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2014-06-10 21:00 | カテゴリ:外出・散歩

 猛烈な孤独感と不安は、ほぼ毎日夜になると襲ってくるが、朝は概ね調子がいい。6時前後に起床して、6時半からのラジオ体操まで喫煙室でタバコを吸うのがここ数日の日課だ。
 洗顔や歯磨きは朝食後にしている。朝の洗面所は混み合っているうえ、どうせこれから食事をするのだからというのが理由だ。

 今朝も喫煙室で体操前の一服をしていると、和代さんに「おはようございます」と挨拶された。彼女は僕より1週間ほど遅れて、アルコール依存症で女子病室の55号室へ入って来た。といっても、この病院への入院は3度目らしい。先週水曜のビギナーミーティングで、既に一緒に参加している患者だ。
「どう、ずいぶん慣れたんじゃない?」
 例の、テンプレをコピー&ペーストしたような質問だ。ほかの患者から訊かれることはさすがになくなってきたが、ときどきまだこうして、何げなしに振られることがある。
「患者さんとはだいぶ話せるようになりましたけど、気持ちの浮き沈みが激しくて…。あまり良くなってる気がしないんですが、詰所にはなかなか言いづらいです」
 返ってくるアドバイスは分かっているのに、まともに答えてしまったことをすぐに後悔した。
「最初はそういうもんだけどねえ、ちゃんと言わないと。言ったほうがいいよ」
「アタマでは分かってるんですけどね…どうにも」
 和代さんは独り暮らしで、娘さんとの関係がうまくいっていないことなどから、鬱病の症状が現れるようになった。孤独感から、普段あまり飲めないお酒に手を出すようになり、短期間でアルコール依存に陥ったという。見るからに話好きで、それでいて我の強そうなおばちゃんだ。最初の入院のときは病院スタッフに対し、ARPの内容にもずいぶん反発したそうだが、現在は主治医である病院長をすっかり信頼している。
 彼女は自らを『入院依存症』と公言してはばからない。お酒への抑制が利かなくなりそうな兆候を感じた今回は、自分で病院に電話をかけ「1クール3ヶ月プラス1ヶ月の入院延長」という、ピザのトッピングみたいな注文を院長へ直接したそうだ。
 僕はこの話を、彼女から既に3回聴いていたが、
「最初はみんなそうなのさ。私もねえ ――」
 と、再び同じ話を始めた。
「AAに行けって言われても、最初は頑として聞かなくてさあ。気に入らないことは何でも私言ったの」
 ―― 何でも言える人は、それでいいじゃないか。

 でも、和代さんは和代さんの辛さを抱えている。
「今はウチにいても独りぼっちだし、ここにいるほうがずっといいんだよね」
 歳を重ねていくほど増していく、どうしようもない淋しさ。話し相手のいる入院生活のほうが安心するというのは、正直な思いなのだろう。
 そういえば、善くも悪くも自己主張が強くて物言いがはっきりしているところは、母に似ていると思った。やはりお酒に依存していた母が若年性認知症を患ったのは、今の和代さんくらいの年齢か、もっと若かったか。そのとき僕は大阪で既に飲んだくれていて、母の異変に必死で奔走する父や兄の、何の力にもならなかった。
 朝から何だか、やりきれない気持ちになったところで、和代さんは勝手に話をまとめに入る。
「まあ、焦らず少しずつ、一緒に頑張りましょう。サトウくんはまだ若いんだから」
「君はまだ若い」というキーワードは格さんの印籠みたいなもので、それを出されるとこちらは俄然弱くなるというものだ。

 トップギアから一気に滅入ってしまったので、ラジオ体操に行く気もすっかり失せてしまった。今日も祝日のため、午後のレクもお休みだ。祝日だろうが、体育館を開放するくらいできるんじゃないの、とも思うが、そういう決まりなので仕方がない。


 昼食後、今日も米窪さんから散歩に誘われた。丸谷さんは調子が悪いとのことで、米窪さんと康平くんとの僕のほか、福井さんを誘って4人で病院を出た。今日は西町の駅周辺へ向かうという。
 初めてひとりで散歩に出たとき、病院から西方向へ坂を上って歩いても、駅までの道は総合公園の外周に沿って続いているため、とても2時間では戻れないと思っていたが、途中の住宅地から公園の中を横切って抜けて行くコースがあることを知った。

 天然記念物指定になっているという、公園内の原生林を30分ほど歩いて行くと、やがて駅前の公園広場に出た。連休最終日とあって、多くの人がバーベキューなどをしながら缶ビールを片手に宴会を楽しんでいる。
 桜はこの地域にしては見頃の咲き映えだったが、ちょうど雨が降り出してきた。次第に強くなっていく雨脚にうろたえる花見客の様子は、山の上を住み処としている今の僕らには何だか『下界の人々』に見えた。

 雨はすぐにやんだ。僕らはそのまま駅周辺をぶらぶら歩き、駅直結のショッピングモールをうろついたあと、病院の専用バスで帰ることにした。柏ノ丘病院と西町駅の間は、スーパー柏ノ丘店経由で病院のマイクロバスが送り迎えしていて、患者や職員、見舞い客が利用している。平日はだいたい30分置きにバスが来るのだが、土日祝日は極端に少ないのが不便なところだ。
 そのうえこのバスが厄介なのは、病院から乗る分にはいいとして、駅前にもスーパー周辺にも、バスに乗るための停留所や案内板が一切見当たらないことだ。いちど乗ってしまえば問題ないのだが、初めて病院に来る人が難なく乗車できる確率は限りなく低いのではないかと思う。

 現役大工の福井さんは、口元から顎にかけてのヒゲ面にサングラスをかけ、なぜか中折れ帽とウインドブレーカーという、たでださえ怪しい格好のうえ、浜言葉の訛りがきつい。この街から南に 200㎞ほど離れた漁業の町の出身だそうで、「そうだ」という返答が「ンだす」になる。大きな声でとてもよく喋る人なので、街中でも異様に目立つ。山道を歩いているときは、植物についていろいろ教えてくれるが、明らかに見聞きかじったような口ぶりで、どこまで本当なのかは分からない。

 ショッピングモールの1階には、箱からおみくじを自由に引ける特設コーナーがあった。桜の花びらの数で運勢が『何分咲き』かを占い、願いごとを書いて脇に立てられた桜の木の枝に結ぶという趣向だ。既に無数のおみくじが結わえられている。
 みんなで1本ずつ引いてみた。僕が引いたのは『五分咲き』。病院を出ても、お酒に逃げない自分になれるかどうかは半々ということか。

 バスの時間が迫っていた。僕は願いごとを書く空欄に「脱却」の2文字を書いて桜の枝に結んだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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2014-06-10 13:05 | カテゴリ:院内生活

 こどもの日。陽射しは比較的暖かいものの風はまだ冷たく、春の陽気の訪れはもう少し先になりそうだ。

 朝食後の薬を飲みに詰所へ行くと、看護師の石橋さんに声をかけられた。
「サトウさん、最近ずいぶん話せるようになったよねえ」
 もちろん善かれと思って僕に言ってくれる、ポジティブな見立てというか感想というか、とにかくそういうあれだ。
 石橋看護師は僕より少し上、40代前半の男性で、介護施設の福祉士やデイサービスのヘルパーさんにありそうな、何だかとても距離が近い感じの、少し中性的な喋り方をする。
「最初の頃に比べるとさあ、安心したよ。うん」
 僕はちっとも安心していない。不安感や孤独感は相変わらず僕にまとわりついているのだが、詰所へ相談に行くのは気が引けて、どんどん足が遠のいていく。
 先日いちど、思いきって詰所を訪ねてみたが、忙しげな中の様子に足がすくんで、結局そのままベッドへ戻った。僕に気付いた葉山看護師が心配して様子を見に来てくれたのだが、僕は「大丈夫です」と何も言えずに追い返してしまった。
 そんなこともあり、今度は成り行きに任せて「言えない」ということを言ってみた。しかしまあ当然なのだが、なかなか要領を得ない。

 僕の「言えない」は「言いたくない」という意味ではない。強いて例えれば、タクシー乗り場で順番待ちをしていても、常に最後尾に居続けようとするような感覚か。決して積極的に後ろの人に順番を譲っているわけではなく、ただ何かに後ろめたさを感じて前に進めないのだ。
 そんな調子だから結局僕はタクシーに乗れず、いつまで経っても目的地へは辿り着けない。
 石橋看護師は、僕が思った通り「いつでも、どんなことでも相談に来てくださいね」と答えてくれた。ここへ入院して、どの看護師さんからもかけてもらった優しい言葉だ。
 僕は彼らに、ほかに何と言わせたいのだろう。


 今日の昼食には『こどもの日』とプリントされたカップデザートがついていた。アイスクリームだと思うが、食べずに共用冷蔵庫の冷凍室に取り置きしてある。鯉のぼりのイラストが書かれた名刺大のカードもトレーに載っていたが、正確にはカードというよりただの紙切れなので用途が分からない。みんな躊躇なくゴミと一緒に捨てていたが、僕は何だか忍びないので、とりあえずベッドの枕元のパイプにテープで貼っておくことにした。
 こどもの日。れっきとした大人なのに、自分の生き方をコントロールできなくなったオトナ子供が、ここにはたくさんいる。


 昼食後の睡魔は尋常でなく、僕は今日も昼寝をしてしまい、散歩にも行かず外へ出ることはなかった。祝日のため学習会もなく、取り立てて何もない一日がこうして過ぎた。

 明日は一日外出の申請をしていたが、キャンセルした。実家には2時間散歩で顔を出せることが分かったし、ほかに行くところもない。そうでなくても、僕は毎日がゴールデンウィークみたいなものなのだから、何も連休最終日の外出にこだわる必要なんてないのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-06-09 13:11 | カテゴリ:外出・散歩

 初めての一日外出で、両親のいる実家へ一時帰宅した。お昼前、11時半頃に病院を出て、歩いて僅か30分で着いた。ちょっとした用事程度なら、2時間散歩でも充分済ませられる距離だと今さら分かった。
 仏壇に線香をあげ、必要な日用品や着替えを準備して、昨日兄が持って来てくれたという、義姉がつくった麻婆豆腐と炒飯を温めてひとりで食べ、あとは野球のデイゲーム中継を観ながらまったりと過ごす。父と母へは、病院での簡単な現状報告をした程度だった。
 父からは、入院費の『限度額適用認定証』なるものの交付を受けるように言われた。「所得が○○円以下の人は、××円以上の入院費は払わずに済みますよー」という制度で、僕の場合は会社の保険組合に申請する必要があるようだ。入院費や保険料など、今回のことでの経済的負担は相当なものだということは、父のその様子から充分に伺える。少ない年金暮らしの両親にとって、自分は単なる厄介者だという後ろめたさが突き刺さり、僕はただ黙って下を向くしかない。


 父に車で送ってもらい、夕食前に病院へ戻った。そして食事後、今週4回目となるAAに参加した。病院内では毎週日曜に開かれる「アカゲラ」というグループだ。メッセンジャーとして男性4名、女性1名が来られていて、そのうちの男性ひとりは37歳だそうで、僕と同世代だった。
 5ーB病棟の患者は僕を含め5人が参加し、合わせて10名のミーティングとなったが、結局どのAAも、参加している入院患者はいつも同じような人数でしかない。患者の中でも、AAに行く人と行かない人がはっきり分かれているということだ。
 この日は『認める』というテーマだったが、あまりテーマには囚われず、順番にひとりずつ思い思いの話がなされた。僕が喋る内容にも特に変わりはなく、時間の都合もあってざっくりとだけ話をした。

 とりあえず、雪絵さんの誘いをきっかけに水曜から4グループ、参加できる今週のAAにはすべて参加した。2度目に参加した女性のグループ「オリーブ」は毎月第1木曜のみで、それ以外の木曜日は別のAAが、また第2金曜限定で、さらに別のAAグループの集まりがそれぞれ院内の教室で行われている。

 AAではどのグループも同じハンドブックを用い、ミーティングの冒頭には必ずその最初の数ページをひとりが読み上げるところから始まる。何かおおもとの原本があって、そこからの転載なのだろう。大筋としては「あんた自分がアル中だって認めなさいよ、もう並の酒好きには戻れませんよ、観念しなさいよ」という大前提を示した内容なのだが、もちろんこんなにざっくばらんなセンテンスではなく、いかにも英文を直訳したような文章が回りくどいのは否めない。
 また、アメリカ発祥だけあって『自分なりに理解した神』『祈りと黙想』『霊的に目覚める』といった文言が散見していて、否が応でも宗教的なニオイを感じてしまう。
 何よりも、自己紹介で普通に「アルコール依存症のサトウです」と名乗ると、全員から一斉に「はいサトウ!」と返って来る、あの独特の挨拶というかスタイルが、何だかよく分からないうえに、怖い。もっとも本名を言う必要はなく、アノニマス・ネームというらしいが、エリザベスだのラオウだのハート様だの、自分で好きなニックネームを勝手に名乗って構わないそうだ。そうするとやはり僕らは都度「はいエリザベス!」などと返すわけである。もちろんこれは、コンパのカラオケで『ヘビーローテーション』なんかを歌う女子たちのひとりに「こじはるー!」などと無理やりな煽りを入れるのとはまったく違う性質のものだ。

 何にせよ、僕はこれからもAAに参加するつもりだ。断酒会や院外の自助グループにもこれから足を運んで、それぞれ何がどう違うのかを肌で感じ、僕が何を得ることができるのかを理解しなければならない。

 何度でも思う。これは僕の病気なのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-06-06 23:46 | カテゴリ:院内生活

 まだあと2ヶ月半あるといっても、もうあと2ヶ月半しかない。会社は僕をクビにしないでくれた。それに応えるためにも、1クールでしっかり回復して、7月からは職場に戻らなければならない。

 僕は今のところ、歯茎が痛いこと以外は肉体的な不調はない。「寝る前のおクスリ」は止められたが、日中寝ないようにしているためか寝付きは良く、夢はほとんど見なくなった。
 手の甲の発疹についても、新品のオイラックスが僕に直接手渡され、いちいち詰所へ行かなくても自分で好きに塗ることができるようになった。おかげで看護師さんから『ぬりぬり』してもらう機会はなくなったが、発疹はほぼ治りつつある。
 食後の安定剤服用という日課を除いて、僕は看護師詰所へ行くことがほとんどなくなった。食事の1時間前にロキソニンを貰いに行くこともあまりしなくなった。アルコール依存と歯茎の腫れは直接関係ないと思うし、この病棟の看護師さんの本来の仕事ではないような気もする。特にほかの患者の対応で忙しくしているときは、手を煩わすことが忍びない。
 要するに、お願いできないのだ。そのため今、僕が1度の食事にかける時間は、職員がトレーを戻すワゴンを下げてもいいか訊きに来るほど長くなってしまっている。

 僕は自分の思いや考えを、シラフで相手に話すことがうまくできない。正確には、特に相手が集団の場合、タイミングが測れないのだ。そのため言いたいことを伝える自信もなく、せっかく話す機会があっても理解してもらうための言葉を探すのに悩んでしまう。
 もっともお酒を飲んだところで、言いたいことや伝える能力のポテンシャルは変わらないのだが、話すタイミングや相手の気持ちなんてものは考えなくなるので悩むことがない。だから自分の思うまま、好き勝手に喋る。それで相手が「こいつオモロいヤツ」と笑ってくれるうちはいいのだが、多くの場合、僕の暴走で終わってしまう。

 シラフで人とうまく話せないことが、先生や看護師さんに自分の症状や悩みを打ち明けられないことと重なっていっている気がしてならない。
 入院から半月が経ち、共同生活を通して少しずつ、ごく限られた何人かではあるが、5ーB病棟の患者とは話ができるようになってきた。それが看護師さんには『回復の傾向』に映るのか。「サトウさん、最近ずいぶん慣れてきたんじゃないですか?」などと言われても、逆に不安になっていくだけだ。
 ―― 俺は回復なんかしてないよ。このまま放っとかれて3ヶ月が終わっちゃうの? それならいっそのこと、もっと分かりやすく壊れたほうがいいですか?

 牛本看護師主任から渡された、僕のARPの工程表には、回復に向けてのプログラムの流れが項目別にまとめられているが、いちばん上段の『長期目標』と『具体策』という欄には次のような手書きの記載がある。

〇長期目標♯1:断酒
・具体策:お酒のエピソードを話す
〇長期目標♯2:シラフの対人関係に慣れる
・具体策:対人緊張の自分の傾向を話す
〇長期目標♯3:少しずつ自分を肯定する
・具体策:自己否定感の有無と、どういうときになるか

 治療方針に反発するつもりなんて毛頭ないが、これが実践できたとして、僕が望むような自分を取り戻せるのだろうか。いまいち、というか、まったくピンと来ないのが正直なところだ。


 昼食後のまったりとした時間の中で、不覚にもうたた寝をしてしまった。目を覚ますと午後2時を過ぎている。眠っていたのは2時間程度か。不用意に昼寝をすると、夜眠れなくなる恐れがあるから注意が必要だ。

 その後、昨日の4人でまた散歩に出た。
 出かける前には丸谷さんたちが何やら地図を広げてあれこれ言っていたが、いざ外へ出てみると結局昨日と変わらない、また当てのない散歩だ。
 山の地形に沿って曲がりくねった道路は、車こそ通り過ぎて行くが、歩行者の往来はほとんどない。上り坂の途中、ガードレールから山麓に生い茂るみすぼらしい木立を4人で見下ろしていると、斜面の下からおばちゃんが顔を出し、僕らに向かって「ここ私有地だからねー!」と声をあげた。
 おそらくこのおばちゃんは土地の所有者か管理者で、ちょくちょく山菜かキノコでも勝手に持って行かれているのだろう。
 ―― 誰が入るか、こんなとこ。

 昨日に比べて今日は寒く、上り坂を歩いているのに身体は一向に暖まらない。かえって寒さが増すばかりで、おまけに雨までぽつぽつ降ってきたため、引き上げることにした。とはいえ、おっさんどうしのこの無計画な散歩は、僕にとって少しは気持ちが楽になる時間かもしれない。


 夜。また強い不安と孤独感に襲われて、喫煙室の隅っこでひとりタバコを吸っていると、丸谷さんが入って来た。少し話を訊いてみた。
 丸谷さんは20代の頃、いわゆるプータローやアルバイトなどで何となく生活していたが、30歳を前に専門学校へ通って理学療法士の資格を取った。病院に勤めて患者のリハビリをサポートしていたが、薬物とアルコールから脱け出せず、皮肉なことに自身がリハビリを要する側になってしまった。母親もかつて、隣町の病院で看護師をしており、丸谷さんが言うにはこの柏ノ丘病院は、もともとその病院の系列でできた病院なのだそうだ。
 僅かではあっても、丸谷さんにとってそうした『母親とのつながり』は、最終的にこの病院への任意入院を決める大きな要素になったという。
「大事なのは、病院のスタッフに『自分を任せることができるか』だと思うよ」
 僕は先生にも看護師さんにも、何から何までお任せしているつもりだ。言われた通りに薬を飲み、言われた通りに検査を受けている。でも、自分の不安定な状態を訴えることをしないし、気持ちを伝えることをしない。僕は、何かを待っているだけなのかもしれない。
 5ーB病棟のどの患者もみんな、口を揃えて僕に「どんなことでもちゃんと言ったほうがいいよ」とアドバイスしてくれる。
 アタマでは、それは分かっている。分かってはいるが、僕の思考はそれを躊躇させる。

 これは僕の病気だ。
 だけど、自分ひとりの力だけではどうにもならないと思ったからこそ、入院を受け入れたはずだ。それなのに僕はまだ誰にも『自分を任せて』いないのかもしれない。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-06-06 16:37 | カテゴリ:外出・散歩

 今朝も6時半から、4階玄関前のラジオ体操に参加した。
 ラジオ体操第一、第二と続き、最後は峰口さんを忠心に、四股を踏むように腰を落とした姿勢から大声で「よいしょー!」と3回、両手の拳を空へ向かって突き上げる。
 これが何の儀式なのかは知らないが、とにかくそうやって朝の体操が終わり、一日が始まる。

 朝の瞑想のあと、米窪さんに代わって患者会副会長の町坂さんが会長に繰り上がったことが報告された。米窪さんの転院は連休明けになるそうだ。
 町坂さんは48歳の男性患者で、地元である東海地方の街に家族を残してこの病院に入院している。もともとは飲食店で調理師として働いていたそうだ。アルコールの影響で両足の末梢神経に障害を抱え、薬で痛みを抑えているという。抗鬱剤も数種類を欠かさず飲んでいるらしいが、その甲斐あってなのか頻繁に詰所へ入り浸り、若い女性看護師さんに声をかけている。…ように見える。

 明日から連休後半ということで、一日外出や外泊に出る人も多く、午前中はその準備やら申請やらでばたばたする光景もあった。
 食事をどうするかの関係上、外出・外泊申請は前日の正午までに出さなければいけないのだが、明日から4連休に入るため、7日の水曜日までの外出や外泊は今日のお昼までにまとめて申請する必要がある。
 ちなみにここでいう『外出』とは、午前6時~午後8時までの一日外出のことを指す。2時間以内の外出は『2時間散歩』と呼ばれて区別され、こちらは午前と午後それぞれ1度ずつまで、実際に病院を出る直前に申請すればOKで、要するに「思い立ったら外出が可能」だ。
 僕もようやく一日外出が解禁になったので、実家へ一時帰宅するつもりだ。とりあえず、ミーティングの予定がない次の日曜と、来週火曜の外出申請を提出しておいた。


 午後1時。配薬の手続きなどの都合で予定より遅くなったが、雪絵さんは峰口さんに見送られて、病院のバスで無事退院して行った。
 僕は僕で、職場のマネージャーと連絡がつかないことに気を揉みながら、ひたすら電話を待っていた。休職扱いで会社に留まらせてもらえるのか、5月になってもまだはっきりしていないのだ。
 そうしているうち、米窪さんから散歩に誘われたので、外出することにした。ほかには康平くんと、54号室の丸谷さんが一緒で、男4人の2時間散歩だ。

 今年30歳になるという康平くんは、外出申請してほかの入院患者とスタジオへ足を運ぶ音楽好きの青年だ。以前、師長にギターの持ち込みをお願いして、あえなく却下されたという。彼は大麻から始まって、脱法ハーブの薬物依存で入院している。
 丸谷さんも同じく薬物依存症で、歳は僕より少し上の41歳だ。様々な薬物に手を出してしまったが、中でも『GOGO』という脱法ハーブの依存でトラブルを起こし、街の郊外にある別の精神病院での保護入院を経てここへ来た。
 正式な診断こそされていないが、丸谷さんは自身でアルコール依存についても自覚していて、5ーB病棟での生活は4ヶ月になるという。僕がこの病棟に来たとき、いちばん最初に声をかけて挨拶してくれたのが丸谷さんだった。

 4人で病院から西へ、坂を上って柏山周辺をぐるっと回り、最後は下り坂を歩いて戻って来た。特に当てもない、気ままな散歩だ。5月に入ったとはいえ、時折吹く風はまだまだ寒いが、歩いていると身体が火照ってくる。
 激しい運動を止められている米窪さんが、身体を動かしたい衝動からなのか、突然全速力で坂道を駆け上がる。そしてすぐにバテる。この人は大丈夫なのだろうか。
 道端の花や木を観る。坂の上から眼下に広がる景色を眺める。福井さんの物真似で盛り上がる。世間ではおっさんと呼ばれて差し支えない年齢なのに、その世間に適応できない精神科の患者4人が平日昼間にはしゃぐ姿は、周囲にはどう映るのだろう。

 坂の上の住宅地にある小綺麗に整備された公園に入り、鯉が泳ぐ池を見に行ったとき、携帯電話が鳴った。職場のマネージャーからだった。
 退院後に医師の診断書を提出すれば、病名に関わらず見舞金の支給が受けられるという。会社が入院費の何割かを負担してくれるという以前の話とは少し違うが、僕は契約社員として会社に残れるということだ。実費負担にはなるものの、休職中も社会保険は継続される。
 僕は一応、クビにならずに済んだ。


 夕食後、AA「はましぎ」に参加した。院内では毎月第2週を除く金曜に行われるAAで、雪絵さんに連れられて行った昨日、一昨日のふたつのグループとはまた別のAAグループになる。今日は勇気を出して、ひとりで会場の教室へ向かう。僕のほかには勝瀬さん、米窪さんと、ギャンブル依存症の永塚さんが参加していた。
 AAグループからは、この病院の元入院患者だという50代の男性がひとりで来られて、依存症が『進行性の病気』であることをテーマに自身の体験を語った。そのあと例によってひとりずつ順番に、自らの話をしていくのだが、既にARPのミーティングやほかのAAで見知った患者ばかりなので、聴いた話の繰り返しになるし、こちらも同じ話しかできない。AAの場は異なるし、そうでなくても同じ内容を話してまったく問題ないのだが、まだ慣れない僕は、この辺で話を少し盛ったほうがいいのかなどと余計な心配をしてしまう。

 本来AAのような自助グループの集まりは、一般の集会施設や教会などで行われるのが通常で、ARPの一環として病院内で行われるAAは『メッセンジャー』と呼ばれる、グループを代表する方々に病院へ足を運んでもらい、入院患者にAAを「体験」させるというニュアンスが強い。
 また、各会場で行われるどのAAも自由に参加が可能で、本名を名乗る必要もない。アルコホーリクス・アノニマスの『アノニマス』とは「無名」即ち「匿名」を意味するが、5ーB病棟の知った患者どうしでは匿名もへったくれもない。3ヶ月の間のARPでは、病院外で行われるAAや断酒会への参加ももちろん認められている。本当に見知らぬ人たちの集うミーティングにも参加すべきだとは思うが、僕にまだそこまでの勇気はない。
 いずれ近いうち、と相変わらず先延ばしにするだけだ。

 メッセンジャーの男性が最後に言った。
「僕は酒を断って9年になりますが、未だに飲みたいと思うことはあります。そういう意味では、やっぱりこの病気は進行性で、一生付き合わざるを得ないんです。でも今この瞬間、僕が今日AAのためにここに来ている間は、少なくとも飲まずにいられますから」

 ―― 飲まずにいられる時間をつくる。至極単純なことだが、依存症者の大半が退院後にスリップ(再飲酒)してしまう現実がある。


 就寝前に洗面所で、勝瀬さんから何げなく声をかけられた。
「創作のひとつで、革細工ってあるでしょ。あれ、なかなか面白いですよ」
 創作とはARPの作業療法のひとつで、手工芸などを体験して集中力をつけたり、自己表現をするものだ。「飲まずにいられる時間」として、趣味を見つけることにもつながるかもしれない。革細工のほかにも、陶芸なんかもあったりするらしい。
「確か陶芸もありましたよね? あれはどうなんでしょう」
 話に乗っかって、尋ねてみた。
「俺も最初は陶芸をやろうと思ったんだけど、あれは無理ですね。3ヶ月じゃとても終わらない」
 僕は実のところ、陶芸ならいちどやってみてもと思っていたのだが、そうか。3ヶ月あるとはいえ、週に1回1時間のプログラムでは、できることが限られるのも無理はない。
 「革細工なら2ヶ月もあれば、まあ仕上がりますよ。凝る人はバッグなんか作ってるけど、定期入れくらいならそんなに難しくないんじゃないかな」
 なるほど、革細工か。
 気付いたら、ここへ来てもう半月が過ぎた。でも1クール終了まで、まだあと2ヶ月半あるのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-06-04 22:02 | カテゴリ:病棟の人々

 5ーB病棟の起床は午前6時。平日は7時15分の瞑想まで、みんなそれぞれ朝の時間を思い思いに過ごす。
 午前6時半。NHKのラジオ放送に合わせて毎朝やっている体操に参加してみた。
 といっても、雪絵さんに強引に連れて行かれたのだが、4階玄関前で朝の空気を吸いながら軽く身体をほぐすのも気持ちがいい。5ーB病棟の患者有志で自主的にやっていて、特にARPの一環というわけではないのだが参加者は比較的多く、だいたい10人前後か。日課にしている人もいれば、気が向いたときに足を運ぶ人もいる。
 高校以来やってもいないはずのラジオ体操第一を、意外に身体が覚えていることにも多少驚いた。


 今日から5月。朝の瞑想タイムで、麻友美さんに代わって米窪さんが患者会の新会長となったことが報告された。
 会長は月交代で、各病室から選ばれた室長の中から役員と併せて話合いで決める。
 先月40歳になったばかりの米窪さんは、歳こそ僕とふたつしか違わないが、既に高校生と中学生のふたりの子を持つ父親で、僕なんかよりずっと大人に見える。ラグビーで鍛えた太い腕とふくらはぎが印象的だが、その体つきからは想像できないほど重い肝疾患を抱えていて、朝晩の点滴が欠かせない。高校中退以降、道路の舗装などを請け負う重機操作の業界で働いており、今は病気のため自主退職し、ほかの病院を含めて1年のうち半分は入院しているという話だ。時間もかかり行動が制限される点滴の煩わしさに耐えかねて、薬液をトイレに棄てていたこともあったというが、今回は本気で社会復帰を目指して、点滴スタンドを傍らにAAにも積極的に参加している。
 ちなみにどうでもいいことだが、僕には点滴スタンドをガラガラ伴って歩くその後姿が、どことなく魂の叫びと哀愁を同時に感じさせる。ともすれば片時もスタンドマイクを手放さない矢沢や氷室にさえ見えてくるため、そういう患者を僕は勝手に『点滴ロッカー』と呼ぶことにしている。


 2回目のフレッシュミーティングは、河原さんら数人が規定の4回を終えて、勝瀬さんと永塚さんの3人だけの参加となった。
 沼畑師長からは『今回入院となった経緯』というテーマが出されたが、数あるミーティングの場で毎回同じような身の上話をすることに、勝瀬さんは少し嫌気がさしている様子だった。
 患者の中には、酒を飲んでのかつての暴走ぶりをまるで武勇伝のように語る人もいる。
 勝瀬さんは僕と同じく、アルコール依存症で入院したのは今回が初めてという正真正銘のビギナーで、支えてくれる奥さんのためにも、2度目3度目はないという決意で治療に臨んでいる。だからこそ、治す気があるのかないのか自分の飲酒遍歴を得意げに語り、病院の牢名主を気取る一部の患者に辟易していて、自分自身の失敗については何度もくどくど話したくないのかもしれない。

 僕も勝瀬さんとほぼ同じ気持ちだ。僕は19歳から現在に至るまでの連続飲酒による依存症で、話せば長い。家庭環境のこともあるので正直、話すのが面倒になる。かいつまんでポイントを整理したところで、ただのプレゼンになるだけで、しらけた武勇伝と何も変わらない。
 僕はテーマに沿い、改めて、電車で倒れてたくさんの乗客に迷惑をかけた結果、その日のうちにここへ入院することになった経緯だけを話した。

 パチスロ依存症の永塚さんは、中間施設からこの病院へやって来た人だ。通常1年~1年半におよぶ施設での共同生活を通して社会復帰のための回復訓練を行っていたが、途中で2度にわたりスロットに手を出してしまい、専門医療期間、即ちこの病院への入院措置となってしまった。
 永塚さんにはアルコールや薬物への依存はないが、もともとは鬱病から仕事を失い、家族にハローワークへ行くと行っては1日中パチンコ屋で過ごす生活をしていたという。パチスロのために借金を重ねた挙げ句、離婚届を突きつけられ、鬱病の傷病手当も家を売ったお金も結局スロットに費やして、すべてを失った。
 ここを退院しても、中間施設でまた1日目からやり直しの日々が待っているという話だ。

 少人数でのミーティングでは、必然的に話の内容が濃密になる。一口に依存症といっても、僕のアルコール依存とはまた違う永塚さんの話は、とても興味深いものだった。


 ミーティングルームを出て、喫煙室で一息ついたあと、体育館へ向かった。
 木曜日のレクリエーションは午前10時半~11時半までで、フレッシュミーティングの時間帯とは多少カブっているが、まだ30分ある。スーパー柏ノ丘店で買ったジャージの出番だ。
 サンダル履きのまま体育館へ行くと、ステージ前にセットされたコートでは既にミニバレーで盛り上がっていた。僕に気づくと誰ともなく手招きして誘ってくれた。
 まだみんなの仲間に加わる自信のない僕はそれを遠慮して、1台空いていたエアロバイクにまたがった。エアロバイクのハンドル部分にはディスプレイがついていて、距離やタイムのほかにスピードや消費カロリーなども表示される。
 少し負荷をかけて30分弱、ひたすらペダルを漕ぎ続ける。10㎞走破を目指したが、時間が足りず僅かに届かなかった。それでも汗だくになるには充分な運動で、膝がぱんぱんになり、疲労感が心地よかった。


 11時半からの森岡先生の回診は、待ち時間は長かったものの、診察そのものは1分程度で終わった。病院のそういうところは外来と大差ないものだ。体調はどうかと訊かれ、とりあえず眠剤なしでも眠れてますと答えると、
「この調子で様子を見ましょう。はい、いいですよ」
 それだけだった。ぼくは促されるまま診察室を出た。手の甲の発疹についてなんか、とてもじゃないが言い出せなかった。
 どうもうまくいかない。僕が何とかしたいのは、こういう自分なのに。


 今日から患者会の会長になったばかりの米窪さんは、肝臓に見つかった癌のカテーテル手術を受けるため、急遽10日~半月ほど街の中心部に近い総合病院へ移ることになった。
 やむなく53号室の室長も交代せざるを得なくなり、入院期間の長い順という流れで、周さんという患者が室長になった。
 60代半ばくらいの周さんは、街の中心から少し南にある住宅地で中華料理店を営んでいて、店が暇なのでアルコール依存症になったとの噂だが、果たしてそういうものだろうか。親に連れられて中国から日本に来たのは10歳のとき、と本人からいちど聞いたが、その割には日本語のアクセントが今でも独特だ。失礼とは思いつつも風貌も含め、ゼンジー北京を思い浮かべてしまう。
 血糖値が高くインシュリンが欠かせないようで、病室奥、窓際の周さんのベッドにはいつも看護師さんの出入りがせわしない。室長なんてやらせて大丈夫なのかと、自分が引き受ける気もないのに心配になる。


 夕方6時半。今日も雪絵さんに連れられてAA「オリーブ」のミーティングに参加した。昨日とはまた異なるグループだ。中間施設の所長さんらしい方とその入所者の、合わせて5名が来られていて、全員が女性だ。女性の依存症者を対象としたグループのような感じもするが、僕に分かるはずもない。雪絵さんが確認してくれて、「病院内でのAAは男女合同OK 」とかいうことで、僕も誘われるまま席に着いた。
 ほかの参加者は勝瀬さん、米窪さん、福井さんと、遅れて峰口さんがやって来た。結局雪絵さん以外はみんな男性で、いずれも昨日のAAに参加していた患者だ。11名がそれぞれの経験や思いを順に語った。
 メンバーの女性の中には永塚さんのようなパチスロ依存や、トルエンの依存症の方もいて、その体験談も興味深かったが、とりわけ僕が印象的だったのは、当時まだ幼いふたりの子供の養育費や小遣いを、すべて自分の酒代に充てていた60歳前後の主婦の方の話だ。現在はお酒を断って久しいそうだが、今も「母親失格」という自責の念に苦しんでいる。やりきれない思いがした。

 誤解されるといけないので再度断っておくと、AAや断酒会などの自助グループは「依存症を克服した人たち」がいま現在依存症に苦しむ人たちを支援するグループではない。断酒から何ヶ月、何年経とうが、いちど飲んでしまえばまた振り出しに戻るわけで、依存症者という立場は僕ら入院患者と同じだ。現役の入院患者よりも依存対象から遠ざかっている期間が長いだけで、病気が完治したわけではない。常に欲求と対峙していることに変わりはないのだ。

 ミーティングは続く。5ーB病棟の患者が話す番になると、福井さんが真っ先に手を挙げた。
「俺ァ前の入院ンときにもここに参加して、このAAってのが大嫌いになったんだ」
 いきなり何を言い出すんだと、思わず身構えた。
「だけンども今度の入院で、今度こそ、もう一度最初からって思ってるもんだからアレだけどまあ、シとつお願いします。以上」
 福井さんがこのAAを嫌いになった正確な理由は分からない。何が「今度こそ」で、何で「もう一度最初から」なのか、ついでに言えば「アレだけどまあ」の「アレ」も分かるようでよく分からない。
 けれども、福井さんが現状から脱け出そうとしている必死さは、自分なりの言葉で精一杯伝えようとすることで僕に突き刺さる。おそらく福井さん自身も判断がつかない、正直な気持ちなのだろう。
 だからこそ、それを確かめるため福井さんはAAに参加している。そんな気がした。


 喫煙室は午後11時で施錠される。10時半を過ぎる頃には、就寝前の駆け込みタバコをしようと患者が入れ替わりやって来る。
 僕もそのひとりだが、特に夜10時あたりからひどい孤独感に襲われるため、喫煙室のベランダ際でまだ肌寒い外の空気を少しだけ浴びながら、ただ漫然とタバコを吸う。
 ここに入院している患者の誰もが心に鬱屈を抱えているため、そういう状態にある人に気付いても、敢えて言葉をかけたりはしない。安直な励ましが、かえって相手を傷つけることを知っているからだ。

 それでもこの夜、雪絵さんが僕の様子を心配して声をかけてくれた。彼女は明日、午前のバスで病院を去る。
「眠れないの?」
「いや、この時間はちょっと来ちゃうんで」
 何が「来ちゃう」のかは、わざわざ言わなくても分かってもらえる、精神科ならではの便利な共通言語だ。
「詰所に言ったほうがいいよ。ついてってあげようか?」
 その優しさが何より嬉しかった。大丈夫、と笑顔で返すことができた。
「今度はここじゃなくて、街中あたりでばったり会えたらいいですね」
 僕が話をそらすと、彼女は「そうだねー」と言って笑った。
「ばったり会ったのが飲み屋だったりして」
 冗談のつもりで言ったが、笑いながらも「それはないから」ときっぱり言われてしまった。彼女の強い意志を感じた。

 それから少しの間、他愛もない話をした。この半月で、僕は雪絵さんには気軽に話ができるようになっていた。
「サトウくん、自分を好きに思えるようになってね」
 そう言って彼女はハイタッチを求めた。僕のテンションと開きがあるのは明らかで、やっぱり僕には彼女が無理にでもポジティブになろうとしているように見える。でもそれは僕への激励と同時に、自分自身を奮い立たせるために必要なのかもしれない。ここを出てからが、本当の勝負なのだ。
「絶対に大丈夫だから。いぇーい」
 そう言ってあははと笑う彼女に、精一杯の感謝を込めつつ、僕はぎこちない手つきでハイタッチを返した。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-06-03 20:20 | カテゴリ:AA

 野間さんが退院した。隣のベッドとはいえ、結局ほとんど話す機会はなく、カーテン越しにいつも聞こえるのは、お笑いDVDをひとりで観ながら「うへへ」と笑う声か、お菓子をボリボリ喰らう音とゲップ、あとは明らかに眠りの浅さを意味する猛烈なイビキだった。
 依存症病棟では、完治して退院するということがない。3ヶ月の1クールを終えて、依存症からの「回復」が見込めたことによる退院。また、あくまで任意入院のため、時期を問わず本人の希望による退院。そして諸々の事情による転院というのが、この病院を出て行く理由にあたる。
 依存症者には、退院後も常にスリップ(再依存)の危険が隣り合わせとなって付きまとう。すぐに再入院で戻って来るケースは珍しくもない。だから退院に際して「おめでとう」と言葉をかける人は誰もいない。


 午前11時、2回目のビギナーミーティングに参加した。今日は沼畑師長が来られなかったので、小里看護師が担当した。まだ20代だろうか、若い女性看護師だ。
 先週を最後にセカンドミーティングへ進んだ人もいるようだが、僕のあとから入院した50代後半の和代さんという女性と、40代前半くらいの迫さんという男性が新たに加わり、10人弱ほどの患者が参加していた。
 小里看護師からのテーマは『この1週間で春を感じたこと』。患者の生活サイクルはおおかた似たようなものなので、病院周辺の散歩で気づいた桜やフキノトウといった植物についての発言が多く、僕も日曜日に柏山で見た一面のツクシのことを話した。

 もうひとつ、『シラフの自分について』というテーマが挙がった。
 依存症患者にとって、飲酒やギャンブルへの欲求に苦しんでいるときこそが「シラフの自分」にほかならない。まさしく今、欲求と闘いながらこの病棟で生活する毎日はシラフそのものだ。
 入院生活を通して取り戻したい「シラフの自分」がいる。ただそれが、本当の自分になり得るのだろうか。
 お酒に頼るうち、僕は飲んでいるときとそうでないときの、どちらが本当の自分なのか分からなくなってしまった。本当は誰かと話したい自分。飲まないと話せない自分。飲むと勇気が湧き、饒舌になり、そして暴走する。お酒を飲むことがすべての中心で、ほかに何をすべきかを知らない。
 僕と同じ53号室の勝瀬さんがこのとき、
「酒を飲むことに費やしていた時間がなくなって、その使い方が分からない」
 と発言したが、僕もまったく同じ気持ちだった。
 病棟には漫画や文庫本がたくさんあり、僕は『鬼平』もまだすべて読破していない。明日仕事に行くこともないので、今のところ薬を飲まなくても安心して眠れる。携帯で適当に時間を潰すことも簡単にできる。
 ただ問題は、ここを出て、仕事を抱える生活に戻ったときに、僕がどうあるかなのだ。


 夕食後の午後6時半。雪絵さんに連れられ、初めてのAAグループ「ヒナドリ」のミーティングに参加した。普段どういう形式なのかは知らないが、夫婦だというグループのメンバーが来られて、病棟内の教室に集まった自由参加の患者とミーティングを行うというものだ。
 AAでは『テーマミーティング』というそうだが、その日のテーマに沿って参加者ひとりひとりが自分の経験や思いを順に話すという点では、ARPのほかのミーティングと変わりない。ただ大きく違うのは、ミーティングを進行するAAメンバーも、アルコール依存症者のひとりだということだ。
 もちろん今日に至るまで断酒を続けている方々なのだが、完全治癒が不可能なこの病気は、いちど診断された依存症という病名は一生消えない。つまり「元」依存症という人は存在しないのだ。
 AAや断酒会などの自助グループでは、参加者すべてがこの病気を経験として共有している。だから看護師やカウンセラーによるミーティングとは異なり、相互援助の色合いが濃い。会場の教室には、僕と雪絵さんを含めて5ーB病棟の患者7、8人が集まった。

 今日のAAグループで進行を務めた男性は現在50歳で、兄の自殺や両親からのプレッシャーなど原因や経緯は複雑だが、20代の頃にアルコール依存症になったという。18年前から断酒を続けているそうで、同じグループで活動する奥様も今はアルコールを断っている。

 今回のテーマは『自分を知る』。昨日の学習会や今日のビギナーミーティングで挙がったテーマにも通じるものだ。
 僕は飲んでいるときとそうでないときの自分について、どちらが本当の自分なのか分からない。けれども僕は、問題に正面から向き合うとしない自分を知っている。逃げるタイミングを常に窺う自分を知っている。アルコールのみならず、親や友人、恋人に依存する自分を知っている。とてつもないふがいなさと申し訳なさと後悔の中に、僕は今、ただ存在しているだけだ。

 テーマは一応挙げられるものの、参加者はその場で自分の思いを話すため、テーマから逸脱する人もいれば、言いたいことがまとまらない人も多い。
 また、高ぶった感情を涙ながらにそのまま吐き出す人もいる。雪絵さんがまさしくそうで、ちょっとついて行けない部分も正直あったりしたのだが、ただ、彼女の思いは真っすぐでひたむきで、そして何より健気だ。親の暴力から自身も粗暴になってしまったこと、荒れに荒れた男性関係のこと、施設に預けた子供のこと。挙げ句、お酒に薬物、ギャンブルのトリプル依存に陥った。どん底を経験した末、それでもそこから抜け出すべく、ようやく自分自身を好きになりたいと思えるようになったという。

 暗く、辛い告白が続くこうしたミーティングは当然湿っぽくなりがちで、結論なんて出るはずもないし、そもそもテーマミーティングは議論の場ではない。患者の中には傷をなめ合うだけだと敬遠する人も多い。
 それでも、同じアルコール依存による苦しさを知るひとりでも多くの人の話を聴くことは、手探り状態の今の僕が前へ進むための「何か」であることは確かなはずだ。

 1時間ほどでAAが終了したあと、喫煙室へ直行した。雪絵さんが入って来たので、誘ってくれたお礼を言おうとすると、目を赤く腫らした彼女のほうから、
「ありがとう! いい会だったね、ね?」
 となぜか先にお礼を言われた。まだ感情の高ぶりが収まりきっていない様子だ。
 福井さんという、一緒にAAに参加していた60歳手前の男性患者が、
「何かこう、明るくて楽しくなるミーティングねえべかよォ」
 と言い残して喫煙室を出て行った。
 福井さんは「オレの脳は腐ってンだ」というのが口癖だが、レクではよくエアロバイクで汗を流すなど、体は至って健康そうだ。浜言葉独特の強い訛り口調でいつもざっくばらんに喋り、周囲を笑わせている。
「私の話が変な空気にさせちゃったのかな…?」
 福井さんの言葉を気にして、打って変わって心配そうな表情になった雪絵さんが僕に訊いた。
「そんなことはないですよ。福井さんはそういう意味で言ったんじゃないと思います」
 そう思ったから、そう答えた。でも彼女が余計な心配をしてしまう気持ちはよく分かる。僕が彼女なら、やっぱり同じように気にすると思うからだ。
「気にしすぎですよ」
 自分のことは分からないくせに、人のことになると客観的にものが見える。だから厄介だ。
「明日もAAあるからサトウくん、一緒に行こうね」

 雪絵さんは明後日、ここを退院する。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-06-03 15:50 | カテゴリ:院内生活

 今日午後のレクリエーションに備え、昨日の学習会のあと、スーパー柏ノ丘店へジャージを買いに出かけた。ミニバレーを楽しむみんなの中に加わる勇気はまだないが、エアロバイクならできそうだ。もう少し運動して、筋力もちゃんとつけないといけない。
 …と思ったら今日は祝日で、無情にも体育館は閉まっていた。ほかに参加するようなARPの予定もないので、そのままゆっくり、のんびりと過ごす。次のレクは木曜日の午前中だ。


 僕の歯茎の腫れと手の甲の発疹について、相変わらず看護師さんはみんな気遣ってくれる。鎮痛剤のロキソニンは、概ね食事の1時間前に自己申告で詰所へ貰いに行くが、忘れることもしばしばあるし、夕方の申し送り(看護師の業務引き継ぎ会議)中は詰所へ行くのも何だか気が引けてしまう。
 要するに、歯の痛みについてはそんな程度で、取り立てて騒ぐほどのことでもない。騒ぐほどでもないのだが、ごはんは美味しく食べたいものだ。このジレンマに掛川看護師いわく、
「近くに歯医者さんあるから、とりあえず痛いとこだけでも治してもらったら?」
 その通りだ。初診料はちょっと高いかもしれないが、それでもその通りだ。
 だけど困ったことに、僕は歯医者に行くのが怖くて仕方がない。

 自慢じゃないが、生来歯医者嫌いの僕が最後に歯科医院へ行ったのは小学6年のときだ。以来、大人になれば歯医者も恐れることはなかろうと思い、そのときまでは例え痛もうが欠けようが被せた何かが取れようが、頑なに歯医者を封印して、それでも何とかやり過ごしてきた。だけど残念なことに、38歳になった今でも歯医者の恐怖のトラウマは拭いきれていない。

「最近の歯医者は痛くないよ」と、誰もが口を揃えて僕に言う。掛川看護師も千葉看護師も米窪さんもみんなそう言った。なるほど、言われてみれば確かにそうだ。この20数年で、日本の歯科医療は格段に進歩しているに違いない。それならばいっそこの機会に ―― と腹をくくりかけた途端、
「でも痛いとこはめっちゃ痛いですよ」
 という、康平くんの余計な一言で決意が萎えた。
 ―― そうだ、騙されてはいけない。痛くない歯医者などあるはずがないのだ。
 何だかんだと人のせいにして、結局僕は歯医者へ行かずじまいでいる。

 手の甲の発疹については、今のところ看護師さんにお願いすればいつでも例のクリームを塗ってくれる。オイラックスという軟膏薬で、当たり前だが怪しいものではなかった。おかげで幾分か症状も治まってきたようだ。
 僕の手の甲に、歯磨き粉でもつけるようにチューブからにゅるっと白い塊を捻り落としてくれるだけなのか、使い捨ての医療手袋越しではあるが優しく『ぬりぬり』してくれるのかは看護師さんによって対応が分かれる。
 まあそんなことはどうでもいいのだが、とにかく次の回診で、発疹についても森岡先生に相談するよう奨められた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-06-02 00:40 | カテゴリ:AA

 言うまでもなく、喫煙室は雑談の場になる。タバコへの依存も進んでいるらしく、入院患者のほぼ全員が喫煙者のようだ。
 デイルームの一角に間仕切りで遮蔽されたこのスペースには、暇をもて余した患者が入れ替わり立ち替わりやって来ては雑談を交わす。
 僕は少しずつ、少しだけ、そんな会話にも加わることができるようになってきたものの、相変わらず気持ちの浮き沈みが激しいため、ただ黙ってベランダ越しに見える桜の蕾を眺めていることも多い。もっとも、そういう患者は僕だけではないので、居合わせた相手によってはひたすら沈黙が続くときだってある。

 それでもやっぱり会話を求めてなのか、ただ一服したいだけなのかその両方なのか、喫煙室にはひっきりなしに患者がやって来る。
 高血圧がどうとか末梢神経の痺れがどうとか、自らの疾病遍歴を語る人。まる一日の外出で、孫に会えることを嬉々として話す人。反対に、諸々の事情で家族に会えない辛さを吐露する人。病院食のメニューについて、細かい不満をぶつぶつ口にする人。
 話の内容は、いつもおおよそ決まっている。けれども僕はそんな話を聞くたびに、ここは病院なんだと改めて認識する。そして僕も、その病院で生活する患者のひとりなのだ。


 月曜午後2時の学習会を前に、喫煙室で雪絵さんにAAについてそれとなく訊いてみた。

 AAとは『アルコホーリクス・アノニマス』の略で、直訳すると『無名のアルコール依存症者たち』という意味らしい。アメリカで始まった飲酒問題解決のための相互援助のグループで、日本でもNPO法人を問い合わせ窓口にして、全国各地で多くのAAグループがミーティングを行っている。
 このほか、薬物依存症者のためのNA、ギャンブル依存症者のためのGAがあり、柏ノ丘病院では6つのAAグループと、NAとGAのグループがそれぞれひとつずつ、毎月決まった指定週の曜日にメンバーの方々が足を運んでミーティングを実施しているが、これはあくまで自由参加だ。
 看護師さんやワーカーさんからは、こうした自助グループはおいおい参加していけばいいと言われていたが、そろそろ何かやらないといけない気がしてならない。
 ―― とはいえ、こんなミーティングでお互いに残念な打ち明け話を披露したところ で、本当に成果があるのか。
 現に、今ここに入院している患者の中にはAAや断酒会など自助グループの常連も多く、そういう患者はこの病院のARPについても新人看護師さんなんかよりやたらに詳しい。だけどそれは、単に何度も入退院を繰り返しているからにすぎない。早い話、「お前ら結局、酒やめれてねーし」ということだ。
 好むと好まざるに関わらず、1年の半分を病院のベッドで過ごしている人もいる。もっとツワモノもいるかもしれない。
 ここへ来て以来、多くの患者から「サトウさん、ここの入院は初めて?」とまるで職場の先輩のような口ぶりで訊かれるが、僕はリピーターにはなりたくない。今回が最初で最後のつもりだ。

 いちど、病室の入口横に吊るされた『ようこそAAへ』という小冊子を開いてみたが、何だか宗教の勧誘案内で見かけるような都合のいい挿絵がかえって不自然で、まだ読んでいない。
 正直、僕がひとりで足を運ぶには相当な勇気がいる。6つもあるAAグループの、どれに行けばいいのかも分からない。ただ、ここに3ヶ月もいる以上、何かをしなければ意味がないのは確かだ。

 そんなわけだが、雪絵さんには本当にただそれとなく訊いてみた。
「みんなでそれぞれ、自分の経験とか言い合うんだけど、話したくなければ話さなくていいし、行きたくないと思ったら行かない日があってもいいの。強制じゃないし。どのAAも飛び込みで行っていいんだよ。人の話をただ聴くだけでも、絶対プラスになるから 」

 一見人懐っこく、あははとよく笑う雪絵さんは、多少無理して明るく振るまっているように思えなくもない。それがいいことなのか悪いことなのかは分からないが、僕にAAを勧めるのは、彼女の率直な気持ちだと感じた。
「じゃあ、次のAAは私と一緒に行こうよ。もっと早く言ってくれればよかったのにー」
 そう言うと彼女は、早速デイルームの掲示板に貼られたARPの予定表を確認しに出て行き、手招きして僕を呼んだ。
「今日は月曜だからNAか…。NAに行くのもいいけど、いきなり薬物はちょっと重いかも。明日はGAで…AAは明後日、水曜の午後6時半。53号室だっけ? 呼びに行くから」
 麻友美さんにしてもそうだが、依存症を抱える女性はみんなこう面倒見がいいものなのだろうか。
「雪絵さんは、NAやGAにも参加してるんですか?」
「私? あ、私は全部持ってるから。お酒もクスリもギャンブルも。あははは」
 本当にAAがプラスになるのか、少し心配になった。いずれにせよ、行ってみないことには始まらない。


 2回目の学習会に参加した。今日のテーマは『⑦ 依存症と対人関係』で、男性心理士が担当した。時間ぎりぎりに会場の教室に入った僕は、最後列の席に着いた。
 先週は気がつかなかったが、学習会では何人もの病院スタッフが授業参観みたいに教室の後ろから見学している。若いスタッフが多く、研修の一環なのかもしれない。

 今日の学習会の簡単な説明のあと、『私はどんな人? ~20答法で理解を深める~ 』と題したプリントが参加者に配られた。プリントには20の設問があり、すべて「私は ――」で始まっていて、そのあとがどれもまったく同じく空欄になっている。
「ここに何でもいいので、自分に関することを書けるだけ書いてください。そのあと4、5人のグループに分かれて、書いたことをそれぞれ発表し合ってもらいます。それを聴いた人は、今度はその人のいいところを中心に感想を伝えてください。ただ感想を言うだけじゃダメですよ。いいところを見つけて伝えてあげてくださいね」

 そばにいたスタッフの仕切りで、患者が適当なグループに分けられていく。僕は5人のグループで、優二さんや康平くんなど、たまたま全員が5ーB病棟の患者だった。
 自分に関する事柄について僕は、優柔不断だのお金にだらしないだの意志が弱いだの、思いつくままネガティブな回答ばかりを書いた。いいところなんて見当たらないだろうという、根本的な姿勢がそもそもネガティブなのだ。
 とにかく、言われるがまま空欄を埋め、言われるがままそのいくつかを発表し、言われるがままほかの4人の発表を聴いた。
 みんな自分に関して、多くは自分の好きなものを挙げていた。
「音楽が好き」「ギャンブルが好き」「ラーメンが好き」「女が好き」―― 他人に発表することを前提にしているとはいえ、好きなものを書くというのは、僕にはあまり浮かばない発想だった。それは何だかとても素敵なことのように思えたので、僕はそれを「皆さんのいいところ」に感じる、とそのまま伝えた。

 ただ、実際こういう状況で「いいところ」を言い合うのは無理やり感がありすぎて至難の技だ。最終的に今回のテーマの本質は「自己理解を深めるうえで大切なのは、周囲がどう思っているかを知ることにある」として終了した。
 それならむしろ悪いところも含めて本音で言い合うほうが手っとり早い気がするが、もちろんそんなことをすれば収拾がつかなくなるのでこういう形式になる。
 このとき僕らはひと通り相手の「いいところ」を捻り出したあと、自分がベストだと思う映画やお薦めのラーメン屋について、時間が来るまで脱線した話題に興じていた。
 自己理解もいいが、今の僕には誰かと話すことのほうが有意義だと思った。

 ただひとつ、僕の「いいところ」で意外な指摘をされた。
 52号室の患者で、永塚さんというパチスロ依存症の40代半ば~後半くらいの男性が、僕のネガティブな自己評価に対して、「自分の殻に閉じ籠らず、正直に自分のことを話している」と言った。
 他人が自分をどう思っているかは、程度の差はあれ人間誰しも気になるところだ。永塚さんが僕を評して言ったことは、苦し紛れに捻り出したものかもしれない。けれども、それを直接聴くことは、あれこれ邪推するよりはるかに大きな発見がある。
 僕が閉じ籠っているはずの『殻』とは、いったい何なのだろう。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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