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2015-03-24 16:57 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※断酒29日目/退院まであと14日)
 昨日の晩、12時の看護師巡回が終わるのを待って詰所へ行った。左手中指の付け根あたりに最近また発疹ができて、とても痒い。しばらく治まっていたのだが、退院が近づいて不安が増してきたからなのかもしれない。以前渡されていたオイラックスを使い潰したので、新品を塗ってもらうつもりだった。
 …というのは口実で、本当はお世話になった看護師さんに「一筆」書いてもらうのをお願いしに行ったのだ。寄せ書きというほどのものではないけれど、スーパー柏ノ丘店で買った色紙と、お礼に渡すメッセージカードを用意しておいた。色紙の中央上部には、手書きで大きくこう記した。

『ソラヲアオグ ~もう入院したいなんて言いません~』

 タイトルというか何というか、とにかくそんな感じだ。お酒と距離を置いた新しい生活に向けて、自分を奮い立たせる叱咤激励をカタチにして残しておきたかったのだ。
 とはいえ、多忙な看護師さんにこんな個人的なことをお願いするのは気がひける。勝瀬さんが退院前にやはり似たようなものを看護師さんにお願いして大事に持ち帰っていたが、僕が頼んで断られたらどうしよう、と内心気が気でなかった。
 今日の夜勤当番は小里看護師と高木看護師だった。高木さんは5ーB病棟担当ではいちばん若い女性看護師さんで、何度かレクでミニバレーを一緒に楽しんだ。まだ経験も浅く、夜間勤務もつい最近デビューしたばかりだ。
 僕が色紙を渡してメッセージをお願いすると、ふたりとも快く引き受けてくれた。僕の不安は取り越し苦労だったようだ。
 照れ隠しから、それから少しだけ話をした。小里看護師は僕のスリップについて「ショックでした」と言っていたが、同時に、
「サトウさん、髪の毛切ってずいぶん爽やかになりましたね」
 と褒めてもくれた。髪の長い短いではなくて、この入院生活で生じたココロの変化が表情に現れているのだ、と僕は解釈している。

 朝の申し送りのあと、小里さんから色紙を受け取り、僕はそのお礼に、それぞれへ宛てて前もって書いておいたメッセージカードを小さな封筒に入れてふたりに手渡した。とても喜んでくれた…と思う。色紙はまだ見ていない。5ーB病棟のすべての看護師さんに書いてもらい、退院したあとで読ませていただくつもりだ。


 今日の回診は両親が同席したため、いちばん最後に回してもらった。順番が来るまで別室で、牛本主任から依存症についての一般的な説明と、僕の入院生活や今後の自助グループ参加の意義についてなどを詳しく説明してもらった。父も母も熱心に聴いていた。
 その後の渡辺先生の診察で、僕は今月24日の退院希望を伝え、承諾を得た。先生からも両親へ、依存症についての説明をしてもらった。患者に対する家族の接しかたについても、結果的に依存症を陰で助長する『イネイブラー(世話焼き人)』にならないよう、斎藤学(さとる)という医師が書いた本の抜粋コピーを資料として示し、時間をかけて分かりやすく解説してくれた。斎藤医師は有名な精神科医だそうで、人の嗜癖行動がその人の家族関係や成育歴と密接な関わりを持つことを早くから指摘した偉い先生だという。アルコール依存症についてのみならず「児童虐待」という概念を日本に定着させた人で、その方面でも多くの著書を持っているらしい。
 飲酒欲求を抑制する新薬・レグテクトについても試用を了承してもらい、早速夕食後からの服用が始まった。
 僕のスリップについては、特に父や母から質問されたりしない限り進んで話すことはしないで欲しいと、牛本主任を通してお願いしていたはずだった。それなのに、
「ちょっと飲んでしまいましたが、その際もご自分で正直に申告されたのは勇気のいることだと思います」
 と必要のない褒め言葉が先生の口をついて出てしまった。後ろに同席していた主任の溜め息が聞こえた。父は特に食いつくことはなかったが、間違いなく耳には入っていたはずだ。実際、スリップしたことは事実なので仕方がないのだが。


 両親を1階玄関まで見送って別れたあと、今度は病棟で関根さんを見送った。今日は関根さんの退院の日だ。短い期間ではあったけれど、一緒に通ったAA、特に行き帰りの道すがら聴かせていただいたいろいろな話が印象に残る。今日中に地元へ戻り、明日からまた美容師として仕事に復帰するそうだ。

 昼食後、ついうたた寝をしてしまった。目を覚ましたのは午後2時半頃、それからSSTに参加する。
 今日は葉山看護師が仕切り、主任がアシストして『お酒に変わる趣味』についてあれやこれやの意見交換が行われた。前回のようなロールプレイには至らず、以前のぐだぐだな話し合いに戻ってしまったが、僕はもう不快にはならなかった。
 ―― お酒をやめたら、プラモデルでもやろうかな。

 4時10分。SSTを途中で抜けて始まったカウンセリングでは、田村心理士からも「髪を切って爽やかになりましたね」と言われた。それほど印象が変わったというのは、素直に良いことと捉えることにした。
 僕はAAでもカウンセリングを受けている人に出会ったことなどを話し、来週もう一度、最後のカウンセリングをお願いした。

 夕食後の院外AAに出かける前、病室に訪ねてきた沼畑師長から、僕の血液型がAB型だと知らされた。何を隠そう、今まで検査をしたことも大病もしたことのない僕は、38歳の今日まで自分の血液型を知らなかったのだ。そして昨日、AAに向かう病院バスで一昨日に続いて隣に乗り合わせた師長になんとなくそんな話をしていたので、調べてくれたのだ。入院をすると、こんなこともある。

 今日のAAは南町教会の「オオタカ」だ。雨はそれほど強くなく、行きも帰りも順調だった。今日も、初めてAAに来たという男性を交えてミーティングが行われた。


 夜。僕は詰所へ行って夜勤の前上看護師と東郷看護師に色紙をお願いした。もちろんふたりとも快諾してくれた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2015-03-15 13:44 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※5度目のスリップから22日目)
 今日からちょうど2週間後の今月17日の木曜、僕は入院からきっかり1クールを迎える。午前の渡辺先生の回診で、退院の日取りについて質問すると、先生から逆に訊き返された。
「さ、サードミーティングは終わりましたか?」
「あと2回ありますが、17日までには終わります」
「あ、そうですか。そ、それでしたら、ぐす、病院としてはですね、1クール終了をもって退院ということで問題ありません、ぐす」
 ぐす、ひっく、ひー、と鼻なのかどこなのか分からないところを鳴らしながら、先生はあっさりと退院を認めた。
「こちらで決めて構わないんですか?」
 はい、と先生は答えた。
 優二さんが唐突に退院を告げられたことに関して、ベッド待ちの患者が多いことが関係しているのでは、と言っていた。優二さんと僕とでは主治医が違うとはいえ、僕が抱いていた不安との温度差に拍子抜けしてしまった。
「いちおう、ARPでできることはすべてやったつもりです。でもやっぱり、不安が拭えないというか…」
「退院を前にして不安になるのは、ぐす、皆さん同じですよ。た、ただ、もしどうしてもということであれば、ぐす、1週間でも2週間でも延ばしていただいても、あの、結構です」

 父にも会社にも相談しなければならないが、最終的には僕が決めることだ。退院の日をどうするか、僕は来週の回診までに結論を出すことで先生の了解を得た。

「それから、今服用しているエビリファイなんですが、朝食後にときどき飲むのを忘れてしまうことがあるんです。でも、飲むのを忘れてもそれに気づかないくらい調子がいいときもあるので、頓服薬だけにしたほうがいいのかなって思うんですが…」
 できることなら、薬にはあまり頼りたくない。経済的な負担を少しでも減らしたいという思いも正直ある。実際のところどうなのか、医師の意見が欲しかった。
「エビリファイは、い、いちおう、72時間は残りますので、あの、1回飲み忘れても前日のが効いているケースもあります。でも、ぐす…そ、そうですか。じゃあちょっと、お薬切ってみますか?」
 訊き返されて、どうしたらいいか途端に分からなくなった。診察室に同席していた千葉看護師が口を挟んだ。
「普段の生活に大きな支障がないなら、いきなりお薬切っちゃうんじゃなくて、もう少し服用を続けてみたらどうですか?」
 うん、それがいい。そうしよう。僕はもうしばらくエビリファイの服用を続けることにした。


 診察を終えて体育館へ向かうと、ミニバレーが既に始まっていた。今日は人数が少なく、4対4のゲームだ。優二さんや町坂さんら常連の姿がない。患者は利根川さん、草刈さんなど4人だけ、あとの半分は牛本主任や大田看護師ら病院スタッフだ。植中さんは先日登山をしていたら足を痛めたそうで、ゲームには参加せず得点係をしていた。
 僕は主任と交代して11時半のレク終了まで汗を流し、シャワーを浴びた。


 3時からのSSTまでの間、デイルームで牛本主任に退院の日について相談した。勝瀬さんは退院後のデイケア参加に積極的な様子だったが、あれは病院側から勧められたことらしい。僕にもデイケアは必要なんじゃないだろうか。
「デイケアは生活保護で求職中の人向きのもので、空いている時間を飲まないようにする意味合いが強いんです。サトウさんにはデイケアよりも、とにかく今まで通り自助グループへ通うことが何よりだと思いますよ」
 生活保護受給者には助成金や免除があるのだろうが、デイケアにはもちろん費用がかかる。勝瀬さんは生活保護でも求職中でもなく立派な美容師さんなのだが、とにかく僕の場合、そういうことらしい。

 患者からの話だけでは、とかく情報が偏りがちだ。僕はこの入院生活でほかの患者からの話を聴くうち、病院というものはどこも一律利益主義に走るものだという見方に感化されていたようで、この柏ノ丘病院も本当のところは、

①やたらと薬を出して診療報酬を増やす
②有料のプログラムやリハビリを必要以上に勧める
③何でも依存症にしてしまい入院させる
④金にならない入院患者は早めに出て行ってもらう

 …などという傾向にあるんじゃなかろうか、と疑心暗鬼になっていなかったわけではない。もちろん病院といえど経営が成立しなければやっていけないのだろうが、もう少し病院を信頼してもいいと、今さらながらに思い、同時にちょっぴり反省もした。

 牛本主任が続けた。
「前に、サトウさんはもう少し入院したほうがいいって言いましたけど、あれは僕の個人的な意見ですし、サトウさんのお仕事のこともあるでしょう。17日に退院して、ご自宅で少し休んで8月からお仕事を再スタートさせるのもいいタイミングですよ」
 入院を来月まで先延ばしにはしたくない。かといって、1クールきっかりの17日に退院するのも不安だ。でも、仮に8月1日から仕事に戻れるとして、退院と仕事復帰の間のインターバルは欲しい。
「1週間ほど延ばして、24日か25日に退院というのは中途半端ですか?」
「それでもいいと思いますよ。ただ、25日の金曜よりも24日の木曜日をお勧めします」
「どうしてですか?」
「退院当日というのは、最初にスリップしてしまうリスクが高い日なんです。そこに週末が重なると、ちょっと危ないですね」
 なるほど、そういうものか。特に僕のケースを見透かしたようなアドバイスだ。

 もうひとつ、お願いしてみた。
「あの…実家の父を呼んで、面接というか、説明をお願いしたいんです。1クールが終了しても、僕が完璧にお酒と縁が切れたわけじゃないですよね。家族が依存症っていう病気に誤解を持ったままで、退院後に万一僕がスリップして『治ってねえじゃねーか』ってことになってもマズいですし…。でもそれを僕の口から説明しても、再飲酒する言い訳にしか聞こえないんじゃないかと。それで、やっぱりそういうことは病院の方から説明していただいたほうが助かります」
 これは、かねてから僕が頼みたかったことだ。
「それは構いません。先生の回診の日に合わせるのがいいと思います。17日がちょうどいいですが、僕が休みなので…来週の木曜、10日はいかがですか?」
 病院での僕の様子を間近で見ている、担当看護師の牛本主任が同席しているほうがありがたい。それに主任は、僕が最初に実家へ外泊した際に電話で直接父と話している。

 こうして僕は、退院の日を7月24日で調整することに決めた。4月17日の入院から数えて、99日目での退院だ。


 今日のSSTは、これまで参加していた勝瀬さんと周さんが退院したため、患者4、5人ほどの淋しいものだった。新聞紙の上に立ってじゃんけんをし、負けるたびに新聞を半分に折っていくというゲームでウォームアップしたあと、飲酒欲求を招くシチュエーションでいきなりロールプレイをすることになった。
 僕は自分のついていけない話、苦手な話になると勝手に孤立感や劣等感、疎外感を強めて自分の殻に閉じ籠ってしまい、それが飲酒欲求の引き金になることが多い。シラフで他人とコミュニケーションをとることができない大きな問題なのだが、先週のカウンセリングで田村心理士から「それこそSSTで相談してみたら」とアドバイスされたのを受けて、金曜の深夜に夜勤だった牛本主任にもそのことを話していた。ところがいきなりロールプレイをやってみるというので、勝手が分からず戸惑ってしまった。
 意図してなのかどうか、飲酒欲求が起こるシチュエーションを最初に尋ねられた僕は、ロールプレイで再現するのは微妙だな、とは思いながらも僕の問題を話した。
 疎外感や劣等感を感じる卑屈さをどうにかしたい、と切実に思うが、「飲酒欲求に打ち勝つ」という今日のSSTの主旨とは少し違う気がする。とにかく、牛本主任と米窪さんと僕が3人で雑談しているというシチュエーションで、即興のロールプレイが始まった。僕がついていけない車の話題になり、僕が孤立を感じたところで、葉山看護師扮する「欲求さん」が僕に飲酒を勧める言葉を囁く。
 なんともしょっぱい寸劇になってしまった。ただ、僕が話題を変えようとあれこれ喋りだしたことで、葉山さんは「飲酒欲求が口を挟む余地がなかった」と感想を言った。また、ついていけない話題でも知らないなりに乗っかろうとしたところ、米窪さんから「好きなものの話題に合わせてくれて、嫌な気がする人はいない。相手を引き込もうとするもんだよ」と言われた。
 僕にとって、ヒントは案外簡単なところにあるような気がした。

 SSTは今日も4時を回ったので、中座して4時10分からカウンセリングを行った。僕は田村心理士に先ほどのSSTの件と、それから先日火曜の深夜に外泊届を詰所へ持って行って注意され、ヘコんだ件を話した。カウンセリングに具体的な回答などない。田村心理士は「そうなんですか?」と相槌を打ちながら、ただ僕の話を聴いてくれた。
「次回までの課題はありますか?」
 ひと通り話し終えて、僕が尋ねた。
「サトウさんは、何か課題が欲しいですか?」
 笑顔で訊き返された。
「いえ。また来週、1週間で起きた事件の報告をします」
「事件ですね、ふふ。分かりました」


 夕食後。優二さん、利根川さん、関根さん、山形さんと南町教会の「オオタカ」へ行った。ミーティング前に父へ電話で24日の退院を伝えて、10日の回診に同席してもらうようお願いした。会社にも連絡したが、担当マネージャーが休みのため改めることにした。
 今日のミーティングで、優二さんが正式にこのグループのメンバーになると発表した。これで男性5名、女性7名となる「オオタカ」は、これまで50代のカイさんが男性陣の最年少だったそうだが、優二さんの加入で男性陣の平均年齢は大きく下がることになる。
 今月10日に退院して地元へ帰るという関根さんは、今日を入院中の院外自助参加の最後にすると決めていて、そのことをミーティングでみんなに伝えた。
 10年近く断酒していた関根さんが今回スリップした直接の原因は、数十年ぶりに偶然再会した高校時代の彼女との浮気だったという。奥さんとはなかなかの修羅場だったそうで、浮気についてはいちおうかたが着いたとのことだが、これからまだまだ肩身の狭い思いが続くのは間違いない。
 それでも関根さんは、ミーティングの場でこう語った。
「地元の町では、AAで活動しているのはふたりしかいないそうなので、これからは嫁とミーティングしようと思います。そのことを話したら『今さら別れる気なんかないから、何でも相談して』と言ってくれました」
 今日はこの町で暮らす、前の奥さんとの間の娘さんと一緒に食事をしてきたそうだ。家族にも、仕事にも、そしてお酒の問題にも正面から向き合う関根さんが、地元の豊かな自然を背景に大好きな釣りを心から満喫できる日は、そんなに遠くない気がする。

 僕は僕で、退院が今月24日の見通しとなったことを報告し、遅ればせながら入院中のスリップについて、余すところなく話した。いわゆる『棚卸し』というやつだ。


 AA終了後、僕はみんなと別れてひとり実家へ帰った。ひとりで夜の道を歩くときにこそ缶酎ハイの1本でも飲みたくなるのだが、堪えることができた。実家に着いたのは9時前、思っていたよりも早かった。
 父も母もまだ起きていたが、母はなんだかぼーっとした様子で、父は父で神経質そうだった。時おりつく父の溜め息で、僕は自分の気分が一気に下降していくのが分かった。

 退院すると、これが日常なのだ。誰も悪くないし、誰のせいにしてもいけない。ここで負けては、絶対にいけないのだ。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-08-08 11:44 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※5度目のスリップ翌日)
 昨日の消灯後、喫煙室でひとりタバコを吸っていると、勝瀬さんが入って来た。僕は最初のスリップ以降、2時間散歩で外出してさらに4回お酒を飲んだことを話した。
「2回目からは、飲むことを目的に外出してます。間隔も短くなって、昨日も今日も飲みました」
 僕の唐突な告白に、勝瀬さんは一瞬驚いたような顔をしたが、「そうか…」とだけ言って頷き、それ以上あれこれ訊かれることはなかった。病室にいた米窪さんが、
「声が大きい。全部聞こえてる」
 と注意しに来てくれたので、この話はこれで終わった。土曜の外泊で、飲まずにちゃんと戻って来られたなら、これまでのスリップのことも看護師さんにすべて話すつもりだ。いま喋ってしまうと、週末の外泊を取り消される可能性が高い。ずるいやりかただとは思うけれど、この週末の実家への外泊を成功体験にしたい。1週間も先延ばしにしたくないのだ。僕の中で、ほとんど「飲むつもり」だった外泊という行為のありようが、何か大きく変化していた。
 それにしても、何のための1ヶ月半だったのか。今さら飲酒した後悔が押し寄せる。


 今日午前の回診で、渡辺先生から具合を尋ねられた僕は、不安、無気力、孤独感、苛立ちなどがあると正直に答えた。
「さ、サッカーは、ぐすっ、どうですか? あの、いよいよですが?」
「…興味湧かないですね」
 ワールドカップのブラジル大会は、日本時間で今日の深夜が開会式だが、この時点ではそんなことなど頭になかった。
「し、心理検査の結果も、は、拝見しました。検査結果は、あの、あくまで参考ですが、ぐすっ、やはり鬱傾向が強いようです。サトウさんのお話も合わせると、ぐすっ、少し心配ですね」
「週末に実家に外泊するので、不安なんだと思います」
 僕はそう答えた。診察室で先生のアシスタントについているのは葉山看護師だ。一昨日、小里看護師に「飲むかもしれない」と告白したことがどこまで伝わっているのか分からないが、渡辺先生は「そうですか…」とカルテに細かく書き込みをしながら言い、僕に向き直って、
「お勧めの薬があるんです」
 と、いきなり新しい提案をした。
「エビリファイという錠剤なんですが、ぐすっ、少量なら抑鬱の気分状態を、ひ、引き上げてくれる効果もありますし、ね、眠くなったりも、ぐすっ、しません。実は僕も使ってるんですよ」
「え?」
 先生自ら服用していると聞いて、思わず訊き返した。
「僕は、あの、チック症という、ぐすっ、症状があるんですが、こ、これを飲むと落ち着くんです」
 先生はそう言って説明してくれた。あまり落ち着いているようには見えないが、僕自身が試してみないことには始まらない。お願いします、と即答した。
「では1日1回、朝食後に3㎎出しますから、ぐすっ、い、一緒に飲みましょう」
 最後の誘い文句が何か変だが、とにかく僕は新しい薬を飲むことになった。毎朝1錠ということだが、早速今日から試したいという僕の希望を受けて、今日については昼食後の服用が許可された。必要なときに飲む頓服薬としてのジアゼパムは、これまで通り1日3錠までなら、院外の自助グループへ出かけるときなどに飲んで構わないということになった。
 回診後、丹羽看護師から8日分のエビリファイをまとめて渡された。朝食後に詰所へ行って貰うのではなく、自分で管理して服用するようにとのことだ。なぜそういうことになったのかは知らないが、とにかくそういう指示だった。


 午前10時半からのレクでは、今日もひたすらエアロバイクを漕いだ。負荷のあまりかからない台で、15㎞を30分で走った。
 ミニバレーは4人対4人で行われていたが、ゲーム途中で草刈さんがほかの患者と接触してアゴを切るアクシデントがあり、ちょっとした騒ぎになった。急遽草刈さんのアゴを縫ったのは院長らしい。精神科の専門医でもさすがに傷を縫うくらいはできるんだなと感心したが、泥酔して暴れる血だらけの患者を診るのはよくあることなんじゃないの、と誰かが言っていた。
 草刈さんとぶつかった相手の患者も頭を打ち、バレーはそのまま撤収となった。バレー組が解散してしまったので、レク終了の際にはエアロバイクをしていた僕や中山さん、卓球をしていた勝瀬さんや、様子を見に来た沼畑師長とで、モップがけなど体育館の掃除をした。いつも早めに体育館を出てシャワーを浴びるので、モップがけをするのは初めてだ。師長はいつもの師長らしく、
「あ、もうそんな感じでいいよー」
 と、適当だった。


 昼食後にエビリファイを飲み、明日の料理の買い物に出かけた。雨はほとんど降っていなかったが、いつ本降りになってもおかしくない空模様だったので、行きも帰りも病院バスでの移動となった。買い出し班は僕のほか、料理リーダーの洋子さん、中山さん、中山さんについている実習の学生さんの4人だ。八宝菜の材料と浅漬け用のキュウリ、デザートの杏仁豆腐の材料など、占めて税込み3,211円。11人分で予算3,300円なので、今回も金額はジャストだったが、明日はどんなものが出来上がるか。
 というより、僕がどう関われるか。


 午後3時からのSSTは、牛本主任と一宮OTを含めて13人で行われた。マジックテープのついたピンポン玉を的に当てて点数を競うゲームから始まり、いつもの、重い、結論の出ないミーティングへ続いていく。自然と『淋しさを感じるとき』というテーマになったが、僕は特に発言しなかった。主任から話を振られても「まあ、いろいろです」とだけしか答えなかった。
 SSTは僕が期待していたコミュニケーションのトレーニングとは違い、なんだか行き当たりばったりで少し無理やりなミーティングになっている気がする。議論も発展しないので、これまでも消化不良で終わっていた。先週も思ったのだが、いつまでもこんな感じなら、参加する必要はないかもしれない。
 初めて飲んだエビリファイのせいなのか、料理の買い物のときからずっと眠気に襲われていたこともあって、人の話をちゃんと聴く余裕もなかった。先生は「眠くならない」と言っていたのに、どういうわけだろう。あとで葉山看護師にそれとなく訊いたところ、
「やっぱり初めてのお薬は、どうしても眠くなってしまうこともあるかもしれないかも…」
 と、煮え切らない説明だった。
 午後4時少し前にSSTを抜けて、喫煙室でタバコを吸いながら田村心理士を待った。いつものように白衣の前ボタンをきっちり止めた彼女が迎えに来て、3階の心理面接室でカウンセリングが始まった。


 僕がお酒に依存するのはなぜか。どうして僕はお酒を飲むのか?
 心理検査の結果にもあるように、自分への不確実感、自信のなさが根底にあり、それが集団との関わりへの強い不安に変わり、現実逃避の手段としてお酒に頼ってしまう。自分が傷つきたくないために失敗を怖がり、他人にどう思われるか顔色を伺い、行動する前に考え込んでしまい、自分から積極的になることに躊躇するのだ。
 僕は自分に自信がない。この歳まで、自立した生活が何ひとつできず、両親はじめ周囲の人々に頼りっ放しで、ただお酒と芝居に明け暮れていただけだ。その間に祖父母は亡くなり、母も倒れた。16年ぶりにこの街へ帰っても、風景はすっかり様変わりし、僕が大阪にいる間に両親が老後のために買ったマンションが実家となり、僕には何の思い出もない。ただ居候しているだけの毎日だ。この街で新たに芝居をする気力も体力も失くしてしまった。自分に価値を見出せず、コンプレックスだけが強くなり、卑屈になっていく。
「自分を好きに思えるようになってね」――
 雪絵さんは僕にそう言葉をくれた。僕は自分を好きになるどころか、信じることさえできない。本当にお酒をやめようと、強い信念で臨もうとしているのだろうか。この期におよんでもまだ「断酒ではなく、節酒でイケるのでは」と心のどこかで思っている。
 それでいて僕は、空想の中でだけ、晴れわたる空を仰いでいる。

 田村心理士が求めた『この入院中に僕が具体的に目指すこと』――
 僕は、ARPでまだできていない「ミニバレーに加わること」と、入院生活でできていないこととして「ベッドのカーテンを開けること」のふたつを挙げた。
「サトウさんのなかで、より困難だと思うほうはどちらですか?」
 僕は前者と答えた。バレーに参加することは、失敗を怖がらず、自分から集団に入っていくための手段に過ぎない。参加する行為自体は簡単だが、その結果少しでもミスをしたり、周囲の足を引っ張るようなことがあれば「やっぱりやらなきゃよかった」とヘコむ可能性が高く、何よりそれが怖い。
 カーテンを開けるというのは、自分のプライベートスペースを開放することだ。落ち着かなくはなるが、それでいて僕はデイルーム真向かいのこの53号室を気に入っている。静寂よりも、人が集う賑やかさがそばにあるほうが安心するからだ。
「そうなんですか。私はカーテンのほうが困難とおっしゃるのかと思いましたが…。どうされます? 困難なほうとそうでないほう、退院までにどちらの克服を目指しますか?」
 そう言って彼女は、質問を楽しんでいるような、少し意地の悪い笑顔で僕に訊いた。なんと答えればいいのかは、その表情で理解した。
「どっちも目指します」
「あっ、そうなんですか!?」
 わざとらしく驚いてみせたあと、ふふふと笑った。
「バレー以外に、集団で何かに取り組むことはされていますか?」
 彼女がさらに僕に訊いた。
「まだ3回だけですけど、いちおう料理に参加してます」
「そうなんですか?」
「もっともあれも居場所があったりなかったりで、騙し騙しでやってますが」
「それでも、料理は参加できてバレーに参加できないのはどうしてなんでしょう?」
 そういえば、どうしてだろう。料理はいま、吊り橋を渡るような具合で参加している。自分が放っとかれているような気がして、やっぱり次回からやめようと思うこともしばしばあるが、なんとか踏みとどまってはいる。
 それなのに、ミニバレーに未だに参加できないのは何が違うのだろう。ゲーム中は気持ちを立て直す時間的余裕がなさそうだから。自分の失敗がより浮き彫りになるような気がするから。今日のレクのように、誰かにケガを負わせてしまう危険があるから ――
 どれもピンとこない。同じことは料理にだっていえるだろう。単にバレーが下手クソで恥をかきたくないだけか。でも料理だって下手クソだ。丹羽看護師は先週の料理でなかなかの料理下手ぶりを披露していたが、僕から見れば堂々としたものだ。僕にもそういうマジェスティックな一面が欲しい。

「カーテンのこともそうですが、サトウさんのお話を聴いているととても矛盾したものを抱えているように思えます。仲間に入りたいけど人と距離を置いてしまう。オープンにしたいのに自分だけの空間をつくって安心したくなる。料理とバレーの違いについても少し考えていただくとして、今日はこれくらいにしましょう」
 料理とバレーの違い。それはやっぱり、実際にバレーをやってみなければ分からないか。


 病室に戻り、早出しの夕食を済ませ、午後5時40分の病院バスでスーパー柏ノ丘店前まで行き、徒歩で南町教会のAA「オオタカ」のミーティングへ向かった。利根川さんと優二さんと一緒だ。傘をさすかささないかくらいの中途半端な雨の中の外出だった。
「オオタカ」のミーティングは挙手制のため、僕は今日は発言をせず、参加者の話を聴く側に徹した。土曜の外泊で、飲まずにちゃんと戻って来られたなら、次回はその報告でもしようと思う。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-31 10:22 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※再スリップから2日日)
 最近やたらと眠い。日中も眠いが朝もなかなか起きられない。今朝も瞑想タイム直前に看護師さんに起こされた。
 朝食後も眠気に勝てず、10時半からの料理もまた看護師さんに起こされて教室へ向かう始末だ。

 今日の料理『鶏のグリーンソースがけ』だが、レシピもないままの手探り状態だった割には、何とかそれらしいものになった。患者の参加者は洋子さん、草刈さん、中山さんと僕の4人だけだったが、ほかに看護実習の学生さんがふたり、病院スタッフの大田看護師と一宮OT、さらに今週から5ーB病棟担当になった丹羽看護師の総勢9人という、頭数もなんとかそれらしく成立していた。
 丹羽看護師は自ら「食べるほう専門」と断言しており、そういう場合はたいてい作るほうでも意外な活躍を見せるものだが、サラダに使う人参をフライドポテトくらいの千切りにする豪快さを披露していた。
 途中、洋子さんのアバウトさにうまくついて行けなくなってしまった。茹でたホウレン草や空豆を、すり鉢で潰して問題のグリーンソースを作るのだが、何をどうしていいのかよく分からない。こういうときは積極的に訊いていくべきなのだろうが、僕にはそれがスムーズにできない。作業の手を止めさせてしまったり、話の腰を折ってしまう気がして声をかけるのにいちいち悩んでしまうのだ。以前沼畑師長に話した「箸を洗う件」のように、タイミングが図れない。ダブルダッチの大縄に飛び込めず、その場に立ちつくしてしまうのと同じだ。
 ―― やっぱり料理グループは抜けたほうがいい。俺にはムリだ。
 そんな気持ちになったが、なんとか思いとどまった。ここで料理グループを抜けてしまったら、何のトレーニングにもならない。退院して職場に戻っても、同じことで悩んでしまう。

 デザートのコーヒーゼリーこそ、表面だけ凍ったただの苦いアイスコーヒーになってしまったが、酸味の効いたグリーンソース(ドレッシングのようなソースだった)をかけた鶏のソテーとサラダ、それに草刈さん手製のオニオンスープは悪くなかった。ただ、1人前の鶏ムネ肉が大きすぎて食べ残しがでてしまったのが悔やまれる。残った分は看護師さんで分ける、とラップして持って行ったが、それでも食べ切れなかったものについては病院の衛生管理上廃棄せざるを得ない。予算の繰り越しができないため、ぎりぎりいっぱい買い物することにこだわっていたが、次からはできるだけ余らない分量を考えて買い物をするほうがいいと思った。
 こうして3回目の料理は、次回から節子さんに代わり洋子さんがリーダーになることが決まって終了した。次のメニューは八宝菜と杏仁豆腐。『夏の中華祭り』とは、僕が勝手につけたサブタイトルだ。


 午後1時半からの創作。革細工は、コンビニロゴの手彫りまでを終えた。来週は表面の革パーツと裏面の革パーツを縫い合わせるための穴を開けて、いよいよ染めの工程に入る。
 一宮OTが勝瀬さんや米窪さんに、奥さんへ渡す革細工のチョイスやプレゼントの際に添える言葉について、創作の時間が終わったあとも病室まで来て熱心にアドバイスしていた。僕はまた、なんだか自分だけ放っとかれているような被害妄想に陥って淋しくなり、ベッドのカーテンを閉めてしまった。
 自分でも分かっている。僕はまるで子供で、ココロがひねくれている。

 最近、米窪さんの描いた絵が上手いと、病室に出入りする患者も看護師さんもみんながベタ褒めする。
「こんな特技あったんですねー」
「私、絵が苦手なんでホント凄いです」
「こっちの才能で食っていけるんじゃないの?」
 横でカーテン越しに賞賛の声を聞いていると、平静を装いながらもまんざらではない米窪さんの表情が目に浮かぶ。なかには歯の浮くような褒め言葉もあるが、実際上手いのだから仕方がない。仕方がないのだが、大人げない僕はそれが面白くない。気を良くした米窪さんは、しんどい身体に鞭打つように、お世話になっている5ーB病棟の看護師さんひとりひとりにそれぞれの愛車の絵を描いて渡し始めたものだから、なおさらだ。こんなことをされれば、嬉しくないわけがない。車を持っていない看護師さんにはその人のイメージに合った車をチョイスして絵にしたためる気の配りようだ。
 僕は単純に嫉妬する。そして自分が絵も描けない、車の知識もない無学無才な人間なのだとネガティブ思考をミサイルのように噴射して、勝手に孤独感を募らせる。自分でも認めるが、これはもう病気だ。
 子供の頃、兄と一緒に通った絵画教室を思い出す。あのとき感じた兄への嫉妬と劣等感、兄を褒める周囲の大人に対しての「自分も構って欲しい」という淋しさと同じだ。僕は38歳の今でも、何ひとつ成長していないのだ。
 米窪さんは「こっちのほうが集中できる」と、深夜のデイルームでひとり黙々と絵を描くことが多くなった。それがまた、人知れず修練に励むストイックな姿に映る。その甲斐あって完成した絵の枚数も増えていき、また賞賛される。実に不愉快極まりない。ただいちど、退院前のカナちゃんから、
「そんな暗いところでずっと描いてて、飽きませんか?」
 と訊かれたそうだ。悪意がない21歳の素朴な疑問なのだろうが、破壊力は充分だ。
「得意の絶頂から、一気に谷底に突き落とされた」
 と、米窪さんからこれを聞いた僕は、腹がよじれるほど笑った。

 あまりに絵が達者ということで、車好きの高津さんが、
「シボレー描きよる? 1枚描いてくれんちゃのォ」
 と、自分のお気に入りのシボレーの何とかという車の写真を持ってきてリスエストをした。高津さんは街でお笑い芸人などにでも出くわしたら確実に「なんかオモロいことしてくれんちゃのォ」とムチャ振りする人だ。断れずに引き受けてしまった米窪さんは、ときどき進捗を確認する高津さんの頼みをプレッシャーに感じていたようだ。
 ようやくリスエスト分を描きあげると、
「ジムニーも好きやけん。次はジムニー描いてくれんちゃのォ」
 途端に2枚目をリクエストされ、好きに描かせて欲しい、と嘆いていた。
 このままいくと際限なく頼まれるのではないだろうか。米窪さんが可哀想になってきた今日この頃だ。


 午後3時から、消防規定による避難訓練があるという。僕ら患者も何かするのか室長の米窪さんに訊くと、動ける患者は基本的に職員の指示で指定場所へ避難の訓練をするのだそうだ。
 それを聞いて、ちょうどトイレに行きたくなっていた僕は、その時間にまたがってトイレの個室に籠ってみることにした。看護師さんや職員の誰かが、訓練の際に僕を呼びに来るか確かめたくなったのだ。米窪さんにそれを言うと、
「…そこまで熱心にならなくてもいいんじゃないの?」
 と、どこか訝しげだった。僕は別に、熱心なつもりではないのだが。

 5分前くらいからトイレの個室に入り用を足し、そのまま中でじっとしていた。非常ベルが鳴り、2階で火災が発生した想定の旨、院内放送が流れる。外では何やら声や足音がわずかにした程度で、思っていたより静かだった。10分が過ぎても、誰も僕を呼びに来ることはなかった。ひたすら自分を見つけてくれるのを待ち続ける、淋しい隠れんぼのようだった。
 トイレを出てみたが何事もなく、いつもの病棟の様子と変わらなかった。本当に訓練などしたのか疑問に思って、病室に戻り米窪さんに尋ねた。
「ちゃんとやってたよ。すぐ終わったみたいけど」
「じゃあ僕は、逃げ遅れて死亡ですね」
 米窪さんからリアクションはなかった。


 午後4時。田村心理士が先日の心理検査の結果説明のため僕を呼びに来た。既に渡辺先生から、僕がカウンセリングを希望していることを聞いているとのことだった。
 3階の心理面接室で、封筒に入れられた検査報告書を手渡された。中にはB5両面にプリントされた報告書が1枚と、同じく両面にグラフが示された検査票が1枚、クリップで綴じられている。
 田村心理士の説明によれば、検査項目は『能力の傾向』『気分状態』『性格傾向・内面状態・全般的な人格傾向』を知るための3つに大別され、報告書には種目ごとに結果の詳細がまとめられている。概ね「~かもしれません」とぼかした表現で、断定的ではないのだが、要約すると次のような具合だ。

◎能力の傾向を知るための検査
・全般的に能力レベルは平均水準。ただし得意なことと不得意なことに大きな差があり、能力はアンバランスと推測される。
・出力する量や早さは充分だが、入力したことへの理解や判断が事実や適切な範囲からズレてしまう傾向が見られる。
・できないと思うことは、考えたり取り組むこと自体を放棄してしまう傾向がある。

 大きなお世話だという気はするが、心理検査なのでそんなことを思っても仕方がない。できない、分からないと判断した時点で思考を停止してしまうのはその通りで、自分でも癖になっているような気がする。
 先ほどの避難訓練のときのことを話してみた。僕がトイレに閉じ籠ったことに、米窪さんは無反応、というよりどう反応していいか分からない様子だった。僕の避難訓練の捉えかたは、思考がズレているのだろうか。「入力したことへの理解や判断が適切な範囲からズレる」というのは、そういうことなのだろうか。それともこの例え自体が適切な範囲ではないのだろうか。
 田村さんは少し困惑した表情で「あくまで一般的な傾向ですから」と、それ以上の明確な言及はしなかった。

◎気分状態を知るための検査
『POMS』という別紙の検査票に、次の6つの項目が順番に得点化されて並び、折れ線グラフを形成している。
【緊張・不安】T得点:82 【抑鬱】T得点:85+
【怒り・敵意】T得点:40 【活気】T得点:33
【精神疲労】T得点:51 【思考混乱】T得点:74

 POMSとは『気分プロフィール検査(Profile of Mood States)』の略で、T得点はこのPOMS尺度の標準化得点とかいうものらしい。ネットで詳細を検索したがよく分からないので、それ以上調べることを放棄した。
 再び田村心理士の説明によると、T得点の上限が85+、下限は25となっていて、60点以上が準危険域、75点以上が危険域になるそうだ。ただし『活気』の項目についてのみ、40点以下を準危険域とするという。
 僕は6項目のうち『緊張・不安』『抑鬱』が危険域、『活気』『思考混乱』が準危険域という検査検査で、なかでも『抑鬱』はT得点85+という見事な満点だ。少なくともこの検査の結果では、僕は石橋看護師が以前言っていた「ただの恥ずかしがりや」ではないことになる。
 また報告書には、
『気分状態の不安定さに加え、攻撃的感情が非常に低いことが気になります』という、それ自体が気になる補足の一文が添えられていた。

◎性格傾向を知るための検査
『TEGエコグラム・プロフィール』と題した検査票には、人の性格を5項目の心理的領域に分けて得点をパーセンタイルで数値化した結果が、やはり折れ線グラフで示されている。これもネットで調べると、上限を100としたパーセンタイルが75以上、もしくは25以下の項目が特徴を表していて、とりわけ95以上、5以下は特に強く個性を表しているのだという。

*CP(Controlling Parent):厳格な父親
 理想主義の自我状態を表す。CPが高い人は誠実で倫理観があり、高い目標意識と責任感を持つ。規律重視の傾向が強く、独善的で頑固でもある。CPが低い人はその逆で、いい加減、無責任、中途半端、ルーズといえる。
 僕の得点は2、パーセンタイルは5以下で、CPは特に低い。
*NP(Nurturing Parent):養育的な母親
 奉仕主義の自我状態を表す。NPが高い人は思いやりがあり親切、面倒見がよい反面、おせっかいで過保護になりがちでもある。NPが低い人は拒絶的で、他人を気にかけず自らの利益のために利用する傾向がある。
 僕の得点は6、パーセンタイルはかろうじて5を越えたところで、こちらもかなり低い。
*A(Adult ego state):成人度
 合理的な大人の自我状態を表す。この項目が高い人は客観性に優れ、判断力がある。効率よく行動することができるが、打算的で理屈っぽい。この項目が低い人は、物事を深く探求せず、衝動的で行き当たりばったり、計画性がなく、その場の対処能力が弱いといえる。
 僕の得点は12、パーセンタイルは特にどちらともいえない、50をやや下回ったあたりだ。
*FC(Free Child):自由な子供
 純粋な子供の自我状態を表す。FCが高い人は、どんなときも楽しい感情を大切にする人で、開放的で好奇心が強く、チャレンジ精神があり人見知りをしない。いっぽう空気を読めず、自己中心的で調子に乗りやすい要素を持つ。FCが低い人は無気力で表情変化に乏しく、人生やセックスを楽しめないという傾向があるというが、身も蓋もない。
 僕の得点は6、パーセンタイルは25~5の中間で、やはり低いという結果だ。
*AC(Adult Child):従順な子供
 そのまんま、従順な子供の自我状態を表す。ACが高い人は、他人の意見を聞く、協調性が高いという性格が強く、期待に応えようと頑張るため、辛いことも我慢するがストレスを抱え込みやすいという面があり、消極的で主体性がなく、他人に依存しがちだ。ACが低い人は、周囲の意見を聞かずやりたい放題、自己中心的といえる。
「ストレスから生きがいを失いがちになる」という観点などから、この項目には普通~低いほうが望ましいとの見かたもあるようだが、僕の得点は残念ながら満点の20、従ってパーセンタイルも100ということになる。

 田村心理士は5項目についてざっくり説明しただけで、詳細は僕がネットで調べた限りだ。
 僕は従順でありたいなどとは願っていないが、結果として従順になっているのかもしれない。だが、協調性が高いのに集団に入れないのはどういうことだろう。NPに見られる「拒絶的で、他人を気にかけず」というのも、協調性が高いというACと矛盾している。でも、人のココロは一概に分類できるものじゃない。あらゆるところで矛盾を抱えているのも、また確かだ。
 田村心理士からは、『N型(ワーカーホリックタイプ)とAC優位型(依存者タイプ)の混合型』という分析が示された。N型とは、エコグラムの折れ線グラフがアルファベットのNの形になっているためそう呼ぶそうだ。ワーカーホリックとはいわゆる「仕事中毒」を意味するが、僕には縁遠い言葉に思える。
 報告書で示された、この性格傾向検査結果の特徴は以下の通りだ。

・他者からの評価に強い不安を抱き、それが自身での判断や選択を困難にさせ、さらに結果を気にするあまり、何も行動を起こさせない状態にしてしまう。
・外からは無批判で従順、寡黙で、精神的エネルギーが低いと見られがちだが、内面は思い悩むタイプ。爆発的な攻撃的側面を秘めている可能性あり。

 自分でも概ねその通りだとは思うが、最後の一文はなんだかコワい。

◎内面の状態を知るための検査
・劣等感や不確実感から生じる不安に対しての自己防衛のため、空想的になりやすく、行動より思考へ焦点を当てることで、現実回避を計る傾向が強い。

◎全般的な人格傾向を知るための検査
・内面の活動量は平均的だが、完璧主義的で、高い目標ばかりに目を奪われてしまい、目の前の現実的な物事への対処がおざなりになってしまう。
・自分への不確実性が強く、それが社会や他者と関わる際に強い不安に変わる。不安への対処として空想や抽象的思考へ逃避しようとする。飲酒行動もこれと関連している可能性がある。
・他者への生々しい感情に触れること、それによって自分の中に生々しい感情が喚起されることを拒む傾向がある。感情を率直に表現することに抵抗や難しさを感じやすく、特に怒りの感情の処理は複雑で、怒りを感じるものから心理的に距離を置き、それを頭で理解することで怒りを悲しさに変換してしまう傾向がある。
・いずれの傾向も、自分の中に存在する不確実感から自分自身を守ろうとする方法であると考える。

 報告書は最後に総合所見として、既に挙げた所見を抜粋して結んでいた。僕としても、ほぼ反論の余地のない検査結果だった。問題は、この結果をどう捉え、どうやって断酒につなげていくことができるか、だ。

「サトウさんは、退院後も外来でカウンセリングの継続を希望されますか?」
 田村心理士に尋ねられた。以前渡辺先生から聞いた通り、外来でのカウンセリングは1回50分で5,400円だ。僕は経済的な事情を話し、できれば入院期間のカウンセリングでひと区切りつけられる方向でお願いしたいと希望を伝えた。実際にカウンセリングを始めてみて、退院後も僕が必要と感じればその限りではないが、現段階ではなんとも言えない。
 もちろん、退院までの残り期間で実施できるカウンセリングの回数など知れている。いったい何をしろというのだ、と思われても仕方がない。僕の希望を受けて、田村心理士が答えた。
「順調に1クールで退院するとして、実際にカウンセリングができるのは週に1回、全部で5回くらいと想定しています。具体的な日程については次の月曜日にまた伺います。サトウさんは、この入院期間で目指したいことをできるだけ具体的に考えておいてください」
 具体的な目標を挙げて、それを実践できるステップを考えていく。全5回、250分のカウンセリングでできる、いちばん効率的で合理的な方法かもしれない。
「分かりました。ムチャを言ってるのは分かってます。申し訳ないですが、力を貸してください」
 席を立ちながら、僕は頭を下げた。田村さんは「いえいえ、微力ですが」と謙遜しながらも、
「でも相当、ムチャを言ってらっしゃいますよ」
 と言って笑った。

 これは僕の病気だ。その思いは変わらないが、多くの人の助けが必要なこともまた事実だ。僕は笑えず、申し訳なさと感謝でいっぱいになって部屋を出た。


 夕食時、歯茎の腫れがまた痛くなってきた。ロキソニンを貰ったが、飲んですぐ効くわけではないし、6時半からのAAには参加したいが、食事の取り置きは1時間と決まっている。そこで僕は小里看護師に言って、「1時間以上かけて食事する」ことにした。夕食のトレーをベッドサイドに置いたまま、食事の合間にAAに行くという荒技だ。
 院内AA「はましぎ」は、メッセンジャーの男性ふたりが来られていて、患者で参加したのは僕を含めて3人だけだった。僕は父と母のことを話し、退院後の不安について語った。
 最後にグループの男性が言った。
「僕はお酒を断っていますが、今でも飲みたいと思うときがあります。でも、少なくともいまここにいる間は飲まずにいられます。僕は自分が飲まないために、今日ここへ来ているんです」

 ひと月前、雪絵さんが退院したあと、僕が初めてひとりで訪れたAAがこの「はましぎ」で、そのとき同じ言葉を僕は聞いた。
 この男性は自らの信念で、今日も飲まない一日を過ごしている。
 病室へ戻った僕は、そんなことをぼんやり考えながら夕食の続きをいただいた。ロキソニンがちょうどいい具合に効いていた。


※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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2014-07-27 22:11 | カテゴリ:診察・診断・回診
(※再スリップ翌日)
 昨夜は午前3時まで日記を書いていたため、朝はラジオ体操に起きられなかった。瞑想こそ参加できたものの、夜勤明けの石橋看護師に僕の夜更かしを心配されてしまった。

 今日の回診から、担当主治医が渡辺医師に代わった。この先生が鼻をぐすぐす鳴らし、落ち着きのない喋りかたをするのは『チック症』と呼ばれる一種の障害のせいだそうだ。一般的には子供に多く見られ、自分の意思とは無関係に体を動かしたり、声を発したりするという。人によって症状の違いがあり、先生のように鼻を鳴らす仕草のほかにも、瞬き、首振り、肩や腕をぴくっと動かすといったものがある ―― と、ネットで紹介されていた。
 事前に聞いてはいても、初回診で先生のその仕草をいざ目の前にすると、失礼とは思いつつ口元が緩むのを抑えるのに必死で、慣れるまで少しだけ時間がかかりそうだ。
 ただ、渡辺先生はとても低姿勢で、患者の話をとてもよく聴いてくれる。今日は初回診ということもあってか、いろいろ質問もされた。シラフの状態で集団に入っていけない例として、ひとりで飲食店に入るのにも抵抗があることを申告すると、
「マ、マクドナルドには、ぐすっ、ひとりで行けますか?」
 と即座に質問されて面食らった。僕はマクドナルドにはかろうじて入れるが、スタバやサブウェイにはひとりで入れない。そんな違いを訊いて、何か判るのだろうか。それでも僕の言うことをカルテに細かくメモしていた。
 僕は家庭環境のことや、退院後の生活を考えるうえでカウンセリングを受けたいということを伝え、先生から前向きな支持を貰うことができた。ちなみに外来でカウンセリングを受けた場合、保険適応外のため50分で税込み 5,400円もかかるが、入院患者の場合は無料だそうだ。そのため、入院患者にお試し感覚で安易にカウンセリングを利用されると心理士の対応が間に合わなくなるので、通常病院側からカウンセリングを勧めることはないのだという。僕が最初にカウンセリングを希望したとき、なんとなく慎重な雰囲気があったのはそのせいなのだろう。
 とにかく明日、心理検査の結果について田村心理士から説明がある予定だ。


 渡辺医師担当の患者が一気に増えたことで、回診の順番によっては10時半からのレクに食い込んでしまうのは仕方がない。ちなみに回診は5ーB病棟のある5階診察室で行われるが、待合室に来た順での診察となる。相談などを抱えて少し長引きそうな場合など、ほかの患者に配慮して、わざと待合室に行く時間を遅らせて診察を後回しにする人もいる。
 11時前に回診が終わり、体育館で今日もエアロバイクを漕いだ。しばらく快調に走っていたが、機械をリセットせずにスタートしたことに気づいてやり直し。今日は8㎞走破で良しとした。
 その直後、福井さんと卓球をやってみたが、膝が笑った状態では5分も持たなかった。早々と切り上げ、午後の料理の買い出しに備えてシャワーを浴びた。


 昼食後の午後1時、スーパー柏ノ丘店へ料理の買い物に出た。草刈さんが急遽回診で行けなくなったため、洋子さんとふたりでの買い出しとなった。途中にある郵便局で限度額適用認定証の申請書原本を投函するため、今回も先週と同じように歩いてスーパーへ向かった。
 洋子さんは2男1女の子供がおり、31歳の長女のところには孫もいるそうだ。長男が35歳というから、僕と洋子さんが並んで歩くと親子に見えて不思議じゃない歳の差ということになる。
 スーパーでは、やはり今回も洋子さんのリードでてきぱきと買い物をこなした。トータル2,642円で、2,700円の予算をほぼムダなく使い切ったが、僕にはまだ「グリーンソース」なるものの想像がつかない。パスタに絡めるペースト状のバジルソースを思い浮かべたが、ホウレン草と空豆を使うとのことで、どうもそういう感じでもないらしい。というか、そもそもバジルは買っていない。洋子さんは、
「まあ、あとは明日、あり合わせのものでやりましょう」
 とアバウトに言い放った。主婦の機転でなんとかできるという自負がないと、なかなかこうは言えないものだ。


 午後3時のSSTは、牛本主任の進行のもと、勝瀬さん、米窪さん、周さん、黒部さん、町坂さんと僕、一宮OT、それから最近52号室にギャンブル依存で入院した小千谷さんという40代の男性患者の9人で行われた。
 小千谷さんはパチンコ・パチスロ依存のみならず、FXという、為替レートの変動を見ながら外国の通貨を売買する取り引きにものめり込んでしまったそうだ。デイルームでも、ニュースで為替の値動きが報じられるとつい反応してテレビに見入ってしまう。こうなると、地道に働くことがアホらしくなるのではないだろうか。なんにせよ、依存の世界は本当に根が深い。

 ゲートボールとカーリングをかけ合わせたミニゲームでウォーミングアップをしたあと、SSTは前回のカウンセリングの話題から始まり、綺麗ごとを並べただけに思えるARPへの不満、そして現在患者それぞれが抱える不安の問題と、先週と同じような展開になった。
 米窪さんや町坂さんは「家に帰っても居場所がない」と言う。僕は僕で、退院後の実家での生活、特に父との向き合いかたに不安を感じている。父親として家族との接しかたに悩む米窪さんや町坂さんに、自分の家庭を持たない僕があれこれ言える立場ではない。ただ、米窪さんが自分の父親について、「大酒飲みで世間的には決して合格とはいえないが、父親のことは好きだ」と断言したのは印象的で、なんだかとても羨ましく思えた。
 あらゆる問題の逃げ場をお酒に求め、お酒に溺れた代償はあまりにも大きい。それぞれの家庭についても簡単には乗り越えられない壁はあるのだろう。
 ―― でも、いずれは米窪さんの息子さんも町坂さんの娘さんも「何だかんだいっても、父親のことは好きだ」と心底思えるようになればいいのに。
 何の解決策にもなっていないが、ただそう願わざるを得なかった。

 SSTは本来、欲求の対処やコミュニケーションを図るトレーニングの場であるはずなのだが、どうも僕が参加したこの3回はぼやけたディスカッションに終始している。
「本当はさあ、今のSSTでやってることを院内AAでやればいいんだよ」
 と、町坂さんが再三指摘していた。院内AAはすべて言いっ放しのテーマミーティングのみで、議論の場にはなっていない。町坂さんがAAに一切参加しないのは、そういう理由だからだろうか。
 なんにせよ前回も今回も、SSTを終えると気分が重くなった。結論のでない議論はある意味不毛だが、それはそれで仕方がない。ただ、このままSSTが本来あるべきトレーニングの時間になり得ないのなら、参加することに意義を見出せなくなってしまいそうだ。


 SST終了後、今日は早出しの夕食を摂って、利根川さん、優二さんと南町教会でのミーティングに出かけた。先月15日に勝瀬さんを誘って足を運んだAA「オオタカ」だ。ジアゼパムを1錠飲んで行ったので、気分は比較的落ち着いていたが、開始30分前に到着した今回も、ミーティングが始まるまでの時間が長くて居づらいことに変わりはない。内科の直腸検査のため別の病院へ行っていた植中さんも、病院からまっすぐこの教会へやって来た。
 今日は10年ほど前にこのグループを立ち上げたという男性も久しぶりに来ていたということで、ミーティングでは多くのメンバーがAAの意義について話していた。それは本当にその意義を実感している発言だと思ったが、僕にはとてもまだその実感は何ひとつ湧き上がって来ない。実家から徒歩で通えるこの会場でのミーティングに、僕は退院後も通い続けることができるのだろうか。

 ミーティングを終え、入院患者4人で歩いて病院へ戻った。6月だというのに、日が落ちるとなんとなく肌寒い夜だった。

 
※文中における、病院および病院関係者氏名・団体名、地名等については、すべて仮名とさせていただいています。


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