれから逃げ出すため、アルコールに依存していることも事実だ。

 今日も寒い日だと、みんなで話している。確かに喫煙室の換気口からは冷風が流れている気もするが、別にどうでもいい。ベッドに転がっているか、喫煙室で意味もなく時間が過ぎるのを待つ。入院当初に戻った感じだ。

 夕食までの時間をベッドでうだうだしていると、若い男性看護師さんに声をかけられた。
「サトウさん、食事どうしますか? 食べられますか?」
 午後6時25分。まもなく院内AA「アカゲラ」のミーティングが始まる。食事の取り置きは衛生上1時間までとなっていて、それ以上過ぎると廃棄される。もちろん、食事代はかかってしまう。
「7時までは詰所に置いとけますけど、どうします?」
 AAに参加すると、終わるのは7時を過ぎるので夕食は廃棄だ。外出禁止のため夜食を買いに行くこともできない。別に食べなくてもいいのだが、棄てられるのは抵抗がある。
「AAに行かないと…」
 半分起きて半分寝ているような状態で、頭が働かない。
「詰所に置いとけるのは7時までですが、どうしますか?」
 同じことを言われた。困っているようなので、食事をいただくことにした。
「先に食べてからAAに行ってもいいんじゃないですか?」
 そう言われて、急いで夕食をかき込んだが、何だかどうでもよくなってきた。結局今日は、AAには行かなかった。


 喫煙室で誰とも喋らずタバコを吸っていると、勝瀬さんと福井さんがAAから戻って来た。
 昨日の朝に外泊で一時帰宅した勝瀬さんは、家事をしながら奥さんの帰りを待っていたが、お店を終えて戻った奥さんは、想像以上にナーバスになっていたという。ちょっとした水の流しっ放しや、テレビを観ながら勝瀬さんが笑い声をあげるたびに辛く当たったそうだ。
 そうなったのもすべて自分のせいだと、勝瀬さんは奥さんの言わせるがままにして黙って聞いていたということだが、一度破綻しかけた関係を修復するのはそれだけ難しいものなのか。勝瀬さんは、
「病院から止められてでも、もっと家に帰ってヨメさんと向き合う時間をつくらねえとダメだな…」
 と話していた。
 福井さんも、おそらくお孫さんに会うためだと思うが、別れた奥さんと電話で連絡をとる際に激しく叱責されるのだという。眠剤の影響で呂律が回らないのを、お酒を飲んだと誤解されているようだ。それほど信用を失っているのだといえば、そういうことになる。

 先日のAAで米窪さんが、転院中に家族が一度も訪ねて来なかったことをぽつりと言った。大学受験を控える長男と中学生の次男を抱え、奥さんひとりで働いて家庭を支えている現状だ。退院後の生活を考えるうえでも、米窪さんは一時帰宅のための外泊を勧められているが、帰りたくないという。隠れて飲んでしまいかねない、飲まずにいられる自信がないとも話していた。
 そして退院したら、そのまま重機をチャーターしてどこかへ出稼ぎに行くつもりだ、と僕に打ち明けてくれた。


 深夜11時~0時の間は、詰所へ出入りする患者が多くなる。11時に喫煙室が施錠されてからベッドへ入る人が多いのと、眠剤の追加服用が0時までと決められているからだ。さらに日付が変わったあとも安定剤などを貰いに、眠れない患者がたびたび詰所へ足を運ぶ。
 僕は0時半になるのを待って、夜勤の千葉看護師のいる詰所へ行った。千葉看護師とは月曜に、麻友美さんの部屋から電話して飲酒を申告したとき以来だ。

 みんな、アルコールで失ったものの根は深い。それに比べて僕はどうか。父と母のことはあるが、僕には自分の家庭がない。深刻な疾病や疾患も今のところはない。幸いなことに、仕事もまだクビになっていない。ただ、やりたいこともやれることもなく、自分に価値を見出だせない。そんな奴が、ここにいていいのだろうか。僕は薬は要らない。そんなもの飲まなくても、明日仕事へ行くプレッシャーがない分、今はよく眠ることができる。そんなもの飲んでも、弱い自分を強くすることなんてできない。
 僕は、強くなりたい。

 千葉看護師は相槌を打ちながら僕の話を聴いてくれたあと、
「この病気は、人と比べるものじゃないから」
 と穏やかに言った。それは分かっている。病院のスタッフに「治してもらう」というものではないことも、自分で解決しなければならないことも分かっている。でも、自分で踏み出すその一歩の方法が分からない。
「サトウさんはもう、一歩踏み出せたじゃない。初めての入院で院外の自助に足を運べる人はなかなかいないのよ」
 確かに僕は、ほかの患者の助けを借りて院外のAAに参加した。でもその結果が、今の混沌だ。院外AAに限らず、人の話を聴くうちに、自分がここにいることがどんどん分からなくなってきた。
 すべては僕の弱さにある。未成熟のまま年齢だけオトナになり、逃げることだけを覚えて、嫌なことや面倒なことに向き合うことを避けてきた。僕が自分の、人間として欠落した部分を修復しない限りは、同じことを繰り返すだけだ。
 決して健康とはいえないが、幸い僕の両親は健在だ。今のうちに、本当に自立できるようにならないといけない。

 残り2ヶ月で、自分自身が完全に生まれ変われるとはもちろん思っていない。でもここにいる間に、僕の歪んだ思考を正常な方向へ導いていく努力をしないと、このままではココロが崩壊してしまう。
 「あの…僕、カウンセリングを受けたいんです」
 かねてから思っていた希望を伝えた。ここは精神科なのだから、もっと気軽にカウンセリングを受けられるものだと思っていたが、千葉看護師は即答しなかった。 
「心理検査の結果はまだ出てないよね?」
「心理士の田村さんは、結果が出るまで時間がかかると言ってました」
「検査結果にもよるけど…基本的にはドクターの判断が必要になります。次の回診で相談してみようか。こちらからも伝えておくから」
「そうですか…」
 患者の誰かがドアをノックしたので、僕は入れ替わりに詰所を出た。

 深夜の誰もいないデイルームの、窓際の席に腰かけて、散りかけの桜を眺めていると、何だか情けなくて涙が溢れてきた。また別の眠れない患者が詰所へ向かう足音が聞こえる。詰所から出てきた誰かが、デイルームの流し台へやって来た。

「眠れないんですか?」
 カナちゃんだった。
「うん、まあ…眠れないわけじゃないけど。寝たくないっていうか」
 この数日がムダに過ぎている気がして、寝るのがもったいない気がしていた。
「カナちゃんは眠れないの?」
 逆に訊き返すと、頷いた。手にはマイカップを持っている。安定剤でも飲んできたのだろう。
「サトウさん、最近元気ないですね。喫煙室でもずっと黙ってるし」
 心配をかけていることが申し訳なくなった。
「ごめんね、暗い顔してて。イヤな気持ちにさせちゃうよね」
 照れ笑いしてごまかした。いつか、雪絵さんにも同じようなことを言ったのを思い出した。僕は話を変えて彼女に訊いた。
「今日は外泊してきたんだよね? やっぱり外のほうがいいでしょ」
「やっぱり外のほうがいいです」
「もうすぐ退院だね」
「あと2日です」
「元気に退院できそう?」
 彼女も最近、鬱がひどく自分のベッドに閉じ籠っていると聞いていた。食事も初めはデイルームでしていたが、今はベッドで食べている。彼女は僕の質問に少し言葉を選んだようだったが、
「元気に、退院します」
 と素直に答えて笑った。

 これ以上付き合わせては悪いので、そろそろ寝ようと立ち上がったとき、彼女が言った。
「サトウさんもいろいろ大変だと思うけど…あんまり悩まないでくださいね」
 21歳の女の子にこんな言葉で気遣ってもらい、申し訳ないのを通り越して恥ずかしくなってきた。
「ありがとう。おやすみ」
「おやすみなさい」
 それだけ言って、それぞれ自分の病室へ戻った。
 ―― カナちゃん、キミは二度と同じことでここへ来ないよう、自分のことだけを考えてくれよ。


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2014-07-08 23:48 | カテゴリ:入院生活
(※スリップから4日目)
 土曜日は暇だ。ARPの予定が何もない。外出や外泊をする人も多く、従って事件も少なく、平和だ。看護師さんも日勤、夜勤ふたりずつ程度で、デイケアもないので病棟に人の往来がないのだ。勝瀬さんも、朝から外泊で自宅へ帰って行った。静かな、まったりとした一日が過ぎていく。

 最近、隣の54号室のスピーカーが入らない、と清水さんから苦情が出たらしい。食事の準備ができた際やARPが始まる前に、詰所から5ーB病棟の各病室にその旨を放送で知らせるのだが、清水さんたちの54号室だけアナウンスが聞こえないというのだ。
 僕のいる53号室はデイルームの正面、詰所も斜め向かいと近いので、病室にいても食事やARPの時間は外の物音や人の喧騒でなんとなく分かる。それ以前に、1週間の予定は患者に配られたスケジュール表に記載されているし、変則日程になることはめったにない。53号室の放送が聞こえなくなっても僕はあまり困らないのだが、実際困る人がいるのだから、それはそれで問題なのだろう。
 数日前に業者を呼んで点検したが、異常は見つからなかったそうだ。それでも、
「聞こえないもんは聞こえないんだ」
 と清水さんは納得しない。どうもこだわっているのは清水さんだけなのだが、同じ54号室の植中さんも「そう言えば、聞こえないときもありますね」と同調するので、昨日また業者が来たらしい。結果は変わらず、やはり異常はなかった。
 清水さんは普段、ベッドでイヤホンをしてラジオを聞いたりしていることが多いそうだ。まさかとは思うが、アナウンスが聞こえないのはそのせいだったらしい。誰かに指摘された清水さんは「あ、そうか」と言ったとか言わなかったとか、という話だ。植中さんも昼間はよく寝ているので、そりゃ聞こえないときもあるはずだ。
 業者呼ぶ前に気づけ。ここはそんな患者の集まる病棟だ。


 昨日の晩、麻友美さんが3階病棟に入院したらしいという噂を聞いた。そんなはずはないだろう、とその場にいた誰かが言っていたが、僕もそう思う。病棟を抜け出して3階に様子を見に行こうかとも思ったが、オレは何を考えてるんだ、と思い直してやめた。
 それでも心配になって、メールをしてみた。しばらくして返信が届いた。
「ボロボロです」――
 余計心配になったが、やっぱり3階に入院なんかしていない。ただ、メールするのもしんどい気分らしい。メールは「したいときにだけすればいいから」とだけ返した。
 僕は何をやっているんだろう。何のためにここに来たのだろう。
 先週、石橋看護師から言われたあのことが頭をよぎる。
 ――「サトウさんは鬱じゃない。ただの恥ずかしがりや」

 恥ずかしがりや、というのは正確には当てはまらないと思う。僕はただ、淋しいだけなのだ。
 誰かに僕を知って欲しいが、僕には何もない。何の取り柄もないから、あらゆることに自信が持てない。そしてますますお酒を飲んで、やがて誰にも相手にされなくなる。その淋しさを、さらにお酒でごまかしている。
 僕は逃げることだけを覚えた、ただの子供だ。
 僕は何をやってるんだろう。

 今朝は気温が上がらず、みんな寒い寒いと口を揃える。桜の花びらは冷たい風で飛び散ってしまい、かろうじて枝に残っているだけだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-07 15:15 | カテゴリ:病棟の人々
(※スリップから3日目)
 午前9時過ぎ。朝の申し送りで看護師さんが詰所に集まっている時間に、3階へ降りて売店でタバコを買う。自分で撒いた種とはいえ、外出禁止で売店へ行くのもこそこそしなければならないのがなんだか切ない。

 金曜日は忙しい。午前10時半から、料理グループの青椒肉絲(チンジャオロース)作りが始まる。メンバーは僕を含めた患者7人と、担当看護師の大田さんと長浜さん、作業療法士(OT)の一宮さん、それに看護実習の学生さんふたりを加えた12人。ピーマンの苦手な山形さんは体調不良のため、買い出しにまで行かせておいての欠席となった。
 僕は合わせ調味料と中華サラダのタレを担当した。レシピ通りの作業だが、それなりにわいわいやって、前回の埋め合わせはなんとかできたと思う。結果、節子さんのアドバイスのもと、豪快な豚肉の青椒肉絲と中華風春雨サラダ、豆腐となめこの味噌汁が完成した。
 デザートは康平くんオリジナルの「フルーツパンチ」。ネットで少し調べてみると、もともとアルコールの入ったカクテルをいうらしく、これに果実を載せたものが「フルーツポンチ」で、「パンチ」は飲み物、「ポンチ」はデザートみたいな分けかたもできるとかできないとかなのだそうだ。いずれしても康平くんの「パンチ」は、寒天とフルーツにサイダーを使ってシュワッと感を出した、半液状デザートだ。もちろんアルコールは入っていない。
 余ったキュウリは節子さんがピリ辛和えにし、なぜか青椒肉絲に入れるつもりだったらしいカットされた大量の玉ねぎは、みんなの強硬な反対でオニオンサラダにすることになり、冷蔵庫に眠っていたポン酢と青じそドレッシングでそれなりに仕上がった。

 正直に言うと、入院以来食欲に目覚めた僕には、この病院の通常食に対してひとつだけ、不満というか要望がある。
 基本的に、食事はどれも美味しい。おかずにカツオのタタキが出る病院も珍しいのではないだろうか。ただ、関西での生活が長かった僕にとっては、恐ろしく味が濃いものがあるのだ。以前にも触れたが、特に柴漬けと梅干しについては病的なまでに濃い。あくまでサブのおかずであるはずの彼らが、身体に毒なんじゃないかと思うほど自己主張が激しいのだ。僕は間違いなく、箸先でちょっと挟んだ程度でごはん一膳はいける。そんなとき、無論メインのおかずの立場はなくなってしまう。
 ―― もっと白ごはんが欲しい。俺にメシをくれ。
 しかし、270gを超える大盛りは存在しないし、お代わり制度もない。
 そこへもってきて料理グループでは、白ごはんのお代わりは自由だ。別に料理グループで柴漬けや梅干しを作るわけではないが、お代わりができる悦びは小学校の給食以来で、何というか、心が踊るのだ。

 食後、今日で退院する康平くんに代わるリーダーを誰にするか、みんなで話し合いが行われた。カナちゃんは来週水曜の28日に退院するため今回が最初で最後だし、学生さんは実習が終わるため、次回からはまたメンバーが少なくなる。そのなかで活動を継続させる大切なリーダー選びだ。
 点滴が必要な米窪さんなど、欠席を余儀なくされる可能性の高い患者については、長浜看護師から待ったがかかった。僕は集団での共同作業に慣れるリハビリ中で、とてもリーダーなんて引き受けられる状態ではないことを申し出て、一宮OTが同意してくれた。
 必然的に、草刈さんと節子さん、それに今回だけという前提で参加していたはずの勝瀬さんの3人のうち誰か、ということになり、最終的にじゃんけんで節子さんがリーダーに決まった。
 はじめは固辞していた節子さんだったが、プロの調理師としての経験を持つ彼女が適任だと、誰もが思っていたのは確かで、みんなで強引に口説き落として最終的に承諾してもらった。次回からは買い出しなど、僕も率先して手伝わなければならない。まだ自信はないが、トレーニングとしてできるだけのことはやってみようと思った。久しぶりに、ちょっとだけわくわくを感じた。

 酢豚、青椒肉絲と中華メニューが続いたため、次回のメイン料理は和か洋がいいだろうということになり、節子さんから『鱈のミートソースがけ』という提案がされた。男子連中には絶対に思いつかない、家庭料理の発想だ。サブメニューは参加人数がはっきりしたところでおおまかに候補を決め、買い出し係が現場で判断していくことになる。細かい打ち合わせは来週水曜日の予定だ。

 お腹がいっぱいで少し横になりたいところだが、午後1時半からは創作の革細工がある。僕は先週、お腹いっぱいでもないのに寝過ごして欠席してしまったので、今週はなんとしても参加したい。
 …と思っていたら、職場のマネージャーから携帯に連絡が入っていた。東京にある、会社の保険組合に直接連絡して欲しいという、留守番電話の伝言だった。例の入院費の限度額適用の認定証交付の件についてだ。
 早速電話をすると、給付担当の女性が出た。僕は、5月からの適用に間に合わすべく、可能であれば直接病院へ認定証を送って欲しいと付箋にメモを書いて返送していたが、会社の人事経由で手続きすると聞いていたので、どうせ何か面倒なことにでもなっているのかと思った。案の定面倒なことに、返送していた申請書が、保険組合にまだ届いていないという。
 先週13日、父が病院に来た翌日の夕方には、わざわざ病院から坂を下って行った郵便局のポストに間違いなく投函している。今度はこちらからマネージャーへ連絡して経緯を話し、人事のどこで書類が止まっているのか確認をお願いした。

 電話を切ったあと、予定の時刻を過ぎていたが、7階のアトリエに向かった。
 康平くんは本来、先週が退院前の最後の創作参加だったはずなのに寝過ごしたため、今日この時間に仕上げて病院を出るそうだ。
 僕はといえば、絵柄のデザインを決めあぐねているうち、だんだん面倒になってきたので、とりあえず何となくな模様の刻印を、何となく本番用の牛革に打ち込んでみた。思った通り、何となく不細工になった。あとで何となく修正できればいいか。
 僕は所詮、そんな感じだ。
 康平くんは、立派なデザインのキーケースを見事に仕上げ、みんなの賞賛を受けつつ自画自賛していた。確かに立派な出来だった。

 そんな彼も、午後3時の病院バスで退院していった。相変わらず「おめでとう」の言葉はない。
「次に来たときは、数ヶ月かかって本格的なカバンでも作ったら?」
 と、笑えない冗談を言って送り出す。しばらくは外来でマトリックスに通うことになるが、例え途中でそれをやめても、もう誰に何を言われることもない。
 彼が本当に再入院するときは、間違いなく今より事態が悪くなっているときだ。そんなことが絶対にないよう願い、僕は5階病棟の階段で彼と別れた。
 勝瀬さんと米窪さんが、3階玄関のバス乗り場まで見送りに出て行った。


 次は、3時半からの断酒会『柏ノ丘例会』だ。和代さんは「私は強制しないから」と言いつつ、今日も新しく入院した患者へ熱心に参加を勧めている。
 少し時間があったので米窪さんに、転院中に描いたという絵を見せて欲しいとお願いした。「どんな動物を描いてもネコになる」と言っていた米窪さんだが、丸谷さんからいろいろと手ほどきを受けていたらしい。正直、からかってやろうと意地悪な気持ちでスケッチブックを見せてもらった。

 1枚目には、転院先の病室の窓から見える景色が、筆ペンと色鉛筆を使って丁寧に描かれていた。
「向かいにあるビール園に誘惑され続けた」という通り、なるほどすぐ正面にはビール園の大きな煙突と周辺の建物が、繊細で優しいタッチで描写されている。それが心の内を反映しているのかどうかは分からないが、反対に印象的だったのは、空がないことだ。緑の木々は簡略化され、生気がない。まだ春らしい春を迎えきれていないこの街のうすら寒い空気感を捉えていた。
 風景画は最初の1枚だけで、2枚目からは米窪さんが好きだという、たくさんの航空母艦、イージス艦、潜水艦の絵が目白押しだ。こちらは筆ペンだけで色の濃淡を出している。
 からかうどころか、舌を巻いた。看護師も患者も集まって来て、わいわい騒ぎ始めた。


 午後3時半、柏ノ丘例会が始まった。僕は先日のスリップについて告白した。昨日のAA「ぱはろ」でも入院中の飲酒の事実を話したが、これを話しておかないと、次回のミーティングや例会に参加する資格がなくなってしまうような気がしたのだ。
 散会後、北股会長から「行動制限はいつまで?」と訊かれた。次の日曜、年に2回という断酒会の特別行事が院外の会場で催されるため、参加を勧めたかったのだろう。
「1週間は外出禁止です。まあ、自業自得です」
 僕はそれだけ答えて頭を下げた。


 週末は外出や外泊が多く、5ーB病棟は静かだ。福井さんや山形さんは体調を崩し、デイルームにあまり姿を見せない。町坂さんはダイエットと称し、お腹にラップを巻いて病院から2時間のウォーキングに出かけたそうた。外泊で朝から病院を出たきりの周さんは、日曜夜まで戻らない。みんな思い思いの週末を過ごしている。

 夕食にオムライスがでた。思った通り卵は固いが、中がケチャップライスではなかった。チキンスープか何かで炒めたごはんだと思うが、何だろう。米窪さんも勝瀬さんも「味が薄い」とぼやいていたのは、昼の青椒肉絲の出来が良かったことが関係しているのかもしれない。僕は卵の上にマヨネーズをかけたらかなり自分好みの味になった。糖尿食の高津さんだけが、
「いいなあオムライス。オレ食わしてもらえんとね」と、子供のように羨ましがっていた。


 夕食後のAA「はましぎ」。今週は40代くらいの男性ひとりがメッセンジャーとして来られていた。
 先日から53号室に新しく入院した黒部さんという男性と、僕が4階に移されている間に入ったらしい洋子さんという50代の女性も参加していて、人数は10人前後と比較的多かったが、黒部さんと洋子さんは初めてのAAということで発言をせず、体調が芳しくない山形さんと米窪さんも途中退席した。
 黒部さんと洋子さんは今日の柏ノ丘例会にも出席してした。黒部さんは僕のベッドに向かって右隣、転院前に米窪さんが使っていた部屋隅のベッドに入っている。高津さんがひとつ左の窓際へ移ったため、今は米窪さんが僕の左隣になっている。
 僕は黒部さんを60代半ば~後半くらいだと思っていたが、あとで聞いたところまだ50代後半で、高津さんと変わらないそうだ。塗装屋をしていたそうで、職人という仕事柄なのか病気のせいなのか、病棟の患者にはどうも老けて見える人が多い。年輩患者にありがちな、晩酌の延長くらいでまさかアルコール依存症だとは思わなかった、という典型的なケースで、例会の席上でも北股会長から質問され、
「休日に昼間から飲むとか、思い当たる節がないわけじゃないんですが、やっぱり自分が依存症だとは認めてなかったですね」
 と、自身の胸の内を話していた。
 洋子さんは昨日のSSTにも参加していて、割と積極的に何でも入っていく性格のようだ。入院に至った事情はまだあまり話したくないようだが、1クールとはいわずできるだけ早い退院を望んでいるという。料理グループに誘ってみたら、かなりの手応えを感じたところだ。

 今日のAAのテーマは「自分に正直になる」。お酒を飲みたい、と思って飲むのがまさにそれだろ、ということにもなるが、僕の場合、初めて大阪で当時の彼女に付き添われてアルコール外来に行ったとき、医師から直ちに入院を勧められた。けれども仕事のことを含めて経済的な問題があったし、まさか実家に「アル中で入院するからお金を何とかして欲しい」なんて正直に言えるはずもなかった。また正直なところ、自助グループなんて怖そうなところにも行きたくなかった。
 そして結局、僕は何も変えようとしなかった。変わったのは、彼女をはじめ、今まで僕のために親身になってくれた人が離れていったことだった。

 勝瀬さんが現役の美容師で、奥さんとお店を経営しているというのは、以前本人から聴いていた。お客さんのパーマの待ち時間など、仕事中にも焼酎が欠かせなくなり、お店から自宅へ帰る途中にある無人交番に酔っ払って立ち寄ってはパトロールから戻った警察官に絡む常連になっていたという。奥さんから何度も離婚を迫られ、ついには奥さんの母親からも「お願いだから娘と別れてくれ」と涙ながらに懇願されたが、その度に断酒を誓い、それを破った。
 そんな勝瀬さんだったが、奥さんが密かにアラノンのミーティングに参加していたことを知って衝撃を受けたという。
『アラノン(Al-anon)』とは、アルコール依存症者を家族や友人に持つ人たちが集まる自助グループで、世界130ヶ国、日本でもNPO法人の認可を受けて国内各地にミーティング会場を設けている。奥さんがいかに苦しんでいたか、そして自分が苦しめていたかに気付いた勝瀬さんは「情けなくて涙が出た」そうだ。
 こうして今度こそ、これが本当に最後と入院治療することを決意したのはいいが、どうせ最後なら飲み納めにと、外来へ向かう前日に焼酎をラッパ飲みして動けなくなり、挙げ句の果てに自分で救急車を呼んで「柏ノ丘病院までお願いします」と行き先まで告げ、無事入院となったということだ。
 こうなるともう、ある意味感心する。良心の呵責とお酒に対しての執着が、どちらに対しても正直すぎるのではないか。

 とはいえ、勝瀬さんは今、できるだけ多くのARPに参加し、週末には自宅へ戻り、失ったものを取り戻そうとしているのは事実だ。
 ARPに参加すると、あらかじめ患者ひとりひとりに渡された「ARP ・自助グループ参加表」にスタンプかサインを貰う。夏休みのラジオ体操のスタンプカードのようなものだが、必ずしもすべてに参加しなければならないわけではないし、いくつ貰えればどうというわけでもない。無論、退院の時期を直接判断するものでもない。
 これはあくまで、この入院期間内でどれだけ自分の目標に向かって行動したかという「証し」に過ぎない。もちろん、スタンプの数に無理に価値を求める必要なんてない。

 ただ勝瀬さんは、退院後にこの表をファイリングして、自宅の目につくところに置いておきたい、と僕に漏らしてくれた。
 

※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-06 11:13 | カテゴリ:スリップ
(※スリップから2日目)
 今朝になって、昨日の夜勤だった小里看護師に確認したところ、僕が一昨日の20日に帰院したのは午後2時半頃だったらしい。19日夜から20日の記憶が曖昧だ。僕はまったく覚えていないが、カナちゃんが泥酔して戻って来た僕と話したらしい。4階に連れて行かれた際、シラフじゃない僕は4階の患者さんたちと、大いに談笑していた気がする。

 午前11時半の森岡先生の回診の前に、牛本主任と今回のスリップの件で面談を行った。僕が話した内容は基本的に、葉山看護師に昨日話したことと変わらないが、最初に麻友美さんの部屋に行って戻った18日の夜、僕は夜勤当番だった牛本主任に、彼女の退院について僕の思うところを伝えていた。
「しゅにんさんはいーひとらから、なんれもそーらんするんだよ。ほんれ、わらしのことも、ちゃんといーこといっとけよ。わはは」
 と、へべれけに酔っ払った彼女におかしな約束をさせられたこともあるが、僕は彼女が彼女なりにお酒を断つべく、積極的に自助グループへ行っていたことを知っていた。その彼女に誘われたのがきっかけで、今度は植中さんに声をかけられ、勝瀬さんに声をかけた。つながっていると思った。
 それなのにどうして、そんな麻友美さんがあんなかたちで退院しなければならないのだろうか。
 結果的にお酒を飲んでしまったのは彼女自身だ。退院を決めたのも彼女だ。でも僕は、麻友美さんが入院途中でリタイヤして、またもとのアルコール漬けの生活に戻ってしまったことが残念でならない。
 18日の時点で、僕は自分が近いうちスリップするであろうことを想定しつつ、そういう気持ちを主任へ伝えたのだ。

 僕だって、結局のところは同じだ。僕にいったい、どれだけお酒を断つという強い意思があるのだろうか。僕はアルコール依存症の患者で、弱くて無力で、そして愚かだ。中途半端な同情のすえ、今回のようなことになってしまった。

「病院のスタッフに、憤りのようなものを感じますか?」
 牛本主任に質問された。病院でできることには限界がある。極端な話、例え彼女がこのまま自暴自棄になって自殺したとしても、それはほかの誰のせいでもない。依存症に限らず、病気は患者自身の問題なのだから、仕方のないことなのかもしれない。でも、それではあまりに悲しすぎる。

 以前、牛本主任に尋ねたことがある。
「献身的に看護して、無事1クールを迎えて退院しても、その患者がまたすぐにスリップして戻って来たら、やりきれなくなりませんか?」
「いえ、むしろその逆です。よくぞ生きててくれたって思います。生きているってことは、まだチャンスがあるってことですから」


 主任との面談でレクには参加できなかったが、これは自業自得だ。森岡先生の回診では、「こういう状態で付き合う相手を、よく考えてください」と言われた。実にあっさりしたものだが、それはその通りだ。入院中のアル中患者が、病院を抜け出して別のアル中患者と飲んでどうする。
 すみません、と答えるだけだった。


 明日の料理グループの買い出しは、僕が外出禁止となり、勝瀬さんとカナちゃん、復帰した米窪さんと、新たに参加した山形さんの4人でスーパー柏ノ丘店へ向かった。
 月曜に実家外泊から戻った料理リーダーの康平くんは、実家でウイスキーをほんの少し口にしたことを訊かれてもいないのにうっかり申告し、僕と同じく外出禁止となった。薬物依存症の彼は、アルコールの摂取は問題ないと思い込んでいたらしい。
 買い物は、メインメニューの青椒肉絲(チンジャオロース)、味噌汁、サラダ、デザートの材料合わせて13人分となった。


 午後3時からは、2回目のSSTに参加した。牛本主任が仕切るSSTはこれが初めてとなる。作業療法士の一宮さんのほか、患者は僕を含めて5人の参加だった。ボールを的に当てて射抜く『ストラックアウト』でウォーミングアップをしたあと、「お釣りが間違っていても指摘できない」「第1印象で好き嫌いをはっきりさせてしまう」「挨拶をしたときの反応で線引きをしてしまう」といった、コミュニケーションに関する悩みや考えについて意見が出て、ディスカッションした。僕は挨拶を積極的にすることに萎縮してしまうのだが、そもそも挨拶をなぜ行うか、という話にシフトしたとき、根本的な視点を履き違えてしまっていることに気付かされた。
 結論は簡単に出るものではないが、AAなどとはまた違う、僕にとっては意義のある時間だった。


 今日の最後は、夕食後のAA「ぱはろ」、2回目の参加となるグループだ。テーマは「自分の考えを捨てる」。男性ふたりがメッセンジャーで来られ、うちひとりは初めての方だった。アルコールと薬物依存症で、過去に覚醒剤取締法違反と公務執行妨害で逮捕、実刑を受けており、そこからAAを通してお酒と薬物を断ち続けているという話を手短にしていただいた。
 こういう体験談をじかに聴くと、いろいろと質問したくなるのだが、テーマミーティングではそれができない。かといって、ミーティング後に個人的に質問する行動力も勇気もない。外出禁止の身ではあるが、院外の自助グループに参加して、ディスカッションでもできればいいな、などと思ったりもする。
 

※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-03 06:59 | カテゴリ:スリップ
(※スリップ翌日)
 朝食が運ばれて来たのでいったんは目が覚めたのだろうが、そのまま二度寝してしまったらしい。若い女性看護師さんに再度起こされた。5ーB病棟では見たことのない人だ。
「朝食、召し上がれそうですか?」
「…はい」
 とりあえず、そう答えた。朝食というからには朝なのだろう。二日酔いはないが、喉が渇く。マスク姿の看護師さんに水かお茶をお願いすると「すぐに持って来ますね」と言って出て行った。

 一面が白い壁の個室。10畳くらいのスペースだろうか。病院の壁はたいてい白いが、物が置かれていないので白さが強調されている。よく見るとシミがところどころにあり、あまり清潔な感じはしない。
 部屋にあるのはベッドと、食事トレーなどを置くキャスター付きの台、それから簡易トイレ。いわゆるひとつの「おまる」だ。ベッドの足元に使いかけのトイレットペーパーが無造作に転がっている。窓には鉄格子が組まれ、開けられないことが見ただけで分かる。曲線状にデザインされたフォルムをしているが、鉄格子に変わりはない。
 外は小雨が降っている。もともと山の傾斜に沿って建っているため、窓から外を見ても地面が近く、ここが何階なのかよく分からない。
 天井の隅に監視カメラがついている。エレベーターでよく見る、半球体形状の黒いカメラだ。
 扉は車椅子でも出入り可能な、バリアフリーの大きな引き戸がひとつ。扉を閉めたまま外から中の様子が伺えるよう、パカッと開いて覗ける横長の細窓がついている。

 監禁されているのかと思い、何とはなしに扉を引いてみた。施錠はされていない。右手側から、奥へ伸びる廊下になっている。ここが突き当たりに近い部屋だと分かった。
 奥に詰所があるのだろうか、先ほどの看護師さんがすぐに顔を出し、僕を声で制した。
「出ちゃダメですよー、戻ってください」
 おとなしく部屋に戻る。まもなく、カップに注いだお茶を持って、看護師さんが戻って来た。
「どうですか、気分は。お酒は抜けましたか?」
 酔いは醒めているが、口の中は不快だ。受け取ったお茶を一気に飲み干して、おかわりをお願いした。
「ここはどこの病棟ですか?」
「4階病棟です」
 5ーB病棟へ来る前に他病棟で待機入院したことのある患者の話では、4階がいちばんキツい、と聞いたことがある。重度の精神病患者の専用病棟だとかなんとか言われているが、実際のところ病棟の区分は曖昧でよく分からない。
「僕はいつまでここにいるんですか?」
「とりあえずお酒が抜けるまで、ここにいてもらいます」
「いま何時ですか?」
 時計を持たない僕は、携帯を没収されているので時間が分からない。まだ午前9時前だった。
「僕の私物なんですけど…」
「私物はお渡しできないことになってるんです」
 5ーB病棟にあった『鬼平犯科帳』のコミックを読破していた僕は、最近は路線を転換して山崎豊子の『大地の子』を読み始めていた。私物ではなく借り物だが、せめて読みかけの本くらいはいいでしょ、と思ったところで、それ以上食い下がっても仕方がないので諦めた。
「あの…トイレは、これですか?」
 おまるを指差し、海外旅行のガイドブックみたいなぎこちない質問をしてしまった。大も小もしたかった。
「そうですね」
「あのカメラで見てるんですよね」
「そうですね」
「どうしても、あれですか?」
 再度おまるを指した。マスクの看護師さんは「そうですねえ…」と少し思案したあと、「カメラがどうしてもアレでしたら…」と何か言いかけたが、僕にはもっと残念な提案をされる予感がしたので、
「いや、いいです。我慢します」
 と遮った。彼女は最後に、
「漏らさないでくださいね」
 と余計な一言を残して部屋を出て行った。

 それからの時間は、退屈との闘いだった。何度かうたた寝はしたものの、暇すぎてかえってよく眠れない。どこかの部屋から叫び声や唸り声が聞こえる。
 日勤と思われる、朝とは別の女性看護師さんが体温を測りに来るまで、ずいぶんと長い時間放置されていた気がした。
 トイレのことをもう一度お願いしてみると、部屋を出て左にある個室トイレの使用を許可してくれた。用を足して昼食を摂り、それからさらに時間を持て余したので、とりあえず歌い、『外郎(ういろう)売り』の暗誦をして暇を潰す。歌が下手でも、暗誦がスムーズに出て来なくても、僕の放置は変わらない。
 午後2時を過ぎて、ようやく5階へ戻ることを許された。どうもこの病室に新しい患者が入って来るので、僕には予定より早く出て行ってもらうことになったようだ。
「引き継ぎがあるので、デイルームか喫煙室で待っていてください」
「喫煙室って…ライター没収されてますけど」
「喫煙室に行けば、ぶら下がってますから」

「ぶら下がってます」の意味がよく分からなかったが、それはそのままの意味だった。看護師さんの言った通り、4階病棟の喫煙室には使い捨てライターが1個、壁付近にヒモで固定して吊るされていて、患者個人での所持は禁止されているようだ。喫煙室の中に椅子はなく、4、5人の男女がしゃがみ込んだり、そのまま床に座ってタバコを吸っている。虚ろな目でボーッとしている女性や、しきりに何かにぶつぶつ文句を言う男性がいる。喫煙室の外では、デイルームのテーブルに座った中年の女性が、さっきからずっと僕に手を振っている。コワい。
 詰所、というにはもっと広い、守衛室のようなナースセンターは、見たところおそらく強化ガラス張りで、デイルーム全体を見渡せる間取りになっている。男性職員が多いが、どういうわけか若くて綺麗な看護師さんも目立つ。車椅子の男性が、大声で怒鳴り散らしながらナースセンターのガラスを叩いている。何を言っているのかはよく分からないが、職員はそれがいつものことのように軽くあしらっている。
 なかなかマッドな光景を、僕は暇疲れしたアタマでしばらく漫然と見つめていた。やがて看護師さんに呼ばれ、ナースセンターの中から施錠された通路を通り、5ーB病棟へ戻って来た。


 迎えてくれたのは、葉山看護師だった。
 今回の件のあらましについては、申し送りでひと通り聞いているとのことだったが、面談室で再度詳しい事情を訊かれた。
 僕は改めて経過を説明した。一昨日の19日に2時間外出をした時点で、麻友美さんのところへ行こうが行くまいが飲むつもりだったこと、昨日の一日外出申請をしたのも、彼女と飲む可能性があることを承知で、いわば計画的だったことも申告した。
 すべて僕の、彼女への勝手な同情で、自己満足だった。何の解決にも、誰のためにもならないことも分かっていたし、お互いの傷を広げるだけの結果になる危険が高いと知りながら、ただずるずると流されていった。それは僕自身、彼女とお酒を飲むことで淋しさを癒やしたいという甘えがあったからにほかならない。彼女に申し訳なかった。

 葉山看護師から、いわゆる「反省文」を渡され、今日のうちに書いて提出した。今後1週間は5ーB病棟からの外出禁止となり、3階の大浴場以外は、売店に行くこともラジオ体操の参加もできなくなる。
 病室へ戻ると、53号室の患者をはじめ、みんなが苦笑いで迎えてくれた。米窪さんも戻って来ていた。本当は僕が米窪さんを迎える立場なのに、お互いに「お帰りなさい」と言葉をかけ合う変な再会となってしまった。

 夕食後の院内AA「オリーブ」には足を運んだ。この女性グループは、普段は毎月第1月曜にミーティングを行うのだが、今日は変則日程のようだ。詳しい事情は分からない。
 時間の都合で、僕が発言する機会はなかった。元トラック運転手だったグループメンバーの女性が、度重なる飲酒運転と事故で多くのものを失い、この街にやって来た話をされていたが、みんな彼女の強い東北弁が気になって、とても失礼だとは思いつつも集中できなかったようだ。

 僕は麻友美さんのことが気になり話に集中できなかった。彼女は自分を責めて、今日もお酒を飲んでいるのだろうか。
 彼女からは、僕の体調を気遣う短いメールが届いただけだった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-02 22:37 | カテゴリ:スリップ

 病院に戻ったのは夕方だったと思う。麻友美さんが呼んでくれたタクシーで帰ったはずだが、泥酔してよく覚えていない。4階閉鎖病棟の個室に入れられ、ライター、携帯電話、ベルトを没収された。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-02 17:41 | カテゴリ:スリップ

 午前10時から、3回目の心理検査を行った。ロールシャッハテストとかいう検査で、出題された絵が何に見えるか答えていくものだ。
 11時半までの予定が、僕が回答に悩んだりして、終了したのは12時半近くになっていた。最後には部屋を変え、田村心理士も巻きに入っていた。


 病室へ戻ると、携帯に麻友美さんから連絡が入っていた。午後1時からベッドのシーツ交換があるので、それまでに病室を空けなければならない。大急ぎで昼食を食べて、彼女に電話をした。僕は明日の一日外出届を既に出していて、この時点で明日はお酒を飲むつもりでいたのだ。

 実を言えば、昨日僕は2時間外出でタクシーを飛ばし、麻友美さんのマンションへ行っていた。彼女が退院した日以降、僕は何度か連絡を取っていた。彼女の「淋しい」「死にたい」という、どうしようもないほどの落ち込みに同情していたからだ。そして昨日、彼女の部屋で、彼女が止めるのを聞かずに僕は、彼女の飲んでいた酎ハイとビールに少しだけ口をつけた。そのあとは夕食までに病院へ戻ったが、今日また2時間散歩の時間を使って彼女のところへ行くと約束した。明日の一日外出届は、どうなってもいいという思いで申請しておいたものだ。


 2時からの学習会は『⑩ アルコール依存症と家族』というタイトルで、日程表の⑨番目と入れ違いになって行われた。僕は中盤から後半にかけてほとんど寝ていて、ソーシャルワーカーのレクチャーをろくに聴いていなかった。

 シャワーを浴びて、午後4時の病院バスに乗ろうと外へ出たとき、麻友美さんからのメールに気がついた。「今日はもう来ないほうがいい、自分が飲んでいる隣にいたらダメだ」という内容だった。
 僕はそのままバスに乗り、とりあえず西町駅前まで向かった。既成事実を作ろうと思い、コンビニで 350mlの酎ハイを2本買って飲んだ。
 飲みながら、西町総合公園の近辺をぶらぶらと歩いた。その間、麻友美さんと電話で話すうちに、「やっぱり会おう」ということになり、結局彼女の部屋へ行った。お互いに何をどうすべきなのか、整理も判断もついていなかった。僕は既にアルコールが入っていることを彼女に伝えた。麻友美さんの中でも僕への遠慮が断ち切れたのか、そのあとはただ、ふたりでお酒を飲んだ。

 アル中どうしで慰め合っても、何にもならないことは分かっている。僕が彼女に何かしてあげたいというのは自己満足で、稚拙な同情にすぎない。僕も僕の淋しさを、彼女に癒やして欲しかっただけだ。

 病院に電話をかけて、お酒を飲んだことを告白した。夜勤看護師は千葉さんと長浜さんだった。僕は麻友美さんの名前を出すつもりはなかったが、僕から強引に携帯を奪い取った彼女は、事実を伝えた。

 入院中に院外で飲酒した場合、基本的にその日は帰院できない。強制外泊となる。千葉看護師は、
「今すぐそこを出て、実家なりビジネスホテルなりに泊まってお酒を抜いて、明日のお昼までに戻りなさい」
 と僕に厳命したが、僕には彼女の部屋を離れる気はなく、明日の昼までに戻る約束もできないと答えた。
 結局、明日はできるだけ早く戻るとだけ伝えて電話を切り、今度はいよいよ本格的に買い出しに出た。

 そして、酔い潰れて寝るまで飲んだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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2014-07-02 11:37 | カテゴリ:院内生活

 天気予報は当たらない。21世紀になっても当たらないものだ。朝刊の、午後から晴れるという予報は見事に外れ、雨になった。
 そして、寒い。日中は昨日ほどではないとはいえ、寒風吹きすさぶ早朝のラジオ体操などは、むしろ身体に悪いのではないか。

 昨日から、『CHAGE and ASKA』のミヤザキなんとかさんが覚醒剤取締法違反容疑で逮捕されたニュースがワイドショーを賑わせているが、この病棟では迂闊に話題にはできない。デイルームでカナちゃんがテレビを食い入るように見つめていたが、どんな思いなのだろう。

 そんなカナちゃんを中心に、オヤジ患者連中はゲームに夢中だ。トランプ然りオセロ然り、例の『立体四目並べ』にしても彼女は引っ張りだこで、ヘタをすれば孫といってもおかしくない年齢差の若い女の子と、アル中オヤジがシラフでゲームをする機会はそうそうないだろう。福井さんなどは大富豪のルールを覚えるのに必死で、
「5のあとに、い、い、1出スていんだヮな?」と興奮している。
 かくいう僕もそんなオヤジに交じり、康平くんが仕入れた「コンパで盛り上がる罰ゲームありのしょうもない遊び」にときどき加わっている。ミニバレーや料理グループは手こずるのに、こういう遊びには割とすんなり加わることができるのは、どうしてなのだろう。


 今日は、先週西町19丁目へお邪魔したAAグループが別の会場でミーティングをやると聞いていたが、天気の具合も植中さんのお腹の具合も悪いのとのことで、結局参加を取りやめた。僕は僕で、夕方から急遽用事ができて外出したのだが、どっちにしろまだひとりで自助グループに出かけて行く勇気はない。

 昨日、今日と雨で気温が上がらず、風も強い。それでもベランダ越しに見える桜は、まだ懸命に耐えている。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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