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2014-07-18 00:00 | カテゴリ:SST
(※スリップから9日目)
 今日は午前9時半から、月1回の部屋ミーティングが行われた。先月は僕の入院前に行われており、僕はこれが初参加となる。
 勘違いしていたのだが、部屋ミーティングは看護師さんの進行で近況や悩み、その他適当なテーマについて同じ病室の患者どうしで話し、コミュニケーションを図るARPのひとつなのだそうだ。僕はこの部屋ミーティングで室長を決めたり、室長会議で決まったことを周知するのだと思っていたが、患者会の運営とはまったく関係がないという。

 53号室は8人部屋だが、今日現在の入院患者は、来月の室長がなし崩し的に決まった米窪さん、その米窪さんの転院で5月の室長を務めている周さん、断酒歴9年の高津さん、元塗装屋の黒部さん、元肉屋の平嶋さん、それから勝瀬さんと僕の7人だ。

「ひとりでいると飲みそうになるから」と入院してきた高津さんについて、当初僕はそんなふうに気軽に入院できることが不思議というか、お気楽というか、何だか違和感を覚えていた。あとで聴いたことだが、高津さんの奥さんはステージ3の大腸癌の闘病中で、入院や検査などで家を空けることが多くなり、高津さんはその間飲酒に走らないよう自制のために1クールの入院を決めたのだそうだ。
 その他諸事情はあるのだろうが、元「その筋」の人だった高津さんには子供がおらず、年上の奥さんにだけは頭が上がらないようだ。いつも「かあちゃんにバレたらうるさいけんのう」とこぼしつつ、病院と奥さんに内緒で頻繁にパチンコに出かけている。
 強面だが面倒見のいい高津さんは、黒部さんとはひとつ違いで、還暦前とは思えないほど若々しい。とはいえ内科の入院は6回だか7回だかで、C型肝炎をはじめあちこちに重度の疾患を抱えており、医師から「今度飲んだら死ぬよ」と釘を刺されているところは米窪さんと同じだ。

 部屋ミーティングは、53号室担当の牛本看護師主任、前上看護師、細池看護師の3人が入り、前上さんの進行でひとりひとりの近況報告から始まり、周さんのリクエストで『食べ物の好き嫌い』の話題になった。テーマは毎回ざっくばらんなようだ。精神科は間食が比較的自由とはいえ、入院中の食べ物の話題は普段患者が抑えている欲求を後押しする。糖尿病を抱えた主任を含め、あれが食べたいこれが食べたいという雑談に終わった。
 ちなみに柏ノ丘病院の食事は、入院食にしては評判がいい。僕も注文がまったくないわけではないが、毎日美味しくいただいている。


 午前10時半を過ぎて、体育館へレクに向かった。ミニバレーの参加を止められている米窪さんと並んで、今日もエアロバイクで30分、10㎞を走る。滝のように流れる僕の汗に驚いた米窪さんは「無理しないほうがいいよ」と心配してくれた。この病棟には、自分に無理を課す人に限って人の心配をする人が多い。
 レク終了後、優二さんから声をかけられた。
「そろそろバレーできるんじゃないの?」
「まあ、そのうち」
 と、僕は笑って受け流したが、実際僕には明日の料理が心配でバレーどころではないのだ。ちゃんとみんなに協調できるのだろうか。下手をすれば、また集団が怖くなって振り出しに戻りかねない。

 その優二さんは、今日も夕方から植中さんと院外AAへ出かけるそうだ。2週間前、僕が勝瀬さんを誘って参加した南町の「オオタカ」で、今日は『バースデイイベント』の日だという。断酒から1日、1ヶ月、3ヶ月、半年、以降は年単位の節目ごとに、記念のメダルを貰うことができ、それを励みというか支えというか、とにかくお酒を断つんだという自らの誓いを忘れず、さらに次の節目へのステップにつなげていく。AA発祥のアメリカでエミネムとかというヒップホップMCが、自身のユニット曲のPVでAAのメダルをペンダントに加工して身につけていたことで、まだまだAAの存在を知らず、依存症の問題に苦しむ一部の人々の間で話題になったそうだ。
 ちなみに優二さんは、今日が40歳の誕生日だという。これまた偶然今日が45歳の誕生日の植中さんと、文字通りのバースデイイベントということになる。


 すっかり忘れていたレク後の回診は、いつものようにあっさり終わった。先日千葉看護師に相談した、カウンセリングを受けたいという件は、伝わっているのかいないのか、森岡先生のほうから言及はなかった。僕は結局、自分から直接相談することもできなかった。


 昼食後、明日の料理の買い出しに出かけた。草刈さんに急遽、内科のエコー検査が入ったため、洋子さんとふたり、買い出し未経験者どうしでの買い物になったが、料理には参加しないはずの勝瀬さんと米窪さんが「個人的にスーパーへ散歩する」という名目で一緒に病院を出た。洋子さんへの周辺の道案内を兼ねて、病院バスではなく徒歩で坂道を下り、スーパー柏ノ丘店へ向かった。
 さんざん「高い」と決めつけられた鱈は、輸入物とはいえ2切れ250円前後と安く売っていて、節子さんの当初の提案通り『鱈のミートソースがけ』でいくことにした。洋子さんは主婦らしく、次から次へと手際よく8人前の品定めを進めては食材をカゴに放り込み、瞬く間に残すはデザート食材のみとなった。この時点で米窪さんが携帯の電卓機能で試算したところ、予算上限2,400円のうち残り300円ほど余裕があった。そこで、1個100円のフルーツ缶を3個ほどチョイスしていざ会計に向かう。商品がレジを通っていくたびになぜかちょっとどきどきする。
 どこで計算を間違えたのか、合計は2,438円。外税方式は計算がややこしく、38円のオーバーだ。即座に、税抜き1本45円のキュウリ2本のうち、1本を売り場へ戻す。合計、2,390円。完璧な買い出しだった。


 午後3時からのSSTは、『○○といえば?』という質問にみんなで一斉に答えて他人の回答に合わせる、というテレビのバラエティーでもよくある簡単なゲームでウォーミングアップをしたあと、患者がいま抱えている不安や悩みについてディスカッションした。
 参加したのは僕のほか、福井さん、勝瀬さん、米窪さん、町坂さん、周さん、黒部さんの患者7人と、進行役の牛本主任、葉山看護師と作業療法士(OT)の一宮さんの計10人。
 僕以外の患者は、離婚歴のあるなし、子供のあるなしの違いはあっても、それぞれ家庭を持っている。退院後、家庭での自分の居場所や、夫として、父親としてのありかたに不安を抱えているのはどの患者も共通の悩みだ。

「精神科っていうのは、もっとカウンセラーが身近なものだと思ってたんだけど」
 と、町坂さんが発言した。
「カウンセリングをもっと活用したくても、全部ドクターの判断になってしまうし」
 これは僕が抱いていたのと同じ疑問だった。僕もカウンセリングを受けたいという点では町坂さんに同調した。ただ、その理由が僕の考えとは少し違う。
「ミーティングや学習会に出ても、具体的な答えが見えてこないんだよね。レクでバレーやってても、楽しいんだけど、ふと『俺こんなことやってていいのかな』と思ってしまう。やっぱり不安が常にあるんだよなあ…カウンセリングで、もっとバシッと方向を示してもらえればありがたいんだけど」
 町坂さんの言う通り、どの患者も何かしらの不安、特に退院して社会復帰したあとのことを思うと、四六時中不安につきまとわれている。あまり不安に取り憑かれると、心が内向きになって鬱をさらに誘発する。レクや創作、料理などは作業療法である一方、そうした不安から一時的に解放される時間を与える側面があると思う。ただそれがかえって「現実から逃げているだけでは」と余計に不安を煽ってしまうのかもしれない。
 ただ、カウンセリングで患者の進むべき道筋が示され、不安が解消されるとは限らない。むしろ、そんなことはあり得ないのでは、とさえ僕は思う。
 患者に寄り添う側の看護師さんたちも、簡単に答えを導くことができないもどかしさを感じているためか、少し重苦しい雰囲気になってしまった。

 SSTの途中で、患者会の新旧役員業務引き継ぎ会議の時間になったため、現会長の町坂さんをはじめ関係する4人が中座し、僕と勝瀬さん、黒部さんの、53号室の患者3人になってしまったが、もう少しだけ続けようということになった。
 一宮さんが、カウンセリングに過剰に期待するリスクを指摘した。
「カウンセリングって、例え何かの方向性を示されたとしても、それは占いと似たようなもので、それに従っていけばいい結果につながるとは必ずしもならないと思います。簡単ではないですけど、やっぱり方向性は自分で見つけて、不安と向き合っていかないといけないんじゃないでしょうか」
 そのために、彼女のような作業療法士がレクや料理や創作などを通して、患者自身が自分の方向性を見つけていくサポートをしているのだ。一宮OTの言うことは正論だ。
 だが、僕がカウンセリングを受けたい理由は別にあった。
「町坂さんの考えは分かりませんが、僕は自分の方向性を誰かに示してもらえるとは思っていません。ただ、僕はお酒を飲むことであらゆる面倒から逃げることを覚えてしまって、その結果、飲まないと人とのコミュニケーションはおろか、自分に価値を見出だすこともできなくなってしまいました。すぐに『どうでもいいや』と短絡的に考えてしまいます。全部、僕のココロの問題だと思います。この問題が改善できないと、退院してもまた同じことを繰り返すだけです。カウンセリングで、僕のココロの弱さや問題点を洗い直して、改善につなげていく手助けをして貰えるものなら、入院している間にぜひお願いしたいんです」

 これは僕の病気だ。アルコール依存症の患者には医師も看護師も、患者をお酒から遠ざけ、離脱症状や慢性化した疾病の治療に尽くしてくれる。AAや断酒会などでお酒を飲まない誓いを共有するのも大切なことだ。でも、お酒を飲んでしまうに至るココロの問題は、自分で何とか解決策を見出だしていくしかない。そのために、心理士によるカウンセリングというサポートが必要なのだ。

 人は誰でも、何かしらに依存して生きている。でも、大部分の人は健全で、病気ではない。依存症の人とそうでない人の違いについて、牛本主任は以前僕に「生活の破綻」を挙げた。主任や葉山看護師、一宮OTは生活が破綻するほど何かに依存してはいない。大勢の人がそうであるように、『あっち側』の人間だ。同じ空間にいて、『こっち側』との間には明確な線引きがされる。依存症という病気は、回復はできても完全治癒が不可能だ。いちど『こっち側』に来た僕らは二度と『あっち側』に戻ることはできない。
 そうだとしても。
『あっち側』と『こっち側』の境界線の中に、僕自身が回復につなげることのできるヒントがあるような気がする。

 これは、僕のココロの病気なのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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2014-06-14 11:38 | カテゴリ:SST

 午前9時の送迎バスで、米窪さんが転院のため病院をあとにした。転院先ではしばらく満足な食事は摂れないという。丸谷さんと康平くんと僕の3人で、3階玄関前のバス乗り場まで見送りに出た。10日~2週間後に米窪さんが戻って来たときには、このふたりはもうここを退院しているはずだ。


 僕のフレッシュミーティングは3回目となり、勝瀬さんと永塚さんのほか、節子さんという新しい患者が加わった。
 節子さんは、やはり独り暮らしの淋しさからアルコールに依存し、家族の奨めで先週入院してきた。自分を依存症と認めることができず、精神科への入院に抵抗を示していたものの、比較的自由な5ーB病棟の生活に、現在は落ち着いてきたという。
 あとで聞いた話だが、まだ50代だというのにずいぶんと老けて見える節子さんに、福井さんは「70歳ぐれェですか?」とにわかには信じられない失礼な質問をしたらしい。

 ミーティングについて僕は、参加を続けているうちにだんだん混沌としてきた。確かに人数が少なければ話の密度は濃くなるし、ほかの患者の話を聴くのも興味深い。けれども、自分が話す内容は当然同じものばかりになり、自分で自分の話に飽きてきた。ミーティングそのものが、どれも似たり寄ったりに感じ始めている。
 お酒に依存することで失うものがいかに大きいか。僕が引き返すことのできないところに来てしまったことは充分に分かった。僕が手に入れたいのは、お酒に逃げなくても集団に関わっていける自分、お酒に頼らなくても楽しいことを楽しいと思える自分だ。早く次のステップへ進みたいと、僕は焦っている。

 今週で勝瀬さんと永塚さんがフレッシュミーティングを終了する。永塚さんは来週ここを退院し、中間施設に戻ってまた一からやり直すそうだ。新しい入院ビギナーが入らなければ、次回は節子さんと僕のふたりだけが対象のミーティングになる見通しだ。


 ミーティング後のレクリエーションでは、先週に続いてエアロバイクをひたすら漕いだ。汗だくになりながら、30分で10㎞走破ができた。ミニバレーには当面参加できそうもない。しばらくはひとりで筋力トレーニングに励んでやる。


 木曜午前の森岡先生の回診は、今日も「どうですか調子は?」という質問から始まった。僕はいつものように、食べることと寝ることに問題はないと前置きしつつ、夜になると襲われる孤独感と不安についてと、自分程度の症状ではここにいてはいけないのではという思いが日増しに強くなっていることを、主治医に初めて直接打ち明けた。
「γーGTPが220以上というのは、立派に悪いです。中には2,000を越える人もいるけど、正常値は70以下なんだから」
 それは知っています、とは言えなかった。γーGTPが正常値に戻っても、僕の屈折したココロがまともになるわけではない。
「まあ不安になるのはもっともですが、そういうときは薬を飲んでいいですよ。2~3時間は効き目があります」
 ―― どうせなら、一生効くクスリが欲しい。頭の中だけで、無茶な要求をしてみる。
「焦らずに、しばらくは低空飛行をしてください」
 と先生は、一見分かるようで分かりづらい表現を使って診察を終えた。急激に高度を上げてもバランスを崩して墜落する、という意味だろうか。でも正直、僕は焦っている。呑気に低空を飛んでいては、山に衝突しやしないか。


 昼食後の薬を貰いに詰所へ行ったとき、大田さんという女性看護師から声をかけられた。僕と同じか、もう少し若いくらいの歳に見えるが、米窪さんによると40歳を少し過ぎているとかで、高校3年と2年、それに小学校5年の、3人の男の子の母親なのだそうだ。余計なお世話だが、ちょっとふくよかな看護師さんだ。
 病院スタッフはみんな僕なんかよりはるかにしっかりした大人だ。ちゃんと自立して医療に携わる立派な仕事をしているのだから当たり前なのだが、それにしても看護師さんの年齢は本当に分からない。大田看護師は実年齢より若く見えたが、多くの看護師さんは僕の印象より本当はもっとずっと若いのかもしれない。もっとも僕のような、年齢に中身が伴っていないアル中を基準に年齢が上だの下だの推測しても仕方がないことで、僕が勝手に見た目で判断している年齢はまったくの憶測で、あてにはならない。

「サトウさん。明日の料理グループなんですが、良かったら一緒にどうですか?」
 料理は作業療法のひとつで、第3を除いた毎週金曜午前10時半から、調理器具のある教室で行われている。予算内で入院食に代わる昼食のメニューをあらかじめ決めて、グループメンバーで作って食べる、という自主参加のARPだ。リーダーの康平くんをはじめ、現在のメンバーは丸谷さんら退院の近い人が多く、米窪さんもメンバーのひとりだったが一時転院となったため、このままではグループ存亡の危機なのだそうだ。
 まずは調理師免許を持つ節子さんを顧問的扱いで招き入れることに成功したものの、まだまだ厳しい人数にあるという。
「メンバーになったら、おいしいものがたくさん食べられますよ。まずは見学だけでも、ぜひ来てください」
 愛嬌のある笑顔で、そう誘われた。ちなみに明日のメニューは酢豚だという。康平くんも丸谷さんも、既に一緒に散歩に行って何度も話をしている。
 ―― このメンバーなら。見学程度なら。
 そろそろいろいろ挑戦してみなければと思い始めていた僕は、
「とりあえず、行くだけ行ってみます」
 と気軽に答えた。


 酢豚の材料を買い出しに行くという康平くんらと一緒に、午後2時の病院バスに乗った。バスは西町駅行きだが、途中のスーパー柏ノ丘店前で下車ができる。料理メンバーは少し離れた別の食料品店で買い物をするというので、僕は彼らと別れてひとりで柏ノ丘店で日用品を買い、ついでに夜食用のパンを買った。
 木曜は特売日とのことで、1個108円のパンに絞っていくつか選び、レジへ持って行ったが、合計金額が明らかにおかしく、高かった。
 何も言えずに支払いを済ませて帰ろうとすると、僕の表情でミスに気付いたのか、レジの女性店員が「すみませんお客様、間違えました」と呼び止め、会計をやり直してくれた。
 そのまま徒歩で病院に戻る途中、郵便局のATMへ立ち寄り、100円単位まで残りの預金をすべて引き出した。しめて42,000円程度。入院してからというもの、タバコの消費が異常に激しいので、今後は何とか切り詰めなければならない。
 何たって、先月はろくに出勤していないのだから、これ以降収入の当てなんかないのだ。


 病院へ戻り、少し遅れてSSTに初めて参加した。SSTとは『ソーシャル・スキルズ・トレーニング』の略で、要するに社会技能訓練のことだ。
 社会技能といっても、いわゆる職業訓練のことではない。頼みづらいことを頼んだり、お酒や薬物の誘いを断るといった具体的なシチュエーションを想定して、コミュニケーションを図るうえで苦手な部分を練習する、というARPだ。第3を除く毎週木曜の午後3時から行われている。
 ―― これこそ、俺が参加しないといけないプログラムじゃないか。
 デイルームに貼り出してあった、SST参加を呼びかける手書きポスターを見て、前から気にはなっていたが、看護師さんには「こういうのはおいおいでいいですよ」と、まずはミーティングなどの必須プログラムにきっちり参加するよう言われたため、それ以上特に訊くこともしていなかった。
 普段担当している牛本看護師主任がお休みになったため、今日のSSTがどうなるのかはっきりしていなかったようだが、買い物へ行く前に看護師の細池さんが病室へ周知に回って来た。
「今日のSSTですが、予定通り3時から行います。皆さん参加してくださいね」

 細池さんは5ーB病棟の看護師の中でも特に若い女性看護師だ。控えめで可愛らしく、少しぽっちゃりしているところを町坂さんなどによくからかわれている。
 先日僕がふさぎ込んでベッドに籠っていたとき、用事があってやって来た彼女に不意にカーテンを開けられて、心臓が止まるほど動揺した。神経過敏になっていた僕はつい感情的になり、泣きそうになりながら抗議すると、彼女は「お返事も聞かずに勝手なことをして、本当にすみませんでした」と、何度も僕に頭を下げた。
 そこまでさせてしまったことで、それ以来僕は、細池看護師に何となく後ろめたさを感じていた。

 そんな彼女の呼びかけにも、みんなはあまり関心を示さなかったが、
「主任がお休みなので、今日は小里さんと葉山さんが担当します」
 と伝えられると、途端に食いつきの度合いが変わった。

 少し遅れて会場の教室に入ると、丸谷さん、康平くん、福井さん、和代さん、勝瀬さんなど10人以上の患者が輪を組んで椅子に座っていた。長机は教室の隅に片付けられている。小里さんと葉山さんという、若い女性看護師のツートップが担当するとあって、聞くところの普段の人数より盛況のようだ。
 既に『ウォーミングアップ』なるものが一巡したところで、僕が着席すると、隣で進行を仕切る小里看護師に尋ねられた。
「今、皆さんに伺ってたんですが、今日の気分を色で例えて教えてくれますか?」
 SSTではいつも、本題に入る前にこうしたウォーミングアップでちょっとした遊びをして、緊張をほぐすらしい。僕は思いつくまま「グレー」と答えた。5月の風景がどんなに春を象徴する色を見せても、僕の不安定なアタマではくすんだグレーにしか映らない。

 本題に入り、小里看護師から『お酒を断った入院生活で何を感じるか』とかいった、どこかのミーティングでとっくに聞いたようなテーマが挙がったので、僕は前から訊いてみたかったことを逆に尋ねてみた。
「小里さんは、お酒飲みますか?」
「私ですか? 付き合いではありますけど…家では飲まないですね」
「じゃいつも、家では何してるんですか?」
 小里看護師は「うーん、何してるかなあ…」と、少し考え込んでしまった。
 自分に自信が持てない僕の場合、確かに人とコミュニケーションをとるために飲み、そして酔うために飲む。でもそれだけではなく、例えばレンタルしたDVDを観るときも、たまにカレーでも作るときも、飲めば楽しみを割り増しさせたり、気分を乗せることができる。僕のそんな申告に、勝瀬さんが「それはオレもよく分かる」と同調した。
 ただこれは、言い換えればお酒以外に、楽しいことをより楽しむための方法を知らないだけだ。あるいは、それが楽しいことであると、お酒を飲んで確かめたいのかもしれない。そして気がつくと、お酒がないと何もできず何も楽しめない、ただの病人になってしまった。
 一宮さんという、同席していた若い作業療法士(OT)の女性が、小里さんの代わりに答えてくれた。
「私は仕事が終わって家へ帰ると、とにかく母とよく話をします。他愛のない話でも、何でもです」
 僕は父や母と、飲まずに他愛のない話をしたことがどれだけあるだろうか。

 今日のSSTではほかにも、西尾さんというラジオ体操常連の男性患者から「皆さんに訊きたい」と話題が持ち上がった。
 60代半ばくらいの西尾さんは、好きな晩酌を日課としていたが、やがて周囲から飲み過ぎを指摘されるようになった。そこから入院に至るまでの詳細は聞いていないが、いろいろ紆余曲折があったのだろう。いざ入院となっても、自身のアルコール依存症をどうしても認められなかったという。節子さんと同じケースだ。
 依存症は一般的に『否認の病』といわれていて、自分は人より少し酒好きなだけ、などと考えて依存傾向に気付かない。自覚がないから周囲に相談することもないうえ、そうでなくても元来理解されにくい病気だ。その間も依存は進行し続け、ようやく家族などが気づいたときには、かなり深刻な状況になっていることが多いそうだ。それでも当人は、肉体的な疾患で内科の治療には応じても、ココロの病で精神科治療が必要な依存症とはなかなか認めたがらないという。
「皆さんは、いつ、どうやって依存症を認めるに至ったんでしょうか?」

 西尾さんの問いについて、僕は自分のケースを話した。
 僕は割と早くから、自分がアルコール依存者だということは認識していた。もともと意気地のない性格をフォローするのにお酒が有効と錯覚し、大阪での生活2年目の19歳から連続飲酒が始まって、それからいくらも経たないうちに、お酒がないと何もできなくなってしまったからだ。さっきスーパーでパンの会計を間違えられたのに指摘ができなかったのも「何もできない」ことのひとつだ。自慢にも何にもならないが、自覚だけはあった。6年前、当事の彼女に連れられてアルコール外来に行き、初めて医師から依存症と診断された。それでも僕は、それを放置し続けたのだ。

 ホワイトボードにみんなの意見を要約して書き出していた葉山看護師が言った。
「お酒に頼る理由として、自信がないとか弱いとか指摘できないとか、皆さん悪い部分を挙げてるけど、そういう悪いところも含めて、私はそれでもいいと思うんです」
 ――「それでもいい」とは、どういう意味なんだろう。僕にはよく分からなかった。

 通常SSTは、ウォーミングアップから始まり、課題を選出し、その解決方法について話し合い、ロールプレイを実施してみる、という流れになっているらしい。今日はミーティングに終始したが、西尾さんはこのSSTを「とても爽快で晴れやかになる、楽しみな時間です」と絶賛していた。その西尾さんは退院が近く、今回のSST参加が最後になるそうだ。来週は第3木曜のため次回は再来週、通常通り牛本主任が担当する。西尾さんのようにはいかないかもしれないが、僕は次回ももちろん参加するつもりだ。ミーティングもいいが、このプログラムがトレーニングである以上、僕にとってそれはそれで絶対に必要なものだからだ。


 午後6時半。先週は女性グループ「オリーブ」のAAに参加したが、第2~第5木曜は今日初参加となる「ぱはろ」のミーティングが行われている。といっても今日の参加者は、今日入院したばかりの40代と覚しき男性患者と僕だけで、メッセンジャーにはふたりの男性が来られていた。テーマは『お酒についての無力』。
 ここまでAAに出続けて思ったことだが、断酒という目的が明確である以上、どんなテーマでも全く同じ話でどうとでもこじつけることができる。だからなのか、特に話したいことがあればあまりテーマにこだわらなくて構わないということになっているのだが、今日も僕はいつものミーティングと変わらない話をした。
 例え『お酒とワールドカップ』『断酒と集団的自衛権』などとテーマを出されても、またいつもと同じ話で押し通せるような気がするが、いかがなものか。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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