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2015-06-15 19:29 | カテゴリ:AA
(※断酒37日目/退院まであと6日)
 退院まであと何日だろうが、そんなことにはお構いなしに歯茎の腫れは容赦なく僕を攻めたてる。それでも負けじと、入院最後の料理に参加する。今日は『炒飯祭り』だ。

 スタンダード、シーフード、カレーの3種類の炒飯を作るのだが、僕はシーフード炒飯と、デザートのミルクプリンを担当した。
 中華鍋の火力を最大にして炒飯の煽りに入るが、何せ量が多く、重い。米がベトつく。焦げそうになる。なかなか手際よくはいかないものだ。

 結果、出来上がった炒飯はどれもパラパラとはいかないものだった。そりゃそうだ、一気に何人前作ってるんだ。
 それでも、いつもいつもフォローとして挙がる感想だが、味は良かった。





 最後の創作は、例の木工クラフトのイルカに塗装を施した。組み立てじたいは既にベッドで済ませておいたので楽勝と思っていたのだが、革用の青い染料が予想だにせず木材に馴染まない。ムラなく塗るのも相当に難しい。というより、僕が不器用でもたもたしてるからなのだが。
 結局このイルカは、左右と脚のヒレのところまで塗り終わることなく時間切れとなってしまった。なるほど、未完成なことろがまた今の僕らしい。何だか分からないけどそんなふうにカッコつけて、これはこれでそのまま出来上がりとした。



 午後3時からの柏ノ丘例会も、入院中の参加はこれが最後だ。僕はその旨を述べて、これまでお世話になったことへ感謝の挨拶をした。
 今日の例会にはあるご夫婦が参加していた。旦那さんが依存症で、かつてはDVで奥さんを苦しめていたそうだ。現在はお酒を断ちながら、これまでとは違う『飲まない人生』を実践しており、旦那さんにしてみれば『2度生きる』ことの意義を痛感しているのだという。
 亭主の暴力を受けながら、それでも再び共に歩むことを選んだ奥さんには頭が下がる。そういう意味では、勝瀬さんや米窪さんの奥さんも同じことがいえると思う。もちろんそれがかつて院長が学習会で示した『共依存』の関係でなければいいのだが、今の僕は純粋にそうでないことを信じている。


 早出しの夕食後、北町の町民センターでのAA「ホオジロ」のミーティングへ出かけた。初めての参加となるグループで、外泊していた優二さんと途中で待ち合わせて向かった。北町の町民センターも初めて足を運ぶ会場だ。中央町で電車を乗り換えて数駅、病院からはなかなかに遠い。
 会議室には10数名が集まっていた。初めてのグループとはいえ、知った顔もある。54号室の竹内さんも来ていた。ミーティングが始まってからは「オオタカ」のナホさんも姿を見せていた。
 僕は今日のミーティングで、以前の職場をクビになった理由を話した。あまりにみっともなくて、これまで口にしなかったことだ。それでもこの機会にと、何となく話す気になったのだ。

 今の仕事の前にも、僕はコールセンターで契約社員として働いていた。インターネットプロバイダのカスタマーサポートで、コールセンターといってもごくマイナーなプロバイダのため入電も少なく、同僚数人で回しているアットホームな職場だった。
 毎日の深酒が絶えない僕は翌日になってもアルコールが抜けず、午前中などはまだ酔いが残ったまま顧客対応をするという有りさまで、上司からお酒の臭いを指摘されることも少なくなかった。
 そんな状態でも一応は仕事を続けていたのだが、たちの悪い飲酒は収まるところを知らない。しばしば休みの日に、とてもバカげた行動をとるようになった。
 休日、昼間からお酒を煽りいい気持ちになった僕は、今まさに同僚が働いているセンターのフリーコールへ、お客のフリをして電話をかけるようになったのだ。要するに「イタ電」ということになる。なぜそんなことをしたのかといえば、お酒に飲まれて「人恋しくなったから」としか答えられないのだが、もちろんそんな理由は通用しない。
 この、迷惑極まりない行為がいったい何度続いただろうか。やがて僕の知らないところで密かに「サトウに似た声の人物から、ときどき入電がある」という噂が立ち、看過できなくなった上司が通話録音や着番を調べた結果、あっさり僕の犯行がバレてクビになったというわけだ。
 僕は何をしているのだろう。
 実のところ、直接、間接を問わず、お酒に絡んだ失敗で仕事を辞めざるを得なくなったことは、これまで何度もあった。僕はそのたびに後悔し、つくづく自分を情けなく思った。それなのに性懲りもなくこの体たらく、それも周囲にさんざん迷惑をかけての失態だ。もっともこの件については悪質な業務妨害であって、釈明のしようがない。会社やクライアントから訴えられずにクビで済んだだけマシなのだ。
 お酒の問題と一口にいっても、それは健康上の問題や経済的な問題だけではない。モラルが崩れ、人としての行動規範を大きく逸脱させてしまう危険がある。人間関係を破壊するのはもちろんだが、このままだと取り返しのつかない犯罪行為を引き起こすかもしれない。
 ひとりでヘコめる失敗のうちに、早くそれに気づけ。


 ミーティングが終わり、再び外泊する優二さんや竹内さんと別れて、ひとりで帰路につく。病院へ戻ったときには午後9時半を回っていた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。

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2015-04-15 15:15 | カテゴリ:AA
(※断酒36日目/退院まであと7日)
 通勤中の電車でぶっ倒れてこの病院に入院することになったあの日から、今日でちょうど3ヶ月になる。生まれて初めての入院、しかも精神科というなかなか厳しい入院デビューだったが、何はともあれ僕は、この春から夏にかけてとても貴重な経験をさせてもらった。
 そんな入院生活も、残すところあと1週間だ。

 午前の回診の間に、平嶋さんが退院した。挨拶することはできなかったが、あとで聞いたところによると、迎えに来た奥さんは看護師さんの前で号泣していたそうだ。退院を前にして、最後は院内のAAにもこつこつ通うようになっていた平嶋さんだが、どんな思いで奥さんの涙を受け止めたのだろうか。この病棟には、誰かが退院してもなお何かを考えさせられる、目に見えないけれどもとてつもなく重い扉がそこかしこに立ちはだかっている。僕にはそんな気がするのだ。

 レクのミニバレーは3人対3人と、少し淋しいゲームだった。その後昼食を挟んで、稲村さん、木下さんと明日の炒飯祭りの買い出しに向かう。
 病院へ戻るバスを待つ間、少し話を聴いた。ふたりとも、AAや断酒会には積極的ではない様子だ。木下さんは、医者に行けと言われる範囲では仕方なく足を運んでみるという感じだったが、稲村さんに至っては「自力で断酒します」と強気だった。どちらもそもそも、自分がアルコール依存症と診断されたことに納得していないように見えた。

 夕方。カウンセリングの最終回は、田村心理士との雑談に終始した。最後に、これから僕が柏ノ丘病院で引き続きカウンセリングを受けるための登録手続きをして終了時間となった。退院後のカウンセリングは外来とは別に、病院内のカウンセリングセンターへ直接連絡して予約するシステムになる。もちろん有料なので、そうそう頻繁に利用できるものではないだろう。とはいえ、僕が健全なココロを取り戻すまでには、まだもう少し心理士さんの助けが必要かもしれない。


 夕食後のAAは、南町教会の「オオタカ」に参加した。僕は先日「ちかぷ」のミーティングで「あんたは依存症じゃない」と指摘され、困惑したことを話した。
 カイさんが挙手をした。僕の発言に答える格好で意見を言う。
「アルコールに支配されたことがあれば、それはもうアル中ですよ」
 大阪でひとり暮らしをしていた頃、あまりの極貧でガスや電気を止められ明日の生活に困っても、小銭をかき集めて1本のお酒を買うことをやめられなかった。そんな僕がアルコールに支配されていたのは間違いない。誰がなんと言おうと、僕はアルコール依存症であり、いわゆる「アル中」なのだ。
 山岳グループに所属していたというカイさんは、山登りに例えてこう続けた。
「普通の人は、山に登りたくて登りますよね。でもアル中は、山の頂上で飲みたくて、だから山に登るんです」
 その通りだ。アル中はいつも目的を履き違えている。僕はどうか。
 自分に自信が持てない僕は、人とコミュニケーションをとるためにお酒を飲んだ。そのうち飲酒は日常に入り込み、例えば映画を観るときも、料理をするときも、飲むことで楽しみを増したり、気分を乗せる手段として、いよいよ飲酒が欠かせなくなった。
 だけどいつしか、手段は目的に変わった。気がつくと、お酒がないと何もできず何も楽しめない、ただの病人になってしまった。山に登るという本来の目的は、どこかへ失くしてしまったらしい。

 僕は自分の行動について、個々の目的を見失ってしまった。すべてが「お酒を飲む」という短絡的な目的にすり変わり、目の前の、本来自分がやるべき行動を見誤ってしまっている。そしてそれは、周囲と共有できるはずの『愉しさ』の本質を奪っていく。
 みんなが笑い、豊かさを共有している間、僕はただ「飲んでいる」だけだったのだ。僕だけが別行動をとり、自ら周囲との距離を広げていったのだ。
 不安を覚えた。お酒ではない「本来の目的」を見つめられる自分にならなけらば。でも、退院までもう時間がない。いきなりそんなふうに自分を変えられるわけがない ――
 
「それでもいいと思う」
 誰かの言葉がよぎった。僕が初めてSSTに参加したときの、葉山看護師の言葉だ。
 あのとき、患者からいろいろネガティブな意見が出るなか、ホワイトボードにそれらを要約して書き出していた葉山看護師は言った。
「お酒に頼る理由として、自信がないとか弱いとか指摘できないとか、皆さん悪い部分を挙げてるけど、そういう悪いところも含めて、私はそれでもいいと思うんです」

 本当のところ、「それでもいい」の真意は今でもよく分からない。でも、少なくとも今日の時点では「焦らず、今の自分と向き合えればそれでもいい」と受け止めることにした。アル中の自分でも、今の自分としっかり向き合えれば、それでいい。


 午後9時前。優二さんと徒歩で病院に戻った。1階の正面玄関を警備員さんに解錠してもらい、中へ入る。ロビー横の廊下を抜けて病棟へ続くエレベーターで3階まで行き、さらに廊下を進んで5階へ向かうエレベーターに乗り、5ーB病棟へと戻る。この時間、院外AAから戻るときは何度となく、この人気のない薄暗い廊下を通ったものだ。
 途中、1階から3階へ向かうエレベーターに乗ったとき、優二さんが降りる階のボタンを押し間違えた。何のことはない、ただそれだけのことだが、にわかに優二さんがヘコみだした。
「やべえ、間違えた。オレ何やってんだろ、オレ…」
 意外だった。こんなことで、突然落ち込み始めるとは。僕がそばにいたから、格好悪いところを見せたことがその原因なのだろうか。だとしても、あまりに過剰ではないか。
「ごめん。オレ、こういうのダメなんだよ…。こういう失敗ですぐヘコむんだ」
 何がダメなものか。僕なんか、エレベーターのボタンどころではない。人生の選択を間違えてばかりだ。
「うっかりミスをするのは、人間らしくていいじゃないですか」
 これは本心だった。なぜなら僕は優二さんが落ち込むほど迷惑していないし、こんなちょっとした間違いは、むしろ微笑ましいとさえ感じるからだ。
「人間らしいか…。ありがとう、元気でたよ」

 やっぱりここは、面倒な人ばかりだ。でも、それがまた面白い。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-28 12:05 | カテゴリ:AA
(※断酒34日目/退院まであと9日)
 今日から看護実習の学生さんが3人、5ーB病棟にやって来た。先日まで小児科で実習をして、今度は精神科での実習となったのだという。20歳、21歳、26歳の女性で、午前中に牛本主任に伴われて各病室を回り挨拶をしていた。
 53号室にも4人で現れたが、この時点ではまだどの学生さんが黒部さんの担当になるかは決まっていなかった。病室に3人分の椅子を置いて学生さんを座らせると、主任は「あとはよろしく」とばかりに出て行ってしまった。フェローシップというのか、僕を含めて病室にいた患者とまんべんなく世間話をさせられ、短い時間話しては主任が呼びに来て席を替わらせ学生さんをチェンジするという、なんだかキャバクラみたいな状態だった。
 黒部さんは平静を装ってはいるものの、明らかに落ち着かない様子で、僕は米窪さんと遠巻きにその姿を眺めては面白がるという、悪い趣味に興じた。
 午後のレクでは3人ともミニバレーに参加してもらい、蒸し暑い体育館で一緒に汗をかいた。最終的に、桑田さんという26歳の学生さんが黒部さんを担当することに決まった。実習生は金曜の料理にも参加するのだが、黒部さんは「オレはやらねえよ」と早速素直じゃないところを見せていた。

 昼食は、昨日話してあった通り、地元へ一時帰宅する浅尾さんの分をまるまる一膳、「本人直々の頼み」でいただくことになった。メニューは、鰆のアーモンドフライに麻婆豆腐、丼ごはんと味噌汁、デザートのバナナ。これを自分の分と合わせて2膳とは豪勢なランチだ。米窪さんが、
「あなたの食欲もたいしたもんだねえ。たくさん食べるのはいいことだけど」
 と、半ば呆れていた。自分でも驚いたが、お酒を飲まない僕は大食漢のようだ。
 僕に昼食を託した浅尾さんは、昼前に迎えに来た妹さんと病院をあとにした。
「面白いから浅尾さん、ベロベロに酔って帰って来てください」
 僕が悪態をつくと、
「サトウさん、やめてください。それはないですから」
 と浅尾さんは苦笑していた。


 週末から外泊していたはずの植中さんが、帰院したと思ったら詰所で何やらバタバタしている。誰かが「植中さん、急遽退院することになったみたい」と言っていた。実は前から決まっていたのか、本当に突然退院になったのか、僕らには何も言わずに荷物を背負ってふらっと出て行ってしまった。それはそれでまた、植中さんらしいのだが。
 山形さんも、退院が来月6日に決まったそうだ。しばらくはデイケアに通いながら生活保護を続け、ハローワークで仕事を探すという。眠剤の飲み過ぎが心配だが、なんとか仕事が見つかることを願うばかりだ。


 夕方、AA「ちかぷ」のミーティングへひとりで出かけた。先日の合同バースデーもひとりで向かったが、AAの通常ミーティングで、病院の患者は誰もおらず、しかも初めての会場へひとりで行くのはこれが本当に初めてだ。
 会場の東町カトリック教会へは電車で最寄り駅まで行き、地図を片手に徒歩で向かう。方向音痴の僕だが、迷うことなく辿り着いた。比較的小綺麗な、教会らしい教会だった。2階にある和室がミーティングの会場で、窓からは吹き抜けになった聖堂が見下ろせる。僕はジアゼパムを飲んでいたし、知った顔もあったとは思うが、落ち着きのなさは隠せなく、終始居心地が悪かった。
 それでもいつものように、簡単な自己紹介と、飲んでいないとうまく集団に交われない自分について話した。今この瞬間も、取って食われるんじゃないかというくらい緊張している、とも話した。

 ミーティングが終わって後片付けを終えると、早々と挨拶をして逃げるように下へ降りた。
 ―― まあ、今日はこんなもんでいいだろう。
 そう自分に言い聞かせて玄関へ出ると、ミーティングに参加していた中年男性がいた。挨拶をして帰ろうとすると、いきなりその男性からこう言われた。
「あんたは、アルコール依存症じゃないよ」
 何と返していいか分からずにいる僕をよそに、男性はそのまま自転車に乗って帰って行った。急に怒りが込み上げてきたが、すぐにやりきれない気持ちになってしまった。
 何でそんなこと、今日初めて会った人に言われなきゃならないのだろう。僕がアルコール依存症じゃないのなら、僕がこれまで必死でやってきたことは、何に対してのものだというのか。あそこで咄嗟に何も言えなかったことも情けなかった。
 なんだかとてもみじめな気分だった。夜の道を駅へ向かって歩きながら、いろいろ頭で考えた。

 無性にお酒が飲みたくなった。それでも堪えた。ここで飲んではいけない。なぜなら僕は、アルコール依存症なのだから。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-26 13:42 | カテゴリ:AA
(※断酒31日目/退院まであと12日)
 毎月第2土曜日はAAの合同バースデーが催される。この街で活動するAAグループが、各グループメンバーの1日、1ヶ月、3ヶ月、半年、そして年単位の断酒をバースデーとして祝う合同イベントなのだそうだ。
 今月は「オオタカ」が仕切りを担当するとかで、優二さんは準備のためひと足先に会場へ向かった。午後6時半から東町の地区会館で行われるというので、僕はひとりで病院をあとにした。
 電車を降りてしばらく歩き、無事会場へ着く。2階の会議ホールには50~60人くらいの参加者が集まっていた。普段のミーティングのようにテーブルを四角く囲んで向かい合うのではなく、前方の司会者席に参加者が相対する形で会議テーブルが何列にも並べられている。司会者席にはカイさんが座り、優二さんら「オオタカ」のメンバーが慌ただしく準備をしていて、声をかける隙もない。
 知った顔はいくつもあり会釈は交わすが、どこへ座っていいか分からない。突っ立っていると、最後列のテーブルに着いていた「タケシ」さんと「シンゴ」さんという顔見知りに声をかけられ、隣に座らせてもらった。僕より少し年上のこのふたりとは「オオタカ」や「つぐみ」のミーティングで何度かご一緒していて、ふたりとも中間施設に入所している。また、その中間施設が運営するAAグループ「ヒナドリ」のメンバーでもある。タケシさんは気さくで話好き、反対にシンゴさんは無口で強面な印象だ。

 会が始まり、カイさんの進行でバースデーを迎えた各AAメンバーの紹介とメダルの贈呈が行われ、スピーチへと移る。年単位の方へは寄せ書きも贈られるため、バースデーを迎えた方がスピーチしている間もひっきりなしにサイン帳だの色紙だのが回って来る。既にAAのミーティングで一筆書かせてもらったものも混じっているため、自分が記入済みかどうか確認するのに忙しく、スピーチを聴くどころではない。バースデーを迎えた方とはまだ何の面識もないからこういうことになるのだが、仕方がない。
 優二さんが、スピーチをする方にマイクを持って行く係で慌ただしく働いている。そんな中で僕を見つけて「よく来たね」と声をかけてくれた。
 途中、僕の前にケーキが回って来た。紙皿に乗ったちょっとしたお菓子はすべてのテーブルに渡るのだが、ケーキはさすがに全員には行き渡らないので、当然バースデーを迎えた方が優先となる。僕は遠慮したかったが、隣でタケシさんとシンゴさんに勧められた。善意なのだが、シンゴさんのTシャツの袖からちらちら覗く派手な刺青が「食え」と威圧している気がしてならない。むげに断れず、ありがたくケーキをいただいた。

「サトゥーさんは、いつもそんなに顔色が悪いの?」
 藪から棒に、タケシさんに訊かれた。
「集団が苦手なんで、緊張してるんです」
「でもそんなんで、役者なんかできるの?」
「それは別なんです」
 AAのミーティングで既に話しているため、僕が芝居をしていたことは多くの人が知っている。ただ、舞台に立つ人間がどうして集団を苦手にしているのかを分かってもらうのは、なかなか容易ではない。

 会の最後は、断酒から30年という、ほとんど伝説のような男性がスピーチに立った。御歳77。30年もお酒から遠ざかっているのに、これでも「アルコール依存症」なのだから、実に厄介な病気なのだと改めて思う。

 午後8時、平和の祈りで合同バースデーは閉会した。僕は後片付けを手伝ったあと、優二さんに挨拶してひとりで会場を出た。行きも帰りもひとりというのは、棒にとって初めての経験だ。
 見事に道に迷い、ひとつ隣の駅からの帰院となった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-17 15:18 | カテゴリ:AA
(※断酒24日目/退院まであと19日)
 夕方に自助へ出かけるまで、何もない1日。今日はAA「はましぎ」で、院外でのミーティング参加は初めてとなる。普段は北町の12丁目カトリック教会で行われているのだが、都合により急遽東町にある地区会館に変更になった。
 優二さんが自助参加のあと自宅へ外泊するというので、ひとりでの帰院は飲酒欲求との闘いになるかも、と身構えたが、それでは訓練にならない。
 …などとと思っていたら、足のケガが癒えない植中さんが「はましぎ」のメンバーの方に車で送り迎えしてもらうとかで、同乗させていただけることになった。迎えに来た「はましぎ」のユウさんは院内AAでよくメッセンジャーとして来られている大柄の男性で、植中さんとはかつての入院仲間だそうだ。
 歯磨きもそこそこに準備もままならず出発することになったが、車に同乗させてもらったことが結果的に裏目に出た。
 会話に入れない。喋れない。またいつものように、存在を殺してじっと耐える。何も聞こえなくなり、孤立した状況に自ら転がり落ちていく。
 ミーティングでそんな自分について話してみたが、主旨とズレているような気がした。お酒での失敗や反省を話すのではなく、お酒を飲んでいないときの自分について話しているわけだから、果たしてどうなのだろうか。
 頓服のジアゼパムを3錠飲んでも、気分の落ち込みは止まらない。AAに行く自信がなくなった。僕はダメな人間だ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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