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2015-07-15 18:43 | カテゴリ:病棟の人々
(※断酒38日目/退院まであと5日)
 今日から月曜まで、日中は病棟の水回りが使用できないという。何でも別の病棟の工事とかで、朝の9時から夕方5時までは排水ができないらしい。突然の周知にも困ったものだが、文句を言ったところで始まらない。


 土曜はお休み、と公言していたはずの利根川さんがAA「アカゲラ」のミーティングへ出かけるというので、一緒に行くことにした。日曜の院内AAには何度か参加している「アカゲラ」は毎週月、木、土曜の3回、北町の25丁目教会でミーティングを行っているが、会場が病院から遠いこともあって、まだ院外のミーティングに足を運んだことはなかった。土曜日は午後2時から開始とのことで、昼食後すぐに病院を出た。

 西町駅で、利根川さんが乗車券として使用するプリペイドカードを買うという。利根川さんら生活保護受給者は、申請すれば自助グループ参加のための交通費も全額支給されるのだ。
 いつもは1,000円分とか3,000円分とか、決まった金額のカードが券売機で買えるはずなのだが、どういうわけかそれができなくなっている。駅員さんによると、なんでもチャージ式のICカードに変わりプリペイドカードが廃止になるため、新規の購入はできなくなったらしい。
 ということはその、ICカードを新しく買ってチャージしなければならないのだが、途端に利根川さんが焦り始めた。買い方がよく分からないうえに、僕を待たせていることが申し訳ないと思ったのだろう。AAの開始時間もある。
 使い捨てのプリペイドカードに比べて、チャージ式ICカードの新規購入は名前だの何だのを入力するので、不慣れな人からするとひどく面倒なものかもしれない。カード購入機のタッチパネルを操作する利根川さんの指が震えている。明らかにテンパッているのが分かった。
「あの、サトウさん、す、すいません。先に行っててください」
 声もどこかうわずっている。
 ―― あ、これが利根川さんの症状か。
 そう直感した。

 利根川さんはアルコール依存症と併せて、パニック障害、強迫神経症というココロの病気を抱えている。普通の人なら気にしないような取るに足らない出来事にでも、急に大きな不安に襲われて、極度に混乱してしまうのだ。利根川さんの場合、例えば自宅から外出しても、戸締りはしたか、ガスの栓は閉めたかなど、細かいことが病的に気になって不安に陥るのだそうだ。
 思えば僕も似たようなものだ。もともと過度な心配症ではあったけれども、精神的に不安定なときは特に妄想が顕著になる。道を歩いていても頭上から何かが落ちてくるのではないか、一時停止の車が突然動いて轢かれるのではないか、背後からカラスにでも襲われるのではないか ――
 入院直前の僕はそんな不安に襲われることが多々あった。大阪で生活する自信を失くした頃もそうだった。少なくとも、激しい強迫観念に取り憑かれるという意味では、僕も他人事ではないのだ。

「大丈夫ですよ。僕もICカードの買いかた知りたかったし。ゆっくり行きましょう」
 ひとりで先に行くなんて、できるわけがない。利根川さんを待って、少し遅れてAA会場へと向かった。


 帰り道。西町駅から路線バスで帰院するという利根川さんと別れて、ひとりで歩いて病院へ戻った。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-27 18:31 | カテゴリ:病棟の人々
(※断酒33日目/退院まであと10日)
 朝から蒸し暑い。クーラーのない5ーB病棟では扇風機が頼りだが、どういうわけかみんなつけるのを遠慮する。黒部さんなどは「オレ、扇風機の風ダメなんだ」と嫌がるので余計つけられなくなってしまう。

 昨日の夕方、隣町で飲酒運転による死亡ひき逃げ事件があった。海水浴場で飲酒した31歳の男が、同じ海水浴場から駅へ歩いて帰路に着いていた29~30歳の女性4名をはねて3名が死亡、1名が頸椎骨折の重傷を負ったのだ。被害に遭った女性は高校時代の同級生だったという。
 容疑者の男は前日深夜の居酒屋勤務終わりからビーチで夜通し飲酒していて、事故直後は女性の手当てをせずそのまま逃げ、コンビニでタバコを買い、それから 110番通報したそうだ。何を考えていたのか理解に苦しむ。「事故さえ起こさなければ(飲んでも)大丈夫だと思った」と供述している、と報じられていた。
 僕は運転免許を持っていないが、こういう事件のニュースを、特にこういう病棟にいながらにして耳にすると、やりきれない気持ちになると同時に、自分の飲酒が他人の命を奪ったり、自分自身の人生を破滅させることにつながる闇を感じる。それはとてもリアルな「恐怖」の感情にほかならない。


 今日の学習会は、1クール11回をひと周りして12回目となる。あの理科の教師みたいな男性心理士が『自分の考えを知る』というテーマでレクチャーを行った。4月、僕が2回目に参加した学習会で『私はどんな人?』という問いを記したプリントに回答を書かせて、小グループに分かれて発表し合うという、あの回の焼き直しだ。
 今回は手法を大きく変えて、

Q1:社長と副社長 Q2:時間とお金

 それぞれどちらが好き、または大切だと思うかを選び、小グループ内でその理由を発表し合うという形式だった。
 僕はQ1について、好き嫌いや能力の有無ではなく、単に正があって副があるという理由で〈社長〉を、Q2については万物に平等だと思ったので〈時間〉を選択した。米窪さんや浅尾さん、そして現在2階病棟に入院している峰口さんらと一緒になったグループの中からは「最終的に責任があるから社長」「後ろのポジションだけどそれなりに力のある副社長」だったり「お金がないと生活できない」「時間がなくても自分の作業をお金で人にやらせることができる」「時間は社会のシステムに関係なく存在する」といった意見が出た。根本的な主旨は前回と変わらず、他人の考えを聴いて己の考えを知る、ということなのだろう。
 学習会終了後、元小学校教員の倉持さんは、
「二者択一の設問としては、お題が良くないね」
 とダメを出していた。


「サトウさん、ちょっとお願いがあるんですが…」
 病室で、隣のベッドの浅尾さんから改まって声をかけられた。
「どうしました?」
「明日の昼食、僕の分も貰っていただきたいんです」

 1ヶ月の予定で入院していた浅尾さんは、本当なら今月15日に退院するはずだった。ところが、浅尾さんが経営している樹木伐採の会社の事業バックアップをしてくれている知人から、最低あとひと月は入院を延ばすよう「半ば強制」されているのだという。心臓の病気を患いICD(植込み型除細動器)を体内に取りつけて、入院までは節酒をしていた浅尾さんが、果たして僕らと同じく本当にアルコールに依存しているのか僕には少し疑問なのだが、会社に影響力を持つその知人は、病名が何であれとにかくあとひと月の静養を浅尾さんに迫っていて、さもないと事業から手を引くことを臭わせているそうだ。ご丁寧に、内科の治療入院が必要な場合にこの街で転院できる病院までピックアップしているという。
 この街から遠く 200㎞も離れた浅尾さんの地元には、アルコール依存の専門病院がない。もともと最初にこの柏ノ丘病院へ外来で来た際、院長からは月1回ペースの外来診察を勧められたが妹さんの強い希望で入院となった、という経緯がある。それだけに、浅尾さんの中では早く仕事に復帰したいという思いがあるようだ。
「他人の意見に左右されたくないし、これ以上入院していても、ストレスを溜めるだけですから」
 かといって、事業の支援を打ち切られると会社に大きなマイナスを与えるため、浅尾さんはジレンマに陥っている。担当看護師の丹羽さんはもちろんのこと、親子ほど歳の離れた僕にまで打ち明けるくらいなのだから、よほど悩んでいるのだろう。
 今日の夕方、院長との面談で相談した結果、病院としては本人の希望に沿って退院、その後は遠方からにはなるが通院を勧めるという結論になったそうだ。ただし浅尾さん曰く、その知人は妹さん夫婦を「抱き込んで」おり、最悪浅尾さんは「自分の健康も会社も顧みず、周囲の反対を押し切って退院した」という位置づけにされかねない。知人の顔を立ててあとひと月入院するとすれば、転院しても内科では進展が期待できないため、静養を目的として引き続き柏ノ丘病院で入院延長するほうが、ストレスも少ないだろうということだった。
 浅尾さんは明日、いったん地元の街へ帰り、知人や家族と今後どのようにするか話し合うという。次に病院に戻るのは22日の予定だそうだ。
 ここにもまた違った事情で、入院生活と奮闘している人がいる。

「そういうわけで、明日の昼は迎えに来た妹と食事することになりました。今からキャンセルはできないですし、廃棄になるくらいならサトウさんに食べていただきたいな、と」
 実際僕の食欲は旺盛で、最近は食が細くなったという浅尾さんから、やれバナナだの納豆だのごはん半分だの、いろいろ分けてもらうことが多い。こうして僕は、
「こうなったら、明日妹にいちばん高い昼食を奢らせてやります」
 と子供みたいに息巻く浅尾さんの、明日の昼食をまるまるいただくことになった。

 その浅尾さんが帰院する22日は、米窪さんが退院する。米窪さんも奥さんがもっと入院を希望している中、いろいろあったうえでの退院だ。
 そして、それより少し早い今週木曜には平嶋さんが退院する。このところ胃腸の調子が悪く、予定を1日遅らせての退院となる平嶋さんは、月末に息子さんの結婚式が待っているそうだ。入院当初とは別人のように、最近は院内のAAに通い始め、今後は院外でのAAミーティング参加を真剣に考えているようだ。
 ほかにも53号室では、予定を急遽大幅に繰り上げて、木下さんが今月いっぱいで退院するという。詳しくは訊いていないが仕事の都合らしい。黒部さんも詳細は未定だが、順当にいけば今月で退院の予定だ。相変わらず「オレは入院したら飲むよ」などと豪語しているので、ひょっとしたら家族の反対で退院が延びるかもしれない。
 黒部さんには明日から看護実習の学生さんがつくそうだ。米窪さんが、黒部さんをレクや料理に引きずり出そうとほくそ笑んでいる。


 病院事務局から、先月分の請求書を手渡された。102,000円強。7月の最終請求は退院日の前日にならないと概算が分からないという。夕方、優二さんと山形さんの3人でAA「カッコー」の会場へ行く途中、父にその旨を電話で伝えた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-18 17:44 | カテゴリ:病棟の人々
(※断酒27日目/退院まであと16日)
 午前中、米窪さんと福井さんの3人で散歩へ出かけた。福井さんと外出するのは久しぶりだ。坂を上ったところから住宅地を抜け、西町総合公園の原生林を通って駅前のショッピングモールへと歩いた。5月の連休最後に、康平くんも加えて歩いたコースだ。
 外は陽射しがきつかったが、森に入ると一気に涼しくなった。
「この時間なら、ヘビは出ないな」
 米窪さんが知ったようなことを言ったそばから、先頭を歩いていた僕の足元を大きなヘビがしゅるしゅると音を立てて横切っていった。死ぬほどビビって思わず声をあげた。
「俺みたいにひねくれたヘビなんだよ」
 出ないと言ったのに出たことの言い訳がこれだ。
 そのまま先へ進むと、またヘビに遭遇した。脇道にいたところを、向こうから山道散歩に来た男性が見つけて木の枝でやっつけようとしていたが、逃げられたらしい。その男性によると、マムシだそうだ。
 さらに歩いていると、大木の根元に集まるシマリスを何匹も見かけた。ここが原生林なのだと改めて感じた。
 幼稚園の年長組だろうか、子供たちと引率の先生の一行とすれ違い、挨拶を交わした。マムシのことは言わなかったが大丈夫だっただろうか。
 駅前ショッピングモールで少し時間を潰し、病院バスで戻った。


 昼食後のレクでは今日もミニバレーで汗をかき、シャワーを浴びた。体育館は蒸し風呂のような暑さだった。
 その後一息ついていたところへ、室戸薬剤師が訪ねて来た。先日僕が服用を試したいと言った薬『レグテクト』について、メーカーのパンフレットを持って来てくれたのだ。日本では昨年発売されたばかりのこの薬は、頓服薬としてではなく継続して服用するものだが、やはり下痢以外に深刻な副作用は考えにくく、価格も保険適用の3割負担で1日分約 100円、エビリファイなどの安定剤や眠剤との飲み併せも問題ないそうだ。
 脳に作用して、飲酒欲求そのものを抑える薬 ―― 僕に合うか合わないか、今のうちに試してみるべきだと思った。


 迫さんが戻って来た。外泊時に自宅で4回目となる飲酒をしてしまい、いったん任意退院したそうだが、今度の再入院で改めてビギナーから1クールのリスタートとなるそうだ。
 デイルームの喫煙室で、僕は迫さんに退院が決まったこと、来月から職場復帰することを伝えた。
「仕事があるんならそれに越したことはないし、ぜひ退院するべきだよ。オレはすることもないから、いつまで病院にいるかな…」
 その前に迫さんはスリップしないよう気をつけたほうがいいと思ったが、余計なことは言わなかった。
「まあ今度は節酒じゃなくて断酒を目指すけど、次に病院とモメてブチ切れたときは、看護師の目の前で飲んでやるから」
 そう言って不敵な笑みを浮かべた。お酒をやめる気があるのかないのか分からない人だ。モメるとかブチ切れるとか、どうも穏やかでない。

 病院に内緒でパチンコに行って来た高津さんが、市街地の商店街で勝瀬さんに偶然会ったという。
「元気そうで、明日明後日はデイケア来るって言うとったよ。エラい元気やった。酒の臭いはせんかったけど、あんまり近づいとらんかったから、分からん」


 今日のAAは北町12丁目教会の「はましぎ」だ。前回は会場変更になったため、初めての場所になる。優二さんと一緒に出かけたが、駅へ向かう病院バスの中で師長と隣になり、話をした。
 沼畑師長は高校時代、将来は結婚をせずに医者か弁護士を目指していたのだという。進学による経済的負担を考えて看護師志望に転換し、短大へ進んだそうだ。看護師としてデビューしてからはずっとこの柏ノ丘病院で仕事をしている。
「看護師さんも志望の科ってありますよね? 選べないんですか」
「いちおう希望は出せるけど、やっぱり必ずしもなれるわけじゃないかな」
 肛門科を志望した看護師がいたら一度話を聴いてみたいと思っていたが、やはり希望通りにはいかないものかと納得した。
「…精神科って、最初は抵抗なかったですか?」
 看護師さんの本音はどうなのだろう。患者の前ですべて話せるわけではないだろうが、いちおう訊いてみた。
「私は婦人科、精神科、脳外科の順で希望してたから。精神科はもともと興味があったし」
 抵抗はないということらしい。
「もっとも私、血を見るのが苦手なんで。5ーA病棟にいたとき、リストカットで運ばれた患者さんの傷口見たときはショックだったけど。今は仕事だと割り切ってるかな」
 いろいろ突っ込みどころはあるが、なんだかリアルな告白だ。

 病院バスは職員も利用するため、僕らが院外自助へ向かうために乗る最終5時40分のバスには日勤終わりの病院スタッフとも一緒に乗り合わせる。
 今日も僕らの斜め前には小里看護師が座っていたが、彼女に限らずどうもみんなよそよそしい感じがする。患者と近い距離で接する仕事なので、勤務が終わったら完全なオフになりたいのか、僕ら患者に気を遣っているのか分からないが、こちらとしても見慣れない私服姿でプライベートな時間に入ろうとしている病院スタッフに気軽に話しかけるのはためらってしまう。
 そんなことを思うとき、ふと「やっぱり精神科って、抵抗あるのかなあ…」とネガティブだけど妙に共感できる推測をしてしまうのだ。
「あ、私、注射も嫌なの。師長になってからやってないけど」
 なぜか沼畑師長は別だ。
「こないだ何げに笑顔で歩いてたら、同僚に『コワい』って言われちゃったの。これでも私傷つくんですけど」
 最初に師長と話したときの印象は、3ヶ月近く経った今でも変わっていない。ざっくばらんな人だ。ご主人はタクシーの乗務員をされていて、生活の時間が合わないことが夫婦がうまくいくコツ、のようなことを以前言っていた。一見ドライでプライドが高そうな感じがしないでもないが、それはそれとして、情の深い人でもある気がする。
「やっぱり『師長』って、コワい感じとかに見られちゃうのかな?」
「人によるんじゃないかな」
「私はどうなの?」
「さあ、知りません」

 西町駅前で師長と別れ、電車で北町12丁目の教会へ向かう。途中、中央町の駅で乗り換えが必要で、今まで足を運んだ会場の中ではいちばん遠い場所に位置している。
 優二さんは今日の院長の回診で、明日の退院の延期が決まった。退院の日は未定だというが、仕事探しの状況も踏まえての退院になるのではないだろうか。
「予定が二転三転して大変でしたね」
「まあ、仕方ないよ。こればっかりは」
 とは言いつつ、正直ホッとしている様子だった。


 AA「はましぎ」のミーティングは院内を含めると8回目だが、院外では先週土曜に続いてまだ2回目、ホームグラウンドの北町12丁目教会は初めてだ。院外では火、木、土曜にミーティングをしているが、来月から木曜のみ中央町に会場が変わる。実家の近所、通勤途中にある会場なので、退院後も参加しやすい場所になるだろう。正直このグループにはまだ慣れていないが、何度かは行くつもりだ。
 帰りはまた、ユウさんに車で送ってもらい帰院した。

 様々な人と話した日だった。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-07 15:15 | カテゴリ:病棟の人々
(※スリップから3日目)
 午前9時過ぎ。朝の申し送りで看護師さんが詰所に集まっている時間に、3階へ降りて売店でタバコを買う。自分で撒いた種とはいえ、外出禁止で売店へ行くのもこそこそしなければならないのがなんだか切ない。

 金曜日は忙しい。午前10時半から、料理グループの青椒肉絲(チンジャオロース)作りが始まる。メンバーは僕を含めた患者7人と、担当看護師の大田さんと長浜さん、作業療法士(OT)の一宮さん、それに看護実習の学生さんふたりを加えた12人。ピーマンの苦手な山形さんは体調不良のため、買い出しにまで行かせておいての欠席となった。
 僕は合わせ調味料と中華サラダのタレを担当した。レシピ通りの作業だが、それなりにわいわいやって、前回の埋め合わせはなんとかできたと思う。結果、節子さんのアドバイスのもと、豪快な豚肉の青椒肉絲と中華風春雨サラダ、豆腐となめこの味噌汁が完成した。
 デザートは康平くんオリジナルの「フルーツパンチ」。ネットで少し調べてみると、もともとアルコールの入ったカクテルをいうらしく、これに果実を載せたものが「フルーツポンチ」で、「パンチ」は飲み物、「ポンチ」はデザートみたいな分けかたもできるとかできないとかなのだそうだ。いずれしても康平くんの「パンチ」は、寒天とフルーツにサイダーを使ってシュワッと感を出した、半液状デザートだ。もちろんアルコールは入っていない。
 余ったキュウリは節子さんがピリ辛和えにし、なぜか青椒肉絲に入れるつもりだったらしいカットされた大量の玉ねぎは、みんなの強硬な反対でオニオンサラダにすることになり、冷蔵庫に眠っていたポン酢と青じそドレッシングでそれなりに仕上がった。

 正直に言うと、入院以来食欲に目覚めた僕には、この病院の通常食に対してひとつだけ、不満というか要望がある。
 基本的に、食事はどれも美味しい。おかずにカツオのタタキが出る病院も珍しいのではないだろうか。ただ、関西での生活が長かった僕にとっては、恐ろしく味が濃いものがあるのだ。以前にも触れたが、特に柴漬けと梅干しについては病的なまでに濃い。あくまでサブのおかずであるはずの彼らが、身体に毒なんじゃないかと思うほど自己主張が激しいのだ。僕は間違いなく、箸先でちょっと挟んだ程度でごはん一膳はいける。そんなとき、無論メインのおかずの立場はなくなってしまう。
 ―― もっと白ごはんが欲しい。俺にメシをくれ。
 しかし、270gを超える大盛りは存在しないし、お代わり制度もない。
 そこへもってきて料理グループでは、白ごはんのお代わりは自由だ。別に料理グループで柴漬けや梅干しを作るわけではないが、お代わりができる悦びは小学校の給食以来で、何というか、心が踊るのだ。

 食後、今日で退院する康平くんに代わるリーダーを誰にするか、みんなで話し合いが行われた。カナちゃんは来週水曜の28日に退院するため今回が最初で最後だし、学生さんは実習が終わるため、次回からはまたメンバーが少なくなる。そのなかで活動を継続させる大切なリーダー選びだ。
 点滴が必要な米窪さんなど、欠席を余儀なくされる可能性の高い患者については、長浜看護師から待ったがかかった。僕は集団での共同作業に慣れるリハビリ中で、とてもリーダーなんて引き受けられる状態ではないことを申し出て、一宮OTが同意してくれた。
 必然的に、草刈さんと節子さん、それに今回だけという前提で参加していたはずの勝瀬さんの3人のうち誰か、ということになり、最終的にじゃんけんで節子さんがリーダーに決まった。
 はじめは固辞していた節子さんだったが、プロの調理師としての経験を持つ彼女が適任だと、誰もが思っていたのは確かで、みんなで強引に口説き落として最終的に承諾してもらった。次回からは買い出しなど、僕も率先して手伝わなければならない。まだ自信はないが、トレーニングとしてできるだけのことはやってみようと思った。久しぶりに、ちょっとだけわくわくを感じた。

 酢豚、青椒肉絲と中華メニューが続いたため、次回のメイン料理は和か洋がいいだろうということになり、節子さんから『鱈のミートソースがけ』という提案がされた。男子連中には絶対に思いつかない、家庭料理の発想だ。サブメニューは参加人数がはっきりしたところでおおまかに候補を決め、買い出し係が現場で判断していくことになる。細かい打ち合わせは来週水曜日の予定だ。

 お腹がいっぱいで少し横になりたいところだが、午後1時半からは創作の革細工がある。僕は先週、お腹いっぱいでもないのに寝過ごして欠席してしまったので、今週はなんとしても参加したい。
 …と思っていたら、職場のマネージャーから携帯に連絡が入っていた。東京にある、会社の保険組合に直接連絡して欲しいという、留守番電話の伝言だった。例の入院費の限度額適用の認定証交付の件についてだ。
 早速電話をすると、給付担当の女性が出た。僕は、5月からの適用に間に合わすべく、可能であれば直接病院へ認定証を送って欲しいと付箋にメモを書いて返送していたが、会社の人事経由で手続きすると聞いていたので、どうせ何か面倒なことにでもなっているのかと思った。案の定面倒なことに、返送していた申請書が、保険組合にまだ届いていないという。
 先週13日、父が病院に来た翌日の夕方には、わざわざ病院から坂を下って行った郵便局のポストに間違いなく投函している。今度はこちらからマネージャーへ連絡して経緯を話し、人事のどこで書類が止まっているのか確認をお願いした。

 電話を切ったあと、予定の時刻を過ぎていたが、7階のアトリエに向かった。
 康平くんは本来、先週が退院前の最後の創作参加だったはずなのに寝過ごしたため、今日この時間に仕上げて病院を出るそうだ。
 僕はといえば、絵柄のデザインを決めあぐねているうち、だんだん面倒になってきたので、とりあえず何となくな模様の刻印を、何となく本番用の牛革に打ち込んでみた。思った通り、何となく不細工になった。あとで何となく修正できればいいか。
 僕は所詮、そんな感じだ。
 康平くんは、立派なデザインのキーケースを見事に仕上げ、みんなの賞賛を受けつつ自画自賛していた。確かに立派な出来だった。

 そんな彼も、午後3時の病院バスで退院していった。相変わらず「おめでとう」の言葉はない。
「次に来たときは、数ヶ月かかって本格的なカバンでも作ったら?」
 と、笑えない冗談を言って送り出す。しばらくは外来でマトリックスに通うことになるが、例え途中でそれをやめても、もう誰に何を言われることもない。
 彼が本当に再入院するときは、間違いなく今より事態が悪くなっているときだ。そんなことが絶対にないよう願い、僕は5階病棟の階段で彼と別れた。
 勝瀬さんと米窪さんが、3階玄関のバス乗り場まで見送りに出て行った。


 次は、3時半からの断酒会『柏ノ丘例会』だ。和代さんは「私は強制しないから」と言いつつ、今日も新しく入院した患者へ熱心に参加を勧めている。
 少し時間があったので米窪さんに、転院中に描いたという絵を見せて欲しいとお願いした。「どんな動物を描いてもネコになる」と言っていた米窪さんだが、丸谷さんからいろいろと手ほどきを受けていたらしい。正直、からかってやろうと意地悪な気持ちでスケッチブックを見せてもらった。

 1枚目には、転院先の病室の窓から見える景色が、筆ペンと色鉛筆を使って丁寧に描かれていた。
「向かいにあるビール園に誘惑され続けた」という通り、なるほどすぐ正面にはビール園の大きな煙突と周辺の建物が、繊細で優しいタッチで描写されている。それが心の内を反映しているのかどうかは分からないが、反対に印象的だったのは、空がないことだ。緑の木々は簡略化され、生気がない。まだ春らしい春を迎えきれていないこの街のうすら寒い空気感を捉えていた。
 風景画は最初の1枚だけで、2枚目からは米窪さんが好きだという、たくさんの航空母艦、イージス艦、潜水艦の絵が目白押しだ。こちらは筆ペンだけで色の濃淡を出している。
 からかうどころか、舌を巻いた。看護師も患者も集まって来て、わいわい騒ぎ始めた。


 午後3時半、柏ノ丘例会が始まった。僕は先日のスリップについて告白した。昨日のAA「ぱはろ」でも入院中の飲酒の事実を話したが、これを話しておかないと、次回のミーティングや例会に参加する資格がなくなってしまうような気がしたのだ。
 散会後、北股会長から「行動制限はいつまで?」と訊かれた。次の日曜、年に2回という断酒会の特別行事が院外の会場で催されるため、参加を勧めたかったのだろう。
「1週間は外出禁止です。まあ、自業自得です」
 僕はそれだけ答えて頭を下げた。


 週末は外出や外泊が多く、5ーB病棟は静かだ。福井さんや山形さんは体調を崩し、デイルームにあまり姿を見せない。町坂さんはダイエットと称し、お腹にラップを巻いて病院から2時間のウォーキングに出かけたそうた。外泊で朝から病院を出たきりの周さんは、日曜夜まで戻らない。みんな思い思いの週末を過ごしている。

 夕食にオムライスがでた。思った通り卵は固いが、中がケチャップライスではなかった。チキンスープか何かで炒めたごはんだと思うが、何だろう。米窪さんも勝瀬さんも「味が薄い」とぼやいていたのは、昼の青椒肉絲の出来が良かったことが関係しているのかもしれない。僕は卵の上にマヨネーズをかけたらかなり自分好みの味になった。糖尿食の高津さんだけが、
「いいなあオムライス。オレ食わしてもらえんとね」と、子供のように羨ましがっていた。


 夕食後のAA「はましぎ」。今週は40代くらいの男性ひとりがメッセンジャーとして来られていた。
 先日から53号室に新しく入院した黒部さんという男性と、僕が4階に移されている間に入ったらしい洋子さんという50代の女性も参加していて、人数は10人前後と比較的多かったが、黒部さんと洋子さんは初めてのAAということで発言をせず、体調が芳しくない山形さんと米窪さんも途中退席した。
 黒部さんと洋子さんは今日の柏ノ丘例会にも出席してした。黒部さんは僕のベッドに向かって右隣、転院前に米窪さんが使っていた部屋隅のベッドに入っている。高津さんがひとつ左の窓際へ移ったため、今は米窪さんが僕の左隣になっている。
 僕は黒部さんを60代半ば~後半くらいだと思っていたが、あとで聞いたところまだ50代後半で、高津さんと変わらないそうだ。塗装屋をしていたそうで、職人という仕事柄なのか病気のせいなのか、病棟の患者にはどうも老けて見える人が多い。年輩患者にありがちな、晩酌の延長くらいでまさかアルコール依存症だとは思わなかった、という典型的なケースで、例会の席上でも北股会長から質問され、
「休日に昼間から飲むとか、思い当たる節がないわけじゃないんですが、やっぱり自分が依存症だとは認めてなかったですね」
 と、自身の胸の内を話していた。
 洋子さんは昨日のSSTにも参加していて、割と積極的に何でも入っていく性格のようだ。入院に至った事情はまだあまり話したくないようだが、1クールとはいわずできるだけ早い退院を望んでいるという。料理グループに誘ってみたら、かなりの手応えを感じたところだ。

 今日のAAのテーマは「自分に正直になる」。お酒を飲みたい、と思って飲むのがまさにそれだろ、ということにもなるが、僕の場合、初めて大阪で当時の彼女に付き添われてアルコール外来に行ったとき、医師から直ちに入院を勧められた。けれども仕事のことを含めて経済的な問題があったし、まさか実家に「アル中で入院するからお金を何とかして欲しい」なんて正直に言えるはずもなかった。また正直なところ、自助グループなんて怖そうなところにも行きたくなかった。
 そして結局、僕は何も変えようとしなかった。変わったのは、彼女をはじめ、今まで僕のために親身になってくれた人が離れていったことだった。

 勝瀬さんが現役の美容師で、奥さんとお店を経営しているというのは、以前本人から聴いていた。お客さんのパーマの待ち時間など、仕事中にも焼酎が欠かせなくなり、お店から自宅へ帰る途中にある無人交番に酔っ払って立ち寄ってはパトロールから戻った警察官に絡む常連になっていたという。奥さんから何度も離婚を迫られ、ついには奥さんの母親からも「お願いだから娘と別れてくれ」と涙ながらに懇願されたが、その度に断酒を誓い、それを破った。
 そんな勝瀬さんだったが、奥さんが密かにアラノンのミーティングに参加していたことを知って衝撃を受けたという。
『アラノン(Al-anon)』とは、アルコール依存症者を家族や友人に持つ人たちが集まる自助グループで、世界130ヶ国、日本でもNPO法人の認可を受けて国内各地にミーティング会場を設けている。奥さんがいかに苦しんでいたか、そして自分が苦しめていたかに気付いた勝瀬さんは「情けなくて涙が出た」そうだ。
 こうして今度こそ、これが本当に最後と入院治療することを決意したのはいいが、どうせ最後なら飲み納めにと、外来へ向かう前日に焼酎をラッパ飲みして動けなくなり、挙げ句の果てに自分で救急車を呼んで「柏ノ丘病院までお願いします」と行き先まで告げ、無事入院となったということだ。
 こうなるともう、ある意味感心する。良心の呵責とお酒に対しての執着が、どちらに対しても正直すぎるのではないか。

 とはいえ、勝瀬さんは今、できるだけ多くのARPに参加し、週末には自宅へ戻り、失ったものを取り戻そうとしているのは事実だ。
 ARPに参加すると、あらかじめ患者ひとりひとりに渡された「ARP ・自助グループ参加表」にスタンプかサインを貰う。夏休みのラジオ体操のスタンプカードのようなものだが、必ずしもすべてに参加しなければならないわけではないし、いくつ貰えればどうというわけでもない。無論、退院の時期を直接判断するものでもない。
 これはあくまで、この入院期間内でどれだけ自分の目標に向かって行動したかという「証し」に過ぎない。もちろん、スタンプの数に無理に価値を求める必要なんてない。

 ただ勝瀬さんは、退院後にこの表をファイリングして、自宅の目につくところに置いておきたい、と僕に漏らしてくれた。
 

※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-01 15:33 | カテゴリ:病棟の人々

 このところ、ミーティングやAA、院外自助に断酒例会と続けて参加しすぎて、アタマもカラダも疲れてきた。入院前の生活よりも忙しい。今日はあいにくの雨で気温が低いので、日がな一日何もせずに休む。爬虫類か。
 康平くんが、来週金曜の退院を目前に、実家へ外泊するという。午前10時の病院バスに乗ると言っていたが、朝食後に「1時間だけ寝ます」と危ないことを口にした。
 案の定、彼は正午近くまで目覚めることなく、起きたところで彼の昼食などはない。みんながホッケの塩焼きを食べているのを尻目に、
「オレ、どっかでラーメン食って帰りますから」
 と言い残し、午後1時のバスで病院を出て行った。彼がこの雨の中、ラーメン屋近くの公園なんかで寝てしまうことなく無事に実家へ帰り着けば、病院へ戻るのは月曜日だそうだ。

 彼は重度のナルコレプシーで、次は違う病院へ行ったほうがいいんじゃなかろうか。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
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