-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2016-05-06 06:52 | カテゴリ:院内生活
(※断酒43日目/退院日)
 退院当日、午前5時半過ぎの起床。いつもと変わらない朝だ。今日は午前の回診を終えたあと、最後にミニバレーをして昼食をいただき、その後は適当な時間の病院バスでスーパー柏ノ丘店まで行って徒歩で実家に帰る。帰る場所が近いうえ、荷物もおおかた運んでしまっているので、身軽なものだ。
 …と思っていたが、いざ退院の準備をしてみると意外にまだ荷物が残っており、徒歩での帰宅はこの暑さがいくらか堪えそうな予感がする。

 午前9時前、出勤して来た一宮OTに直筆のメッセージカードをいただいた。葉書サイズの封に入れられたふたつ折りのカードの扉には、デフォルトデザインで「ファイト!」、チアリーダーのポンポンを持ったクマとウサギのイラストがあり、余白に女性らしい文字で手書きのメッセージが記されていた。

 フレー! フレー! サトウさん
 一歩一歩 サトウさんのペースを大切に
 サトウさんだから出来ること きっと沢山あるはず…
 自分をもっと大切にして下さいネ
 サトウさんはひとりじゃないよ 大丈夫!
 仲間がたくさんいるからネ! 


 彼女が僕にくれたたくさんの気配りと優しさを改めて感じて、胸がいっぱいになった。

 僕がお願いしていた色紙には、その一宮さんを加えた5ーB病棟の看護師さんのメッセージが揃った。ただひとり、先日のミニバレーで足を痛めて欠勤している大田看護師にはいただきそびれてしまったが、僕からのメッセージカードはちゃんと渡してある。


 今日僕は、長年の飲酒によって憑り付かれたアルコール依存症を断ち切るべく、この病院を退院する。
 これから僕の歩む道の上には、晴れ渡る青い空が広がっているだろうか。



※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。

スポンサーサイト
【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2016-04-25 08:22 | カテゴリ:院内生活
(※断酒42日目/退院前日)
 11時からのビギナーミーティングは、僕が沼畑師長にお願いして出席させてもらった最後のARPミーティングだ。20人くらいが参加しており、師長はしきりに「暑い、暑い」とこぼしていた。僕は病院スタッフや患者仲間にこれまでお世話になった謝意を伝えた。

 昼食後は2時の病院バスで、荷物を置きにいったん実家へ戻り、帰院すると事務局で入院費の精算について確認をした。事務の金丸さんによると、6月分は今月中に、今月分は来月に支払えばいいとのことだ。また、会社の保険組合に、傷病手当てについて問い合わせることを勧められた。その後は、たまたま病室を訪ねて来た薬剤師の室戸さんにも退院を伝えてお礼を言った。
 何から何まで、いろんな方たちにお世話になりっ放しだったことを、改めて感じた。

 最後の夜。院外のAAへ行くつもりで早出しの夕食を摂ったが、結局外へは行かず、病院内での「ヒナドリ」のミーティングに出席した。最後くらいゆっくりしてもいいかな、という思いから、食後についうたた寝をしてしまったからだ。
 僕はこれまで、院内のAAに26回、断酒会に7回、院外AAには34回、断酒会に1回、合わせて68回のミーティングに参加した。数の問題ではないが、これだけ多くのミーティングに出ても、未だにお酒をやめられる確信はない。ただ、これらを含めてほぼ全てのプログラムに関わることができたことで、何かしらの自信につながっているのは間違いない気がする。

 ミーティングの最後に、進行役のタケシさんが言った。
「依存症は、医療従事者が治療に失敗しても患者が責められるべき唯一の病気なんですよね」

 その通りだ。改めて思う。これは僕の病気だ。回復に向かうのも堕ちていくのも、僕次第なのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2016-04-25 08:13 | カテゴリ:院内生活
(※断酒41日目/退院まであと2日)
 朝食前、昨夜のうちに米窪さんから借りていたバリカンで、前髪や揉み上げを整えてみた。何が変わるというものではないが、気分が変わる。

 午前9時半からの部屋ミーティングでは、飲酒欲求がテーマに挙がった。僕について言えば、少なくとも今の段階で欲求はないが、今後全く飲まないという確信はない。何だかんだと、情けないところだ。
 ミーティングの途中で、53号室に新しい男性患者が入院して来た。使用するのは平嶋さんが入っていたベッドだ。聞くところによると、この人もスリップ組らしい。
 さらに聞くところによると、今日はこのあともうひとり入院して来るそうだ。そして、これまでいろいろとお世話になった米窪さんが退院する。浅尾さんも今日の院長の回診で、退院が来月12日に決まったということだ。
 病院を去る人がいて、来る人がいる。僕も明後日にはここを去る人になる。僕にしてみれば感傷的にもなるが、これが日常だ。柏ノ丘病院は、この当たり前の光景がこの先もただ続いていくだけだ。

 11時。心理面接室でカウンセリングの申し込み手続きを行った。保険適応外のため、今後は1回50分で税込み5,000円の有料で、日程の調整は当番心理士の直通携帯番号へ、外来とは別途相談することになる。
 病室へ戻ると、昼過ぎに病院を出るはずの米窪さんが、早くもベッドの「強制立ち退き」をさせられていた。間もなく新しい患者が入るそうだ。昼食後のミニバレーでは、その米窪さんと一緒のチームで草刈さんや小千谷さんらのチームと対戦したが、有終の美を飾らせることはできなかった。

 その米窪さんは夕方近くになって、迎えに来た奥さんと病院を後にして行った。僕はどの患者にもそうしてきたように、エレベーター前まで米窪さんを見送った。もう、この病棟で再会することがないことを願って。

 早出しの夕食メニューは「他人丼」だ。豚だか牛だかの卵とじが白飯に盛られた丼のほかに、どういうわけかそのまんま同じ具が乗った皿が「おかず」として付いている。



 食事制限のある患者や希望者には白飯の代わりにお粥が出るのだが、そういうときにこうした丼物の場合は、本来白飯に盛りつけられるはずの具材を主菜としてお皿に用意がされる。
 何かの手違いなのだろう。僕はこれ幸いとばかりに、このお得な定食をありがたくいただいた。

 夜は院外AA「つぐみ」のミーティングに参加した。優二さんが、退院後の仕事がなかなか決まらないと言っていた。
 明日は最後の夜になる。この入院で知り合った、僕と同じたくさんの依存症患者のうち、いったいどれだけの人がお酒や薬物やギャンブルと縁を切り、いったいどれだけの人が再びここへ戻って来るのだろうか。
 そして、僕はどっちだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。

【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2016-04-24 19:48 | カテゴリ:院内生活
(※断酒40日目/退院まであと3日)
 今朝は早朝4時前に目が覚めた。水回りの排水ができない件は連休明けまでと聞いていたが、トイレも洗面所も既に使用可能になっていた。
 石橋看護師に訊くと、
「あー、もう大丈夫みたいだね」
 とのことだった。

 昼近くになって、病院裏手から柏山を登り、展望広場へ行ってみた。入院して間もない頃、草刈さんに教えてもらい町を一望した、あの場所だ。
 連休最後の祝日は、すっかり夏の陽気になっていた。家族連れの姿が多く、広場の噴水で子供たちが水遊びをする光景が目についた。
 叢に寝転がって空を眺めた。照りつける太陽が眩しい。前にここからこの町の景色を一望したときはどんよりとした曇り空で、何だかいたたまれない、やりきれない気持ちになったことを思い出した。




 僕はこれから、この晴れ渡る空を仰いで生きていけるだろうか。


 午後。明日退院する米窪さんから直筆の絵を何枚かいただいた。スケッチブックに描かれた車の絵のうち、シボレー・カマロやキャデラックなど、4枚をいただいた。
「せっかくだから、サインを入れて下さいよ」
 僕が頼むと、米窪さんは「そんなの書いたことないからなあ…」と戸惑い、照れながらも、左下隅にそれぞれアルファベットでサインを入れてくれた。



 早出しの夕食後は、西町教会のAA「カッコー」に出かけた。テーマは『最初の1杯を遠ざける』。6月に入って「アカゲラ」で、進行役の男性が話したことを思い出した。
「私は酒のことで兄との喧嘩が絶えません。兄は1杯でちゃんとやめられます。ところが私は、その1杯から始まるんです」
 その1杯から始まる。それは僕も同じだ。最初の1杯が始まると止まらなくなる。いや、酔い潰れて意識がなくなるまで止めることができなくなるのだ。
 最初の1杯をどう遠ざけたらよいのか。しっかり食事をして満腹のときは飲食欲求が沸かないのは分かっているのに、飲食欲求が沸くから食事をせずお酒に手を出すのだからタチが悪い。厄介な問題にして切実なテーマだ。
 ただ、もうひとつ分かっていることがある。それは、僕がお酒に走るのは現実逃避だということだ。日常生活で起こる不安や自己嫌悪が、僕を「酔っ払った自分」という安全地帯へ逃げ込ませる。実際には安全でも何でもないのだが、お酒の力がそう錯覚させてしまうのだ。
 だとすれば、すべては僕のココロの弱さに起因するのだ。

 僕は強くなりたい。変わらなければいけない。そして、それをするのは他ならない僕なのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。
【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
2015-03-24 22:16 | カテゴリ:院内生活
(※断酒30日目/退院まであと13日)
 今日は病院の『夏祭り』の日だ。レクリエーション課とデイケアの参加者が中心となって準備をしていたようで、本来なら駐車場で催される予定だったが、台風の接近に伴い体育館での実施となった。午前中から一宮OTが病室へ来て、神輿を担げだの法被を着ろだのとしきりに煽る。もともと金曜日は外泊で不在の患者が多いのだが、ほかの病室の患者はいつにも増してみんな逃げるように外泊している、ような気がする。
 結局、53号室からは黒部さんと倉持さんが神輿を担ぐことになった。

 夏祭りイベントのため、今日は料理も創作もお休みとなった。料理については本来、第3金曜の来週18日が休みのはずなのだが、今週の中止を受けて次週に振替え実施されることになった。それが僕の最後の料理参加となる。
 午後2時。夏祭りが始まり、5ーB病棟の前を通って体育館へ向かう人でにわかに慌ただしくなった。他病棟の患者やその家族、病院職員、デイケアの参加者や断酒会のお手伝いの人。法被姿でなんだか張りきっている人も多い。
 琉球音楽バンドの演奏があるというので、僕はひとりでふらっと体育館へ向かった。思ったより人が多い。体育館の中央には手作りの櫓(やぐら)が立ててあり、ステージでは既に演奏が始まっている。演奏しているのがどういうグループなのかは知らないが、思った通り「花」「涙そうそう」「ハイサイおじさん」といった定番が披露されていた。
 客席で手拍子している一宮OTの姿がすぐに目に止まり、隣の席にかけた。法被を着せられた利根川さんが向こう隣に座って、何やらエイサーで使うような小さな太鼓で音頭を取っていた。
 テンションの上がる一宮さんに誘われた。
「踊りましょ、サトウさん!」
 踊るか。一宮さんは櫓のそばへひとりで出て行って踊り始めた。左右の手足の動きが変だが、そんなことは気にしていない様子だ。つられてほかの作業療法士さんやら患者やらが数名、もたもたと櫓付近へ歩み出て、いちおうそれなりに盛り上がる。一宮OTの熱心さ、実直さは凄いと思った。
 葉山看護師がやって来て、僕に無理やり法被を着せて隣に座った。
「退院、決まったんだって?」
「うん、おかげさまで」
「1クールちょうど?」
「1クールと1週間。99日目で退院」
 改まって訊かれると、なんだか恥ずかしい。話題をそらした。
「ねえ、去年も夏祭りやったの?」
「やったんだけど、夜勤明けだったから私は出てないの」
「神輿を担ぐなんて、毎年やってるのかな」
 神輿といっても、今週に入ってから段ボールに飾りをつけて急遽作った即席のハリボテだ。今月から53号室の室長でレク係になった平嶋さんが神輿作りに駆り出され、黒部さんも手伝っていたようだ。
 ちなみにこの祭りの準備については、僕は一切関わっていない。昨日も一宮さんから神輿担ぎを再三頼まれたが、頑なに断った。プランがよく見えず、イタい思いをしたくなかった。要するに、恥ずかしかったのだ。
「お神輿は初めてかも。一昨年は確か、ファッションショーみたいなのをやったかな。渡辺先生が女装してた」
「そういえば、先生方の姿がないね」
 祭りの日だって、回診もあれば外来もある。忙しいのだろう。
 …と思ったら、葉山さんが声をあげた。
「あ、院長来てる」
 見ると、院長が金魚すくいをやっていた。

 金魚すくいといっても、金魚はおもちゃで、人工的に作った軽い水流を漂っているのをポイですくうものだ。タダで遊べるので僕も葉山看護師と一緒にさっき挑戦して何匹かをゲットし、景品の駄菓子を貰ったばかりだった。
 やがてメインイベントの神輿が登場し、そのまま強引に盆踊りへと突入していった。
 何でもやればできるものだと感心した。ぐだぐだの展開ではあるけれど、それなりにカタチにはなっている。何よりも、みんな笑顔で楽しそうだった。この病院には保育園が隣接しているため、もともと子供を預けている職員も多く、今日は小さな子供たちの姿もある。
 これでいいのだ。
 最後に院長がステージに上がり、閉会の挨拶に立った。
「みんな、楽しんでますかあー!?」
 歓声と拍手が起こる。
「今日はどうもありがとおー!!」
 再び歓声と拍手。院長は清志郎みたいに叫んで手を振った。


 祭りが終わり、僕は 100円で買わされた駄菓子の詰め合わせを、外出中の米窪さんのベッドに置いて柏ノ丘例会の会場へ向かった。米窪さんは午前中に迎えに来た奥さんと一緒に、以前一時転院していた街の病院へ検査に出かけていた。
 奥さんとしては、もうしばらく夫に入院していて欲しいようで、内科設備の整った街の病院でしっかりとした検査を受けたうえで「まだ働くのはムリ」と医師から釘をさしてもらいたかったらしい。CTやMRIの検査も希望する奥さんと「予約もしないでそんな検査はできない」と言う米窪さんの意見とは折り合いがつかず平行線だったが、結局は米窪さんが「それで気が済むなら」ということで折れて、一日外出届を出して検査に行くだけ行ったということだ。
 かつてお酒に酔って日本刀を振り回した亭主は、今さら何を言っても奥さんの反感を買う状態になってしまっている。
 酔っ払いの業は、それだけ深い。

 祭りの後片付けの影響で、今日の柏ノ丘例会は予定時刻の3時半を過ぎて始まった。断酒会から祭りのお手伝いに参加していた方たちは、少し遅れての出席となった。
 僕は今月24日の退院を報告した。今日は同室の木下さんが参加していた。僕と同じくアルコールでの入院は初めてという木下さんは、北股会長に指名されてもあまり自身のことを語らず、挨拶程度に話を留めたが、
「39歳、あなたの年齢前後でアルコール依存症と診断される人はとても多く、断酒をするには最もいいタイミングです」
 という会長のアドバイスは、僕がこの例会に最初に参加したときに貰った言葉とまったく同じものだった。

 夜のAAは、一昨日に続いて「アウル」に出かけた。会場は松ノ宮町の福音キリスト教会で、外出先から別のAAに向かった優二さんではなく、利根川さんと一緒に足を運んだ。
 会場には週明けまで外泊中の植中さんと、そのほかにグループメンバーの方が3人、計6人でのミーティングとなった。今日は『AA 12のステップ』という書籍を使い、中でも『傷つけた人への埋め合わせをする』という項目についてのミーティングで、テーマがテーマだけに重苦しい空気になった。
 僕にとっての埋め合わせとは、何だろうか。まずは自立すること、と僕は話したが、本当のところはまだ分かっていない。


 帰院後、外出から戻っていた米窪さんに喫煙室で話を聴いた。
 米窪さんの検査は血液検査だけで、結果は良好とはいかないものの、奥さんが期待していた仕事についてのはっきりしたドクターストップはされなかったそうだ。
「無理をしないに越したことはありませんが、患者さん個々の問題になるので、仕事をしろともするなとも言えません」
 という医師からの回答は、極めて常識的かつ無難なものだった。
 米窪さんの退院は予定通り今月22日で変更はない。僕の退院の2日前だ。53号室ではほかにも平嶋さんが17日に退院、浅尾さんももう間もなくその日が決まる。
 今日のお昼は、久しぶりに奥さんと外食したのだと米窪さんが言った。
「万が一CTでもあったら困るから、ホントに軽くだけどね」
「でも、奥さんと一緒に食事したんですよね?」
「うん。ずっと無言でね」

 …酔っ払いの業は、やっぱり深いのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


【ジャンル】:心と身体 【テーマ】:禁酒
コメント(0) | トラックバック(0)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。