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2014-06-19 01:48 | カテゴリ:入院食

 喫煙室から見える桜の木に、ピンク色の小さな花びらが目立つようになってきた。町坂さんは「ここは怨念が渦巻いてるから、なかなか花が咲かないんだ」などと笑えない冗談を言っていたが、雨さえ降らなければあと数日で満開になりそうだ。


 昼前に、雪絵さんが外来のついでに顔を見せにやって来た。この前の木曜にもいちど来ていたが、そのときはほとんど話す機会がなかったので、ずいぶん久しぶりな感じがした。喫煙室で「どうだい?」と、その後の僕の近況を尋ねる雪絵さんに、相変わらず「まあ、ぼちぼちです」と煮えきらない返事をする。
「せっかく来たのに、あの人寝てるんだけどさあ。こういうときどうしたらいいかな?」
「あの人」とは峰口さんのことだ。僕は未だにこのふたりの関係について知らないが、
「叩き起こしたらいいんじゃないですか? せっかく来たんだから」
 と無責任なことを言うと、「そうだね、行ってみる」と小走りに喫煙室を出て行った。
 しばらくして彼女は、ちょうど廊下から喫煙室の僕の姿を確認できる位置に立ち、両手で小さなマルをふたつ、笑顔の前につくって僕にサインを送った。峰口さんを叩き起こすのに成功したらしい。そのあとは、ふたりでデイルームでいろいろ話し込んでいたようだ。
 雪絵さんはすこぶる元気そうだったが、つい先週まで精神科病棟にいた人間がそうやすやすと元気な生活を取り戻せるものではない。僕には彼女が懸命に明るく振る舞い、空を仰いで前向きに生きようと努力している、そんなふうに見えた。


 入院して間もない、あんかけ焼きそばとカツ丼の件以降、入院食に衝撃を受けることは今のところない。むしろここの食事は基本的にどれも美味しく、ほかの患者にも概ね好評のようだ。
 それでも時折、ごはんとおかずの取り合わせが均衡に欠け、どうしても白ごはんが足りなくなったり、反対に最後に残ってしまった白ごはんをおかずなしで食べるはめになることがある。白ごはんは男性で最大 270g、お代わりはできないのだ。そういうときのためにみんなそれぞれ、食事制限がある患者は当然その許される範囲で、振りかけやら鮭フレークやらなめ茸やら『マイごはんのお供』を冷蔵庫に備蓄している。
 凝りだすと止まらなくなりそうなので、僕はそこまでする気はない。もっとも僕の場合、白ごはんが足りないケースがほとんどで、特に柴漬けと梅干しは鬼のような味の濃さだ。これ1品で丼1杯そのままいけてしまう。
 ただそれでもやっぱり、納豆についているタレだけでは味が足りないな、くらいは思うことはある。醤油をもうひと降りしたくなるのが人情というものだが、極力余計なことをしたくない僕は我慢してそのままいただく。あんかけ焼きそばに大胆不敵にも『酢たらし』を求めたことの、自分への戒めでもある。
 そんな僕だったが、さすがに味付けのりに醤油がついていなかったときには困惑した。入院して何日目くらいの頃だったろうか、少し前の話だ。いかに味付きとはいえ、味付けのりで白ごはんを食べるのに醤油が必要なのは少数派なのか。それともただの贅沢で非常識なのか。分をわきまえない不届き者なのか。
 腑に落ちないながらもデイルームに置かれた、好きに使っていい調味料類の中に、確か醤油があったことを思い出した。コンビニ弁当なんかに入っている、魚の容器じゃないほうの、四角い透明の小袋で「こちら側のどこからでも切れます」と書かれたそちら側を切ったら力加減が分からず中のモノが挑発的にぴっと飛び出す、あの醤油だ。
 ところが、その醤油が見つからない。あるのはウスターソースの小袋とアジシオだけで、以前見たときはコショウや一味の小瓶もあった気がするが、どうしたことだろう。
 思うにあのソースや醤油は、食事についてきたはいいが患者が使わなかったものを誰かが使えるように置いているだけで、常時備えてあるわけではないのだろう。プラスチックの小瓶に入ったアジシオこそ共用で、コショウや一味はたまたま使い果たしたばかりなのかもしれない。
 何にせよ、今の僕に必要なのは醤油だ。なるほど冷蔵庫には、コンビニで見かけるミニサイズの醤油ボトルや醤油差しが、各々の名前が書かれて何本もキープされている。『マイ醤油』だ。痛恨のミスだった。どういうわけかソースの小袋だけはふんだんにあるので、かくなるうえは本来お呼びでないこいつで代用を試してみるか考えあぐねていると、背後から麻友美さんに声をかけられた。
「何やってんの、醤油?」
 言うが早いか、麻友美さんは造作なく冷蔵庫を開けて適当な1本を取り出し「これ使いなよ」と僕に渡した。
「大丈夫、分かんないから」
 渡されたキッコーマンの醤油差しの、注ぎ口がついた赤い蓋には、マジックで大きく『優二』と書かれていた。

 その日の夕方、麻友美さんは僕に、
「醤油買って来たからさ、いつでも私のを好きに使っていいよ」と親切に言ってくれた。どこまで面倒見がいいのだろう。醤油すら自分で用意できないダメダメ感丸出しになってしまったが、好きに使っていいと言われて好きに使えるほど僕は素直じゃない。彼女の善意に乗っかる結果になったことが、またひとつ重荷になってしまった。

 結局その後今日まで、麻友美さんの醤油は未だ1度しか使わせてもらっていない。山芋の短冊がおかずに出た際、たまたま彼女の姿が見えないのをいいことにひと振りいただいた。もっともその山芋は酢和えになっていて、醤油をかける必要のまったくないことに食べてみて気がついたのだが。


 醤油の件はそれとして、今日の昼食で久しぶりに僕は悩むことになった。
 全粒粉の角食パンが2枚と、例の透明の小袋に入ったハチミツ、さらに照り焼きチキンと落とし卵、紙パックのオレンジジュース、そして言わずもがな、バナナというメニューだ。3切れほどにカットされたチキンの下にはレタスが敷かれ、付け合わせ的にコーン、人参、グリーンピースという、王道のミックスベジタブルが散りばめられている。
 僕が悩んだのは、まずこの照り焼きチキンが果たしておかずなのかということだ。これが角食ではなく白ごはんなら、誰が何と言おうとおかずだ。日本人ならそう考えるに違いない。けれどもこの袋詰めされた2枚の食パンを、丼に盛られた 270gの白ごはんと等しく捉えて、トレーの上に鎮座する容器の中で悠然と構えるチキンとその仲間たちをおかずと認めるのは、何だか理不尽な気がする。
 結果、僕はこの照り焼きチキンと付け合わせを、食パンのトッピングと考えることにした。まず角食の1枚にレタスを載せ、チキンを2切れ左右対称に置いたあと、その隙間にミックスベジタブルを箸で慎重に配置していく。やっていることはサブウェイの店員のようだが、こちらのほうがはるかに惨め臭さが漂う。
 作業は大詰めとなり、もう1枚のパンでサンドしようとした刹那、うっかりハチミツの存在を忘れていたことに気付いた。ここでパン2枚を使い果たすと、このハチミツはどうすればいいのか。こうなると、与えられたピースはきっちり使い切りたい。僕は食パン2枚によるサンド方式を諦め、パン1枚を二ツ折りにするという、難易度の高い勝負に出た。グリーンピースなんぞがこぼれ落ちないよう、包み込むような気持ちでパンを折り曲げ、リスクの高そうなところからかじりつく。こうなるともう、メキシコあたりの何とかというジャンクフードみたいになっていて、歯茎が痛いことも忘れて必死で喰らいついた。
 角食にトッピングを施すことで1枚を食べ切り、2枚目の角食へ進む。
 食パン1枚にハチミツ小袋ひとつは多過ぎるんじゃないか、と思ったが、実際パンの表面にまんべんなく垂らしてみると、ちょうどいい塩梅でハチミツを使い切った。この小袋ひとつがパン1枚分ということは、もう1枚の食パンはやはり、照り焼きチキンをトッピングして食すことが正解で、僕の食べ方は間違っていなかったと分かり、安堵の思いでハチミツパンを平らげた。
 パンと合わせてジュースも飲み干し、最後にバナナへ手を伸ばしたところでもうひとつ、まだ蓋さえ開けていない小鉢があることに気がついた僕は愕然となった。
 落とし卵。といっても、いわゆるポーチドエッグではなく、見た目は温泉卵そのままだ。この、ダシなのか何なのか分からない薄味のついた茹で汁に浮かぶ半熟卵は、いったいどのタイミングで食べるのだろう。チキンに載せたりパンに浸すのが正しかったのか、あれこれ思案した挙げ句、まるで生卵を飲むように流し込んだ。


 午後3時半頃、スーパー柏ノ丘店へ出かけた。『マイマヨネーズ』を買うためだ。醤油の件もあってのことだが、メインのおかずの下に敷いてあるレタスや付け合わせの千切りキャベツなどは、僕は無性にマヨネーズで食べたいたちなのだ。そこにちらっと醤油を垂らすのが、またさらに美味しい。
 柏ノ丘店へ向かう途中で、病院に出勤する葉山看護師とすれ違った。僕は帽子をかぶり、彼女は携帯をいじっていたので、普通の歩道でお互い向こうから歩いて来ているのに、気付かれることなくすれ違った。僕は未だに自分から挨拶すらできない。


 午後6時半。先週に続いて2回目となるAA「アカゲラ」のミーティングに参加した。このグループからは50~60代の男性ふたりが来られ、患者の出席は昨日と同じく勝瀬さんと僕のふたりだけだった。だんだん院内AAも、参加の回数をこなすだけになってきたような気がする。相変わらず気持ちの浮き沈みは激しいが、もう少しだけでも何か乗り出していかないと、このままでは変わらないし、変えられない。

 夜。喫煙室から見る桜は、朝見たときよりも確実に花が開きつつあった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-05-21 21:05 | カテゴリ:入院食

「瞑想」は土日はお休みだ。昨日父に持って来てもらった充電器のおかげで、携帯は心配ない。

 僕のアルコール依存を心配してくれている女友達に、入院したことをLINEで伝えた。安心した、3ヶ月は長いけど頑張れ、と励まされた。僕が連絡をするような相手は、彼女しかいない。
 あとはただ、ベッドで『鬼平犯科帳』――

 朝食は午前7時45分、昼食は正午、夕食は午後6時に、病棟廊下に運ばれて来る配膳ワゴンから、自分の名前のプレートが載ったトレーを各自で取りに行く。
 患者の症状にもよるだろうが、プラスチック樹脂のトレーには、ご飯の丼、メインのおかず、お椀、小鉢といったものが並ぶ。至って普通の入院食だ。だから、朝食には決まって牛乳が付いており、昼食の際はメニューの趣などに構うことなくバナナがごろんと、トレーの端に無造作に置かれていたりして、なおいっそう「入院食感」を演出している。

 入院してから既にたった5食で、これから続く長い長い入院食生活に諦めを感じていた。もともと歯の調子も悪かったし、さしたる期待もしていなかった。
 が、今日の昼食は、あんかけ焼きそば。
 いきなり期待度高し。とはいえこんな、ビールでも飲みたくなるようなメニューでいいのだろうか。
 デイルームには共用電子レンジもあるから、病院食の欠点のひとつ「冷めてる」はこれでカバーできる。早速活用している患者もいる。また、共用で醤油やアジシオ、コショウ、一味といった程度の調味料も置いてあるので、自分好みにワンポイントな味付けを施すこともできる。一般的な入院食との違いだ。
 僕は、あんかけには適度な酢が欠かせない『酢たらし派』なので、ひょっとしたらと思い恐る恐る物色してみたが、さすがに酢はないようだった。
 そりゃ酢は贅沢というものか、と自分に言い聞かせ、配膳ワゴンから自分のトレーを取りに行く。トレーはデイルームへ持って行ってテーブルで食べてもいいし、自分のベッドで食べてもいい。
 僕はもちろん頑なに、自分のベッドで猫のように食べる。カーテンを閉ざして。

 さて、『酢たらし』こそ叶わないもの、入院食でのあんかけ焼きそばとは?
 期待と興味と不安にかられて器のフタを持ち上げた途端、衝撃が走った。
 ―― あんがない。
 文字にすると何かヘンだが、事実「あんかけ」の「あん」がかかっていないのだ。目を疑いながらとりあえず食べてみると、
「ん?」確かにあんかけ焼きそばの味が…することはする。「あん」も麺に絡んでいる。
 ―― あんはあるよ。
 そこで気がついた。これは「あん」が麺に混ざりきっているのだ。運搬中に奇跡の攪拌が起きたはずもない。これは調理の段階で、まるで『一平ちゃん』のからしマヨネーズを無粋にもトップギアから絡め散らすかの如く、徹底的に「あん」を麺およびその他の具に混ぜ合わす工程が存在している。なぜ?
 ①「あん」を喉に詰まらせないための配慮 → ここは高齢者施設ではない。それならそもそもメニューに出すな。却下。
 ②「あん」が飛び散って汚い → 患者をナメてる。もっとキレイに食える。却下。
 ③「あん」のとろとろが、飲酒欲求を誘発する → だからそれなら出すなよ。これも却下。
 ④混ぜたほうが、美味しい → …うーむ。

 確かに、よく噛んで食べてね。って思いが込もっている気がしないでもない。


 僕が衝撃を受けたあんかけ焼きそばより、ほかの患者の多くが興味を注いでいたのは、夕食のカツ丼だった。
 昼も過ぎたあたりから「今夜はカツ丼だよ」「カツ丼っていってもねえ…」「どうせ薄いんだよ」「ハムだよ」などと、ある種どこか牧歌的で微笑ましい、至って呑気な会話か聞こえる。
 ただ、僕はこのカツ丼に関しては、始めから完全に期待のスタメンから除外していて、せいぜい二軍落ちしないでいてくれよ程度にしか考えていなかった。侮ってはいけない「入院食」。そこに満を持して、丼界の王道たる「カツ丼」が名を連ねるのだ。
 ―― 肉が厚かろうわけがない。多かろうわけがない。衣がサクサクであろうわけがない。ハムはまさしくいい例えだ。完全にアウトだが魚肉ソーセージも疑わねば。
 と、まあこれくらい精神的にネガティブバリアを張っておけば、期待を裏切られたところでがっかりすることもあるまい。

 午後6時。そういう殊勝な心持ちで「カツ丼」を銘うたう丼のフタを持ち上げた途端、僕はいきなり動揺した。
 カツは細く、薄く、硬く、主役の体をなしていない。それは想定していたことだが、卵がすべて、まさかの「そぼろ」だった。
 カツ丼なのに。

 食後、喫煙室で語られる夕食の話題。
「やっぱり薄かったね」「3枚だけ」―― 肉以外の感想は皆無だ。みんな知っているのだ。入院食の卵に『ふわとろ』はあり得ないということを。入院ビギナーの僕が迂闊だったのだ。

 食事の献立は、デイルームに数日分が貼り出してあるので前もって確認できる。疾病や疾患などによる制限で別メニューの患者もいるが、僕は今のところ通常食だ。
 早くも来週、23日の昼食「ビーフカレー」に着目している。期待しない程度に。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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