-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2015-02-20 13:14 | カテゴリ:ミーティング
(※5度目のスリップから14日目)
 午前5時に起きてサッカーワールドカップをワンセグで観ようと臨んだが、目を覚ましたのは6時過ぎ、日本-コロンビア戦は1対1で後半に入っていた。そこから勝ち越され、結局1対4で完敗。日本代表の1次リーグ敗退の模様を、特に興味もない素振りで観ていた。実際前回大会に比べても、今回のワールドカップにはそれほど関心があるわけではなかった。病院での共同生活の中での自制心もあるが、僕にとってサッカーどころではない、というのが本当のところだ。

 朝の瞑想時、別病棟で何やら工事が行われる旨の周知があった。それに伴い、今日の夜9時から明け方まで水道が止まるという。不眠に悩む患者には一大事だが、仕方がない。

 先日駅前ショッピングモールの 100円ショップで買った木工クラフトのうち、飛行機を作ってみた。本当はもうひとつのイルカと共に、創作の革細工が完成したら余った時間で作ろうと取っておいたのだが、革細工が予想外に時間がかかっているので、この際日中暇なうちに作ってしまおうと思ったのだ。
 飛行機は思ったより簡単に完成した。いわゆる複葉機のデザインで、100円なのでプロペラや車輪が回るなどという気の利いた仕掛けはない。最後にパーツを固定するのに木工用ボンドが必要なのだが、臭いがすると迷惑なのでベッドから出てデイルームで仕上げていたら、たまたまそばにいた洋子さんや節子さん、大田看護師に、
「すごーい」
「私不器用だからできない」
「男の人はそういうの好きだよねー」
 などと話の材料にされ、なんだかんだと関心を向けられた。
 その様子を見ていた米窪さんには、
「そんな作戦を使うとは、ズルいねえ」
 と露骨に言われた。僕は別にみんなの注目を浴びようと思っていたわけではないし、米窪さんもちろん僕をからかってそう言ったのだが、半分は本心のような気がする。米窪さんが絵を描いてみんなの関心を集めたことに、少しだけ反撃した格好になった。ここはそんな小さなことに一喜一憂する、子供のようなオトナばかりだ。
 高津さんは僕の作った複葉機を見て素直に感心して、
「これいいっちゃねー。オレも買って誰かに作ってもらっちゃろ」
 と、またまた他力本願なことを言っていた。僕は「差し上げましょうか」と言いかけたが、やっぱりやめた。これは僕が持ち帰って記念にする。こんなものすら、今までお酒を飲まないと作れなかったのだ。



 午後3時、今日からサードミーティングに入った。参加者は僕を含めて13人、他病棟の患者もいた。ソーシャルワーカーの男性が進行を務め、ほかに丹羽看護師と4階病棟の看護師さん、作業療法士さん、それにワーカーか心理室の研修生がひとり同席していた。
 僕にとって最初のサードミーティングのテーマは、第⑥回『飲酒・薬物使用パターンと対処』。飲酒欲求の引き金を、環境からくる外的要素と、自身の心や身体からくる内的要素に分け、テキストにチェック方式で例が示されている。

〈外的引き金:いつもどのような場所や状況で飲みたくなっていましたか?〉
ひとりで自分の部屋にいるとき/朝起きたとき/仕事の前/仕事をしているとき/仕事が終わったとき/飲み仲間といるとき/家族といるとき/お金が手元にあるとき/異性といるとき/冠婚葬祭/お酒のCMを見たとき/花火やお祭りなどのイベント/スポーツ観戦/風呂上がり/コンビニに行ったとき …etc.

〈内的引き金:あなたにとって「飲みたい気持ち」につながりやすい心や身体の状態はどれですか?〉
空腹/怒り/孤独感/不安/悲しい/淋しい/イライラ/楽しい/恐ろしい/焦り/自信喪失/無力感/落ち込み/妬み/高揚感/不眠/欲求不満/幸福感/プレッシャーを感じる/疎外感/達成感/自暴自棄/周囲の目が気になる/傷ついた …etc.

 チェックが入ったところはもちろん注意が必要だが、チェックが入らなかった箇所に着目することで、飲みたいと思わない場所や状況、飲みたい気持ちにならない心や身体の状態を見つめよう、というのが狙いなのだそうだ。
 けれども残念なことに僕の場合、すべての項目にチェックが入ってしまった。〈外的引き金〉についてはいつもというわけではないが、特に「お酒のCMを見たとき」「コンビニに行ったとき」「仕事が終わったとき」などは〈内的引き金〉の感情とリンクして飲みたい衝動を引き起こす。
 僕の飲酒欲求は、どうやっても避けられないのだろうか。

 次に、『飲酒欲求への対処として、今までにうまくいった方法は?』という設問があった。威張ることではないが、僕にそんなものはない。あったら誰か教えて欲しい。発言を求められ、その通りに答えた。

 最後に、『退院後に飲酒につながりにくい環境をつくるために、どうするか考えてみましょう』という問のもと、以下の項目に〈今まで〉〈これから〉という空欄が設けられ、自分で記入するようになっている。僕は〈今まで〉の欄にだけ、現状を書き込んだ。

*飲みに行ったら?
〈今まで〉:飲んだ。
*家族や職場に依存症であることを伝えるか。
〈今まで〉:家族には伝えた。職場では、直属の上司にだけやんわりと伝えた。
*忘年会などお酒の場に誘われたら?
〈今まで〉:行った。
*昼間過ごす場所は?
〈今まで〉:職場か自室。
*仕事について
〈今まで〉:精神的にしんどい。
*通所する予定の自助グループは?
〈今まで〉:近所のAA。

〈これから〉については、今の時点で僕にはまだ分からない。


 セカンドミーティング以降、このプログラムは毎回消化不良で終わる。前向きな気持ちで臨んでも、結局何もできてない、分かってない、行く道は険しい…、と突き付けられるようで、気分が滅入る。
 そんな中途半端な気持ちで、金曜の料理の打ち合わせを行った。参加者は患者8人、スタッフ4人の計12人。山形さんが加わったほか、中山さんもメンバーに残ってくれた。
 メニューは、シーフードカレーにポテトサラダ。デザートにコーヒーゼリーをリベンジする。カレーにはフライパンで焼いたナスをトッピングしたい、と僕が希望し、洋子さんは白ごはんと併せてチャパティ(インドやパキスタン方面のパン)も作りたい、と提案した。
 買い出しは明日、僕と洋子さんと山形さんの3人で行く。


 勝瀬さんの退院が明後日と聞いた。今日から、退院後に通うデイケアのプログラム体験に入っている。デイケアではミーティングのほか、ヨガや書道、茶道、パソコンなど、様々なメニューから自分でやってみたいことを選択できるらしい。

 午後6時半からは院内AA「ヒナドリ」に参加した。終了後に、退院して昼間はデイケアに通っているはずの峰口さんが入って来た。今週の月曜から、2階病棟に再入院したらしい。
 詳しいことはまだよく分からないが、どんなかたちであれ、ここはリピーターの多い病院だ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


スポンサーサイト
【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-01-29 21:06 | カテゴリ:ミーティング
(※5度目のスリップから7日目)
 朝のラジオ体操は、山形さんとふたりだけになってしまった。福井さんは昨日から外泊らしい。あれだけよく喋っていた福井さんが、最近元気がない。いつも米窪さんを訪ねて53号室にやって来るうえ、外泊なんかするときは必ず知らせに来るだろうに、今回は米窪さんも聞いていないという。もちろんいちいち報告する義務なんかないのだからそれをどうこう言っても仕方がないのだが、普段が普段なだけにやや気にかかるところだ。体調を崩した直後に比べると、咳は比較的治まったようだが、依然として状態は良くないようだ。
「酒やめて、いろんなとご悪ィのが目立ってきだんだろ」
 と、よく分からないことを言って自分で納得していたが、いちおう内科の診察は受けているようだ。米窪さんが言うには、いつだったか、福井さんのあまりの騒々しさに、なんとあの穏やかな中山さんが叱りつけたことがあったという。元気がないのはそれも関係しているのでは、とのことだ。
 いっぽう中山さんは中山さんで、福井さんがすっかり口を利いてくれなくなったと気に病んでいるらしい。ここにいるのは、何だか不器用な人たちばかりだ。

 朝の瞑想の際、セカンドミーティング以降に使用するテキストが新しくなったため、今日のミーティングまでに再購入する旨のお願いが周知された。1部100円。以前にも周知されてはいたが、既にあるテキストと内容がほとんど変わっていないという話は患者の間でとっくに広まっていて、サードミーティングをあと1回残しただけの人などから一部不満の声があがっていた。新しいテキストを既に購入した米窪さんから見せて貰ったが、なるほど確かに大きくは変わっていない。言い回しの順序などが微妙に異なっている。強制的に再購入させられるというのは少し納得いかなかったが、ごねても仕方がないので僕は素直に従うことにした。


 瞑想タイムが終わって全員が席を立とうとしたとき、和代さんが「ちょっといいですか」と手を挙げた。
「私、鬱で入院していましたが、今日の午後から3階の病棟へ移ることになりました。1ヶ月半の間でしたが、皆さんお世話になりました」
 ぱらぱらと、まばらに拍手が起こった。退院の挨拶の場合、ここで拍手が起こるのは普通だが、こういう場合拍手が妥当なのか分からない。僕を含めて患者のほとんど全員が、和代さんが今日から3階へ移ることも、なぜ移るのか概ねの理由も知っていた。

 5ーB病棟で唯一の女子部屋の55号室に新しく入院した、60代半ばくらいの女性の行動が、和代さんを激怒させた。
「だからね、私言ってやったのよ。夜遅いし寝てる人もいるんだし、何やってんのか知らないけど、そんなに引き出しガチャガチャやってたら周りに迷惑でしょって。常識がないの」
 要するに病室での、特に深夜の騒音へのクレームだ。
「あれ、絶対軽いボケ入ってるから。何回同じこと言っても分かんないんだもの。詰所にも言ってんのよ、あの人認知症だから別の病棟に移してくださいって。そうでないとみんながもう、イライラでとてもやってけないから。ホントにあのババア ――」
 喫煙室でもデイルームでも廊下でも、会う人会う人に大声で触れ回っている。ベッドにいても声が届くほどだ。

 以前、既に退院した清水さんが朝から詰所に怒鳴りこんだことがあった。入院したばかりの竹内さんの、深夜にベッドでお菓子を食べる音に腹を立てた件だ。
 後で分かったことだが、摂食障害の竹内さんは3食をほとんど摂ることができず、夜、自分のベッドで『カロリーメイト』を食べていたそうだ。隣人を寝かせないほどの『カロリーメイト』の咀嚼音というのは、僕にはちょっと想像がつかない。果たして詰所に怒鳴りこむほどのことなのだろうか。
 乱暴な言いかたになるが、要するにこれは病気が原因なのだ。ここは精神科の病棟で、依存症と合わせて様々な心の病気を抱えた人が入院している。摂食障害の竹内さんも、物音に過敏で精神的に不安定な清水さんも、そうした患者の一人なのだ。


 和代さんが迷惑しているのは事実だろうけれど、「ボケ」「あの人は認知症」などと吹聴してまわるのは、それが事実かどうかに関係なく僕にはとても不愉快だし、正常な神経とは思えない。それともそんなふうに思うのは、若年性認知症で倒れた母が身近にいる僕だけなのだろうか。
 ただ、この女性の行動について和代さんの指摘は間違いではないようで、同じ病室の患者も和代さんほど騒いではいないが同様の証言をしているし、僕も実際、深夜に彼女が裸足のままふらふらとトイレへ向かうのを目撃した。中山さんが洗濯用に置いておいた洗剤だか柔軟剤だかを、「これは娘が私に買ったもの」と思い込んで勝手に持ち去ってしまい、ちょっとした盗難騒ぎになったこともある。
 もっともこのときも、いちばん騒ぎ立てたのは被害に遭った中山さんではなく和代さんで、僕にはその、気に入らない出来事や相手について、あちこちで喧伝する和代さんもまた、鬱病からくる何かしらの心の病気なんじゃないかと思っている。

 和代さんがいくら主張しようが、患者の入院する病棟を和代さんが決める権限はない。病院側はもう少し様子を見ようとしていたようだ。思い通りにいかないことに業を煮やしたのか、今度は和代さん自ら「私が3階病棟へ行く」と言いだした。
 3階は鬱病患者の病棟で、今さら言うまでもないがこの5ー2病棟は依存症患者の病棟だ。最初は「みんながやっていけない」と病室を代表するような主張をしていたのに、最後は自分だけよそへ移るというのも、ブレている。
 いずれにしても、和代さんは希望通り3階へ移ることになった。5ー2病棟で受けているARPは引き続き参加するという。そして今回の騒動の発端となった女性も、近いうちに適切な専門病棟へ移ると思われる。


 午前10時からのセカンドミーティングは、患者だけで15名の大人数となった。テキストが変わったとはいえ、大まかな内容に変わりはない。今日は最初のチャプターに戻り、第①回『依存症とは』がタイトルだ。
 はじめに、アルコール依存症のセルフチェックとして4項目の質問が挙げられている。
 ①今までに、飲酒を減らさなければいけないと思ったことはあるか?
 ②今までに、飲酒を批判されて腹が立ったことはあるか?
 ③今までに、飲酒に後ろめたい気持ちや罪悪感を持ったことがあるか?
 ④今までに、朝酒や迎え酒を飲んだことがあるか?

 このうち2項目以上に当てはまる場合は要注意ということになるそうだ。今さら確認する必要もないと思うが、僕は②以外はすべて当てはまったので要注意に該当する。
 ちなみにこのときただひとり「ひとつも当てはまらない」と回答したのは和代さんだった。
 僕は正直、この人はアルコール依存症ではないのではないかと思い始めている。「入院依存症」とか「鬱病」は彼女の口から何度も聞いているが、本人が自分でアルコール依存症を認めたような発言を聞いたことがない。信頼する院長が主治医で、入院させて貰えるならもともとどこの病棟でもよかったのではないだろうか。実際、今朝の瞑想でも自分で「鬱病で入院してました」と言っている。
 そんな和代さんに、ミーティングを担当する田村心理士も少し戸惑ったようだったが、「当てはまるから依存症、当てはまらないから依存症じゃない、とただちに決める性質のものではありません」と当たり前のフォローをしていた。
 いずれにしても、この病棟に入院している以上、患者はみんな何かしらの「依存症」であるべきはずで、ここはそのための病棟なのだ。それならそれで、3階の鬱病専門病棟へ移るのは、和代さんにとってもプラスなのだと思い、ちょっと安心な気もするのだ。

 テキストはそのまま、依存症の特徴、アディクション(嗜癖)の種類などについて解説し、依存から脱け出せないメカニズムを竜巻に例えて簡単に説明している。小さな渦から上へと大きく渦を巻いていくというものだ。
 最後に『飲酒についての今の気持ち』と題して、
 ①断酒をする
 ②飲みたい気持ちがある
 ③やめる気持ちがある
 の3つの設問に、0から 100の間で点数をつけて書き込んでいく。
 僕は、自分の中のどこかでまだ節酒でいけるのではという思いがあるため、①については35点とした。②については、飲みたい気持ちというのは些細なことですぐ増減するだろうから不安定要素だけれども、今この瞬間は平穏なため3点。断酒の自信がなく自分で自分を信じられないという理由で設問③を1点とした。

 セカンドミーティングは、田村心理士が全員の回答を聴いてまわったところで時間となり終了した。垂れ流しというのか、いつも何か消化不良な後味の悪さで終わるのがこのミーティングだ。ただ今回は、植中さんの回答が僕の心に引っかかった。
 植中さんは、①を 100点、②と③についてはどちらも50点としたが、僕が気になったのは①と②の理由だ。
 ①について植中さんは、「だって、節酒できて済むなら俺たち依存症じゃないよね?」と明快に答えた。確かにそうだ。僕は自分で依存症と認めている。それなのに節酒で済ませられる可能性を考えているのは、矛盾しているということだ。
 ②については「そりゃあ、全くないって言ったら嘘でしょう」と笑って流していたが、僕には強く引っかかるものがあった。これまで5度のスリップをした僕だが、ひとりで公園で飲んだ2度目以降については、特に強い飲酒願望があったわけではないと思う。ただ、結果としてスリップした事実は否定しようがない。そしてまた、今日この時点では②の設問に対してわずか3点と、一見余裕に飲酒願望を否定している。
 ―― ひょっとして僕は、自分の飲酒願望に気づいてないんじゃないのか?
 そんな疑問が初めて湧き起こった。

 来週から、いよいよサードミーティングだ。


 今日の午後から夕食後の院内AAまでは、することがない。今週は第3週で料理もお休みのため、打ち合わせもない。病室の僕のベッドへ沼畑師長が訪ねて来た。「私、あんまり深く考えないから」と言う師長だが、スリップのことで心配してくれているのだろう。
「私たち看護師が、サトウさんの回復のお手伝いとして出来ることは何ですか?」
「看護師さんや病院スタッフの方には感謝してます」
 答えになっていないが、正直な気持ちだ。
「僕は今、より患者らしくなろうとしてるんですけど、どうですか?」
 話題を変えて、自分の顔を指した。僕は入院以来、髪は伸ばし放題、髭もずいぶん剃っておらず、もともと貧相な顔がさらにみすぼらしくなっているのだ。
「私、髭嫌ーい。ロンゲも。あ、でもキムタクは好き」
「それ、人によるってことでしょ」
「ほかにも患者さんでいるんだよねー。退院まで髭剃らない人。『キモっ』て言ってやったけど」
 いつもの師長の感じになってきた。
「今度のことは、ホントにすみませんでした。もうスリップはしません」
 そう約束した。自分のためにも公言してみた。
「信じてるから。でも、飲みたくなるモヤモヤがあるわけだから、もし次にそういう気持ちの浮き沈みがあったら、私たちにモヤモヤを話して欲しいな」
「でも、ホントにしょうもないことかもしれないですよ」
「うん、『しょうもない』って言っちゃうかもね」
 そう言って笑った。
「でも、そういうことでも話してもらえれば、もっとサトウさんを理解できるかもしれないから」
 やっぱり僕は、なかなか面倒な患者のようだ。
「あ、お箸、ちゃんと洗えてますよ」
「そうだね。いちおうちゃんとできてるな、って見てました。あと、カーテンも」
 カーテンは開けてある。子供みたいだが、ちゃんと見てくれているということが嬉しかった。
「今日はサトウさんと話せて良かった。今日こそ話しに来ようって思っても、なかなか時間が合わなくて」
「忙しいのにすみません」
「時間の管理がなってないだけです。私ずぼらだから」
「そんなずぼらな師長にまで、いろいろ心配かけちゃって」
「また話しに来ますね。でも、私たちも待ってるから」
「来るのは大歓迎です。行くのは…努力します」

 僕の中の闇を、話していかないと前へ進めないのかもしれない。直接解決にならなくても、聴いてもらうことで少しでも前進できるなら、『しょうもない』って思われたって構わないはずだ。
 夕食後にシャワーを浴び、髭を剃った。


 今日の院内AAは、女性グループの『オリーブ』から2名来られた。ひとりは既に2度話を聞いた、あの東北出身の女性だ。今日は最近入院した患者を中心に、全員で14人の盛況ぶりだった。3階病棟からも女性患者が1名、外来の男性患者も1名参加していた。僕は5度にわたるスリップについて、告白した。
 ミーティング終了後、勝瀬さんから「えれぇこと告白したな。俺はそこまで聴いてなかったぞ」と言われた。

 院外AAでも正直に話すことで、僕の禊ぎを済ますことができるかもしれない。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-09-02 16:44 | カテゴリ:ミーティング
(※5度目のスリップから6日目)
 入院から2ヶ月目の朝は、ラジオ体操から始まった。
 朝の瞑想は、たまたまデイルームの席に座ったあの日からずっと同じ席に着いて参加している。瞑想の際にデイルームへ入れず、廊下に丸椅子を置いて参加していた頃と何が変わったかといえば、別に何も変わってはいない。ただ、2ヶ月前にはあんなに不安で仕方がなかったもののひとつが、今はなんの抵抗もなくなったというだけだ。
 先週のカウンセリング以降、ベッドのカーテンも極力開けている。心配したほど不安が増すわけでもなかったが、かといって都合よく何かがふっ切れたわけでもない。こちらも特別なことは何もない。カーテンを開けたほうがベッド周りがはるかに涼しいことに気づいたくらいのものだ。


 朝9時から、月1回の部屋ミーティングが行われた。僕は先月に続いて2回目の参加となる。昨日から、康平くんの退院後ずっと空いていたベッドに新しい患者が入り、53号室は再び満床になった。
 新しく入院した浅尾さんは50代後半の男性で、心臓の疾患でこの街から 200㎞も離れた地元の病院で治療していたが、退院して以降、飲酒の際に記憶をなくす『ブラックアウト』の症状が目立つようになったため、家族の強い勧めで妹さんが暮らすこの街の、柏ノ丘病院に入院して来た。1ヶ月の短期入院の予定で、本人に依存症の自覚はまったくない。初めての精神科入院に、明らかに戸惑っている様子だった。6階の病棟から移って来た丹羽看護師が最初に担当する患者となった。
 心臓疾患で一時心肺停止になったという浅尾さんは、ICD(植込み型除細動器)という装置を体内につけているそうだ。ペースメーカーによく似たものだが、電極を心臓に取り付けて本体とつなぎ、不整脈など心臓の異常が起こった際に電気ショックを与えて突然死を防ぐという、自動のAEDのような働きをするのだそうだ。
 電磁波の影響を受けるため、携帯電話は心臓から20~30㎝くらいは離して使わなければいけないのだという。そのため通話は心臓から遠い右耳のみでしか使えず、不便も多いと教えてくれた。ちなみにペースメーカーに比べてICDの普及率はまだまだ低く、主治医となった院長も「ICDってなんですか?」と、専門外とはいえその存在すら知らなかったらしい。保険が利いて手術費用込みで10万円ほどだったそうだが、実費負担だと浅尾さんいわく「車が1台買える程度」とのことだ。
 声が大きく、ハキハキした物言いをするがとても礼儀正しく腰の低い浅尾さんは、20歳ほど年の離れた僕にも敬語を絶やさず、それでいて話好きだ。失礼な言いかただが、ともすれば親子でもおかしくない年齢差の浅尾さんに、僕が親しみを覚えて打ち解けるのに時間はかからなかった。

 部屋ミーティングでは、掛川看護師の進行でそれぞれの近況報告をひとりずつしたあと、テーマを募った。掛川看護師の、
「先日、長いことやっている弓道の段位取得審査に挑みましたが、あえなく玉砕しました」
 という近況報告を受けて、僕は同室のみんなが若い頃やっていた、あるいは現在もやっているスポーツについて知りたくなり、それを提案した。
 今日こそはレクでミニバレーに参加したいと思い、何か関連のある質問をしたかったこともある。ただ、53号室では38歳の僕がいちばん若い。僕のほかは米窪さんを除く全員が50代以上で、アルコールの影響で何かしらの疾患を抱えている人ばかりだ。でも、そんな人たちが若い頃、まだお酒に蝕まれる前にどんなことに打ち込んでいたのか純粋に知りたくなったのだ。
 還暦間近の黒部さんは、雪の多い小さな町の出身で、子供の頃からスキーが冬の生活手段に欠かせなかったという。また、昔は馬を飼うのが当たり前とかで、鞍なしの馬でも平気で乗っていたそうだ。この人はなかなかの話好きで、喋りだすと長い。実に楽しそうに話す割にはその内容が「もうダメだよー」「やってらんねえよー」と投げやりで、そのギャップが僕のツボだ。
 明日53歳の誕生日だという勝瀬さんは、中学の頃に野球部だったが、すぐに辞めて吹奏楽部に入り『ユーフォニウム』とかいう、聞いたこともなければ想像もつかない元素記号のような名前の管楽器を吹いていたという。
 浅尾さんは現在、激しい運動は当たり前だが止められている。でもかつてはアイスホッケーの選手として長く活躍したそうだ。そのため選手どうしの衝突や、パックやスティックを顔に当てて歯を折ったことは数知れず、今の歯はすべて差し歯かブリッジなのだそうだ。
 小柄だが体格のがっちりした平嶋さんは、高校時代はサッカー部だったが、女の子に海へデートに誘われ練習をサボったことがきっかけで、辞めてしまったそうだ。
 糖尿病と16年来の付き合いがある周さんには、子供の頃に野球やアイススケートで遊んだ思い出があるという。掛川看護師の「健康を取り戻したら何をやりたいですか?」という問いに、
「思いきり、野球がしたいネ」
 と笑顔で答えていた。ちなみにスケートのほうは、数年前に娘さんとリンクへ行って挑戦する機会があったが、立ち上がることすらできなかったらしい。
 高津さんは、早くからお酒や覚醒剤に走って少年院で長く過ごし、スポーツにうち込んだことはなかったそうだが、学生時代のわずかな一時期、柔道をやったという。
「あんときもっと柔道を真剣にやっとったら、オレの人生変わっとっちゃったろねえ」
 と、なんだかしみじみ呟いたのが印象的だった。
 米窪さんは子供の頃から、コーチをしていた父親の厳命でラグビーに打ち込み、大人になってからも実業団で続けていたが、ケガがもとで辞めてしまったそうだ。
 いっぽう僕はというと、小さいときから人と競うことが苦手で、それがスポーツにも勉強にも、大人になってからの仕事にも通じている。どちらかというと、自分のためにひとりでコツコツやるのが好きだった。小学1年のとき、東北の小さな海辺の町へ転校し、そこで友達をつくるため必死に泳ぎを覚えたこと、その後この街に戻って中学を過ごし、やがてスキー場の麓にある高校へ進んだが、そこでは後輩の女の子にモテたい一心で、足の爪がはがれるまでスキー場へ通い、ひとりで練習した思い出を話した。
 あとはまあ、団体競技が苦手なくせに、芝居にのめり込んだこと。これもスポーツといえば似たようなものだ。
 また、掛川看護師は元はバスケット部だったそうだ。弓道を始めたのは「肩こりを治したいから」だったという。弓が肩こりに効くとはもちろん初耳だが、掛川さんの肩こりは今ではすっかり解消したそうだ。
 丹羽看護師はテニスや卓球なんかを広く浅く、前上看護師は元体操部だったそうだ。
 マイケル・ジョーダンに憧れた牛本主任は、バスケットではなくなぜかサッカー部だったという。自転車が趣味だとは以前聞いたが、現在は糖尿でやはり激しい運動は止められている。
 みんなの話を聞いて、スポーツに限らずお酒以外に打ち込めるものを改めて見つける、というより積極的に見つめていくことが必要だと思った。なんとなく、午後のレクでのミニバレーに勇気が湧いてきた。

 話題が少しずれてきた。黒部さんの子供時代、車を崖から落としたというとんでもない悪さの話になり、誰かの無免許での話、飲酒運転の話へと変わり、完全に車の話題になった。僕は車の話が苦手だ。ほとんど苦痛といってもいい。免許を持っていないコンプレックスなのだろうが、話について行けない。
 車好きの高津さんが勢いよく喋りだす。看護師さんに車の絵を描いてプレゼントしている米窪さんも話を合わせる。車の話題になると、途端にみんな生き生きし始めたようにように見え、僕はひとり取り残された気持ちになる。
「みんな、誰でも車で失敗したことはあるっちゃね」と、高津さんが言う。
 ―― 俺は別にないよ。
「じゃあ、この中で飲酒運転したことのある人?」掛川看護師が訊く。
 ―― 俺はないって。免許ないんだから。飲酒運転は犯罪だぞ。
 僕は、僕のついていけない話、聞きたくない話には耳を閉ざす。そして、その話題が終わるのをじっと待つ間、僕の中の闇を膨らませていく。
 ―― 車の運転ができることを前提で話をするなよ。そうか、運転すらできない俺がつまらない奴なのか。ハローワークでも「免許がなければ仕事なんかない」って言われたっけ。俺にはそれだけ価値がないんだ。

 気がつくと、部屋ミーティングは終わっていた。僕はたちまち不安になり、牛本主任に頼んでジアゼパムを1錠貰って飲み、開けていたベッドのカーテンを閉めた。


 それでも午後のレクでは、少し遅れてだが、実家から持って来たスニーカーを手に体育館へ向かった。既に4人対4人のミニバレーで、大田看護師と一宮OTが交代でひとり分を埋めている。
 いつもと違い、今日はエアロバイクをスルーしてバレーコート付近へ進み、ストレッチをして準備をするが、声がかからない。
 自分から「入れて」と言えない。転校初日の小学生みたいだ。自分から動けない。いつもはあれだけ誘われた、その声がかかるのを待っている。結局、空いていた1台のエアロバイクのところへ行ってまたがり、ほとんど負荷がかかっていない状態で17分ほど、10㎞を走った。そのあと、またバレーコート付近で入念なストレッチ。レク終了の時間が近づいてきた。声はかからない。あまりの格好悪さに情けなくなってきた。
 こうして僕なりの「挑戦」は、見事に空回りした。


 レク終了後、友人から電話があり、外出禁止にも関わらず3階玄関から外へ出た。病院バス乗り場の横には喫煙所があるうえ、携帯の電波状況も病棟内よりいいからだ。外は小雨が降っていたが、この喫煙所はバラックになっている。
 友人からの電話はすぐに終わったが、ここで久しぶりに丸谷さんと康平くんに会った。少し遅れてカナちゃんも喫煙所に入って来た。3人ともマトリックス(薬物依存症患者の外来治療プログラム)の帰りで、退院以来となる。丸谷さんの前歯が1本なくなっているのに驚いたが、これは単に折れたか欠けたか抜けたかしたそうで、クスリとは関係ないそうだ。とりあえず、ホッとした。
 康平くんは「今は完全にクスリと縁切ってます」ときっぱり言っていた。
 ふたりは元気そうで、音楽をやろう、仕事を探そうと何やら盛り上がっていたが、カナちゃんは鬱状態で悩んでいるという。これまで担当だった森岡先生が病気になって以降、外来に来ても担当医が毎回変わるため、新しく信頼関係がつくれずストレスにもなっているそうだ。
 僕の主治医でもあった森岡先生には申し訳ないが、僕の場合は正直、渡辺先生に代わって良かったという思いが強い。その一方で、これまで頼りにしてきた主治医がいなくなったことで困っている患者もいるのだ。

「入院してるときと同じような生活をしてます」
「どういうこと?」
「起きる時間とか、ごはんの時間とか、寝る時間とか」
「仕事は?」
「今はしてないです」
「ごはんはちゃんと食べれてるの?」
「はい。食べるようにしてます」
「そっか…」
 それだけだった。僕にはこれ以上、かけられる言葉が何もない。

 ベッドに戻ったら、カーテンを開けよう。なるべくだけど。
 ミニバレーは木曜にリベンジだ。できたらだけど。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-06-24 11:02 | カテゴリ:ミーティング

 朝からどんよりした空、雨の予報。ここ2日ほどは、快晴とはいえないが激しい雨も降っていない。桜は今日がピークと見て、晴れ間が覗いたときに写真を撮ってみる。


 今朝の瞑想でも、麻友美さんの姿はなかった。入院中の院外での飲酒は、酒量や酔いの状態にもよるが、病院には戻ることはできず、外泊をしてアルコールを抜くことを余儀なくされる。また一時的に別病棟に移される場合もある。
 彼女が5ーB病棟に戻って来るまでどれくらいかかるのかは分からないが、僕がやらなければならないのは、引き続き自助グループへ出向くことと、借りたハンカチを洗濯しておくことだけだ。


 午前中、牛本主任がベッドへ尋ねて来た。最近の調子を訊かれ、昨日自助グループへ参加したこと、そろそろ静養段階からトレーニングへ移っていきたいと思っていることを話した。
 僕が自助グループへ行ったり、先週のSSTに参加したことなどを、看護師主任がまさか聞いていないはずはないと思うのだが、あえて患者の口から言わせようとしているのか、それとも本当に知らないのか、ときどき疑いたくなるほど同じ話を繰り返している気がする。

「主任さんは、お酒飲みますか?」
 なんとなく訊いてみた。
「僕は…この仕事になってからは飲んでないですね」
 含みのある言いかただったので、さらに訊いた。
「前は飲んでたんですか?」
「かなり飲むほうでしたね。でも酔って上司と揉めたことがあって、それで今は飲まないようにしています。いや、僕は依存症じゃないですけど」
 訊いてもいないのに否定した。
「でも、職場の人と飲みに行くこともありますよね?」
「んー、そりゃまあ立場上、行かなきゃいけないこともありますよね」
「自分だけ飲まないで、楽しいですか?」
 牛本主任は「んー…」と、慎重に言葉を選ぶ素振りを見せながら、
「楽しくないですね。飲んだときの10分の1くらい」
 と思いきり正直な回答をした。植中さんとは真逆の感想だが、僕も主任に賛成だ。なんだか気の毒に思えてきたので、
「それはでも、あくまで自分で節制してるだけですよね。たまには飲んでみんなと楽しんだらどうですか?」
 と、患者の分際で上から目線で励ましてみた。
「でも僕、最近糖尿やっちゃってるんで。やっぱりお酒は控えたほうがいいかと」
 こと身体に関しては、僕のほうがよっぽど健康なようだ。

 午前11時からのビギナーミーティングも、僕は今回が最後だ。今週は10人前後が参加している。そういえば、5ーB病棟だけでもこのひと月でずいぶんと患者が入れ替わった。
 今日もギャンブル依存症の永塚さんら、男性患者3人が退院した。永塚さんは中間施設に戻り、通常1年~1年半にわたる共同生活の1日目からリスタートするという話だ。
 康平くんと立体四目並べに興じていた河原さんも、膵(すい)臓その他あちこちの疾患で先日、内科医療設備の整った中核病院へ転院していった。柏ノ丘へ戻って来るの予定は向こうの検査結果次第だという。
 反対に、新しい患者も増えている。自称、入院回数が20回を越えるという強者もいて、こうなるともう新しいんだか古いんだか分からなくなってくる。

 最後のビギナーミーティングは、沼畑看護師長の『最近の調子、体調について』というお馴染みのテーマと、和代さん提案の『依存症をいつ認識したか』について順番に話を聴いた。
 依存症の認識については先週のSSTでも話に上ったが、もともと自覚があって依存症と認識していた僕のようなケースよりも、例えば「人よりちょっと酒量が多いかも」程度の感覚で晩酌を何年も欠かさず続けていたら、ある日突然ぶっ倒れて運ばれた内科の病院で「依存症の疑いあり」と専門外来へ回されたり、あるいはストレスから過剰飲酒を始めて短期間でやめられなくなり、やっぱりある日突然ぶっ倒れて運ばれて「疑いあり」と回された専門外来で初めてアルコール依存症と診断されるケースのほうが多いようだ。
 この場合、特に年輩の患者はプライドの壁も手伝って「ほかのアル中と一緒にするな」という思いが強く、自分が依存症だと認めたがらない。当然医師や看護師の言うことも聞かないわけで、これまた当然「たちが悪い」ということになる。
 和代さんからは、鬱病と思い診察を受けたがアルコール依存症と告げられ、最初は反発しまくりだったが今は院長はじめここのスタッフに感謝している、だから病院を出たくない、という話を何度も聴いた。正直うっとうしいくらい聴かされたが、それだけ感謝しているということなのだろう。なんにせよ、自分が全幅の信頼を寄せることができる医師や病院に出会えたのはいいことだ。かといって、病院にしか居場所がなくなってしまうと、それはそれで問題だと思うのだが。


 午後6時半、3回目となる「ヒナドリ」の院内AAに参加した。今週も男性ふたりがメッセンジャーとして来ており、勝瀬さん、植中さん、利根川さん、福井さんと、先日から入院した男性ひとりが参加していた。
 この51号室に新しく入った男性こそが、入院20回を誇るという山形さんだ。生え際が後退した坊主頭に無精ヒゲ、パワーストーンのブレスレットをいくつもじゃらじゃらさせた山形さんは、肝機能低下で突き出たお腹と持って生まれたオヤジ体型で、とても42歳とは思えない、いかつい風貌だ。様々な疾患のほか不眠にも悩まされているそうで、眠剤のせいで日中もほとんど呂律が回っておらず、それでいて声がでかい。目も若干座っているが、とても温厚な人ではある。

 遅れて教室に入った僕は、申し訳ないことに居眠りをしてしまった。
 院内のAAに参加を続けて2週間。僕はその内容に、物足りなさを感じ始めているのかもしれない。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。

【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2014-06-13 10:24 | カテゴリ:ミーティング

 最近、5ーB病棟の一部患者の間で流行っているのが『立体四目並べ』だ。4列×4列に棒が突き刺さった正方形の木板に、穴がくり貫いてある白玉と黒玉をそれぞれ交互に通していき、自分の色で4つ並べて縦横斜めいずれか1列つくれば勝ち、というシンプルなゲームで、康平くんなどは日がな一日対戦相手を求めて彷徨っているときもある。
 僕はこの種のゲームがまるっきり苦手だ。次の一手二手、と先を読むことができない。つくづく戦国武将なんかに生まれなくて良かったと思う。またプレッシャーにも弱く、周囲にギャラリーなんかがいるとたちまち集中力を吸い取られてしまう。
 それでもときどき、奇跡を信じて康平くんや米窪さんの相手をするが、やっぱりほぼ勝った試しがない。


 水曜のビギナーミーティングは3回目を迎えた。新しく入った患者を含め、今日は11人の参加となった。沼畑師長からのテーマは『最近の気分、体調について』。
 このミーティングは他病棟の患者さんも参加しており、師長以外にリハビリ課の作業療法士(OT)さんや、ほかの看護師さんもサポートのため同席する。当たり障りのないテーマのときは患者に混じって発言もするが、連休明けのせいか、気分が乗らないだの体調を崩しただのと告白したのはむしろ病院スタッフのほうだった。人のケアしてる場合か。
 もっとも、ぼんやりとしながらも鬱屈を抱えているのは患者も同じで、ミーティングルームの何となく重く沈んだ空気がそれを示している。僕はその空気をさらに重くすべく、
「気持ちの浮き沈みが最近特に激しいです。日を追うごとにどんどん状態が悪くなってきている気がします」
 と、正直に心境を答えた。

「この季節はなんか、皆さんを憂鬱にさせるみたいですねー」
 師長はすべてを春のせいにしてこの話題を終わらせ、次のテーマを募った。
 麻友美さんから『飲酒欲求はあるか、あるとすればどんなときか』というテーマが挙がった。これについては概ね、飲みたいと思うことはあっても入院中は抑えが利くという人と、病院での生活では飲酒欲求は生じないという人に分かれた。
 ここは社会的生活から一線を引かれた場所で、患者もスタッフも「依存症」という病に理解がある。そうした意味ではストレスははるかに少なく、僕も今のところはお酒を飲みたい衝動に駆られることはない。ただ、ここを出てもとの生活に戻ったときに、お酒に逃げずに自分を維持できるとは、今の時点では到底思えない。僕はまだ、ココロの問題を解決するために何も前へ進めていないのだ。

 ミーティングが終わって部屋を出たところで、同席していた葉山看護師に呼び止められた。先日、僕が詰所に入れず結局何も話せなかったうえ、心配してわざわざ様子を見に来てくれたのに追い返してしまったことを気にかけてくれていたのだろう。
「さっきサトウさんが言ったこと、こないだはそういうことを相談したかったんですか?」
 僕はミーティングで「日を追うごとにどんどん悪くなってきている気がする」と言った。看護師さんにしてみれば、到底看過できない発言かもしれないが、僕は正直にテーマに回答しただけだ。でも、どうして僕はそう感じるのだろう。
 重い疾患を抱えたほかの患者を目の当たりにしたり、話を聴くうちに、いつの間にか僕は、自分の症状はとても軽度で、本来ここにいてはいけないのではないかと思うようになっている。それでもというか、だからこそなのか、孤独感や不安は日増しに強くなっていく。自分の力だけではどうにもならないことを痛感したからこそ、父に負担をかけさせてまで入院したのに、この期におよんでも自分から医師や看護師に打ち明けられないでいる。そして、すべてに後ろめたさを感じている。
 病棟廊下の壁に仲良く並んでもたれかかったまま、僕は自分よりひと回りも歳の若い女性看護師に、思いつく限りの言葉で今の気持ちを伝えた。
 ―― 俺、何やってんだろ。高校生か。
 情けないのはいつものことだが、恥ずかしさはなかった。彼女は僕なんかより、ずっと大人なのだ。
「詰所に来づらいようだけど、看護師のほうから、またお話を訊きに行くのはいいですか?」
 もちろんです、と答えた。本当は時と場合によるのだが、その優しさに思わずそう言った。


 葉山看護師の気遣いは嬉しかったが、いつものようにだんだん申し訳ない気持ちになってきた。僕は面倒な患者だ。
 昼食後も気分が晴れず、散歩に誘われても外へ出る気になれなかった。丸谷さんや米窪さんたちの外出後、喫煙室へ行くと福井さんがいた。
 てっきり一緒に散歩に行ったと思っていたので「散歩、行かなかったんですか」と訊くと、
「あれ、ナンだ。みんな行っちまったか。サトウちゃん行がねのか?」
 逆に訊き返された。
「そういう気分になれなくて、今日はちょっと」
 福井さんは「ンだか…」と呟き、少しの間何か考えたあと、努めて明るく僕に言った。
「だけどまあよォ、気分が晴れねンだば山でも行って、ベンチでぼーっとしてンのもいいぞォ。ベッドでじーっと考え込んでるよりずっといい。今から一緒に行ぐか?」
 外出する気になれないから散歩に出なかったという話をしているのに、気晴らしに山へ誘うというこのパラドックス。一見深いようだが読み違えてはいけない。これは「オレは脳が腐ってる」を自称する福井さんの、純粋な優しさと励ましだ。泣けてくるほど嬉しかったが、同時にまた、親子でもおかしくないくらい歳の離れた相手に気を遣わせていることが申し訳なくなり、何だかんだと理由をつけて、せっかくの誘いを断ってしまった。


 午後になって、野間さんの退院以来空いていた左隣のベッドに新しい患者が入院した。高津さんという50代後半の男性だ。例によってカーテン越しに聞こえる看護師さんとの会話では、過去この病院には6、7回の入院歴があるが、断酒はこの9年ずっと続いているそうだ。今回は「何だかまた飲みたくなった」ので、1クールの入院を希望したという。
 3ヶ月も病院のベッドで過ごす理由が本当にそれだけなら、何ともお気軽な話だが、いろいろ事情があるのかもしれない。看護師やら薬剤師やらソーシャルワーカーやらが入れ替わり出入りするのは、単に入院初日だからなのだろうか。
「あの看護師、名前何つったかなあ…今もおると? 俺が前に入院したときは、まだ看護師なりたてだったっちゃろ」
 九州訛りの物言いが、少し横柄な感じにも聞こえてしまうが、この街に来て25年になるらしい。そんな話も耳に入る。
 点滴なのか採血なのか、小里看護師が針を刺すのにうまくいかず、急いで替え針を取りに戻ったとき、カーテンの向こうから、
「…ここの看護師は相変わらず、注射下手クソやな…」
 と、舌打ち混じりの独り言が聞こえた。


 夕食後のAAは、水曜定例のグループ「ヒナドリ」に参加した。先週、雪絵さんに連れられて、僕がいちばん最初に行ったAAグループだ。前回はメッセンジャーとして夫婦が来られたが、今週は別の男性ふたりが来て、テーマは『無力』。僕のほかに丸谷さん、勝瀬さんと、利根川さんという患者の4人が参加した。52号室の利根川さんは50代前半の男性で、元競輪選手だそうだ。普段は病院外でのAAに出かけて行くことが多く、院内でのAAで僕と一緒になるのは初めてだ。
 AAの院内ミーティングで、例のハンドブックの一節を読んだあと、まずはメッセンジャーの方から自身の体験を話し始めることが多いのだが、今日は最初に発言したグループの男性がのっけから長々と語り、1時間強のミーティングのうち、ひとりで30分ほど喋り続けていた。
 20分を過ぎたあたりから、もうひとりのメッセンジャーの方がさりげなくメモを渡して話をまとめるよう促していたが、それでも終わる気配がない。自分でも話の着地点が分からなくなったのだろう。しまいにはあからさまに肩を叩かれる始末で、僕は笑いをこらえるのに必死だった。自身の生い立ちから半生を語られても、聴く側はただ黙って耐え忍ぶしかない。結局、いよいよ肝心のテーマ『無力』に言及しかかったところで巻きが入り、
「まあ、そんなこんなでいろいろありました、はい」
 と、もの凄い端折られ方で唐突に終わった。
「話すこと」と「聴くこと」。その役割があって、初めてAAが成立している。明日は毎月第2~第5木曜実施のAAグループに初参加する予定だ。


 夜のデイルームでは、男性患者11人がテレビに釘付けになっていた。IBF世界フライ級、ミニマム級タイトルマッチ。
 そんなボクシング好きのみんなをよそに、僕は喫煙室でひとり、不安と孤独感に包まれてタバコを5本、6本と続けざまに吸う。ラウンドの合間にCMが入るたび、一息つこうと誰かが喫煙室の入口を開ける。僕の様子を見て、声をかけてくれる人がいる。入院当初はなかったことだ。
「悩むことで悩むな」と平嶋さんが言う。この街で有名な国立大学の先生の言葉だそうだ。
「何とかなるさ、くらいの気持ちでいかないと」と峰口さんが言う。
 完全治癒することがない進行性の病気の患者が、同じ病気の患者にかける言葉は含蓄も説得力も持たない。だけどそこには、同じ辛さを経験した「共有」と「理解」がある。

 ここにいる限り、少なくとも僕は孤独ではないはずだ。まずは、この場所から始めなくてはいけない。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていすただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。